「会うのは初めてね、ストーム・ワン」
聞いたことのある女の声に誘われるがまま、首を動かして振り返る。
そこには白衣を着た、20代後半のお姉さんが。 長身なのも相まって、大人の雰囲気を醸し出している。
そんな彼女の見た目はショートヘアに両耳にピアス。 豊満な胸と脳髄まで響く甘い声は女としての魅力を、異性に伝えるには抜群だった。
うん。 見た目は良い。
だが中身はイケナイ。 無線越しの狂気の笑い声を思い出し、俺は身を震わせた。
「ああ。 戦時はその……世話になった。 聞きたい事があるんだ、向かいの椅子に座ってくれ」
「はいはーい」
軽い感じで、足取り軽く椅子に座る彼女。 どこかグレ男やピトを思わせる雰囲気だ。
皆集まれば、仲良くパーティでもするのかも知れない。 銃弾飛び交い、血みどろになりながら笑い合う、狂った世界の完成だ。
俺は絶対参加しないが!
そんな危険分子な彼女は、椅子に座るとコチラを舐めるように視線を這わせてくる。
止めてくれよ……チビったらどうするの。
「こんな時でも、ヘルメット姿なのね」
「地下空間に良い思い出はないんでね。 まあ、俺の事は良いんだ。 本題に入ろう」
残念、と呟かれた。 ナニが残念なんだよ。 額に銃弾でも撃ちたかったのか。 コイツならナニやってもおかしくない。
「そりゃ、隊長のイケメンな顔を見たかったからですよ。 面食いの女にキャーキャー言われる程の顔をね!」
「グレ男が居たのを忘れていた」
「隊長ヒデェ」
グレ男が皮肉を言ってきたので、テキトーに言い返しておく。
俺の顔はなぁ……普通だと思うんだけど、素顔を見たヤツらは騒ぐか、目を逸らされる程に酷い故。
きっと人相が悪い顔なのかも知れない。 だから、成る可くヘルメットを被ったり、サングラスや帽子を被っていたりする。
愛するレンにも、顔を逸らされたコトがある。 悲しかったなぁ。
「また本題がズレた。 グレ男、お前は黙ってろ」
「りょー」
全く。 先程もそうだったが、コイツには成る可く黙って頂く。 話の腰が折れる。
俺は彼女に向き直り、改めて口を開いた。
「さて、質問をしよう。 お前は情報部の、少佐の部下に加担したか?」
「いいえ」
「なら、戦場にいたクローンは何だ。 開発者のお前が絡んでいるんじゃないのか」
「あのね、開発者は私1人じゃないのよ。 科学者は他にもいる。 GGOに興味津々な連中が手を貸したんでしょうよ」
まあ、そんな事だろうとは思った。
だがオペ子と話は合うな。 名も知らぬEDF科学者連中が共犯だ。 恐らくコイツじゃない。
俺は扉側に首を向けつつ、外の人間に話しかける。 その辺の仕事は背広組に任せよう。
現時点でも怪しいが、それはそれだ。
「本部。 関わった科学者連中に話をした方が良いぞ」
「既にした。 今、地球サイドで拘束、連行しているところだ」
うん。 そういう情報はさ、教えてくれよ。 恥をかくじゃないか。
俺は気まずくなって、声を濁しつつ、前に向き直る。
「あー、じゃあ、後は任せる。 他の話をしようか」
「可愛いわね、貴方」
おいやめろ。 俺を煽るんじゃない。 コイツ、やっぱ危険人物だよ。 S気あるよ。 ピトサイドの人間だよ。
そういうのはエムにでもやってくれ。 ピト以外の人間にやられて、喜ぶのか知らないが、少なくとも俺はムリィ……なので。
「じゃあ、別の話を。 《スプライトフォール》にしか、興味無いと思っていたんだがな……クローン開発にも関わっていたとは」
「転送装置もね」
「ハッ!? 思い出したぞ! あの時はよくも実験台にしやがったな!? 今この場で文句を言っておくわぁ!」
GGOの荒野フィールドに理不尽に転送された時を思い出し、バウッと怒っておく。
すると、クスクスと笑う彼女。 知らんヤツが見たら堕ちる程に素敵な表情。
だが、やったコトはイラッとくるレベルである。 俺がGGOにいる理由はコイツの造った転送装置の所為なのだから。
そして、EDFがGGOに関わるキッカケを作った。 ある意味、全ての元凶。
「やっぱり、私は天才ね」
「天災の間違いだろフザケンナ」
「でもぉ? お陰で、超可愛いレンちゃんとフカちゃんに出会えたじゃない♪」
「そうだな許す」
「隊長チョロ過ぎ!」
グレ男がナニか言ってきたが、気にしない。 いやホラ。 ウチの娘可愛いじゃん。
それを理解している彼女の目は狂ってない。 そして良い人なんだ。 そうに違いない。
「ここに、《スカウト》が収めた彼女達の写真があるのよ。 見るでしょ?」
「勿論だ」
「この……スーツケースの中に収まっているヤツなんてレアよ」
蛇ゴッコしている娘だと!?
