犬吠埼樹はワニー先輩のギターを弾く   作:加賀崎 美咲

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ひかり

 夕方、銀に別れを告げて部屋に戻った和仁は胸に宿った熱にうなされて続けて気がつけば朝になっていた。

 事前に設置した目覚まし時計が控えめな音量で起床を促している。

 ぼんやりとした窓から差し込んだ明かりが朝日に変わっていく様子を今日、和仁は初めて見た。

 しかしそんな雄大な自然の一端に感動している余裕などなく、寝ぼけ眼をこすって起き上がる。

 運動着に着替え、日差しがまぶしい外に出る。

 木陰に隠れ、しばらくしていると他の三人と安芸がやってくる。

 全員が揃ったところで合宿の二日目が始まった。

 午後から始まった初日とは違い、二日目の午前は個人訓練から行われた。

 勇者たちはそれぞれに課された課題をこなしていった。一方、一人では出来ることもない宮司である和仁は木陰に座りながら記録を取っている安芸の隣で一緒に彼女らを見ていた。

 記録を取る手を止めずに安芸が口を開いた。

「和仁くんから見て彼女たちはどう映りますか?」

「……そうですね、三人とも優しい人たちです。彼女たちが神樹様に選ばれた勇者で良かったと思ってます」

 書き物をしていた手が止まる。予想だにしていなかった答えを受け取った安芸は思わず和仁を凝視して、それから嬉しそうに口角を上げる。

「一応、勇者としての彼女らの能力について聞いたつもりだったのですが……」

 クスクスと安芸に笑われ、そこでやっと和仁は自分の失言に気がつく。何も気負わずにいった自分の発言を笑われたことに顔を赤くする。

「むぅ……、そういうのは大人げないって言うんだと思います」

「ふふっ、そうですね。先生としたことが生徒の成長が嬉しくて思わずからかってしまいました」

「そういうの、好きじゃないです。いつまでも子ども扱いして……」

「先生は今の和仁くんの方が好きですよ?」

 昨日の意趣返しもそこには含まれていた。同じことをやり返されてしまっては、何も言い返せない。むむぅ、と小さく唸りながら安芸を見る。

「もう昔の僕じゃないんです。……もう、あれから七年経ったんですね」

「そうでしたね。すっかり背も大きくなりましたね、…ほらこんなにも」

 そう言いながら安芸は和仁の頭をそっと優しく撫でる。初めて会った時は膝を折って目線を合わせていた背の高さが、今となっては少し目線を下げるだけの差になってしまった。

 座ってしまうとかつてあった背の違いは拳一つ分ほどしかない。

 近くなった目線の高さが和仁にこそばゆい感じを覚えさせる。

 七年が経った。七年しか経ってないとも言える。自分では何が変わって、何が変わってないのかがよく分からない。でもあの頃と同じだとは思えなかった。

 妹が出来て、友達ができて。それなのに何も変わっていないのだとしたら少し寂しい。

 だから一番近くで見ていてくれた人に問いかける。

「先生。僕は変わったのでしょうか?」

「はい、初めて会ったあの日よりもずっと優しい表情をするようになったと思います。そして、きっとこれからはもっと良くなっていくはずです」

「……そっか、そうですよね。先生がそう言ってくれるのなら、きっとそうなんだと思います」

 嬉しそうに和仁ははにかむ。

 誰かのために在らねばならないと思った。その為なら自分はどうなっても仕方ないのだと、そう思っていた。それがあの日、神稚児として生きようと決意した日の和仁の在り方であった。自分の幸福よりも不特定多数の幸福を第一に据える在り方は和仁の心を壊した。

