犬吠埼樹はワニー先輩のギターを弾く   作:加賀崎 美咲

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物語の進行具合に合わせ、あらすじを書き直しました。


楽園のシンフォニー Part2

 視界に映る拳闘士の打撃が風を切って迫りくる。

 気がつけば迷い込んでいたこの世界で唯一、樹を知る少女、赤嶺友奈は一方的に宣戦布告をすると、樹の言葉を待たず攻勢を開始した。

 白兵戦、特に拳を使った一対一の戦いにおいて、重要となるのはいかに致命的な打撃を先に加えられるか、その一点に勝負の天秤は預けられる。

 人間の身体とは案外、丈夫に出来ているもので、骨の数本や肉の欠片などを折られたり抉られたりしても、多少の行動なら気力次第で続けられてしまう。

 しかし一方で、足や股間の関節への破壊や、脳への振動や打撲は、感じる痛み以上に行動する事そのものを損なわせる。動けなくなってしまえば、後は敵の思うがままに処理されてしまう。だからこそ、拳闘においてはそこへの攻撃が必殺の攻撃に足る。

 故に樹を始末する前に尋問を行う必要のある友奈にとって脳への打撃後の捕縛、尋問が彼女のすべき最善手であり、必要な過程であった。

「——ハァっ!」

 狙うは顎先、あごを軽く撫でる要領で打撃を加え、脳を揺らして捕まえるつもりだった。見るからに運動が得意そうでない樹ならば、これだけで十分以上の攻撃だと判断して最速の、しかし一切の躊躇もない正確無比な一撃を放とうと迫った。

 しかし友奈は油断していた。正確には樹の運動神経、その悪さを逆に高く見積もり過ぎていた。

 瞬きの間に眼前に迫る友奈を認識して、樹は驚いて思わず屈もうとした。それは恐ろしいものへの防御行動であるが、ここで彼女の運動神経の悪さがかえって幸運に働いた。

「——きゃっ!」

 身をすくめようとして、体がビクついた事で体の体感が大きく揺らぎ、何もないところで、それこそ歩いてもいないのに自分の足に引っかかってバランスを崩した。

 なんとかバランスを直そうとして膝を曲げた事で、あご先を狙っていた拳は思いっきり、頬へと吸い込まれていった。

 あご先をかすらせるだけだったはずの拳は頬への打撃に変わり、その勢いに比例して体重の軽い樹は殴られて飛ばされた。

 屋上の床を転がり、視点が二転三転して、何とか歯を食いしばって立ち上がり、相対する。

 殴り飛ばされた事で距離が開き、言葉を交わす余裕が生まれた。

 殴られた頬がひどく痛む。視界は揺れ、瞬きのような光がちらつく。口の中では気持ちの悪い錆の味がして、口の中が切れたのがわかる。

 思いつく限りの疑問を投げかける。

「一体、何をするんですか! あなたは一体なんですか! それって勇者の力ですよね? どうして人間同士で戦わなきゃいけないんですか⁉︎」

「あちゃー、こんなに運動神経が悪いなんて、びっくりだよ……。これで敵と戦えるなんて、最新の勇者システムは持ち主の運動神経も補ってくれるんだ。便利なもんだねー、テクノロジーの進歩ってやつ?」

 友奈に答える気はないようで、独り言のような賞賛の言葉を口に出していた。

 そんな態度に樹はこの場で言葉が持てる価値の希薄さを理解し、戦う事でしか自分を守れない事を受け入れ、己を守るため、戦う覚悟を決める。

 ポケットからスマホを取り出し、若干震える指に言うこと聞かせ、勇者への変身アプリを開く。

 樹が何をしようとしているのかを察した友奈は鼻で笑った。

「ふふっ、樹ちゃん? 君もここの外でなら勇者なのかもしれないけど、ここじゃあ許可がないと勇者に変身することは許されていないんだ。大人しく捕まってくれた方が痛いのは少なくて済むよ?」

 友奈が言うには、どういった事情かは不明であるが、ここでは勇者への変身を制限されているらしい。勇者の変身アプリを構えた樹を見ても、その余裕そうな態度に一切、揺らぎは現れず、作業を済ませる様な気楽な歩調で一歩づつ近づいてくる。

