⑨が⑨じゃなくなった日   作:monochrome vision

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⑨が⑨ではなくなるという。タイトル回収。
尚、チルノさんはそこまで登場しない模様。


第09話 ちっぽけで大きな夢

 

 

 

「久しぶりね。怪我はもう大丈夫なの?」

「ああ、もう完治している。ところで……」

「そう焦らないで。まずは自己紹介からしましょうか」

 

 水色の長髪を持った美女はチルノといい、緑の髪の女の子は大妖精…大ちゃんというらしい。どうやら二人は妖精という種族であるらしく、あの日から俺以外の三人でこの場所周辺を俺が来ていないかと探していたらしい。

 

 今日も金髪の妖怪少女…ルーミアと一緒に探していたら、ルーミアが突然走り出したらしく、それを追ってきたら俺がいたということだ。

 

 しかしまぁ、これが本当にあのやんちゃそうな少女だった人なのか? まるで別人のように大きくなり、性格も随分と落ち着いたものになっている。どこぞのドS将軍に少しばかりにているな。そんなチルノを眺める俺に気づいたのか、本人が話しかけてきた。

 

「そんなにジロジロ見られると照れるじゃない」

「いや、見たくもなるだろう。なんでこんな変化してるんだと気にならないほうがおかしい」

「そうなんですよねぇ…あのチルノちゃんがチルノさんになるなんて、思いもしませんでした。すっかり大人になっちゃって…総司さんが来るのをルーミアちゃんとずっと待ってたんですよ?」

「もう、大ちゃん、それは言わない約束でしょ!」

「……なんだこの破壊力」

「……やばいですよね。ギャップが有りすぎて…」

 

 大ちゃんに言われたのが恥ずかしかったのか、頬を赤くして照れる大人チルノはマジで可愛くて危うく惚れそうになるところだった。

 

「取り敢えず、そうなった理由はなんだ…?」

「ああ、それはね、予想なんだけど……」

 

 曰く、急激に成長したとのこと。

 

 そのきっかけが俺の中に入ったことじゃないかという。恐らく、あれは憑依と同じようなものであり、分かりやすく言うならぬら孫のように纏ったのだろう。その際に何かが流れ込んでくる感覚があったらしい。

 

 そして俺が気絶するときに出てきて、気づけば大人になっていた。能力も身体も成長していて、知らない知識も知っている。きっと、俺の持っていた知識が流れ込んでしまったのではないだろうか。

 

 んで、俺の何かの力がチルノに流れ込み、急成長させたと。

 

 原因はよくわからない。なぜなら、俺の取り憑いている霊や付喪神に成長するといった変化は見られていないからだ。

 

「私としては今の姿の方が良いけども。戻る気配もないし、ずっとこのままかもしれないわねぇ…」

「ということは、戻ろうとは思わないんだな?」

「ふふっ、今の姿の方が貴方に見てもらえるでしょう? 感謝こそすれど、恨むことはないわよ」

 

 流し目でそう見てくる彼女は本当にあの小さな少女だったとは思えない。あのまま育ったら元気っ娘になると思うが、俺と繋がったのだから変化があったのだろうか。

 

 盃を手に載せ、一口煽る。喉を通る感覚と体の中が熱くなる感覚に酔いしれる。とはいえ、まだまだ酔うことはない。

 

 胡座をかいた俺の足の上に座り込んだルーミアがチルノを睨んでいる。それを涼しげに流しているチルノ。ぶっちゃけ美少女のルーミアが俺の上に座っているってだけで色々危ないのになぜ岩の上で三人がこうして話をしているんだ。狭いなら下でいいじゃないかと思うんだがね。

 

「ねえ、お兄さん」

「ん?」

「私も憑依して大きくなることって出来るの?」

「……さぁな。チルノがこうなった原因がわからない。しかも、どうやって憑依したかもわからん」

「そうなの…私も大きくなれると思ったんだけどなぁ…」

「いずれなるんじゃないか? というか、なぜ俺にこんなにも懐いている。物理的に肉体的な相性が良かったからとはいえこうならんだろう」

「命をかけた殺し合いで敗者は勝者のものって言ったのはお兄さんだよ? 血肉の相性が最高にいいってことは、きっと体の相性でも最高にいいわよ。……試してみる?」

「………いや、遠慮しておこう」

 

