東方漆風録   作:零霧

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一年ぶりの投稿です。


第56話 紅魔の門番

 

「せいっ!」

「うっ!?」

 

 気合の入った声と共に、胴体に素早く拳が叩き込まれる。

 

「やっ!」

「ぎっ!!」

 

 流れるようにもう一撃。今度は顔に入った。

 

「どっこい!!」

「ぐああぁぁぁぁっ!!」

 

 フィニッシュに二つの拳が腹部に食い込み、その衝撃で影斗は派手に吹っ飛んだ。

 

「……やる気あるんですか!?」

 

 先程の涙はどこへやら、すっかり調子を戻したらしい門番ーー紅美鈴は、ひとしきりのコンボを決めて、ふぅっ、と呼吸を整えた後に、若干怒気を含んで、そう言った。

 

「これでも大アリなんだよ……!」

 

 影斗は、ゴロゴロと地面を転がり終えた後、むくりと立ち上がる。

 

「なんだか、あまり効いてなさそうですね……」

「いや、すごく効いてるから」

 

 門番が驚いたようにそう言い、構え直す。

 

 そんなことないから。痛い。控えめに言ってすごく痛い。と心の中で影斗は否定した。

 

 でも、それ以上に気になるのは。

 

 ずっと続いている頭痛、そして、嫌に体がゾクゾクする、と言えばいいのか、ぞわぞわする、と言えばいいのか——上手く言い表せない気持ち悪さ。まるで、自分の中から何かがこみ上げてくるような感覚。

 

「全体的に黒い格好、その耐久力……咲夜さんが見かけたら血眼で追いかけている『ヤツ』を彷彿とさせますね」

 

「は?」

 

 おい、そいつはまさかアレのことを言ってるんじゃないだろうな。

 人に向かって、なんだその言い草は。

 普通に傷付くだろうが。

 

「何を考えてるのか知りませんけど、来ないならこっちから行きますよっ!!」

 

「ッ!」

 

 などと考えている暇はなく、影斗は刀を構え、一応の応戦体制をとる。

 

「ふっ!」

 

 気合と共に出されたのは、右の拳。

 胴体に向かってきたそれを、影斗は余裕を持って横に大きくステップして躱す。

 

 門番は拳と同時に踏み込んだ足を軸にして、ジャリ、と地面を鳴らして方向転換し、顔に向かって拳を突き出す。

 影斗は体ごと横に大きく動かして躱す。

 

「は……っ?」

 

 ——躱したはずなのだが。

 影斗は顔に一撃、いや、二撃くらっていた。

 

 門番は手応えを感じ、思わず口角が上がる。

 

 門番——紅美鈴は武術の達人だ。一瞬のうちに拳を二回打ち込むことくらい、居眠りしながらでも出来る。

 

 そして、そのまま追撃を加えようと脚を上げる。

 

 揺れる視界の隅で、それを捉えた影斗は、なりふり構わず夢中で後ろに跳ぶ。

 ブンッ、と風を切る音をたてる脚が鼻先を掠め、影斗は肝を冷やした。

 距離をとっている間に、視界も戻ってきた。

 着地と同時に、追撃に対処するために刀を横に構える。

 

「一つ一つの攻撃に対して、そんな大振りに回避していて大丈夫なんですか?」

「はぁ……はぁ……。……?」

 

 門番からのアドバイスを、影斗は理解出来なかった。

 

「ほら、もう息上がってるじゃないですか」

 

 門番が一気に距離を詰める。

 

「!?」

 

 それに反応出来なかった影斗は、ただ驚くことしか出来ない。

 

 下から上へ、顎に拳が叩き込まれる。

 その勢いで、影斗の体は宙に浮いた。

 

「オォッ!」

 

 門番はそのまま乱打を叩き込む。

 影斗は成す術もなく、それを律儀にくらうことしか出来ない。

 

「——破ッ!」

 

 回転を加え、威力を増した拳で高く影斗を打ち上げる。

 門番自身も高く飛び上がり、影斗に追いつき踵落とし。受け身も取れずに影斗は地面に落ちた。

 

「華符——」

 

 門番がそう呟くと同時に、両手からオーラのような——『気』が溢れ出る。

 そして、大きく仰け反り、両手を顔の左右に動かす。

 

