吉良吉影は静かに暮らしている   作:Fabulous

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少し長くなりました。


吉良吉影はサービスする2

もり♪ もり♪ もり♪ もり♪

 

杜・王・町 レ~ディオ~♪ 

\モリオウチョウレイディオ~/

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございま~す。『あなたの隣人』カイ原田です。最近はどんどん暑くなってきましたねー。熱帯夜で汗だくになる夜はもうウンザリ……そこで今回は夏の暑さを吹き飛ばす心霊情報をお届けしま~す!」

 

「おはよう」

 

「おはよう。あなた」

「おはよう。パパ」

 

 レストラン『トラサルディ』での驚天動地のディナーを終えた翌日。しのぶたちの顔に笑顔が戻っていた。とんでもない料理の数々だったがトニオの言った通り私たちにとって最良の料理だった。現に私も承太郎によってストレス性胃痛になりかけていたが見事完治した。素晴らしい!

 

「皆さんは『振り向いてはならない小道 』を知っていますか? この杜王町の、何処でもない場所に存在しているとされる恐怖の心霊スポットを。その小道に迷い込んだら最後、あなたは前しか向けません。もし振り返ってしまったら…………この世に未練を持つ恐ろしい女の幽霊とその僕である怪物が不幸にも迷い込んでしまった哀れなあなたを待ち受けているそうです」

 

「パパ、本当に『岸辺 露伴』のサインを貰ってきてくれるの?」

 

早人が朝食のパンにバターを塗る手を止め私に問いかける。早人にしてみれば昨夜の私の言葉に未だ半信半疑の様だった。

 

「勿論さ。息子と父、男と男の約束だからね。その証拠に今日の午前中に早速岸辺 露伴の家に向かうよ」

「今日は会社でしょ。大丈夫なの?」

「問題ないさ。半日だけ有給休暇を取ったからね。それに今日は私の部署に出向社員が来るとかで歓迎会が主だよ」

 

だいたい私はこれまで会社に莫大な利益を与え尽くしているのだ。少しぐらいのワガママは当然許容されるべきことだ。

 

 

「う~~怖い怖い! 背中がゾクゾクしてきました。それではここらで今日のリクエスト。

Queen『Somebody To Love』

どうぞお聴きください」

 

 

「それじゃあそろそろ岸辺 露伴の家に向かうとするよ。彼の家は杜王町勾当台らしいからここからも結構近い」

 

「パパ、あんまりムチャしないでね」

 

早人の態度を見れば岸辺露伴のサインが欲しいことは明白だ。それでも私を煩わせることに心配してくれているなんて、こんな良く出来た小学生が他にいるか? こんなに父として誇らしい息子が他にいるだろうか? 

いない。早人だけだ。

 

「分かってるさ、早人。お前の父親だぞ?」

「うん……ぼく、楽しみにしてるよ!」

 

 

 

 

 

 

 岸辺露伴の邸宅は自宅からそれほど遠くない所にあった。

 

「大きいな……軽く見積もっても100坪くらいはあるか?」

 

杜王町勾当台2丁目のバス停を下車して徒歩約1分の所にそれはそびえ立っていた。

日本では珍しい広い大きな庭に3階建ての洋風建築がでかでかと存在感を放っている。

いくら杜王町が地方とは言え再開発著しいベッドタウンの一等地、半端な財力ではこの豪邸は手に入れられない。

 

「まさしく人生の成功者……か。私からすれば全く羨ましくないな」

 

漫画家なんて職業はサラリーマンよりノルマに追われる酷い仕事だ。フリーランスの自営業だから労働基準法は当然適用されないし週刊連載だから毎週締め切りと格闘している。しかも期日までに仕事をこなしても人気が落ちればそれまで。弁明の機会もなく打ち切り、クビ、人権無視のブラック人事だ。

それでいて何処の誰とも知らない輩から常に無責任な批判に晒されるオマケ付きだ。

いくら収入が良いからと言っても私なら頼まれても絶対に漫画家なんて奴には成らないね。

 

「突っ立っててもしょうがない」

 

手始めに玄関に設置されているインターホンを鳴らすが応答はない。試しに2度3度続けて押すもやはり物音1つせず豪邸の中からの反応はさっぱりない。

 

「……」

 

留守、とも考えたが冷静に周りを見渡すと幾つかの手掛かりが散見していた。

 

豪邸の脇にあるガレージには高級車が止められておりあまり使用されていない形跡がある。

 

「この車、日産の300ZXか。いい車だ。だがエンジンも冷たいしフロントガラスも埃がついている。暫く乗っていないな」

 

足元の地面を見ると水で濡れて湿っていた。前日の夜にかけて降った雨の影響だろう。

 

「足跡は私の靴跡のみ……少なくとも昨日の夜から今にかけては外出も帰宅もしていないぞ」

 

裏手に回り壁に設置されている電気メーターをじっと見ると、微かだが電力が消費されている。

 

「電気も使用されている。これで分かった、岸辺露伴はこの家にいる。さては居留守を使っているな?」

 

となれば自分は無視をされた。

そう思うと途端に腹が立ってくる。漫画家だかなんだか知らないがこの吉良吉影をコケにするなど許さない。俄然やる気が出てきた。

 

「いいだろう。そう言う態度を取るならば私も考えがある」

 

こちらとて伊達に何年も営業をしていない。この手の対象を攻略するパターンは既に完成されているのだ。

 

私はまずインターホンではなく木製の扉をできるだけ大きくノックする。

 

ドンドンと勢いをつけて叩くと微かに2階辺りから足音が聴こえた。

 