 振り返るように下から見上げるようにして、ゾクリとするような妖艶な雰囲気と顔でそう言ってくる。酒を煽り、飲み込む時に欲望を一緒に飲み込んでしまう。「残念。でも直ぐにでも…」というルーミアの声を無視してチルノと大ちゃんにこの世界のことを聞くことにした。

 

「チルノ、聞いてもいいか?」

「なに? なんでも良いわよ? スリーサイズはまだ測ってないから分からないけど」

「そうじゃない。この世界のことについてだ。それと、この間の俺はどうやって消えたんだ?」

「この世界は幻想郷って言うのよ。ここは霧の湖…奥に紅い館があるけど、あれは吸血鬼が住んでいるわ」

「総司さんはスーッと消えるように消えていきましたよ」

「そうか…」

 

 ここは…あの幻想郷と呼ばれる場所なのか。本当に幻想郷は存在していたらしい。ラピュタは本当にあったんだ!と叫べるほどに感動はしていないが、なんだろうな、納得がいった。妖怪を本当の意味で信じ込むことが出来たと言えば良いのだろうか。

 

 その妖怪であるルーミアを見てみれば、眼を閉じて何やらウンウンと唸っている。その隣で2体の付喪神が小さな手足で踊っていた。盃だけ掴み取って酒を飲む。

 

 妖怪を認めた。それだけで、俺の中で力が湧き上がるような感覚に陥る。きっと、心の底ではそんなもの居ないんだと否定していたのを消し、認めてしまったことでまた1段階開放されてしまったのだろう。

 

 その瞬間、ルーミアが俺の足の上から消え、俺の体に変化が生じる。

 

 髪が金色に染まり、覗き込んだ酒に映る俺は純粋に眼が赤くなっていた。妖力が溢れ出し、岩を中心としてゆらゆらと湯気のように黒い闇が立ち上る。その闇は地面に出来た様々な隙間から溢れ出しているようだ。

 

 直感的に分かったが、これは闇を操る程度の能力と言うそうだ。そして、俺の能力もわかってしまった。

 

 

 ―――憑かれる程度の能力―――

 

 

 本当に憑かれる能力だったとは……だが、これは憑依されることで他人の力を使うことも出来る。俺が憑くわけでもないのに意識は俺の方が上というところを見ると、能力の補正だろうか。

 

 それ以外には幽霊とか鬼面とか、普通に憑かれる能力だろう。他にもありそうだな。

 

「………何がきっかけかわからないけど、ルーミアちゃんも憑依出来たんだ。大妖怪と同じ……総司、妖力を抑えて。感づいた他の強大な妖怪が寄ってくるわよ」

「了解」

 

 闇を操れるようになったことでわかったことがある。湖の向こう…恐らく紅い館と言われたところだろう場所の地下に一際大きな闇を感じる。これも、ルーミアが成長したから感じることが出来たのだろうか。

 

 妖力を最小限まで抑えた。突然の妖力に驚いた盃と瓢箪が俺の中に逃げ込んだ。腹から入ったんだろうが、胡座かいて座っているから股間に向かって突っ込んでいったように見えたんだが……。まさか、俺がガネーシャだった…?

 

 さて、あの深く悲しそうな闇を見てくるとするか。好奇心は猫をも殺すというが、ルーミアとか大ちゃんと同じような小さな少女だったのだ。そういった妖怪だと言われればそこまでだが。

 

 立ち上がり、何故か頭についていた赤いリボンを外してぽいっと捨てておく。男がリボンつけてても気持ち悪いだけである。

 立ち上がった俺にチルノも立ち上がった。

 

「どこか行くの?」

「ああ。どうやら館の地下に大きな闇があるらしくってな…俺もそうだが、ルーミアが気になるということだから見てくることにする」

「なら私も憑依して付いていくわ。二人同時って大丈夫かな?」

「やってみないとわからんが…憑依できるのか?」

「感覚はわかってるから大丈夫だと思う………」

 

 俺の胸に手を当てて目を瞑り、少しばかり深呼吸して意識を何かに集中させると、大人チルノは体を光らせて俺の中に一瞬で入って同化した。勿論、体にも変化が生じる。

 

 背中に浮くようにして氷の羽根が現れ、俺の周りが凍りついていく。

 

「あ、あの総司さん…私はどうしたら…」

「大ちゃんは自分の住処に帰るなり、好きにしてくれていいぞ?」

「わかりました。ここでチルノちゃん達を待ってますね」

「それでもいい。行ってくる」

「行ってらっしゃいです」

 

 岩から跳ぶようにして上空に身を踊らせる。チルノのイメージから飛ぶことが出来るというのはわかっている……ただ、それが俺に出来るかどうか。

 