 明らかに詰んだ状況、しかし樹の心から、その闘志は少しも揺らいではいなかった。

 いつか姉の言った言葉を思い出す。

「勇気を持って、戦う意思を示せば神樹様は答えてくれる! ——変身っ!」

 構え、意思を示す。

 信じるは目の前の敵ではなく、今も背中を追い続けている偉大な姉。どちらの言葉を信じるなんて、迷う余地など最初からなかった。

 そしてここで初めて、友奈は驚愕によって余裕そうな表情を崩した。

 樹の手に持ったスマホは光を放ち、樹に戦うための力、勇者の力を授け、その姿が変わった。

 全体的に植物をあしらい、賢者を思わせるやるやかに膨らんだスカートと肩出しの衣装。武装であるワイヤーの射出機構のついたブレスレットが手首に巻かれ、変身を終える。

 樹の変身を見届け、一歩後ろに下がった友奈が初めてここで構える。樹を自分にとって脅威になり得る存在であると認めた証だった。

 眉をひそめ、射殺す様な視線で樹を睨みつけ、

「……何で守護者でもない君がここで勇者に変身できたのか、分からないなー……。本当に、迷い込んだってだけじゃなさそうだね……」

「もうあなたにやられているだけの私じゃありません! あなたを倒して、ここが何処なのか、どうしてみんながいないのか、ワニー先輩が私を忘れてしまったのか、全部洗いざらい吐いて貰います!」

 勇者に変身できたことで、ひとまず冷静になった樹は、己が不思議に思うことを羅列して言葉に変え、目の前にいる赤嶺友奈から聞き出すことを目標に定めた。

 だから樹は目の前の友奈を殺すわけにもいかないし、殺したくもない。ワイヤーを発射し、捉える様に、四方向から同時に友奈を捉えようと伸ばす。

 しゃがみ、手甲を振り上げ、足のバネを使って蹴り上げ、掴む。

 たったそれだけの動作で樹の放ったワイヤーは、いともあったり無効化された。

 ワイヤーのうち、一本を掴んで見せ、友奈が不敵に笑い、

「ふーん、勇者に変身出来たのは驚いたけど、実力は大したことないんだねー。——そらっ!」

 言って、掴んだワイヤーを手元に力強く引き寄せる。繋がったままのワイヤーは当然、樹を引っ張り、体重の軽い樹は体が浮いて抵抗する間も無く友奈の目の前にいた。

 腰を落とし、左肘を突き出し、右手は握りこんだ姿勢で構え、目の前にやってきた樹に合わせて引き絞った各部を解き放つ。

 見に染み込んだ武術の構えと動作は寸分の無駄のない連動を起こし、人の放てる最高威力の拳を振るう。

 樹の眼前に迫った瞬殺の一撃、しかしその拳が届くことはなかった。

「——っ! 木霊⁉︎」

 激突の瞬間、現れたのは樹の精霊である木霊。植物のマスコットの様な見た目の精霊はバリアを展開し、主人を殺意から守った。

 張られたバリアにこそ驚いたものの、友奈がやることは変わりない。バリアが攻撃を防ぐのなら、バリアごと殴ってダメージを与える、もしくは貫いてから改めて打撃を届かせればいい。

 バリアにめり込んだ拳をそのまま、力一杯に殴り抜いた。

 バリアは直接的な攻撃は防げても、衝撃波は防ぎきれなかった。樹は精霊のバリアを張ったままの木霊ごと殴り飛ばされた。

 衝撃に驚きこそすれ、ダメージはないため直ぐに構える。しかし視界の何処にも友奈がいない。

「——こっちだよっ!」

 声が聞こえると同時に衝撃が左から来た。不意の攻撃も精霊が防いでくれる。

 振り向けばバリアによって蹴りを止められている最中の友奈がいた。

 これ以上は無駄だと判断して後ろに下がり、友奈は軽く舌打ちして頭をかく。

「意識外からの攻撃もダメかー……。この子、あなたが認識しているのかとかは関係なく、あなたへの攻撃全般を防いでくれるらしいね。いやー最新式の勇者は装備の進歩が凄いね」