「【破山砲】!!」

 

 門番が腕を突き出すと、その掌の気が、ビームとなって放出された。

 着弾点は、衝撃で砂埃が舞う。

 

「……あ、こりゃやりすぎましたかね……?」

 

 門番は今更になってそう気付いた。

 

 咲夜さんに怒られちゃうなーとほほ……、と思いつつ、地面に降り立つ。

 

 未だ舞っている砂埃から、あの人間は出てこない。

 

「あのー……大丈夫ですかー?」

 

 返事があるかは分からないが、砂埃へと声をかける。

 まさか死んではいないだろうと思って、砂埃が晴れるのを待った。

 

「——!!」

 

 門番は背筋に寒いものを感じ、ばっ、と勢いよく振り返る。

 門番の目の前に、刀刃が迫っていた。

 

「ぐぅっ!?」

 

 素早く体を横にずらしたが、回避が間に合わず、肩を刀に浅く斬り抜かれる。

 痛む肩を押さえつつ、人間の方へと首を動かす。

 

(私が気付かないうちに後ろに回り込まれていた? 一体、いつの間に?)

 

 人間は突きの勢いのまま失速せずに進み、着地と同時に足で地面を擦りながら門番へと向き直した。

 

(なんだか、さっきと様子が違うような……?)

 

 と門番が考える間も与えず、人間は駆ける。

 

「くっ!」

 

 距離を詰める人間に対し、門番は掌から球状の気を連続して放出して迎撃する。

 

 だが、人間はジグザグに動き、時には身を屈め、回避しつつ近付く。

 

(……速い!)

 

 徐々に互いの距離が近付いていく。

 

(だけど、まだ距離は——!?)

 

 ある、と思った直後、一瞬にして目の前まで人間が迫る。

 

「なっ——!?」

 

 驚きも束の間、人間の手が門番の首を掴む。

 力は門番なら振り解ける程度の力だが、速さの勢いが乗っていて抵抗できない。

 一瞬の浮遊感の後、門番は紅魔館の塀に背中から叩きつけられた。

 その衝撃で息が出来なくなる。

 

(——速すぎる!?)

 

 刀を門番に突きたてようと構える人間。その目に迷いはない。

 これから起こることを予想して、ぎゅっ、と強く目を瞑る門番。

 ドッ、と何かを突き刺すような音。

 

 

 

「……?」

 

 いつまでも何も感じないので、門番はおそるおそる目を開けた。

 目の前には、変わらずあの人間が立っていた。だが、その顔は怯えたように歪んでいた。

 

「ごめん……俺……俺は……」

 

 地面から刀を引き抜くと、人間は逃げるように塀を飛び越えていった。

 それを何も言わずに目で追う門番。

 

「……あぁ、負けちゃったんですね、私」

 

 しばらくして、思い出したかのように門番は呟いた。

 

「あーあ、門番失格だなぁ」

 

 その声は、潤んでいた。

 

「久々に、死ぬかと思ったなぁ」

 

 さっきの人間のことを思い返してみた。最初のなよなよしたひ弱な様子から打って変わって、殺気が溢れ出るほど獰猛な眼になった、あの変わり様。

 

(あれ? というか、さっきのあの感じって——)

 

 

——————

 

 

「はぁっ……はぁっ……」

 

 紅魔館へと入る扉の前、影斗は壁に手を置き、肩を上下させていた。

 

(俺はさっき、何をしようとしていたんだ!?)

 

 影斗は、自分で自分のしたことが信じられなかった。

 ちらり、と刀を見る。その刃には、赤い血が付いている。

 それを見た途端、体がゾクゾクと昂ぶる。

 

「う゛っ……!?」

 

 口を抑え、こみ上げてきたものを抑える。

 あの門番を突き刺そうとしていた時、影斗は本気だった。

 

 ダメだ。理性を保て。

 少しでも油断すると、さっきのように、また——。

 

 影斗は怖かった。自分がいつ何をしでかすのか分からない。体の震えが止まらない。

 

「早く、止めなきゃ……」

 

 影斗は、未だに続く頭痛と吐き気と戦いながら、その扉を開けた。

 

 

———————

 

 

 一方その頃。

 

「アリスさん、影斗さーん!」

 

 魔法の森に着いた早苗は、アリスと影斗を探していた。

 

