森に生える無数の木の中の一本
そこのてっぺんにピッコロは立ち、乱した呼吸を整えている最中の二人を見下ろす
既にあの開戦から数分が経過
ピッコロは重り付きの装備を付けたままで、傷一つなし
また、刹那と楓も疲労の色を見せるが同じく
ただし両者の間には、疲労以外に決定的な差が一つあった
「くっ、一体どうなっている……」
暖簾に腕押し、糠に釘
「まさか……傷一つどころか、触れることも叶わぬとは」
つまりは、今楓が言ったとおりである
現在に至るまでの流れを順に辿ろう
まず開戦の合図として投じられたクナイは、舞空術によって軽く横に移動してかわされる
その間に刹那が瞬動で即座に接近し斬りかかるが、愛刀夕凪は空を切った
瞬動に急ブレーキをかけて後ろを見てみれば、背を向けている自分を無視して楓と交戦
攻めたてる楓の体術を全て、掠らせることすら許さず全回避
そこへ刹那が再び斬りかかったが、これも瞬時にかわされる
二人の視界から姿が消え、これまた別の場所からピッコロの気を感じ取る
今度は楓の後方
攻撃する絶好のチャンスにも拘わらず、またも自分からは動かず笑って見せた
そこからは延々と同じ展開
一人ないし二人が攻撃する→全てかわす→少ししたら瞬時に別の場所へ移動する の繰り返しである
ピッコロは汗一つかくことなく、刹那達の猛攻をかわし続けていた
「おいどうした?まさかこれで終わりじゃないだろうな」
ピッコロは木から飛び、地に降り立つ
本来なら飛び降りたその隙に攻撃したいところであったが、それを予測し且つ回避出来るだけの力をピッコロが持っているのは重々把握している
構えを崩さぬまま二人は、ピッコロと同じ位置で改めて対峙
「……楓、どうやらこちらも力の出し惜しみは出来ないようだ」
「あいあい、では拙者が先陣をば……」
刹那と楓は小声で数言交わすと、両者は全くの別方向へと跳躍した
刹那がバックステップで後方へ
楓が前方のピッコロへ
「影分身!」
ピッコロの目の前で、楓はその数を四倍に増やす
「ほう、天津飯と同じ技か」
ピッコロはボソリとそう呟き、四人の楓と交戦
楓達はピッコロの前後左右の位置につき、同時攻撃
「「「「せやあああっ!」」」」
方や回し蹴り、方や正拳、方や貫手、方や膝蹴り
四種の攻撃がピッコロを襲う
(さて、また全部避けれんこともないが……そろそろ趣向を変えてみるか)
少し考え、ピッコロは左右に手を伸ばした
左の正拳、右の膝蹴りを受け止め
「ずあああっ!」
「「!?」」
そこから気を放出し、楓二人をぶっ飛ばす
この間に、前方からの貫手と後方からの回し蹴りが命中したわけだが
(……顔色一つ、変化無しでござるか)
ダメージは皆無
その上素早く手元に戻されたピッコロの手は、自身の腹部へ伸ばされた楓の右手を掴み、投げた
幸い回し蹴りをした楓はすぐに引いており反撃を受けず、懐からクナイを取り出して投擲
これをピッコロは指二本で難なく挟み、自身がぶっ飛ばした楓二人を見やる
木に激突した二人は、ボンと音を立てて消滅した
(……数を増やしたことによるパワー減少も無い、どうやら天津飯のとは原理そのものが違うようだな)
前方の楓は本体だったようで消える様子はなく、懐からクナイを取り出し同じく投擲
ピッコロはこれまた指で挟む
楓は新たに影分身を出すそぶりもなく、ただ離れた位置からピッコロの前後に立って動きを伺うのみ
(さて、残るは剣士のガキだが……さっきから俺達の周りを走り回って一体何のつもりだ?)
楓と交戦中に援護射撃をしてくることを予想したピッコロは、あの攻防の最中も刹那の動きを気から察知
今いる楓二人よりもさらに外側を、円を描くようにちょうど一周したところだ
(っ!あいつめ!)