 自分が飛ぶイメージ……第三視点から俺を眺めるようなイメージで飛ぶ。ゲームをしててよかったと思う…飛ぶイメージは戦闘機とかで簡単にできた。

 

 水面近くだが初めて飛ぶ感覚に感動する。本当に身一つで飛び、風を切るようにこの身で感じ取ることが出来るとは思いもしなかった。水面近くを飛べば、パキパキと俺が飛んだ後を凍らせていく。白く細い道が出来上がっていた。

 

 空を飛ぶ心地よい感覚を暫しの間だけ楽しみ、館が見えてきたところで飛ぶ方向を変える。側面から侵入するのだ。

 

 大きな紅い館。それはまるで魔に見初められたかのような禍々しさすら感じられる。少女の形をした闇はまるで煮詰められたかのようにドロドロとしており、既に闇に喰われて狂気に染まっているのではないか考えるほどだ。

 

 恐らく、ここに吸血鬼が住んでいるということは吸血鬼以外にも強い人物はいるだろう。だから、感知されないように闇に潜ってワープするように地下室へと移動した。

 

 とぷりと静かに沈んだ俺は、また静かに地下室に浮かび上がってくる。薄暗く、血の匂いがする地下室は本当に少女が一人で住んでいるのかと疑うほどだ。もし吸血鬼だったとしても、もっと別のところで暮らさないと辛いのではないだろうか。本人が希望するなら、どうにかして出してもいいかもしれない。

 

 そこではて、と疑問を浮かべる。最初は気になるから見に行こうとしていただけなのに、なぜ助ける必要があるのなら助けようなんて言う思考に陥っているだろうか。

 

 まあいい、そこは全て話をしてみてからにしよう。

 

 薄暗い中、ベッドの上で微動だにしない少女に向けて少しだけ近づいてみる。ジャリッという小さな足音…そんな小さな音に気づいた少女がゆっくりと顔を上げる。

 

「…………誰?」

 

 顔を上げてぼんやりとした目でこちらを見てくる金髪少女。てっきり監禁されていてぼろぼろなのかと思えば、綺麗な服を着ていて体も汚れていない。目は軽く死んでいるが、それでも整った顔立ちは人間社会にいれば放って置かれない程にかわいいだろう。手足も骨だけというわけではなく、少女らしく健康的であり、確りと肉と程よい脂肪がついているとわかる。

 

 背中には七色に輝く宝石のついた歪な形をした羽根を生やしている。ふむ、目は死んでいるが問題なさそうだし、帰るか。

 

「いや、なんでもない。泥棒じゃないが侵入者だ」

「……何が違うの?」

「盗むか、盗んでないかの違いじゃないか?」

「そう……それなら、泥棒になってくれない? 私を盗んで貴方のものにして」

 

 ……まさか。少女からルパンになれとか言われるなんて思いもしなかった。

 

「それは、どういうことだ?」

「もう疲れたの…495年もここに監禁されて、外に出たい、遊びたい、お姉様に会いたい、ここから逃げ出したい、こんな自分をどうにかしたい……考えるのも疲れちゃった」

「自分で出ることは出来ないのか?」

「多分、出来ないんじゃないかなぁ…強力な結界が張ってあるし、逃げ出そうとしても紅魔館の全員で取り押さえられると思う」

 

 再び自分の膝の間に顔を埋めながらそう答える。ここは紅魔館というらしい。そして、この少女は495年もの間監禁されており、精神的に相当きているようだ。というかロリババアだった件について。流石妖怪と言ったところか。ルーミアも結構長生きしているのかもしれない。

 

「こんな小さな世界から出てみたい……世界はどうなってるの? 外ってどんなところ? 人間ってどんな生き物? 絵で見てもわからないの…最初は外に出ようとも考えてなかったけど、長い年月で出たいという思いが積もってきて……ねえ、お兄さん」

「……なんだ」

「私を好きにしていいよ? 成長してないから貧相な体だけど、吸血鬼だから好きなこと出来るはず……その後に殺してくれてもいい。でも、その前にせめて、外の世界を……」

 

 ………この少女は世界を知らない。その為、何も知らないのだ。人間の子供だって外を知って、他人に触れて、様々な情報を取り入れて、自分で動いて成長する。肉体的にも、精神的にも。

 

