Aqours〜恋愛物語〜   作:ジャガピー

4 / 7
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。


では、こちらは久しぶりの投稿になります。よろしくお願いします。


月明かりスポットライト #渡辺曜

 

 

木枯らしが吹き付ける。その風は険しい程冷たい。

 

俺、柏木悠斗はそんな冷風に顔をしかめっ面にさせながら、2年目の冬の大学構内を歩いている。

 

 

等間隔に並んでいる人工の街路樹たちは、数ヶ月前に見せていた赤黄色の葉は見る影も形も無くし、白く、固く佇む枯れ木へと変化した。

 

 

 

一年で日が最も早く沈む季節がやってきたなぁ。

 

 

そんな何でもない事を考えていると、今度はさっきよりも強い風が吹き付けた。

 

痩せ細った枯木の枝が風に吹かれて苦しそうにたわむ。

 

 

寒いと思うと同時に、外に出していた手は、黒のコートのポケットの内側へと無意識に入って行った。

 

 

 

寒い寒いと頭で連呼しながら何気なくふと周りを見回した。

 

楽しそうに数人のグループでワイワイ話しながら歩く人もいれば、俺の様に一人でマフラーに顔を埋める人もいる。

 

あの賑やかなグループの子達の笑い声は聞き覚えがある。さっきの俺と同じ授業を受けていた同じ学部の人達であろうと推測する。

 

 

そんな楽しげな人たちを見ていると、一人でマフラーも手袋もせず、ガタガタ震えながら歩いている自分が恥ずかしくなった。

 

 

ズボンのポケットからイヤホンと携帯電話を取り出し音楽を聴こうとそれらを操作する。

 

 

駅へと続く道がある正門まではまだ距離がある。俺が所属する法学部棟は大学の中でもかなり奥の方に立地している。

 

 

この大学の学部遅刻率で、法学部が1番高いのはそのせいだと勝手に俺は思っている。

 

 

寒さのせいでこめかみの辺りがツンと痛くなり、顔をしかめる。

 

すると、ツンツンと後ろから肩を突かれる感じがしたので、肩越しに振り返った。

 

 

よく知った人物がヒラヒラと手を振っているのを見て、流したばかりの音楽を切りイヤホンを外してポケットの中へと放り込んだ。

 

 

「よっ。今帰り?」

 

 

「うん!ていうか、結構前から悠くんって呼んでたんだよ?気づきもしないから走って来たんだよ?」

 

そう言いながら、蜜柑色ベースの茶髪を肩のあたりまで真っ直ぐに髪を伸ばし、両側をクローバーの髪留めと三つ編みでまとめ、つむじからぴょこんと昔からある癖っ毛が可愛らしく立った 高海千歌は、ムスッと口を尖らせた。

 

 

「いやぁ。悪い悪い。全く気がつかなかった」

 

「いいもん。悠くーんって叫びながら走って来てやったもん。」

 

その言葉を聞き周りを見渡すと、クスクスとこちらを何人かの人たちが見ていた。

 

 

「前も言ったけど、人前でいつもみたく悠くーんなんて大声で叫ぶな!」

 

「だってぇぇ。聞いてないのが悪いんじゃん!」

 

ジトッとした目で見る。

 

 

「近づいてきて呼べばいいだろ…」

 

そう言いながら彼女を見る。

 

 

「あっ!曜ちゃんだ!おーーい!曜ちゃーーーん!!」

 

 

 

俺の忠告なんぞ全く無視するかの様に、ぶんぶんと手を振りながら大声で叫ぶその名前に俺はトクンと心臓が一つ鼓動を上げるのが分かった。

 

 

「千歌ちゃーん!悠斗ーー!」

 

 

少しウェーブのかかったこれまた癖っ毛のアッシュグレーのセミロングヘアを揺らしながら渡辺曜がこちらへ走ってきた。

 

 

わぁ と言いながら俺たちの前で急停止する。

 

 

「悠斗、千歌ちゃん、ヨーソロー!」

 

 

お決まりの敬礼ポーズを惜しみなく披露する。

 

 

「曜ちゃんヨーソロー!」

 

千歌も真似をするかの様に全く同じポーズを取り、ニマニマと笑っている。

 

 

俺、千歌、曜は同い年の小さい頃からの幼馴染だ。もう一人年上の幼馴染を加えた4人で小さい頃、よく遊んだりしていた。

 

 

「悠斗、寒そうだねえ」

 

ニッコリと笑いながら話しかける彼女を見て、先ほどと同じように心臓が少し跳ね上がるのが身に感じた。

 

「寒い。手とか感覚ない。」

 

 

「手袋とかマフラーとかしてないからじゃない?」

 

 

「悠くん、そう言うの付けないもんねぇ。昔から。」

 

 

「一応あるにはあるんだけどなぁ。今日こんな寒いとは聞いてなかった」

 

 

妹の恵にこの前選んでもらったマフラーと手袋を頭に思い浮かべながら、かじかんだ手に息を吹きかけた。

 

 

「この後、帰り?」

 

千歌が曜に向かって聞く。

 

 

「今日は室内プールで練習なんだぁ。寒いからあんまりやる気しないけど。」

 

 

練習と言うのは 高飛び込みのこと。

 

彼女、渡辺曜は 高飛び込みの全日本強化選手にも選ばれた事がある生粋のアスリートなのだ。

 

そして、昔からの夢であった、船乗りである父親の背中を追いかけて、今は理学部の海洋学科という特殊な学部に所属している。

 

 

「そっかあ、冬なのにプールって考えたら凍えちゃう」

 

千歌がブルブルと震える。

 

 

「まぁ、温水だから大丈夫だけどね。千歌ちゃんと悠斗は帰り?」

 

 

「うん!悠くんも終わりだよね?」

 

 

「え、あぁ。今日はこれで終わり」

 

 

「そっか、じゃあまた明日だね。あれそう言えば千歌ちゃんは明日は全休の日だっけ?」

 

 

「うん!まぁでも、どうせ旅館の手伝いさせられるから休みではないけどねぇ」

 

 

グデーっと千歌が項垂れる。

 

 

「頑張ってね。じゃあ私行くから!」

 

 

そう言い踵を返し、小走りで走っていくのを見ていると、曜はピタッ止まりくるりともう一度こちらを向いた。

 

 

