「アイヤッ!」
「!」
ほんの一瞬だった
中国拳法の移動法、活歩で古はクリリンの懐に入り込む
(うおっ!?思ってたよりも速……)
拳を打ち込もうとしているのを把握し、両手を前方に出して防御
だが、クリリンの腹部に拳はしっかりと打ち込まれた
(
「っ!?」
打とうとしていた右拳はフェイク
握っていたそれを解き、防御に出したクリリンの両手を跳ね除けさらに彼の懐へ
後退しようとするクリリンを左手で掴んで引き寄せ距離を開かせず、改めて右拳を放ったのだ
我流ながらも、気を練り上げ威力を上昇させた古の崩拳
気を集中し防御するという基本動作も、気の大きさに見合わぬ古の動きのキレに動揺し失念
クリリンはあまりにも、古をなめていた
腹部に走るダメージでやや眉を寄せ、次なる古の攻撃と対峙する
古は勢いそのままに回し蹴りを試みるが、クリリンはこれを回避
これなら先程の動きに対応できると予想をつけたところまで気を上げ、高速で後ろに下がって距離をとる
しかし古は、さらに速度を上げてきた
(っ!?まだ上がるのか!)
(フッフッフ、なんだかいつもより調子いいアル!ばしばし行くアルよー!)
バックステップという形をとった以上、すぐに減速したクリリンとの距離はまた縮まる
お次は右の手刀、振り下ろした先はクリリンの首の付け根
今度は左腕を上げて防御し、その攻撃の重さを腕越しに感じ取る
(やっぱり……気は俺のほうが勝っているのに……っ!)
気による『力』そのものは比べるまでもなく、気を抑えている現状でも自分の方が上
それが確信できるレベルにも拘わらず、また古に食わされた
(硬開門!)
古は右腕を折りたたみ、突っ込んだ勢いを殺さぬまま潜り込むようにして右肘を正面に打つ
今度は鳩尾、急所の一部を的確に突かれてダメージ
焦るクリリンは一転し攻めに移る、適当に攻撃の全てを捌き切るかというつい先程の考えは一旦破棄した
当然全力を叩き込むわけにはいかないが、一発で勝負を終わらせるつもりで多めに気を込めた右拳
クリリンが攻撃に転じたのを把握した古は足を止めており、『受け』の体勢
狙いは腹、クリリンは拳を放つ
「アイヤッ!」
同時に古の両手が動き、交錯
「……え?」
軌道が逸れ、拳含め全身が古の横を通り抜けた
力によって正面から弾き返されたのとはまるで別の感覚
「うおっ!」
直後にカウンターの拳が襲いかかり、クリリンはさらに速度を上げて再びかわす
咄嗟に気を上げずさっきのままであれば、間違いなく脇腹へ無防備のまま貰っていただろう
「またかわしたアルか……けど、徐々に本気を見せてきたみたいアルな、痛たた……」
構えをとって古と向かい合うと、古は右手をプラプラ振っていた
片手で威力を殺しつつ横へ受け流し、反対の手ですかさず攻撃しようとしていたのだが、気を多めに込めていたクリリンの拳は片手で流しきれず
やむなく即座に両手での受け流しに切り替え、その結果として攻撃のタイミングが僅かに遅延
加えて、片手で受け流そうとした一瞬のうちに右手首へ痛みを残された
まあ戦闘に多大な支障が出るほどのそれではなく、すぐに古は完全な構えに戻す
この両者のやり取りを、亀仙人は同居亀であるウミガメと共に眺めていた
「なんだかクリリンさん、色々とやりづらそうな感じですね。古さんが女の子だからでしょうか?」
「いや、ちと違うな。確かにクリリンは全力を出しておらんが、それはあくまで手合わせのために相手の『力量』を見据えた上でじゃ。古ちゃん相手に勝負自体はちゃんとやっておるし、勝つための気の大きさは本来なら現時点で充分じゃ」
「だったら何で……」
「彼女の持つ体術は、完全にその差を埋めきっておるのじゃよ」
クリリンは古のようにちゃんとした拳法が出来るわけではない
いや、やや語弊があるが、古の使う八極拳等のように系統化もしくは概要化出来てないというべきか
亀仙人の元での修行は主に、基礎力の向上を中心に置いていた
その上で自身の格闘術を、実戦形式を中心に叩き込んでいく形
ゆえに、クリリンの格闘術自体はほぼ我流といっても差し支えない
師である亀仙人もとい武天老師の動きを参考にしたことも無いわけではなかったが、結局は自分がやりやすいスタイルに落ち着かせている
亀仙流入門前に多林寺で修行していたこともあったが、それも極めるには至らず
「その上クリリンはああも焦っておる、気では勝る相手に勝ち切れずにいることでな。そりゃあ手加減なしのフルパワーでぶつかれば圧倒出来るじゃろうが、本来ならずっと格下である古ちゃん相手にそんな真似あいつには出来んて」
クリリンが冷静さを取り戻し、体術分も含めた力量差を把握して立ち振る舞えば問題なく勝てる勝負
そう亀仙人はウミガメに解説した