俺の知らない間に、そんなキュートなコトを!?
スッと机の上に出された写真を見させて貰うと、レンが銀色のスーツケースにうずくまるように入って、丁度収まっているモノだった。 何故か両手を頰に添えて、トリップしている。 可愛い。 箱入り娘。
即買いじゃん、そんなん!
「良い値で買おう」
「隊長。 本題ズレてますよ、良いんスか?」
「うるさい! ウチの娘が1番可愛い!」
「フフッ。 やっぱり貴方、楽しいわぁ♪」
「遊ばれてますよ!? コレで良いんですかぁ!?」
ガクガクと揺らしてくるグレ男。 だがそんなコトで愛が消えるコトはない。
この写真を持って、ピトに自慢しよ。 悔しがるかもな。 ふっ。
そんなトリップする俺を見兼ねたのか、彼女……サテキチ姉さんが軌道修正に入る。
「まあ、写真はあげるわ。 もうGGOから撤退するのだし、プレイヤーの情報は要らないし。
さて。 可愛そうだから、お仕事の話でもしてあげるわ」
しまった! 任務中だった。
くっ……俺としたことが。 良いように遊ばれてしまった。 コイツは、やはり危険だ。
「そうねぇ。 クローンの開発や生産には乗る気じゃなかった。 でも、どうしてもというから仕方なく手伝ったわ。 興味がなかったけど、人手が足りなかったしね。
けれど、完成したその後も良い気はしなかった。 造られた命とはいえ、心が欠落した存在とはいえ……消耗品として、工場で生まれて使い潰される光景は見ていて悲しかった」
「その中で、M4が生まれた時は嬉しかったか?」
「ええ、とても。 あの子も無表情だけど、心を持っているわ。 それを失敗作だとして、皮肉で《M4レイヴン》を渡されたようだけど」
「この世界で生まれたそうだな?」
「少佐の部下に聞いたのね。 ええ、そうよ。 実験だとして、駐屯地で生まれさせられたの。 そうしたら思考を持って生まれた。
不思議よね。 同じやり方、同じスペックなのに」
今度は目を細めて柔らかで、穏やかな顔を浮かべる。 狂人だと思っていたが、やはり根は良いヤツなんじゃなかろうか。
「余計に消耗品として造られるべきではないと思った。 水増しにもね。 GGOにいるべきではない、とも。 論理的に問題があるから、とも考えたけど」
本部に聞くか。 生産は打ち切りなのか否か。
悪用されれば、牙を剥きかねない子らを造り続けるとは考え難いが。
「本部。 その辺、どうなんだ?」
「心配せずとも打ち切りだ。 既にラインは止まっている」
「だ、そうだ。 良かったな」
これで解決の方向へ向かうだろ。
色々とあったが、GGOでの活動も終わりが見えてきた。
コトは単純ではないと思う。 だが、この世界から撤退すれば、地球とは切り離される。
問題もこれ以上増えないし、すれ違わない。
元の形に戻る。 別れは悲しいが、交わってはならない存在だ。
さあ、良い子らはそろそろ帰る時間だ。 俺らの現実へ帰ろう。 戦争の終わった今、EDFがGGOでやるコトは無い。
だが、彼女はトンデモナイ爆弾を落とす事になる。
「クローンの件はね。 でも、ストーム・ワン。 GGOの、VRMMOの世界の可能性を全て棄てるには惜しいんじゃない?」
可能性だって?
