「……そっか、姫路さんだったんだね」
「あ、明久君っ、違うんです! これは――」
明久はFクラスにて、姫路による明久の私物盗難の現行犯を見てしまった。
ムッツリの調査で、明久の写真の持ち主が姫路だということを知った。どうやら清水美春という女子が盗撮して姫路に売っていたらしい。そして、姫路が初瀬さんを脅して明久を振るように仕向けたことも知った。ちなみに初瀬さんは現在、別の男子と付き合っている。
「そんなに僕のことが嫌いだったんだね」
明久は悲しそうに言う。もっと早く気付くべきだった。いや、気付く材料はあったのだ。宿泊研修時のいわれの無い折檻、毒薬弁当、ラブレター焼却等。もっと優しい人だと思っていた。
(結局、姫路さんも皆と同じで僕の幸福が大嫌いだったんだね)
明久はこう思い込んでいた。
「あのっ、明久君 聞いてくださ――」
「僕なんかが近くにいたら迷惑だよね。ゴメン、もう近づかないから」
「待ってください、明久君!」
姫路の静止も空しく、明久は教室から去っていった。
その翌日、登校してきた美波は明久の変わり様に驚き、何事かと秀吉に話しかけた。
「ねえ木下、アキってばどうしたの?」
「色々あっての、しばらく一人にしてくれとのことなのじゃ」
「何よそれ! 何があったのよ?」
秀吉の思わぬ答えに驚く美波。
「済まぬがしばらくはそっとしてやって欲しいのじゃ。何があったのかも聞かないでいてくれると有難いのじゃ」
秀吉は困り果てた顔で懇願する。その間も、明久は身じろぎ一つせず、窓の外をぼうっと見つめるのみであった。まるで、周囲の出来事なんか興味ないと言わんばかりに。その日以降、明久は他人との会話をしなくなった。
「……そんな事があったんだ」
「ううっ、本当に酷い事をしてしまいました」
友人である霧島翔子の前で、姫路は泣いていた。
「本当に、取り返しのつかない事を……私、明久君が大好きなのに」
「……その気持ち、吉井にぶつければいい」
泣き言ばかり言う姫路に、翔子は言う。
「でも明久君は、前はあんなに皆の中心に居たのに、教室の隅に閉じこもるようになっちゃいましたし、私と目も合わせてくれません。一体どうすれば……」
「……大丈夫。私が勇気の出るおまじない、かけてあげる」
「おまじない、ですか……」
翔子の突然の言葉に、姫路は戸惑う。
「……大丈夫。私に任せて」
そう言って、翔子は一冊の本を取り出した。その本には『実践・本格黒魔術』と書かれていた。
*****
「……吉井、お願いがある」
ある放課後、翔子がFクラスの教室にやって来た。
「何?」
明久は頬杖をついたまま視線だけを翔子に向けて返事をする。その目は冷め切っており、以前の彼を知る者ならば、あまりの変わり様に驚くだろう。
しかし翔子は動じず、淡々と話を切り出した。
「……手伝って欲しい事があるから、空き教室に来て」
「僕でなきゃダメなの?」
面倒だ、と明久は呟く。以前の彼ならこんな事は言わなかっただろう。本当に人が変わったみたいだ。
「……吉井、観察処分者だから」
その言葉を聞くと、明久はため息をついて重い腰をあげた。
「で、何をすればいいの?」
空き教室に向かう途中、明久は翔子に話しかける。
「……着いたら分かる」
しかし、翔子はそれだけ言うと黙り込んでしまう。
「それだけかい……まあいいか。着いたら分かるって言うし」
特に深く考えず、明久は呟いた。そして、二人は空き教室に着いた。
「……とりあえず中に入って」
「はいはい」
明久は言われるままに中に入った。するといきなり扉が閉められてしまった。
「何これ?」
明久はすぐに扉を開けようとするが、それはびくともしなかった。
「……明久君」
その時、明久の背後で声がした。振り向けば、姫路が背後に立ち、明久を見つめていた。
「姫路、さん……」
何故か姫路が居たことに戸惑う明久。
「明久君と、やっと……お話が出来ます」
そう言いながら、姫路は明久に近づいていき、ギュッとしがみついた。
「ちょっと、何やってるのさ! すぐに離れて――」
「明久君、大好きですっ!」
明久の言葉をさえぎり、姫路が叫ぶ。
「……はい?」
姫路の言葉に耳を疑う明久であった。
「いやいや、今更そんな事を言われても――(今何て言ったんだ? え、大好き! そんな訳があるか。初恋は続いているんだろ? 前に僕の事好きじゃないってハッキリ言っていたじゃないか!)」
「今まで酷い事いっぱいしたけど、本当なんです! 信じてくださいっ!」
「信じろって言われても――」
明久からすれば、簡単に信じられるはずがない。散々拷問紛いの事をして信じろだと? 普通に考えたら無理だろう。
「姫路さん。こういう悪戯は良くないと思うんだ。今ならまだ怒らないから――」
「……明久君は、信じてくれないんですね」
もう行動で解かってもらうしかないですね。そう言って姫路はある物を取り出した。その手に握られているのは、スタンガン。
「こうなったら、既成事実を作るしかないですっ!」
「ちょっと! 落ち着いて……ぎゃああぁぁあっっっ!!!!!」
明久はとっさに避けようとしたが、姫路の行動が異常に速く、あっさり撃沈してしまった。
そして、その様子を空き教室の外から窺っている者が一人。
「……瑞希、頑張って。私も瑞希に負けないように、雄二と既成事実を作る」
*****
翌日。
雄二は青い顔で登校してきた。
「雄二、おはようなのじゃ。ってお主! 随分顔色が悪いぞ!」
秀吉は雄二の顔を見て驚く。当然である。まだ授業が始まってないのに精魂尽き果てた表情だったのだから。
「はは、秀吉。俺、棺桶に両足突っ込んじまった……」
雄二は乾いた笑いで返す。しかし、目は笑っていない。
「一体何があったのじゃ! お主がそのようになるなど、余程の事があったとしか――」
「……男とは、無力だ」
雄二は乾いた笑いを残して、自分の席へと去っていった。秀吉はただ、雄二の後ろ姿を呆然と見送るのみであった。
その直後、明久と姫路が手を繋いで一緒に登校してきた。
「木下君、おはようございますっ」
妙に弾んだ声で姫路が挨拶をする。
「お、おはよう――っておい明久よ! 何があったのじゃ!」
無理も無い。明久があれほど避けていた姫路と一緒に登校してきたのだから。
しかし明久は、秀吉の質問に答えず、ある台詞を呟いた。
「はい、僕は幸せです」
その言葉をきいた秀吉は驚愕して、あわてて明久を揺さぶった。
「明久よ、ワシが分かるか!」
「はい、僕は幸せです」
「明久よ、一体何が起こったのじゃ!」
「はい、僕は幸せです」
「明久よ。お主、どうやって姫路と仲直りしたのじゃ?」
「はい、僕は幸せです」
「明久が壊れたのじゃあぁぁぁっっっ!!!!」
衝撃の展開に、秀吉は涙した。