杜・王・町 レ~ディオ~♪
\モリオウチョウレイディオ~/
「おはようございま~す。今朝の杜王町radioも、お送りするのは『あなたの隣人』カイ原田で~す!」
「あなた~~♪ おはよう~」
「パパ、おはよう」
「おはよう。しのぶ、早人」
今日もいつもと変わらないありふれた朝だ。日課の杜王町radioもいつも通り素晴らしい。こんな何気ない日常の為に会社に行っていると思えば幾分かストレスも和らぐと言った物だ。
「早人、紅茶のおかわりは?」
「うん、一杯もらうよ」
しのぶたちもいたって普通だ。今日も一日しのぶは家にいて早人は学校。そして私は会社だ。
「私も紅茶をお願いできるかな、しのぶ」
「は~い」
しのぶは普段通り彼女お気に入りのティーポットで紅茶を淹れている。彼女は知らないだろうな。今夜君に何が起こるのかを。
「フフフ……」
今日はいつも通りの日常とはいかない。私の部屋の引き出しの奥にはしのぶに今夜プレゼントするために買っておいた舶来の腕時計がしまわれている。今夜は私としのぶにとっていつもよりちょっぴり特別な夜になるだろう。
「パパ、今朝は機嫌がいいね。何かあるの?」
「早人もあと10年ばかり経てば自然と分かるさ」
紅茶を飲み終え一息つけば既に会社に行く時間だ。
「ご馳走さま。さて、鞄を取って会社に行くか……」
鞄が置いてある自室に向かい鞄を取ると、突然背後の机の引き出しが開く音に気づいた。
振り向けば其処には空中に浮かぶ鳥のような嘴を持った黄色い人型の物体が、私の机の引き出しからしのぶへのプレゼント用の腕時計が入った箱を持ち上げていた。
「ヒャッホー! 高そうな腕時計だぜ~~ッ
今朝もいい収穫だぜ~~ギャハハ!」
(な、何だアレは!? 私の『キラークイーン』のような物がしのぶへのプレゼント時計を盗もうとしている!)
「ま、待てッ それは私の腕時計だ!」
「んお!? テメー俺のスタンドが見えるのか! このレッドホットチリペッパー様がよォ~!」
レッドホットチリペッパーと名乗った物体は警戒するように身構えた。
「いや、見えていないか? 腕時計が勝手に宙に浮いているのにビビってるだけか?」
どうやら奴は人間に見えない……つまり私の『キラークイーン』と同じか似たような存在のようだ。だから私に姿を見られたのかどうか確信が持てていない。ならば今はあえてその勘違いを指摘せず流れに身を任せるのが得策か?
「……う、うわ~~ッ! 腕時計が何故浮いているんだーーッ!?」
自分でもわざとらしいのでは思うほどのリアクションをしてみると奴は安心したように不愉快な笑みを浮かべた。
「へへッ なんて腰抜け野郎だ! どうやら見えていないようだなァ! 驚かせやがってッ 見えていたらぶっ殺してたぜ」
(何故私がこんな安い三文芝居みたいな真似をしなきゃならないんだ。それもこれも目の前のふざけた鳥野郎のせいだ!)