……釣れたな。

 

足音は玄関扉の向こう側で止まった。おそらく私と岸辺露伴は扉を挟んで向かい合っている。

 

「うるさいぞ。ドアを叩かなくたってインターホンがある。何かぼくに用か?」

 

扉越しに聴こえてきたのは若い男の声だった。間違いない。早人の話によれば岸辺露伴は20代後半、ビンゴだ。

 

「すみません…………」

 

私はそれだけ言って沈黙した。

まだ相手が扉も開けていないのに自分の目的を全て話すのは新人営業マンにありがちなミスだ。基本的に住人にとって突然来訪する営業マンは邪魔者でしかない。だからこそ我々はどんな手を使ってでも住人に興味を持って貰わなくてはならないのだ。

 

「……~~~おいッ! なんだッ すみませんの続きはッ 早く言ったらどうだ!」

 

扉が勢い良く開かれた。

フフフ……君は既に敗北しているのだよ、岸辺 露伴。

 

「言っておくがセールスならお断りだ」

 

ほほぅ……これが岸辺 露伴か。

もっとも、この目の前の男が岸辺 露伴とまだ名乗ってはいないが、音石 明や東方 仗助と比べても負けないほどの珍妙なファッションスタイルだ。

 

「ぼくが誰だか分かっているのか? 岸辺 露伴だ。ジャンプで連載をしている『漫画家』だッ」

 

やはり岸辺 露伴か……それにしてもなんだ?

あの頭につけてるギザギザのシャンプーハットみたいなのは。髪飾り? ヘアバンド?

理解不能だ。

 

「あぁやっぱり岸辺 露伴さんですか。突然の御無礼をお許しを。私の息子が貴方の大ファンでして、是非とも我が家に来て会って頂きたいと思いお伺いさせて貰いました」

 

「ハァ? なんでぼくが見ず知らずのお前の息子に会わなくちゃならないんだ。常識ってやつが無いのか君は」 

  

自分で言っておいてなんだがおっしゃる通り実に図々しいお願いだ。だがそれが『狙い』だ。

そりゃ突然こんなことをお願いされれば誰だって断る。だがそれでいい。

 

「待ってください! 分かりました、諦めます。ですがどうかサインだけでもお願いします。色紙とペンは私が持ってますので」

 

「む、サインか……」

 

よし、岸辺 露伴が考えたぞ。初めにわざと無理難題を吹っ掛けて相手に断らせた上で本来の要求を此方が妥協したかの様に提案する。あまり良い印象を抱かれないから何度も使える手じゃないがどうせ岸辺 露伴とは今日限り出会うことの無い相手だ。構うものか。

 

「しょうがない、サイン程度なら良いだろう。だが君が用意したそのペンは使わない。ぼくは自分のサインも作品だと思っている。キチンとぼくのペンを使わせて貰おう」

 

「構いませんよ。不躾なお願いを聞いて貰いありがとうございます」

 

 

─────勝った。

 

 

お辞儀をして岸辺 露伴からは見えないので私は歪む口角を抑えなかった。これで勝利確定だ。

 

「部屋で書いてこよう。息子さんのお名前は?」

「早人と言います」

「ふむ、名字は?」

「吉良です。息子の名前は吉良 早人です」

 

 

「……なに?」

 

 

息子の名前を聞いた岸辺 露伴は玄関を閉じかけていた手を止め固まった。

 

「失礼、今……吉良と言ったか?」

「えぇ。吉良と言いましたが?」

「……折角だ。君へのサインもプレゼントしようじゃないか。……君の名前は?」

「いえ、私はけっこ───」

 

「名前はなんだと訊いているッ!」

 

私が言うが早いか岸辺 露伴は近所中に響く怒声を張り上げた。騒ぎに為っても困るので正直に伝える。

 

「……吉影」

 

「!」

 

「……吉良 吉影です」

 

「「………………………………」」

 

 

両者共に押し黙り重苦しい沈黙が場を支配した。

私は突然怒鳴った岸辺 露伴が理解できないからだが、岸辺 露伴は何故何も言わない? 

僅かしかコミュニケーションを取っていないがこの男は自分のプライドを重視するタイプの人間だろう。まず、友人はいまい。

そんな高慢な男が何か気に障ることがあったら直ぐにズケズケと文句を言いそうなものだが……。

 

「あの────」

「気が変わった! 吉良さん、ぼくの家に招待する。どうぞ上がってくれッ」

 

沈黙を破ったのは両者だったが私はまたもや閉口した。

 

「さぁ! 何を突っ立っているんだッ この岸辺 露伴がわざわざ君を自宅に招いているのだよ!? 上がってくれたら息子さんへのサインはイラスト付きにしよう」

 

この変わりようだ。

 

先程まで私は招かれざる客であった筈だ。だと言うのにこれはどうだ。プライドの固まりの様なめんどくさい奇人がほんの5分ほど前に会ったばかりの私を自宅に入れようとしている。私に怒鳴ったことが嘘の様なほがらかな笑顔を私に向けながら……

 

 

怪しい。

非常に怪しい。

何が彼を変えたのか、私の名を聞いた途端にだ。

 

私を知っている? ───あり得ない。岸辺 露伴とは今日初めて会った。しのぶは漫画に興味はない。早人も岸辺 露伴のファンだがいくらなんでもファンの父親を作者が知っているとは思えない。

 

「さぁ入ってくれ!」

 

だがここで彼の誘いに乗らなければサインは手に入らない。

 

それは不味い!

