吉良吉影は静かに暮らしている   作:Fabulous

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吉良しの流行れ


吉良吉影の家庭

 突然だけどぼくの家族を紹介したい。

 ぼくはM県S市杜王町に住む小学生だ。家族は両親との三人暮らしで自宅はパパの実家にみんなで住んでいる。

 

 ママは専業主婦でパパは地元のスーパーマーケットカメユーチェーン店の会社員として働いている。昔のパパはいまいちパッとしない男だったらしいけど結婚を機に一念発起して今は会社で結構出世していて偉いらしい。だけど一緒にお風呂に入っている時や一緒に会社と学校に行く時とかは、パパは時々嬉しくなさそうに「早人、出世なんかするもんじゃない。誰が好き好んで取引先の高飛車な奴等にペコペコしなきゃぁならないんだ」って愚痴を溢している。ママは自慢の夫だって喜んでいるけどどうも出世は嬉しいことばかりじゃないらしい。

 

 ママは短大に通っていた時にパパと知り合ってぼくを身籠り結婚した。世間一般で言うできちゃった婚だけどパパと初めて出会った時からママは惹かれていたらしい。

 

 学校の宿題で両親のなれそめを発表する課題が出た時、ママにパパのどこに惚れて結婚を決めたのか聞くと、

 

「あの人の良いところ? うーん……顔やスタイルは良いでしょ? 料理も上手いし、近所付き合いもそつなくこなしちゃうし、仕事も普通の男の3倍は出来るし……いいえ違うわね。私があの人に惹かれたのは上手く口では言えないけど、たぶん一目惚れだったのよ。なんてゆぅか……これが恋なのね! て言う爆発にも似た感情があの人と出逢った時に私の中で生まれたのよ」

 

 パパにも同じ質問をしてみると、

 

「そうだな~~~~正直私は最初しのぶを含めた女性にたいして興味がなかった。それまでの私は結婚と言うのをある種の契約だと捉えていた。だからもし相手の女が何か私に不利益を生んだりその恐れがある場合はさっさと手を切っていた。だがしのぶは違った。彼女は私の哲学がまるで通じない女性だった。そしていつの間にか自覚した。この女を愛しているとね」

 

てな感じで結婚してから10年が過ぎてもママとパパはお互いベタ惚れだ。

 

 ぼくの両親はとても仲が良い。

 

 ママは毎朝行ってきますのキスをパパにせがんだり夕御飯の時間はテレビも見ずにず~っとパパを見つめていて見てるこっちが恥ずかしくなるくらいパパにゾッコンだ。

パパもパパで口や顔にはあまり出さないけど休みの日にはママと手を繋いで岬まで散歩に出掛けたり、誕生日にはママの好きなウェッジウッドのハンティングシーンのティーセットをプレゼントしてママを感激させていた。

 

 

 そんなパパだけど不思議な所もある。

 

 パパは殆ど無趣味だ。学生時代にいろんな分野で活躍した為賞やトロフィーが家には沢山あるけどパパの口からそれらの話題が出ることはほぼない。お酒やタバコにも興味がなく食事はファーストフードも美味しければ構わず食べる。

漫画やアニメもぼくの知る限り無関心で部屋の本棚には健康本くらいしかない。

 

 そんなパパの数少ないと言って良い趣味が毎朝ラジオで流れる杜王町radioを聴くことと爪を切る趣味だ。前者はいいとして爪を切るのが趣味と言うのは可笑しな話だとぼくも思う。けど一度パパの机の引き出しを見てもらえばみんなも分かってくれると思う。

 

 けど一番不思議なのはその人生観だ。

 

 パパは静かな暮らしがしたいといつも言っている。それはぼくも理解できる。だけどパパの言う静かな暮らしはまるで植物のように穏やかで代わり映えのない生活なのだ。

 

会社で偉くなったのもぼくとママを養っていかなければならないから仕方なく仕事を頑張ったんだと言っていつも疲れた眼をしている。

普通は仕事を評価されて出世したり給料が上がったり誉められたりしたら嬉しいと思うけど、パパは給料が上がることだけは喜んでるようだけど後の名誉とか社会的地位が高まることは全然嬉しくなさそうだ。

 

 

 

 ぼくの名前は吉良早人。

 

 パパの名前は────

 

 

 

「早人、もう学校から帰ってきたのかい? そう言うパパも今日は近くの営業先から直帰だったからいつもより早めの帰宅になったんだが」

「うん! パパはお仕事上手くいった?」

 