「だが残念だなァ~~ハイそうですかって返す訳ねぇだろボケ~~~~!! これはもう俺の物だぜ! アバヨおっさん!」
私を嘲笑った存在は目映く光るとバチバチと電気を放ちながら部屋の隅に設置されているコンセントに吸い込まれていった。驚くべきは腕時計もまるで奴と一体になったかのように電気を帯び同じようにコンセントに消えていったことだ。
「腕時計がコンセントに吸い込まれていくだと!? まっ待て!」
「遅いぜッ ヒャッハー! この音石 明様にかかればチョロいものよーーッ 今日は夕方からぶどうヶ丘の方で路上ライブだからな~~トロトロ盗みもしてられねぇんだよ! よかったら聴きに来てくれよな。ま、おっさんには俺のスタンドの姿も声も見えも聴こえもしねぇがな。ギャ~~ハハハ!」
私がコンセントに駆け寄るまでたった数歩、時間にして2秒ほどだったが既に奴は腕時計と一緒に消えていた。
「なんて早さだッ 『キラークイーン』を出す暇もなかった……ッ」
由々しき事態だ。今日一日は完璧な一日になるはずだった。
よりによって何故今日こんなトラブルに見舞われるのだ。
「あなた、大きな物音がしたけど大丈夫?」
「あ、ああ。大丈夫だよしのぶ。朝食の片付けがあるだろ、こっちはいいから君の仕事をするといい」
しのぶの声にハッとすると私は無意識に親指の爪を噛んでいた。悪い癖だ、最近は出ていなかったのに。
「なんて事だ……ッ 盗まれた……!」
値段はどうでもいい。だがあの腕時計はしのぶの為に時計店に頼み込んでわざわざ特注で海外から輸入した物だ。今日の夜しのぶにプレゼントするために3ヶ月も費やして用意したこの吉良吉影の苦労の結晶なのだ!!
「それを……それを……あんなふざけた鳥野郎に……ッ!」
幸いと言うべきか……しのぶにはプレゼントの事はまだ伝えていない。今回起こったことは不幸な事故としてしのぶには黙っておき、また別の機会に新しいプレゼントを用意する手もある。だが……
「ふざけるなよ……ッ この吉良吉影が何処の誰とも知らないあんなチンピラみたいなカスにコケにされて黙っていられると思うか!」
だが追いかけようにも盗人は電気のような姿になりコンセントの中に消えていった。おそらく奴の能力は体を電気状に変化させ通電物質を介して移動する能力だろう。ここらは住宅地だ、電線はそこらに張り巡らされているだとしたらもう既に近くにはいないだろう。
「厄介だな……『キラークイーン』の射程はせいぜい一・二メートル。仮に射程に収めたところであの速さでは奴に触れられるかどうか。
それにそもそもどうやって奴を見つける?」
杜王町は小さいようで広い。ベッドタウンとして5万人近い住人が住み観光客だけでも年に20~30万人が訪れる都市だ。そこでたった一人の顔も名前も知らない奴を探すなど不可能だ。万事休すかと思った私だったが逃げ去る時奴が口走ったことを思い出す。
「待てよ、名前……そう言えば奴は逃げる時に名乗ったな? オトイシ……そう、オトイシアキラだ。しかもどうやら今日の午後にぶどうヶ丘で路上ライブをするようらしい。そう、確かに言ったぞッ 聴いたぞッ!
マヌケな奴め。油断して自分の情報をバラすだなんてな」
名前が分かれば話は早い。自分は絶対安全と思い油断した状態で喋った情報だ。嘘ではないだろう。
「オトイシアキラ……必ずこの報いを受けてもらうよ」
さて、どうやって仕返しをするのか考えるのも大事だが、とりあえず今は仕事に行かなくてはな。
「やれやれだね。今日は午前に取引先でのプレゼンテーションがあるんだったな。会社勤めも楽じゃない」
私は杜王町から程近い場所にあるとある企業の大きな会場で指し棒片手にカメユーチェーン一押しの商品を説明している。
しているのだがこれは何だ?
