「何故ですか!?」
激昂しながら立ち上がる貴族を尻目に、マルクスはゆっくりとコーヒーをすする。
「何故、とは?」
「何故取引していただけないのですか!? それも組合として取り引きを辞めるなど!」
貴族は余裕を見せるマルクスに詰め寄り怒鳴る。
マルクスは動こうとした警備兵を手を挙げて制し、淡々と、事務作業のように答える。
「先程申しました通り、魔導国商人組合は南部聖王国との武器、馬、建材等の一部商品に関する一切の取り引きを行いません。これは決定事項です」
「ですからその理由とは!?」
マルクスは憐れむような視線を向けながら答える。
「内乱目的での使用が危ぶまれるからです。我々は友好国の内乱を手助けするような取り引きは行いません」
再び怒鳴り声を上げようとする貴族に手のひらを向けた。
「決して内乱目的で使用しない、と国としてお約束頂けるなら、我々も再検討致しますが……不可能でしょう?」
黙り込む貴族を前に少し驚く。確かにマルクスの言ったことは事実だ。しかし、それほど説得力があるとは思えない。
何故なら、これは目の前の貴族以外にも当てはまるからだ。
圧倒的な武力と慈悲深い統治を行う魔導国ですら絶対に内乱が起こらないと確約する事は出来ない。
それが日に日に対立が激しさを増す聖王国であればなおの事。
一旦は黙り込んだ貴族の瞳に再び力が宿る。
まだ続くのか、とアンデッドであり、精神の変化に乏しいマルクスもうんざりしてくる。
「北部……北部とは取り引きをしているではありませんか! 北部だけを優遇するのは―――」
「復興支援です」
饒舌になりだした貴族の言葉を遮ると、貴族は一瞬たじろいだようだ。
「ヤルダバオトの襲撃以来、未だ北部は国力を大きく損なったままです。友好国の一刻も早い復興の為に支援を行うのは人道的観点から見ても何ら不自然ではありません」
勿論、ただの大義名分だ。しかし、決して破られることはない。
今度こそ完全に沈黙した貴族を前にマルクスは立ち上がる。
「話しは以上です。それでは次の予定が有りますので失礼致します」
背中に感じる縋るような視線にマルクスは包帯の下で嘲笑を浮かべた。
――――――――
「レイナース教官、警備三班出発します!」
「ええ、気をつけて」
レイナースは訓練所内の仮設詰所から冒険者達を送り出す。
冒険者と言ってもほとんどが見習いで、現役はせいぜい一人、二人だ。
そんな一団が門をくぐって行くと、別の一団が入れ違いに入ってきた。
「警備一班戻りました」
「お疲れ様。夕方まで順番回って来ないから楽しんできなさい」
そう言うが早いか、見習い達は三々五々訓練所を出て行く。
「あいつら……礼ぐらいしていから行けよ」
「まぁ、いいじゃありませんか。あの子達もまだ若いのですし」
「レイナースさんも充分若いけどね。おっと、それじゃ俺も失礼するよ」
「ええ、奥さんを喜ばせてあげて下さい」
照れたように頭を掻くモックナックを見送ると、レイナースは椅子に腰掛ける。そして、おもむろにため息を吐いた。
正直、退屈だ。
建国祭中の詰所勤務の内容は緊急事態が発生した際に急行するというだけで何も起こらなければ退屈な仕事だ。
(何も起こらないのが一番なのだけど……暇ね)
手持ち無沙汰になり、後ろで束ねた金髪を弄ったり、少し髪型を変えてみたりする。
すると突然、門の周囲が少し騒がしくなった。
武器は持たずに様子を見に行くと、どうやら守衛を行なっていた見習い達が騒いでいるようだ。
子供のように興奮した表情の見習い達の中心には見覚えのある鎧に身を包んだ、見覚えのある男が居る。
「何をしているの」
誰にともなく言うと、見覚えのある男―――バジウッドが手を振る。
「おう、レイナース久しぶりだな」
見習い達はようやくこちらに気付いたらしい。
「皇帝陛下の護衛はどうしたのですか?」
「俺以外にも護衛は居るし、そもそもこの都市で要人を狙うような奴は居ねぇよ」
言い切るバジウッドに呆れた表情を向ける。
「……ここで話すのもなんですし、こちらへどうぞ。あなた達、守衛よろしくね」
