異世界にレオパルドンを持ち込むのは反則ですか? 作:塩田多弾砲
1話:突然マーベラーが落ちてくるのは反則ですか?
『落下』。
拝田真が、最初に感じ取った感覚は、まさしく『落下』だった。
彼をいきなり襲ったのは、全身に襲い掛かる、強烈な風。
……それとともに、『重力』が、自分を地面へ引きずりおろそうとするのを強制的に感じ取った。
「……なあ、異世界へ召喚するんなら……せめて、ちゃんとした地面でやってくれ」
どこの誰だか知らないが、自分をこんな状況に陥らせた何者かへ、真は心の中で文句を言った。
この状況は、間違いなく尋常じゃない。普通じゃない。普通に説明のつくもんじゃない。
佃煮ができるくらいに数多くつくられた、「異世界転生もの」というジャンルの物語群。
そこで描かれている『異世界からの召喚』。自分はそれに運よく、あるいは運悪く、選ばれて召喚されたに違いない。……と、真は確信していた。
なぜか? なぜなら彼は、たった今まで『地下街』に居たからだ。
とある市街地の、地下街。そこに真は用事があった。
その地下街にある店、ないしはその店頭に飾られていた商品。ようやくそれが手に入ると思ったところ、いきなり地震が起こったのだ。
揺れは大きく、棚が倒れてきて、真はそれの下敷きになったが……床が抜けて、彼はその中に落ちていった。
抜けた床の下は、空間があった。おそらく下水道かなにかだろうと思っていたら……。
真っ暗な空間を、長い時間をかけて真は落下していったのだ。いつまでたっても着地または着水しない。やがて、周囲の闇に、いきなり光が満ち満ちて……。
気が付いたら、こうやって『空中』に放り出されていた、という始末。
実際ここは、『空中』で間違いなかった。下方を見たら、森や平原や川が地図のように広がっており、上方を見たら、遮るものが何もない『青空』。
地下街からどうやって、こんなところに来れるというのか。誰かがダマくらかしてるとしても、どこの誰が、何のために自分にこんな事をするのか。
いや、そもそも……なんでこんな状況になってしまったというのか。今は『原因』よりも、状況の『認識』、そして『解決』の方が重要だ。後で『原因』はいくらでも調べればいい。
……問題は、『解決』どころか『認識』すら、できないんじゃないかという事だが。このままでは、飛行機からパラシュートなしで飛び降りたのと同じ運命をたどる事になる。すなわち、墜落死。
いや、それ以前に、
『地下へ落ちた先は、空中でした』
これをどうやってまともに『認識』しろというのか。教えてリビング・トリビューナル。これだったら、『トラックに跳ねられて、記憶を保ったまま別世界に転生』って方がよっぽどマシだ。少なくとも、『異世界に来てすぐに地面に激突』などという、素敵イベントを味合わずに済む。
「……くそっ。せっかく『レオパルドン』を手に入れたってのに……!」
真の脳裏に、あの特撮ドラマの巨大ロボ、宇宙戦艦に変形するあの無敵のロボの姿がよぎった。
山城拓也は、こんな状況に陥ったらきっと叫ぶだろう。
「……マーベラー!」
……ってな。
真は眼を閉じた。
そして、次の瞬間。
何か、固く大きな何かが、自分を受け止めたのをその体で感じ取った。
「……くっ!」
ミリアは、歯噛みしていた。
彼女は周囲を見回し、何とかして現状を打開できる『策』が無いかと考えていたが……それは徒労に終わっていた。
彼女の後ろには、メイド服に身を包んだ女性が数名。そして、……自分に仕える、ツクミ・イーミア。
そして、ミリアの前には。満身創痍といった様相の女騎士と、その配下の兵士が数名。
兵士たちは全員が男だが……彼らの顔には『諦め』と『恐怖』の表情が浮かんでいる。
唯一、彼らの指揮官として立つ女騎士……クリス・ブレイドのみが、凛とした背中を見せていた。ツクミのいるここからでは表情は見えないが、おそらくは……未だ闘志を忘れず、敵へと挑む表情を浮かべているに違いない。
そして、その視線の先には……異様な『霧』が漂っていた。
その『霧』は、闇のように黒かった。そして、その黒い『霧』の漂う場所は、青空の下であっても不自然なまでに暗く、黒かった。
やがて、その『霧』は次第に一か所に集まり、固まり……黒い身体の、実体のある怪物を産み出した。
怪物は、一体だけではなく、数体、数十体、数百体と……大量に出現し、ツクミたちの目前に群れを成す。
「……『
クリスが、うめくようにつぶやいた。認めたくない現実を、自分自身に言い聞かせ、認めさせようとしている。そんな悲壮感を、ミリアはそのつぶやきから感じ取っていた。
『
『闇霧』……この世界において存在する、人類の天敵。
否、人類のみならず、世界そのものを侵食している存在。
なぜ発生するのか、どこに出現するのか。いまだ全容は解明されていない。
しかし、確実に分かっている事は……
