星鳳高校と皇女子高校との練習試合は一戦目の先鋒戦は大我と貴音の姉弟対決となり、勝敗は弟の大我の勝利で終わった。
バトルが終わった貴音は観客席へと戻って来る。
「うぅぅぅ……大我の癖に」
貴音は大我に負けた事を根に持っているようだ。
バトルを見ていた他のレギュラーたちもチームのエースの片割れである貴音が大会用のガンプラではなかったにしても負けた事で、麗子がわざわざこのバトルをセッティングした理由を改めて実感させられる。
「良くやったわ」
「ぐっじょぶ」
負けて戻って来たものの麗子の反応は負けて戻って来たとは思えない。
麗子にとってはバトルの勝敗はどうでも良い。
これは公式戦ではなく練習試合でバトルの目的は勝ち負けではなく大我のバトルのデータを取る事だ。
勝負にこそ負けたが貴音はその役目を想定以上の結果を出した。
元々、貴音を大我にぶつけたのは大我の攻撃を真っ向から受け止めるだけの技術があるだけではなく、昔から貴音は大我の事を良く構っていた。
余りにも構い過ぎて当の大我からは鬱陶しく思われる程にだ。
その上、大我に対してやたらと対抗意識を燃やす事もあり、大我も大我で張り合う事が多かった。
だからこそ、貴音を大我にぶつける事で大我がいつも以上に意地になり易い状況を作った。
麗子の目論見通り、大我はこちらの思惑に気が付きながらも意地を張って貴音が根負けするまで攻撃を続けた。
更には貴音にやられた事をやり返す等、大我の戦闘データは当初の目標以上の物を得られた。
「ちーちゃん! お姉ちゃん! カスミン先輩! 私の仇を取って残りのバトルでアイツ等をボッコボッコにして頂戴!」
「と言っていますが、先生。どうします?」
目的は十分に果たしたものの負けた事で貴音はあからさまに機嫌が悪い。
千鶴は貴音の言う通りにしても良いものか指示を仰ぐ。
「そうね。今回の目的はすでに達したわ。とはいえこのまま向こうに勝ちこされて調子づかせると言うのも面白くはないわね……良いわ。こちらの情報を多少渡したところで向こうには活用する事は出来ないでしょうから、潰して来なさい」
大我の戦闘データを収集した事で皇女子の目的は達成している。
次鋒戦で手を抜いてわざと負けたところで問題はない。
しかし、勝ち目のなかった皇女子高校に練習試合とはいえ勝ったともなれば星鳳高校は自信を付けて勢いに乗るだろう。
その勢いと維持したまま地区予選に入り、自分達と当たる事になれば厄介な事になり兼ねない。
そうなるくらいならここで多少自分達の手の内を明かしたとしても、確実に勝利して星鳳高校の勢いを止めておいた方が良いと判断した。
「了解です」
「分かりました」
皇女子高校とての次の方針が決まり、次鋒戦に出る二人はガンプラのある格納庫に移動する。
貴音と同様にバトルの終わった大我も観客席に戻る。
勝って帰って来た大我は勝つのが当然かのように相変わらずだった。
「藤城!」
「うるさいな」
バトルを見ていた龍牙は大我の戦い方が通用しない事で勝てないかも知れないと思っていたところからの逆転勝利でテンションが上がっているようだ。
「次はお前と沖田だろ。ウザいからさっさと行って来いよ」
「おう! 部長と勝って来てやるからな!」
「そうだね。僕達も行こうか」
気合十分の龍牙を落ち着かせながら史郎と龍牙は格納庫に向かう。
「藤城君はどう思う?」
「無理だろ」
二人が居なくなったところで、静流が切りだす。
それを大我は考える間もなく返す。
「個々の能力で劣る上にアリアンメイデンは連携が得意なチームだ。アイツらにまともな連携なんて取れないのに勝てる訳が無い」
「そんな……大丈夫ですよね。黒羽先輩?」
