僕が珍しく生家に呼び出された日、初めて君に会った。今日から君が家族になると嬉しそうに話す両親を見ているとお前はもうお払い箱だと言われている気がした。
本当は新しい家族ができる喜び以上に君をきっかけに僕とのよりを戻そうと両親も必死だったのだろう。でも当時の僕はそんな事も理解できず、君を冷たくあしらってしまった。
本当にそれだけあの時の僕は神樹様との親和性が無意味な性別に生まれたことをガッカリされていたんだ。
あぁ■■。もう一度会いたいよ。
宮司御記 大赦検閲済
職人、犬吠埼樹の朝は早い。朝は淹れたてのコーヒーから始まり、優雅な朝食が用意されている。
すいません、ウソです。これは夢の方でした。私こと犬吠埼樹は別に職人でもないし、朝はコーヒーから始まりません。ちょっとカッコよさげな朝を夢の中で演出しようと思いました。
若干、恥ずかしながら私の朝は目覚ましのアラームの音とお姉ちゃんの声と揺さぶりで始まります。
「ちょっと、樹? もう目覚まし鳴ってるわよ? 起きなくていいの?」
「ハッ! 起きた! 今起きたよ、お姉ちゃん!」
姉の声と目覚ましの連携により、瞬時に布団から私は這い上がる。急いで勉強机の椅子に掛けた制服に袖を通し、私よりもとうの昔に起きている姉の用意した朝食を食べるためにリビングに向かう。
「いただきまーす」
姉と声が重なる。食卓に座り、これでもかと用意された朝食を食べ始める。いつものことながら姉の用意する朝食、正しくは家の全ての食事は量が多い。母親の代わりを勤めようとする姉の心遣いを感じて感謝する一方、どうにもこれは多いのではないかと疑問に思わない日はない。
というかお姉ちゃん、身体測定の度に体重を気にするのなら食事の量を減らすべきなのではないのだろうか?それとも女子力とはカロリーと因果関係があるのだろうか?
何度目になるのかわからない疑問をパンと一緒に牛乳で飲みこむ。
食べ終えて使った食器を台所で水につけて姉に振り返る。
「それじゃあ、お姉ちゃん。先に学校に行ってるね?」
「最近、樹の目覚めが良くなって早く学校に行くなんてお姉ちゃん、感心だわー! 今日の晩御飯のうどんは増量ね!」
「もうお姉ちゃん、そんなに作っても私食べきれないよー」
「それもそうね。それにしてもこんなに早く行くなんて、何か用事があるの?」
姉に学校に早く行っている用事を聞かれてドキリと心臓が鳴る。別に朝にあの先輩に会いに行くことにやましい事はないが、わざわざ男の先輩に会いに行ってますなんて言うのも恥ずかしい。この場を切り抜けるために昨日ドラマで見た女優さんを参考にしよう、そうしよう。人差し指を唇にあててウィンクして姉の顔を覗き込んでみた。
「ヒ・ミ・ツ」
気持ち語尾にハートが付きそうな感じがポイントだ。私の所作を見て姉が固まる。
「いっ、樹が反・抗・期! ガーン」
冗談でやっているのか本気なのか判別に困るリアクションの姉。見たところ顔の書き込みが少ない様にも見える。ショックを受けると人間、新聞の4コマ漫画のキャラクターの様な顔になるらしい。いや、姉だけか。
「遅くなっちゃうから、先に行ってるねー。行ってきまーす」
固まって風化しつつある姉を放っておいて私はマンションを出発する。自転車に乗り、学校までの通学路を気持ち急いでペダルを漕いで行く。
まだ朝早いこともあって通学路は空いていて、思っていたよりも早く学校に着く。自転車置場に自転車を停め、校舎に入って行く。上靴に履き替えて一年生の教室を素通りして階段を上っていく。二階に上ったあたりでかすかにここ数日聞き慣れたギターの音が聞こえてくる。
聞こえてくるギターの音が大きくなるのと比例する等に階段を上っていく足が軽やかになっていくのを感じる。
3階、4階と階段を上って屋上への扉を開けると今日も先輩はギターを弾いていた。扉が開かれる音が聞こえたのか演奏を中断して、顔がこちらに向けられる。