今日のプレゼンは専務の話ではいつも通りの通常営業だと聴かされていたが会場の会議室は100人は軽く収容できる大ホールだ。いならぶ取引先の面々もどう見ても役員クラスがチラホラと座っている。しかもわが社の方も同席は私と部下と上司の専務だけの筈が何故か副社長までいる。
これの何処が通常営業なのだ。
とは言え、私も会社員。家族の為に仕方なく会社に忠誠を誓ってやっているからと言っても与えられた仕事はキチンとこなさなくてはならない。
「プロジェクターをご覧ください。此方のグラフはここ10年間のわが社の独自の販売方法の効果を具体的に数値化したものです。Aが従来のデパートの売上、Bがわが社の販売方法を実践した場合です。もちろんデータは信用できる第三者によって導き出された詳細な科学的データで、全国各地の全店舗で成果を上げています」
「彼、なかなかいいプレゼンをするな」
「ありがとうございます副社長。吉良吉影、私の部下で最も優秀と言える男です。先月もY県やF県の上場企業との契約を取り付けた腕利きですので今日のプレゼンもご期待ください」
「……ですから今期、御社が自信を持って提供する新商品は、わが社の洗練された販売網によって顧客のニーズと確実にマッチするものと考えております」
プレゼンが終わり幾つかの質問が上がるが私は急いでいる。取引先の奴等の考えている不安など私にはどうでもいいが早く仕事を終える為に私は一つ一つの質問に適切かつ迅速に答えた。『不安』を考えるのは得意だからな。
「いや~~素晴らしかったよ吉良君! 相手方の重役もかじりついて君の話を聴いてたからこの契約は貰ったも同然だね。上手くいけば10億、いや来期も継続して契約してくれたらそれ以上の成果だよ!」
なんとか午後になるまでにプレゼンが終わり帰り支度をしていた私だったがホクホク顔の専務によって呼び止められた。私としてはとっととぶどうヶ丘に行きたかったがなんとか当たり障りなく受け答える。
「そうですか、それはよかったです専務。全ては専務や課の皆さんのお陰ですよ」
「君の謙遜も相変わらずだね~~。同席してた副社長もいたく君のことを評価していたよ。この調子ならあと二・三年もすれば君に追い抜かされているだろうね。はははっ!」
「ご謙遜を……私など大舞台を任されてはいますがここまで来るのには部下の力は必要不可欠でした。彼らの協力がなければこのプレゼンも出来なかったでしょう。評価をするのでしたなら是非とも部下たちをお願いします」
私が求めているのは社会的成功ではない。あくまでも自分と家族の幸せだ。周囲からチヤホヤされたり億万長者になったところで気苦労に苛まれる人生を送るのは御免だ。
「偉い!」
「ふ、副社長!?」
いきなりカメユーチェーンの副社長が現れた。どうしてだ?
「吉良吉影君と言ったね? 君は実に良くできた管理職だ。自分の評価よりも部下の評価をしてくれなどとは私でもなかなか言えない台詞だよ。控え目に言っても感動した! 君は結婚していると専務から聴いたが実に惜しい、独身だったら私の娘を紹介したよ」
「い、いえ……ですから私の力など部下あってのモノでして……」
「何言ってるんですか吉良部長!」
「部長あっての私たちですよ!」
「そうですよ! 吉良さんがいなかったらこんな大きな企業と取引なんて出来ませんでした」
「き、君たち……」
ちょっと待て、話がおかしな方向に流れている。何故私の部下たちは口々に私を誉めるんだ? 何故副社長と専務はそんな感心した眼で私を見るんだ?
「うん、うん! よいリーダーはよい部下を育てるものだ。我らがカメユーチェーンは安泰だな。社長にも君の事は報告しておくよ。勿論良い意味でね」
「………………ありがとう、ございます」
どうしてだ。どうしてこうなる。
クソ……どうしていつもいつも仕事が上手く行ってしまうんだ? 私が一度でも出世したいと言ったか? 私が何をしたって言うんだ。いっそのこと何か大きなミスでもするか? いいや駄目だ。地方にでも飛ばされたら私の生活はどうなる。この素晴らしい町である杜王町以外での暮らしなど考えられない!
部長になったのだって仕方なくだ。それが気づけば出世コースを爆進してしまっている。今日だって目立たず目立たずプレゼンをしようと思っていたのに……!
それも、これも、全部、あの『オトイシアキラ』のクソッタレのせいだ!