「悠斗ー!明日一緒に学校行く日なの忘れないでよぉ〜!迎えに行くからぁ!」

 

 

ニッコリと笑いながら手を振り、もう一度走り出した。

 

 

「曜、わざわざこっちまで来なくても良いっていつも行ってるのに。駅で待ってりゃいいのに」

 

 

そう言うと、千歌が俺の顔を覗き込んできた。

 

 

「最近、曜ちゃんとどーなの?」

 

 

「なっ。ど、どーとは?」

 

 

「進展あったの?」

 

 

落ち着いていた心臓がまた鼓動を早める。

 

 

「別に、何もないし、俺と曜はそんな関係じゃないし」

 

 

「そんな事言ってたら、誰かに取られちゃうよ?好きなんでしょ?」

 

 

千歌は、そう言い首をかしげる。

 

彼女は俺が曜が好きだということを知っている数少ない人物である。

 

 

「好きだけど、それとこれとは話は別だって、前も話したろ、?」

 

 

「え、でも」

 

 

「もういいの。ほら、帰るぞ。」

 

 

俺は話を強引に断ち切り、いそいそと前へと体を進める。

 

 

「悠くん。ちょっと待ってよ〜」

 

 

千歌がそれに小走りで付いてくるのが背中越しに分かった。

 

 

 

 

 

 

夢のまた夢の話だ。 ずっとそう考えている。

 

 

そう一言で俺の気持ちは片付くのだ。

 

 

俺はそこで、考えるのを辞めた。

 

 

むず痒くなり、ふと空を見上げる。そこには空気が澄んだ冬らしい青空が広がる。

 

くまなく広がった真っ青な冬の空を見て、まるで海みたいだなと、そんならしくもない事を考えた。

 

 

 

〜〜〜

 

 

下を見下ろす。

 

緑色に塗られたプールサイドには、白色の監視台と、数人の人たちが居て、私を見上げている。

 

ゆらゆらと揺れる水面を覗き込むと、薄っすらと私の姿が見えた様な気がした。

 

 

位置に着く。

 

 

深呼吸をして、心を無心にする。

 

1.2と少し跳ねながら助走をつけて 10メートル下の水面へと飛び込む。

 

 

空中で回転しながら、静かにチャプンと意識しながら入水する。

 

 

 

10メートル高飛び込み。開始の姿勢、ジャンプの踏み切り、空中での姿勢、回転数、そして入水時の水飛沫などで審査員が0〜10の点数を付けそれを競う個人競技。

 

10年以上も私はこの競技を続けている。

 

 

いい手応えだが、回転が乱れた気がする。

 

そう考えながら、水中で上の水面を見ながらゆっくりと浮き上がる。

 

水面から顔を出し、足りなくなっていた酸素を一気に体に取り込む。

 

 

「曜さん 今の凄かったです!」

 

 

「え、そう?」

 

「はい!」

 

プールサイドで見ていた後輩たちが、ワイワイと私の元へと寄ってくる。

 

 

「ひねりの回数がちょっと足りてない。入水は綺麗だった。」

 

タブレットを操作しながらコーチが そう私に告げる。

 

 

「こんなに上手なのに大会出ないの勿体ないですよー」

 

ショートカットの後輩が残念そうな顔で言う。

 

「いやぁ。別にプロになりたいわけじゃないしねえ。」

 

ザバッと水からプールサイドへと上がる。

 

勿体ない勿体ないと後輩たちが騒ぐ中、コーチがパチンと手を叩いた。

 

「ほらほら、お前たちは大会出るんだろ。自分の練習するの。次、中村、ジャンプ台上がれー」

 

そう指示するコーチの側に行き話かける。

 

「じゃあ。私、上がりますね」

 

 

「おう、お疲れさん。」

 

 

スイミングキャップを外し、髪の毛をぎゅっと握りしめて水を搾り出しながら歩く。

 

 

週二回のペースでだが、練習に参加させてもらっているのは、高飛び込みという競技を少しでも続けていたかったから。

 

 

プロになりたいわけでも無いし、彼女たちの様に毎日の時間を割いてまで打ち込もうとも思っていない。

 

 

 

ただ、高飛び込みというものを続けていたい。

 

 

『曜、今の凄く綺麗だね!凄いや!』

 

 

憧れの船乗りの父親の帰りを海を眺めながら待つついでに、私が飛び込んでいた時に幼馴染の彼が言った言葉だ。

 

 

その綺麗と言った意味は分からない。

 

姿勢だったのか、水飛沫だったのか、くるりと前回りしながら回った事なのか、それとも、私になのか。

 

もしかしたら後ろの夕焼けだったのかもしれない。しかし、何気なく言ったのかもしれないあの言葉が私が飛び込みという競技を始めたきっかけになっている。

 

 

更衣室のロッカーを開けて、水着を脱ぎ、私服に着替えながら、幼馴染であるその彼、柏木悠斗についてふと考える。

 

 

短髪。顔は濃い。犯罪者みたいな顔してる。でも目は案外クリッとして可愛らしい。笑うと目尻にシワができる。身長は普通。服装は地味。

 

顔は怖いけど優しい。一緒に居ると居心地が良くて落ち着く。彼の匂いが好き。彼の笑った顔が好き。話し声が好き。仕草が好き。嘘ついてる時は関節を鳴らすからすぐ分かる。鈍感。自己評価が低い。

 

 

そして、私の大好きな人。

 

 

ふふっと笑いながら着替えていると、鏡に映る 頬が緩む自分に気づき、恥ずかしくなった。

 

まぁ、1人だしいいか。

 

 

そんな事を思いながら携帯を取り出し、メッセージアプリを見ると、悠斗からのメッセージが返って来ていて心が踊る。

 

 

彼が好きだと確信したのは随分前だ。

 

 

彼は私の心を救ってくれた。

 

 

 

 

小学生の頃、小さな頃からしているプール塩素のせいで、ボサボサで色素の薄い癖毛を女の子なのに気持ち悪いと虐める女の子たちが居た。

運動が好きで、男の子たちと外で遊んでいた事も、気持ち悪いと、事あるごとに私にそう言って来た。

 

最初は気にも留めていなかったが、それは徐々に徐々にエスカレートして行った。

 

放課後、誰もいない教室に呼び出され、髪を引っ張られたり、叩かれたり。掃除道具入れの中に押し込まれたり。

 