そうこうする間に両者の間でまた攻防
またも力の加減を誤ったクリリンの攻撃をすり抜け、今度は力一杯の攻撃を古は決める
足を払って踏ん張りを効かなくした上での攻撃は、クリリンを海まで吹っ飛ばした
ドボンと音を立てて着水し、その位置から古は目を離さない
「どうしたアル?手を抜かずもっと本気出すヨロシ」
水面に姿を見せないクリリン
クリリンは大丈夫かとアワアワするウミガメの隣で、亀仙人はさっきまで硬めだった表情を緩めた
(……うむ、文字通り頭を冷やしたか)
「わわわ!何アルか!?」
次の瞬間、水面から無数の気弾が古めがけて飛んでくる
距離を取れたことも幸いし、ワンパターンだった戦法をやめて古を牽制する方法に出た
「真名の羅漢銭より速いアルー!」
近くにいる亀仙人達に配慮してか、気弾は全て古の半径一~二メートル以内に着弾するよう軌道が調整されている
これらを必死に、先日クラスメイトと対戦したのと同じ要領でかわす古
だがやはり全部は無理だった
「うおおっ!?」
避けて右足を着地させようとしたちょうどその場所を、気弾が一足先に着弾して砂を大きく抉る
遅れて着いた古の右足はその場で踏ん張り切れず、バランスを崩した
そこへ突如古の左横から、本日最速のスピードで移動してきたクリリンが姿を現した
そのままミドルキック
腰にヒットし、先程のクリリンくらいの速さで吹っ飛ぶ古
しかしクリリンからは決して目を離さず、そのまま受身をとって体勢を立て直す
辺りは砂浜、衝撃は少ない
「……さっきとキレがまるで違うアルな、クリリン」
「海に入ったら頭が冷めてな、折角だし面白いもん見せてやるよ」
互いにニッと笑うと、クリリンが先に動いた
「さっきは牽制用に撃った気弾に大分驚いてたみたいだが、こいつはどうだ?」
「?」
腰の両手をやり、気を込め始める
「かーめーはーめー……」
その両手の中には、徐々に青白い光が灯される
「うおっ!?」
「波ーーー!」
手から放たれたそれは光線状となり、クリリンから古へと真っ直ぐに放たれた
だが両者の間には距離がありすぎた
古はそれを横へ飛んでかわす、右足は痛めてはおらず問題なく動いた
「またまた隙ありアル!」
そのままクリリンに突っ込み、攻撃を狙う
「それはどっちかな?」
「え?」
クリリンは口元を上げると、かめはめ波を放っている両手をクイっと動かした
手元での僅かな動きを受け、かめはめ波はその軌道を変える
最終的にはUターン状にまで曲がり、古の方へあらためて向かい始めていた
「あれを曲げるアルか!?」
それにすぐ気づいた古だが、かわすことは既に不可能な距離
(防御に回れば、後ろからもろに攻撃を受けるアル、だったら……)
古は覚悟を決めそのままクリリンの元へ駆け続けることを選択
当然だがかめはめ波は古に直撃、箇所は背中の中央
「うっ、ぐ!」
正面から受けても致命傷を避けられるよう、クリリンはあらかじめかめはめ波の威力を調整してはいた
しかしこの勝負を終わらせるに充分な程の威力は残している
ぶつかった瞬間かめはめ波は四散、古がその場で膝をつくものだとクリリンは予想していたが
「……まだアル!」
古は倒れることなく、むしろかめはめ波に押される様にして接近してきた
(背中に気を集中させてガードした!?)
(咄嗟にやったガ……成功アルな!)
「なっ!」
古の足が高々と上がった
虚を突かれ、それはクリリンのアゴに見事に命中
尻餅とまではいかぬものの、大きく体勢を崩したクリリンに
「これで、決まりア……」
崩拳を打とうとした古が
「うっ、しまた…」
「え?」
今度は逆に、クリリンの目の前で膝をつき大きく隙を見せる形になる
その間にクリリンはすぐ体勢を立て直し、立ち上がろうとした古の眼前に拳を出してみせた
「これで俺の勝ち、かな」
「……ありゃりゃりゃ、ちょとあの攻撃を受け切るのは無茶だたアルかな。フラついてバランス崩したアル」
「うむ、勝負ありじゃ!」
日は徐々に傾き、夕方に差し掛かっていた
「美味ーーーーーい!こんなに美味いもん、ワシは初めて食べたぞ!」
「当たり前ネ、五月の特製アルよ?」
日がほぼ落ちかけた頃になり、一同は夕食ということでテーブルを囲む
あの決着後、一応古の背と足を診ておこうということで(結局怪我らしい怪我はせずに済んでいた)、カメハウス内に入るとちょうど五月が起床
事情を説明すると、不安になったり慌てるようなそぶりをまるで彼女は見せず
元々肝っ玉が座ってるというか、超と色々関わっていたことで非日常系の事象に耐性があったのか
なんにせよ五月も、古と同様この現状を受け入れることが出来た
すると五月が時計を見て、助けていただいたお礼に是非と言って許可をもらい夕食を作るため台所へ
