犬吠埼樹はワニー先輩のギターを弾く   作:加賀崎 美咲

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ういじん

 時間が経ち、和仁は小学校を卒業し讃州中学校へ進学した。

 中学進学と同時に一人暮らしも始まった。家事自体は大赦が派遣するお手伝いさんがやってくれるためそれほど苦にはならなかった。

 今日も日常的に寝汗の気持ち悪さで目が覚め、シャワー浴びてから朝食を終え、真新しい制服に着替えて学校へ向かう。少し遠いところに中学はあったが起きる時間が時間なため和仁は好んで歩いて学校へ向かう。

 途中、集団下校をする小学生の集団とすれ違い道を譲る。元気よく挨拶する小学生の一団に会釈を返し和仁は通学路を歩いていく。

 桜が少しだけ舞う通学路を歩き、今頃須美はどうしているかと思う。一年半の付き合いで分かってきたことだが須美は生真面目な性格であり、友達がうまくできないタイプだった。

 人との関わりに消極的で神稚児のお役目もあって友達がほとんどいない和仁が言えたことではないが妹に友達が出来るか少し心配だった。

 桜が綺麗な道を歩きながらきっと来年の今頃は一緒の通学路を歩いているのだろうかとも想像してみる。

 そんなありえるかもしれない未来を想像して微笑む。気持ちのいい朝日を浴びながら上機嫌で和仁は学校に到着する。

 教室に入る。特にすることもないため、教科書を出してぼーっと窓の外を見る。

 しばらくすると朝練を終えた運動部が始業のチャイムに間に合う様に廊下を走り、足の速いものから教室に雪崩れ込んでくる。

 最後発の運動部が教室に入る頃にちょうど始業のチャイムが鳴り、出遅れた生徒が担任に怒られながら教室に入ってくる。

 そんないつも通りの日常を眺める。

 その時、日常の中に非日常が入り込んだ。はじめに起きたのは美しい鈴の音。どこかここではない遠くから聞こえる鈴の音が和仁の耳に入る。

 はて風鈴でも設置されたのかと周囲を見渡して気がつく。時間が止まっていた。

 廊下を走る運動部。出遅れた生徒を注意する担任。いそいそと教科書をカバンや机から取り出すクラスメイト。誰もが一様にその動きを止めていた。

「ああ、ついに来たのか」

 その声に含まれるのは少し悲しげな色。

 自分以外の全てが停止した状況で和仁は特に慌てた様子もない。

 ついに来てしまったという思いと、やっと来たのかという思うが混ざり、少し気だるげに机から立ち上がる。

 教室の中を見ていた視線を窓の外へ戻す。

 四国をその外を隔てる神樹の結界から光が溢れ始める。

 敵と戦うための戦場である樹海を展開するため、世界が変わり始める。

 今も変わらず澄んだ鈴の音が世界に響き渡る。

 光と音が溢れ、塗り替えられていく。

 眩しくて思わず腕で視界を守る。そして光が収まった時、和仁は色とりどりの神樹の根が広がる樹海化した四国に立っていた。

 周囲を見渡し、自分が神樹にほど近い場所に立っていることが分かる。

 見れば用意された宮司システムがそこにある。座席に座り、接続器が自動的に和仁を認識し、体に刻まれた刻印に突き刺さり、神経を接続する。

 体に針が突き刺さる痛覚に少しだけ苦悶の声が漏れる。

 いつまでたってもこの痛みにだけは慣れない。

 少し間をおいて宮司システムが起動する。

 自身が神樹と一体化していくのを感覚が理解する。神に近い神稚児の体質を神樹が受け入れ、和仁の感覚が樹海化した四国全体に広がっていく。

 和仁の感覚を機械がシステム的に読み取り、感覚を数値として代入してコンピューターがそれを目に見える形に表現していく。

「各種センサー、管制システム、戦術指揮システム全て起動確認。……須美、俺の声が聞こえるか?」

 システムに繋がり、和仁は自身という存在が不安定になるのを感じる。細分化した自我から本来の自身の自我を守るために意図的に人格を切り替える。

 宮司システムの機構上の問題点として精神的な負担が挙げられる。宮司システムは搭乗者の感覚器官の感じられる範囲を四国全体に広げるために精神を分割している。それは宮司システムそのもの起動や脳波通信を可能とする一方で和仁自身の精神を細かく切り刻んで周囲に撒くような行為であった。

 必要以上の負担を軽減するためには意図的に分割しない部分とする部分を隔てる必要がある。

 その為の分かりやすい記号として一人称を変える。普段の一人称である『僕』から意識的に『俺』に変えることで今を日常から離す。これだけでも普段の自分とは違いと意識することができる。

 その為の予行演習は須美と共に幾度も行った。そのため現在の宮司システムは今までにない程に安定した長時間運用を可能としていた。

 感覚が広がっていき、見知った姿を見つけた。

 声が聞こえ、須美は落ち着いて答える。

「はい、お兄様、しっかり聞こえています」

「わわっ! なんか知らないこえがきこえてんよ〜!」

「なんだこれ、神樹様の声か?」

 落ち着いた様子で受け答えする須美に対して、今日初めて脳波による通信を聞いた乃木園子と三ノ輪銀は突然聞こえてきた声に驚いて周囲を見回す。

 しかし周囲を見渡しても自分たち三人以外は見当たる筈もなく、声がどこから来たのか分からず首をかしげた。

 そんな二人の様子に少し申し訳なさそうに和仁は謝罪する。

「すまない勇者の二人。俺の名前は鷲尾和仁、君たち勇者をサポートする為にいる宮司システム搭乗者だ。主な仕事は後方支援になる。よろしくお願いする」

 普段よりも一段階低いトーンで和仁は自己紹介をする。銀は鷲尾という名前を聞いてもうしかしてと思った。

「鷲尾ってことはそこの鷲尾さんの兄弟か何かか?」

「声が大人っぽいからお兄さんかな〜?」

 園子の予想に和仁は「そうだ」と答える。

「その通り、俺はそこにいる鷲尾須美の兄になる。妹ともどもよろしく頼む。特に妹は人付き合いが得意な方ではないから勘違いされることもあるがとてもいい子だ。出来れば仲良くしてくれると俺は嬉しい」

