万福寺の本部で化学修行に励んでいた権太は、突然の知らせを受け鷹ヶ森へ舞い戻った。
自分が生まれ育った鷹ヶ森が、すでに半分以上のっぺら丘と化していたのである。
権太は怒り狂った。
直ちに本部へ取って返し、強引に鶴亀和尚に族長会議を招集させた。
そして、人間撃退作戦の発動を提案したのであった。
「俺は絶対反対だ!」「なぜだ!」
「五ヶ年計画の…、まだ一年目だぞ!?」
「俺たちは卒業試験に合格した!もうかなりの事が可能だ!」
「時期尚早なことには違いあるまい!」
これに対して、鈴ヶ森の青左衛門が反対の意見を述べ口論となっていた。
そこへ、遅れてやってきた義男が襖を勢いよく開けながら声を張り上げる。
「確かに時期尚早と言う意見もその通りだとは思います。ですが!我々は猶予期間を見誤った!!」
義男は部下の狸たちを連れてお堂に上がり込む。
「な、なにを馬鹿な!?五ヶ年計画は長老会議で決めたことだ!おぬしらも納得したではないか?」
義男の言葉に長老の一人が言い返す。
「あの時、誰が一年も掛からぬうちに鷹ヶ森の半分がのっぺら丘になることを予想できたって言うんだ!状況があの時の予想と違いすぎる!計画の修正が必要です!」
義男の言葉に義男の部下たちは握りこぶしを作って「そうだそうだ!」と賛意を示す。
「……鷹ヶ森ののっぺら丘がここまで早く広がったのは予想外じゃった。何かしらの行動が必要かもしれんのぅ。火の玉の?こやつらにできると思うか?」
「うぅむ、確かに一通りのことはできるようになった。じゃが、経験が足りん。失敗して正体が露見する危険はある。」
鶴亀和尚はおろく婆と少し相談して、権太に尋ねる。
「権太に聞きたい。自分の森がやられ、腹立ちまぎれにこの作戦を提案したようだがどうじゃ?」
「誓ってそのようなことは…。」
権太の次に義男にも尋ねる。
「義男も腹立ちまぎれで権太の案に賛成しているのではないのか?」
「確かに怒りもある。ですが、それ以上に奪われるのはもうたくさんです。」
鶴亀和尚は義男とその部下たちを見る。
義男の部下たちは、馬引沢の義男同様に住処を奪われ、ここにたどり着く途中で友や家族を失った大字連光寺や永山・乞田と言った地域の流れ狸たちであった。
「とにかくみんなが反対しても、鷹ヶ森の俺たちはやる!!」
「我々、馬引沢・連光寺・聖ヶ丘・桜ヶ丘・関戸・諏訪・永山・貝取は鷹ヶ森に続きます!!」
「お二人がやるというのなら僕もやります。」
若手衆のリーダーである影森の正吉の賛同を得たことで、流れは作戦決行へと傾いていた。
鶴亀和尚は彼らの決意は固いと理解し、一応は認めることにした。
おろく婆も、彼らに秘術『死体が狐』に見える術を託して認めることにした。
数日後、鷹ヶ森の権太と馬引沢の義男を中心とする精鋭有志43名は、身に着けたばかりの変化術を巧みに使い人間に対する決死の奇襲作戦を開始した。
第一の策は、連光寺の助六の部隊による偽橋作戦である。
交通整理員に化けた狸によってトラックなどの大型車両を崖に誘導し、玉袋でできた見かけだけの橋を渡ろうとした瞬間に変化を解き、崖の下へ車両を叩き落したのであった。
第二の策は、義男の部隊による倒木作戦で、車両を押しつぶしたり、ハンドル操作を誤らせて崖への転落事故を誘発するなどの戦果をもたらした。
そして、第三の策は権太ら最精鋭による車への取り付き。直接攻撃であった。
遂に、狸たちの反撃が始まったのである。
『今日午後二時半ごろ、多摩市のニュータウン建設予定地で土砂崩れや崖下への転落などの事故が多発し、運転手及び建設関係者4人が死亡、6人が重軽傷を負いました。新築中の住宅2棟が全壊するという大惨事が起こりました。』
そして、万福寺で勝利の宴会が開かれたのであった。
「諸君!戦いはこれからだ!!俺たちは一人でも多くの人間を殺し!!叩きのめし!!捻りつぶし!!この土地から追い出してしまわなければならない!!」
権太の叫びが響き渡った。
権太の視線が義男に向けられた。何か言えと言うことだろう。
義男も権太のように仲間の狸に背負われる。
義男は自分に従っている故郷を失った狸たちに視線を向ける。
「そうだ!!人間たちから故郷を取り戻すんだ!!俺たちから奪った奴らから奪い返すんだ!!住処を!!川の魚も!!山の果実を!!森の木の実を!!仲間の命を!!!」
少し離れたところで正吉も声を上げる。
「そ、それで取り返した土地に木を植えようよぉ!僕たちが大好きな柿の木なんかをさぁ。いっぱい!!」
「「「「「うわぁああ~い!!は~やく芽を出せ柿の種!!でなけりゃ鋏でちょん切るぞ!!」」」」」
「人間を追い出せ!!」「人間から奪い返せ!!」「人間をぶっ殺せ!!」「人間に思い知らせてやる!!」
「まぁまぁ、今日は目出度い日だ。このことを先ずは祝おうじゃないか。」
なにか変な空気になり始めたのを感じた青左衛門は、割って入る。
攻撃的なことを言う権太達に、正吉の親友であるぽん吉はおずおずしながら訪ねる。
「ねぇ、人間はみんな追い出しちゃうのかい?」
「あたりまえだ。」
「少しは残しちゃくれないかな。昔みたいに…。」
「ダメだ!!人間は俺たちの天敵だ!!害獣だ!永久追放だ!!」
「ダメかなぁ…。い、いや!俺だって人間は嫌いだよ。でも、中にはいい奴もいる。ほんとに嫌いだよ?だけど……もう食えないよ天ぷら?干物にとうもろこし?」
「「「ハンバーグ!!トンカツ!!フライドチキン!!ポテトチップ!!」」」
多くの狸たちが、涎を流しながら名残惜しそうにするのを見て、青左衛門は「人間も少しは残そう。」と言ってその場を収めた。権太ですら涎を流していた中、義男はそっとその場から離れる。それを見ていた義男の配下たちも離れていく。
連光寺の助六は、義男が下を向きながら何事かを呟いているのに気が付いた。
自分たちへの指示か何かだと思て耳を寄せた助六は、義男のつぶやきが聞こえてしまった。
「あんな奴らは、この世界にいちゃいけないんだ。命を大切にしない連中なんて生きてちゃいけないんだ…。」
「よ、義男さん…。」
助六は、思い出す。鷹ヶ森に逃げ込んだ時のことを…。
鷹ヶ森にたどり着けなかった…、いや、途中で罠にかかって殺された家族の事を…。
義男の言葉に返事をする。自然と言葉が出てきた。
「自分もそう思います。奴らは害悪そのものです…。自分たちは義男さんについていきます。」
この時、義男たちは陽気な気質の一般的な狸とは違う気質を手に入れていた。
その気質は、将来多くの者たちが持つことになるものであった。
多少なりとも識者であれば、知っているだろう。
その気質はこう呼ばれている。
『怨念』と…。