「瑞希ちゃーん、ジャージ持ってきたわよぉ」
昼休み、姫路母がわざわざ明久のジャージを学校まで届けに来た。
「お母さん、わざわざ学校まで来なくても明日でよかったのに」
学校の校門で、姫路は母から紙袋を受け取った。
「うふふっ。瑞希ちゃんが大好きな明久くんを一度見てみたいのよ」
「ちょっと! 他の人に聞かれたら……」
母の言葉に慌てる姫路。
「あら、瑞希ちゃんの想いって、他の人に聞かれたら恥ずかしいことなんだ? お母さんは、瑞希ちゃんが昨日してたことの方が余程恥ずかしいと思うけど?」
ニヤリとして姫路母がそう言ったとき、校舎の方で物凄い音がした。
二人が校舎の方を驚いて見ると、ハリウッド映画のように一人の男子生徒が窓ガラスを突き破って校庭に転がり込んでいた。
『吉井を逃すなぁぁっっ!!!』
『捕まってたまるかああぁぁぁっっっ!!!』
そして、その男子生徒を追う複数の覆面。これには姫路母も絶句するしかなかった。
「他の人に知られたら、明久君がああなっちゃいます」
「……なるほどね。そりゃあ他人にバレたら拙いわね」
姫路母は納得する。
「でも瑞希ちゃん、恋は戦いなのよ。ボヤボヤしてたら取られちゃうわよぉ」
「でも明久君、鈍いですし……」
「あら、アプローチしても気付かないなら、無理矢理気付かせるのよ。よく言うでしょう? 押してもダメなら押し倒せって♪」
そう言って姫路母は楽しそうに笑う。
「もうっ、お母さんってば」
そして、顔を真っ赤にして俯く姫路であった。
「ふう、酷い目にあった」
昼休みが終わった後の教室で、明久はグッタリとなっていた。
「全く、ラブレターくらいでムキにならなくてもいいのに……」
「じゃが、あの連中はそういった事に無縁じゃからのう。ラブレターを貰ったお主が死ぬほど妬ましいのじゃろう」
「…………だから女子にモテない」
秀吉が冷静に答える。おいムッツリよ、お前は他人の事を言えた義理じゃないだろう。
「でも、何故か男子だけじゃなく姫路さんや美波まで鬼になるんだよね……」
この間のラブレター騒ぎを思い出して、明久はため息を吐く。美波に折檻され、姫路さんにはラブレターを燃やされて散々だった。
「確かにあの時は災難だったよな」
雄二が腕を組んで頷く。
「……お主、前は明久を追い込んだ張本人ではなかったかのう」
秀吉が呆れたように言う。
「それで、ジャージ戻ってきてたのか?」
雄二は秀吉の言葉をスルーして明久に尋ねた。視線の先には、鞄の横に置かれたジャージが存在している。
「うん。何か教室に戻ってきたら置いてあった」
そう言いながら明久は一枚の写真を取り出す。
「それと、僕の席にこれが落ちてたんだけど……」
それは、明久が写っている写真だった。
「ふむ。昼休みは誰も居なかったから、もしかしたら犯人のかもしれんのう」
秀吉が盗難前提で話を進める。
「無関係ではないかもな。おいムッツリーニ、この写真に見覚えはないか?」
雄二がムッツリに訊ねる。
「…………誰かに売った以前に、撮った覚えがない」
まあそうだろう。ムッツリにとって重要なのは女子であり、明久の写真なんか撮ってもメリットがない。
「…………気になるなら俺が調査しておく」
「ありがとうムッツリーニ。じゃあ頼むよ」
放課後、明久は屋上に来ていた。FFF団の追及を逃れる為に上履きを下駄箱に置き、帰宅したように見せかけてある。雄二は、霧島翔子に拉致されて下校している。ムッツリには秘蔵コレクション三冊で停戦協定を結んでいる。つまり、邪魔する者は皆無である。
(やっと、僕にも春が来た)
思えば苦節十七年、長かったとしか言いようが無い。もう誰にも『同性愛が似合いそう』とか言わせない!
「吉井先輩、来てくれたんですね」
明久が感傷に浸っていると、一人の女子が屋上に来た。どうやら一年の子らしい。三つ編みの可愛らしい女の子だった。
「先輩。手紙、読んでくれましたか?」
「うん、読んだよ。君が初瀬雪子さんだよね?」
明久は差出人の名を言って確認する。
「そうです。吉井先輩、好きです。私と付き合ってくださいっ」
初瀬さんはストレートに告白をしてきた。
「……どうして僕のことを?」
「先輩が毎日楽しそうで、気がついたらいつも見てました」
初瀬さんの言葉を聞いて、明久は嬉しくなる。しかし、お互いに知り合ったばかりだ。いきなり付き合うのはどうだろう?
「……初瀬さん。僕は君の事、今日始めて知った訳だし、まず友人からスタートでいいかな?」
「わかりました。でも私の気持ちに嘘は無いですから」
そう言うと、初瀬さんは去っていった。
その様子を、物陰から見ていた人物が一人存在していた。
「明久君の様子がおかしかったから跡をつけたら……急いで泥棒猫を始末すべきですねっ」
*****
次の日、明久は思わぬ展開に唖然としていた。
「先輩、ごめんなさい。昨日の事、私の勘違いでした。忘れてください」
何と、昨日告白してきた初瀬さんが、顔を合わせるなり全てを白紙にして欲しいと言って来たのだ。
理由を聞いても答えなかったので、明久には訳がわからない。嫌われるようなことはしていない筈だ。
(……やっぱり姉さんの言うとおり、僕は恋愛に縁がないみたいだね)
内心でがっかりする明久であった。
教室に着くと、先に来ていた姫路が挨拶してきた。
「明久君っ、おはようございます!」
「……おはよう」
明久も挨拶を返す。すると、明久の様子に何か感じたのか、姫路はなおも話しかけてきた。
「明久君、何か今日は元気がないですね」
「うん、ちょっとね。姫路さんはいつもより元気そうだね。何かいいことあったの?」
「はいっ、物凄く良い事がありました!」
「そっか。それは良かった」
明久はそう言うと、自分の席に着いた。
(……何か、一人で盛り上がったり沈んだりして、僕って馬鹿みたいだな)
その日明久はあまり会話をせず、一人で物思いに耽っていた。