ある日は、ある子の大切なハンカチが無くなったと騒ぎになった時、その子達に私が取ってるのを見たとあらぬ事実を広められたり。

 

 

泣きながら帰った日も何度もあった。

 

それでも、数ヶ月に一回のペースでしか帰ってこない大好きな船乗りのパパや、私を大切に育ててくれる大好きなママには、心配かけたく無い、強い子でありたいという気持ちから相談出来なかった。

 

 

千歌ちゃんにも、果南ちゃんという年上の幼馴染にも、意地はって相談出来なかった。我ながら面倒くさい小学生の女の子だったと思う。

 

 

父は家に普段からおらず、母は仕事に行っている為、鍵っ子だった私は、いつも、虐められた日はシクシクと学校から帰り、家で一人で泣いていた。何かあったの?と様子がおかしいと、ママや千歌ちゃんは聞いてきたが、何も無いよと普通を装って、一人で抱え込んでいた。

 

 

 

 

しかしそんなある日、毎日してきていたイジメがピタッと止んだ。

 

急に何があったのだろうかと、そんな事を学校帰りの家で考えているとインターホンが鳴った。

 

 

知らない人なら無視するのだが、カメラを除くと、そこには幼馴染の柏木悠斗が立っていた。

 

家を空けて、どーしたのと聞くと、彼はまだ袋に包まれた新品の 青いヨットの様な船のキーホルダーを無言で私に渡してきて、彼は言った。

 

 

『何があっても、俺は曜の味方だから。だから…それは俺からの約束の証。』

 

 

 

そう言って指切りをして帰って行った。

 

 

 

 

 

次の日、その悠斗との出来事を不思議に思いながら学校に行くと、いじめっ子達が先生に連れられ揃って謝りに来た。

 

誰にも言ってなかったのにどーしてと思ったが、一人の子が、

 

『隣のクラスの柏木君が、昨日みんなが見てる前で曜をいじめるのは許さないって怒っちゃって、その女の子たち泣いちゃって先生がたくさん来て騒ぎになってたんだよ』

 

と言ってくれた。

 

 

 

 

誰にも言ってなかったのに、心配かけたく無いと秘密にしていたのに、悠斗だけは私がイジメられていた事に気づいたのだ。

 

 

昔からそうだ。

 

悩んでいたりしても彼は一番早く気づいて心配してくれる。

 

 

今回もそうだ。どーして分かったのかは不思議だが、でも…。

 

 

 

 

 

私の為に、そんな事を…。

 

 

 

 

 

 

そう考えたその時、パチンと心の中で何かが弾ける音が聞こえた。

 

 

 

彼を、柏木悠斗を好きになった瞬間だ。

 

 

兄妹のように育った幼馴染から、好きな人へと変化した瞬間だ。

 

 

そこから、世界は一変した。

 

どうでも良かったボサボサの髪の毛も、母のトリートメントを使うようになったり、ファッション雑誌を読み漁るのようになったり。兎に角、今まで無頓着だった髪や服などの自分の女の子としての姿って言うのを、それから意識し出したっけ。

 

 

そう思い出しながら、リュックの少し色落ちした船のキーホルダーをギュッと握りしめる。

 

 

彼はいつも私の心に雨が降った時傘をさしてくれる。

 

 

 

彼を見ると、彼の事を考えると、私の胸が高鳴る。

 

いつも、幸せな気分にさせてくれる。

 

 

そして、彼を心から愛している。

 

 

私は、彼とずっと一緒居たいと思っている。

 

 

 

大学生2回生になった今、スクールアイドルや、色々な経験を経てそう思うようになった。

 

 

 

 

 

 

メッセージアプリを開ける。

 

 

『悠斗の事で、今日も電話していい?』

 

 

そう、蜜柑がアイコンの幼馴染にメッセージを送り、彼の事を考えながら、興奮気味にスキップしながら、更衣室を出た。

 

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

 

透明のグラスにびっしりと水滴が付いている。

 

その滴る水滴のついたグラスの黒い液体をちびちびと啜る。

 

 

『最近、曜ちゃんとどーなの?』

 

 

今日の夕方、千歌が俺にそう言ったせいで、あれからずっと 曜の事が頭から離れない。

 

その後の帰り道にも、

 

 

悠くんは曜ちゃん好きなんでしょ?だったらもっとグイグイ行くべきだよ!

 

 

そう言ってバスの中でもヤイヤイ はしゃいでいた。また考えとくと適当にあしらったのだが…。

 

ここ最近、特に千歌は俺と一緒に居るとこの手の話をしてくる。

 

 

何故かは分からないが。

 

 

そもそも、何で俺が曜の事を好きだという事をあいつは知ってるのかすらも謎だ。

 

 

『曜ちゃんの事、好きなんでしょ?』

 

 

唐突に、何の前振りもなくそう言ってきた時は驚き過ぎて声も出なかった。

 

 

それに、高校の時、曜や千歌が所属し、俺も手伝わせて貰っていたスクールアイドルのAqoursの皆んなもこの事を知ってるご様子だし、俺って分かりやすのかと腕を組んで考える。

 

 

待てよ、皆んなにバレバレなくらい分かりやすいって言うなら、本人にもばれている可能性はなきにしもあらずだ。

 

 

そ、そうなると、俺は曜に気持ち悪い目で見られている可能性が…。

 

 

そうなったら絶望だ。この世の終わりだ。

 

 

ぐるぐると悪循環に陥る。

 

 

「ねぇ。食べないと冷めちゃうよ?」

 

 

目の前から発せられたその言葉にハッとし、自分の世界から現実へと引きずり出される。

 

 

「せっかくファミレス来たのに、ずーっとコーヒー飲んで腕ん組んでの繰り返ししてるけど。しかも、このクソ寒い冬にアイスって…。何かあったの?」

 

 

一歳年下の妹の恵が目の前のハンバーグをフォークとナイフで 器用とは言い難い不慣れな使い方で食べづらそうに食べながらそう言う。

 

 

俺と恵は、看護師の母が夜勤という事で、二人でファミレスに外食に来ていた。

 

普段なら家で作って食べるのだが、今日は二人とも早い時間帯に帰ってきたので、外食に行くことになったのだ。

 

そんな妹は、ハンバーグをゴクリと飲み込み、質問の回答を睨むように見ながら待っている。

 

