3日前→あれ・・・いや、まだ行ける、大丈夫
今→はい(白目)
とん、と地面に降り立った。
テリトリーからどれくらい離れただろうか。獲物を見つけるために短時間だけ山を飛んでいた先日とは桁違いの距離、時間をかけたはずである。
その証拠に、妖怪の山は振り返った目線の遙か彼方。自他ともに引きこもりと認める自分が、家からここまで離れたのはいつ以来か。少なくとも10年20年といった短い期間ではない。
山の上では烏天狗と思われる者どもが盛んに飛び回っており、中腹や麓付近には大勢の白狼天狗が警備に目を光らせている。統制、統一された縦社会。今や山の大半は天狗共が手中に収めているといっても過言ではないだろう。
妖怪最強クラスの戦闘能力もさることながら、鬼や吸血鬼では到底持ちえない、仲間意識の強さ。同種族間ですら争いが絶えない妖怪という種族において、集団戦闘でこそ真価を発揮する天狗は文字通り異端の存在である。
比較的、一人で行動することを好む烏天狗もいないことは無いが・・・・・・。
時刻は夕暮れ前。紅緋に染まる地上を駆けるように移動する。時間を慎重に調整したつもりだったが、予想以上に移動に時間を使ってしまった。
移動する際に幾度、妖精や妖怪を目にする。仲間と戯れている妖精もいれば、死肉を貪る妖怪もいる。何のことは無い、自分の縄張り近くでもよく見る日常だ。ちらっとこちらを見る者もいたが、すぐに興味を無くしたようでふっと目を逸らす。
他人であるならそんなもんだ。たとえどんな不幸なことが起ころうとも、その対象が他人であれば対岸の火事である。自分の心は痛まない。
他人であるならそんなもんだ。たとえ誰が死のうとも、認識のない相手なら無関心でいられる。
他人であるならそんなもんだ。ならば・・・・・・
「あ、いらっしゃ・・・・・・なーんだ、妖怪かぁ」
「おめ、会って早々 ぶじょほ(失礼)な奴だなおい」
目的の場所はポツンと建てられてた小さな一軒家。ノックしてから入ると一瞬の歓喜後、なんともまあ失望が詰まった言葉をプレゼントされた。顔もしかめられているあたり、ご丁寧にラッピング付きだ。こちらもお礼を返した方がいいだろうか。
水色の髪に赤と水色のオッドアイ。顔の至る所に煤を被っているが、その特徴的な容姿から人間でないことはすぐに読み取れた。そもそもの話、人里の外に家を構えるような自殺願望を持つ人間などいない。・・・・・・いないはずだ、きっと。
彼女はくるっとこっちを向き、服についていた煤をパンパンと払う。
「それで、その背中に背負っている得物の修理の依頼かしら、山姥さん?」
金槌をくるくると廻しながら首をかしげる少女。自分が彼女を頼ることになった理由は、数少ない知り合いが発端である。
数週間前、狩りの最中にガタが来た鉈と解体包丁を抱えて贔屓の鍛冶屋に足を運んだのだが、辿りついた場所に鍛冶屋は無かった。
いや、正確にはある程度見慣れた小屋があったのだが、毎日のように出ている煙もなければ、作業道具もない。どうしたものかと鍛冶屋の旦那に顔を見せた所、返ってきた答えは『店を畳んだ』という極めてシンプルなものだった。
それについては仕方がない。元々妖怪というものは寿命が長い。おまけに、妖精や人間と違って食事や睡眠を必要としない者が少なくなく、何をしなくても生きていけるのだ。ただ、肉体が脆弱な人間と違い、我々妖怪は精神面が脆い。落ち込む、ふさぎ込むといった事象はもちろん、暇を持て余し、怠惰な生活を送るという行為でさえ毒になる場合もあるのだ。
結果、暇つぶしのために何か趣味を見つけて没頭することとなる。自分の場合は狩りや食事であり、目の前の人物は鍛冶屋を見つけた。そして、長寿すぎる故途中で飽きる場合もある。道具一式を売り払ったと言っている限り、彼にも限界が来ていたのだろう。
さて、ここで問題が発生した。交友関係の狭さなら自慢できる(自慢する相手がいないが)自分が、はいそうですかでは他の鍛冶屋に当たります、なんて真似をできるだろうか。
正直に言おう。ここ以外の鍛冶屋を知らない。得物を扱うようになってから何千年も店を変えずに利用してきたのだ。そもそもここ以外に修理してくれる場所があるのかどうかも分からない。
前回の狩りの後に手入れはしたのだが、やはりというか素人目で見ても不十分な出来で終わってしまった。このまま騙し騙し使い続けていけば、そう遠くない未来に自分の相棒とお別れすることとなってしまう。
自分ではどうすることもできないし、修理に出せる店も無い。得物を使わなければ狩りが出来ず、自分の精神を支える食事に大きな支障をきたしてしまう。
困ったことに八方塞に近い状況となった。腕を組み今後について悩んでいた所、助け船を出してくれたのは彼だった。
------最近出来た鍛冶屋がある。人里の外で妖怪が切り盛りしているそうだ。評判も上々と聞いてるし、直してもらったらどうだ?