明日香は不安そうに静流を見るが、静流は何も答えない。
静流も大我程はっきりとは言いたくはないが、次鋒戦は正直厳しいとは思っている。
幾ら龍牙の気合が十分でも個人の実力はそう簡単に気合では覆す事は難しい。
今回はタッグ戦である為、連携次第では個人の実力差を覆す事は出来るが、向こうは連携に長けたチームだ。
龍牙も史郎もこれまでまともに連携の練習をしていない為、連携でどうにか出来る事も期待できない。
「まぁ、望みがあるとすれば今日のバトルを捨てている事くらいか」
大我は向こうの狙いが自分だと言う事は知っている。
先ほどのバトルで向こうの目的は果たしているのであれば次のバトルは適当に戦って負けて練習試合を終わらせる可能性もあり得る。
それならば二人の個人の技術や連携の練度に関わらず勝てるだろう。
そして、バトルが開始される。
「如月さん。前衛は私がやるから援護をお願い」
「了解。副部長」
皇女子の次鋒は千鶴と副部長の内山香澄だ。
千鶴のガンプラはガンダムグシオンリベイクフルシティで香澄のガンプラはレギンレイズ(ジュリエッタ機)だ。
千鶴は入学して間もない為、香澄と本格的に組むの初めてだが、香澄は不安には思っていない。
クレインとして中高生部門のランキングで3位と言う目に見えた実力者である事を示していると言うのもあるが、アリアンメイデンにとっては入学してすぐにレギュラー入りするのは今年で3度目の事だと言うのもある。
香澄が入学してすぐに名門であるガンプラ部に入部した。
入ってすぐに同級生である珠樹が即レギュラー入りと果たした。
当時は珠樹は監督の娘である事から先輩からに反発も多かったが、元々のマイペースで余り気にする事も無く、一月もすれば実力でエースの座を勝ち取った。
翌年には珠樹の妹である貴音が入って来た。
去年とは違い即レギュラー入りした貴音に対して上級生は珠樹の前例もあり、珠樹の妹として不満よりも期待が大きかった。
その期待を裏切る事無く、貴音は珠樹とは違うタイプのエースとして認められた。
そんな事もあり、千鶴がレギュラーに入る事に不満を持つ生徒はいない。
「副部長。来ます」
「分かったわ」
千鶴がレギュラーである事に不満はないが、まだリアルとGBNでの千鶴とクレインの差に慣れない。
リアルでの千鶴は後輩としての可愛げがあるが、GBNでのクレインはリアルの時とは違い凜としており、自分の方が後輩であると言う立場は変わらないが、普段との言動との違いに違和感を捨てきれない。
尤も、GBN内においてアバターを使うシステム上、現実世界とは違うキャラになり切ってプレイするダイバーは少なくはない。
モニターには先陣を切るバーニングデスティニーと少し後ろにはガンダムAGE-3 フォートレスが映されている。
バトルフィールドは荒野だが、近くには廃墟もある。
香澄は廃墟へと入り、バーニングデスティニーとAGE-3フォートレスを迎え撃つ。
「見つけた!」
龍牙達も廃墟に入るレギンレイズを補足すると加速して追いかける。
レギンレイズの後ろを取り仕掛けようとする。
「捉えた」
加速し、殴りかかろうとした瞬間に真横から銃弾を撃ち込まれる。
「何!」
威力はさほどではないが体勢を崩している間にレギンレイズは反転してツインパイルで殴りかかって来る。
それをバーニングデスティニーはビームシールドで受け止めると、もう片方の腕で殴りレギンレイズはツインパイルで防いで少し後ろに飛び退く。
「この程度でやられる程ではないわね」
レギンレイズはツインパイルを構えて接近する。
龍牙は狙撃された事で、注意が目の前のレギンレイズに集中出来てはいない。
そのせいでレギンレイズのツインパイルの連続攻撃を防ぐので精一杯だ。