 

早人からの信頼を裏切ってしまうばかりか父としての威厳に傷が付いてしまう。早人を将来立派な人間にするため私は父として完璧でなくては。

 

親とは、子にとって絶対の存在でなければならない。かと言ってしのぶにそれを期待するのは絶望的だ。だからこそ私が担わなければ。

 

私の『母』がそうだったように。

 

 

「……ではお言葉に甘えさせて頂きます」

 

 

岸辺 露伴の後をついて玄関を潜るとそこには豪勢な調度品の数々とそれを台無しにする穴や瓦礫の光景が広がっていた。

 

「散らかっているが気にしないでくれ。ちょいと最近ダサい不良に家をメチャメチャにされただけだ」

 

ダサい不良で一人浮かんだ顔があったがきっと勘違いだ。そうに違いない。

 

「すまないが先に行っててくれ。新しいペンを取ってくる。ぼくの作業部屋は階段を上って2階の突き当たりだから好きに見ていていい」

 

そう言って岸辺 露伴は瓦礫を掻き分けた先に消えていった。

 

「やけに気前が良いな。プロが作業部屋に他人を一人で入らせ好きに見させるだなんて……」

 

ますます私の危険センサーが警報を鳴らしている。あの日から一度も警察や世間の目を向けられないように立ち回ってきた経験が告げている。何かおかしい。

 

とは言え確信が無いのもまた事実、結果として立ち去ることもできずこの場に留まるしか選択肢がない。

 

「好きにしろと言うからさせて貰うが……だいぶ荒れているな。本棚は倒れて本が散乱しているし外壁も崩れて外が見えている。どんな不良か知らないがきっと無礼でダサい奴なんだろうな」

 

ぐるっと周りを見渡していると1つだけ無事な机があった。それは書きかけの原稿用紙や画材が散乱していることから岸辺 露伴の作業机なのが分かる。

 

「これが彼の漫画か。たしか……『ピンクダークの少年』だったか。早人の部屋にも単行本があったな。私の稼いだ金がこいつの懐に入っているのかと思うと嫌気が…………ん?」

 

机の引き出しからチラリと紙が見えていた。形状からして何か手紙の封筒の端のような物だ。それだけのことだがこの時の私は妙にそれが気になってしまった。

 

「……この部屋に私を一人で入れたのは岸辺 露伴だ。ならばある程度私に裁量はある筈だ。机の引き出しを開けて中を見るくらいは許される」

 

自分なりに理由付けをすると私は物音を立てないようにゆっくりと引き出しに手をかけた。

 

「やはり封筒か。宛先は岸辺 露伴に、差出人は……書いていないな。日付はつい最近だ」

 

引き出しに挟まっていた茶封筒はB4程の書類を折り畳んで入れることができるくらいの大きさで、質感からして手紙自体も中に入っていた。

 

「お待たせした。やっと納得できるペンを見つけたよ」

 

背後からの声をかけられ慌てて取り出しかけた手紙を封筒にしまい引き出しを閉めた。内心ハラハラしながら振り返るも岸辺 露伴はなに食わぬ顔で壁に寄りかかり片手でペンを弄んでいた。

 

「え、えぇ……早速お願いします」

 

危ない危ない。どうやらバレてはいないな。ボロが出る前にとっととサインを貰って帰るとするか。

 

「そう急ぐなよ。今一階のキッチンでお湯を沸かしている。コーヒーか紅茶を淹れよう」

「いえいえ。午後から仕事なものでして。お気遣いなく」

 

「……そうか。ではサインを書こう」

 

よし。これでサインが手にはいる……

 

懸案がもうすぐ解決することで私は安堵のため息を漏らす。無理もない。この吉良 吉影が早人の為とは言え赤の他人にペコペコ媚びへつらうだなんてそれだけでストレスだ。またトラサルディに予約でもしようかな。

 

「ところで、サインが書き終わるついでにぼくの昔話を聴いて貰えないか?」

「……手短にお願いしますよ。私も忙しい身なので」

「ぼくは最近まで東京で暮らしていたのだが実はこの杜王町出身でね。その当時は近所の女の子と良く遊んだものだよ」

「ほぉー。それで?」

 

早く終わってくれ。有名人の身の上話など自慢か苦労話だが結局苦労話も自慢に変わるからやっぱり自慢話しかない。

 

「けどある日その女の子は死んでしまってね。ぼくも九死に一生を得て程なく杜王町から引っ越したさ」

「それはそれは。大変だったのですね」

「実を言うとこの事は最近まですっかり忘れてしまっていてね。いきなり思い出してぼくも戸惑ったよ。けど、ぼくは漸く分かったんだ。これは『運命』だと」

 

「運命?」

 

「そうさ。ぼくは何も知らず15年を過ごし、この杜王町に帰ってきて、彼女と再び出会い己の『過去』を知った」

 

岸辺 露伴の発言に私は何か違和感を感じた。

15年? 彼女?

 

なんだ……この胸騒ぎは? この二つは私にとってとても重要な……

 

「そして今日……ぼくはまた自分自身の『過去』と対面したッ 幼いぼくが記憶の底に閉じ込めた恐怖の悪魔にッ 『運命』と出逢った!」

 

岸辺露伴のサインを書く手が止まり代わりに私を凝視していた。

 

今にして思えば、この油断が全ての始まりだった

 

いや、正確には15年前のあの夜からだ。

 

「『ヘブンズ・ドアー』!」

 

岸辺 露伴は私に色紙を投げつけると手に持っているペンを空中で走らせた。

するとまるで魔法の様にペン先から光の線が伸び宙に絵が形成されていった!

