⑨が⑨じゃなくなった日   作:monochrome vision

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ゆめまぼろしのせかい。
少しばかりの過激な描写有り。


第04話 夢幻の世界

 

 

 メリーの家から帰った翌日、爺さんの神社に行こうと思い、着替えてから自転車で向かう。階段の前で自転車を止め、鍵をかける。この廃れた神社に人なんて滅多に来ないだろうが、それでも自転車が盗まれては嫌なので鍵をかける。

 

 自転車を日陰に置き、振り返れば境内までの無駄に長い階段。汗をかきそうだが上るかと考え、上り始めた。

 

 半分ほど上ったところで頂上付近で変化があった。最終段の場所の空間が揺らめいているのだ。最初は陽炎かと思ったのだ、人一人だけ入れそうなだけ陽炎はおかしいと思い直す。

 

 近づけば近づくほどおかしいと確信が出てきて、脳がわずかながらの危険信号を発する。こことは違う、危険がある場所なのかもしれない。

 

 だが、それでも好奇心が勝ってしまった。鬼面、鬼化、幽霊、幻想郷ときてこれならば。興味がわかないわけがない。

 

 ………………。

 

 まぁ、常識的に考えて入るわけないよな。これでなにか霊的存在に取り憑かれてみろ。ただでさえ多くの霊を引き寄せて取り憑かれている状態(強さ的に鬼が勝って掌握してしまった)で、一人百鬼夜行みたいになってるんだぞ? 妖怪じゃなくて悪霊とか幽霊だけど。

 

 空間の揺らぎを避けて境内へ。暑いし憑かれたので神社の縁側で休憩しようと考え、横になる。まだ昼にもなってないし、一眠りするか。爺さんも気づけば起こしてくれるだろう。

 

 そう思って眠ったのだが…

 

「どこだ……ここは……」

 

 起きたとき、そこは見慣れた…とまではいかないが知っている神社の風景ではない。森、といえばいいのだろうか。俺の胴よりも太い木が乱雑に生え並び、シダ科のような植物が地面を覆っている。木葉は上から差し込む日光を遮っており、薄暗い。

 

 周りを見渡せど、人工物もなければ出口も見当たらない。神隠し的なアレだろうか。アレが何かは分からないが。

 

「取り敢えず、歩くか……」

 

 今は鬼面すら持っていない手ぶら状態であり、歩いて出口を探さないとサバイバル生活になってしまう。しかし、進むとしてもどの方面に進めばいいのだろうか。北か南かで迷ったところでどうにもならないしな。

 

 適当に風下の方に進むことにした。ここまでくれば勘である。なにかご立派な理由があって進むわけじゃないし、気楽に…とはいかないが適当に進んでみようか。

 

 膝を優に超え腰まで生えている草達に長ズボンでよかったと思いながら、掻き分けて進んでいく。こういったところで怖いのは蛇や獣だ。草という隠れ所もあるのだ、奇襲には持って来いだろうな。

 

「チッ…」

 

 既に少し遠くの草がガサガサとなり、動いているのが感じ取れた。それも無数に……。

 まずいな…既に獣達に感づかれてつけられているようだ。ここで油断して気を緩めれば一瞬で襲い掛かってくるだろう。だからと言って大人しく食われてやるつもりはない。

 

 常に片方向が木になるように意識して、片方からの奇襲を行えないように動く。

 

 それでもガサガサと数は増すばかり……獣ってこんなに多かったっけ? しかも草食動物じゃないだろう? つまり肉食がこんなにも多く? 普通の森じゃ考えられないことだ。

 

 そして、ついに一際大きく目の前の草むらが揺れたと思うと、一つの黒い影が現れた。

 驚いたことに、それは少女だった。黒い服を着た金髪の小さな美少女。真っ赤な目で少しの間、俺を見つめてくる。

 

 こんな場所に女の子? 周りには唸り声が聞こえるのに、こんなにも小さな少女が一人でいるのか? ……おかしいだろうな。もしかしたら、人間じゃないのかもしれない。

 

 その少女は小さく口を開いて、俺に妙なことを聞いてくる。

 

「貴方は食べれる人類?」

 

 ……いきなりのカニバリズム発言に、さすがの俺も少しばかりぽかんとしてしまう。

 答えとしては…まぁ、食べられるのだろう。血液が猛毒とか、毒を生み出せるといった人間じゃない限り、人間を食べようと思えば食べられるのだろう。そういった民族もいるし、どこかの飛行機事故で人を非常食にして生き延びたというのも聞いたことある。映画にもなっていたはずだ。

 

 さて、どう答えればいいのやら。

 

「……人間は一応食べることは出来るが、俺という人類は……」

「あ、そうなの? じゃあ食べられるわね。いただきまーす!」

 

 人の話を最後まで聞いてくれないかね?