 この少女はそれがなかったのだろう…だから495年経とうと幼いままなのだ。それでも渇望している。外に出て新しいものを見てみたいと。他の人に触れ合ってみたいと。でなければ、俺に自分からここまで話しかけてこないだろう。

 

 自分ではどうしようも出来ないこの状況…まさに絶望の中に居るというところか。ここにいる他の人にも相談ができないとは…可哀想を通り越して、いっそ憐れとまでいえる。

 

 動こうとして動けず、いつしか昔の自分が死んでしまった少女。何処かに書いてあったな…妖怪は精神面では人間よりも弱いと。よく、壊れて生きているだけの肉人形のようにならなかったものだ。

 

 よく見ればベッド以外のところはぼろぼろだ。ここから出ようと抗った結果なのだろうか。

 

「まず、お前が監禁されている訳を話してくれないか? 危険人物だったら出せん」

「……私は狂ってるんだって」

「……普通に話せているが」

「狂気に染まってるらしいの。あらゆるものを壊そうとしてしまう…情緒不安定で常におかしい。そんなこと言われたっけ。だから……」

 

 ゆらりと少女が立ち上がる。その体から濃密な妖力が溢れ出してきた。なるほど、自分でも気が付かない内に狂気に飲まれて壊そうとしてしまうのか。

 

 ベッドから立ち上がった少女は顔を上げる。その目は俺の鬼化した時と同じように黒く、赤い眼をしていた。

 

「オ兄サンヲ壊シタクテ……壊したくなくて……遊ンデホシクテ…遊んで欲しいの……愛シテアゲタクテ……愛して欲しくて……」

「おっと、これはまじでヤバイ気がする……」

「アァ…オ兄サンノ血ガミタイナァ……あぁ、いや、また……」

 

 頭を掻き毟るように狂っている……いや、狂気に抗っている少女の頭から帽子が弾かれて部屋の端に飛んでいく。

 

「アハ、あははは…アハハハハハハッ、ハハはハはハハはハハハッッ!!!! サア、遊ビマショウ? …………壊シテアゲル(助けて)ッ!」

 

 半分泣いて、半分嗤っているかのようなグシャグシャの表情で、ついに少女が狂気に染まった。

 

 ルーミアの比にならない速度で迫ってきた少女は既に目の前で腕を振るったあとで………抜手が眼前にあり、鋭くなった爪が目に当たる寸前だった。

 

 体が勝手に反応して全力で捻り、避けている。全力の鬼化。鬼面は斜めにかかっておりつけてないが、鬼化しただけでも少女の攻撃が見えるようになり、身体が動き出す。

 

 抜手を避けられた少女はそのまま右の蹴りを放ってくるが、それを俺も右手で受け止める。凄まじい衝撃にぶつかりあった場所から俺の背後の床が尽く砕け、砂塵が舞う。衝撃に部屋が揺れたが、結界によるものだろうか、壊れる気配はない。

 

 びくともしない俺を見て少女が驚く。

 

「ヘェ、オ兄サンモ私ト同ジダッタノカナ? 動キモシナイナンテ……凄イヨ!」

 

 最後にそう叫ぶと同時に俺の足元から紅い魔法陣が展開されて、そこから石の杭が射出される。しかし、鬼となった俺には効きもせず、腹に当たったそれは茹でる前の素麺のように簡単に折れてしまう。

 

「フッ!」

 

 脚を離さない俺に向かってもう片方の脚による足刀を俺の頭に向かって放つが、見えている。避けるのではなく、持っている脚を引いて軌道を逸し、そのまま壁に向かって投げつけた。

 

 ベッドが粉々になる。煙に少女が埋まって見えなくなるが、俺は少女の方から途轍もない悪寒を感じ取り、右腕を下から上に向かって振るう。その動きに合わせて闇による壁が出来上がる。

 

 次の瞬間、闇の壁にポッカリと穴が空いた。なんの前触れもなく、その部分だけ消滅したのだ。その穴の向こうには少女が手を伸ばし、何かを握りつぶしたかのような形で手を握り拳の形にしていた。きっと能力か何かだろう…そして、それは闇ですらも壊してしまうほどの強力な一撃。連発はしてこないのを見るに、出来ないのかもしれないが発動速度がわからない。さて、次の瞬間には俺が生きているのか、死んだのに気づかずに何も考えられなくなるか…。 

 

 だが、死ぬつもりは毛頭ない。俺が闇だけで終わるわけがなく、闇の壁に隠れるようにして氷で作り出した弾丸……氷柱のような氷弾を浮かばせており、その周囲は冷気によって真っ白に凍りついている。

