テレビ局
若手慎重派の正吉と保守中道の鶴亀和尚が、行動を起こした。
「和尚、このままでは義男さんや権太さんたちは全滅です。」
「彼らは、己の死を受け入れておる。じゃが、彼らの様な者たちを失うことは何としても避けなばならん。」
鶴亀和尚と正吉らの一団は、手勢を率いてテレビ局を占拠。放送を止めさせた。
他の報道局も、正吉らの行動もあってか報道拠点を東京から地方へ移したりして避難を開始した。その結果、東京の現状を一般の人間が知ることは非常に難しいものとなっていた。
一部のテレビスタッフ以外を倉庫に監禁して、放送の準備を始める。
「正吉!何とか動かせそうだよ!」
佐助が、調整室から両手を振って合図を出す。
「このままじゃ、みんな死んでしまう。女子供を逃がせばいいって話じゃないのに…。」
憤る正吉の肩に手を置いて鶴亀和尚が諭すように話しかける。
「大丈夫じゃ。これがうまくいけば、義男や権太、それに彼らについていった多くの者たちを助けられるはずじゃ。」
「そろそろ、席についていただいても?」
彼らに共感した狐である庄一郎が、二人に声をかける。キャップ帽を被り、テレビクルーに成りきっている様だ。
「庄一郎さん、まるでテレビ局の人みたいですね?」
「あははは、こういうのは形から入りたいじゃないですか?」
彼らの様子を穏やかな表情で見守っていた鶴亀和尚は、昔の事を思い出す。
遠い昔、自身の父親の話であった。
自身の父親は、茂林寺と言う寺で長い間茶釜に化けていた古狸であった。
自分の妖力を使って茶を勝手に沸かせたりして和尚を驚かせたり、小僧に悪戯をしてからかったりしたが寺からも大切に扱われ、概ね穏やかに過ごしていた。
ある時、縁あってか茶釜となった鶴亀和尚の父は貧しい古道具屋に売られてしまう。
その時こそ、自分を売った和尚たちに不満を覚え。のんきに良い商品を手に入れたと、鯛なんぞ調理している古道具屋の主人にムカついて鯛を全部食って、店を出て行ってやった。だが、あとで心配になって様子を見ると、案の定店の主人は肩をがっくりと落とし途方に暮れていた。これは悪いことをしてしまったと思った彼は、おずおずと主人の前に出て「悪いことをしてしまった。」と謝罪した。すると店の主人は彼を許し、そのまま彼を従業員として迎え入れてくれたのであった。
そして、彼は主人の下で商売をして店を盛り立た。さらに年月が経ち、主人は流行り病で倒れ亡くなってしまう。主人には後継ぎがおらず、経営者としての才覚を持っていない彼は泣く泣く店をたたむことにした。さらに、もともと旅商人であった主人の弔い寺を知らなかった彼は、主人の供養先探しに苦心したのだが、見つからず。藁にもすがる思いで、自身がかつていた茂林寺にお願いすることにしたのであった。彼が頼みに行った住職は、快く引き受けてくれたのであった。その住職はかつての小僧であり、どことなく自分の事を覚えてくれていたのであった。住職は、かつてした悪戯の事を咎めることもなく自身と主人の墓を大切に扱ってくれたのであった。
その後、彼は茂林寺で住まわせてもらうことになり、時が経ち。その息子である鶴亀和尚が生まれ、彼の死後、茂林寺から末寺され今の万福寺の住職として納まり100年近くの時が経ったのだ。
ちなみに、父の最期は戦時中。寺の住職として炊き出しをしている最中に米軍戦闘機の機銃から人々を守るために身代わりとなって死んだ。当時の人々は父の最期を悲しみ弔った。戦後の調査の際には、人々は鶴亀和尚とその父の事は決して口外しなかった。
かつて、日本での多くの戦争では、少なくない数の戦争に妖怪や変化者達が協力していた。有名どころでは四国の長老狸たちが日露戦争における旅順要塞での戦闘で活躍したことなどが有名なものであった。