直後、ピッコロが感じ取ったのは無数の気
刹那が通った軌跡上の幾つもの点に、忽ち導火線の火のように全体へ気が伝達
次の瞬間、その全てが爆ぜた
刹那が周囲の木々に仕掛けた爆符、つまり術式を込めた札は『気を送り込む』という合図を受けて一斉爆破
中央にいるピッコロを狙い、十数メートル級の大木が彼目掛け大量に倒れこむ
符の存在を知る楓は、ピッコロよりも一足先に刹那の意図に気付いて退散済み
「ふっ、随分と大掛かりな真似を……」
ピッコロからすれば、気功波でこれら全てを消し去ることは容易い
しかしそれでは興醒めだ、だから彼は
(向こうの策に……乗ってやるか)
一番無難な方法で避ける
超スピードで木々の間を潜り抜け、包囲網から脱出
その先には彼女の予定通り、そしてピッコロの予想通り
「斬魔剣!」
刹那が待ち構え、最高のタイミングで剣技を放った
対魔族には一番の威力を誇るこの技で、刹那は決めにかかる
ピッコロが言った『傷を一つでも付ける』ではなく、それ以上の『倒す』という目的を剣に込めて
(成程、退魔の技か……だが)
「!?」
(残念だったな)
確かにこのタイミングであの技をされては、完全な回避は難しいだろう
さらには相手は刀、対するこちらは素手
が、ピッコロは知っている
かつて自分を大いに苦しめた、宇宙の帝王
そいつを軽々と切り裂いた名剣を相手に、指一本で全て受け切った男のことを
当時の彼の実力をとうに超えているピッコロに、同じようなことが出来ない道理は無かった
気を極限に集中させた右の手刀で、刹那の剣を受け止める
刹那の動揺は、過去最高に膨れ上がった
(馬鹿な!?今までで一番気を込めた、私の斬魔剣を片手で……)
「刹那!下がるでござる!」
楓が叫ぶが、ピッコロの手刀とつばぜり合いを続ける刹那がそれに反応したのは、通常よりも数瞬遅れてのこと
その間にピッコロがカウンターを、空いた左手で刹那の胴体に掌底を決めるのはどれほど容易なことであっただろう
(こんな……こと、が……)
刹那は飛んだ、腹部への衝撃で意識を刈り取られながら、生い茂る木々の中へ
最後に刹那が見たのは、既に自分のことは眼中にないピッコロ
そしてその彼に向かい、攻撃する楓
その数、十六人
「なっ、何だとぉっ!?」
彼女の持ち技、影分身で生み出すことが可能な最大人数
ピッコロが今まで目にしてきた分身の類の技に、これほどまでに数を増やすものは存在せず
自然と両目は、大きく見開かれていた
「これで……どうでござるっ!」
全ての楓が、右掌の中に気を灯し殴りかかる
いや、掌の中の気弾をぶつけに向かったと言うべきか
前後左右上下、全ての方向をカバーするように位置する楓のこの攻撃
ピッコロはその場から、動かない
「……ぬおおおおおおおっ!」
ピッコロは吼え、彼を中心に周囲は大きく爆発を引き起こした
「カモ君!今の爆発!」
「ヤベぇヤベぇ!俺っちの予想の斜め上行ってるじゃねえかよ!」
遥か遠くまで距離を開けられてしまっていたカモと木乃香も、この爆発で彼らの現在地を知る
カモを肩に乗せて木乃香は走り、円状に木々が倒されているその場所まで到着
「う、上だ!」
「え?」
カモが指差した上空を、木乃香が見上げる
爆煙が晴れたそこに、ピッコロはいた
意識を失いダラリと手足を伸ばす楓を、自身の左腕に乗せて
「う、嘘だろ!?楓姉さんを無傷で!?」
ピッコロは下にいるカモ達を目視で確認し、ゆっくりと降下
地面の上に楓を横たえさせ、続いて刹那の方を指差す
木乃香は彼女の名を叫び、駆け寄った
「せ、刹那の姉さんまで……一体何をしたんでぇ!?ピッコロの旦那!」
「言っただろ、少々いたぶらせてもらうとな……ん?」
木乃香の肩から降りたカモを見下ろしつつ淡々と話すピッコロだったが、ここで違和感
右手を額に持っていき、手元に戻すとそこにあったのは紫色の液体
ほんの僅かに見られたそれは、ナメック星人の血液
(ほう、全部防ぎきったと思っていたんだが……それにこっちもか)
加えて右手側面に、薄くだが縦一文字に沿って出来た切り傷が一本
即ち、刹那の斬魔剣の跡
「……合格、だな」
「はぁ!?」
いい相手が見つかった
自分の目に誤りはなかったな、とピッコロは内心笑みを浮かべていた
とりあえずは、事情をカモと木乃香に話しておかねばなるまい
そして後は待つ、あと三十分もすれば訪れる二人の目覚めを