⑨が⑨じゃなくなった日   作:monochrome vision

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第03話 お試しお泊り

 

 

 翌朝、10時位に大学の前にやってきた。眠い頭を珈琲で無理やり覚醒させながら、ボーっと行き交う人間たちを観察する。

 

 徹夜というのは、2時3時くらいで心臓が痛くなり、それを越えるともはや一周回って冷静になり、無駄な思考が削ぎ落とされて覚醒する。ただ、気持ち悪くて朝は何も食べられないが。

 

 朝食の缶コーヒーを飲み干して、少し離れたゴミ箱に見ずに無造作に投げ入れる。ガコンと鈍い音を立てて他の空き缶に埋もれた。それと同時に、メリー先輩が人混みの中から現れた。

 

 目立つ服装は健在であり、既にそこそこ高くまで昇っている朝日に照らされた金髪は輝くようで眩しいくらいだ。俺の眠い目で見てるせいかもしれないが。

 

 そんな先輩は俺の目の前で止まると、微笑みながら挨拶をしてくる。

 

「おはよう。待たせてしまったかしら?」

「おはよう…いや、待ってないぞ。精々缶コーヒー一本飲み干すくらいだ」

「そこは今来たところとか言うとこじゃないの?」

「そんな前時代的な台詞、今更言わないだろ…」

「それもそうね。それじゃ、行きましょうか」

「はいよ」

 

 メリー先輩の背後を重い足取りでついていく。肩からズレそうになった荷物を担ぎ直した。

 

 この荷物には適当に菓子類や飲み物、着替えと鬼面が入っている。一日過ごすからと言って何をするのかはわからないので、何を持っていけばいいのかも分からなかった。友達の家に泊まるといったときの母さんは面倒くさかったな…。

 

 ぼんやりとメリー先輩の背中を眺めながら、少し前の時間まで行っていたことを思い返す。鬼面をつけ、自身で角を出す練習をして感覚を掴もうと躍起になっていた。そこでわかったのが、鬼面を付けるときと付けないときでは鬼の憑依出力が変わってくるということだ。

 

 鬼面を付けない状態だと角しか出てこない。しかし、鬼面を付けて意識すると角、爪、そして前腕までだが赤い紋様のようなものが奔っていた。どこぞの鬼キャラみたいな感じになってたな。

 

 これは侵食率というか憑依率が上がると赤い紋様は体中に疾走るのではないだろうか。

 

 まあそれでも、分かっただけの成果はあったと言ってもいいだろう。勝手に鬼が表に出て変化することはないと思う。ただ、軽く意識しただけで出現してしまうので注意しないといけない。また、憑依していないのに素の力も上がっていた。例えるなら鍛えていないために握力50kgだったのが100kgに跳ね上がったくらいだろうか。もはや林檎も潰せるし、トランプ1セット引きちぎることも出来るじゃん。

 

 デキタンダケドネ。

 

 それほどまでの力を急に手に入れたのだ。身体も脳もついていかないので加減が難しいのは当たり前のことだ。今日は眠い中、細心の注意をはらいながら過ごさなければならない。

 

 鬼にならなくてもいいかもしれないけど、逆に力が上昇してしまった。昨夜の努力はフィフティ・フィフティである。

 

 そんなことを考えていたら着いたようだ。そこそこ高そうなマンションの一室。なるほど、確かに広そうだな。

 

「着いたわよ。終始ボーッとしてたけど、大丈夫?」

「ああ、大丈夫、眠いだけだ」

「ふふっ、なぁにそれ。女の子の部屋に上がるから緊張して寝れなかったとか言わないわよね?」

「思春期真っ盛りの男子中学生か、俺は。別件だ…それにしても、随分といいところに住んでるな」

「そうかしら? 外は暑いから早く入りましょ。出る前にクーラーをつけてきたから涼しいはずよ」

「それはありがたい」

 

