東方漆風録   作:零霧

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第55話 だいたい紅霧のせい

「なんだか寒いな……」

 

 例の声の指示通りに歩いていると、急に肌寒くなってきた。半袖の俺には、ちょっとキツい。

 

 それから少し歩くと、あちこち木々は倒れ、凍っていて、なんとか立っている木にも、所々に氷柱が出来ている、辺り一面氷の世界が広がっていた。

「……真冬?」

 これはなんだ。赤い霧とは別の異変が目の前で起きてないか? また冬か?

 驚いて辺りをしばらく見回していると、前の方で、風の音とともに木が音を立てて倒れた。なんなんだ急に。

 足を滑らせないように、気を付けて歩いてそこへ向かう。歩くたびに地面がパキパキ、と氷が割れる音を出す。

 

 進んだ先にはチルノと大ちゃんがいた。だけど、なぜかチルノが大ちゃんに向けて吹雪を吹かせていた。

「……何やってんだ!?」

 腰の刀を鞘から抜き、一気に駆け寄る。それと同時に、刀に霊力を溜める。

「影符【影昇牙】!」

 チルノが黒い斬撃に当たる。チルノは怯み、攻撃をやめた。

 

「影斗さん……?」

 大ちゃんは、右肩を抑えて倒れていた。あちこち凍っていて、見るからに苦しそうだ。

「大丈夫!? 何があったんだよ!?」

「この赤い霧が出てきてから、妖怪が暴れだして……私たちの住処の近くでも暴れだしたので、困っていたらチルノちゃんがその場に入って、妖怪たちをやっつけてくれたんです……。だけど、その後チルノちゃんの様子がおかしくなって、暴れだしたんです……けほっ、けほっ」

「つまり、チルノがおかしくなったのはこの霧のせいってことか?」

「えいと、ちょうどいい! あたいと勝負だ! 氷符【アイシクルフォール】!」

 いつも通りいきなりの吹雪と弾幕を避けようと思い、体が止まった。俺の横には、大ちゃんがいる。おそらく、今大ちゃんは動けないだろう。このままでは、大ちゃんがダメージを受けてしまう。

 

 そしてもう一つ。チルノの吹雪が、今までで見たことのないほど広範囲だったからだ。

 

「……うわあぁぁぁぁぁ!?」

 俺と大ちゃんは猛吹雪を受けて吹き飛んだ。夏なら気持ちよかったくらいの冷たさだった吹雪が、今は恐ろしいほど冷たい。

 背中をしたたかに木に打ち付けて、俺の体は止まった。息が詰まった。

 全身が凍って、ひどく寒い。つい呻き声が漏れた。

 

 まず大ちゃんを探そうと、首を動かす。俺よりも随分後ろへ飛ばされていた。どうやら、気を失ってしまったらしい。

 

 次にチルノを見る。チルノの周りを中心として、氷の風が吹いている。ラスボスか。

 その顔は、楽しいのか、嬉しいのか、笑顔を浮かべていた。

 ……あいつ、ホントにお構いなしか。

 震える体をなんとか立たせて、刀を構えなおす。

「目を覚ましやがれ! このバカ!」

 

 

 そう勢い込んで言ってみたものの、チルノの強さは半端じゃない。

 あれからまともな攻撃はくらってないものの、完全には避けられずあちこち凍っている。

 

「くっそー、速いなー!」

 

 チルノが猛吹雪を俺目がけて発射する。木を蹴って別の木へ加速して、跳ぶ。つい先程までいた木が倒れる。隙を見て切り込む。

 

 だがチルノの纏う氷の風のせいで思うように近付けない。近付こうとすると、その風で体勢を崩してしまう。

 

 これじゃ、逃げることしか出来ない。こういう時、弾幕がまともに撃てればどんなに楽か。

 

「いい加減にしろー! 凍符【パーフェクトフリーズ】!」

 チルノがスペルカードを宣言した。

 同時に、色とりどりの弾幕がばら撒かれる。

 左に跳ぼうとした瞬間、その弾幕が凍りついた。疑問と驚きでつい体が止まる。

 だから俺はアホなのだ。そのせいで、次にチルノが撃った弾幕に気付くのが遅れた。

 

「うおっと!?」

 足へ向けて直線的に撃たれた弾幕を軽く跳んで危なげに躱す。しかし、体勢が崩れる。

 同時に氷の弾幕が動き出した。

「おふぅ」

 目の前で止まっていた弾幕が顔に当たった。冷てぇ!? 痛ぇ!?

 氷が水になって、顔を濡らした。つい手で顔を抑える。

 ずっとそこで棒立ちしていると追撃をされそうな気がしたので、周りがどうなっているか分からないが、跳びまわる。刀を片手で持ってるから重い。

 水を拭う。視界がすっきりした。

 

 改めて周りを見る。

 氷の弾幕はすでに撃ち終わったようで、周りの木や、葉や、地面の草が凍っていて、所々濡れている。

 

 そしてチルノを見る。

 さすがに疲れたのか、肩を上下に揺らし、荒い息をしている。

 よく見たら、何故かチルノの周りを取り巻いていた氷の風が消えている。

 スペルカードを使ったからか? それとも別に何かあるのか?