・・・・・・という訳で冒頭に戻る。選択肢がなかったこと、本職の者が認めているというそれなりの安心感もあり久しぶりに遠出を決意したのだが、なんともまあ失礼な対応をされた。
渡した鉈と包丁を台に置きじっくりと見る彼女。名前は多々良小傘というらしい。たたら場から苗字をあやかったのか、または元々がその苗字か。見た目はかなり若く、おそらく生まれて200年も経っていないと予想する。下手をすれば2桁かもしれない。
唐傘お化けを自称したが、微かに感じる神気が付喪神であることを語りかけてくる。さしずめ、捨てられた傘が付喪神化した・・・・・・とのストーリーか。
「うーん・・・・・・。修理自体は簡単だけど、型が古いというかなんというか。正直、買い替えをお勧めするわ。料金は掛かるけど、これより遙かに性能がいいもの作れるわよ。」
鉈と睨めっこしたままの姿勢で彼女が言葉を発した。若い癖して中々商魂たくましい性格のようだ。いや、年代物であるのは事実であるが。そのまま解体包丁も見てくれたが、似たような回答が返ってきた。
「もー、手入れ自体はしてるみたいだけどそれ以上に酷使してるよこれ。結構中の方にダメージ溜まってるわ、刃物がかわいそうよ」
「そんなごしゃかなくとも、言い方キツイべ」
「もっと早く持ってきてくれたなら言葉選ぶわよ、私だって・・・・・・でどうする?買い替えるの?」
「生憎だが金そんなにねえんでな。直してけろ、両方とも」
自分の言葉を聞いた小傘はりょーかい、と返事をして一本ずつ布でくるんだ。そのまま台の上に置き直し、彼女は下駄を履いて
「ちょっと待て」
「うぐぉ」
仕事の依頼を引き受けて早々家を留守にしようとする彼女の首根っこを引っ掴まえる。うまい具合に閉まったようで、カエルの潰れたような声を聞いた。
「おいおめ、依頼早々サボるとはいい度胸だな」
「いや違うって!これからベビーシッターの仕事があるの!どの道修理なんて短期間で終わらないからいいでしょ後回しよ後回し!・・・・・・あ、着替えるの忘れてた」
若干涙目付きでこちらに訴えかけてくる少女を見て、手を放す。こいつが本当に腕の立つ職人なのかと、長年の知り合いである元鍛冶屋の痴呆を疑った。もしかしたら飽きや腕の衰え云々でなくボケが原因で畳んだのかと一瞬思った。
というより、聞きなれない単語が聞こえた。
「おい、べびしったーとはなんじやそれ(どういうものだ)?」
「へ?ああ、ベビーシッターね。これから少しの間だけど、人間の赤ん坊の世話を頼まれてて今すぐ行かないといけないんだ」
「まて、人間だと?」
聞き違いかと思い、目を張る。思わず出た大きな声に、煤で汚れた作業服から着替え中の彼女が振り向く。そして言葉の意味を反芻して納得したような、それでいて冷めたような視線を送ってきた。
「・・・・・・・あー、あなたも『まだ』そっち側の妖怪なのね。見た所、私なんかより遙かに古参みたいだし」
ぱぱっと着替え、エプロンのようなものを羽織り、鍛冶仕事で汚れた顔や手などを丁寧に洗っていく。汚れを落とした所で、付喪神の本体であろう紫色の傘がタオルを持って近くに立った。「ありがと」、とお礼を言い彼女は手早く顔を拭く。
・・・・・・烏天狗から聞いたことはある。最近、人と妖怪の距離がどんどんと近づいていると。
人が妖怪を恐れ、妖怪が人を喰らう。山の中ではそれが常識であり日常だ。だが、人里周辺や一部の地域では、人と妖怪が手を取り合う事例が増えてきていると。
何を馬鹿な、お前や奇特な人間ら同士による極々小さな範囲でだろ、と片付けた。あややや、手厳しい、と笑顔で去っていく天狗が見えなくなる時にはその話は頭の中から出て行った。
そして今、目の前にも奇特な妖怪がいる。
「まー、1か月あれば修理終わるからそのあたりに取りに来てね。お代はその時払ってくれれば結構よ。・・・・・・それと、案外人間も悪いもんじゃないわよ」
戸締りをするから、とのことで一緒に外に出た後、鍵をかけた彼女は『それじゃあね』と傘を掲げ、急ぎ足で去って行った。
「・・・・・・人間も悪いもんじゃない、か」
行きとは違い、手ぶらで夕焼けの空を疾走する。宵が近づいたことで一層涼しさを感じさせる風を身に受けながら、帰路を急ぐ。その風によって身体が少しずつ冷えていくが、頭の方は水色の少女と別れてからずっと冷え切っていた。
「・・・・・・そんなもん、分かっとんべ」
ことある事に人間の話題を振ってくる烏天狗、人間に対する好意を隠そうとしない唐傘お化け。2人の顔を思い浮かべ、
「・・・なーんで、数少ない知り合いは、あんな『強い』んだべ」
深く、深くため息を吐いた。