 

「スタンド!? くっ───」

「もう遅い! 貴様は見たッ ぼくのスタンド『ヘブンズ・ドアー』を! 見たと言うことは既に攻撃は終わっているッ」

 

反射的に作業机から飛び退いた私だったが着地の瞬間にグニャリと足が潰れた。捻挫かと確認すれば、しなければよかったと直後に後悔する様な光景がそこにはあった。

 

「なッ ナニィィーーーーーー!??」

 

私の足は捻挫した訳でも折れた訳でもなかった。

 

「こ、これはァ!? ペラペラだッ!」

 

本になっていた!

 

足がッ

腹がッ

手がッ

顔がッ

 

 

「私の身体がぁ~~~~~~ッ!」

 

 

私の身体は何故か見開いた本のページの様に成っていた。それは私の身体を薄く、ひらひらな紙の様に変えており立とうと思ってももがくのが精一杯だった。

 

「ぼくの『ヘブンズ・ドアー』が見えていると言うことは貴様もスタンド使いと言うことか。だが、これで勝敗は決したッ」

 

保健所の牢屋に収容されている犬猫を見るかの様な目で私を睨み付けている岸辺 露伴は一歩一歩近づいてきた。

 

「き、岸辺 露伴……! 何故こんなことを……?」

 

「何故だと!? 自分の心に訊いてみろ! ぼくは全部知っているんだぞッ この()()()めがッ」

 

「な!?」

 

岸辺 露伴は今なんと言った!? 殺人鬼!? 何故コイツがあの夜のことをッ ハッタリに違いない!

 

「な、何を言っているのか分からないな……人違いだよ。私は何処にでもいる平凡なサラリーマンだ!」

「ハッ! ぬけぬけと……なら『杉本 鈴美』とその家族のことはどうだッ!」

 

岸辺 露伴の『杉本 鈴美』と言う一言は、私の心臓を跳ね上がらせた。

 

『杉本 鈴美』

 

それは今から15年前に私が殺した少女の名前だ。

 

いつからか私は自らに歪んだ性的倒錯と殺人衝動があることを知った。勿論家族には知らせなかった。私の両親は息子を可愛がることに快楽を見いだす人たちだった。特に私の母は自分の息子が世界で頂点の子だと本気で思っている人だった。そんな両親に秘密を明かすことなど到底できるわけはなかった。だから自分の欲望に蓋をして、静かに、静かに、植物の様に穏やかに隠れ過ごしていた。

 

だが15年前のあの夜。

とうとう私の欲望が爆発した。

 

目をつけたのが杉本 鈴美だった。家族構成、立地、タイミング、そして何よりも彼女の白く柔らかい美しい手だ。

 

邪魔者を始末し、彼女を引き倒し床に押し付けたあと用意していたナイフで背中を何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も繰り返し抉った。

 

あの夜私は初めて味わった。殺しの美酒を! 自分の進むべき未来を!

 

そして誓った。

殺人と言う癖を持つ私だが、必ずや『平穏』で『幸福』な人生を生きてみせる! と。

 

 

「……それで杉本 鈴美を殺したと言う訳か。なんて奴だ! 異常者めッ」

 

岸辺 露伴は私の本になった身体の一部を剥ぎ取って新聞のスクラップを鑑賞するように覗き込みながら、誰も知る筈のない私の秘密を朗読していた。

それは私自身忘れかけていた犯行の機微に至るまで網羅され、感情までもリアルに読まれた。

 

「そ、それがお前がスタンド能力か!? 私の記憶を……ッ」

「如何にも! 『ヘブンズ・ドアー』はぼくが書いた漫画を見た生物を本に変えるッ 何であれ、魂を持つものならばな!」

「う、うぅ……ッ!」

 

不覚だ! とんでもない油断だ。まさかあの『杉本 鈴美』の事件の真相を知る男が存在していたなんて……それが目の前の岸辺 露伴だと今の今まで気づかなかったとは!

 

岸辺 露伴は読み終えたページをグシャリと握り潰し私の次なるページへと手を伸ばした。

 

「わ、私を殺すのか……? 漫画家の君が……この吉良 吉影に復讐すると言うのかッ」

「その通り! ぼくはお前に復讐する正当な権利がある。友人を殺され、ぼく自身も殺されかけたのだからな。鼠を送り込んで始末しようと思ったのはいいアイディアだったがまさか康一くんや仗助に助けを求めるとは思わなかった」

 

「あ、あの鼠はお前が差し向けたのかッ 岸辺 露伴!」

 

「ぼくのスタンドは対象を本に変え、命令を書き込むことができる。吉良 吉影を襲えと鼠に命令を書き込みお前が死ぬのを待っていたが失敗に終わった。だが『運命』はぼくを見放してはいなかった! こうして当の本人がのこのこ出向いてくれたのだからな!!!」

 

衝撃の事実に驚く私であったが同時に怒りも沸々と湧いてきた。

 

この男が!

目の前のこの岸辺 露伴が息子を殺しかけた男!

 

そして誰にも知られてはならない私の『過去』を知る男!

 

生かしてはおけない!

 

 

「貴様に書き込んでやる。吉良 吉影は日々のストレスに疲れ果て家族に遺書を残して失踪するのだ。そして但し書きはこう……地獄に堕ちる! だッ」

 

この男だけは生かしてはおけない!