先輩は来たのが私である事を確認するといつも通りの上品さを感じる顔を綻ばせて笑う。
「やあ、犬吠埼後輩。今日も来たんだね、聞いていくかい?」
「はい、今日も聞いていきます」
このやり取りがここの通過儀礼であった。今日で5回目ほどになるが毎回このやり取りが先輩と私の朝の挨拶の代わりになりつつあった。入学式の朝が特別だったのか、普段ワニー先輩は歌に歌詞を乗せない。無言でギターで旋律を慣らしていく。その為、演奏中も指を動かしながら私との会話を続けてくれる。
「ワニー先輩はいつも朝ギターを弾いてますよね?」
「別に毎朝って訳じゃないさ。俺だって雨の日は大人しく教室で教科書でも読んでるよ」
「朝や学校から帰って来てから家で弾いたりしないんですか?」
「うちマンションだからね。知ってる? 駅前のマンション。あそこのが俺の住んでるところだよ」
「あー、あそこですか」
駅前のマンションと聞いて三年前ほど前に完成したマンションを思い出した。駅前にできたマンションでかなり家賃が高かった筈だ。きっと先輩の家はお金持ちなのだろう。
「……まあ、そんな話はどうでもいっか」
少し顔を暗くして先輩はぼやき、少し元気のなくなった花の様に顔をうつむかせる。
この二週間ほどで分かった事だが良くお姉ちゃんの話題をする私に対してワニー先輩はあまり家族の話をしたがらない。たまに妹がいると言う事が話に出るがその詳細は今のところ聞いたことがない。家族との折り合いが悪いのだろうか。
「あっ、あの!」
少し元気のなくなった先輩を元気づけようとして声が裏返る。驚いて少し眉の上がった顔がこちらに向く。
「先輩は普段どんな曲を聴いてますか?」
空気を変えようと質問を繰り出す。
「好きな曲? うーん、いろいろ聞くけどなぁ」
質問を投げかけられて先輩は少し考え込む様に眉間に軽い皺を作る。そんな動作一つも絵になっていて、まるで今から写真を撮られるモデルさんの様だった。
そう、ワニー先輩は驚くほど女性の様に見える。長い髪は頭の後ろで纏められ、昔読んだ漫画の古い日本人の様に上向きに纏められていた。顔も中性的で男子用の制服を着ていなかったら性別が分からないと思う。どちらかというと学校の制服よりも昔の貴族の女の人が着ていた十二単なんかの方が似合いそうな感じだった。
結論が出たのか先輩の目が開く。
「そうだね、やっぱり洋楽をよく聞くかな? 誰の曲って明確なのはないけど洋楽一般が好きかな? 演歌とか日本語の歌はあんまり聴かないかな。犬吠埼後輩は?」
「私もこれって曲はないです。でもお風呂とかで鼻歌なんかはよく歌ってます」
「そういえば、入学式の朝も僕の弾いてた曲を歌ってたね」
初めてあった日のことを思い出したのか先輩は左手で口元を隠しながらクツクツと笑う。初めてあった時のことを出されて私は自分の顔がカーッと熱くなるのを感じる。あの一件は自分の中ではやらかした事に分離されていた。
少なくとも人前で歌うことなんて今も恥ずかしくて出来ないし、あの時は先輩のギターの音に誘われて歌ってしまった訳で。思い返せば更に顔に熱が溜まっていくのを感じる。いい加減顔が熱さで風船みたいに膨らむんじゃないかと感じ始めていた。
クツクツと笑いながら先輩は話を続ける。
「そんなに恥ずかしがることないよ。上手に歌ってたさ。少なくとも俺が演奏を中止しなかったのはそれが理由だよ。自信を持ちなよ後輩?」
「むっ、無理ですよ、人前で歌ったりなんて。恥ずかしいですし、そんなに上手くないですよ」
「そうかい? 俺は君の歌、良かったと思うけどな」
この先輩は私の顔を破裂させたいのだろうか? そんな私の思いとは関係なくワニー先輩は演奏を変える。ギターが鳴らし始めたのは小学生でも知ってるクリスマスソングだった。今四月ですよ?
