奇妙な沈黙が樹海の中で続いていた。
舞い降りた十一体のバーテックスは四国と外の境界たる大橋の上で進行を止めると、憮然としたまま沈黙していた。
対する四国の勇者と宮司たちも同様に沈黙していた。最前線にいるにいた和仁はカガミブネを用いて瞬時に最後方のシステムの場所まで移動、前回と同様に勇者システムと同調し、四人は戦う準備を整えていた。しかしバーテックス十一体の襲来という前例の無い状況にどう攻めていいのか分からず、様子見を強いられていた。
「……敵さんが十一体。どうしたもんよ兄さん?」
「一体ずつ引きつけてから各個撃破! ……とはいかせてもらえないんだろうね」
緊張した面持ちの銀の問いかけに和仁は楽観的な意見を出してみるが圧倒的な数の不利に状況の厳しさを再確認する。少なくともこれまでの訓練においても十一体を同時に相手取ることは想定されていなかった。少なくとも一体、もしくは数体が相手になるのだと予想されていた。
最大の見落としとは敵もまた思考し、策を巡らせる存在であったこと。4対11という圧倒的な数の不利が生み出す緊張感が勇者たちの動きを見えない鎖となって縛り付ける。
「…っ! 敵、きます!」
目の良い須美が小さな変化を捉えた。
長い沈黙を破ったのはバーテックスの方からであった。
中心に陣取った獅子座が体を開き、そこからミニチュアの太陽とも言うべき巨大な火球を神樹めがけて解き放った。
轟音をたてながら小さな太陽が迫る。
「園子ちゃん! 一点突破!」
「わかってんよ!」
短い指示とともに園子が飛び出す。
和仁が手元のコンソールを操作すると鉄の足場が地面から伸びて幾重にも重なって壁になる。鉄の壁を融解させながら火球は少しづつ勢いを弱めていく。火球が二十枚目の壁を破ろうとした時、正面から激突するように青い光が飛来した。
それは須美の放った矢だった。神樹の力を纏った矢は破魔の作用を持ち、悪意を伴った炎を打ち払う。そうしたことで火球の黒い核が露わになり、そこに同じように神樹の力を槍に込めていた園子が迫る。
目にも止まらない速さで園子は槍を持って突き進む。後に残るのは紫の残光だけ。迷いのない最短の直線を描いて光が核に突き刺さる。火球に近づいたことでその熱が容赦なく園子に襲いかかる。何かが焦げ付くかのような嫌な臭いが鼻につく。視界には入らないが髪先が黒く焦げて細くなっていく。
「…っ! 熱いけど、これくらいなら問題ないんよ!」
刺さって、当たって、貫いた。
勢い余った園子は地面に転がり、すぐに態勢を立て直す。振り返ると貫いた核が崩壊していく所だった。
そしてその隙を突くように火球の後ろで迫っていた魚座が泳ぐように体を半分地面に埋めたまま直進し、園子を一飲みにしようと大口を開いていた。
油断していた所への奇襲に園子は一瞬の判断に迷い、結果として無抵抗になる。そこに赤い閃光が走り寄る。
「だらっしゃー!」
「僕らに奇襲は無意味だぞ。バーテックス!」
しかしてバーテックスの奇襲は不発に終わる。園子は銀の怒声を聞いた。感覚を四国全体に広げた和仁に見えていない場所は結界内に限れば存在しない。初めから火球を破壊した勇者に対する奇襲は読めていた。
和仁の意思を受け取った銀が飛び出し、園子の頭上を飛び越える。手にした二本の斧に全力を込めて振り下ろす。三人の勇者の内、最大の攻撃力は伊達ではなく、振り下ろされた斧は纏った神樹の力を伴って魚座の頭部をかち割る。
切り倒され、地面に叩きつけられた魚座は頭部を爆砕したダメージと合わさり動かなくなる。即座に和仁は鎮花の儀を開始する。花が舞い、その場が浄化されていく。清められた魚座は形を崩し、花弁に包まれるとその姿を樹海の中から消した。
「まずは一体目! 人間を甘く見るなよバーテックス!」
自身に喝を入れるように銀が雄叫びをあげる。
十一体という完全な数の不利、しかして勇者と宮司たちは負けてはいなかった。連携の練度という圧倒的なアドバンテージと巨体ばかりで連携が取りづらいバーテックスの対比が薄氷のような均衡を生み出していた。
そしてそれを理解したのかバーテックスは三人を分断にかかる。