 中に入り、玄関で靴を脱いでお邪魔することにした。少し短い廊下の突き当り、奥の部屋が生活スペースらしい。部屋は確かにクーラーが効いており、入ると心地よい涼しさが火照った体を冷やす。

 

 一人暮らしするには少しばかり広い部屋は、無駄な物が置かれておらず綺麗に整っていた。大きなテレビの前にはカーペットと脚の低いテーブルがある。そしてテレビに向かうように大きめのクリーム色をしたソファーが鎮座していた。

 

 他にも本棚には様々な本がびっしりと収まっていたり、女性らしくカーテンが明るめの色、観葉植物が端に置かれている。そして隣接するかのようにダイニングキッチンがある。

 

 あまり女性の部屋をジロジロと見るわけにもいかないので一瞬だけ目を通すようにわかるとこだけ見ておいた。

 

「ソファーにでも座っててちょうだい。お茶でいい?」

「悪いな。ああ、それと、何を持ってくればいいかわからなかったから適当に持ってきた。要らないなら蓮子先輩にでも押し付けてくれ」

「あら、こんなにも沢山悪いわね。飲み物とか冷やしておくわ」

 

 冷蔵庫に向かう後ろ姿を見てから、言われたとおりソファーの端にでも座っておいた。割と沈み込む感触に驚きながらも力を抜く。

 

 自分の部屋とは違ったリラックス感とアロマかどうかは分からないが甘い香りに瞼が閉じていく。来て早々に寝るなんて失礼かもしれないが、まぁ、何もやることはないだろうし、俺と話すこともないだろう。

 

 そのまま睡魔に身を委ね、寝ることにした。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ 

 

 

 

 ふと目が覚める。どうやら起こされるなんてことはなく、自然に目が覚めたようだ。

 身体の感覚からしても結構寝ていたほうかもしれない。徹夜による気だるさがなくなっており、起き上がって身体を軽く解す。いつの間にか上半身が倒れていたようだ。

 ぽきぽきと骨が鳴る音と身体がほぐされ、血液が巡る感覚が心地よい。

 

 窓から見える外の風景は少しばかり赤くなっており、あれから数時間も寝ていたようだ。流石に寝過ぎじゃないだろうか。夕方って、それはないわ。

 

 視線を戻すと、1枚の毛布が俺の膝の上にかかっていた。恐らく、メリー先輩がかけてくれたのだろう。起き上がったときに落ちたのかもしれない。

 

 そして、ソファーの隣半分は俺と同じようにメリー先輩が寝ている。携帯を握っているが暇になったのか、そのまま寝てしまったようだ。取り敢えず、俺の使っていた毛布をかけておく。

 

 失礼かもしれないが、寝顔を見てしまった。起きているときとは違った雰囲気に少しばかり見惚れながら、自然に手が伸び、撫でようとしたところで何を馬鹿なことをしているんだと気が付き、手を引っ込める。

 

 危ない、通報されるところだった。

 

 それよりも、俺は何か夢を見ていたはずだった。詳しく思い出せない……だが、薄っすらとある記憶ではどこかの山の祠の中。そして人外だろうナニカをこの手で捻り潰していた。その2つしか思い出せない。

 

 ……鬼の記憶だろうか。

 

 それとも、別の何かの霊の記憶かもしれない。いや、ぼんやりだからわからないんだ。ここ数日でもこういったことはあった。とは言え、それは俺に憑いてきた幽霊の記憶だが。死んだときの記憶が断片的に夢に出てくるんだよ。

 

 意味がわからん。なんで俺は何度も死ぬ感覚を味合わなければいけないんだと。痛みを感じないだけましか。いや、死ぬ瞬間を経験するだけでもありえねーから。

 

 しかし、鬼は俺から覗く自身の記憶の断片を見逃さなかった。

 

 いつの間にか俺の頭には鬼面が斜めに付けられており、額から2本の角が伸びる。爪が鋭く伸び、熱く鼓動する赤い紋様は既に肩まで上ってきているようだった。もう、お祓いで済むレベルではない。更に、テレビの画面に映る俺の髪が一房だけ白く染まっている。やだ、厨二。

