1981時は止まった 作:ぴのこ
新緑がまぶしい季節
研究室の窓には青々とした葉の隙間から木漏れ日が注いでいた。
爽やかに晴れた初夏のある日、
小早川研究員は在りし日の出来事を回想していた。
「栞!待って~!早いって!」
心臓破りの坂を、小早川の恋人、栞は
笑顔で駆け上がっていく。栞は小さい体を
地面とほぼ平行になるように、前屈みになって
険しい坂を駆け上がる。
「負けた、オレ、負けた!だから、一緒に
上がろうってば」
栞は笑顔で坂の上から小早川を見下ろす。
「小早川君は背が高いから、坂上りではハンデなのよ。」
「あー、このときばかりは、この長い足が
じゃまだなー」
「そんな足、邪魔だから切っておしまい」
「お、お嬢様!後生だから、そんな残酷なこと
おっしゃらないでください!」
「ふふふ・・・アイス奢ってくれたら許す」
「わ、わかりました。水色のあれですね。
棒つきアイス、じゃりじゃり君、奢りますから!」
「じゃあ、坂降りたらすぐに買ってきてね。
りんごデニッシュも食べたいな」
「わかりましたーーーー
初めてのお使いだぁーーーーーっ」
坂のてっぺんまで登り切ると
2人は並んで下まで降りていった。
「いやぁ~。まだ真夏じゃないのに
こう暑いと、アイス3本ぐらい食えちゃうな。
そろそろサクランボの季節だけど、
サクランボ一箱買うなら、じゃりじゃり君大人買いしてぇー!」
「そんなに一度に食べたら、お腹こわしちゃうじゃない」
「一度に食べるわけないでしょ。毎日3本づつ食べるの」
「それでもお腹壊すわよ!1日三本って・・・」
「いーのいーの。オレのデザートタイムだから」
「体冷やすのはよくないのよ。夏こそ、冷たいものは
控えないといけないんだからね」
看護士を目指していた栞は、健康管理に関する知識集めを
常に意識していた。そのため、暴飲暴食ぎみの小早川の体調を
気遣っていた。
「栞ちゃん、ご存じのよーに
オレはさー、ピーマンとなすの素揚げが大好きだからさ。
食後には甘いものが欲しいのよ。
あれ、醤油に七味のっけんだけどさ、一面七味になるぐらいが
うまいんだよな~」
「油はねて、怒られたくせに」
「男の料理はワイルドなのだ。
あとは、ご飯の上にマグロとわさびのっけて
水じゃーって注いで食べるとうまいんだぜ?」
「結構です・・・・私、生魚は苦手だから」
「へぃ?回転寿司とか行ってたじゃん?」
「うん。海老、エビ、えび、とたまごと
カッパだけ食べてたんだよ」
「はい???まじで???お寿司好きっていってたじゃん?」
「すきだよ。酢飯が好きなの。たこやイカも食べる。
魚以外の寿司は大好き。あ、北海道の回転寿司やさん
行ったときは、魚も食べたよ」
「栞ちゃま、なんつー贅沢・・・」
「お魚はトラウマがあるから、あまり食べなかったの。
小学校低学年のときに、ニシンの骨が喉に刺さって
とれなくなったって、耳鼻科で抜いてもらったの。
それから、こわくてこわくて、給食では必ず魚を残したの」
「あれ?さんま食べてなかった?」
「さんまは好きだよ。だって、骨よけられるでしょ?
あと、甘露煮にしちゃえば骨も食べられるし。あと、
川魚は好きよ」
「そっか!じゃ、今度釣りに行こうか?」
「いいわね!私、釣りは大好き!」
「うぉーーーっし!じゃあ、今度休みとって
栞ちゃんとデートだっ!」
「ふふっ、楽しみにしてる!」
------
揺れる木々の葉っぱを眺めながら、ありし日の
恋人との会話を思いだしていた。
実現することのなかった、栞との船旅だったが
近々、研究の一環で沖縄海洋への出張を命じられていた
小早川だった。
聖哉は研究室にとどまり、小早川が沖縄へ。
果たして、木戸聖哉の目的とするDNA採取は成功へ
導かれるのであろうか。