「明久君のジャージ、いい匂いです……」
とある日の放課後、Fクラスの教室にて。姫路瑞希はジャージに顔を埋め、うっとりとしていた。
「微かに残る汗の匂いが、たまらないですぅ」
……変態だ。変態がここにいる。
「瑞希、何してるの? 早く帰るわよー」
Fクラスの教室の外から、別の女子が声をかける。
「待ってください美波ちゃん。すぐ行きます!」
姫路は教室の外で待っていた島田美波に声をかける。危ないところだった。あんな場面を見られたら、美波に何て言われるか分からない。姫路はこっそりと明久のジャージを鞄に忍ばせた。
「ごめんなさい。一晩堪能したら返しますから……」
彼女は一体何を堪能する気なのだろうか。姫路はそのまま帰宅してしまった。
*****
「あれ? おかしいな。鞄の上にちゃんと乗せてたんだけど……」
三十分後、吉井明久は自分の席で何かを探していた。そんな明久を、悪友である坂本雄二が声をかける。
「おい明久。また何か失くしたのか?」
「そうみたい。最近よく物が無くなるんだよね……」
あはは、と明久は笑う。
「おいおい笑い事じゃねえぞ。若ボケが進んでるんじゃねえのか?」
そんな明久を、雄二は呆れたような目で見る。
「で、今度は何を失くしたのじゃ?」
これまた悪友の一人である木下秀吉が話しかける。
「ジャージが無いんだよね。五時間目が体育だったから、絶対学校に持ってきてるはずなんだけど……」
秀吉の問いに、明久が困ったように答える。三日ぐらい洗濯してなかったから、そろそろ持って帰って洗おうと思ってた所だったのだ。
「しかし不自然なのじゃ。ここの所毎日何か失くしておらんかのう?」
「…………盗難の可能性も考えるべき」
ここで初めて土屋康太(ムッツリーニ)が発言する。たしかに、ここまで失くし物が酷いと、若ボケより盗難を疑うべきだろう。
「けどよ、明久なんかの物を盗む物好き何ているか? 馬鹿・ブサイク・甲斐性ナシの三拍子揃ったダメ人間だぜ?」
「…………蓼食う虫も好き好きという言葉がある」
「よし二人とも、表に出ろ」
雄二とムッツリに対して、明久は無表情で応える。
「まあまあ明久よ。でも可能性の一つとして考慮した方が良いかもしれんぞ」
「…………でも次の日には戻ってきてる」
秀吉とムッツリが考え込む。確かに最近明久の物がよく無くなっているのだが、いずれも次の日にはちゃんと出てきているのだ。
「じゃあさ、ムッツリーニのカメラで何かわからないかな? 隠しカメラとか無いの?」
「…………済まない。Fクラスには置いてない」
明久の問いにムッツリが答える。そりゃあそうだろう。普段自分が居るクラスに、わざわざ隠しカメラを仕掛ける必要性が見当たらない。
「じゃあ今から仕掛けたらどうだ? 今後も同じことが起こる可能性もあるだろ?」
「…………わかった。今からセットする」
雄二の発言を受けて、ムッツリが隠しカメラを仕掛けた。これで失くし物騒ぎに終止符を打つことが出来るかもしれない。
*****
その日の夜。
「瑞希ちゃん。洗濯物あったら出しておいて――」
「ひゃあぁぁっっ! ちょっとお母さん、ノックしてよ!」
ノックせずに部屋に入ってきた母に、姫路は抗議する。
「あっ、ごめんね瑞希ちゃん――ってあら、そのジャージは?」
「お、お母さんっ! これは、その――」
そして、母に目ざとく手に持っていたジャージを見つけられ、慌てる姫路。そして、それを見た姫路の母はニヤリとする。
「好きな子のジャージって、興奮するわよね」
「お母さんっっ!!!」
核心を突かれて、顔を真っ赤にする姫路であった。
「隠さなくてもいいわよ。お母さんも昔、あの人の縦笛をこっそり持ち出したことあるもん」
「えっ、お父さんのを?」
姫路は驚いて母の顔を見る。
「そうよぉ。あの人ったら音楽の時間になって、『リコーダーが無え!』って慌ててたわ。その様子が可愛くって――」
姫路の母はうっとりと視線を彷徨わせる。
「でもあまりに可哀想になったから、『これ落ちてたわよ』って返してあげたのよね。あっ、もちろん口付ける部分はこっそり交換したわ」
当時のことを思い出し、フフフッと笑う姫路母。
「じゃあ瑞希ちゃん、満足したらそのジャージ持って降りてね。お母さんが洗っておいてあげるから」
フフッと笑って、姫路母は出て行ったのであった。
*****
「おい明久、ジャージは見つかったか?」
翌日、雄二は教室で明久に声をかけた。
「それが出てきてないんだよね。まあ今日は体育が無いからいいけど……」
明久はため息を吐く。いつもなら翌日に出てくるのだが、今回は出てこない。
(あ~あ、新しく買いなおさないとなあ。でも買いなおしたら――)
しばらく公園の水道水か、と明久は嘆くのであった。
「明久君、おはようございますっ」
その時、姫路が明久に挨拶してきた。
「おはよう姫路さん。あれ、何か眠そうだね?」
「はい、昨日はちょっと夜更かししてしまいました」
「へえ、姫路さんも夜更かしするんだね」
明久の言葉に、微笑みで返す姫路。
(……明久君のジャージで興奮してたら日付が変わってた、なんて言えませんよね)
内心では、こう思っている姫路であった。
同時刻。
ムッツリは教室の隅で固まっていた。
「ムッツリーニよ、どうしたのじゃ?」
ムッツリの様子を不審に思った秀吉が声をかける。
「…………隠しカメラが、壊されてる」
「何じゃと!」
ムッツリの言葉に驚く秀吉。
「…………俺の偽装は完璧だったはず。こんなにあっさり見つかるなんて、一体誰が」
「ふうむ。どうやらこの教室で、何かが起こり始めているようじゃの」
何か嫌な感じがする、と呟く秀吉であった。