「神君!」
史郎はガンプラをホバー移動させながら、援護しようと試みる。
だが、レギンレイズまでの射線上にはバーニングデスティニーがいる為、シグマシスキャノンを撃ち込む事が出来ない。
攻撃が出来ない為、建物を迂回しながら移動するが、移動して援護しようとするとそこにはレギンレイズとの間にはバーニングデスティニーがいる為援護射撃が行えない。
「副部長。次は3時方向から回り込んできます」
「了解」
史郎が援護を行えないのは偶然ではなかった。
離れたところから千鶴のフルシティが戦場の様子を把握して、逐一香澄に報告し、香澄が戦いながらバーニングデスティニーをAGE-3フォートレスの射線に入るように誘導しながら位置取りをしているからだ。
それに関しては情報を伝えている千鶴も関心していた。
アリアンメイデンは藤城姉妹が目立っているが、副部長である香澄も国内ランキングでは50位を切るだけの実力は持っている。
「くそ!」
「神君。何とか援護するから持ちこたえて!」
レギンレイズと攻防を繰り広げられるバーニングデスティニーを何とか援護しようと移動するAGE-3フォートレスだが、突如ビルが崩れて道を塞ぐ。
それをシグマシスキャノンで破壊して先に進むがやはり、援護しようにもバーニングデスティニーの背が見える。
先ほどのビルの倒壊は香澄の位置取りが間に合わないと判断した千鶴がビルをロングライフルで狙撃して時間を稼ぐ為でそのお陰で位置取りは上手く言っている。
「このままじゃ……神君! 少し強引だけど避けて!」
AGE-3フォートレスは4門のシグマシスキャノンを同時に放つ。
バーニングデスティニーは飛び上がり砲撃を回避して、レギンレイズも飛び上がり回避する。
「流石にこれ以上は時間を稼がせてはくれない訳ね」
味方を巻き込みかねない攻撃だが、香澄は動揺した様子はない。
相手が余程間抜けでもない限りはいつまでもこちらの手の平で踊り続けてはくれず、いつかは強硬策に出て来る事は分かっていた。
空中に逃れたレギンレイズは落ちる前にスラスターを全開にしてバーニングデスティニーに突っ込む。
「来い!」
バーニングデスティニーは拳を構えて迎え撃とうとする。
だが、レギンレイズの後方から放たれた銃弾はレギンレイズの頭部スレスレを通りぬけてバーニングデスティニーに直撃した。
「うぁ!」
「神君!」
レギンレイズは狙撃されたバーニングデスティニーを踏み台にすると後ろのAGE-3フォートレスに向かう。
「部長!」
シグマシスキャノンで応戦するが、レギンレイズは懐に入るとツインパイルの連続攻撃を繰り出す。
何とかシグマシスキャノンの砲身で防ぐが、接近戦ではAGE-3フォートレスの火力は活かせない。
その間にバーニングデスティニーが援護に入り、レギンレイズはAGE-3フォートレスを蹴り飛ばしてバーニングデスティニーの相手をする。
「この野郎!」
バーニングデスティニーの拳をレギンレイズは確実にいなし、バーニングデスティニーの蹴りを体勢を低くしてかわすとツインパイルの一撃を入れる。
ダメージは少ないが、追撃をいれようとするとAGE-3フォートレスが突進して来た為、攻撃を中止してAGE-3フォートレスにすれ違いざまに一撃入れる。
「たった一機でこれかよ」
「藤城君が勝ったから僕達も舐めていたみたいだね」
先鋒戦で勝って勢いは付いたものの、それは同時に自分達でも勝てるかも知れないと言う慢心も生まれていた。
千鶴の狙撃があるものの実際には2対1でもここまで圧倒される。
これが全国大会準優勝校の実力なのだろう。
「けど、それが分かったって事はまだやれるって事ですよね」
バーニングデスティニーは体勢を整えると拳を構える。