 

 消そうと思えば消せたので、メリー先輩が起きる前にいつもの俺に戻れた。………白くなっていた一房の髪先だけが数センチ、真っ白だが。

 先だけ白くて半ばから黒い。これだけでもかなり目立つ。おい、消えろ。マジ消えろ。消えてくださいお願いします。鬼さんお願いだってば。

 

 願えど叫べど消えることのない髪先。これじゃあマジで痛い奴ではないか。それよりも、メリー先輩にどうやって説明すればいいのだ。オワタ感が襲い掛かってきた。

 

「んぅ……あれ? 私、寝てた…?」

 

 メリー先輩の声が聞こえた瞬間に鬼面を鞄の中にぶち込み、出てこないように服でくるんで鞄を閉めておく。

 

 なんとか俺の奇行を見られないで済んだ。起き上がったメリー先輩は目をこすって伸びをしている。俺はそれよりも髪の毛がだな…また髪の話してるとか言われそうだが仕方ないのだ。

 

「あら、起きたのね。あまりにも気持ちよさそうに寝てるものだから起こすのを躊躇っちゃったわ。というか、来て直ぐによく寝れたわねぇ…」

「それはすまん。眠かったから寝てみた。反省はしてるが後悔はしてない」

「別にすることもなかったからいいけどね……いつ起きたのよ」

「メリー先輩が起きる数分前。今の今まで寝ぼけてたさ」

「ふーん…ところでその先輩っての止めない? 違和感が凄くて…メリーでいいわ。私も蓮子みたいに名前で呼ぶし」

「了解」

「あと、その髪……どうしたのよ。私が最後に見たとき、そんな白髪なかったけど?」

 

 ほら来た。何も言ってこなかったから大丈夫かと思ったが駄目だった。気づけば俺の手首を掴まれており、トイレに行ってきますも、もう帰りますも通用しない。

 

 自分で苦しいとわかっていながらも無理のある言い訳をする。

 

「……ストレスだ」

「毛先から白くなっていくストレスってどんなストレスよ。人体の神秘じゃない」

「霊障かもしれない」

「可能性としてはあるけど……わからないならわからないって言いなさいな」

「皆目見当もつかない」

「よろしい」

 

 何もよろしくないが、確かに俺が知らない風に持っていけたのはよろしいのかもしれない。「夕飯は何がいい?」と聞いてくる彼女にシェフのオススメでとだけ返しておく。

 

 飯は自分で買ってきて食べるものかと思って10秒でチャージできるやつを昼と夜の分買ってきたが、要らなかったようだ。

 

 それからはメリーの作った冷やし中華を食べ、夜の時間をゆっくりと過ごした。本当に泊まらないといけないようで、風呂まで入った。ちなみに、シャンプーを付けて擦っても擦っても白髪は直らなかった。染めたわけじゃなさそうだ。

 

 風呂上がりの薄着の彼女の姿や濡れた髪に少しばかり……いや、内心結構ドキドキしながらもテレビをBGMに幻想郷のことや今までメリーが蓮子先輩と行ってきた色んな所の話を聞かせてもらった。

 

 昨日が初対面とは思えないほどの雰囲気や居心地の良さに驚いたものだ。流石に寝る時は俺がソファーを使い、メリーは自分のベッドを使う。最初、客人にソファーで寝させるのは失礼だといい、一緒に寝ようと腕を引っ張られたが、断った。寝ぼけてメリーを殴りでもしてみろ…取り返しがつかないことになる。

 

 結局、翌日も何もなかったので夜までのんびりとメリーの部屋で過ごすことになった。まさかの2日連続とは…メリーから「何もないなら外に出るのも面倒だし、涼しくなる夜までのんびりしていったら?」と言われたからお言葉に甘えたのだ。熱い中歩きたくなかったしな。

 

 

 




私の徹夜あるある。
ではなくて、メリーの警戒心よ、どこ行った。
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