「時間的にこれで今日はお終いかな? 良かったら歌ってみなよ」
そう言うと先輩は目を閉じて演奏に集中し始めた。穏やかなメロディーが流れる。多分私が歌いやすい様に簡単な曲を弾いているのであろう。無言では無く、有音の催促だった。こういう風に期待されるのは初めてで、なんとなくメロディーに合わせて口が勝手に言の葉を紡いでいく。
この先輩の弾くギターの音は思わず聴いていたこちらも乗せられてしまう。それだけこのギターを弾くという一連の動作にこの人なりの思いがこもっているのが聴いていて分かる。
目の前のこの人は一体どんな思いでギターを弾いているのだろう。そう思わずにはいられなかった。
演奏が終わり、ギターの音が止む。先輩の顔が綻ぶ。
「どうだった? 歌ってみて良かった?」
「はい、楽しかったです」
「それは良かった、次からもそうしよう。目標は後輩が人前で歌えるようになることだな!」
自分のことのように楽しそうにしているこの人を見ているとこっちも釣られて笑ってしまう。
そのままギターを片付け始めた先輩に挨拶をしてから急いで教室に向かう。
教室に入るともう少しで朝のホームルームの時間だった。相変わらず時計も見ていないのにいい時間に終わる。
そのまま自分の席に座り、ホームルームが始まるまで待っている事にする。
頬杖をつきながら先程までのことを思い出し、次はどんな曲を聴かせてもらえるんだろうと思うと顔がにやけるような気がした。ハッとして慌てて周囲を見渡すが特に見られている感じはしない。ホッと息を漏らして姿勢を正すと反対側の席に座っていたクラスメイトの瞳ちゃんと目が合う。
すごくニヤニヤしていた。それはもう特ダネを見つけた新聞記者のようにニッコニコだった。
「おやおやー? 樹ちゃん、なんだか朝からご機嫌ですなー? 何かいいことでも?」
瞳ちゃんとはこの中学に入ってから知り合った友達で彼女の気さくな態度は好ましいものだったが時々こうした感じになることが多く、それは私を困らせていた。別に嫌ではないが聴かれると困るという話だ。
「別に何でもないよ。ちょっと楽しみなことがあっただけだよ」
照れ隠しに少し言葉がぶっきらぼうになる。しかし瞳ちゃんはそんな事を気にしたそぶりはなく、至って楽しそうに私の顔を覗きこんでいる。私の顔がそんなに面白いか?
「何でもないのに、そんなに嬉しそうな表情するなんて樹ちゃんは幸せ者だねー」
何だそのおばあさんっぽい話し方は。私は君の孫か? からかうように喋る瞳ちゃんに私はジト目で抗議の意思を返す。
そこで気づく。さっきから瞳ちゃんの表情が変わっていない。いつの間にパントマイムなんて習得したのだろうか?
いや違う。周囲を見渡して確信する。みんなが動かないんじゃない。私が唯一動いているのだ。明らかに異常事態であった。昔見たSF映画のワンシーンを思い出し、慌てて同じような人がいないか探しに廊下に出る。少なくとも教室にいたクラスメイト誰も動いてはいなかった。
廊下に出るとこちらに向かって廊下を走る姉の姿が目に入る。動ける人、更にそれが姉であったことで安堵から声が震える。
「お、お姉ちゃん! これどうなってるの? みんな様子が変で」
「良かった、樹」
私の言葉を聞くまでもなく、姉に抱き寄せられる。
そしてそこで見えた表情は優れなく、これからくる問題に不安な様子だった。
「ごめん、よく聞いて樹。私たちが『当たり』だった」
そういう姉は本当に申し訳なさそうで私にはかけられる言葉がすぐに思いつかなかった。そしてそれ以上、言葉を続ける時間も与えられなかった。
窓の外から光が溢れ、視界の全てが真っ白になる。思わず目を思いっきりつむり、光が収まるのを待つ。
少しして周囲から何の音がしなくなったのを確認すると私は少しづつ瞼を開け始め、目に入った光景が見えると思いっきり目を見開いた。
そこに広がっていたのは不思議な光景だった。立っていた場所は学校の廊下ではなく、いくつもの樹木の根が張り、山や谷を構築した世界であった。一目見て、普通の状況に自分がいないことを理解させれられる。
見たことのない状況に面食らっていると突如、頭の中で男性の声が響く。
「接続完了。 僕の声が聞こえているな勇者たち。僕がお前たちをサポートするために大赦から派遣された宮司システムのパイロットだ。よろしくしなくていい。とにかく合流して変身しろ」
響いてきた声はとても冷たいもので感情を一つも含めようとしない。冷淡なその声と目に見える景色が私のこれまでの日常が瓦解したことを悠然と表していた。
今作割と小説の書き方の研究の側面があるので読みにくい、読みやすいの意見が欲しいです。
もちろん感想、誤字報告も大歓迎です。それではまた次回。