レギンレイズも受けて立つを言わんばかりにツインパイルを構える。
2機は地を蹴り互いにぶつかり合うと思いきや、突如横から千鶴のフルシティが変形させたリアアーマーでバーニングデスティニーに突っ込む。
「何!」
「神君!」
「悪いがこれはタッグ戦だ」
バーニングデスティニーは身を守る事無く、フルシティの巨大なハサミに挟み込まれる。
何とか逃れようとするも両腕は挟み込まれている為、身動きは出来ない。
足をばたつかせようにも上から押し込まれるようにされて足は動かせずに頭部はバルカンを使えないようにフルシティのサブアームで抑え込まれている。
「副部長を相手に頑張ったようだが……ここまでだ」
「ちくしょう!」
目の前のレギンレイズに手一杯で狙撃手にまで気が回らなくなり、その間にフルシティは近くまで接近させていた。
自身の迂闊さに気が付いたところでもう遅い。
史郎のAGE-3フォートレスはレギンレイズが抑えて援護は出来ない。
自信も抵抗する術がない。
後はただフルシティのハサミに胴体から真っ二つに切断されるだけだった。
「後は貴方だけね」
AGE-3フォートレスは後退しながらもシグマシスキャノンを撃って接近させないようにする。
「副部長。援護します」
「お願い」
バーニングデスティニーを仕留めたフルシティはサブアームに持たせていたロングライフルを持つと狙いをAGE-3フォートレスに定める。
AGE-3フォートレスも蛇行しながら狙いを定めさせないようにしているが、この距離なら千鶴には止まっているも同義だ。
フルシティの銃弾がAGE-3フォートレスの脚部に直撃するとホバー機能が止まり、AGE-3フォートレスは尻餅をつくように地に落ちる。
「終わりね」
レギンレイズは飛び上がりAGE-3フォートレスに襲い掛かる。
AGE-3フォートレスは腕のシグマシスキャノンを向けるがフルシティの射撃でシグマシスキャノンは破壊されて反撃が出来ない。
ツインパイルがAGE-3フォートレスの胴体に突き刺さろうと言う瞬間にAGE-3フォートレスはGホッパーとコアファイターの分離してコアファイターは空中に逃れる。
ツインパイルはそのままGホッパーに突き刺さる。
「しぶといわね」
「私がやります」
何とかレギンレイズの一撃を回避したが、千鶴のフルシティの射程内であり、ロングライフルで狙いを付ける。
コアファイターは通常のMSよりも小さくても、千鶴には何の問題もない。
フルシティは何発かロングライフルを放ち、全てがコアファイターに正確に命中してコアファイターはあっけなく撃墜された。
「相変わらず怖いくらい正確な射撃ね」
「恐れ入ります」
バーニングデスティニーとAGE-3フォートレスを撃墜して次鋒戦は皇女子高校の勝利となる。
「すんません! 負けました!」
観客席に戻った龍牙は開口一番頭を下げる。
「相手は皇女子だからね。良くやったと思うよ」
「流石としか良いようはないね」
颯太と史郎がそう言う。
一方の大我はこの結果は当然の事で始めから負ける事は分かっていたが、それ以前に龍牙達が勝とうと負けようとも自分の出番が終わったから興味はない。
「私が仇を取って来るわ」
「最後に出て来るとすれば珠ちゃんだ。珠ちゃんは静流よりも強い。精々気を付けろよ」
「忠告感謝するわ」
バトルの前にはっきりと自分よりも強いと言われた静流だが、自然と嫌な気分にはならなかった。
大我は言動には大きな問題があるが、ガンプラバトルにおいては良くも悪くも遠慮も嘘もない。
だからこそ、自分よりも強いとはっきりと言われて、逆にランキング7位と言う肩書を捨てて弱小校の一人として強豪校のエースに挑む事が出来る。