静止していた九体のバーテックスが一斉に動き出した。
三つの団体に別れたバーテックスがそれぞれの道筋で神樹を目指す。
「バラバラに侵攻! これじゃあ一つと戦ってるうちに他の二つが神樹様にたどり着いてしまう! どうするお兄ちゃん?」
敵の行動に須美がどうしたものかと叫んで指示を仰ぐ。
侵攻を開始したバーテックスを止めないわけにはいかない。人類はバーテックスが神樹に到達した時点で敗北する以上、三つに分かれたバーテックス各々に対処を強いられる。しかしそれでは三人による連携が活かせないジリ貧に自らを追い込むことと同義である。
しかし考える猶予を敵は与えてはくれない。こうしている間にも敵は侵攻を続けている。
焦りを感じながら今できることを和仁は指示する。
「戦い方を考える、三人とも時間を稼いで!」
「了解!」
和仁の支持を受け、三人はそれぞれ最も近いバーテックスの集団の元へ駆けつける。
最も最初に敵と接触したのは遠距離攻撃の弓を用いる須美だ。
須美が対峙したのは三体。乙女座、山羊座、獅子座の三体は須美を認識しても侵攻を止めない。
たどり着けば勝利条件を満たせるバーテックスからすれば戦うこと自体に意味がそれほどないのだ。
「神樹様のところへは行かせない!」
足止めのために須美は攻撃を開始した。
弓を引いて、解き放つ。
破邪の力を纏った矢は光を纏いながら先頭の乙女座に飛来し、それなりの大穴を開ける。しかし乙女座は気にした様子もなく動き続ける。
決定的に攻撃力が足りていなかった。本来であれば三人一組での戦いが想定されていた須美の装備にとって、このように一人で複数を相手取ることは火力の面で難があった。
しかしこれは有事、そのような泣き言は言っていられない。
想定外の状況なのであれば、戦い方も想定外の方法を用いれば良いのだ。
思いつきレベルの奇策であるが兄となら不思議と出来るという確信があった。
長距離狙撃から短距離用に弓の丈を変形させてから須美は弓を背負ってクラウチングスタートの構えをとる。
「お兄ちゃん、私が考えてること、出来る?」
短いつぶやきと共に須美は考えた奇策の詳細を心の中で和仁に見せる。その声色は確信と自信に満ち溢れていた。
「もう、君も無茶なこと思いつくな……。でも仕方ない、無茶でもやるしかない!」
和仁からのゴーサインが出た瞬間、須美は駆け出した。神樹の力によって強化された脚力をもって須美は風を切って走る。遥か先を行っていた三体に追いつくと大きく跳躍し三体の頭上に登る。
「まずは一射!」
短く番えた矢を素早く解き放つ。放たれた矢は勢いよく乙女座に刺さる。
しかし刺さるだけでそれ以上は何も起きない。通常であれば須美の放った矢は溜められた神樹の力を爆発させて火力を補っている。つまりそうしなければ須美の矢は通常の矢と威力が変わらないのであり、バーテックスと戦うのに火力不足が否めない。
しかしこと、この状況であればそれでいいのだ。
落下しながら須美は矢を放つ手を止めない。普通の矢と違い、須美の持つ弓は神樹の力によって形作られた弓と矢。矢筒から矢を番えずとも弦を弾くだけで光の矢が自動的に装填される。
その特性を活かし、須美は何度も矢を生み出しては放っていく。みるみる乙女座の一部が剣山の様に矢が密集して刺さっていた。
流石に邪魔に思ったのか乙女座が反撃を開始した。
尾のような部位から卵状の爆発弾を生成すると須美目掛けて発射した。しかし放たれた爆発弾は須美に届くことはない。
樹海の至る所から発射されたワイヤーとそのアンカーが爆発弾を空中で撃ち落とす
「流石です、お兄ちゃん!」
「余裕そうなこと言ってないで早く!」
流石だと持ち上げる須美に和仁が必死な声をあげて行動を促す。アンカーによる爆発弾への精密狙撃は想像以上に神経を削る。一度でも外せばそれは須美に目掛けて飛んでいく。一度も外せない緊張感が和仁をより深い集中へ誘う。
応じた須美は速射に加えて五指で四つの矢を同時に放ち始めた。素早すぎる手の動きは残像を伴い、放たれた矢は幾重にも飛び交い空を暗く覆った。無数の矢はそれでも全て吸い込まれる様にバーテックスに突き刺さっていく。
