東方漆風録   作:零霧

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どうも、零霧です。
またようやくの更新。行事があると時間が早く感じる気がします。


第52話 人間と片腕有角の仙人

「ありがとな、影斗! また来いよ!」

「ありがとう! それじゃ!」

 魚屋のおっちゃんと別れ、人里を出る。その際に門番に礼をすることも忘れない。

 人里の外。ここから先は、本当に何があってもおかしくない。いつ妖怪たちに出会うか分かったもんじゃない。

 気持ち足早に歩き、守矢神社がある妖怪の山を目指す。妖怪の山まで行けば、勘違い天狗に襲われない限り安全だ。

 まあ、そうは言っても、今は昼なので、妖怪たちもまだ活動的ではないだろう。こんなことを言って、襲われたのは二回や三回どころの話ではないんだけどね。

 

 特に何事もなく、妖怪の山へ――帰ってきたかったよ、ちくしょうめ。

 なんとヤギ頭の妖怪と出くわしちゃったよ。……よし。

「あ、こんにちは。今日もいい天気だね」

「おう。こんな日には久々に人間が食べてぇよな」

「わかるそれ。あの味、クセになっちゃうよね」

「忘れられねぇよな。お、てめぇ、今日の昼飯は魚か? どこで獲ってきた?」

「ちょっとそこの湖でね。少し頂いてきたんだ」

「いいねぇ。俺も腹が減ってしょうがねぇ。俺も頂いてくるとするか」

「そうするといいよ。たくさんいたから、苦労しなくても獲れると思うよ」

「そうか、ありがとよ。じゃあな」

「それじゃ。頑張ってね」

 お互い手を振って別れる。向こうが目を離すまでずっと手を振った。

「人間の匂いがするなぁ……」

 ――――逃げよう。

 その言葉が聞こえた瞬間、急いで山道を駆け上がった。

 

 

 芋の匂いがするところまで逃げて、恐る恐るゆっくりと後ろを振り返る。

 そこにヤギ妖怪の姿はなかった。どうやら、追ってはこなかったようだ。助かった……。ヤギならヤギらしく草食ってなよ。一丁前に肉なんて食べないでよ。

 まあそんな訳で、妖怪に会った時は、こうすることにしてる。ちょっと単純な妖怪だといける。バレて襲われることがほとんどなんだけど。今回は運がとんでもなくよかっただけ。

 

 話す暇もなく出会い頭に雄叫びをあげながら襲われたときはホントに言葉に言い表せないような悲鳴が出た。あの時は……そうだ、ジグザグに道なんか考えずに走ってたら、妖怪が木に派手に頭を打ち付けたおかげで助かったんだっけ。体を大の字にして浮かせて、ズルズルと地面に落ちて、気絶してた。ホッとしたと共に、正直笑った。その後? 迷ったよ。

 

 ふぅ、と助かったことに安堵の息を吐いて、山道を登る。一応袋の中の魚に目を向ける。が、特に異常はなかった。

 なんかいいこと尽くしじゃないか。明日は下手に動かないようにしよう。

 

 

 あれからしばらくして。

 俺は今、河童と天狗の憩いの場である滝の近くを通っている。

「……ん?」

 今、滝には河童と天狗の姿はなかったが、その代わりといえばいいのか、女の人が立っていた。それを見て、つい足が止まる。

 桃色の髪に二つのシニョンキャップ、赤い前掛けの胸部分には桃色の花、右腕は包帯で巻かれており、左手首には、鉄の腕輪をつけている。そんな人。

 その人は、あと一歩踏み出せば河に落ちるであろう距離で、自分の足元を見つめている。河を見ているのだろうか。

 ずっと見ているのもあれなので、俺は再度守矢神社を目指して歩き出した。

 

 