 

「逃げないと……寒いぞ?」

 

 実際、寒いどころの騒ぎではないけどな。闇の壁を穿つようにして氷弾を少女に向けて撃ち込んでいく。床や壁に当たるたびにまるで華が咲いたかのように凍りつき、部屋を冷気が満たしていく。少女の姿が見えなくなるが、流石に吸血鬼と言ったところか。バトルセンスは素人の俺以上であり、いつの間にか俺の左下で抜手を放っていた。

 

 石の杭以上に鋭く、強い。速さは天狗並で力は鬼。そんな少女の破壊するためだけの抜手が嘲いとともに俺の横腹に向けて放たれる。

 

 だが、死ぬ訳にはいかないので膝を折るようにして回避を試みるが……

 

「ぐッ…!」

「フフフッ、血ダァ…アァ、美味シイナァ……オ兄サンハ最高ダヨ!!」

 

 服を引き裂き、俺の腹を浅くだが引き裂いて血を出していった。苦し紛れに蹴りを放つが、最初のときの逆といったように俺の脚を掴まれる。しかし、今の俺は氷点下を優に下らせることだって出来るぞ? 瞬時に凍らせることだって余裕だ。

 

 バキバキと左腕が肩まで瞬時に色を変え、血液も筋組織も神経も凍りつく。離そうとするが凍りついて動きもしないのだろう。すぐにバックステップで下がっていく。

 

 壊そうとするが無駄だ…既に、お前の腕が壊れているのだから。パキリと罅が入り……カシャンと地面に落ちて砕け散った。肩口も氷ついているので再生もできないだろう。再生できないのに戸惑っている隙きに俺から溢れ出た闇が歪な形をした手を何本も生やし、少女の右腕を捕まえる。

 

「ナニ…コレ……ッ!!」

 

 一歩で間合いを詰め、少女の首を捕まえてうつぶせになるように地面に叩きつける。闇が蠢き、残った脚を拘束し、服がパキパキと凍りついていき、地面とくっついてしまう。どうにか脱出しようとする少女だが、俺が上に乗って鬼の力で押さえつけているのもあって動けやしない。

 

 吸血鬼が鬼の力を持っていようと、俺に憑いている鬼はそこら辺の鬼とは比べ物にならないほどの力を持っていると思っている。

 

 さて、これからが本番だ。動けない少女に行うのは少しばかり博打であり、危ないこと。

 

 俺の妖力とルーミアの闇を手の上で混ぜ合わせる。そして、その合わさった力を少女の頭に近づけると、耳、鼻、口から黒い妖力が入り込んでいく。

 

「アガ…ガァ…ッ! ギ、ィ…ッ!! ンァ……!」

 

 少女が白目をむき、全身を小刻みに震わせながら涙と鼻水と涎を大量に垂れ流している。どこからどう見ても薬漬けの光景ですとんでもなくエロいねありがとうございます。

 

 ではなく、俺の邪気と闇で脳を直接侵食して精神面にアクセスする。大本となっている狂気という闇を闇によって浮き彫りにして邪気で焼き払うのだ。闇が見えるからこそ出来る荒業だ。少しでもミスれば、この少女の脳が損傷してしまい、良くて廃人や生きている人形。悪くて死だ。

 

 ふむ…吸血鬼なら再生するから別にミスってもいいのでは?

 

 脳に直接触れているようなものだから、様々なところが刺激されて体が勝手に動いているのだろう。最後に一度だけ大きくビクンと体を跳ねさせて、白目を剥いたまま顔から出せるあらゆる液体を垂れ流しにして意識を失った。

 

 いや、死んだわけではない、成功したからだ。ただ、他には見せられない顔をしているが……漏らしてないだけマシか。

 

 狂気を焼き払うことは出来た。さっさと起こして外に出るか。時間は逢魔ヶ刻とは言え、夕日が綺麗だろう。……吸血鬼なら焼けるんじゃないか?