『闇霧』は、人を害する。人を殺す。人を飲み込み、自身の糧とし尖兵と成す。
そして、『闇霧』は凝縮し、実体を有した怪物と化して、人を襲撃する。
一体のみならば、人間でもなんとか対処は可能。装備を整えて数名でかかれば、倒す事は出来る。
しかし……この状況では、戦い、倒す事はまず無理。こちらの総勢は二十人。そのうち、非戦闘員は十一名……ツクミを含めたメイドや侍従たち。彼女らは全員、ただの召使であって、戦う術は持ち合わせていない。
残り九名のうち、兵士は七名。しかし、兵士たちは全員が疲労と絶望で、これまた戦う力はほぼ残っていない。既にその多くが、『霧獣』に襲われ、殺されてしまっていた。体力さえあれば逃げ出したいが……それを実行する『気力』と『体力』は残っていない。兵士たちはそれだけ、疲れ切っていた。
残る二人……クリスと、ミリア。
彼女らは、『霧獣』と戦う『力』を持っていた。しかし、それも先刻に多用しており……彼女たち自身もまた疲れ切っていた。現にクリスの息は荒く、ミリアも立つだけで精一杯の様子。
「……姫様……私たちに構わず、このまま……」
ツクミは意を決し、言いかけたが。
「だめです!」
ミリアの鋭い言葉が、それを止めた。
「……もはや、これまで。ならば……私とクリスが今一度『クリエイテッド』を出して時間を稼ぎます。その隙に、なんとかして……貴女だけでも逃げなさい」
「で、でも!」
「ツクミ! ……『姫様』の命令、ちゃんと聞くんだ」
クリスからも、背中越しに言葉が飛んでくる。だが、彼女の体力ももはや限界なのをツクミは知っていた。
もしも『クリエイテッド』をもう一度出したとしても、あんなに大量の『霧獣』を相手に戦うのは、自殺行為以外の何物でもない。
しかし、皆を見捨てるほど、自分は人でなしではない。加えて……この状況下では、逃げる事すらおそらくは不可能。
なぜなら、自分たちの後方は、十数m先には巨大な谷間があり、断崖絶壁が逃げ道を塞いでいたからだ。
以前は、ここに頑丈な橋がかかっていた。『霧獣』に追われ、その橋を渡って逃げようと考えていたツクミたちだったが……。
橋は落とされていた。自然に壊れたのか、それとも何者かが落としたのか、それは判明しないが……はっきり判明しているのは、『これで退路は断たれた』という事。
仮にツクミ一人が、皆を見捨てて逃げたとしても。この谷間には手掛かりが無く、降りるのも、昇るのも、一苦労。
なんとか降りたとしても、そこには激流で、岩があちこちにむき出しに。そしてこの河の下流は、イマジン王国からかなり離れた場所に辿り着く。
それでも、おそらく自分一人だけならば、ひょっとしたら生き残れるかもしれない。が、その確率は極めて低いだろう。
でも、皆を見捨てて逃げたくはない……。
どうする、どうする。
迷い、逡巡し、言葉も行動も詰まる。
が、次の瞬間。
「姫様、あれを!」
メイドの一人が、空を指さした。
巨大な何かが『飛来』……否、『落下』してきたのを、ツクミ、そしてミリアにクリスは見た。
それは狙いすましたかのように、彼女たちの目前に広がっていた『霧獣』が群れている場所に落下。轟音をあげつつ、ミリア達の前をスピンしつつ横切り、黒い怪物たちを押しつぶし、跳ね飛ばし……その動きを止めた。
「……な、何……あれ……」
ようやく、ミリアは理解した。自分たちが未知の何かにより助けられた事を。
彼女たちの視線の先には、土を抉り動きを止めた、『それ』の姿があった。
「……どうやら、助かったようですね」
巨大な『それ』を見つつ……ミリアは呟いた。
迫ってきた『霧獣』は、その全てが落下してきた『それ』に跳ね飛ばされ、霧散していった。そして漂っていた闇霧も、徐々に薄まっていく。どうやら、窮地は脱したと判断して良かろう。
「それにしても……私達の命を救ってくれた、あれは……一体何でしょう?」
ツクミが、口を開く。
空を飛んできた事から、各地で運用されている
船首から船尾までの大きさは、ざっと見て50mくらいだろうか。船首部分は箱状になっており、前面に赤いパネル、そしてパネルには蜘蛛の巣を思わせる模様が刻まれている。
四角い船体には、左右の側面に何かを格納しているような、増槽のようにも見える箱状のパーツが付いていた。船尾の方も、船側が左右に広がり、垂直に立った翼が二枚付いている。
しかし、一番目を引くのは、上甲板に付いている『艦橋』。
黄色の艦橋は、動物……タテガミの無い獅子の頭部を模していた。その艦橋のせいで、ミリアは思った。
「まるで、この『船』……。顔を上げている獣のように見えますね」
「ええ。それにしても……これは一体、何なんでしょう?」
ミリアの言葉を受けて、クリスも疑問を口にする。自分たちを救ってくれた命の恩人ではあるが……これに乗っているのが何者なのか。王族のミリアに恩を売る事で、何か見返りを要求する強欲な者だとしたら……?