時にやってくる山羊座の地震攻撃は空中に張ったワイヤーを足場にすることで跳んで回避し、獅子座の放つ火球はワイヤーが巻きつくことでそもそも撃たせないことで対処する。
時間にして数十秒、それでよかった。それで十分だった。剣山の様に矢だらけになったバーテックス。その動きを封じる様に巻きついたワイヤー。それで全ての準備が整った。
手元のアンカーを矢にくくりつけて須美は天上へと矢を放つ。アンカーに繋がったワイヤーが引かれ、緩んでいたワイヤーが絞られていく。三体のバーテックスに絡んでいたワイヤーが絞られ、三体はぶつかる様に縛り上げられ、密着する。
「威力が足りないのなら数で補う! さぁ、喰らいなさい!」
握った拳を須美が掲げ、それに反応する様にバーテックスに刺さった全ての矢が同時に反応し、連鎖する様に爆発する。
あまりの爆風に須美は腕で顔を覆って守る。少しして煙が晴れると大きく傷ついた三体がいた。三体は三者三様に各々の攻撃手段を構える。
須美を自分たちを脅かす脅威であるとここで初めて認識したのだ。
「かかって来なさい! 神樹様へは一歩の近づけさせない!」
もう一度弓を構え、須美は駆け出した。
一方その頃、銀と園子は二人で六体を相手取って戦っていた。
須美が三体に脅威と認識されたことで他も進行よりも脅威となる勇者の排除を優先し始めた。
銀が襲いかかったのは蠍座、蟹座、射手座。
園子が襲いかかったのは天秤座、牡牛座、牡羊座。
それぞれ比較的近い所で接敵したことが災いして結果的に六体に囲まれていた。
背中合わせの二人はその場から散開する。
次の瞬間、二人のいたところに射手座の放った無数の矢が殺到した。蟹座が自身の持つ反射板を用いて射手座の放つ矢の方向を操作して二人を追尾する。追いかける様に降ってくる無数の矢を回避するために二人は止まらずに走る。
走り抜ける二人を狙って蠍座がその長い尾を伸ばして攻撃する。
「ミノさん、私の後ろに!」
「任せた!」
前に出た園子が槍を傘状に展開、スライディングするように尾と地面の先に滑り込む。迫り来る尾は開かれた槍の刃に遮られる。園子の陰に隠れていた銀が槍の陰から飛び出すと斧を振り上げて蠍座の尾を切りつける。数珠状の尾の接合部を切りつけられ、尾は引きちぎれて両断される。
尾を切り落とされた蠍座は重心を狂わせ、倒れ込んでいく。
倒れ込んだ蠍座を壁にして射手座の矢を防ぐ。
蠍座の胴を壁にして二人は一息つく。
「ふぅー、やっぱり六体同時に相手するのは厳しいかな〜」
「まぁ、でも兄さんとの感覚共有で相手が何してくるかは分かってるから、その分だけ目の前の敵だけに集中すればいいから思ったよりは楽に戦えてるな。……ってやっぱ今のナシ!」
敵影に気づいて二人は蠍座の陰から逃げる様に飛び出す。轟音をたてながら天秤座と牡羊座が回転をしながらその巨体で二人を押しつぶそうと落下してくる。
飛び出した先で二人は響く様な轟音に思わず耳を塞ぐ。空中に浮かんだ牡牛座がその鐘を鳴らし、音によって二人を攻撃しはじめた。
鼓膜を破ると直感的に感じるほどの音量に銀は反射的に片方の斧を音源目掛けて放り投げた。回転しながら投げられた斧は真っ直ぐに牡牛座の鐘へと迫り、鐘を叩き壊す。
両手で斧を構え、園子と背中になりながら周囲を警戒する。
「こんなに敵が多いと鎮花の儀にまで持ってけるまで攻撃できないな……」
「敵もそれが狙いで、数で攻撃して来たんじゃないかな〜。戦いにくい以上に敵に止めを刺せないのが歯がゆいね」
話しながら周囲を見渡して、なんとなく園子は違和感を持った。本気で人類を滅ぼそうと敵が思っているのなら、どうして敵は全員で攻撃に出たのだろう。
はじめの攻撃は陽動からの火球の陰に隠れた魚座の奇襲。
二つ目の攻撃は分散したバーテックスの集団による勇者たちの分断。
どちらも確実に勇者を倒そうとする戦い方だ。
そのいづれにしても敵全員で襲いかかる必要はないはずだ。むしろある程度の数を戦わせて残りは神樹を直接狙う方が敵は有利なはずだろうに。
魚座は鎮花の儀によって退散した。残ったのは須美が相手する三体と自分と銀が相手している六体。
————一体足りない?