 何故ああなったのかは分からない。一つだけ分かることは、今がチャンスだということだ。

 そう思って、刀に霊力を込める。

 白い刃が、黒に染まり始める。

 

 いつ、またあの厄介な風が出てくるか分からないから、あまりモタモタしてられない。

 

 チルノが攻撃を再開した。

 木から木へ、右へ左へ、前に後ろに、跳ぶ。

 着地した木が揺れる。葉が落ちる。木が倒される。

 霊力を程よく溜めたところで、今までより足に力を込める。

 一気に加速して、チルノの反対側に跳ぶ。

 

 足に、なかなかの衝撃を受け、地面に着地する。

「影符……」

 立ち上がりつつ、刀に力を込める。

 チルノは、俺を見失ったのか、きょろきょろ辺りを見回している。

「影……っ!?」

 ――――。

 刀を振り抜こうとした瞬間に、また頭痛がした。思わず、片手で頭を抑える。

 チルノが、俺が後ろにいることに気付いた。

「っ……【影昇牙】!」

 

 黒い斬撃が、チルノに向かって飛んでいく。

 いつもよりなんか違う気がするな、と俺は黒い斬撃を見て思った。

 チルノは、驚いてか、目を見開いていた。

 

 黒い斬撃は、当たらなかった。

 チルノが、急に魂が抜けたかのように、地面に落ちたからだ。

 そのまま斬撃は、一本の木を倒して、消えた。

 

「…………チルノ!?」

 斬撃の結果を見た後、我に返り、目の前にいるチルノに駆け寄る。

「うぅ……」

 チルノは、大量の汗をかいている。息も荒い。

 辺りを見渡す。木は、ほとんど倒れていた。もう森とは呼べないな。まあ、あんなに派手にぶっ放してれば、こうなるか。

 というか、どうしてチルノは気を失ったんだ?

 

 少し考えて、俺は一つの答えに思い当たった。

 これ、単純に妖力切れじゃ……?

 俺も何度か、霊力切れでぶっ倒れたことがあるから分かる。分かりたくないけど。

 

「あー、疲れたー……」

 その場に寝転がる。いつもなら、木々でよく見えないが、今は、真っ赤な空がよく見える。

 

「ちょ、ちょっと! あの人、氷の妖精倒しちゃったじゃん!」

「これじゃあ作戦失敗よ、サニー」

「いや、こんなつもりじゃ……!」

 三つの声が聞こえた。その中の一つは、俺にチルノを倒せ、と頼んだ声と一緒だ。

 

「えー……私のお願いを聞いてくれてありがとう! おかげで助かったわ!」

 その声が、お礼を述べた。

「……おう……まあ、なんとかなったよ……」

 そこまで言って、俺は自分のことで精いっぱいで忘れていたことを思い出す。

「……大ちゃん!?」

 ガバッと、勢いよく体を起こして、首を動かす。

「心配しないで。大ちゃんなら、ここにいるわ」

 ひょこっ、と草陰から大ちゃんが現れた。まだ目は覚ましてないようだ。

「あなたが闘っている間に、私たちが運んでおいたのよ!」

 そうだったのか。全然気が付かなかった。

「そうなのか、ありがとう」

 何はともあれ、お礼を言っておく。ケガもあらかた治っているようだし、心配はないだろう。

 

「……?」

 そこまで言って、自分もあまりケガをしていないことに気が付いた。全身あんなに凍っていたのに。チルノを倒したら治るのかな? だから大ちゃんもケガが治っているんだろう。何これ不思議。

 

「それじゃ、約束通り、この森の出口まで案内するよ」

「あぁ、頼んます」

 そう言って立ち上がる。

「よし、それじゃあ――」

「待って、どこにいるのか分からないんだけど」

 あの時と同じで、声が聞こえても、その声の主の姿は見えない。

「大丈夫、すぐに分かるわ」

 幼い声がそう言うと、周りの景色が変わった、気がした。木の密度が減ったような、道が増えたような……なんだか気持ち悪いが、変わった気がする。

「これで、すぐに出口へ辿り着けるはずよ。じゃあね!」

 その声がそう言うと、ガサガサ、と草をかき分けてどこかに行った。大ちゃんとチルノは置いて。

 

 ちら、とチルノを見る。このまま置いていってもいいものか……。

「……さいきょー……」

「…………」

 お前は夢の中でも最強なのか。もう汗も出てないし、おそらく大丈夫だろう。うん。

 妖力切れで成り行きで勝ってしまって、複雑な気分ではあるが、勝ちは勝ちだ。今は喜ばせてもらおう。

 刀を、腰の鞘に納める。

 俺は、森の出口を探すことにした。

 

 

 

 

 魔法の森をようやく出ることが出来た。

 