人知れず爪を噛んでいると部下の女子社員たちがやって来た。嫌な予感がする。
「吉良部長! これから皆でプレゼン成功のお祝い会をするんですけど一緒に行きませんか?」
「主役の部長がいないと盛り上がりませんよ?」
「私たち吉良さんともっと仲良くなりたいです♪」
「……」
この手の女たちは私が結婚してからもひっきりなしに現れる。私は浮気をする男じゃない。常に愛する女性は一人だけ、そしてそれはしのぶのことだ。君らじゃぁない。
「……すまない。今日は妻と食事の約束をしていてね。代わりと言ってはなんだがこれで皆で美味しい物を食べるといい」
私は予め用意していた金を祝儀袋で部下たちに手渡しその場を後にした。なんの未練もなかった。
「あーん! 今日も吉良部長を誘えなかった~~」
「やっぱりガード固いよねぇ」
「奥さん羨ましいなぁ」
「やめとけ! やめとけ!」
去って行く吉良の後ろ姿を見ながら口々に姦しい会話をする女性社員たちの間に一人の男が割って入った。
「アイツの人付き合いの悪さは会社一だよ。
『吉良吉影』年齢33歳。既婚者。
仕事は真面目でそつなくこなすが今一つ情熱の感じられない男……と言うのは表向き。本当は超が付く愛妻家で家族の為に残業はしないし飲み会にもほとんど参加しない出来た夫だよ。
付き合いは悪いが人間的には悪い奴じゃない。俺や他の同僚はあっという間にアイツに抜かれちまったが嫌味にはあまり感じないね。フォローが上手いと言うか、出世にガツガツしてないからキチンと周りにも気を配ってる所は流石と言うべきかな」
「本当にそうよね、他の部署の管理職なんか全員部下には厳しいけど上司にはゴマ擦っちゃってさぁ」
「その点、吉良部長は私たちのことよく気にかけてくれるしこの前昇進の話も大切な部下がいるからって別の管理職に譲っちゃったんだってさぁ。他の部署の子たちから吉良部長の部下で羨ましいってよく言われるのよね~~」
「吉良さんって何か勝ち組ってオーラが凄いよねぇ。仕事はバリバリこなして会社の次期役員はほとんど確実だし着てる服はどれも高級ブランドでお洒落だしさぁ。あ~あぁ、奥さんが羨ましいなぁ。独身だったら私絶対アタックしてたのにぃ」
「あはは、私も~~」
「吉良さんて本当に素敵だよね~~」
時刻は午後5時を回った頃、青年がぶどうヶ丘高校に程近い路上でギターを弾いていた。
名を『音石 明』彼の路上ライブに歌はない。だが、只ひたすらギターの弦を弾く演奏は異様な熱気を放っていた!
観ろッ この俺様のテクを!
聴けッ この俺様の魂のビートを!
震えろッ この俺様の才能に!
刻めッ この俺様の生きざまを!
そう言っている。
彼の奏でる音楽はそう言っている!!
「イェーイ、サンキュー!」
フィニッシュを汗が滴りながらもカッコ良くキメた音石だったが、観戦者は一人もおらず辺りには通行人すら通っていなかった。
「チッ……能無し共が! 俺の才能に気づかないなんて耳が腐ってんな。イライラするぜ、今度はこの辺りの家から金目の物を巻き上げてやるッ」
「いや、なかなかパンチの効いた良い曲じゃないか」
「おっ分かってくれるかあんた! ……て、あれ? 今のは誰が言ったんだ?」
音石は首をかしげた。背後から掛けられた声援に振り向いたが其処にはただ身の丈ほどの塀があるばかりで人などいなかったからだ。
今日唯一のファンを探そうとキョロキョロと辺りを見回す音石だったがその次に掛けられた言葉に彼は心臓が飛び上がった。
「だけど弾き手が盗人だと分かればどんな音楽も陳腐に聴こえてしまうよ」
「な、なんだと!? レッドホットチリペッパー!」
音石は自らのスタンド『レッド・ホット・チリペッパー』を側に出現させ周囲を警戒した。だが相変わらず周囲に人影はない。
「何処だ! 何処に隠れてやがる!! 人を泥棒扱いしやがってッッ 只じゃおかねぇ!」
「泥棒を泥棒と言って何が悪いんだい? 大泥棒くん」
「泥棒だぁ~~? 言ってくれるぜ! 証拠はあるんだろうなァ! 証拠は!」
「無いな」
「アァ!? ふざけてんのかテメー!!」
「その『スタンド』と君が言っている存在を使って盗みを働いているのだろう? なら証拠は何処にも無い。考えたものだ」
(ば、バレてやがる!? 何故だ? 何故俺様の盗みがバレてるんだッ 待て、スタンドだと? ならコイツも──)
「テメーもスタンド使いか!?」
「ハッキリそうだとは言えないが、確かに私も君と同じような能力を持っているよ。自分で言うのも何だがかなり強いよ、私のえーと……『スタンド』は」
「ク───ッ!」
音石は姿の見えないスタンド使いを警戒し背後の塀を背にして身構える。既に臨戦態勢に入っておりいつでも攻撃ができる状態だがいかんせん敵の居場所が分からない。彼は不安と焦燥に駆られていた。
「何処だァ……何処に隠れてやがる! 卑怯だぜ、出てこい!」
「君は人類の進化に乗り遅れて耳が退化してしまったのかね? それではギタリストは諦めた方がいいんじゃァないか」
「て、テメー! おちょくるのも大概に……ハッ!?」
音石は、姿の見えないスタンド使いの言葉の意味にようやく気づいた。
聴こえる!