 

 そう抗議する暇も与えてくれない少女は、信じられないような瞬発力で接近し、気づけば俺の首筋に向かって口を開けて齧りつこうとしていた。それを無意識的に半身を下げるようにして避けると、少女がガチンと口を閉じて後ろに着地した。

 

「へぇ~、一回で食べられない人間は久しぶりだわ。貴方、外来人でしょ?」

「……外来人と言うものを知らないが、ここには迷い込んだ身だ」

「なら外来人ね。只の人間がよく避けられるじゃない。次は食べてあげる!」

 

 気づいたときには俺の左前腕が小さく齧り取られていた。溢れ出そうになる悲鳴を必死に噛み殺し、全力で齧り取られた場所を押さえ込む。顔からは脂汗がびっしりと滲み出し、意識が飛びそうになるほどの激痛に抗う。

 

 ここで気絶すれば、俺は食われて死ぬだろう。

 

 歯を噛み砕きそうになるほど噛み締め、少女を見ると、何やら恍惚とした顔で身体を震わせている。口元は俺の血で赤く、味わうように咀嚼していた。

 

「あぁ……こんなにも美味しいのは初めて……私との相性が最高にいいのね。ねぇ、もっと食べさせて?」

 

 まるで行為の最中、恋人にもっとしてほしいとねだるかのような少女の妖艶な雰囲気に、俺は更なる危機感に身を震わせた。

 激痛でままならない思考の中、なりふり構ってられないと鬼化することを決意する。

 

 飛び出してきた少女に合わせるように、不安定な姿勢から力の入らない拳を叩きつける。ズドンッという現実味のないような重い音が森に響き渡る。少女の細く小さな腹部に拳が減り込み、捻りながら振り抜くと尋常じゃない速度で木をへし折りながら吹き飛んでいった。

 

 拳圧と打つかりあった衝撃に草が折れ、俺を中心に刈り取られたようになる。力の入っていないとは言え鬼の一撃。少女の向かってくる運動エネルギーと俺の拳打に途轍もない威力が生み出されたろう。ただ、相手は人間じゃない。死んでないかもしれない。

 

 そんな少女を吹き飛ばした俺だが、勿論、変化している。角が生え、赤い紋様は肩まで奔っている。いつの間にか、鬼面が頭にかかっているが、それ以外はまだ他に変化があるのかは確認できない。汗を拭くために使っていた首にかけているタオルを傷口に縛り付けておいた。

 

 今の俺は鬼だ。そう簡単には死なないはずだ。

 

 姿勢を直し、呼吸を整える。それと同時にカサリと言う音が何度も聞こえ、何かを引き摺るような音が聞こえる。そう、少女がゆっくりと歩いてきたのだ。鬼になったことで強化された視力が少女の様態を教えてくれる。

 

 少女の腹部の服は消し飛んでおり、何故死んでいないのかと思うほど腹部は青黒くなり、内臓はもう使い物にならないだろう。右脚が膝から捻れ折れている。両腕はあらぬ方向に向いており、木によって折れたのかもしれない。

 

 口からは止め処なく血が溢れ、唾液と血液の纏わりついた粘りとした液体が白い歯をゆっくりと地面に落とす。涙が何度も零れ落ちた。

 

 残酷かもしれないが、それでも死なないためにはこうするしかなかった。それほどまでに俺の鬼は強かったのだろう。戦いにおいては素人もいいところの俺の拳でこうなのだ。

 

 ……もう、放っておいてもこの少女は死ぬ。ただ、死にかけの獣のように最後の力を振り絞って何かしてくるかもしれない。

 

 ―――止めを刺すか。

 

 ひゅー…ひゅー…と小さな隙間風のような呼吸音が聞こえ、ゆっくりと俺に近づいてくる。あと三歩というところで右腕を振り上げ、さらに吹き飛ばそうとしたところで……ドサリと少女が倒れた。

 

 小さく息を吐いて拳を下ろす。

 

 死んでしまうまでの過程は確かに俺のせいだろう。だが、止めを刺すなんてことをしなくてよかった。こんなにも可愛らしい少女を己が手で殺すなんて後味の悪い……結果的に殺すことになるんだが。

 

 これは殺し合いだ。喰らおうとして、喰らわれないようにして。結果、俺の勝ちだったというだけだ。気持ちの問題でもある。

 

 瀕死となっている少女の横を通ってこの場所を離れる。どうにかして帰れるまで鬼の状態を解くのは止めておいた方が良さそうだ。長時間、鬼化して変化がないとは思わない。それでも死ぬ訳にはいかないので諦める…というか受け入れることにした。

 

 鬼となったことで強化された五感が背後で少女を喰らおうと近寄ってきた獣達を感知する。弱肉強食の世界であるなら、あの少女も食べられて終わるのだろう。

 

 ここで心変わりして助けようとしても、既にあの場所から30mは離れている。少女が吹き飛ばされたことで出来た障害物のない道だとしても、一瞬で駆け寄ることは、鬼とは言え未だ不完全な鬼の俺には無理だ。

 

 もう、助けようもないし、殺し合って今更助けるなんてことはしない。

 

 あの少女には獣達の餌になってもらう。そうすることで俺が殺したのではなく、獣が殺したのだという事実を作り、俺が殺すまでの過程を作ってしまったということから逃げる。

 

 最低だろう。だが、それが人間だ。そんなことないと思えど、その実、自分が関わればそう思えてくるに違いない。でなければ、これからまともな精神で日常を過ごすことは難しいに違いない。

 

 目を瞑り、音のない溜息を吐く。

 

 ―――背後からグチャリという肉を引き裂く音が聞こえた。

 

 

 

 




るーみゃぁああぁ!
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