「……ちゃん……」
うううん……寝かせといてくれよ……まだ……ねむ……
「お兄ちゃん!」
「ああ? まつこぉ? なに? ご飯いらね~……よ……」
「バッカじゃないのおおお!!?? ウナ!! 起きなさーい!!」
「んあ~? ………… あ"っっっ!!??」
松子!!
やっと現実に引き戻されて飛び起きようとしたが、体が動かない。
なんだ? 体の上に漬物石でも乗ってるのか―――
って!!!
「わわわっ」
「ねぇ、すっごーく疲れてるところを来てあげたのに、女連れ込んでるってどーゆー事!??」
「い、いいいいや、これは、違うんだ、誤解だ!このことなんだよ、だからその」
優海は絶叫してぶっ倒れたい所だったが、そうはいかない。
なんということでしょう。
一人で寝ていたはずのソファーの上に、女子が一人増えています。
「もうサイッテー!!黙って帰ろうかと思ったけど、あんまり頭に来ちゃったから」
「いやだから、誤解だって-」
「ん……あれぇ? にんげんふえてる……?」
優海に、猫のように重なって寝ていたサチが目を擦りながらむくっと起きた。
「じゃあ、帰るねっ」
「わ、待って!! ほんとに待って!! 一生のお願いだから!!」
「「一生のお願いだから」」なんて言葉使ったの、小学生以来じゃないかな。
とにかく慌てて懇願した。頼む松子、お前だけが希望なんだ。頼むから帰らないでくれ。
この子を突き飛ばして引き止めるわけにもいかないんだよおおぉぉ。手を必死に伸ばした。
すると、思いが通じたのか、松子はドアの前でピタリと足を止めた。
そして振り返って言った。
「30ね!!」
◇◆◇◆◇
「ごめんなさい。あっち、いつもお母さんにくっついて寝てた」
松子と優海とサチは椅子に座って向かい合っていた。
事情を説明すると、松子の表情は怒りからみるみる困惑した顔になって、それから慈愛に満ちていった。女って凄いなと、なんとなく思ってしまった。これが母性と言うものなのかもしれない。
「お兄ちゃん、本当にドッキリじゃないのよね?」
「あ、ああ。だって夜中の2時だったし、間宮は女子と酒飲んでたしな。多分、その線はないと思う」
「そう……だとしたら、困っちゃったね。この子……嘘ついてるようには見えないもの」
「だろ!?そうなんだよ、ほんとに……」
「う~ん」
優海と松子は考え込んでしまった。
「じゃあ、本当にこの子を探してる親がいないかだけ調べてみない?あたしが、田舎の子が迷子みたいって警察署に連れていくからさ。捜索願いが出されてないか……そんな親がいるかいないかわかったら、すぐさまお兄ちゃんが、あたかも探してるみたいに来ればいいんじゃないかな!で、連れて帰る!」
「おお!それ、素晴らしいアイディアだ!」
「でしょでしょ!明日学校休みだし連れてってあげる!」
松子はやる気まんまんみたいだ。
良かった。やっぱり松子に相談して良かった。妹よ。かわゆいぞ。
やっと道が見えた気がして二人で盛り上がっていると、チサが口を開いた。
「あの、お兄ちゃん?ってことは、妹?兄弟?」
優海の顔と松子の顔を交互に見ている。
「うん、そうだよ。僕と松子は、兄妹さ」
「きょうだい、そっか……あっちにもいた、きょうだい……」
「え……?狼の?」
「ううん、人間。ふたつおにいちゃん、いた」
「えっ」
松子と優海は顔を見合わせた。
「二つ年上のお兄ちゃん、いたんだ?」
「うん、優しかった……よく覚えてる。いちごあじのアメ、よくくれた」
二つ上……僕と同じ歳のお兄ちゃんがいたってことか。
「そのお兄ちゃんは、一緒にいなかったの?」
「うん。お母さんとお父さんと、一緒に行っちゃった」
「そうか……」
可哀想に、もしかしたら、家族で山に遊びに行って、サチを残したまま……。
「うぅ。サチちゃん!」
松子が泣きながら、サチに抱きついた。
僕は心に決めた。
この子をなんとしても、守ってやる!!
◇◆◇◆◇
また明日、と言って、松子は帰っていった。
僕とサチはカレーライスを食べてから、涼みたくて一緒にベランダに出た。
すると、サチは夜空を見上げて、
「一番星きらきら。一番星、いつも、光ってた。暗くなって、怖くなると……」
そう言って、一番強い光を出している星――北極星に指を指した。
「そっか。 あの星はずっと昔から、希望になっていたんだろうね」
サチの瞳に星が映って、きらきら、輝いて見えた。
それは真夏の透明な海に映る夕日みたいに、美しくて、僕はなんだかうっとりした。
8歳なんてまだ小さな子供なのに、夜の闇はどれほど怖かったことだろう。
「よし! 決めた!」
「?」
「僕があの一番星になるよ」
「……? 一番星に……?」
「うん。 今から僕が君の希望になる! だから、安心して」
僕が突然そんな事を言ったもんだから、サチは驚いた顔で僕を見て瞬きをしていた。
「ありがとう、嬉しい……っ!」
それから抱きついてきて、猫みたいに顔をすりすりする。
出会ったばかりで、誰かをこんなに愛しく想えるものなのかな――?
けど、恋の始まりなんて、そんなものなのかもしれない。
嬉しそうに抱きつく彼女を、僕は優しく抱きしめた。