自分が背にした塀の向こうから、声が確かに聴こえてくる事を!
(い、いるッ 誰だか分からねぇが俺が背にしている塀の向こう側にこの声の主がいやがる!! ちくしょう!)
音石は自身の迂闊を恥じた。相手の正確な位置も分からない状況で既に相手に背後を取られてしまっては主導権を握られたも同然だからだ。
「……へっへへ、参ったぜ。お、俺の敗けだよ。盗んだもんなら色付けて返すぜ。ナニを返せばいい?」
塀の向こう側にいるであろう男は暫し沈黙した。時間にすれば僅かな間だったが音石は固唾を飲んで相手の反応を待った。
「……返して、くれるのかい?」
その言葉は音石が最も望んだものだった。
(かかったなァ! 俺は既に逆転の作戦を実行中だ。俺のスタンドは真上の電線を伝い迂回してお前の背後に忍び寄ってるんだぜ~~?)
「ああ返すぜ。許してくれ……出来心だったんだ。闘う意思はねぇよ」
「ふーーむ……」
男の考え込む態度に音石は早くも勝利を確信した。彼に話し合う気など無く、邪魔物を排除する意思だけが彼を突き動かしていた。
(ケケケ! もうすぐテメーの背後に回るぜ。そのマヌケヅラ拝ませて貰ってから電線の中に引きずり込んで黒焦げの死体にしてやるッ!)
「君が返してくれると言うなら───」
「馬~~鹿~~め~~! 俺のスタンドはもうお前の背後にいるんだよ────ッ!」
音石はスタンド越しに視界を繋ぎ堪えていた怒りや嘲笑を爆発させながら塀の向こう側にいる男に襲いかかった……
「死ねぇ! レッド・ホッ……」
───────筈だった。
「なッ……ナニーーーー!? 携帯電話だとッ しまった───こいつ、電話越しで俺に話しかけてやがッたのか!?」
スタンド越しに音石が見た光景は、自分がもたれている塀のちょうど裏側にテープで貼り付けられた通話中の携帯電話だった。
「コッチヲミロォ……」
音石が耳元で囁く不気味な言葉にゆっくりと振り返えると、其処には髑髏の顔が付いたラジコンカー程の物体がキュラキュラと無限軌道を動かしながらゆっくりと音石に近づいていた。
音石はそれが直ぐ敵のスタンドだと察した。
「テメーに似合いのチンケなスタンドだぜ! 本体が隠れてるならスタンド越しにぶっ殺す!!」
音石は瞬時にスタンドを呼び戻し髑髏のスタンドと対面した。
「俺のスタンドは電気がエネルギー! そして俺の頭上には電線が張り巡らされている。もう分かるよなァ、クククッ つまりスタンドエネルギーはMaxchargeだぜーーッ」
音石がギターを掻き鳴らすと彼のスタンドもまたそれに呼応するように体から激しく放電し巨大に成っていく。それは、さながらに大出力のテスラコイルの輝きであった。
「油断したな! 充電が貯まれば貯まるほど俺のスタンドは速くッ硬くッそして強くなる! 不意討ちしてスタンドを持ってるからってイキってんじゃねェーー! この三下がッーー!」
音石のスタンドは光速に近い速さで髑髏のスタンドに拳を何発も叩き込みアスファルトの道路が大きく陥没するほど深く沈めた。
「クククッ Max充電の『レッド・ホット・チリペッパー』の全力ラッシュだ……まず死んだな。万が一生きてたとしても再起不能ゥ!」
音石は自分の勝利を疑ってはいなかった。だからこそ、敵のスタンドが消滅したのかどうか確認もせずに警戒の糸を切ってしまった。
だからこそ、意気揚々と帰り支度をする音石はあり得ない筈の音を聴き硬直する。
「コッチヲミロ~~!」
音石は見た。
アスファルトの破片の中から自分を見つめる光る双眼を。
ここに来て音石は、自分が取り返しのつかない油断をしてしまったのではと言う恐れで精神を揺らした。
その揺らぎが、突然高速加速した髑髏のスタンドの動きを見失なわせた!
