「わー! ちょっと待って、ダメだよ、ここで脱いじゃ!」
松子の貸した服がよっぽどサチには窮屈だったらしく、家に入るなり服を脱ごうとしたので必死に止める。
「やだ、お兄ちゃん顔真っ赤にして~エッチ」
「バカ!そんなんじゃねーよ」
「二十歳になって無.経験だなんてぇダサすぎ~」
「おまえなあ」
「ダメ? 早く脱ぎたい。ウナの服がいい」
「うん、じゃあ、寝てた部屋で着替えておいで。今シャツ持ってくるから」
優海はそそくさとウォーキングクローゼットに向かった。
――煩悩が蚊のように頭の中を飛ぶ。はぁ、情けない。――頭を振ってそれを蹴散らした。
***
「夕飯にしようか」
「わーい! 今日なに!? おやこどん?」
「親子丼じゃないよ。すき焼きにしよう。今日は3人だし。あ、松子も食べていくんだろ?」
「うん、サチちゃんを一人にするの心配だしね。飢えた野獣の側にか弱いウサギちゃんを置いて帰れないよっ」
「バカ!心配いらねーよ!」
松子はにしし、と笑ってから、「嘘よ。明日学校あるしすき焼き食べたら帰るね」と言った。
「すきやき、なんだろ?おいしそうだなぁっ」
サチはうっとりした顔をしている。
―――僕は……間違っているのだろうか……この子を警察に引き渡して、本当の両親を……家族を、力ずくでも探してもらった方がいいのかもしれない……けど……―――
―――優海はそう思いながら、鼠色のエプロンを身につけた。
△▽△▽△
「いっただっきまーすっ!!うっひゃあっっいい匂い~~~っっ!!」
牛肉豆腐糸こんにゃく白菜きのこ……が、ぐつぐつ踊りながら煮えている。
その甘くて食欲をそそる匂いを思いっきり吸い込みながら、サチは椅子をガタガタさせて子供のように喜んだ。
「お兄ちゃんってなんにっも取り得がないけど、料理だけは上手いんだよね、昔っから」
全く松子は一言多い。憎たらしい。憎たらしさあまって可愛さ百倍な僕もどうかと思うがな。
「あちっ」
「あ~あ~熱いから、冷ましてから食べないとっ。ほら、水飲んで」
「こんなに熱いの、食べたことなかった」
「あ、そうか。だよな。何食べてたんだ?今まで」
「うんっとね…鹿、鮭、栗、木の実……」
「お、おお、そうだよな。そんな感じだよな。えっとその、生でそのまま食ってたのか?」
「うん。ママが捕ってきてくれるから」
「そうか……っておい松子、病院連れて行かなくて大丈夫かな??」
松子は箸の動きを止めて少し顔を歪ませている。普通の人間からしたらちょっと衝撃的だからな。
「うん、一回、病院連れて行ってあげたほうがいいかもね……」
「だよなぁ……明日、病院連れてくか」
「じゃああたし学校行く前に洋服たくさん持ってきてあげるね」
「ああおいしいなぁっ。すきやき、おいしい。ウナ、ありがとう!」
△▽△▽△
「じゃあ帰るね。お兄ちゃん、サチちゃんになんかしたら、あたしお兄ちゃんを一生気持ち悪がって一生近づかないからね!」
「わかってるよ!当たり前だろそんなの。こんな何にもわかってないような子になんかするほど終わってねーよ!じゃあな、気をつけて帰るんだぞ」
「うん……だよね」
――? 一瞬、松子の表情が曇ったような……。
「じゃあね!」
「おう」
松子は松子でなにか考える所があるのかもしれない。
これは、異常な事態なんだから――。
優海は神妙な顔でリビングに戻った。
「っっ!!??」
「ん?」
「なななあああ!!」
「ウナ? どうした-」
「こらこらこらなんで脱いでるんだーっ!!」
リビングに戻った、ら、なんとサチがまた服を脱いで、パンツ一枚の姿になっているではないか!
優海は咄嗟に顔面を両手で覆い、後ろを向いた。
――バッチリ見てしまった……。
「なんで、って、お風呂だよ?お風呂、サチ好き」
「だから、あちこちでどこでも脱いじゃダメなの!」
「う~ん? なんで~? らくちんだよ~?」
「なんでって、一応僕は男なんだし…」
「? 男じゃダメなの?」
「いやだから、そうじゃなくて、いや、そうだよ、男の前じゃ簡単に脱いじゃダメなの!」
「え~? なんでー?」
「なんでって、狼になったら大変だろ!!」
「え!? 裸になると、男は狼になるの!?」
あーーーーーっっっ!!!
しまったあああああ!!!
ますます話がこんがらがってしまったあああああっっっ!!!
体中の血液が頭のてっぺんに集まっているような状況で、優海は上手に説明をできない。
というかパニックを起こしていた、
その時、
全身を、雷が打ちつけた。
「おかしいなあ。狼に、なってないけどなあ」
「わ……わわ……」
ぱんぱん。
なんということでしょう。
**背後から僕に抱きついて、体をぱんぱんしています**
「おぱ……おっぱ……」
完全に沸騰したやかんと化した優海は、
「きゃっ! ウナ!?」
鼻から鼻血を噴出して、その場に倒れてしまいました。
狼に育てられていた少女と生活するのは、どうやら前途多難なようです。(童貞君には特に)。