サツショブンジョウとか言うあの地獄から逃げ出して、早三か月。
僕と影は、未だに鈴ヶ森にたどり着けずにいた。
やっぱり、この人間の世界でたくさんの狸で大移動をしたのは失敗だったと、僕は改めて理解した。
僕と影程度なら人間たちは基本無視する。
僕と影は、細く薄暗い場所のゴミ捨て場で人間の食べ残しを食べたり、そこにいるネズミなんかを捕まえて飢えをしのいでいた。
鈴ヶ森に向かうことも、考えていたが今は生きるだけで精いっぱいだった。
運が悪いとヤクバショクインやオマワリがやってくることもあるので注意が必要だったんだ。
でも、最近はこの問題も何とかなりそうではあった。僕の独学変化術もだいぶ形になってきており、最近は人間に化けることもできるようになった。たまに、尻尾が消えない時があるけど、そこは挟んだりして誤魔化す。
「どうだい?影?なかなかのもんだろ?」
そう言って僕は人間のサラリーマンに化ける。
「ウン、イイトオモウヨ。」
最近は影も僕らほどではないが、カタコトで会話できるようになってきた。
化け学の影響なのか、犬の影にも影響が出ているようだ。
正直、影が話せるようになって僕は嬉しかった。
寂しい思いをすることもなくなったから。
「今日は、なにを食べようか?あの裏なら肉の切れ端がありそうだけど。向い通の路地なら魚が手に入るよ!」
僕の背後で足音が聞こえた。
僕は慌てて振り返る。
「おや、こんなところに狸とは珍しいですね。」
人間が後ろに立っていた。
見られた。まずいまずいぞ。
「ま、待ってください!!狐!狐ですよ!私は!!」
人間?と思っていた彼であったが、変化を半分解いた半化けの状態になった姿を現した。
「君は狐なのか!?久しぶりに会った。」
僕も、半化けになって応じる。
「君は、化け学にも通じているのか。そういえば……君は馬引沢の狸か。」
「あぁ、そうだよ。」
狐は僕の後ろにいる影の方にも視線を向ける。
「ヨシオ…。」
影は僕の後ろに隠れる。
「この犬は…。」
「処刑場で拾った。」
狐は眉間に少ししわを寄せてから口を開く。
「処刑場…、殺処分場…。まさか、君は…。かなり若い狸と子犬がいると思って声をかけたが…。その年で半化けにまでなれるのか。」
狐は険しい表情のまま尋ねる。
「妖怪化してるのか。」
「妖怪化?」
狐は、踵を返す。
「目的地はどこかな?送っていくよ。君の様なのが、こっちにいるべきじゃないよ。」
僕と影は、狐についていく。
彼についていくと、人間たちが乗っている鉄の箱があった。
僕らが、たじろいでいると狐が話しかけてくる。
「車っていうんですよ。人間たちの乗り物ですよ。昔で言う馬ですね。とにかく乗ってください。」
僕らは、狐に促されるまま車に乗せられる。
「で、目的地は鈴ヶ森ですか?鷹ヶ森ですか?それとも、藤野町?あ、御料牧場はお勧めしませんよ。あそこは空港建設の話が上がって安全とは言えなくなってきましたし、といってもどこも似たようなものか。いっそのこと東北や北陸の方にでも?」
「あ、えと、鈴ヶ森に行くつもりだったんだ。それに、僕の故郷は馬引沢なんだ。あんまり離れたくない。」
「君たち名前は?」
「僕は義男、こっちは影って言うんだ。」
「そうか。じゃあ義男に影、鈴ヶ森のそばまで送るよ。そうだ、名乗り忘れていたけど私は堀之内の竜太郎。竜太郎とでも呼んでください。」
竜太郎の運転する車が街の中を通過していく。
いくつもの石塔、これはビルとか言うらしいを通過して、長い距離を走っていく。
竜太郎とはいくつか他愛のない会話をしたが、僕としてはあまり覚えていないけど竜太郎としては興味深かったらしい。
長い距離のはずなのだが、この車と言う奴はとても速くて、昔聞いた鈴ヶ森の地まですぐに到着してしまった。
鈴ヶ森口と書かれた場所で車を止めた竜太郎が、ドアを開ける。
「つきましたよ。…しかし、すごいですね人間は、私たちなら1日2日はかかる距離をたったこれだけの時間で踏破できるようにしたのですから。あなたは他の狸とは違うような気がします。ですが、それでも人間は強大です。あなた方、狸も狐のように人間にまぎれてみるのもよいかもしれませんよ。」
竜太郎は親切心で言ったのだろうけど、僕は竜太郎のその態度が気に入らなかった。
何もかもあきらめた態度が…
「竜太郎、人間は人間だ。狸は狸、狐は狐、犬は犬、猫は猫。僕らは人間にはなれないよ。」
「私たちは人間には勝てませんよ。」
「でも、自分を捨ててまで、やることなのかな?」
「さぁ?私にはわかりませんよ。そんな事…、堀之内が駅になって鉄道が通るようになってからは考える気にもなりませんでしたよ。そしてこれからも、狐の誇りを捨ててまで生に執着したのです。今更変えられませんよ。さぁ、行ってください。あの通りの先は全部鈴ヶ森ですから…。」
「ありがとう、竜太郎。」
「礼には及びませんよ。プライベートな愚痴をこぼしたくなっただけの事ですよ。では、私はここで…。」
「マタネ、リュウタロウ…。」
僕の隣にいた影が、竜太郎に礼を言う。
竜太郎は片手で手を振ってから車に乗り込み、そのまま去っていった。
僕と影も車が見えなくなるまで、手を振っていた。
義男たちと別れた日の夜、竜太郎は自宅のマンションに帰る。
竜太郎は、人間のように風呂でシャワー浴びて、人間のようにレンジで即席の料理を作り、人間のようにTVを見ながらご飯を食べる。
「どんなに、人間を真似ようと…わたしも彼と一緒だ。故郷から離れることはできない。」
竜太郎はマンションのベランダに立つ。マンションから見える範囲にある堀之内駅を見下ろす。
「結局は、私も彼と同じか。あぁ、昔に戻りたいなぁ。……考えるだけ無駄だな、寝るか。」