強烈な違和感の正体に気づいて園子はガバッと神樹の方へ振り向く。ちょうどその時、視界の端でそれは駆け出したところだった。
土煙をたてながら最後の一体のバーテックスが神樹目掛けて全力で走り出した。
焦った様子で園子が和仁に叫んだ。
「やられた! ワニー先輩、敵の狙いは最初から神樹様一本狙いだったんよ。
「あのめちゃくちゃ早いやつか! 早すぎてもう見えないぞ!」
通常時であれば和仁は見逃さなかっただろう。それだけ宮司システムの感覚野は広大だ。しかし敵が多すぎること、須美や園子、銀の補助に気を取られていたこと。そして何よりもバーテックスとは巨大なのだという固定観念が発見を遅らせた。
双子座のバーテックス。それは二対一組という特異性を持ったバーテックス。それは攻撃能力を持たず、ただ速く走ることのみに特化したバーテックス。
十一体という数の有利、性能という質の有利を持って勇者を倒すのではなく、戦わずに神樹に到着するという、戦う行為それ自体を囮にする戦略をバーテックスは組み立てていた。
戦って撃退するという人類側の前提、戦って勝つという認識を利用したこの作戦は見事にはまっていた。
三人の勇者はそれぞれは数の不利の中、目の前のバーテックスの対処に手一杯であり、急に現れた人間サイズの小型のバーテックスという意表をつく存在を完全に見逃していた。
時速300キロという新幹線並みの速度で双子座の二体は樹海を駆け抜けていく。完全に意表を突かれた三人は対応が遅れた。
そしてその一つの対応の遅れが命取りとなった。三人のうち、時速300キロに追いつける者など一人もいない。呆然と走り去って小さくなる双子座の背を見つめる。
一手の見誤りが完全に詰みをもたらした。
「ミノさん、追いかけて! 今すぐに!」
「えっ! でも、園子は……?」
「このまま戦ってもあいつが神樹様にたどり着いてこっちの負け! 今はこっちよりもあっちだよ!」
そう話している間にも敵は真っ直ぐに、神樹に向かって加速していく。時速300キロとは秒速にして84メートル。人間の走ることのできる最高速度は理論上、時速64キロと言われている。
「クッソー! 待てー!」
銀はもう視界の端で小さくなって見えなくなり始めた双子座を必死の思いで追いかけるが一向に距離は話されていくばかり。
当然である。例え、神樹によって強化されているとしても勇者の出せる最高速度はせいぜい通常の人間の理論値の倍、時速120キロ。秒速に換算すると秒速33メートル。双子座が84メートルであるのならば、1秒あたり約50メートル引き離されていることになる。おまけにバーテックスと違い人間は疲れる。どれだけ必死になろうとも疲労により常に最高速度は維持することなど不可能。
そんな当然の理屈が双子座と銀を引き離す。
双子座と神樹の本体の距離が100を切る。次に一と数え終えると双子座は神樹に辿り着き、世界は滅びようとしていた。
「間に合ってくれー!」
地面を破砕しながら樹海を駆け抜ける銀。それでも到底追いつけない。追いかけたのは20秒、距離にして1キロ離れている。通常時であればそれほど遠くもない距離、しかし今は途轍もなく遠い1キロだった。
もはやこれまでかと諦めかけたその時、このどうしようもない状況に待ったをかける声があった。
「大丈夫だよ銀ちゃん。追いつけないなら、追いかけなければいいのさ」
声に驚き、銀はうつむきかけた顔を上げて正面を見た。土煙を上げて走る二体の双子座の先、神樹との間に人影がある。
ただ一人、この状況下においても胸を張って大丈夫だと言いながら和仁は双子座の走る直線上にて待ち構えていた。
「無理だ、兄さん! バーテックスには勇者じゃないと攻撃に意味が……!」