「あり得ねぇだろッ!? 最大充電した俺のスタンド攻撃が効─────」
大きな爆発だった。
音石明に真正面から突っ込んだ髑髏のスタンドは辛うじて防御に回った『レッド・ホット・チリペッパー』の腕に触れた途端、爆発した。
しかし周囲の民家からは誰も様子を見ようと出てくる住人はいない。この事象を認識できるものはスタンド使いだけだからだ。
「ホギャーーー!? う、腕がァ──────ッ!」
爆発をガードした『レッド・ホット・チリペッパー』の左腕は肘から先が無くなっていた。スタンドのダメージは本体にもフィードバックされる。
音石の左腕もまた『レッド・ホット・チリペッパー』のように爆散して辺りを血で汚していた。
「お……俺の腕をッ 絶対に許さねぇ!!! 電線で充電だッ 『レッド・ホット・チリペッパー!』 んナァ!??」
電線を切断し電気を取り込もうとした音石は眼を疑った。スタンドを飛び上がらせた直後、周囲の電線全てが爆発し電気も何もかも消えてしまった。
「な、何が起こったんだ……? 電線が……爆発しただと!?」
「コッチヲミロ~~!」
「ヒ───ッ!?」
(何なんだこのスタンドは!? フルパワーの『レッド・ホット・チリペッパー』が倒せないスタンドなんざいる訳がねぇ! なのに……なのに……)
「イマノバクハツハニンゲンジャネェ~~!」
「何なんだお前は~~~~!!!」
音石の叫びは立て続け起きた二度三度の爆発によって掻き消えた。両足が惨く爆散した音石は道路に崩れ落ちるしかなかった。
「あ、あんまりだ……惨すぎるぜェェ~~~~!」
最早音石に戦意などなかった。あるのは生物に残された唯一絶対の心理、生存だけだった。
「そうそう、そうやって地べたに這いつくばっていてくれよな。オトイシアキラ君」
うつ伏せに倒れた音石は男の革靴しか見えなかったが、それはある種の幸運でもあった。
(め、目の前にいやがる! 髑髏のスタンド使いが……! だ、駄目だ、殺される! 死にたくねぇ……ッ)
音石は顔を上げることも出来たがあえてしなかった。その心理は、絶対的な権力者と奴隷の関係に酷似していた。
「助け……助けてくれェェ~~ッ 誰だか知らねぇが俺に金目の物を盗まれた奴だろ!? 返すよ! 俺が他の奴から盗んだ物をやる! だから殺さないでくれぇ~~」
「殺す? 勘違いしないでくれよな。昔なら有無を言わせず殺してたかもしれないが私は成長したんだ。それに君には顔も見られていないから殺しはしないよ。安心しなさい」
「ほ、本当か!?」
「ああ本当だとも、私は悪人じゃない。ただ、今から君をボコボコにしてやるから覚悟してくれよな?」
一変して男の足が唯一無事であった音石の右腕を容赦なく踏みつけた。
「君の盗人猛々しいしみったれでクソッタレな性根が後悔と苦痛で埋め尽くされるまで何度でも何度でも殴って千切って潰してやる。決して殺さずに……ね」
「ひ、ヒィィィ……ッ」
音石にとって男の言葉は間違い無く人生最大の恐怖だった。悲鳴を上げても無駄なことは理解していたからこそ、これから自分に何が起こるかを想像しガチガチと歯が鳴った。
男はそんな音石の心情を知ってか知らずか音石の右手を手に取り興味深く観察しだした。
「それにしても君の手、ギターをやっているからかタコが酷いな。指先も皮膚が角質化してカチカチだよ。全く、美しくないな」