 

「ぐおおおおおお!」

 

間一髪で岸辺 露伴のペンは私に触れなかった。私は2階の床を『キラークイーン』で破壊してなんとか一階に落ちて難を逃れたのだ。

 

「しまった……床が抜けたか。とっとと修理すべきだった。だが無駄な足掻きと知れ、吉良 吉影。逃げたければ逃げるがいいさ。それだけ彼女が味わった恐怖を噛み締めろ」

 

そう言い残し岸辺 露伴は穴から身を引いた。どうやら階段で降りてくるようだ。

 

「ハァ────! ハァ────!」

 

状況はかなり深刻だ。

岸辺 露伴は私がスタンドで床に穴を開けて脱出したことには気づいていないようだったが見逃すつもりはゼロだ。この家にいる限り私を殺すまで追ってくる。

いつもの癖で爪を噛もうとするが右手は肩にかけて完全に本化され力が入らない。床を破壊した際は辛うじて無事だった左手を岸辺 露伴に見えないようスタンド化させたが『キラークイーン』本体は私の身体と同様に大部分が本化されてまともな戦闘は不可能だ。

2階からは岸辺 露伴が廊下を移動して床の軋む音が聴こえその度に心臓がバクバクと高鳴る。

 

「考えろ……考えるんだ吉良 吉影。何か策がある筈だ」

 

切迫した状況ではあるがこんな時こそあえて冷静にならなければならない。そうだ、選択肢を挙げてみよう。

 

次の選択肢の内から一つだけ選びなさい。

 

選択肢①幸運な吉良 吉影は突如起死回生のアイディアを閃く。

選択肢②親父が助けに来てくれる。

選択肢③逃げられない。現実は非情である。

 

 

できれば①を期待したいが生憎とそこまで都合のいい頭脳は持っていない。②も親父がまさか私がこんな危機に直面しているなんて夢にも思っていないだろう、現実的じゃない。

 

答え──

 

いいや、待て! 

まだ諦めるには早い。身体が本に変わったとは言え動けはする。なんとか這って移動して玄関から脱出すれば……

 

「クゥゥゥ……動け……ッ 動けェ……ッ」

 

だ、駄目だ! 玄関までは約7・8メートル、歩いて移動すれば数秒で辿り着く何でもない距離だが今の私にとってはあまりにも遠い! 這いずっている間に岸辺 露伴に追い付かれるのが関の山だ。

 

「吉良 吉影ェ~~今階段を降りているぞォ~~。もうすぐお前が見えてくるぞォ~~」

 

答え──③

 

違う!

私は吉良 吉影だ! 今までどんな困難にも打ち勝ってきた。今回だってきっと打開策はある筈さ!

 

「き、『キラークイーン』! ぐっ……やはり、これではッ」

 

駄目元でキラークイーンを出してみたが、変わらずペラペラでとてもじゃないがスタンドバトルは無理だ。

 

「左手だけ無事とは言え片手だけで岸辺 露伴に勝てるのか? 左手……そうかッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いない。だが吉良 吉影はぼくの『ヘブンズ・ドアー』を見た。遠くへは行けまい。何処かに隠れたか、小癪な」

 

私の潜伏場所からも岸辺 露伴の苛立ちが聴こえる。お互いとても近い距離にいるが奴はまだ気づいていない。好都合だ。

 

「頭を使ったようだが賢明ではないな。時間はたっぷりある。ここはぼくの家、しらみ潰しに探すだけだ」

 

岸辺 露伴の声と共に足音がこちらに近づいてくる。足音はだいぶゆっくりだ。抜け目のなく圧倒的優位にも関わらず警戒している。

 

 

 

だがそれも無意味だ。

 

 

 

「コッチヲミロ~!」

 

「むッ……これは、吉良 吉影のスタンドか!?」

 

 

私が選んだのは答え①! 閃いたアイディアはキラークイーン第2の爆弾『シアーハートアタック』だ。たとえキラークイーンがペラペラになろうとも左手が無事ならば『シアーハートアタック』は健在なのだ!

 

「あの状態でスタンドを出せるとは驚きだが苦し紛れと見た。『ヘブンズ・ドアー』!」

「コッチヲミロ~!」

「なに!? バカなッ……奴のスタンドはぼくのスタンドを見た筈だぞ! 何故本にならない!」

 

岸辺 露伴の驚愕が聴こえる。いい気味だ。それこそがこの閃きの素晴らしい所なのだからな。

 

『シアーハートアタック』は精密な遠隔操作性を犠牲にしたことで遠距離型のスタンドにも関わらず近距離パワー型の攻撃力を手に入れている。スタンドは本体と幾つかの感覚を共有しているが『シアーハートアタック』は完全な独立型だ。視覚も共有していないし『シアーハートアタック』本体唯一の眼はサーモグラフィの様な熱源感知用、空中の絵など見える筈もない。

 

「コッチヲミロ~!」

「くっ、意外にすばやいぞ!? ちょこまかと……」

 

おまけにこの屋敷はいい具合に穴だらけで『シアーハートアタック』にとっては絶好の狩り場だ。

 

照明が消え部屋が暗くなる。「シアーハートアタック」が電球の熱に反応して壊したのだろう。とっとと岸辺 露伴を爆破してほしいがこればかりは待つしかない。人間の体温よりも高い熱源が全てなくなった時が、奴の最後だ。

 

「成る程。そのスタンド……熱源に反応して攻撃しているのか。ぼくをすぐに襲わない所を見ると自動操縦型だな」

 

な、なに!? 

奴、今なんと言った!?

『シアーハートアタック』を出してまだ一分も経っていないのにもうその法則を見破ったのか! どういう思考力をしてるのだ!

 

私は自分が隠れているキッチンの裏で驚いた。ペラペラの顔から汗が一滴垂れる。

 

「だがしかし猶予はそれほどないな。その前に考えねば……………………よし、これでいこう」

 

は、早い! 5秒も経っていないぞ!?