静流は格納庫へと向かう。
「練習試合とはいえ緊張しますね」
「そうだね。藤城君。君の目から見てどうなると思う?」
「珠ちゃんの勝ちは固い。だけど、これまでの2戦と同じように大会用のガンプラやチーム外で使う珠ちゃんの個人戦用のガンプラを使わなければ静流の実力ならそれなりのバトルにはなるんじゃないか」
大我も部の中で静流の事だけはそれなりの実力者として認識はしているようだ。
練習試合とはいえ勝敗のかかった大将戦が始まる。
大将戦のバトルフィールドはデブリベルト。
可変機である静流のガンプラでは機動力が活かし辛いフィールドではある。
「まずは相手の出方を……」
フィールドに入り静流は敵影を探そうとするが、以外とすぐに見つかった。
「ガンダムバエル。接近戦に特化したタイプ……なら!」
モニターに映されたガンプラはガンダムバエル。
ここまでの戦いのように独自の改造はされていない。
手持ちの武器も持っていないところから、武器は2本のバエルソードとウイングの電磁砲のみで接近戦に特化しているだろう。
静流は足を止めるとGNスナイパーライフルⅡで狙いを定める。
アリオスガンダム・レイヴンの狙撃をバエルはバエルソードを抜き、バエルソードの刃でビームを弾く。
「見つけた」
狙撃の方向から向こうも静流の方向を把握したのかバエルは両手にバエルソードを持ち向かって来る。
アリオスガンダム・レイヴンはGNスナイパーライフルⅡで狙撃しながら迎撃するが、バエルはデブリを盾にするかバエルソードでビームを切り払いながら向かって来る。
「速い!」
バエルはデブリ等まるでないかのように突き進む。
全てのデブリを紙一重のところでかわしているのだ。
アリオスガンダム・レイヴンの迎撃も空しく、バエルは自分の距離まで近づくとバエルソード振るう。
アリオスガンダム・レイヴンはかわすとGNスナイパーライフルⅡを3連バルカンモードに切り替えて迎え撃つ。
「無駄」
バエルはデブリの影で姿を隠しながらいつの間にか後ろに回っており、バエルソードを振るう。
静流はガンプラを高速飛行形態に変形させて回避する。
攻撃をかわされたバエルは電磁砲を撃って追撃する。
バエルの追撃から逃れる為にGNミサイルで弾幕を張り、ミサイルを撃ち尽くすとコンテナをパージする。
GNミサイルをある程度は電磁砲で撃ち落として、バエルソードですれ違い様にGNミサイルを切り裂いていく。
ミサイルコンテナば爆発して目暗ましとなる。
「とにかく、距離を稼いで……」
相手が近接戦闘に特化しているのであれば距離を取っての遠距離攻撃で攻めるのが定石。
静流はバエルから距離を取ろうとするが、いつの間にか先回りをされていた。
「先回りされた!」
バエルはバエルソードを振るいアリオスガンダム・レイヴンはMS形態に変形するとビームサーベルで受け止める。
もう片方のバエルソードがアリオスガンダム・レイヴンの頭部に迫り、ギリギリのところで回避すると再び高速飛行形態になって離脱する。
「流石はアリアンメイデンのエース。弟と同じで厄介ね」
以前に大我と戦った時も自分の打った手がことごとく潰されて負けた事を思い出す。
今もあの時と同じようにジワジワと自分が追い詰められていく感覚がしている。
そう思っているとデブリの影からバエルが飛び出して来る。
「っ! 何で!」
考えるよりも先に静流はMS形態に変形すると急制動をかけると再び変形して進行方向を強引に変えて逃げる。
「どうしてさっきから……」
機動力では自分の方が勝っている。
それでも珠樹のバエルは自分の進行方向に先回りをしている。
そのカラクリを考える間も無くバエルは先回りをする。
「……鬼ごっこは好き」