「こ、木霊は装備なんかじゃありません! 私の大切な精霊です」

 樹の反論に、少しだけキョトンとして惚けて、それから友奈は何かが面白かったのか腹を抱えて笑いだす。

「ハハハ! そっかそっか、精霊が友達かー。アハハっ! ……あの人が聞いたらマジギレしそうな事、よく言えるねー!」

 最後のほう、どこかその言い方に感心しながらもバカにしたような言い方が含まれていた。そして友奈は続けて、

「……まぁ、もうちょっと遊びたかったけど、あんまり遊んでいると怒られそうだし、もう終わらせるか」

 楽しげな雰囲気は霧散し、元の射殺す目つきに戻った。

 構える。

 先ほどまでの一切の動作は油断こそしていなかったが本気ではなかった。子供と戯れるのに膂力を余すことなく使う大人がいない様に、友奈も楽ができるなら、そうしようという考えが何処かあった。

 しかし今、そんな慢心や手抜きは一切捨てた。

 構えて、意識をふるい落とし、敵を始末するためだけに心を、肉体を、精神を最適化する。

 そしてより確実に終わらせるため、本来であれば格上相手にしか用いない『それ』を使った。

「奏上いたします。この武、この戦は(かみ)におわします、(いくさ)が神のため」

 祝詞が紡がれ、場の空気が張り替えられたのを樹は感じ取った。それだけの影響力があの言葉にはあった。

 友奈の表情から遊びがなくなり、視線は樹だけを捉えていた。

「——いくよ」

 一歩、前に出た。なぎ払う様に蹴りを繰り出す。

 正面からの攻撃、見えていたから樹は腕を交差させ、さらに木霊がバリアを張りしっかりとこれを防いだ。

 防がれた友奈は後ろへ飛び、体制を直す。それは舞のようだった。

 一歩前に出た。なぎ払う様に蹴りを繰り出す。正拳突きを突き出し、二連撃を繰り出す。

 先ほどと同じように防いだ。問題なく、友奈は防御を抜けない。

 一歩前に出た。なぎ払う様に蹴りを繰り出す。正拳突きを突き出し、二連撃を繰り出す。肘による打ち落とし、さらに裏拳がバリアを揺らす。

 バリアがぐらつくが、問題ない。

 しかしおかしい、何かがおかしい。

 ——この人の攻撃はこんなにも遅かっただろうか。軽かっただろうか。

 ふとした違和感を樹が覚えた次の瞬間、友奈の攻撃がきて、その予感が何を意味するかが痛いほどに分かった。

 一歩前に友奈は出た。一歩による前進は次の瞬間に音の壁の突破という結果を生んだ。空間が歪んだとすら形容すべき速度をもって友奈は前進する。蹴りが、正拳突きが、肘が、裏拳が、掌底が、膝蹴りが、アッパーカットが、かかと落としが、抜き手が、回し蹴りが、掌底が、踏み蹴りが、手刀が、あびせ蹴りが、いくつもの打撃、蹴り技が繰り出されていく。

 連続した技は技と技の間に時間を挟まず、むしろ一つの技を繰り出す間に次の技が始まる。

 樹が木霊にバリアを張ってもらっていたことで観察する時間が与えらていた。そして自分の目に映った事実を疑うことになる。

 技を繰り出す友奈の姿がぶれ、攻撃が終わる前に次の友奈が次の技を繰り出す。複数人の友奈が同時に樹に攻撃する。

 何が起きているのか、それは肉眼では捉えることができない。

 友奈が行ったことは実に単純なことで、光よりも早く動くことで連続攻撃を行なっているだけだ。

 光よりも早く行動し、攻撃することで、樹の瞳に光による像が映る前に友奈が次の行動に入り、終わらせることで、樹の視界に複数人の友奈が発生することが結果として起こった。

 すでに秒あたりに繰り出される打撃の数は百を超え、千にたどり着こうとしている。

 異常なのは攻撃速度だけではない。

 仮に人間が光の速度で行動することが可能だとして、もしそんなことをすれば空気による摩擦により人体は一瞬で燃え尽きて灰になってしまうはずだ、動いた余波の衝撃波によって、学校の屋上どころか四国そのものが吹き飛びかねない。

 しかしそんな状況は一切起こらず、ただ友奈が光速以上で動くという結果だけが残っていた。これは彼女の状態が通常の物理法則に依存しない力によって成されていることは明らかだった。