考え付いたと言うのかッ 無敵の『シアーハートアタック』を打ち破る方法を!

 

「まずは地の利を得る!」

 

岸辺 露伴の足音が再び私に近づく。どうやらキッチンに入ってきたようだ。

 

一番入ってきてほしくない所だ。私が隠れている場所であるし火の気が多い。デコイが幾らでも作れる。

 

「おいおい、まさかぼくが目眩ましの為にキッチンに入ったと思っているのか? 吉良 吉影。違うね、キッチンに入ったのはコレの為さ!」

「コッチヲミロ~!」

 

同時に『シアーハートアタック』がキッチンに飛び込んだ。私は早く岸辺 露伴が爆発と共に消えることだけを祈ったが一向にその気配がない。

 

「………………?」

 

そればかりか『シアーハートアタック』の声もしない。何故だ。何が起こった? 

 

「チェックメイトだ。吉良 吉影」

 

左手に感じていた感覚が消失した。考えられる最も最悪な展開に吐き気が込み上げた。

 

「左手がァーー!?」

 

私の左手が本に成っていた!

 

「バカなッ こんなことが!? 『シアーハートアタック』に弱点はないッ 何をした、岸辺 露伴ンーー!」

 

私は隠れていることも忘れキッチンから身を乗り出した。そして見た。『シアーハートアタック』が私の左手同様本に成っていた。

 

「ああそこにいたのか吉良 吉影。そんなに驚くなよ。ぼくはコレを取りに来たんだ、このポットね」

 

岸辺 露伴はポットを勝ち誇るように高らかに掲げた。

 

「ポット……ポット……ま、まさか貴様!」

「意外に察しがいいな。その通り、ポットの中にはお湯がある! お湯もインクもぼくにとっては同じ液体! ならば後は書くだけだ!」

 

信じられないことだが岸辺 露伴はポットの中のお湯をペンに浸してインク代わりにしたんだ。ポットのお湯は大概90~80℃、十分に『シアーハートアタック』の熱源感知に引っ掛かる。『シアーハートアタック』はそれを見てしまったのだ! 熱で描かれた奴の絵をッ!

 

「だ、だが! まだ動きを制限されただけだ。『シアーハートアタック』は僅かだがお前に迫っている! 近づいて書き込もうとすれば爆発するぞッ」

 

本にされてしまった『シアーハートアタック』だがそれでも無限軌道がカラカラと回転し少しずつだが動いていた。まだ機能は停止していない。

 

「ド素人が。この岸辺 露伴に偉そうに講釈を垂れるな!」

 

ペンを持ち不思議な構えを取る岸辺 露伴。何をするのかと疑問に思っていると次の瞬間目にも止まらぬ速さでペンを振りインクを『シアーハートアタック』に叩き込んだ。

 

正確に『シアーハートアタック』を狙ったことすらスゴワザだがそれだけではない。叩き込まれたインクはただの染みには成らずハッキリとした文字を形成していった。

 

「何だってェーーーー! インクを飛ばして文字を書き込んでいるだとォ~~!?」

「貴様にセーフティをかけた。勝負は決したーー!」 

 

 

  

吉良 吉影は岸辺 露伴に攻撃できない

 

 

書き込まれた文章の通り『シアーハートアタック』はその場で制止してしまった。爆発の気配もない。

 

「バカな……バカな……この吉良 吉影が、こんな所で……」

 

万策尽きた……などと考えたくもない。だが考えれば考えるほど絶望しか深まらない。

 

動くこともできず、

スタンドも使えず、

『シアーハートアタック』すらやられた

 

もう他に手がない。

 

 

呆然とした私に死神が未来を突きつける。

 

「死ぬんだよ。貴様はこんな所でな」

「こ、これは……ゆ、夢だ。悪い夢なんだ……ッ」

 

い、嫌だ。私は死にたくない!

家族が待っているんだ! しのぶがッ 早人がッ

愛する家族が私の帰りをいつもと同じように待っていてくれているんだ!

何か考えるんだ! 

 

答え③逃げられない

答え③逃げられない

答え③逃げられない

答え③現実は非情である

答え③現実は非情である

答え③現実は非情である

 

考えるんだ吉良 吉影ェ────!

 

「最後にぼくが何故お前の秘密を知っていたのか教えてやろう。この告発者のお陰だ」

 

岸辺 露伴はポケットから一枚の茶封筒を取り出した。それは奴の作業机の引き出しに入っていた物だった。

 

「これがある日ぼくの元に届いた。内容は吉良 吉影、お前の名前とお前が過去に犯してきたおぞましい数々の殺人の歴史だった」

 

岸辺 露伴は手紙を取り出した私に見せつけた。

 

『突然の御無礼を御容赦ください。私は吉良 吉影と言う男について貴方に忠告する為に手紙を書きました。何のことなのか分からないでしょうがこの先に記されていることは『真実』なのです。

 

吉良 吉影は15年前に杉本 鈴美とその家族を惨殺した真犯人なのです。証拠はありません。ですがどうか信じて頂きたい。幼い貴方を身を呈して救った杉本 鈴美の意思を私は守りたい。吉良 吉影はその後も杜王町で幾度となく、見境なく、何の躊躇も、罪悪感も持たずに殺人を行っているのです。

 

私も吉良 吉影に大切な存在を奪われ、汚されました。奴は狡猾かつ慎重で貴方と同じスタンドを持っています。司法の裁きは奴にとって無力です。できることなら私の手で復讐したいのですが私は病気でもう長くはありません。どうか貴方に私の『意思』を継いで頂きたい。』