 家の玄関の前で遭遇したこの人がぼくのパパ、吉良吉影。

 

「あぁ……自分でも忌々しいほどトントン拍子で取引が決まってしまってね。これじゃあまた社長賞や出世の話が舞い込んできてしまうよ」

 

パパは心底うんざりした顔をしながら玄関の鍵を鞄から取り出して鍵口に差し込む。

 

「良かったじゃんパパ」

「いいや、早人……これは良くない事態だ。家族3人仲睦まじく暮らしていくには今の生活レベルで十分であり充分だ。これ以上を望むのは……『過剰』と言うものだ」

 

また始まった。パパは本当に欲がないよ。

 

「相変わらずだなぁ~~。でもママはきっと喜んでくれるよ」

「そうだな……それは確かに、しのぶは喜んでくれるだろう。しのぶは」

「あっ、ぼくもだよパパ!」

「分かった分かった……とにかく今までの生活リズムが崩れないように頑張るよ。早人は将来出世や目立ちたいなんて思っちゃダメだぞぅ? 気苦労で人生の大半を消費するなんて馬鹿げてるからな」

「そうかな~~?」

 

こんな感じでちょっと不思議なパパだけど、ぼくは大好きだ。

 

「あなたぁ! 早人もお帰りなさい。早く帰るって一言言ってくれたらお風呂沸かしてたのに……」

 

玄関で靴を脱いでいるとキッチンの方からぼくたちに駆け寄って来た女の人がぼくのママ。吉良しのぶだ。

 

「いや、伝えていない私が悪かったよ。今日はシャワーにするさ」

「分かったわ。代わりに夕御飯はとっても美味しいの作るわね♪ 早人も夕御飯までに宿題さっさとやっちゃいなさい」

「そうだな、宿題は大事だぞ。『問題』は処理しなくてはならないからな」

 

ママはパパに抱きついて猫みたいに甘えている。いくら家の中でも息子のぼくとしてはちょっと恥ずかしいものがある。

 

「うん、分かったよ。ママ、パパ」

 

でも結局のところ……ぼくはこの家族が大好きだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の名前は『吉良吉影』年齢33歳、既婚者。住所は杜王町勾当台1-128。

 

家族は妻一人子一人の典型的な核家族世帯だ。

 

一昔前の私なら『結婚』や『子育て』などあり得ないと吐き捨てただろうが人生と言うものは分からないものだ。この吉良吉影が一人の女を愛し続け早十数年、気がつけば子供まで出来ている。

 

 先ほど私の帰宅を出迎えてくれた妻と息子、月並みだが最愛の家族だ。

 

妻のしのぶ……少々精神が幼い所があるが自分の感情を素直に表現する気持ちの良い女性だ。上っ面では私に媚びて腹の中で何を考えているのか分からん女よりは遥かに好感が持てる。

 

そして何よりも私を夫として男として愛している。

勿論私を愛するように色々と気を使ったが、私だけを愛し金や名声に固執しない理想的な妻だ。

 

 息子の早人は他の小学生と違って小汚ない言葉を言ったり馬鹿らしい騒ぎを起こして意味不明にケタケタ笑い転げたりしない礼節ある小学生に育ってくれた。学校のボンクラ教師どもは勉強でもスポーツでも一番を取れと早人に教えているようだが私の教育方針は違う。勉強であれスポーツであれ一番を取れる実力は当然つけさせる。だが馬鹿の一つ覚えのように一番に固執する自己満足野郎には決してさせないのが私の教育だ。

 

その教育の成果もあって早人は勉強もスポーツも常にクラスの中で3~5位に入っている。たまに一番になってしまう時があるが妻のしのぶは喜んでいるため中々早人を注意できないのが最近の悩みだ。中学に進級した辺りにでも本格的に教育しようとも思っている為小学校までは大目に見ている。

 

だが早人は小学生にしてはかなり機転の利く賢い子に育った。私の感じている不満を早人は小学生ながらも察して行動している。決して頭でっかちのインテリではない。私に似たのかな? フフ……

 

 シャワーを浴びるため脱衣所で服を脱いでいると一枚の写真が私の顔の前にヒラヒラとまるで意思を持っているかのように近づいてきた。

写真には自宅の居間が写っておりその隅には一人の初老の男が目尻に涙を溜めながら座っている。

私はこの奇妙な現象を知っている。この写真の男の名を知っている。

 