 しかし、そんな物理法則さえ踏み潰して乗り越える化け物に対峙している樹にはそんな科学的考証など、それどころではなかった。

 動きを止めようとワイヤーを放とうが相手は光速で行動する超常、一切が間に合っていない。避けられ、時には弾かれ、攻撃が止まない。

 抵抗すること自体が意味をなさない。敵が倍速で動くなら、速度の差は相対的にもっと大きくなる、なら光速で動く友奈から見て樹の動くはどれほど遅いのか。もはや光の波の先を行く友奈にしか、その光景は見ることが出来ないのだろう。

 光速を超える打撃の連続、それは思わぬ副次効果を生んだ。

 本来、勇者への攻撃に反応する精霊。しかし目の前で起きている光速の連続攻撃という外部からの入力に精霊の反応速度が追いつかない。

 精霊のバリアとは永続的に出されているものではない。出力の維持のため、必要以上に力を使わないために、必要時にバリアを張る方式が採られていた。それはバーテックスとの戦闘では問題なく効果を発揮していた。

 少なくとも今まで光速で攻撃するバーテックスはいなかった。しかし目の前の赤嶺友奈は物理の壁を超え、その想定されていなかった事態を引き起こし、過剰な攻撃という入力を受けたことで木霊に備えられていた反応回路に負荷をかけ、そしてオーバーフロー起こさせた。

 木霊が大きく痙攣し、浮いていたその姿が力なく屋上の地面に横たわる。それを友奈は見逃さず、途絶えたバリアを乗り越え、光速の蹴りを木霊に叩き込んだ。

 蹴りが当たると同時に木霊の体は膨張し、破裂した。サッカーボールが弾けたような音が鳴って、木霊だった破片がひらひらと屋上に紙吹雪のように降った。

「こ、木霊、ガハっ!」

 身を呈して守ってくれた精霊に気を配る余裕も与えられず、バリアという優位性を失った樹へ友奈は詰め寄り、その細首に手をかけて持ち上げた。

 万力のような力が首にかかり、樹は息ができなくなる。

 樹を持ち上げる友奈も万全という様子ではない。息をする度に肩を動かし、疲労の色を隠せない。

 まだ樹を締め落とすまでは握力が戻っていないのか、真綿で首を絞めるような力加減で樹の首を締めて持ち上げ続ける。

 全く、と一息吐きながら、呆れたように友奈が呟く、

「ほんと、その精霊のバリア固すぎ。奥の手まで使わされて、結局破れなかったし。いくら計画の一端だから守るって言ったってこれ過剰でしょ」

「奥の手? 計画? 一体何のことを言っているんですか?」

 締められた首からなんとか掠れた声を出し、樹は友奈が漏らした呟きへの疑問を投げかけた。

 疲れていたがためだろうか、正常な判断力が鈍っていたのか友奈は言わなくといいことまで呟いてしまっていた。その挙句、樹に質問されるまで、自分が呟いた事に気がつかなかった。

 顔をしかめ、やってしまったと小さく呟き、一度ため息をついてから樹を見て、

「あー……、その樹ちゃん? 悪いんだけど色々聞かせてって言ったの、あれナシって事で君のこと、今から殺すから。いや、ほんと、これだけは本当に私から漏れたとか、そんな風になったら上に私が殺されちゃうから。——じゃ、死んで」

 一切の抵抗を許さないのだろう。一度、樹の首を絞めている左手を力み、一瞬血の巡りが止まって意識が落ちかける。

 それで十分だった、友奈は空いた手を伸ばし、手刀を作り、まっすぐ、ただまっすぐ心臓に向け腕を伸ばす。

 これで十分。経験則で分かっていることだ。人間の胸板などこれで簡単に貫通できるし、そのまま心臓を貫くなり握りつぶすなりするのはもっと簡単だ。

 だからこれで終わり。どうやってここにやって来たのか。どうして許可が出されていないのに勇者に変身することが許されているのか。聞かなければならない事はいくつかあったが、楽園の事、計画の事を知られるのはそれどころではない。

『これは僕らが行う叛逆だ。誰にも知られるな、誰も信じるな、大命の成就までは全てがその礎だと知れ』

 あの人の言葉を思い出す。あの冷たい目、心などとうの昔に無くなったような冷たくて平坦な言葉を紡ぐ唇、そして自分が用いる強力な、物理法則を超越する神々の力の再現、『類感呪術』を生み出した知識。その全てがただ一つの大命のために存分に振るわれ、何を犠牲にしようとも進もうとしている。