「冗談じゃないわよ」
何度もバエルの奇襲をかわしている内にアリオスガンダム・レイヴンはデブリの多い方へと追い込まれて行く。
やがて、バエルの奇襲をかわし切れなくなり、GNスナイパーライフルⅡがバエルソードの餌食になり破壊される。
「何で……さっきから先輩の行く先々に先回りしてるんだよ」
観客席でもモニターからバエルが消えたと思うといつの間にか先回りしていて龍牙は困惑している。
「直線的な速度では静流のアリオスの方が上だろう。だが、あの手の可変機は機動力は高いが動きが直線的になりがちだ。特にデブリベルトのようなフィールドじゃ機動力を殺さずに移動するにはコースが限られて来る。珠ちゃんはデブリの位置を把握してアリオスが動いた瞬間にアリオスの移動できるルートを読んでそこまでを最短ルートで先回りしてるんだよ」
「そんな事が可能なの?」
「可能だよ。珠ちゃんならね」
大我はそう言い切る。
珠樹にはそれだけの能力がある事を大我は知っているからだ。
「珠ちゃんは俺達の中で最も早くガンプラバトルを始めている。その中でも俺達よりも母さんの影響が強い」
「藤城の母ちゃんで向こうの監督だよな」
「藤城麗子……もしかして、あの人って皇麗子?」
颯太は大我の母親の事で思い当たる節があるようだ。
「そう。皇麗子。かつて伝説となったチームビルドファイターズの参謀。チームが勝つ為ならGBNの規約や法律、倫理やマナーに反しない限りはあらゆる手段を使って相手を追い詰めチームを勝たせようとしていた鉄血の女。余りにも冷酷無比な戦い方から見方からも恐れられて、チームのエースから畏怖を込められて付けられた異名が冷血眼鏡」
大我の母親はかつてGBNで誰もが知っている伝説のチームの一人だった。
そんな麗子の影響を受けている。
「ちなみにその異名を付けたのが俺の父親だ」
「成程……藤城大悟。道理で君たちが同年代の中ではずば抜けているはずだ。それに君の戦い方は確かに藤城大悟の面影があるよ」
颯太が一人で色々と納得する。
大我を含む藤城家は皆、伝説となっているビルドファイターズのエースと参謀の血を引いている。
単純な血筋よりも物心ついたときからガンプラに触れ、ガンプラバトルに触れ、彼らのバトルを受け継いでいるとなればこれ程の力を持っているのも納得だ。
特に大我はビルドファイターズのエース、藤城大悟の戦い方に良く似ている。
颯太も過去のバトルを映像でしか見た事は無いが、藤城大悟はガンダムバルバトスを使いあらゆる相手をメイスにて粉砕して来た。
大我もまた同じようにバーストメイスで敵を粉砕している。
「話しを戻すと、そんな血も涙もない冷酷な母さんの戦闘スタイルを受け継いだ珠ちゃんは見た目の愛らしさからは想像も出来ない相手の手を潰して追い詰めるえげつない戦い方をする。静流のような器用貧乏なタイプのファイターだと手をどんどんと潰されてやられるのは時間の問題だな」
大我の言うように静流は先回りされる時間が短くなっている。
珠樹が相手の動きを予測し、追い詰めるタイプのファイターである以上は取る手段として珠樹の予測を超える事か、珠樹が予測してもどうしようもない力技に出るかだ。
大我が過去に珠樹と戦った時は後者の力技でギリギリのところまで追い詰めたが一歩及ばず負けている。
しかし、静流のアリオスガンダム・レイヴンは相手に合わせて機動力を活かして近距離、中距離、遠距離のどの距離でも戦えるバランスタイプのガンプラで力技で突破するのは難しい。
珠樹の予測を超えるとしても、珠樹は麗子から過去の静流の戦闘データをある程度は把握して戦っているだろう。
そうなると予測を超える事も難しい。