「うう……! 吉影ェ~~ッ」

「なんだい親父?」

 

この写真の中の人は私の父親、吉良吉廣と言う。幽霊だ。

私が21歳の時にガンで死んだがそれ以降は幽霊となって私の周りを漂っている。写真の中に存在しているのは幽霊だからではなく親父固有の能力だ。因みに家族には言っていない。平穏な生活を乱す恐れがあるからだ。親父のことはとっくに死んでいると話している。幽霊として現に存在している親父を死んでいるからもう何処にもいないと説明するのは妙な気分だった。

 

「わしは嬉しいぞ~~ッ お前があんな美人なお嫁さんを貰いあんなに賢くて良い子な息子まで出来るなんて、わしはッ わしはッ 感動しておるんじゃ~~!」

「新婚の時からずっと言ってるな、ソレ」

 

 親父の中で私はさぞや良い息子なのだろうが当初はこの結婚を後悔していた。

 

早人にはそれなりに脚色した出逢いを語っているがはっきり言ってしまえばこの結婚は完全な気の迷いから始まった。たしかにしのぶは好ましい女だった。だがだからと言って結婚など私はしない。けど気がつけば私は婚姻届に署名捺印して役所にしのぶと一緒に提出していた。

 

腕まで組んでだ!

 

これじゃあ受付やその場にいた奴等に痛いカップルだと思われてしまうじゃないかッ

 

……だが事実、新婚当時の私たちはまさに痛いカップルそのものだった。

 

 しのぶは夢見がちな少女的ロマンチストだ。彼女にしてみれば新婚生活はバラ色に満ちた憧れだっただろうが私の望む結婚生活とはもっと清貧で節度あり、なるべく普段と変わらない日常なのだ。合う訳がなかった。

 

今思い出しても鳥肌が立つ……お揃いのダサいTシャツを突然リビングで広げて見せられ「明日から一緒に着ましょ?」なんて言われた日にはメーカーの制作者に殺意を抱いたね。

会社に持っていく弁当も蓋を開ければ特大のハート型にまぶしたふりかけが私の眼の中でギラギラと輝いて消えなくなる。同僚たちのあのなんとも言えない生暖かい視線は今でも忘れない。そのせいで私は近所や会社で大の愛妻家として通っている。評判が良いのは結構なことだが不必要な注目まで集めてしまうのは勘弁願いたいものだ。

 

「おまけにしのぶさんと早人くんの為に()()()()まで止めるなんて見違えたぞ吉影~~!」

「家族の為だからな」

「息子が成長してわしは嬉しいぞ~~! お前にも息子が出来るなんてなぁ~~! 母さんも天国で喜んでいるよ~~ッ」

 

 親父の言う通り私には人に言えない()()()()の趣味がある。

この結婚はその趣味に多大な支障をきたした。新婚生活中はしのぶとどうやって手を切ろうかとずっと考えていたが、人間とは不思議なものだ。

長い長い欲求不満生活で疲弊していた私の精神は自分の趣味で得ていた幸福感を彼女との生活にも見いだしていたのだ。

 

正直驚いた。私の趣味は他の要素で代替は不可能だと思っていたからね。

 

だが兎に角その変化は僥倖だった。平穏に生きる目的と趣味がもたらす結果が相反していることは私だって理解している。出来ることならやらずに済ませたかったが今までは決して欲求を抑えることが出来なかった。

 

「爪は1ヶ月前に切ったのみ……フフ……今日も絶不調だ」

 

 私の爪は趣味をしたい欲求が溜まるに比例して伸びる傾向にある。だからこそ、爪が伸びるのを止められる人間がいないように趣味の欲求を止めることも不可能だと考えていた。

しかし、しのぶと生活していくにつれて爪は独身時代から目に見えて伸びなくなった。早人が生まれてからはさらに通常よりも伸びが遅くなったほどだ。

それを見て私は自分の思い込みを悟った。

全ては気の持ちようなのだと。私には守るべきものがいる。

 

過去の私には自分しかいなかったが今の私には家族がいる。

 

「吉影、お前は本当に幸せ者じゃ~~!」

「おいおい、落ち着けよ親父」

 

自分が今幸福なのかどうか……その判断は難しい。

 