 自分にだって目的がある。だからあの人の命令に逆らおうとは思わない。

 嫌な相互関係だと思う。でもあの人のやろうとしている事は正しい事で、痛ましい事だと常々思う。

 ——まぁ、何を言っても無駄なんだろうね。あの人は何があっても止まるとは思えないし。樹ちゃん、君も哀れな犠牲の一人になったら、またすぐに会おうね。

 先のことを考え、こんな出会い方で再開したらのなら、自分はどういう風に話しかけようかと思い、少しだけ友奈は樹に笑いかけて、心臓を貫こうと手刀を伸ばした。

 風を切る音を鳴らしながら腕が伸びて、

「断ち切りなさい、大葉刈」

 赤い斬撃が先へと進ませなかった。

 斬撃が届く寸前、友奈の反応の方が早かった。風を切るもう一つの音を察知すると樹を投げ捨て、自身は武装でもある打撃手甲を盾のように構え、斬撃をいなす。

 分かっていた。まっすぐ来ていたはずの飛ぶ斬撃はいきなり方向を変え、友奈めがけて破壊を撒き散らした。

「——テヤっ!」

 勇ましく声を張り、手甲を盾に、シールドバッシュの要領で斬撃をいなす。

 ——冗談じゃない、体にかすっただけで即、致命傷に変化する通常攻撃など誰がまともに相手するかよ。

 心の中でこれをやった犯人に向かって毒づく。これが誰によるものかなど明白であり、口にしないのは余計な争いを生まないため。この知り合いと本気で相対するなど避けたいことだった。

 奴はやる。もし敵対したら、相手が知り合いだろうが何だろうが躊躇わない。

 構える。斬撃の飛んできた方向など当てにならない。あれは距離や障害の影響を受けない斬撃だ。その上、一度でも当たれば即死亡。全くもってふざけている。

 それがどうしてこちらを攻撃してきたのか、友奈には全く心当たりがなかった。もしやと思って視線を隅にやる。

 投げ飛ばされ、転がる樹は苦しげに咳をして、なんとか息を整えていた。

 何起きたのか、状況が目紛しく移っていくせいで状況を理解するのにも一苦労だった。

 だが少なくとも今わかるのは、樹を殺そうとする友奈とは違い、樹を殺そうとせず、友奈と敵対する誰かがいる事。自分が助かっていることが何よりの証であると樹は思う。

 そして樹の正面側、友奈との間に立つように空間が歪み、その歪んだ空間の先からその少女が現れた。

「……お楽しみのところ悪いけど。この子を傷つける事はダメよ赤嶺さん。月並みだけど、私を倒してからにしてもらうわよ」

「ふーん。だからって不意打ちで致命傷斬撃飛ばしてくるなんて、ずいぶんご挨拶じゃないかな?」

「あなたならきっと、どうにか出来るというという先輩からの叱咤よ。高嶋さんと同じ友奈だもの。それくらいやってもらわないと、あなたがここの守護者に選ばれた意味が無いわ」

「うわー……。相変わらず、その親友に対する信頼と愛情が重くて怖いよ、グラビティ先輩」

 現れた少女の顔は樹からは見えない。背中から見えるのはまっすぐに伸びた美しい艶やかな黒髪。黒い勇者装束は目の前に立つ友奈とよく似通ってはいるが全体を見れば確かに別物だ。そして可憐な後ろ姿に似つかわしくない大振りの鎌が右手に握られていた。

 見上げることしかできない。現れた新たなる人物。果たして樹にとって救いとなるのか、新たな脅威になるのか。

「あ、あなたは一体……?」

 今まで意識の淵にやって忘れていたのか、樹がいることを思い出したかのようには振り向いた黒い衣装の少女。耳に残る大きな切り傷が印象的な美しい少女だった。彼女は樹を見ると微笑み、

「初めましてね、……えっと犬吠埼さんだったかしら? 私は勇者……、いえ、元勇者で、今はこの楽園の守護者を任されている、郡千景というの。これから、短い間になるだろうけど、よろしくお願いするわ。先輩だと思って頼ってくれていいわ」

 優しい笑みを浮かべる少女だった。

 どこかワニー先輩に似ていると樹は思った。

 




千景ちゃん本編でもいい役貰えて、後世ではゴールドタワーの名前になるなんて本当、制作側に愛されている子ですよねー
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