「なんだか寒いな……」
例の声の指示通りに歩いていると、急に肌寒くなってきた。半袖の俺には、ちょっとキツい。
それから少し歩くと、あちこち木々は倒れ、凍っていて、なんとか立っている木にも、所々に氷柱が出来ている、辺り一面氷の世界が広がっていた。
「……真冬?」
これはなんだ。赤い霧とは別の異変が目の前で起きてないか? また冬か?
驚いて辺りをしばらく見回していると、前の方で、風の音とともに木が音を立てて倒れた。なんなんだ急に。
足を滑らせないように、気を付けて歩いてそこへ向かう。歩くたびに地面がパキパキ、と氷が割れる音を出す。
進んだ先にはチルノと大ちゃんがいた。だけど、なぜかチルノが大ちゃんに向けて吹雪を吹かせていた。
「……何やってんだ!?」
腰の刀を鞘から抜き、一気に駆け寄る。それと同時に、刀に霊力を溜める。
「影符【影昇牙】!」
チルノが黒い斬撃に当たる。チルノは怯み、攻撃をやめた。
「影斗さん……?」
大ちゃんは、右肩を抑えて倒れていた。あちこち凍っていて、見るからに苦しそうだ。
「大丈夫!? 何があったんだよ!?」
「この赤い霧が出てきてから、妖怪が暴れだして……私たちの住処の近くでも暴れだしたので、困っていたらチルノちゃんがその場に入って、妖怪たちをやっつけてくれたんです……。だけど、その後チルノちゃんの様子がおかしくなって、暴れだしたんです……けほっ、けほっ」
「つまり、チルノがおかしくなったのはこの霧のせいってことか?」
「えいと、ちょうどいい! あたいと勝負だ! 氷符【アイシクルフォール】!」
いつも通りいきなりの吹雪と弾幕を避けようと思い、体が止まった。俺の横には、大ちゃんがいる。おそらく、今大ちゃんは動けないだろう。このままでは、大ちゃんがダメージを受けてしまう。
そしてもう一つ。チルノの吹雪が、今までで見たことのないほど広範囲だったからだ。
「……うわあぁぁぁぁぁ!?」
俺と大ちゃんは猛吹雪を受けて吹き飛んだ。夏なら気持ちよかったくらいの冷たさだった吹雪が、今は恐ろしいほど冷たい。
背中をしたたかに木に打ち付けて、俺の体は止まった。息が詰まった。
全身が凍って、ひどく寒い。つい呻き声が漏れた。
まず大ちゃんを探そうと、首を動かす。俺よりも随分後ろへ飛ばされていた。どうやら、気を失ってしまったらしい。
次にチルノを見る。チルノの周りを中心として、氷の風が吹いている。ラスボスか。
その顔は、楽しいのか、嬉しいのか、笑顔を浮かべていた。
……あいつ、ホントにお構いなしか。
震える体をなんとか立たせて、刀を構えなおす。
「目を覚ましやがれ! このバカ!」
そう勢い込んで言ってみたものの、チルノの強さは半端じゃない。
あれからまともな攻撃はくらってないものの、完全には避けられずあちこち凍っている。
「くっそー、速いなー!」
チルノが猛吹雪を俺目がけて発射する。木を蹴って別の木へ加速して、跳ぶ。つい先程までいた木が倒れる。隙を見て切り込む。
だがチルノの纏う氷の風のせいで思うように近付けない。近付こうとすると、その風で体勢を崩してしまう。
これじゃ、逃げることしか出来ない。こういう時、弾幕がまともに撃てればどんなに楽か。
「いい加減にしろー! 凍符【パーフェクトフリーズ】!」
チルノがスペルカードを宣言した。
同時に、色とりどりの弾幕がばら撒かれる。
左に跳ぼうとした瞬間、その弾幕が凍りついた。疑問と驚きでつい体が止まる。
だから俺はアホなのだ。そのせいで、次にチルノが撃った弾幕に気付くのが遅れた。
「うおっと!?」
足へ向けて直線的に撃たれた弾幕を軽く跳んで危なげに躱す。しかし、体勢が崩れる。
同時に氷の弾幕が動き出した。
「おふぅ」
目の前で止まっていた弾幕が顔に当たった。冷てぇ!? 痛ぇ!?
氷が水になって、顔を濡らした。つい手で顔を抑える。
ずっとそこで棒立ちしていると追撃をされそうな気がしたので、周りがどうなっているか分からないが、跳びまわる。刀を片手で持ってるから重い。
水を拭う。視界がすっきりした。
改めて周りを見る。
氷の弾幕はすでに撃ち終わったようで、周りの木や、葉や、地面の草が凍っていて、所々濡れている。
そしてチルノを見る。
さすがに疲れたのか、肩を上下に揺らし、荒い息をしている。
よく見たら、何故かチルノの周りを取り巻いていた氷の風が消えている。
スペルカードを使ったからか? それとも別に何かあるのか?