 だから正直に言ってしまえば、周囲から見てそれまでの和仁の笑顔は不気味なものであった。子供らしくも、人らしくですらない枯れて茎の折れた花のような笑み。

 そして安芸との出会い、須美との出会い、銀との出会い、園子との出会い、そうした一つ一つの出逢いが少しずつ和仁を変えていった。

 不器用ながらも確かに目に見える守りたい人、自分を肯定する誰かを得て和仁は少しずつ人になっていく。

 色のない花に色が与えられるように少しずつその笑みは美しいものへと変わろうとしている。

 そんな変化をなんとなく理解してそっと胸をなでおろす。

 それ以降会話らしい会話もなく、二人は勇者たちの記録を続ける。

 時間が進み、午後に入ると昨日と同じように連携強化の訓練が始まった。

 元気よく三人の勇者は砂浜を駆ける。

 そして吹き飛ぶ。連携とは昨日今日で生まれるものではない。それでも必死に三人は互いの力を頼って戦う。

 しかし惜しいところで連携の甘さが露呈して失敗に終わる。

 失敗にいじけず三人はまた立ち上がる。少なくとも疲労と負傷で動けなくなった昨日とは違い、三人ともまだ戦えるという様子でもう一度挑戦しようと構える。

 それを見て安芸は確信するようにうなづく。

「それでは今日はここまでとします。各自夕食を食べ終えたら就寝するように」

「えー、そりゃあないよ先生。まだまだこれからってところじゃん!」

「三ノ輪さん、はやる気持ちを抑えてください。やめ時を把握することも修行においては重要です。過度な運動は身体を壊すだけ、休息をとることも重要な訓練の一部です」

「そういうことならしょうがないけどさ……。この溢れるやる気はどうしたらいいんだよ……」

 しぶしぶという様子で銀は引き下がるがその表情は不満そうだった。

「まあまあ、ミノさん。休めるときには休もうよ〜。むぎ茶おいしいよ〜」

「銀ちゃんもこの冷奴食べる? 冷んやりとしてて美味しいよ?」

 いつの間にやら休憩モードに入っていた園子と和仁は旅館の縁側で用意されていたものをパクパクと食べ始めていた。出遅れた須美も渡されたぼた餅を食べ始めて縁側でまどろむ。