 

「これは……いったい誰が……?」

「もちろんぼくもこんな胡散臭い手紙を真に受けた訳じゃなかった。だが『杉本 鈴美』と言う単語がぼくを突き動かした。霊園の住職に話を訊きたしかにぼくは杉本 鈴美と友達だった。命を救って貰った! 自分でも情けない、そんな大切なことを忘れていたなんてッ」

「ま、待て!」

「杉本 鈴美の、彼女の魂を救済するには、お前の死こそ最良だ! この杜王町にとってもな!」

 

「私は、私は……杉本 鈴美を殺した。それは事実だ、認めるよ」

 

「今更遅い! 既に時効、スタンド使いは罪にも問えない。だからぼくがッ」

「話を聴け! 私の殺人は15年前のあの夜だけだ。それ以外、今日まで人は殺していない!」

 

「まだシラを切る気か!?」

 

岸辺 露伴の目は疑いの目だ。全く私を信用していない目だ。それもそうだ、私が奴の立場でも信用しない。だがなんとか時間を稼がなければ!

 

「嘘だと思うのならばお前のスタンドで読んでみろ!」

「……何のつもりだ。だがいいだろう。どうせ貴様にはとびっきり惨めな『最後』を書き込んでやるんだ。その前に読んでやろう」

 

岸辺 露伴は私の顔に当たる部分のページを何枚か乱暴に破り取り読み始めた。そして段々とその顔が険しくなっていくのが見えた。

 

「…………なに? ………おかしい……何処だ……1990年1991年1992年1993年1994年1995年1996年1997年1998年1999~~~~ッ! 何処にも殺人の記載がない!」

「言っただろう。私は杉本 鈴美しか殺してない。その手紙は半分出鱈目だ」

 

信じていた存在が揺らいだことで岸辺 露伴の顔から一瞬殺意が消えかけたが、すぐに手紙を握り締め私に向き直る。

 

「……だ、だが! お前が杉本 鈴美を殺した事実は変わらん!」

「くッ……────?」

 

たしかにそうだ。時間稼ぎとは言え杉本 鈴美の殺人を告白してしまった。このままではヤバいと思って何か使える物はないかと周囲を見渡すとキッチンの小窓から人影が見えた。目だ。此方を見ている。

 

「た、助け……────」

 

その時、どうしてそういう発想に至ったのか私でも分からなかった。

 

「お前を始末する未来に変わりは────」

「岸辺 露伴! その『手紙』を手放せェ~~!」

 

ただ、岸辺 露伴が持つ手紙がとんでもなく危険な代物だと本能で察した。

 

─────カチリ

と音が聴こえた。

 

「なバァッ────!?」

 

手紙から火線が射し込んだかと思えばそれは火球と為って岸辺 露伴を呑み込み大爆発した。近くにいた私も壁に叩き付けられ危うく気を失いそうになったがなんとか立ち上がる。

 

「立てる……ぞ。身体が……戻ったぞ!」

 

私の身体は本ではなくなっていた。自由の歓喜に震えていた私を急遽現実が引き戻す。

 

「…………き、きら……よ、し……かげェ………どうやって、ぼく……に、スタンド攻撃、を……???」

 

岸辺 露伴は生きていた。手紙を持っていた右手は腕ごと消失し胴体も足にかけて1/3程抉れ丁度奴の右半身が吹き飛ぶ形だったが生きていた。

 

「こ、これは……だが今の爆発はまるで……

だが、だがしかしだ。今はそんなことよりも優先すべきことがある。何か分からんが取り敢えず私のピンチはチャンスへと変わった……ッ」

「き、吉良 よ──グハッ!」

 

キラークイーンを出して岸辺 露伴の腹に拳を叩き込み髪の毛を掴んで引き上げ血を吹き出す露伴を間近で見て溜飲を下げる。この程度で私の怒りは収まらないが今は迅速な始末が求められる。どうやら本体である岸辺 露伴が負傷したことで私にかけられていたスタンド攻撃が解除されたようだった。

 

「立場が逆転したな。放っておいてもその傷ではいずれ死ぬだろうが君は危険だ。生かしてはおけない。『キラークイーン』第1の爆弾。肉片ひとつ残さず爆破してや……」

 

「露伴先生~~お体大丈夫ですか~~?」

 

突然の来訪者に私も岸辺 露伴も同時に玄関を振り向く。

 

「こ、康一くんッ」

「康一? ああ、広瀬 康一君か。知り合いだったのか。クソッ タイミングの悪い」

 

ただの一般人なら始末すればいいだけだ。だが康一君を始末するとなるとあの承太郎が出てくる恐れがある。そしてここで岸辺 露伴だけ始末した後に康一君が入ってきたらあまりにも私が不自然だ。

 

「何か凄い爆発音が聴こえましたけど~~?」

 

不味い、あの爆発音を聴かれたか。このままでは本当に康一君が家の中に入ってきてしまう。

 

「おい岸辺 露伴、取引しよう」

「……なに?」

 

「君は謎のスタンド使いに襲われた所を偶然居合わせた私と共に撃退したのだ。話を合わせろ」

 

「な、何を言っている。この殺人……」

「でなければ康一君を殺す。その家族も。君も、君の両親も」

「き、貴様ァ……! 何処までも卑劣なッ」

「取引と言っただろう? 条件を飲めば私は何もしない。私は平穏を望んでいる。私の記憶を読んだのなら分かる筈だぞ」

 

 

まっ、君は後で始末するけどな。

 

 

 

「だ、だが……むぐぅ!?」

 

岸辺 露伴の開いた口に指を四本ばかり突っ込んで舌を掴む。何処までも生意気な奴だ。今断ろうとしたな?