何故ああなったのかは分からない。一つだけ分かることは、今がチャンスだということだ。
そう思って、刀に霊力を込める。
白い刃が、黒に染まり始める。
いつ、またあの厄介な風が出てくるか分からないから、あまりモタモタしてられない。
チルノが攻撃を再開した。
木から木へ、右へ左へ、前に後ろに、跳ぶ。
着地した木が揺れる。葉が落ちる。木が倒される。
霊力を程よく溜めたところで、今までより足に力を込める。
一気に加速して、チルノの反対側に跳ぶ。
足に、なかなかの衝撃を受け、地面に着地する。
「影符……」
立ち上がりつつ、刀に力を込める。
チルノは、俺を見失ったのか、きょろきょろ辺りを見回している。
「影……っ!?」
――――。
刀を振り抜こうとした瞬間に、また頭痛がした。思わず、片手で頭を抑える。
チルノが、俺が後ろにいることに気付いた。
「っ……【影昇牙】!」
黒い斬撃が、チルノに向かって飛んでいく。
いつもよりなんか違う気がするな、と俺は黒い斬撃を見て思った。
チルノは、驚いてか、目を見開いていた。
黒い斬撃は、当たらなかった。
チルノが、急に魂が抜けたかのように、地面に落ちたからだ。
そのまま斬撃は、一本の木を倒して、消えた。
「…………チルノ!?」
斬撃の結果を見た後、我に返り、目の前にいるチルノに駆け寄る。
「うぅ……」
チルノは、大量の汗をかいている。息も荒い。
辺りを見渡す。木は、ほとんど倒れていた。もう森とは呼べないな。まあ、あんなに派手にぶっ放してれば、こうなるか。
というか、どうしてチルノは気を失ったんだ?
少し考えて、俺は一つの答えに思い当たった。
これ、単純に妖力切れじゃ……?
俺も何度か、霊力切れでぶっ倒れたことがあるから分かる。分かりたくないけど。
「あー、疲れたー……」
その場に寝転がる。いつもなら、木々でよく見えないが、今は、真っ赤な空がよく見える。
「ちょ、ちょっと! あの人、氷の妖精倒しちゃったじゃん!」
「これじゃあ作戦失敗よ、サニー」
「いや、こんなつもりじゃ……!」
三つの声が聞こえた。その中の一つは、俺にチルノを倒せ、と頼んだ声と一緒だ。
「えー……私のお願いを聞いてくれてありがとう! おかげで助かったわ!」
その声が、お礼を述べた。
「……おう……まあ、なんとかなったよ……」
そこまで言って、俺は自分のことで精いっぱいで忘れていたことを思い出す。
「……大ちゃん!?」
ガバッと、勢いよく体を起こして、首を動かす。
「心配しないで。大ちゃんなら、ここにいるわ」
ひょこっ、と草陰から大ちゃんが現れた。まだ目は覚ましてないようだ。
「あなたが闘っている間に、私たちが運んでおいたのよ!」
そうだったのか。全然気が付かなかった。
「そうなのか、ありがとう」
何はともあれ、お礼を言っておく。ケガもあらかた治っているようだし、心配はないだろう。
「……?」
そこまで言って、自分もあまりケガをしていないことに気が付いた。全身あんなに凍っていたのに。チルノを倒したら治るのかな? だから大ちゃんもケガが治っているんだろう。何これ不思議。
「それじゃ、約束通り、この森の出口まで案内するよ」
「あぁ、頼んます」
そう言って立ち上がる。
「よし、それじゃあ――」
「待って、どこにいるのか分からないんだけど」
あの時と同じで、声が聞こえても、その声の主の姿は見えない。
「大丈夫、すぐに分かるわ」
幼い声がそう言うと、周りの景色が変わった、気がした。木の密度が減ったような、道が増えたような……なんだか気持ち悪いが、変わった気がする。
「これで、すぐに出口へ辿り着けるはずよ。じゃあね!」
その声がそう言うと、ガサガサ、と草をかき分けてどこかに行った。大ちゃんとチルノは置いて。
ちら、とチルノを見る。このまま置いていってもいいものか……。
「……さいきょー……」
「…………」
お前は夢の中でも最強なのか。もう汗も出てないし、おそらく大丈夫だろう。うん。
妖力切れで成り行きで勝ってしまって、複雑な気分ではあるが、勝ちは勝ちだ。今は喜ばせてもらおう。
刀を、腰の鞘に納める。
俺は、森の出口を探すことにした。
魔法の森をようやく出ることが出来た。
さて、どうしたものか。飛びながら、考える。