 仕事は虫酸が走るほど上手く行きすぎている。家族を養う為に平社員じゃあ満足な生活は出来ないからある程度は出世しなければと考えた。だがそのある程度と言うのが難しい。出世するためには仕事を成功させなければならない。それも他のライバルたちよりも沢山だ。だがどんどん出世するのは困る。出世に比例して妬み嫉みが増え心労が増し家族に割く時間が相対的に減ってストレスが蓄積するからだ。しかしわざと失敗するわけにもいかない。降格されるのは私のプライドに反するし万が一にもリストラの候補に挙がってしまっては眼も当てられない。

 

趣味を再開したい欲求も依然としてある。恐らくは一生この感情は消えないだろう。欲求が溜まって時々不機嫌になる時もある。

 

そして家族がいる。これが評価を難しくする。

しのぶとは奇跡的な出逢いだった。今思い返せば。

果たして彼女のような女性が他にいるだろうか? いいや、いない。根拠はないが確信を持って言える。私が愛する女性はしのぶただ一人だ。

息子は聡明だ。子供は要領が悪いから好きではないが息子は別なのだと早人が生まれて教えてくれた。私のような趣味も持っていなさそうだしきっと将来はきちんと社会で自立できる立派な男になるはずだ

 

 

悪くない────それが今の私の人生に対する自己評価。

 

 

 家に帰れば愛する妻と息子が待っている。以前のように一人でメシやフロを準備して済ませるあの頃には感じられない幸福感だ。

 

 家族と一緒の食卓でメシを食べたり休日に家族と旅行に行ったりするのがこれほど幸福感を得るものだとは思ってもいなかった嬉しい誤算だった。

 

 趣味を封印する努力は今も続けている。そりゃあ辛いが禁酒や禁煙のようなものだと考え前向きに付き合っている。

 

 人生には犠牲が付き物だ。私の場合は自分の趣味だったが……その対価は十分に受け取っている。

 

幸福だ。重ねて幸福だ。

 

 今の私は父として夫として、これからも家族を幸福にするために生きるのだ。

 

 

「キラークイーン」

 

私はその名を呼ぶと背後に猫のような人型の幽霊が現れる。

 

親父が写真の中に入り込める人とは違う能力を持つように私にも特殊な能力がある。

コイツは私の守護霊のようにこれまであらゆる危機から私や家族を守ってくれた。

 

親父もそうだが生まれた時からいた訳じゃない。

寒い日だった。海外に渡航していた親父が帰ってきた翌日の朝、リビングで『矢』に頭を刺されて倒れていた親父を見つけてしまった。

慌てて矢を引き抜こうと私が矢に触ると、矢は独りでに親父から抜け落ち代わりに私の腕に突き刺さったのだ。

 

突然のことにショックで気絶した私だったが、眼を覚ますと親父は生きており写真の中に入る能力を手に入れ、私はこの『キラークイーン』を得ていた。

 

初めの頃はなんて面倒な物を持ってしまったんだと悲観した。だがそれもまさに気持ちの持ちようだった。

 

私は呪いを受けたのではない、『力』を手に入れたのだと。

 

 

『キラークイーン』は私や親父のような能力を持つ者以外には眼にすることは出来ない。そして人間など簡単に殺すことのできるパワーと能力を持っていることが分かった。

 

『キラークイーン』を自在に操ることができてからは私の悲観はむしろ自信へと変わっていた。『キラークイーン』がいれば暴漢だろうがテロリストだろうが敵ではない。あらゆる脅威から私や家族を守れるのだから。

 

 

 

『家族との平穏な生活』

 

 

 

それが現在私の最も優先すべき事柄だ。

 

 だからこそ、もし仮に私たち家族の平穏を脅かす者が現れたのならば、決して許しはしない。『問題』は処理しなくてはならない。跡形も無く……確実に消し去る。

 

この吉良吉影の名に懸けて……!

 

「明日は別の取引先にいかなくっちゃあ~~な~~っ! 今日はシャワーと夕食を済ませたら早めに寝るか……」

 

 

 

 

 

 吉良吉影がシャワーを浴び、早人が自室で宿題にペンを走らせしのぶがキッチンで腕に縒りを掛けている頃、リビングのテレビではニュースが流れていた。

 

 

「こんばんわ、6時のニュースをお送りします。先ずはこちらからです。半年前に杜王町○○◼️5-6◼️のマンションの一室に住んでいた20代の女性が突如として失踪したことについて、警察は事件性がないと判断して捜査を終了すると発表しました。この発表を受けて失踪女性の家族は警察に対して抗議の会見を────」




砕けぬ意思で完結目指します

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