 くつろぎ始めた三人を見て毒気を抜かれた銀は彼女を待つ三人のところに駆け寄り同じように縁側に腰をかける。

「はい、ミノさん。半分あげる〜」

「おっ! こんなのもあるのか」

 園子は半分に割れるアイスの片割れを銀に差し出す。冷え冷えとした氷菓が運動して熱くなった口の中を落ち着かせていく。

 冷たいアイスを堪能していた銀はふと和仁が悲しそうに遠くを眺めていることに気がつく。

 どうしたのだろうと不思議に思い、和仁が眺める先に視線を向けても川があるばかりで何も見つけられない。気になって声をかけようとしたところで園子の声に中断される。

「なぁ、兄さん何見て……」

「わたし、汗かいてベタベタするからお風呂入ってくる〜」

「あぁ、そのっち待って、私も行くわ!」

 トタトタとマイペースな園子とそれを心配した須美が部屋を後にする。友達二人に置いていかれた銀も慌てて立ち上がる。

「あれ? 銀ちゃん二人を追いかけなくていいの? 置いてかれてるよ?」

「え? あ、あぁ、うん。また後で聞くよ。先お風呂行ってくる!」

 なんだか区切りの悪くなった銀は慌てて二人を追いかける。一人残された和仁は銀の様子に不思議そうに首をかしげた。

 そして視線を戻しまた何もない川辺を静かに見つめていた。

 時間が経ち、入浴と夕食を終えた三人は部屋に布団を敷き、寝る用意を終えていた。すっかり暗くなった外を見てから園子が枕を抱き抱えながら楽しそうに笑う。

「やっぱりこういう合宿って言ったら枕を寄せてのおしゃべりなんよね〜。昨日はすっかりヘトヘトだったから出来なかったけど今日こそはやるよ〜」

「もう、そのっち。明日も訓練があるのだから夜更かしはいけないわ! 銀は銀で準備万端にならない!」

 夜更かしする気満々の園子とすっかりおしゃべりの体制に入った銀に呆れた須美は重いため息を吐く。

「二人とも訓練の時は頼りになるのに終わった途端にどうしてこうなるのかしら……。ハァー……」

 さらにため息を吐いた須美は勝手にしろと一人寝る体制に入る。それを見た銀は留めようと引き止めようとする。

「まぁまぁ、須美さんや。こういう時こそ楽しめるものは楽しまないと!」

「へへ〜、ミノさんノリノリだね〜。そうだ! こういう時は好きな人の言い合いっこが定番だね〜。よし、ミノさんからどうぞ〜!」

 須美は先ほどまで視界を遮断していた瞼を見開いて顔をあげ、そのまま銀に視線を投げる。綺麗な青い瞳がジッと銀を見る。園子も楽しそうな様子で銀の答えを待っている。

 急に指名され、題目も恥ずかしくて答えにくいものであったから銀は言葉に詰まる。

「え、なぁ、それって……」

「もちろん家族とか、好きな人がいないって言ったら勇者の資格剥奪なんよ〜」

 鼻息を荒くして目を輝かせた園子が先制を打つ。先手を打たれ、逃げ道を失った銀は動揺する。

「そ、それなら須美はどうなんだよ。アタシばっかり当てられるのも不公平だろー」

「私はお兄ちゃんが好きよ。当然でしょ?」

「かぞくは無しって言ったばっかじゃん!」

「血は繋がっていないから今回は対象内よ」

「せっこいぞ須美!」

 シレッとした顔で思わぬ回避をした須美のやり方に銀は不満を噴出する。しかし当の本人は涼しい顔をして銀の答えを待っていた。

「私もワニー先輩が好き〜。なんだか守ってあげたくなるかっこよさだよね〜」

「そのっち、それは果たしてカッコいいのかしら?」

 園子のとぼけたような答えに須美は苦笑する。本人はいたって真面目なのだからタチが悪い。

 銀は思う。下手に考えるよりここ二人に便乗して和仁が好きと答えれば下手に詮索されなくて済むと。心の中で名案だと自画自賛して銀は意気揚々と答えようとする。

「あぁ、それならアタシだって兄さんが、その、す、すす……」

「す?」

 どうしてだろうか言葉が続かない。好きという二文字がどうしても繋がって言葉にして口に出せない。

 そんな単純なことがどうして出来ないのか分からず言葉に詰まっていると、なんだか分からない熱さが胸を焦がしていく。

 胸に灯った熱さは血に乗って顔にまでやってくるとそのまま顔の熱さに変わっていく。風呂の熱などとうに冷めたはずなのにそれよりもよっぽど熱い火が頬から吹き出しているような気がした。

 銀の答えを今かと待つ二人の視線が真っ直ぐに彼女を捉える。自分を見つめる視線が答えを催促している。

「も、もお! やってられるかぁ!」

 追い詰められて銀が出した答えは逆ギレだった。

 かけていた布団を蹴り飛ばし、ドシドシと足音を立てながら銀は廊下へ消えていった。銀の消えた廊下を見ながら園子は申し訳なさそうにする。

「ちょっと急かしすぎちゃったね〜」

「……ええ、そうね。少ししたら迎えに行きましょう……」

 暗い廊下を一人銀は歩く。

「全く! 須美も園子も加減とか知らないのか! アタシは兄さんのことす、す、すす……」

 やっぱり言葉にできなくて言い淀む。立った二文字の言葉、それだけなら簡単に言える。でもそこに和仁の名前を言おうとすればどうしてか口にできなくなる。

 自分らしくない、いじらしさに苛立ちが積もっていく。

「全くアタシらしくない。こうなったら兄さんに文句の一つでもいってやる!」

 自分がこんな変な気持ちになるのは和仁の所為だ。理由や経緯など考えず、そう銀は結論づけた。

 そうと決まれば話は早い。火の玉ガールは目標を探して旅館の廊下を突き進む。しかしいくら探してもどこにもいない。部屋には誰もおらず、風呂はすでに時間外、待合なども消灯され、非常灯だけが薄く明かりになっている。

 どうして見つからないのだと思い、銀は首をかしげる。歩きまわっているうちに顔を火照らせていた熱も冷め、冷静になっていた。

「今日はもういっか……」

 探しても見つからないから諦めようと踵を返した時、視界に明かりが目に入る。見上げると窓の外で月が輝いていた。ちょうど雲の切れ間に出たのか、半分に欠けた上弦の月からくる優しい光が暗い廊下を照らす。

 とても綺麗な月だった。街中では人の作ったの明かりによって遮られてしまうあるがままの小さな星明かりも、この海辺近くの静かな旅館でならよく見える。ならば月明かりは普段と比べられないほどのものであった。不思議と心を奪う月の眩さは星と共に輝いて銀は目を逸らせなくなる。