 さて、どうしたものか。飛びながら、考える。

 チルノは、この赤い霧が出てきてからおかしくなった、と聞いた。ついでに言うと他の妖怪たちも。おそらくだが、ルーミアもそうだったんだろう。

 つまり、だいたいこの霧のせいだな。

 そして、さっきから見えている、あからさまに怪しい、大きな建物。

 今俺は、それを目指している。

 

 

「うわぁ……」

 途中で地面に降りて、ここまで歩いてきて待っていたものは、館だった。

 まず思ったのは、紅い。目が痛くなりそうなほどの、鮮やかな紅だ。

 そんな館の仰々しい門のそばに、一人の女性がいる。

 

 緑色のチャイナドレスを着ている。

 髪の色は館と同じような赤。腰まで伸びており、側頭部は編んで、黒いリボンを付けて垂らしている。

 その頭の上には、これまた緑色の帽子を被っている。その帽子には星形の飾りが付いており、その中には『龍』と書かれている。

 

 そんな女性が、門の横の壁にもたれかかり、それはもう気持ちよさそうに、鼻提灯まで膨らませて、ぐっすりと、眠っている。

 黙って通らせてもらっていいかな? あんなに気持ちよく寝ているのを起こすのも悪い気がするし。

 そう思って、門を飛び越えようと近付く。

 その俺の視界に、何かが急に入ってきた。

「―――せいっ!!」

「ぶぷっ」

 顔に何かがめり込んだ。たまらずそのままぶっ飛ばされる。ゴロゴロ転がって、終いには倒れる。

 顔面に予想外の衝撃を受け、涙が出た。

 涙を拭って、顔を上げる。

「やれやれ、危ないところでした。この門番、(ほん) 美鈴(めいりん)、ネズミの一匹たりとも侵入も許しません」

 そこには、手のひらをパンパン、と払う、先程まで眠りこけていたはずの女性が、ドヤ顔で立っていた。

 その女性が、俺が顔を上げているのに気付いた。

「……あれ? 気絶させるつもりで殴ったんですけど……当たりが悪かったですかね?」

 驚いたような顔で、その女性は言った。

 どうやら、さっき俺は、殴られたらしい。しかも気絶させられるくらいの威力で。

「いてて……いや、当たりどころはバッチリだったと思うよ」

 立ち上がりながら彼女に言う。立ち上がりざまに、少しふらついた。

「あなた、この『紅魔館』に、何の用ですか?」

「少し、野暮用があって……」

 この館は、『紅魔館』というらしい。

「申し訳ないですが、今この館に入らせる訳にはいきません」

「そうは言われても、入らなきゃいけない理由があるんだよ」

 ――――。

 また、ズキッ、と頭痛がした。この霧が出てから、時々する。なんなんだ一体。

「なら、仕方ないですね。――行きますよっ!」

「待ちなさい」

 こっちに走ってきた門番と、刀を抜いた俺との間に、上から誰かが割り込んだ。

 紅白の独特な服。着地と同時に黒髪が揺れる。

 それは、博麗の巫女、霊夢だった。

「……あなたは?」

「博麗の巫女よ。このはた迷惑な異変を解決しに来たのよ」

 訝しげに霊夢を見る門番に、淡々と要件を述べる霊夢。

「なるほど。ですが、ここを通すわけには――」

「霊夢ー! 先行ってるぜー!!」

 すでに門の中どころか、扉まで開けている魔理沙が、手を振りながら大声で言った。

「えっ、ちょ、ちょっと!?」

 門番の女性がうろたえる。

「影斗、なんであんたもここにいるのか、なんて質問は、この際置いとくわ」

 

 霊夢は、一息置いて、続ける。

 

「私は、あのバカ魔理沙に先を越されちゃ困るから、先に行くわね」

「え、ここは?」

「あんたがやるのよ。そもそもここには、門番らしきやつにご挨拶しに来ただけだし」

 あとは任せたわよ、と言い残し、霊夢は飛んだ。

「あなたまで行かせるわけにはいきません!」

 門番の女性が弾幕を撃つ。弾幕は、空しくも霊夢にスイスイと避けられる。

 

「お邪魔するわね?」

「」

 

 自慢げな笑顔を残していった霊夢。

 

 二人目のネズミの侵入を許してしまった門番。

 

 慌てて門を開けて追いかけようとするが、思い出したかのようにこちらを振り返る。

 

「……」

「……」

 特に何を言うでもなく、しばらく見つめあう。

 その後、門番の女性は下を向いて、プルプル震えていた。

「……あなただけは、絶対に入れません……!」

 しばらくの後、門番が構えをとった。

 俺を見るその目は、涙目だった。

「個人的には、闘う空気じゃないし、素直に入れてもらいたいんだけど……」

「絶対ダメですぅ!」

 

 若干潤んだ声でそういうと同時に、門番が地面を蹴った。

 

 霊夢たちが来たということは、異変の元凶はここで間違いないらしい。締まらないが、やるしかないか。

 俺も、刀を構えなおした。

 

 

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