 

「断っても構わない。その時は血の海だがな」

「~~~~~~ッッ」

 

声なき悲鳴を指先で感じる。いい兆候だ。岸辺 露伴は私に恐怖を感じている。まるで怯える子供の目だ。

 

「露伴先生、ドア空いてますよ。不用心だなぁー開けますよ~~?」

 

「ンー! ンーー!」

「だめだめだめだめだめだめだめ!

なぁ岸辺 露伴、頭を使えよ」

 

指を更に口腔に侵入させながらシタバタ暴れる岸辺 露伴の肩を恋人のそれと同じくできるだけ優しく抱き寄せ眼と眼を合わせる。

 

「一緒に考えよう。

このままだと後ほんのちょっとで康一君が玄関のドアを開ける。すると眼にするのはこの有り様、だ。当然私は直ぐ様君を爆発させる。目の前で人が爆発して消えたらさぞ康一君は動揺するだろうね~? その後はすかさず康一君に『シアーハートアタック』を射出して爆死させる。彼が君と同じくらい利発なら生き残るかも知れないけど、まあ無理だろうな。ここまでは分かったかい?」

 

説明が終わると岸辺 露伴を凝視しながら手を引き抜き血と唾液で汚れた手を舐めとる。

実際は私も切羽詰まっているが交渉では弱味を見せてはいけない。主導権を常に握り続けることが重要なのだ。

 

「うぇっ……あぅ……く……ふぁ……あぁ……」

 

えづく岸辺 露伴をなるべく穏やかに、優しく、愛を囁くようにそっと耳打つ。

 

「さぁ……好きなようにしたまえ。私はその決断を尊重しよう」

 

抱き寄せたことで岸辺 露伴の表情は見えないが、その心は感じ取れる。恐怖でバクついた心臓の音が。

 

この吉良吉影、たまに感じるのだが私は他人に対してわりと酷い奴なんじゃないのかと思う。

 

「……ひ、一つだけ訊く。何故手紙を放せと警告した。貴様の警告がなければ、ぼくは爆死していた」

 

岸辺 露伴が意味のないことを質問する。この状況でその質問に何の意味があるのかさっぱり分からない。理解不能だ。

 

「ん~~? 決まってるだろう。君が死ぬのは構わないがその前にサインは書いてもらう。息子との約束だからな」

 

当初の目的はそもそもサインだった。最悪、筆跡を真似て偽造するが本人に書いて貰えるのならそれに越したことはない。

 

腕に抱く岸辺 露伴の肩から力が抜けた。殆んどショック状態だがその顔からは少しだけ鬼気が抜けていた。

 

「何処までも…………利己的な奴だ。

だが今のセリフ……悔しいが…………いいね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

写生程度なら嗜む私だが漫画と言う大衆にウケるクリエイティブな能力はない。

 

岸辺 露伴

吉良 早人くんへ──Special Thanks!

 

受け取ったイラスト入りのサインを眺めれば素人でも奴の技量がずば抜けていることが一目で分かる。

 

 

あの後、康一君を岸辺 露伴の協力のもと上手いこと納得させ救急車に乗る前に奴にサインを書いて貰い私は午後からの会社に向かっていた。

 

岸辺 露伴はいつか始末しなくてはならないがそれには承太郎と言う最大の障害を排除してからだ。あの男には細心の注意を払ってもまだ足りないほどの怖さがある。奴が杜王町にいる間は迂闊なことはできない。

 

よって私は岸辺 露伴を取り敢えず生かしておくことにした。たっぷりと脅してやったから奴も馬鹿なことはしないだろう。それにもし反逆してもしばらく準備に時間がかかる筈だ。その前には始末する。

 

 

 

「お疲れ様です。吉良 吉影さん」

「お疲れ様」

 

受付の女の子に挨拶をしてエレベーターに乗る。今日は関連企業からの出向者がやってくる日で今頃は部署の皆で歓迎会をしている。かなり疲れた午前だったが部長として顔は出さなくては。

 

 

「あっ! 吉良部長遅いですよ~」

「もうとっくに歓迎会始まってますよ!」

「みんな~吉良部長がようやくご到着よ♪」

 

いつもの姦しい女どもが不必要に騒ぎ立てる。何度お前らを脳内で惨殺したか教えてやりたかったがぐっと堪え笑顔を作る。

 

「いや~すまないね。ちょっと何でもない、端から見たら本当につまらない用事を午前中に済ませてきてね。それで出向の子は何処だい? この部署の責任者として挨拶をしておかなければ」

 

 

出向なんてのはどうせ元の会社で居場所のない出世コースから外された負け組強制送還だ。大したことのない冴えないサラリーマンに違いない。せいぜい変に気張らず大人しくしていてくれると助かる。

 

 

 

私の問いかけに一人の男性が社員をかき分け立った。背格好は私と同じくらいの神経質そうな無表情の男だ。

 

「初めまして。いやぁ……カメユーチェーンの精鋭、吉良 吉影さんお噂は私の会社でも評判でしたよ。そんな貴方の元で働けるなんて光栄です。私の名は────」

 

 

差し出された手を握り返すと思ったよりも強く握り返された。その瞳は真っ直ぐ私を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────川尻 浩作です」

To Be Continued…




邪魔が入らなければ吉良吉影の完全敗北でした。



あえて言えば作者は吉良露が流行ってほしいです。

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