「それも大丈夫だよ銀ちゃん。本当に、不幸中の幸いっていうのはこういうことを言うんだろうね」
銀の制止する声にも構わず和仁は構える。
和仁を認識しても双子座は速度を緩めず、彼を轢殺するコースを選択する。前方にいるのはただの人間、勇者でなければ巫女でもない、ただの、それも武器一つ持たない素手の人間。
和仁ではどうしても神の眷属であるバーテックスを傷つけることはできない。それが出来るのは同じように神の力を授かった勇者だけ、だから須美たちは敵と戦うために選ばれた。
そういう前提が人間とバーテックスの間にはある。つまりどうしたって和仁自身はバーテックスに対して脅威にはならない。
人間が足元にアリがいても脅威と感じず歩みを変えることがないように、双子座たちは一直線に神樹を目指す。
「ふぅ……、いくよ」
静かに息を漏らし、初動は緩やかに、それでいて無駄はなく。
和仁の言うようにいくつもの幸運があって、今に繋がっていた。
幸運だったのは宮司システムが神樹の根元近くに設置されていたこと。
幸運だったのは和仁が自覚がなくとも人を殺せる技術を学んでいたこと。
幸運だったのは双子座が人型であったこと。
幸運だったのは双子座が二体で一体のバーテックスであったこと。
幸運だったのは宮司システムによってどれ程繊細な動きも超高速で動く双子座に対応出来る感覚野を持てたこと。
いくつもの幸運が重なり、いっそ運命ともいうべき状況がそこにはあった。
人ではバーテックスを傷つけられない。なら、バーテックスは?本来同士討ちなどしないバーテックスであるが、バーテックスがバーテックスを傷つけることは可能なのか。
結論から言えば可能であった。
轟音とともに爆発の様な衝撃が起こる。
和仁が何をしたのかと言えば、ただ掴んで投げただけ。ただし正面から時速300キロで走る双子座の片割れの左腕を掴み、捻って、回して、回転を加えて、あくまで双子座自身の速度を利用する様に和仁はもう一体の双子座に向けてなりふり構わずに叩きつけた。
文字通り、なりふり構わない一撃だった。
まるでベクトルが突然逆方向に置き換わったかの様な一切の無駄のない投げ、正面からでありながら不意打ちの様に双子座の片割れどうしは互いにぶつかり合う。
端的に言えば新幹線どうしが正面衝突したエネルギーと同等の衝撃。いかにバーテックスであろうともひとたまりもない。
しかしその成果の対価は軽い者ではなかった。
掴んだ時点で右手の指の骨が残らず砕けた。ひねりを加えて回転させた時点で両腕の筋繊維がめちゃくちゃになり、肩は勢いに耐えきれずに脱臼した。そして双子座を回して投げてぶつけて、それと同時に地面を踏みしめていたアキレス腱が切れ、大腿骨が和仁自身の踏み込みの衝撃によって砕けた。
いわば和仁は正面から走ってくる新幹線を掴んで投げたのだ。無事で済むわけがない。
すぐ間近で衝突した双子座の衝撃をもろに受け、和仁は木の葉の様に吹き飛んでいく。
衝撃によって砕け散った双子座の破片とともに和仁は駆け寄っていた銀の側にまで転がされる。
「うおっとと……。よし、捕まえた! まったく、兄さんも無茶するなぁ」
転がってきた和仁を銀が受け止める。見れば体のいたるところが青アザだらけ、両腕は両方とも変な方向へ曲がり、片足は関節が増えている。どう見ても無事とは言えない惨状ではあったが、銀は和仁に気をつけつつ双子座の飛び散った破片を睨みつける。バーテックスは鎮花の儀によって追い払うまで再生すると言うのがこの時代の常識であったから。
しかし思っていた再生が起こらない。
七色の光が天へと登っていく。それはバーテックスの御霊が砕かれた証であった。