日本人と妖怪変化はかつて、間違いなく共生関係を築けていたのだ。
それが、現代になるにつれ崩壊し力ある妖怪はどこかへ去り、人間たちは自分たちの事を忘れ傍若無人にふるまうようになってしまった。そして、今に至り妖怪変化は滅ぼされようとしていた。義男や権太の決起は、滅びようとしている妖怪変化の断末魔の様なものであった。
少なくても、鶴亀和尚はそう理解した。
だが、鶴亀和尚は思う。
もう、戻れないのか。
かつてのように、人間と線引きが出来ていた時代に戻ることは…。
そうでなくても、新たにお互いに納得がいく形で引き直すことは出来ないものかと…。
父を迎え入れてくれた古道具屋の主人や茂林寺の住職のように。
あのとき、自分たちを米軍の連中から匿ってくれた住人達のように。
正吉はあの時言っていた。「よい人間はいる。」
そう、この時代にもまだ…。
「放送流れます!10秒前!」
人間のテレビスタッフが合図を流す。
「8」
どこかに、儂らの様な者たちの声を聞いてくれる人間が…。
「7」
苦しんでいる儂らに手を差し伸べてくれる心ある人間が…。
どこかに…。
「6」
少なくても、今、この放送を流すことに協力してくれた人間はいた。
「5」
まだ、希望は残されているはずじゃ。
「4」
鶴亀和尚は周りを見まわす。
「3」
人間と狸と狐と猫が、この争いに終止符を打とうと集っている。
「2」
まだ、引き返せるはずなんじゃ。
「1・スタート!」
テレビ局を占拠した鶴亀和尚は人間たちに呼びかける。
「わしらは!いま、東京で騒ぎを起こしているものの一部ですじゃ。事の起こりはあなた方人間の山林開発によってわしら動物の住処が無くなってしまったことにあります。わしらは、人間の皆さんにこれらを思いとどまっていただきたく。多摩丘陵や神奈川港北などで騒ぎを起こしました。もっと穏便にと言う皆さんもおられるでしょう。やりました!やりましたとも!初期のお化け騒ぎや、ワイドナショーの取材班の前で化けてやりましたとも!でも、皆さんは面白おかしく騒ぐだけで、儂らの言葉には見向きもしてくださらなかった!だからこそ、わしらはあのような形でしか。自分たちの存在を訴えられなくなってしまったのじゃ!ですが、今。このような形であってもわしらの存在を認知するに至った皆様方であれば。今一度、儂らの言葉に耳を傾けて共に同じ道を歩むことが出来るはずですじゃ…。かつて、ありし日のように…。わしらを知り、わしらを見て、わしらを理解して欲しいのですじゃ。」
鶴亀和尚は両手を上げて声を張り上げる。
「わしらはここにいる!今、ここで!ここで生きておる!わしらは生きたい!わしらは山や森で生きていたい!ただ、それだけなんじゃ!ただそれだけのことをしたいだけなのじゃ!わしらから、もう奪わないでくれ!森や山を残してくれ!ただ、それだけなんじゃ!」
カメラマンが機材の様子を見る。
「あれ!?おかしい!?」
他の者たちも慌ただしくなる。
「音響が乱れてる!?ノイズが!?」
「映像が途中から乱れてる!?」
「流れたのか?本当に!!」
予想外の事態で皆が混乱している。
そ、そんな馬鹿な。ここまでやったのに…
鶴亀和尚はその場にへたり込んだ。
「和尚!」
正吉が駆け寄り、鶴亀和尚を支える。
「な、なんだ」「これはいったい!?」
他の者たちが一斉に壁の方を指さす。
壁、と言うよりも空間に裂けめが現れる。
そして、裂け目がぱっくりと割れる。裂け目からは見るもおどろおどろしいとぎょろぎょろと辺りを見回す数多の目が覗いている。