「木がたくさん倒れているのと、冬のように木が凍っているから、この辺だと思ったんですけど……」

 

 影斗さんなら、こういうの巻き込まれそうなんですけどね、と思いながらまだ所々凍っている森を歩く。

 

「うーん……こっち、な気がします」

 

 そう言って、早苗はふと方向を変えて、歩き出した。

 

 

 

「もう、しっつこいわね……!」

 

「ギャッ!」

「グゥッ!」

「ガグッ!」

 

 剣を持った人形を操り、妖怪を斬る。

 斬られた妖怪たちは、それぞれの鳴き声をあげて倒れた。

 アリスは、周りの状況を把握する。

 ざっと見てもまだ30体以上立っている。

 

「ゴオォォォォォッ!!」

「グルルルルルルッ!!」

 

 雄々しく吠えながら、土人形と狼が群れて攻撃してきた。

 アリスは、器用に人形を操り、剣を持った人形で迎え撃ち、その後ろから魔法弾を発射する人形に後方支援させる。

 次々と仲間たちが倒れていく中、一匹の狼がそれを突破して、アリスに食らいつこうと大きく口を開けた。

 それを対処するため、自分の後ろに忍ばせていた人形を操ろうとした時、突然狼の横から突風が吹き、その風の塊にさらされた狼は吹き飛ばされた。

 そのまま木に強くぶつかり、その狼は起き上がらなかった。

 

「大丈夫ですか、アリスさん!」

 

「……早苗!?」

 

 アリスが風が吹いてきた方を見ると、そこには早苗が立っていた。

 妖怪たちも、突然の乱入者に動揺しているのか、動かない。

 

「どうしてここにいるの?」

 

「それはもちろん、アリスさんと影斗さんが心配になったからですよ!」

 

「よく、ここが分かったわね」

 

「直感です!」

 

「あんたたち巫女のその直感、一体なんなのかしらね……」

 

 呆れつつも、アリスは思わぬ味方に内心で感謝していた。

 

「ところで、影斗さんは一緒じゃないんですか?」

 

 早苗は、一番気になっていることをアリスに聞いた。

 

「それが……、影斗とは……はぐれちゃったの」

 

 アリスは気まずそうにその質問に答えた。

 

「そうですか。なら、早く影斗さんを見つけるためにもここを突破しなきゃいけませんね! 頑張りましょう、アリスさん!」

 

「えっ……うん、そうね!」

 

「話は終わったかァ!? とっととオレに喰われろ!」

 

「早苗、気を付けて! こいつら、多分この霧のせいでいつもより妖力が高くなってる!」

 

「そうなんですか? でも、私たちの前では関係ありませんね!」

 

 それを聞いた妖怪たちは、耳がピクッ、と動いた。

 

「人間ごときが一匹増えたくらいで、チョーシ乗ってんじゃねぇぇぇぇ!!」

 

 ただでさえ知能が低く、この霧にあてられて興奮し、より好戦的になった下級妖怪が、我先にと協調性も何もなしに早苗とアリスに突っ込んでいく。

 

「オラァッ! 死ねよォ!」

 

「「邪魔よ!(邪魔です!)」」

 

「「「ぎゃあぁぁぁぁぁ!?」」」

 

 ある者は、竜巻でもみくちゃにされ、またある者は、爆弾人形に黒焦げにされた。

 

 

 

「まあ、ざっとこんなものね」

 

 やっと静かになった、とアリスは思いつつ、伸びをする。

 

「それじゃ早速、影斗を探さないとね」

 

「そうですね。むむ……私の勘が、こっちに行けと囁いてます!」

 

 早苗は、びしっ、とある方向を自信満々に指差した。

 そんなのでいいのか、と思いつつも、アリスは確かに早苗の勘は信用できる、と感じた。

 

「さあ、行きますよアリスさん!」

 

 意気揚々と早苗が歩き出す。

 

「また妖怪に襲われるかもしれないから、少し注意しながらね」

 

 そう言って、アリスは早苗の少し後ろを歩く。

 当の本人たちはまだ知らないが、辿り着く先は紅魔館。

 出てくる妖怪を吹っ飛ばしながら、彼女たちは進んだ。

 




次も一年後に投稿です(おい)
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