これ以上、互いに干渉する気はない。
「お前な……これ以上は取り返しがつかなくなるぞ。 本部も撤退を決めた。 引き際だよ」
「取り返しがつけば良いのでしょ?」
「何が言いたい」
嫌な予感がする。 大抵、この手のものはロクなもんじゃない。
だが聞いてしまう。 不安要素は消し去るべきだ。 その為にも、要因は知らなくてはならない。
いや、知らないのは怖い。 知っても怖いが、幽霊を相手にするより余程マシだ。
だが、幽霊の方がマシだと思う程に、ソレは恐ろしいものだった。
放たれたモノ。 それは……。
「転送装置はね、VRの中で使えば過去に行く事も出来るのよ。 タイムマシンね」
「冗談……じゃないよな?」
「いいえ? だから取り返しはつくのよ。 過去に戻ればね。 具体的には、転送装置を設置した場所のフィールドデータを、過去に生成されたデータ……バックアップを使えば、そのセーブされた時代に行けるの。
例えばSAOに行って、事件のあった過去へ行く事が出来れば……救える命もあるんじゃないかしら。 そして、地球をもね」
よく分からないが……本当なら、いよいよふざけた世界だ。
SAO事件。 2022年に起きた事件だったか。
そして同年。 俺らの地球でも事件……いや、戦争が起きた。
両世界とも、数は違えど多くの人命が失われたのだ。 その現実を……取り返しがつくだって?
神様ゴッコにも程がある。 今の世界を無かったコトには出来ない。 我々に次は無い。
「却下だ。 素直に地球に帰れ」
「貴方が救いたくても、救えなかった命も救えるのよ?」
「罪を帳消しには出来ない。 既にあったことだ。 今の地球を棄てて、ゲームの様にリセットしても、履歴は残る。
罪は……無かった事に出来ない。 背負っていくしかないのだよ」
「そう。 残念」
本当は……やり直したい過去だ。
だが、過去に戻る技術を使えば……周知されてしまえば、悪用する者が出るのは分かる。
未来を都合良くしたい者は、数多くいる。 そんな連中が何度も改竄しようものなら、世界は滅茶苦茶だ。 下手すると修正不可能になる。
夢のような話だが、手は出さない。 そして、このまま破壊して全てを終わらせる。
それで……良い筈だ。 それが最善の策だ。
止めよう。 気分が悪くなってくる。
この話を終わらせようと、本部に声を掛けようとした時、不意にグレ男が声を発した。
いつになく、真剣に。
「なあ。 ひょっとして、俺が戦前に何度も戻されたのは……お前の所為か?」
何の話だ。 戦前、過去に戻る?
まさか、既に過去に戻っている人間がいるのか。
そして口振りからして、それはグレ男。
疑問を口にする暇なく、彼女は受け答える。
今度は冷たく、淡々とした口調で。
「そうよ」
「何でそんなコトをした。 お陰で何度も絶望を味わったんだが」
「GGOが終了すると、EDFもプレイヤーもデリートされるから。 そうなれば、僅かな戦力はパー。 地球を統治するのはいよいよ困難になる。
それを避けるために、グレ男、デリートされそうになったら過去に転送するようにプログラムしておいたの」
「隊長が現れたのは? 今までのループで、いなかったぞ」
「過去は同じになるとは限らない。 何故かは知らないけど、パラレルワールドかしら。
本来はいなかった人物がいるコトもあり得るんじゃない?」
「科学者の癖にテキトーだな。 まあ良いさ、やっと未来に漕ぎ出したんだから」
意味が分からない。 だが、話は終わる方向で良いだろう。 これ以上、アレコレと議論する気はない。
「さあ、帰ろう。 俺たちの地球に」
「レン達に別れは言わないのか?」
「ナニされるか分からないからな。 黙って消えた方が良いさ。 元より、俺は存在しないんだ」
そうですか。 少し悲しげに言うグレ男。
この世界の思い出は、心の内にしまっておこう。
別れの時間だ。 俺は席を立ち、地下を後にした。