 銀がその星空に見惚れているともう一度月が雲に隠れた。当然月の光も雲に阻まれて明るくなった廊下も元の暗さに戻る。

「ん……? なんだアレ?」

 しかしそれだけではなかった。窓の外に視線を注目させていたから気づけた。

 月明かりに隠されて薄く、小さく何かが瞬いていた。

 なんだろうと思い、顔をガラスに寄せる。ところが銀は顔を近づけると小さな瞬きはふと遠くへ離れていく。

 不思議なそれに好奇心を刺激された銀はやんちゃにもスリッパのまま窓を開けてから外へ飛び出した。

 湿った土の柔らかい音が足元で小さくなる。瞬く小さな明かりはどんどん遠くへ行く。

「待てよ! なあって!」

 呼びかけても明かりは離れていく。もう小さくなっていく光を追いかけて銀は旅館近くの林の中へ進む。

 木の間を通り抜け、茂みを越えて川辺にたどり着く。

 たどり着いて、銀は何も言えなくなって目を見開く。

 綺麗だった。先ほど見た小さな瞬く明かりがいくつもあった。まるで星空をずっと眺めている分かる天体の動きを模したように幾つもある瞬きが流動していく。

 瞬きの奔流に銀は圧倒されて言葉を失う。

 そんな銀を我に返したのは耳に入った音だった。いくつもある瞬きに見惚れていて気づくのが遅くなった。確かに聞こえるそれは目に見える川の向こう岸の少し遠くから聞こえてくる。

 なんだろうと思って音の方へ歩く。小さな明かりたちもそちらに向かって流れているようだった。先導する明かりについていくと少し歩いて音の正体を理解する。

 歌だ。誰かが歌っている。

 明かりが一瞬消えて、そして一斉に灯る。優しい光が物言わぬ林を照らし出して互いを浮かび上がらせる。

 細い川を挟んで二人は立っていた。

 一人は銀。そしてもう一人は和仁。

 思わぬところにいた探し他人の登場に銀は驚いて言葉が出ない。

 対岸の和仁は目を閉じたまま、静かに歌を歌い、時折小さく体を動かす。それは本来であれば神に捧げるべき神楽舞の奉納であった。略式であるものの、確かに積み重ねられた時間を思わせるそれは周囲の瞬きに見守られながら厳かに執り行われていく。

 聞いていて、寂しいような、悲しいような歌だと銀は思った。

 瞬く小さな明かりは和仁を囲うように集まっては離れてを繰り返す。幻想的なその光景に銀はただ黙って目に焼き付けていた。

 しばらくして歌が終わり、和仁がそっと目を開いて、視界に入る銀に驚いた表情をする。

「あれ? 銀ちゃんどうしてここに? もう夜も遅いよ?」

「それは兄さんもだろ? 兄さんこそどうしてこんなところにいるのさ」

「うん……、この子たちがたくさんいたから鎮めようと思って……」

「この子たち? 何のこと?」

 いまいち要領を得ない銀が分からなさそうにしているのを見て、和仁は小さく笑う。そっと手を空中に伸ばして明かりの一つに重ねる。

 割れ物を扱うかのようにそっと拳を握るを和仁は河岸を飛んだ。

 小さく湿った土の音と水音がなる。

 クスリと笑って和仁は握った手を差し出してからパッと銀が見えるように開いた。

 そこから銀が先ほどから何度も見た小さな瞬きが空へ向かって飛んでいく。

 ここで銀は明かりの正体に気がつく。

 蛍だった。先ほどから見えていた明かりの正体は何匹もの蛍が集まった光だったのだ。

 でもまだ分からないこともある。

「これがホタルなのは分かったけどさ、でもどうして兄さんはここに居たんだ? それも歌ってたし……」

 和仁は少し目を伏せて、そして元に戻って銀を見た。

「ここにいるのはゲンシボタルなんだけどね、銀ちゃんはこの蛍の名前の由来を知ってる? 」

「……え? え、えっと、分からない」

 唐突に聞かれても銀にはそれが分からなかった。

 和仁は言葉を続ける。

「昔ね、源頼政って人がいたんだ。その人は平家って人たちから酷い目に遭わされてね、復讐しようとしたんだ。でも思い虚しく復讐を果たす前に死んでしまったんだ。その時の無念の思いが形になったのが蛍の光だと言われてるんだよ」

 そう言われるとこの綺麗な光景が急に気味の悪いものに見えてくる。集まった一つ一つは弱々しい瞬きも数が集まれば視界を照らす明かりになる。まるで怒りによって生まれた煌々と燃える火の粉のようであった。

 そしてそれを鎮めようとしたと和仁は言っていた。どういうことかと銀は尋ねる。

 和仁は言葉を続ける。

「そんな由来があるからからね、蛍の光は無念や怨念の象徴になるんだ。蛍は一週間にか生きられない儚い命、そんな風に生まれてすぐに消えていくのは何だか悲しくて、だからせめて穢れを払ってあげたらと思って、こうして祝詞を歌っていたんだ」