 

 

 ◇ ◇ ◇ 

 

 

 目を覚ました少女、フランドールことフランは泣きながら土下座して謝ってきた。西洋に土下座の文化なんてあったっけと適当なことを考えながら、角をぽりぽりと掻く。

 

 フランの周りを見てみると、天井や床、壁が凍りついたり更にぼろぼろになっていた。これは上の連中に感づかれる前に逃げなければならない。

 

「あのな、フラン。俺は別に怒ってはいないさ」

「………本当?」

「ああ、本当だ。お前の狂気もどうにか出来たことだし、俺はさっさと帰ることにする。連戦は嫌だし、多対一は御免被る」

「そ、それなら私も連れて行って!」

「なに? あの盗んでとか言うやつか?」

「そ、そう! どうせ私が言っても信じてくれないだろうし……私を好きにしていいし、お兄さんのためになんでもする! いい子にしてるから私を盗んで!」

「そして、外のことを教えてくれ…と」

「う、うん……」

 

 ……別に連れて行く自体は構わないが、こいつが逃げたとわかった上の連中は血眼になって探すんじゃないだろうか。まあ、俺は元の世界に戻れば問題ないんだがフランが問題だ。日光の当たらない安全な場所なんて知らんぞ。

 

「外は夕方とは言えまだ太陽が出てるが……いいのか?」

「うん……それで死んじゃっても別にいい」

「そうか…なら来い。出るぞ」

「わ、わかりました!」

 

 死んだ目に光が戻ってくる。そんなフランを俺とともに闇で飲み込んで、あの岩のところまでワープする。来るときと同じように静かに出て…………その瞬間、フランが夕日に焼かれて全身から煙を上げる。

 

 岩で待っていた大ちゃんが目を丸くするが、ちょっと我慢しててくれ。

 

「うぐぅ…い、痛い……」

 

 それでも、なぜかフランの顔は苦痛に歪んでいるのではなく、この痛みすら新鮮だというように笑顔だ。

 

 そして、顔を上げればそこは俺が初めて見たときと同じような湖の風景……氷柱があるけど。だが、その氷柱すら夕日を一身に浴びて赤く染め上げ、美しい光景を生み出している。

 

 刻一刻と死が近づいているのにもかかわらず、フランは涙を流しながら呆然と湖の風景を見ている。そのあとに上から別の光景を見てみたくなったのだろう、ゆっくりと上空に飛んでいく……そう言えば俺も上空から幻想郷というものを見たことなかった。

 

 フランに付いていくようにして飛んでみた。

 

 フランと同じところで止まったところで……俺は幻想郷の美しさに目を奪われる。

 

 広大な大地が、山が、森が……様々な自然の風景が夕日に染め上げられて得も言えぬ光景を生み出していた。こんなにも壮大な自然の風景を見るのは初めてであり、美しいこの世界に感動する。

 

「綺麗……」

 

 フランがそう呟くが、俺も同じ想いだ。いつまでも眺めていたくなるような光景に目が離せない。朝になればどうだろうか。昼の明るい時はまた違うのか。夜になれば月明かりに照らされて更に美しくなるのではないか。別の場所から見ればどうだろうか。

 

 色んな幻想郷が見てみたい。そんなことを思わせるこの世界を作り出し、守り抜いてきた八雲紫には礼を言いたいくらいだ。

 

 夕日が沈んでいくのを二人で眺めるのもいいだろう。だが、いつまでもこんなことをしていられない。フランがもう限界なのだ。残った右腕も灰となり、脚は両方とも膝まで崩れ落ちていた。

 

 顔も焼けていて見るも無残な姿に成り果てている。邪魔するのも悪いと思って闇は使わなかったが、直ぐ様闇で覆い隠して夕日を遮断した。

 

 そんなフランを抱えるようにして岩の影になっている所まで降り立つ。

 

「フラン、まだ死んでないな?」

「はぁ……はぁ……お、お兄さん……あ、ありがとう……私、夢が叶ったよ……外の、世界は……はぁ…綺麗、だった……」

「ああ、そうだな。それよりも俺の血を早く飲め」

「もう……いいの……お兄さんの…迷惑にな、る…くらいなら……この、まま………」

 

 残っている片目だけで笑いかけてくるフランだが、再生が行われていないようだ。

 

 まだまだ見たいものはあるだろう。それでも、見たかった外の光景が見れただけでも満足できたのかもしれない。吸血鬼の弱点に焼かれて死に向かいながら、いつしか疲れ果ててしまった自分の中に出来た、たったひとつの夢。

 

 ――外の世界をみたい。

 

 この小さな体に秘めた、ちっぽけで大きな夢を叶えた。狂気に犯されて監禁されるという抗いがたい運命に抵抗し続け、夢を勝ち取ったのだ。

 

 自分の死を受け入れ、満足そうに笑って俺を見ているフラン。

 

 ざらりと、大量の灰が俺の腕からこぼれ落ちて地面を覆った。

 

 

 

 

 




フラァーンッ!
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