「このまま手をやられっぱなしじゃいられないわよ! トランザム!」
静流はこれ以上、追い込まれると不味いと判断して勝負に出る。
トランザムならば一時的に機体性能を3倍相当まで引き上げる事が出来る。
それなら強引に攻める事も可能だ。
トランザムを起動してアリオスガンダム・レイヴンはビームサーベルを抜いて一気に加速する。
「来た」
トランザムの起動を確認した珠樹は後退を始める。
「逃がさない! ここで仕留める!」
アリオスガンダム・レイヴンは腕部のGNサブマシンガンを使いながら後退するバエルを追いかける。
先ほどまでとは追う側と追われる側は逆転する。
「鬼さんこちら」
追われている珠樹はデブリで姿を隠して静流をかく乱する。
ある程度はGNサブマシンガンで破壊しながらバエルを追う。
トランザムを使った状態では高速飛行形態に変形した機動力ではデブリベルトでデブリをかわしながら進む事は出来ない為、MS形態で追撃する事になる。
「ちょこまかと!」
トランザムを使ってバエルを追い詰めるが、珠樹は攻めずに逃げに徹している。
やがてバエルを大破して大穴の空いた戦艦の中まで追い詰める事に成功した。
「貰ったわ!」
アリオスガンダム・レイヴンはビームサーベルを構えてバエルに接近する。
すでに退路は無くバエルも逃げずに足を止めた。
「……3……2……1。終了」
追い詰められた珠樹だが、冷静にカウントダウンをしていた。
珠樹のカウントダウンがゼロになるとアリオスガンダム・レイヴンのトランザムは終了する。
「トランザムが!」
珠樹は逃げに徹しながらもアリオスガンダム・レイヴンのトランザムが終わるのを待っていた。
過去の戦闘データからアリオスガンダム・レイヴンのトランザムの最大のトランザムの使用可能時間は事前に予測していた。
そこから今回の戦闘を考慮してトランザムが切れるまでの時間を計算して逃げ続けた。
その上で、トランザムの終了時間が近づいた時にここまで誘い込んだ。
「もう逃げ場はない」
バエルソードの一振りがアリオスガンダム・レイヴンのビームサーベルを持つ右腕を切り落とす。
トランザムを使った事で機体性能は一時的にダウンしている為、退避しようとするが、バエルを追い詰めるようと逃げ場のない場所に追い込んだつもりが、逆に自分の逃げ場をなくす事になっている。
ここまでの一連は全て珠樹の計算通りの事だった。
アリオスガンダム・レイヴンの機動力を先回りで殺しながらジワジワと追い詰め、GNドライヴ搭載機の切り札であるトランザムを使わせる。
トランザムを使わせて形勢を逆転させたかに思わせて自ら逃げ場のないところに逃げ込む。
相手は追い詰めたと思うが、事前に計算されていたトランザムの限界時間によりトランザムが終了するどころか、トランザムのデメリットで機体性能を低下させて逃げ場が無い。
切り札を使って追い込んだと思っていたところに、全ては敵の思惑通りだと知った相手に対して精神的なダメージを与えると共に機体の能力を低下させて逃げ場のないところで確実に狩る。
これこそがかつての伝説のチームビルドファイターズの参謀である藤城麗子からバトルを受けついた藤城珠樹のバトルだ。
「終わり」
バエルソードの一閃をアリオスガンダム・レイヴンは避ける事が出来ずにまともに受けて撃墜されてバトルの勝敗が決まった。
3回のバトルも終わり、練習試合はそのままお開きの流れとなりそれぞれがログアウトして現実世界に戻る。
「今日はウチの生徒達に貴重な体験をさせる事が出来ました。ありがとうございます。機会があればまた誘ってください」
「こちらこそ。次の練習試合はいずれ機会があれば」
双方の顧問が挨拶をかわす。
負けた事を未だに根に持っているのか、貴音は大我を思い切り睨みつけている。