 そういって川辺に集まった光を両手でそっとすくい上げる和仁に表情には少なくない憂いの色があった。

 しばらく言葉もなく二人は蛍の光を見る。

 気がつけば銀は質問していた。

「なぁ、兄さんはホタル好きか?」

「……どうかな。でもこうして消えていくものにはどうしても目が逸らせなくなる。きっと同じだから」

「同じ?」

「季節になればみんなから望まれて、気がつけば消えて無くなっていて、それが当たり前に思われて。……何のために彼らは瞬くのだろうね、どうせ消える命なら、初めから何も望まなければいいのに。そんな風に生まれるくらいならいっそ……」

 自分でも変に感傷的になっていると和仁は自覚していた。夜の人気のいない林の中にいるからか、それとも銀と二人だけだから。言葉が止まらない。

 すぐに朽ちてしまう蛍と自分を重ねて、大して気にしていなかった小さな種が実をつけるように膨らんでいって言葉が剥がれていく。

 言い終えるとすくった両手の中にいる蛍に視線を落として和仁は黙ってしまう。

 この蛍は何日目だろうか。もしかしたらもう朝日を見ることもないのかもしれない。

 なんて意味がないのだろう。もういいやと思って手の中にいた蛍を捨てようと思って広げようとして、出来なかった。蛍を包むように持っていた和仁の手を銀が抱きとめるように包んでいた。

 伏せていた顔を上げて、とても近くに銀がいた。優しく微笑んで銀は蛍を見ている。目線は蛍を見たまま銀は話し始める。

「アタシは好きだよ。だって命は命でしょ? そこに短いも長いもないよ」

「すぐに消えるものだとしても? そんな風に生まれたくて生まれた訳じゃなくても?」

「理科の授業でやったんだけどさ、蛍が光るのは仲間を探すためなんだってさ。そうやってお互いの明かりを目印にして集まって大きな家族を作るんだって聞いた。そしたら小さな家族ができてまた次の蛍に繋がっていくって先生は締めてた」

「次に繋がる……」

 銀は両手を上げて和仁の目線を上げる。目と目が合う。和仁と目があって銀は照れたように笑う。

「そそ、だから儚くたって意味がないなんてことは絶対にないんだ」

「でももし家族を見つけられなかったら? 独りぼっちの蛍はどうするんだい? その子の居る意味は?」

「これも授業で聞いたことだけど、蛍って自分の力だけで輝けないんだ。小さなバクテリア? が蛍を助けてるんだって。独りぼっちに見えるだけで、気づけないだけで見えない誰かが何時も側に居て、そいつが自分を輝かせてくれるんだって。なんかいいよなそういうの」

 自分とは全く違う蛍を見た銀の言葉を何度も心の中で反芻する。

 痛ましく思っていたそれが今までと違って見える気がした。少しづつ積もっていた重しが崩れはじめた。

「だからさ、どんな生まれだとしてもきっと色んな形で未来に続いていくんだ。今は何も見えなくても最後に良かったて思えればそれが一番いいんだ。それにほら、兄さんは蛍の光を怨念だとか無念に例えたけどさ、こんなに綺麗なのにそんな悲しいだけの光じゃないよ」

 届かない天の星に手を伸ばすように銀は手を広げる。

 雲の切れ間から漏れる月明かりと蛍の明かりが銀を照らし出す。

 とても綺麗だ。ただそう思う。余計なものは何もない。ただ和仁と銀が二人いるだけ。

「銀ちゃんはどういう最後だったら一番いいって思えるの?」

 一つ、答えが欲しい。自分が見つけられるいつかを照らし出してくれる道標を。

 聞かれて銀は答えに詰まる。照れくさそうに頭をかいて顔を赤くする。

「それって将来の夢とかそういうのでもいい? 変だから笑うなよ?」

「笑わないよ、銀ちゃんが良いって思えるものが変なもんか」

「……弟ができた時、初めはなんか邪魔だなって思ったんだ。親は弟にかかりきりだし、お姉ちゃんなんだから我慢しなさいとかさ、ありきたりなこと言われたんだ

 でも言葉もろくに話せない弟をはじめて抱いた時にびっくりした。暖かくて動いてるんだ。アタシの腕の中に収まるくらい小さいのに。そう思ったらさ、家族が増えるのっていいなって思えてさ、いつかアタシもそんな家族が持てたらって思ったんだ」