 

「いや、別に。」

 

 

問い詰められている感じがしてむず痒くなり、誤魔化そうと、目をそらしポキポキと手の関節を鳴らす。

 

 

「あ、なんか隠してる。」

 

 

「か、隠してなんかないし」

 

 

怪しいなぁと下を向く俺を覗き込むようにして、無理矢理目を合わせて来ようとする。

 

 

「そ、それより、大学楽しいか?」

 

 

「急に変わるね。楽しいけど今はそんな話じゃないでしょ?」

 

 

「大学一回は一番楽しい時期だよなぁ。俺も去年は遊びまくりでさぁ」

 

 

「ねぇ、話逸らさないでって」

 

 

恵はジーっと一つも笑っていない目で見つめてくる。

 

 

「えっと、恵さん…」

 

 

「私に隠し事禁止って約束は?」

 

 

「そんな約束…」

 

 

「したからね。中学の時。忘れたとは言わせん」

 

 

揺れることも逸らすこともない、微動だに動かない彼女の俺と同じ色の瞳は、刺すように威圧している。

 

 

「そんな事言われてもなぁ。ただの、妄想というか…」

 

 

「あー。曜ちゃんの事ね。はいはい」

 

 

「分かってんなら聞くなよ!」

 

 

やれやれと言わんばかりに呆れた顔を見せて来る。

 

 

「もー、だから嫌なんだよ、からかわれるし」

 

 

「あー ごめんごめん。それで、曜ちゃんの何悩んでたの?」

 

 

「悩んでるというか。今日、千歌に進展はあったのかって聞かれたから…」

 

 

「ふーん。いっそ思い切って告白でもしてみれば?」

 

白けたように頬づえを突き聞いてくる。

 

 

「あのな、そんな簡単に言うなよ。今までの関係なんかが一気に崩れ去る可能性があるんだぞ?しかも、その可能性高そうだし…」

 

 

「えー。そう?どーしてそう思うの?」

 

 

「いや、ほら、曜って昔からモテるし。色々スペック高いし、スクールアイドルやってたし。大学で、ほら…こう、イケメンで高身長、超お洒落なハイスペック男子とかの子たちが話しかけてるの見るし」

 

 

「うんうん。それで?」

 

 

「だから、告白なんぞしたら、鼻とかで笑われそうで…」

 

 

「あのねぇ。曜ちゃんがそんな事をすると思う?まぁ、確かに可愛いしコミュ力も女子力も高いし、なんでも出来るからその考え方は間違ってはないけどさ…」

 

 

恵は途中で話すのを辞め、オレンジジュースを飲み、再び口を開く。

 

 

「そんなイケメン野郎たちは曜ちゃんの長所しか知らないでしょ?逆にお兄ちゃんは関わりが長い分、欠点も知ってて好きって言えるって事。この意味分かる?」

 

「いえ、さっぱり。」

 

 

分からなかったので素直にそう答えた。

 

 

「一つヒント。女の子はね、ちゃーんと内面も見て好きかどうかって判断してるの。ルックスも大事かもしれないけど、そんなのは二の次ってこと。私だって、イケメンで高身長の彼氏なんて憧れるけど、そいつが私の事全然わかってない、上っ面だけの人間だったら即別れるね。」

 

 

フンッと鼻息を盛大に出し、威張るように胸を張る。

 

 

そんなもんかなぁと、もう言う事を言い切って話に飽きたのか、目の前のハンバーグを冷めない内にとがっつく妹を見ながら思う。

 

 

そういえば、曜もハンバーグ好きだったよなぁ。

 

 

夜になり、室内の灯りが反射し鏡のようになった窓を月が見えないかと覗き込むように見る。

 

しかし自分の気持ち悪い動きだけが反射して写り、目当てのものは見ることはできず諦めて、もう冷めてしまった生姜焼き御前の残りに手を付ける。

 

 

空になった横のアイスコーヒーのグラスは、元の四角い形が崩れた歪な形大きめの氷が崩れ、カランと音を立てた。

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

「それでね!秋葉の制服専門店って言うのがあってね そこで果南ちゃんに似合いそうなの見つけてね!…」

 

 

少し日が進み、12月の中旬のある日の夕方。

 

 

 

俺は冬休み前のレポートを終わらせる為に、午後の図書館でパソコンと参考資料を睨みつけて居た所、偶然図書館に来ていた曜から一緒に帰ろうと、後ろから声を掛けられたのだ。

 

曜もレポートの為の図書を借りに来ていたらしい。

 

 

そしてその帰りに、寒いから暖かくて甘いものが飲みたいと言うので2人で 駅近の喫茶店に来ている。

 

 

曜の前には、ミルクココアと食べかけのガトーショコラが置かれていた。

 

俺は、コーヒーだけ。貧乏大学生はこういう所でケチらなければならない。

 

小腹空いたなあと曜のガトーショコラを見て腹の虫が少しなった気がした。

 

 

楽しそうに、喜色満面な笑顔で目を輝かせながら話す曜を見ながらブラックのコーヒーを口に含む。

 

 

「それって美味しいの?」

 

 

「ん?コーヒー?飲んだことないの?」

 

 

「ブラックは苦手なんだよねぇ。苦いじゃん。」

 

 

曜はベーっと舌を出し、窄んだ顔でそう言う。

 

 

「んー。甘いのあまり得意じゃないからなぁ。こう言うのがちょうどいいや、俺的には」

 

 

「へー。ねぇ、今度秋葉行こうよ!悠斗もコーディネートしたげる!」

 

 

「まさか、コスプレじゃ無いだろうな?」

 

 

「あったりー!」

 

 

二人きりでこうやって曜とお茶しながら話すのはかなり久々な気がした。

 

大学に入って、ここ一年くらい無かったような気がする。

 

同じ大学に入ったといえど、違う学部だとそもそも会う機会も少ない。

 

ただ、水曜日の時間割が二人が1限で朝からなので、毎週一緒に学校に行っいるのだが…、やはり二人でこう言う機会は思い出そうとしてもかなり昔のことになってしまう。

 

千歌とはしょっちゅう一緒にご飯食べたりしているが…。

 

なんせ、曜は取ってる単位も多くて忙しいしなぁ。

 