チルノは、この赤い霧が出てきてからおかしくなった、と聞いた。ついでに言うと他の妖怪たちも。おそらくだが、ルーミアもそうだったんだろう。
つまり、だいたいこの霧のせいだな。
そして、さっきから見えている、あからさまに怪しい、大きな建物。
今俺は、それを目指している。
「うわぁ……」
途中で地面に降りて、ここまで歩いてきて待っていたものは、館だった。
まず思ったのは、紅い。目が痛くなりそうなほどの、鮮やかな紅だ。
そんな館の仰々しい門のそばに、一人の女性がいる。
緑色のチャイナドレスを着ている。
髪の色は館と同じような赤。腰まで伸びており、側頭部は編んで、黒いリボンを付けて垂らしている。
その頭の上には、これまた緑色の帽子を被っている。その帽子には星形の飾りが付いており、その中には『龍』と書かれている。
そんな女性が、門の横の壁にもたれかかり、それはもう気持ちよさそうに、鼻提灯まで膨らませて、ぐっすりと、眠っている。
黙って通らせてもらっていいかな? あんなに気持ちよく寝ているのを起こすのも悪い気がするし。
そう思って、門を飛び越えようと近付く。
その俺の視界に、何かが急に入ってきた。
「―――せいっ!!」
「ぶぷっ」
顔に何かがめり込んだ。たまらずそのままぶっ飛ばされる。ゴロゴロ転がって、終いには倒れる。
顔面に予想外の衝撃を受け、涙が出た。
涙を拭って、顔を上げる。
「やれやれ、危ないところでした。この門番、
そこには、手のひらをパンパン、と払う、先程まで眠りこけていたはずの女性が、ドヤ顔で立っていた。
その女性が、俺が顔を上げているのに気付いた。
「……あれ? 気絶させるつもりで殴ったんですけど……当たりが悪かったですかね?」
驚いたような顔で、その女性は言った。
どうやら、さっき俺は、殴られたらしい。しかも気絶させられるくらいの威力で。
「いてて……いや、当たりどころはバッチリだったと思うよ」
立ち上がりながら彼女に言う。立ち上がりざまに、少しふらついた。
「あなた、この『紅魔館』に、何の用ですか?」
「少し、野暮用があって……」
この館は、『紅魔館』というらしい。
「申し訳ないですが、今この館に入らせる訳にはいきません」
「そうは言われても、入らなきゃいけない理由があるんだよ」
――――。
また、ズキッ、と頭痛がした。この霧が出てから、時々する。なんなんだ一体。
「なら、仕方ないですね。――行きますよっ!」
「待ちなさい」
こっちに走ってきた門番と、刀を抜いた俺との間に、上から誰かが割り込んだ。
紅白の独特な服。着地と同時に黒髪が揺れる。
それは、博麗の巫女、霊夢だった。
「……あなたは?」
「博麗の巫女よ。このはた迷惑な異変を解決しに来たのよ」
訝しげに霊夢を見る門番に、淡々と要件を述べる霊夢。
「なるほど。ですが、ここを通すわけには――」
「霊夢ー! 先行ってるぜー!!」
すでに門の中どころか、扉まで開けている魔理沙が、手を振りながら大声で言った。
「えっ、ちょ、ちょっと!?」
門番の女性がうろたえる。
「影斗、なんであんたもここにいるのか、なんて質問は、この際置いとくわ」
霊夢は、一息置いて、続ける。
「私は、あのバカ魔理沙に先を越されちゃ困るから、先に行くわね」
「え、ここは?」
「あんたがやるのよ。そもそもここには、門番らしきやつにご挨拶しに来ただけだし」
あとは任せたわよ、と言い残し、霊夢は飛んだ。
「あなたまで行かせるわけにはいきません!」
門番の女性が弾幕を撃つ。弾幕は、空しくも霊夢にスイスイと避けられる。
「お邪魔するわね?」
「」
自慢げな笑顔を残していった霊夢。
二人目のネズミの侵入を許してしまった門番。
慌てて門を開けて追いかけようとするが、思い出したかのようにこちらを振り返る。
「……」
「……」
特に何を言うでもなく、しばらく見つめあう。
その後、門番の女性は下を向いて、プルプル震えていた。
「……あなただけは、絶対に入れません……!」
しばらくの後、門番が構えをとった。
俺を見るその目は、涙目だった。
「個人的には、闘う空気じゃないし、素直に入れてもらいたいんだけど……」
「絶対ダメですぅ!」
若干潤んだ声でそういうと同時に、門番が地面を蹴った。
霊夢たちが来たということは、異変の元凶はここで間違いないらしい。締まらないが、やるしかないか。
俺も、刀を構えなおした。