大我も大我で対抗しているのか、練習試合が終わっても一触即発の状態は続いている。
「あの藤城君」
「何?」
そんな中、千鶴が大我に話しかけて来る。
大我は機嫌が悪いのかいつも以上にぶっきらぼうに返す。
「覚えている? あの約束の事だけど……」
「……何の事? 最後に会ったのは10年位前の事だろ。そんな昔の事なんて一々覚えてないね」
大我はそう言う。
大我は千鶴の返事を待つ事無く帰り支度をしている龍牙達の方に歩いて行く。
完全に突き放された形になるが、千鶴は気落ちした様子はない。
千鶴は約束と言っただけで、最後に会った時の事だと即答している。
大我は忘れたと言っているが、その時の約束を覚えていなければ即座に最後に会った時にかわした約束だとは言わないだろう。
「……覚えていてくれたんだ」
「何が?」
千鶴の呟きにいつの間にか近くにいた香澄には聞こえていたようだ。
「なっ何でもないです!」
「約束ってアレの事でしょ?」
千鶴は誤魔化そうとするが、今度は貴音が話しに入って来る。
「藤城さんは知ってるの?」
「まーね」
「何で知ってるんですか! もしかして!」
あの約束は今まで自分と大我だけの二人だけの秘密だと思っていたようだが、貴音が知っているとは思っても見なかった。
「大我は言わないってこんな事は死んでもね。アイツアレで結構シャイなところがあるしね。まぁネタばらしをすると、その時聞いてたんだよね私達」
始めは大我から聞いたと思っていたが、大我の性格上、あの時の約束を自分からは口に出すとは思えないし、聞かれもさっきのように誤魔化すだろう。
真実としては非常に単純な物だ。
その約束をした時は二人だけだと思っていたがこっそりと貴音は聞いていただけの事だ。
「それで何なの?」
「いやぁ副部長。それがですね。いまどきそんな事をやるかってくらい幼い日の甘い甘い……」
「あああ! 貴音先輩!」
千鶴は顔を真っ赤にして貴音を止めようとする。
貴音はそんな千鶴を見てニヤニヤと楽しんでいる。
その様子を見て香澄は余計に約束が気になる。
「世界で一番のファイターになったら嫁にするって」
必死に貴音の口を塞ごうとしていたが、以外な場所から秘密が暴露された。
「それほんと珠ちゃん?」
「ほんと。マジもん。私も諒ちゃんもばっちり聞いてた。今でも一言一句覚えてる」
貴音は私達と言った。
その達と言うのは珠樹と兄の諒真だったようだ。
そして、大我との約束が珠樹の口からあっさりと暴露された。
今から10年程前、大我は父親に付いて海外に行く事になり、次に会えるのがいつになるのか分からないと言う事で、千鶴は大泣きした事があった。
その時、大我は千鶴に自分はいずれ世界で一番のファイターになるからその時は千鶴を嫁にしてやると言った。
同時にだから世界で一番強いファイターの嫁になるなら、すぐに泣かずに強くなれと言われた。
GBNにダイブしている時のクレインとしての千鶴はそんな千鶴の理想とする自分を演じているのだろう。
小さい幼馴染が遠く別れる時に良くありそうな約束ではあるが、千鶴は今までその約束を胸にガンプラバトルの腕を磨き続けて来た。
その甲斐もあり、今では中高生部門ではランキング3位となりクイーンの異名も付いている。
「へぇ」
「そして再びめぐり合う二人……いやぁ青春だねぇ」
「ピンク色」
過去の約束の話しが暴露されて香澄は千鶴に微笑ましい目を見せて、貴音は心底面白そうにしている。
だが、今まで誰にも話した事のない過去の約束が部の先輩に知られ、二人だけの秘密だと思っていた事が貴音や珠樹、諒真がずっと知っていたと知り顔を真っ赤にして固まるしかなかった。