竜太郎の運転する車から降りて、鈴ヶ森入り口と書かれた看板の先に足を踏み入れ、歩みを進める。
しばらく、歩けば車の音は完全に聞こえなくなり、風の音や沢の音が聞こえてくる。
影も僕の後ろをついて歩いてくる。
そんな僕らに、後ろから声がかかる。
数匹の狸の集団が僕らの後ろにいた。
「おい!おめぇ、このあたりのもんじゃねえな?どこの狸だ?しかも、山犬なんて連れて!?青左衛門のところの奴か?」
「いや、しらんぞ。あんた?どこのもんだ?鷹ヶ森の権太の言う通り、この辺のもんじゃねぇよな?どこのもんだ?」
「ぼ、僕は馬引沢北小字の義男って言います。こいつはここに来る途中で仲良くなった犬の影って言います。」
「お、おめぇ!!馬引沢の生き残りか!!馬引沢の話は俺たちも聞いているぞ!!大変だったな!!」
「おい、権太。とりあえず、こいつの事は鶴亀和尚とおろく婆に任せよう。最近はよそ者も増えてきたからな…。」
すると、青左衛門と呼ばれる狸が僕に話しかけてきた。
「俺は、この鈴ヶ森を取り仕切っているもんだ。こいつは隣の鷹ヶ森を仕切っている権太って言うんだが…。俺たちは、これから多摩丘陵一帯の顔役である鶴亀和尚とおろく婆さんに用事があって会いに行くところだったんだ。よそから来た奴はみんな二人には挨拶しておくもんなんだ。ちょうどいいから一緒に行かないか?権太も構わんだろ?」
「あぁ、俺は構わんぞ。」
「どうもありがとうございます。ご一緒させてください、僕はこの辺りは初めてなのでお二人のような方とご一緒出来てありがたいです。ほら、影もお礼言って。」
僕は、僕の後ろに隠れている影に促す。
影は僕の影から出て来る。
「オジサンタチ、ドウモアリガトウ。」
影は、僕と同じ半化けの状態になる
「お!こりゃ珍しい!!犬の化け学使いとは!?」
「あぁ、俺もガキの頃に一度見たきりだぜ。」
青左衛門と権太は珍しそうに影の方を見ると、影はまた僕の後ろに隠れてしまった。
「ヨシオノマネシタ。ガンバッタ。」
あの地獄を生き残った影響なのだろうか?
影は、他の犬とは少し違う気がする。
でも、とにかく今はこの森での自分の居場所を確保しなくては…。
青左衛門と権太達に連れられて、僕らは森の奥の方にある古寺へと案内された。
僕と影は古寺に案内されたが、青左衛門と権太達親分衆の会合が終わるのを待ってから鶴亀和尚とおろく婆に会えることとなったので、その間は寺の境内で待つことになった。
親分衆の会合が終わって、僕らは寺の中のお堂に通された。
「馬引沢の話はこっちでも噂になっておる。大変であったの…」
法衣を来た老狸が労いの言葉をかける。この狸がこのあたりの名士である鶴亀和尚だろう。
「いくらかは藤野町に逃げたという話だが、馬引沢は壊滅したと聞いておった。おぬしは数少ない生き残り、苦労したであろう。まずは、この地で腰を落ち着けて、安寧に暮らすとよい。」
次に声をかけてきた着物姿の狸がおろく婆だと思う。和尚よりも偉そうな気がする。
「ありがとうございます。僕らも、これで…うぅ…やっと…。」
ここに来て、その安心感からか思わず、泣き崩れてしまった。
「権太。この者たちが慣れるまで面倒見てやりな。」
「あぁ、わかった。」
権太は肩を震わす義男たちに声をかける。
「いつまで泣いてるんだよ。今日の宴はお前らの歓迎会でもあるんだぞ?主役が泣いてちゃ話になんねえぜ!」
そういって、権太さんは僕の肩をバンバン叩いた。
少し痛かったけど、その親しみを込めた一撃は、僕にはすごく嬉しかったんだ。