1981時は止まった   作:ぴのこ

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小早川研究員が木戸勇哉と聖哉にあてた手紙


琉球のたより

1981年当時、携帯電話は当然まだなく

近未来をテーマにしたテレビアニメには、そういった類の機器が登場し

将来はいつでもどこでも誰にでも直接

電話をかけることができたらいいなという夢を持った

こどもたちが、もしもし電話でままごとをするという時代だった。

 

この当時の連絡手段は、当然宅電。

長い文章の報告を送るとなるとFAX。

ただし、どこの家にもあるというわけではないので

簡単ではない。事業所同士であれば難なく送ることができた。

 

もちろんコンビニから送信なんてこともできない。

もっぱら長文は手紙。

 

小早川研究員はT大宛てに

報告文書を書き、郵送した。

 

「木戸先生、聖哉さん、僕は南国沖縄で

快適な日々を過ごしています。研究目的ではありますが

先生方のおかげで、大分傷も癒えてきました。

 

世の中には色々な人がいて、たくさんの考え方があり

それぞれの生活を送っているのだなと

 

同じ日本でありながら、まったく違う生活様式に触れ

思うことが多々ありました。

 

この生活様式をみている限り、研究データにも十分に

反映できそうです。DNA採取および、研究マシンの確認は

十分にとり行いますので、どうぞご心配なさらないでください。」

 

研究マシンとは、木戸聖哉が沖縄の恩納村に残したタイムマシンのことだ。

所在を確認し、ランプの点滅だけを確認して報告して欲しいと

聖哉が小早川に依頼したのであった。

 

「それにしても、先生、ここ沖縄は現在は日本ですが、

その昔は琉球王国として栄え、中国や朝鮮半島(現在の韓国)と

交流があったんですね。これらの文化の反映が色濃く伺えます。

 

こちらの人々のDNAを採取したらわかると思いますが

沖縄、つまり琉球民のDNAは本土の人々とは異なる分子が

発見されるかと思われます。採取の為に住民に協力を仰ぎ、数多くのデータを

取得したいと思います。 以上、ご報告まで

 

追伸 恋人の栞のことは、引きずっていないといったら

ウソになりますが、沖縄のディダ、太陽を浴びていると、

彼女の笑顔が浮かび、いつもそこにいるような錯覚に陥ります。

 

また、沖縄の人々の暖かさに触れ、人生は、つらいことも少なくないが

良いこともそれ以上に訪れるのだということを学びました。

 

こちらへの派遣を命じてくださって、本当にありがとうございました。」

 

木戸勇哉が小早川への沖縄出張を命じたのは、単にDNA採取だけではなく

彼の心のリハビリも兼ねて、出張を命じたのであった。

 

それを理解していた聖哉は、本来なら自分が沖縄に行くべき所を

小早川研究員に、調査を譲ったのであった。

 

しかも、まだDNAの採取は不十分であったため、一旦小早川に

マシンの所在と状態をチェックさせ、あとはT大での調査研究に

時間を割いた方が合理的だと判断したからだ。

 

小早川隊員からの写真入り手紙をながめながら

聖哉も自分の時代への景色に思いを馳せていた。

 

 

 




少しずつではあるが、人類救済計画は
進んでいるようだ。

だがしかし、未だ課題は残されている。
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