皆様のお時間を少し頂いて、楽しんでもらえればうれしいです
古い時代
世界はまだ分かたれず、霧に覆われ
灰色の岩と大樹と、朽ちぬ古竜ばかりがあった
だが、いつかはじめての火がおこり
火と共に差異がもたらされた
熱と冷たさと、生と死と、そして光と闇と
そして、闇より生まれた幾匹かが
火に惹かれ、王のソウルを見出した
最初の死者、ニト
イザリスの魔女と、混沌の娘たち
太陽の光の王グウィンと、彼の騎士たち
そして、誰も知らぬ小人
それらは王の力を得、古竜に戦いを挑んだ
グウィンの雷が、岩のウロコを貫き
魔女の炎は嵐となり
死の瘴気がニトによって解き放たれた
そして、ウロコのない白竜、シースの裏切りにより、遂に古竜は敗れた
火の時代のはじまりだ
だが、やがて火は消え、暗闇だけが残る
今や、火はまさに消えかけ
人の世には届かず、夜ばかりが続き
人の中に、呪われたダークリングが現れはじめていた……
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
チチチ、とネズミがコソコソと駆ける。ぼんやりとした思考の中で、それを認識したがそれがどうしたというのだろう。
牢に入れられていったいどの程度の時間が経ったのだろうか。一日……ではない、一週間、一か月。もしかしたらもう一年以上の時間経過があったかもしれない。
壁の角に背を預けて膝を抱えてずっと動かずにいても平気なこの|身体≪・・・≫、どうやら本当に自分はあの呪いに罹ってしまったらしい。
一体何時からだろうか。平和だった世界が壊れていく、近所の人の、友人の、名も知らぬ旅人が、見知らぬ印を見つけたのは……。人によって違った場所に現れたこの印は、災厄のサインだった。人を化け物に変える悪魔の印。人はその印をダークサインと呼び恐れた。
最初の頃はただダークサインが体に出るだけだった。だが、時々平和を壊しにくるデーモンが来てからは恐ろしさが理解できるようになった。圧倒的な贅力による押し潰し。巨大な手に捕獲され連れ去らわれた哀れな人が、驚くことにひょっこりと戻ってきたのだ。
当初は戻ってきたその人に皆が駆け寄り無事を喜んだが、ブツブツと何かを呟き続けるその人の声を聴いてからはその不可解な言葉に首を傾げた。
なんで、どうして……。俺は、確かにあの化け物に――。
その言葉の意味は、またしても訪れたデーモンによって明かされた。デーモンの持つ巨大な槌により目の前で一瞬で肉片と化した彼は、丁寧に埋葬されたのにまたしてもひょっこりと現れた。変わり果てた姿で凶刃を携えて。
兵士が何十人もでやっと捕獲して、人々は驚き慄いた。健康そのものだった彼の身体はまるで餓死した人のように痩せ細り肌は異常な紫色に変色し、明るい爽やかな顔の良い青年の面影などそこにはなかった。木に縛り付けて槍で何度も突いても言葉とは言えない音を出し続けた。国の魔術師によってやっと動きを止めた彼の背中には、ダークサインがまるで炎のような淡い光を放っていた。
国の中枢でも、ダークサインが出たものによる凶行が続出した。事態の全貌を知るために他の国に使いを走らせ緊急の会議をしたところ、各地でダークサインが出た者による殺人などが多数確認されていた。各国は、それぞれ東西南北に印が現れた者を収容することで事態の収束を試みた。
最初は罪人を収容する施設と同じように看守などもいたが、次々に狂っていく印持ちに恐れ去っていき、もはや誰もいない罪人だけの施設となった。
というのが幼いころに尊敬している祖父から教えられたこの|不死院≪・・・≫による言い伝えである。荒れ果てて死体の腐った腐敗臭や印により不死の呪いを受け|亡者≪・・・≫と成り果てた者たちの呻き声がそこら中から聞こえるここはまさに地獄だろう。
ときより聞こえるズシン、ズシンという巨大な何かの足跡のようなものが煩い。
だが、何よりも尊敬して止まない祖父と父、優しく気高い母と可愛い妹。大切でずっと変わらないと思っていた日常が自分に現れたダークサインにより崩れ去った後だと、何もかもがどうでもよかった。
自身に向けられるあの眼。騎士隊の隊長と副隊長として自分に剣を向けた祖父と父の恐ろしさと、哀しさが混ざり合ったあの視線。捕らえられた後に泣き崩れた妹と母。
どうしようもない哀しさに、紫に変色し骨と皮だけのような自分の身体をぎゅっと抱きしめて、力なく笑った。
家族への申し訳なさと、何故自分が……という想いを押し殺し、膝を抱えなおし瞼を閉じた