「家族が欲しいってこと?」

 和仁が聞き返して銀は後ろを向いて背中で顔を隠す。

「お嫁さんになりたいんだ、そしたらアタシだけの家族ってヤツを持てるかなって。……変だろ? ガサツなアタシが何言ってるんだって思ったでしょ?」

「そんなこと思わないよ。お嫁さん、とても素敵だと思う。きっと銀ちゃんならいいお嫁さんになると思う」

 ただ思った賞賛を口にする。照れた銀が振り返る。顔をリンゴのように真っ赤にして動揺していた。

「こ、こっ恥ずかしい事言うなよな! アタシにこんなこと言わせたんだ、兄さんも将来の夢を白状しなよ! ほら、早く!」

「そ、そんなこと言ったって急には出てこないよ」

「ええい! アタシにここまで言わせたんだ。夢の一つや二つ、ここででっち上げないと帰さないぞ!」

 銀は大地を蹴って飛んだ。広げた両手で和仁を捕まえて話さない。急に飛びつかれ、バランスを崩す。銀が和仁を押し倒すようにして柔らかい川辺の土に倒れこむ。

 気がつけば目と鼻の先に互いの顔があった。小さな吐息が顔に触れる。

 それが心臓の音を急かせる。すぐ近くに顔があることが落ち着かず和仁は目を逸らす。

 逸らした先で二人を見下ろす蛍たちが見える。ジッとそれを見て、自分が祝詞を歌うためにここに来たことを思い出す。祝詞を使おうと思ったのは自分の意思だった。

「歌……」

「え?」

 自然を言葉が漏れていた。この状況から逃れたくて言葉を続ける。

「歌を歌いたい……」

「歌手ってこと? ……いいじゃん! ギターとか持ってさ、ロックとかカッコいい!」

 和仁がひとまず答えを出したことに満足したのか銀が和仁の上から退き、和仁は服についた土を払いながら立ち上がる。

 満足そうにした銀が小さく跳ねる。困ったように和仁は呟く。

「そんなにカッコいいものかなぁ……? でも他に将来の夢って言われても答えが出ない……」

「なら決まりだな! 兄さんの将来の夢はギターソングライターってヤツだ!」

 勝手に和仁の将来の夢が予約されていく。

 弾いたこともないよ……、という和仁の呟きを銀は聞いていない。

 しかしそうした未知はこれからが始まるきっかけを予感させた。

 夏の夜の魔力は普段抑えていたものを解放させて心を浮き上がらせる。遠慮のない、ありのままの無邪気な強引さで銀は和仁の手を引いていく。

 そんな強引さがどこか心地良い。こうして引っ張ってくれる銀を和仁は好ましく思う。

 場に酔ったのか空に向かって楽しそうに笑い声を打ち上げる銀から視線を逸らして空を見上げる。半分だけの月が煌々と空に浮かんでいた。

 そんな月に見惚れながらいつか聞いたような言葉を和仁はポツリと呟く。

「月が綺麗だね。こんな夜なら死んでもいいって思えるのかな?」

 それを聞いた銀は怒ったように和仁を睨みつけた。

「死んでもいいなんて、そんなバカなことを言う口はコイツかー!」

 笑いながら両手を伸ばして和仁の頬を掴んで引き伸ばす。

 痛いと言いながら笑う和仁は逃れようとするが銀が掴んで離さない。

 暴れて転がって、足を踏み外して、二人は川の中へ滑って落ちた。浅い川が大きく水音を鳴らす。川の中で横並びになった二人は自然と空を見上げる。

 沢山の星があって、月があって、蛍の光があって、美しいもので満たされていて。

 自分たちがとてもバカなことをやっていることが急に小さなことのように感じて、それでもそんなバカなことが面白くて二人は訳も分からずに笑い出す。

「月が綺麗だね」

「あぁ、すっごい綺麗だ」

 今は何もかもを忘れてただ見上げる。

 暗いものや目を背けたくなるものを吹き飛ばす軽快な二人の笑い声が星と月と蛍の光の下に響いていた。

 七月まで後一ヶ月。




夏の思い出は少し特別な気がする、そんな話でした。
今週は遠出をするので次回の更新は一週間ほど間が空くかも。
時間があれば書きますが厳しいかな。
ではまた次回。
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