気合いの入った返事を受け、バジウッドを伴って詰所に戻る。詰所内の休憩スペースに入る。
「その水差しの果実水は好きに飲んでいいそうです。コップはこれを使って下さい」
「おう、ありがとな」
嬉しそうに果実水を注ぐバジウッドを見ながら告げる。
「それはナザリックの物ではないですよ」
ギクリ、という風に一瞬、バジウッドの動きが止まった。
「い、いやぁ。分かってるぞ」
ばつが悪そうに苦笑いを浮かべる姿を見て微笑みを浮かべる。
「お前、よく笑うようになったな」
「まぁ以前は笑いたくても笑えませんでしたし」
笑っても良かったんだがなと呟くバジウッドは配慮が足りない。だが、それが悪いかと言うと、そういう訳ではない。腫れ物に触るようにされるのもそれはそれで辛いから。
「それで、今日はどのような用件でしょうか?」
「うん? いや、元気にしてるかなと思ってな。それだけだ」
「お陰様で元気にやらせてもらっています。皇帝陛下にも感謝をお伝え下さい」
「おう。にしても、本当に明るくなったな。美人になった」
つまりそれは以前は美人じゃなかった、ということか。
そんな小言を思い浮かべながら、今では露わになった右頬に触れる。
その時、バジウッドが視線がレイナースの右手に注がれる。
「おい、その手どうしたんだ?」
「えっ」
「それ、怪我か?」
バジウッドが指差したのはレイナースの右手全体―――指先まで―――に巻かれた白い包帯。
咄嗟の事になんと答えるべきか迷う。
「それほど厳しい訓練なのか?」
「いえ、そういう訳では」
「じゃあ、なんでそんな怪我を」
まだ怪我だとは言っていないのだが、聞くより見る方が分かるだろう。
レイナースは包帯を解き、その下の傷一つ無い腕を見せる。
「ご覧のように怪我ではありません。これは武器を持った時に汗で滑らないようにする為です。今は前のように常に
「なるほど。にしても指先まで巻いてるとは、器用なもんだ」
「それはどうも」
なんとか納得してもらえたらしく、心の中で安堵の息を漏らす。
本当の理由は絶対に言えないし、言いたくない。
一度それっぽい話題をしてみた時、食堂のおばちゃんに暖かい目を向けられた。
「それならこっちでの生活はどんな感じだ?」
そのまましばらく互いの近況を話し合う。すると突然、詰所内に見習いの一人が飛び込んで来た。
「レイナース教官!」
文字通り転がり込んで来た見習いを落ち着かせながら話しを聞く。
「落ち着いて、詳細をゆっくり話して下さい」
見習いは息も整いきらない内に口を開いた。
「き、緊急……事態です。そ、それも殺人です!」
―――――――――
久しぶりに自宅に帰り、客間のソファに腰を下ろしたマルクスはゆっくりと目を閉じた。
眠る事の出来ない身では無意味に思える行動だが精神的な落ち着きは得られる。
(疲れる筈はないんだが、ここ最近張り詰めっぱなしだったからかな。ナザリックにもあまり戻れてませんし)
その時、室内にノックの音が響く。瞬時に自分と室内の状態を確認し、答える。
「どなたでしょうか?」
扉が開くと猟兵と仮面をした娘が姿を見せた。
猟兵が一礼する。
「マルクス様。ネイア・バラハ様をお連れしました」
「ご苦労様。下がって良いですよ」
猟兵はネイアを残して去って行った。
マルクスは扉の前に突っ立ったままのネイアに手招きをする。
「ようこそ、ネイア・バラハ殿。お会い出来て光栄です。どうぞ掛けて下さい」
「こちらこそ、お会い出来て光栄、です。マルクス様」
若干硬さのある返答に包帯の下で気持ちのいい笑みを浮かべる。
「さて、硬い挨拶はここまで。どうぞ掛けて下さい、ずっと話してみたいと思っていたのです」
そうして席を進めながらマルクスは先に座る。
ネイア・バラハは確かに使節団の副団長ではあるが、国では一介の聖騎士、あるいは一市民団体のトップというだけだ。なので比べれば魔導王の直属の部下の一人であり、組合という組織の頂点に立つマルクスの方が上と言える。
互いに席に着くと、マルクスから口を開いた。
「前置きはさておき、本題から入らせていただきます。ネイア・バラハ殿、ヤルダバオトの一件の折は我らが主人によく使えて下さり、感謝致します」