銀は知らないことだがバーテックスには御霊と呼ばれる核があり、それを壊せば退散ではなく、討滅することができるのだ。
この時代ではまだあり得なかった御霊の破壊をただの人である和仁は成し遂げたのである。
銀の腕の中で抱き抱えられた和仁が苦しそうに小さく呻く。
顔を上げ、得意げな様子で笑い、強がってみせる。
「ははは……、どんなもんだい銀ちゃん。僕も頑張ればバーテックスの一つや二つ……」
「無茶しすぎだっての……。でも助かった、アタシじゃどうやっても追いつけなかった。でもホントにあんまり無茶するなよ?」
「うん……。これくらいならなんとか、繋がってるならもうすぐ治るから」
「……ったく、治ればいいってもじゃないでしょうに」
銀は再三、心配だと言う様子で和仁を見つめる。
当の本人はその心配を受け止め、自分は無事なのだと、あくまで自分が無事な範囲で頑張ったのだと強がってみせるがボロボロなのは変わらず銀は呆れてため息を漏らす。
折れた骨やねじ曲がった筋繊維が小枝の束を追った様な音を立てる。折れた骨が、ねじ曲がった筋繊維が、異常のあるすべての箇所が、一息吸って吐く度にまるで時間が巻き戻るかのように、正確には異常な治癒能力によって治癒されていく。
10回も呼吸を繰り返す頃にはなんとか立てるまでになり、弱々しくも銀の肩を借りて立ち上がる。 こうしている間にも宮司システム自体は問題なく稼働しており、一人奮闘する須美と園子は和仁の分割した思考に補助を受けながらなんとか生き残っていた。
「いてて……、なんとか折れた骨も繋がったみたいだからシステム本体の方に行くよ。一人で任せちゃった二人も心配だから早く戻らないと……」
「……敵があんな大勢だから多少の無茶は目を瞑るにしても、兄さん一人に負担を全部かけないようにアタシらも頑張らないとな! 敵の本命は潰したんだ。あとは少しづつ時間をかけて一体づつ敵を倒せば勝てる! アタシらと兄さんが力を合わせれば勝てるんだ!」
そう、この多勢に無勢、薄氷のような均衡はあくまで宮司システムと和仁の体質に頼った面が強い。和仁がいたからこそ、なんとかなっている状況なのだ。
ならば何故それが狙われない? 和仁たちは敵の狙いは戦うことを囮に神樹への直接攻撃狙いだと判断したがどうしてそれが正解なのだと言えるのだろう。もっと言えば敵がそれを狙いだと教えてくれたのだろうか。
否、答えは否である。
勝手な推測、勝手な判断、根拠はあっても答え合わせなど行われていない。
誰が思うだろうか。十一体の同時攻撃も、一体を犠牲にした奇襲も、不意をついた本命狙いも、その全てが
放たれたのは一撃。今で見せなかった一つの攻撃。射手座が放つ最大の一撃。音速を超え、着弾するまで不可視の速度を持った矢は放たれた次の瞬間には和仁と銀の目と鼻の先にきていた。
不可視の矢であろうとも拡大された和仁の感覚はそれを捉えていた。しかし人間の反応速度ではどうやっても対応できない。見えていても、体が対応になに合わない。
走馬灯のように緩やかになった世界の中、少しづつ矢は迫ってくる。丸太のように巨大な矢。このままだと和仁と銀、両方を刺し貫いて殺す。
——あぁ、それだけはダメだ
和仁はそう思った。反射的に銀だけでも助けようと引き寄せて投げようと試みる。
わずかな思考も介入を許さない小さな時間、助けようとする意志だけが思考の早さを超えて体を動かす。
袖を掴んで、投げようとして、ふと掴んだ袖が軽くなる。
逆だ、和仁が浮かんでいるのだ。遅れて小さく腹が痛む。
わずかに動いた視界の端、伸びた銀の足が和仁の胴を蹴っていた。
掴んだ手が離れていく。伸ばしてももう手遅れ、和仁は銀から離れていき、離れた分だけ迫る矢が銀に迫っていく。
