やあ。
僕の名前は義男、馬引沢に住む子狸さ。
人間で言うと少年って感じかな?
「おい!義男!行くぞ!」
「光夫!待ってくれよ!!」
僕らは馬引沢の緑の中を駆け回っていた。
こいつは光夫、この馬引沢で生まれた仲間なんだ。
今も小さい子狸だけど、こいつとは寝倉が近くて赤ちゃんだったころからの友達なんだ。
これから、近所の池で鮒とか鯉とかを捕まえて食べるんだ。
「遅いぞ!義男!これじゃあ、他のやつらに先越されちゃうぜ!」
「わかってるよ!!」
僕らが池の近くまで行くと、どうも様子がおかしい。
僕たちと同じような考えを持った狸たちがいたようで数匹の集団で池が見える茂みに隠れて様子を伺っていた。
「なんだろう?義男、聞いてみろよ。」
「うん、わかった。おーい?みんなぁ、どうしたんだい?」
「ん?あぁ、義男に光夫?北の小字(こあざ)の連中か。」
こいつは薬王寺の辰吉、このあたりを仕切っている若狸なんだ。
このあたりじゃ、偉い狸なんだけど。最近代替わりしたばっかりだし、代替わりする前は僕たちとよくネズミ捕りなんかしてたし、敬語を使うのはなんか違うなってね。
「辰吉っあん。何があったんだ?」
「あれ見て見ろよ。今朝から人間が、池の周りでなんかしてて近寄れねぇ。最近、農家のジジババがいなくって新鮮な野菜がありつけねえから、池に来たってのによぉ。」
辰吉が未練たらたらの様子で、恨みがましそうに人間たちに視線を向ける。
「ちぇっ、仕方ねえな。川の方まで行ってみっか。」
光夫が、そう言って踵を返す。僕もそれに続こうとした時だった。
池を見ていた仲間の狸たちが騒ぎ出した。
「い、池の水が減ってるぞ!!」
「なんだって!!うわぁあああ、何てことすんだ!!」
「これじゃあ、鮒も鯉も捕れねえぞ!?」
そうして、僕らが騒いでいるうちに池の水がどんどん無くなっていき、遂にはすっからかんになってしまった。
そして、今度は人間たちが大きな口を開けた蛇のようなものを持って来て、池のあったところに置く。すると蛇の口からどんどん灰色のどろどろした泥のようなものが出てくる。
「うぇええ!?気持ち悪いな。」
光夫はそんなことを言っているけど、本当に人間たちは何をやってるんだろう?
池の魚を独り占めしに来たんじゃないのかな?
「あれ、あいつ何やってんだ?」
辰吉の声で、ぼくもそっちの方を見ると本村小字の作助が人間の方にしっぽを振りながら近寄っていく。
すると、人間は作助に握り飯を放り投げて、それを作助は咥えて戻ってくる。
「握り飯もらっちまった♪さてさて、具はなんだ?お!?こいつは当りだ!鮭じゃねえか!!」
そう言って、僕たちが羨ましそうによだれを垂らしながら、見ていたら…。
「なんでぇ、おめえらももらって来りゃいいじゃねえか!人間なんてしっぽ振って近寄れば猟師じゃなきゃ、結構食いもんくれんだぜ。」
マジか…。
「俺らも行くか?」
「おう!おらは焼き鱈子が食いてえな!」
「なら、おれは昆布の佃煮だ!」
他の狸たちも作助に倣って人間たちから何かしらの食べ物をもらう。
僕も鶏のから揚げをもらった。大当たりだ。
そうやって、人間たちからおこぼれを頂戴していたら時間が経って人間たちは帰ってしまった。
「ふう、食った食った。」
辰吉や光夫たちは腹をなでおろしていた。
でも、僕はそれ以上に池の灰色の泥がカッチカチに固まって周りが更地になってしまったことが気になったんだ。
「ねぇ、光夫。池なくなっちまったな。」
「仕方ねえ、次は他の池にも行ってみっかなー。」
思い返してみたら、これが始まりだったんだ。
正直なところ、これだとほぼ全く人の目に触れないだろうなぁ。
贅沢を言えば、少しばかり人の目にさらしたい。どうしよう…