チラリと目の前の意中の女性に目をやると、残りのガトーショコラを綺麗にフォークで崩していた。

 

 

『思い切って告白でもしてみれば?』

 

 

千歌だったか恵だったかが言った言葉を思い出した。

 

 

ダメだ。想像しただけで落ち着かない。

 

じっとりとかいた手汗をズボンでゴシゴシ擦るように拭く。

 

 

そもそも、友達だと思ってたとか、ありきたりの返事をされてみろ、心が持たないし曜との関係が崩れるでは無いか。

 

 

千歌、曜、果南さん。この3人とはずっと昔から育ってきたのに、それが一気に崩れ去る可能性だってあるのだ。

 

 

勢いは良く無い。本当に。

 

 

もっと、曜の気持ちを知らないと。

 

 

か、彼氏とかいる可能性だってあるんだ。

 

 

「よ、曜って彼氏とか居るのか?」

 

ガトーショコラをパクつく曜にボソッと呟くように聞いた。

 

「え…。急に?」

 

曜の美味しそうに食べて幸せそうな表情が一変し、夢でもみてるかのように驚く顔をする。

 

「なんか、気になっただけだ。うん忘れて」

 

 

「なにそれ、こっちが気になるじゃん。悠斗らしくも無い。」

 

 

むすっとした顔でこちらに乗り出して覗き込んでくる。

 

 

恥ずかしくなり目を逸らすと、曜の携帯電話が鳴った。

 

何度も鳴るのを聞き、メッセージじゃなく電話なのだろうと判断した。

 

 

「お母さんからだ。」

 

 

ちょっとごめんと言い残し、店の外へ出て行く。

 

はふぅっと背もたれにもたれる。

 

心臓の鼓動が少し早いのをそこで初めて感じた。

 

やはり、好きな人と二人だと、いくら幼馴染と言えど少しは緊張するのだと認識した。

 

そんな事を考えながら脱力していると、

 

「あれ、柏木?」

 

と声を背後から掛けられた。

 

振り返ると、よく見知った顔だった。

 

ガタイの良い体をした同じ学部の同じゼミの西だった。

 

 

「お前も寒すぎてコーヒーが飲みたくなったか。一緒だな。」

 

 

「まぁなぁ。寒いのはあまり得意じゃ無いしなぁ」

 

「めっちゃ分かるわ」

 

 

そんなたわいも無い会話をしていると、ニヤリと西は笑いながら俺に言った。

 

 

「そういえばお前、彼女出来たんだろ?」

 

 

「へ?」

 

 

「見たんだからな。この前すげぇ美人と一緒にメシ食ってたろ?」

 

 

「ああ。」

 

 

一瞬のその言葉に 何事だと言葉を詰まらせたがすぐに理解した。

 

 

「千歌だろ?何回も同じこと言うけど彼女じゃなくて幼馴……」

 

 

「違うよ。高海さんならすぐ分かるっつーの。そうじゃなくて、こうもっと清楚ないい感じに色気のある美少女と、いかにも親密だわぁ私達…みたいに見つめあってたじゃねえか。」

 

 

食い気味に、少し興奮しながら俺の話を遮るように話す。

 

見つめ合う。美少女。色気…。

 

 

「鞠莉さん…じゃないよな?」

 

 

「違う違う。Aqoursの人達ならすぐ分かるって。あれは俺の見たことない女性だったね。誤魔化せんぞ。」

 

 

ますます言っている事が分からなくなる。

 

Aqoursの人達じゃない人で、一緒にご飯食べてた?しかも美人と。俺が?

 

 

西の顔を見るに羨ましそうな、はたまた憎そうな顔を見るに冗談じゃないということは分かる。

 

 

「なぁ。見間違いじゃ無いのか?」

 

 

「違うって。ああ。高海さんといい、何で普通すぎるお前が美女と友達だったり彼女だったりする…」

 

そこまで言った所で、俺は何か嫌な空気を感じた。

 

 

西のゴツめの肩の背後から嫌なオーラが出ているの感じ取れる。

 

 

チラリとそれを見て、驚愕する。

 

 

しまったと、そう思った時にはもうすでに遅かった。

 

 

いつからか、電話を終え席に戻ってきた曜が、西のすぐ後ろで、ギュッと両拳を握りしめて立っていた。

 

 

待て、いつの間に。いつからそこに居た。

 

 

まさか聞いてたのか。

 

 

「えっと、曜、いつから…」

 

 

「うおっ。渡辺さん。気づかなかった。」

 

 

その曜は、ぼーっと虚ろな表情で俺と西の間の空間を見つめている。

 

 

聞かれたのか?

 

待てよ、聞かれた所で西が言ってる事は嘘なのだから、なんの支障もない。

 

ただの誤解だし、そもそも、もしそうだとしても曜がそんな事を気にするはずも…

 

 

「えっと…。聞くつもり無かったんだけど…聞こえてきちゃって、その、えっと…」

 

 

ぐるぐると頭の中で思考を整理していると、曜が歯切れ悪くそう言葉を発した。

 

 

「違う、これはただの誤解で…」

 

 

突然過ぎる出来事に俺と西がゴクリと息をのむ空気が漂う中、心なしか具合が悪いような顔をして、今度はハッキリと曜は言った。

 

 

「その。悠斗、彼女さんが出来たんだね。お、お、おめでとう」

 

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

 

家に帰って早々に俺は自分の部屋の床のカーペットにダイブした。

 

チラリと時計を見ると時刻は午後5時。

 

まだ夕方の時刻だと言うのに、もう外は暗闇へと変化している。

 

 

いっそこのまま寝てしまおうか。

 

 

いや、風呂に入りたい、部屋着に着替えたいし、寒いから暖房を付けたい。

 

そう思ったが、グデっとなった俺の身体は寝返りを打つ気力すらない。

 

 

なんだか色々萎えてしまった。

 

 

あの日、あらぬ疑惑をかけられた日。俺は曜と喫茶店を出た後、全身全霊を尽くして疑惑の誤解を解こうとした。

 

 

『ほんと、あいつ何言ってんだろうな。あはは。俺が美女と二人きりで飯だなんてあるわけ無いのになぁ。あはは。』

 

『うん』

 

『全く身に覚え無いんだよなあ。本当に無いから!な!全然!』

 

『うん』

 

 

と、うん という返事しか返って来なかったのだ。

 