理屈は簡単。システムによって繋がった精神を通じて和仁が見ていた状況が銀にも見えていて、和仁と同じように我が身を犠牲にして助けようとした。
そして勇者の優れた運動能力の分だけ銀が早く動いて和仁が蹴り飛ばされて救われた。
——あぁ、良かった。助けられた
銀は心の中で呟いた。迫り来る矢が見えて、明らかに自身の胴を貫く軌道が見える。次の瞬間には自分を貫いているだろう。
自身が貫けれることに諦めを感じつつも和仁を助けられたことに安心感を覚える。
明らかに致命傷、軽く見ても胴の半分以上が吹き飛ぶ未来が見える。
最後に和仁を見た。せめて最後は好きなものを見て終わろうとする。
和仁を見て、彼は笑っていた。銀に向けて嬉しそうに微笑む。
どうして笑っているのだろうか。銀は分からない。
そうしているうちに一瞬で射手座の放った矢が腹を貫いて、過ぎた。
来る痛みに備えて強く目を詰むってから1秒。なんの痛みもない。
死ぬときはこんなに痛くないものなのだろうか?死にかけた経験のない銀は少しづつ閉じた目を開いていく。
そして目にする。なんの傷も負っていない自身の体を。
そして視界に入った赤を見て言葉を失う。
「……おいおい、それはないだろ。そんなのずるいって。だったら最初から助ける必要なかっただろ、なあ、おいって!」
混乱して意味のない言葉の羅列を吐いていく。
思わす手で触れた腹には傷一つない。
代わりにそこに穴が穿たれた。
血を垂れ流し、欠けた腹の肉の隙間からは臓物がこぼれ落ちる。皮一枚で繋がった横腹からは砕けた骨の欠片が割れた水晶のように辺りに散っている。
死に体で呼吸もままならないものだから掠れた声で笑う。
「……あ、ははっは……。システムでダメージを肩代わり出来るのは分かってたけど、どうしても体が動いちゃったんだ。……い、意味がないだなんてそんなこと言わないでよ、銀ちゃん」
痛みを背負うとした銀の代わりに和仁がその痛みを、傷を請け負った。本来の宮司システムの目的通りに勇者の負傷を肩代わりした。
その当然の結果がそこにあった。
腹の大部分が穿たれ、大穴を開け、繋がっているのは脇腹の薄皮一枚。どう見ても致命傷を過ぎている。
生きているのが論理的にありえないほどの傷。死に難いのではなく、死ねないと形容するのが正しいほどの様相で和仁は血と臓物を垂れ流しながら樹海の地に転がっていた。
「おい、しっかりしろよ! いきてるよなぁ? 頼むから返事してくれ! 和仁!」
銀はほとんど動かない和仁を強く揺する。その度に血が吹き出てはみ出た内臓がその全体像をさらに空気にさらしていく。
微睡むような視線で銀を見上げて、そっと手を伸ばす。伸ばした手は弱々しく銀の頬に触れる。
手から伝わる優しいぬくもりを感じて和仁安心したように息を吐いた。
「……あぁ、良かった。助けられた。……初めて名前を呼んでくれたね。うれしいなぁ……」
銀が心の中で思った台詞をそのまま返して、それだけ言って伸ばした手は力を失って血溜まりの中に沈んだ。
自然に任せて落下した腕が血を叩いてはねた血が銀の装束を赤黒く染めた。
遠く離れたところで戦っていた須美は突如起きた変化を察知した。
それまで繋がっていた和仁との精神同調が突然切断された。まるで電話線を断ち切ったかのような不快な感覚を残して。戦いながら、呆然とした様子で神樹の方を見て、あるはずの和仁からの同調がなくなったことに動揺する。
「……お兄様が消えた?」
その呟きに答える者は誰もいない。
繋がっていたはずの心は断ち切られ、宮司システムは動作を停止した。
というわけでお久しぶりの投稿です。旅行先で気が変わって一週間ほど滞在を延期して満喫してきました。
お肌ツヤツヤの気持ちで書いております。
多分次回は早めの投稿予定。ではまた次回。