どうしたものかと、判断に迷っていたその時。
「なっ……!?」
『船』が光りはじめた。
やがて、光とともに『船』はその輪郭を崩し……空中に霧散していった。
「これは……『クリエイテッド』?」
呻くようにクリスが呟き、そして……、
「姫様、誰か倒れています」
ツクミが、倒れている人影を見つけ、駆けつけた。
『船』……『マーベラー』が消えた跡地、そこに倒れていた真へと、クリスと兵士たちは近づいていった。
眠りから覚めた真が、最初に見たのは、見た事のない『天井』。
そして、最初に感じたのは、『ふかふかのベッドの感触』。
自分は、一体……確か、地震に巻き込まれて、それで床が抜けて、そこに落ちて。
で、空中に出て、マーベラーに受け止めてもらうって『夢』を見ていた……。
いや、『夢』にしては……妙にリアルだったな。
「……って、ここは?」
病院にいるのかと思った真だが、周囲を見て、『違う』と判断した。
少なくとも、中世のヨーロッパのお城、ないしはその一室のような内装の病室を備えた病院など、真の知っている限り存在しない。いや、探せばあるのだろうけど、病院というにはどっか違和感がある。
そして、もう一つ違和感が。
「おかしいな……なんでこんなに……」
なぜだかわからないが、『疲労』が激しい。地震に巻き込まれて、精神的に参っているからか?
「お目覚めですか?」
扉が開き、誰かが入ってきた。顔を動かすと、そこには、二人の少女の姿が。
一人は、育ちが良さそうな金髪の美少女。
もう一人は、メイド服姿の少女。
その二人に対し、
「だ、だいじょう、ぶ……」
と、真は返答したものの、本当はあまり大丈夫ではない。疲労が、普通に喋る力を奪い去っているかのよう。
「あ、あの……これを飲んで下さい」
メイド服の少女は、手に盆を持っていた。盆には水の入った水差しとコップ。
ベッド脇のサイドテーブルに盆を置き、コップに水を注いだ少女は……それを真へと差し出した。
無理やり身体を起こし、それを受け取った真は……中の水を飲みほした。甘く冷たいその水は、真の渇いていた喉を潤し、彼をいい気分にさせてくれた。
「……あれ?」
いや、気分『だけ』ではなかった。身体の調子も良くしてくれた。……たった今まで感じていた疲労が、『無くなった』のだ。
「良かった、ポーションが効いたみたいですね」
金髪の少女が、安堵したように笑みを浮かべる。
「…………」
逆に、真は安堵できなかった。マーベラー云々の『夢』が、『夢でない』という可能性が強まったからだ。
どうやら、覚悟を決めないといけないだろう。
「……ありがとう、おかげで助かりました。それで……」
深呼吸を一つして、
「俺は、真。拝田真と言います。『二つ』、質問してもよろしいでしょうか?」
その自己紹介と問いかけとを受けて、二人の少女は一歩下がると……。
スカートの裾をつまんで、挨拶した。
「……私は、イマジン王国の第三王女、ミリアリア・レドカッスル・イマジンと申します。ミリア、と呼んで下さい。ここ、イマジン王国において、王女を務めております」
「……わたしは、ツクミ・イーミアと申します。ここ、イマジン王国にて、姫様のお世話をさせていただいております」
それで……と、逆に少女たちが問いかける。
「質問が『二つ』と仰いましたが、一つめの御質問はなんでしょう?」
ミリアの問いかけにに対し、
「……一つ目、『ここは、なんという世界ですか?』」
真が質問を以て回答した。
「……二つ目も、先に伺ってよろしいでしょうか?」
ミリアのその問いかけに、
「……俺を受け止めた、あの宇宙船……マーベラー。なんで『あんなものが出て来たんでしょうか?』」
真もまた、二つ目の質問にて返す。
ミリアがそれに答えようとした、その時に。
「……それらの質問には、私が答えよう」
扉が開き、一人の少女が入ってきた。
「……クリス・ブレイド。姫様を守る、王国騎士団・団長だ」
簡単な挨拶を終え、クリスが質問に回答する。
「マコト殿、と申したか。貴殿の質問……一つ目は、この世界は、『クリエイタニア』。貴殿から見て、異なる別の世界……いわゆる『異世界』です」
ああ、やっぱりな。真は心の中で突っ込み、ため息を。
「二つ目の質問だが。あの船は、『貴殿が出したもの』だ。我々はあれを『
二人からの回答を聞き、真はしばらく言葉を失っていたが……。
「……詳細を、教えていただけますか」
かろうじて立ち直り、そう問いかけた。