「ただいまー」

「あ、影斗さん。おかえりなさい」

 居間に入ると、早苗が本を読んでいた。何やら難しそうな本を読んでいる。

「これ、頼まれた鯖……合ってる?」

「すみません、お買い物頼んじゃって……。ありがとうございます」

「いえいえ、そんな」

 早苗は袋を受け取ると、台所へ持っていった。

 卓袱台(ちゃぶだい)に置かれたままの分厚い本の前に座り、パラパラと流し読みしてみた。

 ――訳が分からなかった。神とかどうとか書かれてたから説法の本だろうか。神社に住ませてもらっている人としてどうかと思うが、さっぱり理解できない。

「――あぁぁぁ!」

 突然、早苗の叫び声が聞こえた。

「どうした早苗!?」

 急いで台所に入る。一応辺りを見渡してみるが、特に異常がありそうなところはない。単純に俺の探索力がないだけだろうか。

「私、塩が無いのすっかり忘れてました!」

 ……なんだ、びっくりした。何か恐ろしいものでも見たのかと思った。

「私、ちょっと買い物行ってきます! 今日買わないと――!」

「いってらっしゃ……早いな」

 「いってらっしゃい」を言い切る前に早苗は外へと飛び出していった。行く間際に何か聞こえた気がしたけど……まあいいか。とりあえず、自分の部屋にでも行こう。

 そう思い、居間を出る。そのまま自室へ向かおうとすると、階段から誰か上ってくるようで、頭が見えた。

 どうしよう。ちょうど早苗は出て行ってしまった。このまま無視を決め込んで自室へ篭る訳にもいかない気がする。

 そう考えている間に、誰かさんは階段を上りきっていた。そのままスタスタとこちらに歩いてくる。

 近付いてくるうちに、徐々にその人の全貌が分かってきた。桃色の髪に二つのシニョンキャップ、赤い前掛けの胸部分には桃色の花、右腕は包帯で巻かれており、左手首には、鉄の腕輪をつけて――って、あれ? この人、さっき見た人じゃね?

「えーと……いつも信仰ありがとうございます。これからも守矢神社をよろしくお願いします」

 いつも早苗が言っていたようなことを言う。確かこんなのだったはずだ。

 その人は、俺をしばらく見てから、こう言った。

「……山の神様、いらっしゃるかしら?」

 山の神様? 神奈子と諏訪子のことだよね?