そして、頭を下げる。
本来目上のはずのマルクスが頭を下げる、そこには並々ならぬ感謝の念が現れていた。
しかし、頭を下げられた方は平静ではいられない。魔導王の従者をしていた頃に少し慣れたとはいえ、誰かに見られるとまずいという事に変わりはないのだから。
それにしても、魔導王といい、マルクスといい、魔導国の幹部とはどうしてこれほど他者との距離感の取り方が下手なのだろう。それとも単に彼らがそういうことが苦手なのか。
「あっ頭をお上げください! えっとマルクス様の方が位が上なのですからそのようなことはお辞め下さい!」
その言葉に従いマルクスは頭を上げる。
目の前でネイアがそっと胸を撫で下ろす。その姿に苦労してるな、などと他人事のように感じながら、心の中で笑みを浮かべる。
すると、今度はネイアが口を開いた。
「マルクス様、私は感謝されるような事はしておりません。むしろ私……いえ、私達聖王国はアイン、魔導王陛下に迷惑ばかりかけ、あまつさえまともな感謝も出来ていません」
そう語るネイアの顔にははっきりとした後悔が見て取れた。
その一方でマルクスの好感度ゲージはどんどん上がっていく。
「それで良いのです。周りが我らの主をどう思い、どのように接しようと変わらず側に仕え続けてくれた事、それだけで我らからすれば感謝してもしたらないほどです」
そして、少し笑みを浮かべる。
「それと無理に魔導王陛下と呼ばずにアインズ様とお呼びしても私は気にしませんよ。折角アインズ様直々に許して頂いたのでしょう?」
「えっ何故それを」
「シズから聞きました。彼女達ももうすぐ来るはずですよ」
怪訝な表情で口を開きかけたネイアの先を制するように続ける。
「本来なら感謝の印として公的に何かお渡ししたいのですが、聖王国の現状を鑑みると、魔導国から貴女に何かを贈るような行為は、貴女の立場を危うくする可能性が高いと判断致しました」
そう言うと、マルクスは空間からある物を取り出す。
瞬間、ネイアの鋭い目に驚きの感情が浮かんだ。
「こ、これは……アルティメット・シューティングスター・スーパー!?」
「ええ、主人から頂いた物ですが、私からの感謝の印です。お受け取り下さい」
「いっいえ、このような素晴らしい物を私なんかに」
「これは貴女が持っているべきです。さぁ、どうぞ」
そのまましばらくの押し問答の末、ネイアが折れる形でアルティメット・シューティングスター・スーパーを受け取った。
「ありがとうございます! これほどの一品を頂いて感謝の言葉もありません」
感極まった様子で頭を下げるネイアに体の前で手を振ってみせる。
「いえいえ、お気になさらず。これは私からの感謝の印。それに―――」
マルクスの言葉を遮って室内にノックの音が響く。そして、返事もしていない内に猟兵が入ってきた。
「失礼します。マルクス様、緊急の用件が」
マルクスが猟兵を手招きすると、猟兵は近づき、耳元に口を寄せて用件を告げた。
その瞬間、マルクスの思考が切り替わる。
「案内出来る者は?」
「外で待たせております」
「よろしい、すぐに行くと伝えて下さい」
そして、マルクスは目の前に向き直り頭を下げる。角度は先程よりいくらか浅くしておく。
「申し訳ない、火急の用件が入りましたので私は失礼させていただく。バラハ殿はしばらくここでお待ち頂きたい。貴女に会いたいという者は私以外にも居るのでね」
こんな時でも笑いかける余裕があるのは、この都市に来てからの変化かもしれない。
だが、部屋を後にしたマルクスの表情はこの都市に来てから最も険しいものとなっていた。
「何故です? 何故、それほど愚かな。……私が聞き出すまでは無事でいなさい」
今回は投稿が大幅に遅れまして申し訳有りません
影響を受けやすい夜那
ほんの出来心でなんの関係もないオリ作品書いてたらいつの間にか月末
おかしいなぁ
夜那の中ではまだ六月半ばの筈だったのに
こんなに時間手早かったでしょうか
はい、申し訳ありません
今後も細々頑張って参りますので、どうか暖かく見守ってやって下さい