 

あれから4日、曜とは話せず、会っても そそくさと何処かへ逃げてしまう。

 

 

しかも、他の同じゼミの子にも、彼女出来たんだって?おめでとう!みたいな事を言われる始末。

 

あいつめ、あらぬ噂を広めやがったな。噂が一人歩きしてるぞ。

 

 

「はぁぁ」

 

 

盛大にため息をつくことしかできず、無気力感がどんどん強くなって行く。

 

 

ブルリと身を震わす。

 

 

寒い。早く風呂に入って暖房をつけよう。

 

そう思い、ゆっくりと全身の力を使い立ち上がる。

 

 

フラフラと階段を下りている所に、自分の部屋で着信音が鳴っていること気づいた。

 

 

下りかけの階段を再び上り、部屋に置いてあった携帯のディスプレイを見ると、小原鞠莉と表示されていた。

 

 

「もしもし」

 

 

「あ、ゆーと?チャオ〜。今忙しかった?」

 

 

「いえ、忙しいどころかさっきまで床で突っ伏してました。」

 

 

「なに?具合でも悪いの?」

 

 

「いえ。そういう訳では無いです。はい。」

 

 

具合というより、精神状態が良く無い。

 

これならいっそ熱でも出た方がマシだ。

 

 

「まぁ、大丈夫ならいいけど、今ね果南とダイヤと居酒屋に居るの。ゆーとも暇なら来ない?果南情報だともう授業とか無いはずよ?」

 

 

「え。今からですか?まぁ、行けないことは無いですが、なにぶん今はちょっと色々とあり…」

 

 

「待ってるからねー」

 

 

断ろうとしていると、そう無理矢理電話を切られた。

 

 

まぁ、別にいいか。

 

 

そう思い、脱いだコートに再び手を通した。

 

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

 

「え。なにそんな事になってるの?」

 

 

居酒屋に着き、木の椅子に座って早々に曜との現状を聞かれたので数日前にあった出来事を全て伝えた。

 

 

「もう、訳わかんなくて。曜もまともに俺と話してくれないし。」

 

 

俺がそう言うと、3人が顔を寄せ合い、コソコソと何かを話し始めた。

 

なにを話しているか聞こうと耳を立てると、果南さんにダメと言わる。

 

「えー。呼んどいて仲間外れですか。良いですよ。俺なんかは変な噂立てられて、好きな人には嫌われて、挙げ句の果てには相談しようとしたら仲間外れって…」

 

そうぶつぶつと小言を言いながら、ショボくれていると、漆黒の黒髪のロングヘアを持つダイヤさんが眉をひそめながら背中をさすって来た。

 

 

「ま、まぁまぁ悠斗さん。そんなにネガテイブにならなくても」

 

 

「そうだよぉ。そもそも曜は怒ってないと思うけど?」

 

 

そう海色の髪をポニーテールにした年上の幼馴染の果南さんに言われる。

 

 

「そうですよね。よくよく考えると何で怒ってるってなるんだって事ですよね。俺が誰と付き合おうと、それがあらぬ噂だとしても、曜には関係ない事ですしね。そもそも曜がそれを気にするはずもない事ですしね。」

 

 

「こりゃダメだ。ショボくれモードになっちゃったよ」

 

 

「とりあえず、何か飲んだら?」

 

 

そう鞠莉さんがメニューを渡してきたので、生ビールを注文した。

 

 

そして出てきたそれを、勢いよく胃の中に流し込んだ。

 

 

「だ、大丈夫ですか?悠斗さん」

 

 

「酔いたい気分なんです。今は。」

 

 

「そもそも、なんでそんな噂立ったんだろうね。」

 

果南さんが頬づえを突きながら言う。

 

 

「火の無いところに煙は立たぬって言うわよ?」

 

 

鞠莉さんが梅酒の入ったグラスを傾けながら俺にそう言う。

 

 

「ほんっとに心当たりが無いんです。恐ろしいほどに。」

 

 

「そっかぁ。じゃあ違うんだろうねえ」

 

 

鞠莉さんのその予想外の返しに驚き、えっ と、声を裏返ししまった。

 

 

「信じてくれるんですか?」

 

 

「信じるも何も、初めから違うって分かってるし。」

 

 

「そうですわ。悠斗さんに、二股をかける器用さも度胸もないことも知ってますから。人畜無害。これが悠斗さんの売りじゃ無いですか。」

 

 

そのダイヤさんの言葉に、慰められてるのか貶されてるのか一瞬、ん?と分からなくなった。

 

 

「そもそも私は悠斗が昔から曜の事好きなの知ってるし」

 

 

「で、曜とはその後何話したの?弁明はしたんでしょ?」

 

 

「したんですけど、よく分からないんですよ。無関心ならそう言う態度で分かるはずなんですけど、表情がイマイチ分かんなくて。」

 

 

「具体的には?」

 

 

「ボーっとなんか考えてるような目をしたかと思ったら、キッと目力を強めたりとか。もう訳わかんなくて。」

 

 

俺がそう3人に、ビールを飲みながら伝えると、3人は目を合わせた。

 

 

「あー。」

 

 

「なるほど…」

 

 

「私も理解しましたわ」

 

 

「え、なにがですか?」

 

 

3人がウンウンと頷きながら話すので素直に何かと問い返した。

 

 

「えっとね。悠斗、曜の欠点って言える?」

 

 

「はぁ。欠点ですか。」

 

 

「うん。欠点というより、苦手な事っていうのが正しいのかな。」

 

 

「はぁ。」

 

 

そう言われたので曜のことを頭に思い浮かべた。

 

 

「外見じゃ無くて、中身でね。」

 

 

んー。と考え、俺が思う曜の苦手な事を一つ捻り出した。

 

 

「なんか、色々溜め込んじゃうところとかじゃ無いですかね?」

 

 

「と、言うと?」

 

 

「いや、ほら、昔からハイスペックでみんなに頼りにされてたりしてたから、誰かに弱い自分を見せるのが苦手んですよねぇ曜って。裏切っちゃうみたいな事考えて。だからなんか嫌なこととかあっても相談しないから、色々溜めちゃって、爆発するんですよ彼女」

 

 

俺がそう言うと、鞠莉さんが呆れたように口を開いた。

 

 

「そこまでわかってて、なんで分かんないのかしら。」

 