「はい、いますよ」

 多分自分たちの部屋でゴロゴロしてるんじゃないかなぁ。

 そんなことより、一応案内した方がいいんだろうか。

「どうぞ、こちらです」

「あら、ご親切にどうも」

「いえいえ、そんな」

 神奈子と諏訪子の部屋まで案内する。「ちょっと待っててくださいね」と声をかけ、襖を開ける。

「ん? どうしたの、影斗」

「人肌恋しくなったのかい?」

 どうしてそうなった。神奈子はまだ酔ってるんだろうか。だとしたらお客さんを通すのはちょっと難しいかもしれない。

「お客さんだよ。答えは分かってるけど一応聞くよ。今空いてる?」

「今はちょっと……いくら影斗の頼みと言っても……その、心の準備が……」

「よし、通すよ」

 神奈子やっぱり酔ってんのかな……。危ないかな……。

「空いてるみたいですので、どうぞ」

「ありがとう」

 そう言って、お客さんは部屋に入った。

「おお、あんたか。久々だねぇ。何年ぶりになるんだろうね」

「おそらく、十年ぶりくらいかしらね」

「もうそんなに経つのね。いや、十年なんてあっという間だねぇ」

 どうやらあの三人は、昔からの知り合いらしい。あ、そんなことよりこういう時は……お茶だ。お茶を出すんだ。

 台所に行って、湯飲みを三つ取る。湯飲みを落とさないように慎重に机に置く。

 それぞれの湯飲みに急須のお茶を注ぎ、お盆に載せる。あと急須も載せておこう。

 多分これで問題ないはずなので、お盆を神奈子たちの部屋に運ぶ。溢れないように気を付けながら片手でお盆を持ち、もう片方の手で襖を開ける。

「お茶です。どうぞ」

「なんだい影斗。やけに気が利くじゃないか」

「明日は酒でも降るのかな?」

「わざわざありがとう」

 お茶を置くと、三人にそれぞれ礼を言われた。そして諏訪子、酒が降ってきたら俺は自由に動けません。あ、明日はあまり出歩かない方がいいんだった。

「それでは、ごゆっくり」

 そう言って立ち上がり、部屋を出る。そして、襖を閉める間際に、

「――あの少年、何者?」

 と、お客さんの声が聞こえた。その声に、つい立ち止まる。

「……影斗のことかい?」

「名前は今知ったけど。彼――」

「影斗、まだ何かある? さっきから、ずっとそこにいるけど」

「え!? あ、いや。なんでもない。ごめん」

 まさかいきなり声をかけられるとは。さすが神奈子。神様は違いますねぇ。バレたことだし、ずっとここにいるのは変なので、今度こそ自室へ行くことにした。

 それにしても、気になるなぁ……。

 

 

―――――――――

 

 

「……なに?」

「いや、ちょっとね。今、あんたが言おうとしたことに嫌な予感がしてね」

 今、神奈子が身を乗り出し、桃色の髪の女性の顔の前に人差し指を立てている。それに対して彼女は、驚き半分疑問半分の顔を浮かべている。

「……そろそろ、いいかしら?」

 桃色の髪の女性がそう言うと、神奈子はこくりと頷き、桃色の髪の女性から指を遠ざけ、乗り出していた身を戻した。

 神奈子は、こほん、と一つ咳払いをしてから、

「あまり、本人には聞かせたくないんだよ」

「……どういうこと?」

「あいつは多分、気付いてないんだよ」

「それは――」

「そう、自分が――」

 

 

―――――――――

 

 

 あれから俺は、自室の前の縁側で読書をしていた。ずっと読まずに積んでいた本。そして、物語が佳境へ入ろうとしているところで――

「ただいま帰りましたー」

 早苗の声が聞こえた。

 そしてしばらくすると、早苗が塩の袋を持ってやってきた。

「おかえり。あ、持とうか?」

「ただいま帰りました……。あ、すみません……。よろしくお願いします」

 早苗から塩の袋を受け取る。……重い。

 早苗に台所の襖を開けてもらい、一歩一歩ズシズシとゆっくり歩く。

「影斗さん、そこでいいですよ」

「あ、ここ?」

 塩の袋を棚に下ろす。腕が軽くなった。

「影斗さん、ありがとうございます。助かりました!」

「いえいえ。それにしても、やけに急いで飛び出していったけど、どうしたのさ」

「今日塩が安くなる、って話を聞いてたんですよ。なかったらどうしようかと思ってましたけど」

 そういえば、おばちゃんが「安いよ!安いよ!」と言っていたような。いつもの決まり文句か、と思ってたけど本当に安かったのか。

「そういえば、華仙(かせん)さんが来てたんですね。私、久しぶりでびっくりしましたよ」

「華仙さん?」

「あれ? 『影斗さんによろしく、と言っておいて』って言ってたから会ったのかと思ったんですけど……。お茶ももらった、と言ってたんですが……」

 お茶? もしや……。

「髪がピンク色の人?」

「そうですそうです、その人です」

 あの人、華仙さん、って人なのか。そういえばあの時、結局何の話をしていたんだろうか。

 ……まあ、いいか。

 

 

―――――――――

 

 

 桃色の髪に二つのシニョンキャップ、赤い前掛けの胸部分には桃色の花、右腕は包帯で巻かれており、左手首には、鉄の腕輪をつけている女性――(いばら) 華仙(かせん)、もとい茨 木(いばらき) 華扇(かせん)は、険しい顔で歩いていた。

 何かを懸念しているようなことは、明らかだった。だが、何を考えているのかは、本人以外知る由もなかった。

 

 




相変わらず最後はしっくりこない。なんとかしろ、自分。
多分次も日常編が続くと思います。
それでは、また次回。
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