「へ……? ぎゃァ!!!」
男は音石の右手をアスファルトと革靴の間で挟み何度も、何度も、何度も、爪が割れ骨が折れてもても構わず踏みつけた。
「この手だね。盗みをする悪い手は……この手だなァーーーーッ!!」
「ウギャァ~~!!」
「この手だ! この手が悪いんだ! 反省しろッ よッ ナァ~~!! 」
「か、勘弁してくれ~~! 右手だけは、右手だけは止めてくれ~~!」
「お前が悪いんだッ お前のせいでワザワザ携帯をもう一台買う羽目になったんだからなァーーー!」
音石に残された手段は懇願しかなかった。嵐が何事もなく過ぎ去るよう天に祈る無力な人間のように、額をアスファルトに血が出るほど擦り付けて懇願した。
「Fu~~~~助かりたいかい?」
「ああ! た、た助けてくく、くれっ!」
「許してほしいかい?」
「悪かったよ! 謝る! 俺が悪かった! 二度と危害は加えません! あなたに服従します! パシリでも何でもしますからッ どうか────ッ」
「コッチヲミロ~~~!」
「ひっ」
有罪!
死刑執行!
「イギャァァァァお助け~~~~!!」
辺りは屋外だと言うのに血の臭いで充満していた。その理由は全身から血を流している音石明を見れば明白だ。
「あガッ……ガガガッ……俺のギターが……俺の腕がァ……ひっひへ」
「全身満遍なく吹っ飛ばしたが……二度と悪さができないようにもっと痛め付けるか? この私に復讐なんて馬鹿な感情を抱かないようにね……ん?」
「本当に聴こえたのかァ? こんな場所で爆発音なんて」
「
「不味い……少し騒ぎすぎたか。だが盗まれたものは取り返した。後は騒ぎを聞き付けた奴等が救急車でも呼ぶだろう」
男は小さな箱を音石明の鞄から取り出しその場を後にした。
早人が寝静まった頃、私はしのぶを寝室に呼び出した。
「なぁにあなた? かしこまっちゃって……」
「しのぶ、今日は何かの記念日って訳じゃないが日頃妻として母として頑張っている君に私からのささやかなプレゼントをさせてもらうよ」
しのぶは私が取り出した腕時計を数秒じっと見つめた後にゆっくりと私を見て大きく深呼吸した。
「まぁ! あなたこれ……私が前に好きだって言ってた海外のブランド時計じゃない。確か予約は一年先まで埋まってるって、大変だったでしょう?」
「そんな事はないさ。君の為と思えば
腕時計をはめたしのぶは恥ずかしげにそれを見せた。
「ど、どう? 似合う……かなぁ」
「うん、やはりこの時計を選んで正解だ。良く似合っているから君の美しい手が更に引き立っているよ」
「そ、そんな……美しいだなんて。私もう30過ぎてるのよ?」
私はしのぶの手を取りゆっくりと撫で回し手の甲にキスを落とす。その際にピクッと手が震えたが其処がまた可愛らしい。
「自分の妻を美しいと言って何が悪いんだい? 年齢は関係ない。君は私の最愛の女性だよ、しのぶ」
言うが速いかしのぶは私に抱きつきそのままベッドに押し倒した。すごい力だ。
「あぁ! なんて素敵なのあなたは! 結婚して10年経っているけどあなたは出会った頃と変わらないわ! ううん、むしろもっともッと魅力的よ───ッ!!」
どうやら今夜はぐっすりと寝れないようだ。幸福なことに代わりはないがな。
バイツァ・ダストって元の歌詞の通りの能力だよな。←なるほど、わからん。