「そ、そんな…。なんで、あんたが…。」
鶴亀和尚は100年を生きた古狸。これの正体を知っている。
「妖怪である、あんたがなぜ…。なぜ、わしらの邪魔をするんじゃ!!」
数多の妖怪を取りまとめた。大妖怪。
「八雲紫!!」
鶴亀和尚に呼ばれたその者は、おぞましい空間から姿を現す。
「一古狸でしかないあなたの様な者の前に、私の様な大妖怪が姿を見せることなんて、まずないのだけど。今回は特別、あなた方の健闘を称えて姿を見せてあげましょう。」
多くのものが、その圧倒的妖気にあてられ気絶したり腰を抜かしている。
一木っ端妖怪でしかない自分だが、妖怪未満や妖怪もどきの他の変化者達ではあれとの会話は耐えられない。八雲と話すのは自分しかいない。
「なぜ、妖怪である貴女様が位階こそ違うのじゃが、同じ妖怪であるわしらの邪魔をするんじゃ。あ、あれはわしらの最期の…最後の希望じゃったのに!」
「あの放送が流れて、妖怪の存在が認められたら。私たちは困るの。」
「そ、そんな。わしらの計画が成功してこの国にわしらの居場所が出来れば。多くの妖怪が大手を振って生きられるはずじゃないですか!?」
「鶴亀和尚、あなたは人間の善性に期待しすぎている。多くの人間の構成要素は悪性よ。100年以上昔の人間と今の人間は全く違うわ。5・60年前の人間ならまだ、可能性はあったかもね。」
「くぅうう…。そ、そんな、じゃが、じゃが…。」
「妖怪の存在が、現世に認められれば幻想郷の境界は乱れる。それに、現世に認められた妖怪は現世のルールに縛られる。それは妖怪本来の姿とは違うわ。それは認められないし、多くの妖怪は現世のルールに縛られることを認めないわ。」
「………………。」
「もし、うまくいっても新たな問題が起こる。致命的ものがね。」
鶴亀和尚は八雲紫が言わんとすることも理解できた。
だが、理解したくなかった。理解してしまったがために思う。
幻想郷にいる大多数の妖怪のために、小であるわしらを犠牲にする。
解る。解りはするが…。
「………あんまりじゃ。この結末はあんまりじゃあ!!酷い、ひどい、ひどすぎる。救いはないのか?彼らに、わしらに救いはないのですか?」
鶴亀和尚は八雲紫の服の裾に縋りつく。
「和尚…。吸血鬼の小娘や諏訪の神々のしていることに、手も口も出さないのはせめてもの慈悲。理解なさい。」
鶴亀和尚はうつむいたままであったが、ちいさく「はい」と答えた。
「和尚。」
「正吉…。」
鶴亀和尚の周りに、他の者たちが集まってくる。
その様子を見て、八雲紫は鶴亀和尚に話しかける。
「そうね。特別にあなたたちに慈悲をあげるわ。今ここで、あなたたちを幻想郷に連れてってあげる。あなたたちを、ここに残すとまた面倒なことをしてくれそうだしね。」
「もし、拒否したら?」
正吉が恐る恐る尋ねる。
「殺すわ。あなたたち皆…ね。来てくれるのなら、問題ないわ。そこの人間の方は、この日のことを忘れさせてあげる。サービスよ。どうする?」
鶴亀和尚にとって苦渋の決断であった。
己が敗北を認め、哀れな敗残兵として幻想郷へ渡るのは…。
しかし、正吉の様な若い命を救うことが出来るなら…。
「わかったのじゃ。正吉…皆の衆…、このような結果となったのは非常に悔しいことであるが、ここに至っては打つ手はないのじゃ。くやしいが、くやしいがもうどうしようもない。正吉、すまなんだ。わしらは幻想郷に行こう。わしの勝手で、おぬしら若い命を散らすわけにはいかん。すまなんだ。」
「和尚…」
鶴亀和尚と正吉たちは、義男たちのことを諦め、失意を持って幻想郷へと入っていくことにするのであった。
感想欄を見て
まだ終わってないから…