 

「鈍感だからねえ。ほんと」

 

 

「え。なんですか。」

 

 

あのね、と鞠莉さんが続ける。

 

 

「色々溜め込んじゃうの。ならちゃんと聞いてあげなさい。曜の気持ちを。」

 

 

「でも…」

 

 

「怒ってはいないから安心しなさい。それから多分曜は…」

 

 

そう途中で言いよどむので、何ですかとまた聞き返した。

 

 

「gelosiaよ。」

 

 

「へ?」

 

 

「また自分で調べときなさい。色々終わってから。」

 

 

「えー。なんですかそれ。」

 

 

「はい!この話は終わり!そういえばルビィはどうしてるの?」

 

 

「ああ。ルビィなら…」

 

 

鞠莉さんが無理矢理話を終わらせたので、その言葉の意味が理解できずに終わってしまった。

 

 

まぁまた調べればいいかジョッキの底に残った少ない残りのアルコールを再び胃に入れた。

 

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

水曜日の朝。

 

インターホンが鳴り今か今かと待っていた俺は勢いよくディスプレイも見ずに玄関を開けた。

 

 

「おはよう。」

 

 

「お、おはよう。」

 

 

無表情かつ虚ろな表情で姿勢を綺麗に保ったまま立った曜が玄関前に立っている。

 

 

「行こうか」

 

 

「うん。」

 

 

曜の空返事を聞きながら玄関を施錠する。

 

 

「きょ、今日も寒いなぁ」

 

 

「そぅだね」

 

 

「はやく夏来ないかなあ」

 

 

「そだね」

 

 

 

ダメだ。会話が続かない。

 

 

しかも、変な雰囲気まで俺たちに漂ってるのが当の俺でも分かった。

 

 

バス停でベンチに二人で座る。

 

 

聞くなら今か。

 

 

「なぁ。喫茶店の事でなんか怒ってない?」

 

 

これでもかと言うくらい姿勢を正しく座っていた曜の身体がピクリと動いた気がした。

 

 

「怒ってない」

 

 

「え、でも…」

 

 

「悠斗はなにも悪いことして無いでしょ?」

 

 

「え、うん。」

 

 

そうだけど。そうだけれど、じゃあ何故。

 

 

何故、そんな表情をしてるんだ。

 

 

 

その答えはその場では分からず、いつもの見慣れたバスが目の前にやって来た。

 

 

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

もうすぐ冬休みということもあって、構内がやけに騒がしい気がする。

 

 

そんな事を法学部棟の階段を下りながら考える。

 

 

最近、食欲がない。

 

 

そのせいか体調も良く無い。

 

 

会う度会う度におめでとうと言われ胃が痛い。

 

 

はぁぁと心の中で盛大にため息をつく。

 

 

「あ、おーい。悠くーん」

 

 

建物の一階に着くと、エントランスのベンチで千歌が座っていた。

 

 

「ん?帰りか?」

 

 

「うんそうだよ!ていうより、伝えたい事があ…」

 

 

千歌が話しているその後ろで、俺の体調を悪くさせている元凶の人物を見つけた。

 

 

「おい!西!」

 

 

「おー。リア充じゃねえか」

 

 

「お前のせいでこっちは大変なんだぞ!」

 

 

「まだしらを切ってるのか?諦めろ。あれは確実にお前だった。」

 

 

「それはいつだ!どこでだ!何日何時だ!」

 

 

俺がそう言うと西はニヤニヤ笑いながら、

 

 

「12月の初めの方。沼津のファミレスで、黒髪のショートボブの、クリッとした目の下に泣きぼくろがある美少女だよ。」

 

 

待て。

 

ファミレス。

 

黒髪のショートボブに、泣きぼくろ?

 

そこで全てを悟った

 

「俺の妹じゃねえか!」

 

 

「え。」

 

 

そう言い、目を見開きポカンとした西を見て、再び俺は元凶の元に言葉を発した。

 

 

「あれは妹。黒髪のショートボブに泣きぼくろ。似てないけど、西、あれは俺の妹だ。遺伝子レベルで妹だ!」

 

 

西はワナワナと顔を震わす。

 

 

「信じねぇぞ。お前の妹があんな美人な訳ないだろ!」

 

 

「千歌、言ってやれ」

 

 

「妹だよ。妹の恵ちゃん。ほら!」

 

 

そう言いながら、千歌とツーショットを撮った携帯の写真を見せる。

 

 

「似てなさすぎる…」

 

 

「悪かったな」

 

 

「お前の妹が、あんな美人…」

 

 

「えー。目とか悠くんと似てると思うんだけどなぁ。大きな二重の目!」

 

 

「ほんとだ。よく見るとそんな感じして来た」

 

 

ガタガタと震えながら俺の方を見て、

 

 

「すまん!あらぬ噂を立ててしまって!よくよく考えれば柏木にあんな美人なんておかしかったんだ」

 

 

と、謝った。

 

 

「謝ったのは良しとするが最後のはなんだ。それから、西 お前にはこの噂の火の消化をして貰おうか。」

 

 

アイアイサーと 敬礼して俺よりも身長のでかい西は走って行った。

 

 

 

「なんだ。そう言う事か。どうりで思い出せない訳だ。美人とか以前に、妹だもん。選択肢として入る訳が無い。」

 

 

全く。恵のやつ、大学生なったからって化粧とか覚えたせいで、妙に大人っぽくなったと思ったら…。

 

見つめ合うねぇ。見つめていたと言うより、あいつが俺の目を逸らさないように睨んでただけだろ。

 

はぁぁと今度は安心の溜息を吐く。

 

 

「良かったね!」

 

 

千歌がニッコリ笑顔で話す。

 

 

「あぁ。良かった。本当に良かった。悪いが、曜に言っといてくれないか?」

 

 

「ああ。それなんだけど」

 

 

千歌がそう続ける。

 

 

「悠くん、曜ちゃんが授業終わったら会いたいって。内浦の堤防で待ってるってさ。」

 

 

「え。曜が?」

 

 

「うん。だから、行ってあげて」

 

 

優しく千歌が微笑む

 

 

「分かった…」

 

 

そう言って、俺と千歌は寒い世界へと出て行った。

 

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

 

冷たい風が強く吹く。

 

いつもより荒々しい波が堤防に打ち付けて、海面は穏やかでは無い。

 

