「……なさい!起きなさい!ちょっと、聞いてるの!?」
「あぁ……?」
聞いたことの無い怒声を耳にした士は目を開く。
士の傍らに立っている声の主らしき銀髪の女性は、眉間にシワを寄せ口をへの字に曲げながら士を見下ろしていた。
「誰だあんた――」
「もう邪魔よ、失せなさい!」
疑問を口にしようとするが、胸ぐらを掴まれ椅子から立たされると、女性とは思えないほどの力で引っ張られ、部屋の扉の外に士は放り出されてしまった。
「……なんだ一体」
「……追い出されちゃいましたね」
左から聞こえた声に士は顔を向ける。そこにはピンクブロンドの髪と眼鏡が特徴的な十代後半程度の年齢であろう少女が士を見ていた。
「……お前誰だ?」
「えっ。さっきお会いしましたよね……?」
「あー……悪いな、少し忘れっぽいんでな」
自分は会った覚えは無いが、相手が『自分が来る前のこの世界での自分』に面識が有る事に気付いた士は、適当に話を合わせる。
「そうでしたか。では改めて自己紹介をさせて頂きます。私は『マシュ・キリエライト』、この『人理継続保障機関カルデア』の局員です」
「マシュか、よろしく……とりあえずだが、俺はどうしてこのカルデアに居るのか教えてくれるか?」
説明を終え、ペコリと頭を下げ礼儀正しく挨拶するマシュという少女。士は軽く挨拶を交わし、この世界の情報を得る為に次の疑問を口にした。
「了解です。まず先輩は、このカルデアに集められた四十八人のマスター候補の最後の一人……一般枠として連れてこられました。
そして先程から『オルガマリー・アニムスフィア』所長のミッションについての講義が始まっているのですが……先輩は居眠りしかけでレムレムしていたせいで所長の怒りを買ってしまい、追い出されてしまったようです。これではAチームからは外されてしまいますね」
短く、それでいて詳しく事情を伝えたマシュの説明を聞き、士は心の内で呟く。
(さしずめここは、カルデアの世界……って所か)
「……大体わかった。正直、小難しい講義なんか聞くのも面倒だからな。どこか適当な所で休むとするか」
「でしたら、先輩の個室へご案内します。そこならゆっくり休めますよ」
「そうか、なら案内してくれ」
―――――――――――――――――――――――――
士はマシュに案内され、先程の部屋から少し離れた部屋の扉の前へとやってきた。
「こちらの部屋です。先輩の出番はまだ時間がありますから、ごゆっくりどうぞ」
「あぁ……というか、その『先輩』ってのはなんだ?」
「あ、すいません。なんというか、私からしたらここに居る人はみんな先輩のようなものですので……」
「そういうことか、大体わかった」
「大体わかっていただけましたか。それでは、私はこれで」
マシュは士に一礼すると、スタスタと足早に去っていき、先程の部屋へ戻っていった。
世界を移動した時、士には警察官やバイオリニスト等、その世界に適した役職や立場が与えられる。
(この世界の俺の『役割』はどうやら、あの後輩と他のマスターとやらと一緒に人理とやらを守れば良いらしいな)
そう考えていたその時、士はふと視界の端に小さな動体を見つけた。傍らの観葉植物の鉢に隠れた『それ』を素早く目で追うと、そこにはフワフワとした白い毛と小柄な体躯が特徴的なリスのような生き物がおり、士を見つめていた。
「……なんだコイツ」
変な生き物が居た、と捕まえてマシュにでもつき出そうかと思った士は手を伸ばす。
「フォウッ!!」
「ぐっ!?」
しかしその生き物は怒っているような鳴き声と共に、勢いよく士の手へと噛みついた。
そして、士の手を噛み千切らんと牙を立てる生き物を、士は苦痛に顔を歪めつつ引き剥がす。生き物は士に引き剥がされると脱兎の如くさっさと廊下に逃げていった。
「痛て……なんだあの変なのは……」
痛む手を押さえつつ士が個室に入ろうとしたその時だった。
―――――――ドォォォォンッッ!!!
「なっ……!?」
カルデア全体に響くような轟音と共に、廊下の向こうから小さな火の粉が士の頬を掠めた。そして、緊急事態を知らせるアナウンスがカルデアに鳴り響く。
「い、一体なんだぁっ!?」
すると何故か士の個室から白衣の男が飛び出し、士には目もくれず慌てた様子で火の手の上がる方へ走り出していった。
「……確か、さっきのマシュとかいうのがあっちの部屋に向かったな……俺も行くとするか」
カルデアの説明や部屋まで案内された恩も一応ある、ということで士も白衣の男を追うように走っていった。
―――――――――――――――――――――――――
士が辿り着くと、火の元である管制室は案の定火の海と化していた。先程の轟音から察するに爆発でも起きたのか、天井や壁も一部崩落し、士が探していたマシュもまた、巨大な瓦礫の下敷きにされていた。
「マシュ!」
「ぁ……せん、ぱい……?」
士の声で意識を少し取り戻したのか、マシュは血を垂らしながら頭を上げ、生気が消えかけている瞳で士を見上げた。
「マシュ、今どけてやる」
「……でも、私はもう……」
「…………」
士の瓦礫をどけようとする手が止まる。本人の言う通り、下半身が瓦礫に潰されるという致命傷を負ってしまっている以上、マシュの生存は絶望的なのは士もわかっていた。
『システム レイシフト 最終段階に移行します。
西暦 2004年 1月30日 日本 冬木
ラプラスによる転移保護 成立。
特異点への因子追加枠 確保。
アンサモンプログラム セット。
マスターは最終調整へ入ってください。』
「先輩……早く、逃げないと……」
「逃げるさ。ただしお前を助けてからな」
士には意味が理解出来ないアナウンスが喧しく鳴り響く中、士はバックル状態の『ディケイドライバー』を取り出し、腰に当てるとバックルからベルト部分が飛び出し士の腰に巻きつく。
「あ……その、ベルト……」
「少し待ってろ」
士が左腰に出現した『ライドブッカー』を開き、『仮面ライダーディケイド』のカードを取り出そうとしたその瞬間。
『コフィン内マスターのバイタル
基準値に 達していません。
レイシフト 定員に 達していません。
該当マスターを検索中……発見しました。
適応番号48 門矢 士 を
マスターとして 再設定 します。
アンサモンプログラム スタート。
霊子変換を開始 します。』
『レイシフト開始まで あと3』
「…………あの………せん、ぱい」
マシュは痛みを堪え、士の手を握り、声を絞り出す。
『2』
「その、ベルトは………」
夢で見た、世界の終わりのような光景の中に佇む人物が巻いたそのベルトの正体を聞く為に。
『1』
「へんし――」
『全工程 完了。
ファーストオーダー 実証を 開始 します。』
互いに言いかけたその時、マシュと士を光が包んだ。
―――しかし、この時誰も気づけなかった現象が一つあった。
光に包まれる直前、ライドブッカーから一つの光が飛び出し、マシュの身体へと入っていった事を。