普段この家で食事を作るクリリンが一緒にやろうかとするが、ここは五月に任せるよう古が引きとめて数十分後夕食は完成
結果は先程の通り、一口食べた直後に亀仙人は感激の声をあげた
クリリンは亀仙人ほどオーバーではなかったが、確かに自分のとは比べられないその美味しさに感激し一口一口を噛み締めている
残り物で簡単に作った炒飯と煮物だったが、だからこそ彼女の腕が如実に現れたとも言えた
そうやって食事は進み、落ち着いたところで亀仙人は古の方に話を切り出した
「さっちゃんの料理もそうじゃが、古ちゃんの拳法の腕もなかなかのもんじゃったな。時折やっとったあの独特な動きは、向こうの世界のものかの?」
「太極拳に八極拳、その他諸々アルかネ。私の母国が誇る自慢の拳法アル」
序盤にクリリンのミスが散見されたとはいえ、彼相手にあの善戦をしたことは亀仙人も大きく買っていた
するとここで、クリリンが何か思い出したのかアッと声を漏らす
「そういえばさっきまでの手合わせで有耶無耶になってたけど、結局どうする?」
「ん?ここで住むかどうかのことアルか?」
「そうそうすっかり忘れてたぜ、どうしてもここが嫌ってんなら俺達の知り合いに声かけて……」
「ふっふっふ……もはやそれは愚問というやつアルよ!」
古は箸を持たない左手で拳を作り、先程ではないが気を込めて強く握りしめる
続いて亀仙人とクリリンを交互に見た
「武術の神と呼ばれた武天老師(ウーティェンラオシー)とその弟子クリリン、この二人のもとで修行する以外の選択なんて考えられないアル!サツキはどするアルか?」
「折角ですし、私も古菲さんとご一緒します」
「決まりアルな!よろしくアル二人とも!」
五月の料理を咀嚼中だった亀仙人は、慌ててそれを飲み込む
二人がここに居てくれることが決まり、余程喜んでいるのか声にも如実に出ていた
「おおっ、そいつは良かった!こんな美味いもん食わせてもらった次の日から、またクリリンの料理に戻るのかと思っとったら……ううう」
「……下手くそで悪ぅございましたね」
「んまあ、それはともかくして……一緒に修行というのは確かに悪くないのう、折角じゃし古ちゃんも大会に出てみたらいいかもしれんしな」
「大会!?武道大会やるアルか!?」
テーブルに膝を乗せんばかりに古は身をガバリと乗り出し、ついさっき手合わせを申し込んだ時と同様に目を輝かせた
亀仙人は古の問いに首を縦に動かして答え、続いて簡単にその大会について話す
今から二週間後に行われる武道大会、『天下一大武道会』
全世界から武道家を募る超大規模な大会で、賞金もかなりのもの
クリリンや亀仙人が知ってる範囲でも、クリリンと互角に近い強さを持つ知り合いが一人出場を決めている
腕試し、ではなく賞金目当てという形だがクリリンも出場をつい先日決意
いい機会であるし、修行したいという古の提案に対し亀仙人は肯定的であった
古ちゃんも出てみたいかの?と尋ねた直後、ついに古の両膝がテーブルに乗る
「断る理由など何処にも無いアル!クリリン!是非とも合同での修行を頼むネ!」
「ま、まあ確かに俺も古の使ってた体術には興味あるけど……」
「私もクリリンみたいに気をガンガン上手く使いたいアル!稽古を通じて互いに教え合えば万事解決
「だ……だな、それじゃあよろしく頼むよ」
テーブルの上で両膝をついた古はクリリンのところまで移動、ギョッと驚いたクリリンは慌てて手前の皿を脇に寄せる
古は彼を押しに押し(加えて、あと数センチで物理的にも押してしまいそうな距離まで接近中)、ついに了承へ漕ぎつける
そこから古の行動は早かった
テーブルを猫のように身軽な動きで跳び降り、クリリンの腕を掴んで外へ引く
「そうと決まれば早速開始アル!」
「は!?」
かれこれ話していた間に、外はすっかり夜
そんなことを古は遠慮するそぶりも見せず、さっきの会話の勢いそのままにクリリンを引っ張り出した
「ちょっ、タンマ!そんな急がなくても明日からやれば……」
「さっきよりもっと本気出すアルよクリリン!その上で今度こそ私が決めるアル!」
有無を言わさず構えを取って臨戦態勢の古、鋭い眼光は月明かりに照らされたクリリンを真っ直ぐに捉える
「いざ!」
「はっはっは……こんな光景を見るのも、何年ぶりになるかのう」
亀仙人は自宅の窓から久しぶりに、稽古に勤しむ二人の武道家を眺めた
以上二本で今回分は終了です
古菲を亀仙流の面々のところにしたのは、主に亀仙人が理由です。武天『老師』や亀仙流という拳法流派がある場所の方が色々と彼女を動かせ易いな、というストーリー構成上楽に進めたいがための理由なんですが。
次回も2話構成になります、ただ2話とも投稿するかはそれ以降の話の進行ペースにもよりますのでご了承ください。ではでは