 

私の心を表しているようだ。

 

 

「ごめん。待たせて。」

 

背後から聞こえてくる、聞き慣れた安心する声に鼓動が一つ上がった。

 

 

「ううん。こっちこそ急に呼び出してごめん」

 

 

少しの沈黙が生まれる。

 

波の音 風の音が私たちの空間を支配する。

 

 

言わなくちゃ。悠斗に。そう心で決心した時、

 

「あのさ」

 

 

悠斗が先に切り出した。

 

 

「あの変な噂。やっぱり誤解だった。この前言ってた西って子が俺の妹を見て勘違いしてただけだったんだ。」

 

 

迷惑かけてごめん。そう最後に彼は付け加えた。

 

 

「ううん。大丈夫。」

 

 

「それから、俺から曜に伝えたい事があるんだ。」

 

 

真剣な表情を私に向けて来る。

 

 

ゴクリと生唾を飲む。

 

 

「俺さ、曜の事が好きだ。」

 

 

太陽が沈みかけた薄暗い世界の、時が止まった気がした。

 

 

さっきまで聞こえていた、風の音も波の音も全て何もかも無くなった気がした。

 

 

するとどうだろう。

 

胸の底から何かが込み上げて来る。

 

「うっうぇぁ」

 

そんな嗚咽と同時に目から少ししょっぱい雫がポロポロと零れ落ちる。

 

 

「だから、気持ち悪くても、ただの友達でも良い。だから、」

 

 

そこまで言い淀み

 

 

「俺は曜に釣り合う人間になりたい。」

 

 

ハッキリと、彼は言い切った。

 

 

「悠斗…私…私…」

 

 

「曜は昔から、なんでも溜め込んじゃうから。今回も様子がおかしかったし、何か言いたい事があるんじゃ無いかって。曜が会いたいって千歌から聞いた時、ここしか無いって思って。ごめん、もっと早くに聞いておくべきだったんだけど、ここ数日、まともに会話出来てなかったから。だから、俺の悪口でもいい。今曜が思ってる事あったら全部言ってくれ。」

 

 

そう言って頭を下げる。

 

 

 

 

『曜ちゃんってなんでも出来て羨ましいなぁ』

 

 

『渡辺が居るから大丈夫だろ』

 

 

『渡辺さんに任せとけば大丈夫でしょ』

 

 

みんないつもそう言う。

 

 

期待とプレッシャー。私はちゃんと完璧にしなければならない。

 

 

あのイジメの時もそうだ。

 

 

相談出来なかった。誰にも。

 

 

完璧な渡辺曜を演じなければならない。

 

 

でも、でも、

 

 

「私の、弱い部分を見せれるのは悠斗だけ。弱音も愚痴もいつも二人の時に聞いて貰ってたのも悠斗だけ。でも、今回は…」

 

そこまで言い、言葉が詰まった。

 

 

「ゆっくりでいい。落ち着いて。ちゃんと聞いてるから」

 

 

そう言葉をかけられ、少し胸が軽くなる。

 

 

「悠斗に可愛い彼女が出来たって聞いた時、パニックになっちゃって。その後、ずっとモヤモヤした何かが胸にこびり付いてて、もう訳わかんなくなって…」

 

 

グスッと涙を袖で拭う。

 

 

「悠斗が知らない女の人と二人で居るのを想像したら、胸がチクチクして。もうこんな事ならいっそ、悠斗を取られないように閉じ込めちゃえばいいなんて事も考えて…。この気持ちが、嫉妬だって事も知って。」

 

 

目の前の悠斗は驚愕の顔をしている。

 

 

「そうだよね。気持ち悪いよね。ごめんね。」

 

 

そう言って、走り去ろうとすると、腕を勢いよく摑まれる。

 

 

「違う!その、ちょっとびっくりしただけで。曜と同じ気持ちだった事に。」

 

そして、私の目をしっかりと見て続けた。

 

 

「俺は曜を気持ち悪いだなんて思った事もないし、これからも無い。」

 

 

グズグズと堪えていた私の涙線はそこで崩壊した。

 

 

「ごめんね。ごめんね。嫌いになっちゃってた訳では無いの。この初めての感情が、嫉妬の感情が分からなくて戸惑ってただけなの。だから嫌いにならないで」

 

私はそう言い、彼の胸で泣く。

 

「なるわけない。何年俺は曜が好きだと思ってるんだ。」

 

そして、彼は頭を撫でてくれる。

 

 

「俺は、曜に釣り合う人間になりたい。曜に相応しい人間になりたい。だから、側で見守っててくれるか?」

 

 

優しい声でそう聞いて来る。

 

 

「いいの?私、ちょっと心配になっただけでさっきみたいな事考えちゃうよ?それでも良いの?」

 

「うん。」

 

「ちょっとでも私の側を離れただけで怒っちゃうよ?」

 

「うん。」

 

「私の事、ちょっとでも無視したら拗ねちゃうよ?」

 

 

「うん。」

 

 

「色々束縛とかしちゃうかもだよ?」

 

 

「うん。構わない。」

 

 

「私、重いよ?」

 

 

「いい。曜ならいい。」

 

 

ハッキリと淀む事なく言う。

 

 

それを聞き、勢いよく彼に飛びついた。

 

 

「ありがとう。ありがとう悠斗。私も、こんな私だけど、これからもずっとよろしくね」

 

 

そう言って彼の顔を至近距離で見る。

 

 

ニッコリと笑って目尻にシワを作る彼の顔を見て、無性に彼が欲しくなった。

 

 

いいや。もう私のものなんだし。

 

 

そして、思いっきり彼の唇にむしゃぶりついた。

 

彼は何か叫んでいるが辞めない。

 

意識が飛びそうなほど美味しい彼の味を堪能する。

 

 

顔を真っ赤にさせながら彼は驚いている。

 

 

そして、息が苦しくなり離れて私は、

 

 

「言ったでしょ?私は重いって」

 

 

と彼に満面の笑みで言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

冷たい冬の冷気が火照った体を舐めるように刺激する。真っ暗になった世界では月明かりが幻想的に輝いている。

 

街灯の光と月光が折り重なり、スポットライトの様に私達を照らしている。

 

それはまるで、これからの彼との甘く楽しい生活の幕が開けるようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




ありがとうございました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。