「お、お兄様! そんなこと言わなくてもいいんです!」

 和仁なりに気を使った言葉に墨が顔を赤くして抗議する。「自分だってそんなに友達いないでしょ」とか「私にも友達くらいいます」とか反論したかったがそれよりもまだ知り合って間もない二人に家族のやり取りを見られることが無性に恥ずかしくなって顔が赤くなる。

 そんな二人のやり取りを見て銀とその子が笑う。

「鷲尾さんってもっとお固いやつかと思ってたけど、案外家族の前だと普通に妹って感じだな。うちの弟となんか被って見えて来たよ」

「私も鷲尾さんって真面目でちょっと怖いって思ってたけど、お兄さんの前だと私たちとかわんないんだなーって」

 好き勝手にコメントをし始めた二人の言葉を聞いて、顔を赤くしたまま須美がプルプルと震えだす。そろそろ羞恥心の限界だった。恥ずかしい気持ちを誤魔化すように大きな声を出す。

「もう! お兄様のせいですよ! どうしてくれるんですか! 私はどんな顔をして勇者のお役目を果たしていけばいいんですか!」

「え、えー……、普段どおりでいいんじゃない? 肩肘張っても上手くいかないと思うけどな……」

「まあまあ、鷲尾さん、兄弟だと紛らわしいな……、須美って呼んでいいか? (あに)さんも別に須美を困らせようって思ってるわけじゃないし、そんなに怒ることもないだろ?」

「あっ、ずるーい。私も園子って呼んでいいから鷲尾さんのこと名前で呼ぶね〜」

「兄さんって何だか昔、安芸先生と見たお笑いのビデオの芸人さんみたいだな」

 須美を置いてきぼりにして勝手に話が進んでいく。

「おっ、兄さん安芸先生のこと知ってるのか?」

「ああ、五年くらいの付き合いだよ」

「世間は意外と狭いんよ〜」

 楽しそうに世間話に花を咲かせる三人に須美はムッとする。自分を置いてけぼりに三人が話しているとなんだか兄を取られたみたいで胸がもやもやした。

「わっ、私だって安芸先生を知ってます!」

 だから自分でも意味のわからない張り合いをしてしまう。

 そんな須美の発言に銀と園子は「知ってるー!」と元気よく返す。つまらない意地を自覚して須美は「ぐぬぬ」と、はしたなく万歳の姿勢で自棄を起こす。

 楽しそうな三人の様子を見ていた和仁は頬を緩めていたが、展開されていたセンサー類に反応がかかり意識を切り替えた。

 薄く繋がった心を通じて三人もそれを感じ、心を引き締めて結界の外側に向けて構える。

 少し遠く、それはいた。

 生き物というにはあまりにも無機質で、しかしところどころ生き物であるかのような意匠を残したそれは悠然と瀬戸大橋を渡っていた。

『バーテックス』

 神樹の結界の外側からやって来る人類の天敵。彼らが神樹に到達した時点で神樹は倒され人類は加護を失い絶滅する。

 そうさせない為に勇者たちがいる。バーテックスに通常兵器は効果がほぼない。倒すならば神に眷属する力がいる。そしてそれを、神樹の力を振るうことができるのが神樹によって選ばれた無垢なる少女たちである。

 やって来る巨大な敵、それに自分たちは立ち向かわねばならない。少し足が竦んでしまう。当たり前だ。三人は今日まで普通の女の子でたとえお役目に選ばれたのだとしてもあんなものに立ち向かわねばならないのだと言われても完全には恐怖は払えない。

 しかしここにいるのは三人だけではない。背中を押せる誰かがいる。

「大丈夫、君たちは神樹様に選ばれた勇者なんだ。自分と神樹様を信じて戦え!」

 鼓舞するように和仁は言う。神稚児でありながら勇者にも巫女にもなれなかった、だからこそ自分はこの三人を手助けする為にここにいる。

 自分だからこそできる役目を行う。

 背中を押され、三人は恐怖を勇気で追い払う。恐怖がないわけではない。しかし自分たちだけではないという事実が背中を押してくれる。

 幾度かの簡単な訓練どおり、三人は勇者専用のアプリケーションを起動した。

 三つの花が咲き誇った。

 一つ目は菊の花。鷲尾須美が纏ったのはろうたけたる花。

 二つ目は牡丹の花。三ノ輪銀が纏ったのは風格ある花。

 三つ目は青い薔薇の花。乃木園子は纏ったのは祝福の花。

 三者三様の花が樹海化した四国の中に咲く。

 変身を終え、須美は弓を、銀は二丁の斧を、園子は槍を、それぞれの武器を構える。

 勇者への変身を終えると自動的に勇者システムと宮司システムが同期を開始する。三人はそこにいながら、和仁が感じているものを受け取る。

 四国全体の見取り図、それリアルタイムに情報が更新されていくそれが自然と理解する。

「なんかゲームみたいだなこれ!」

「なんか視界が二つあるみたいで目が回ってきたんよ〜」

 初めての思考同期に二人はそれぞれの言葉で状況を評する。

 そんな二人の言葉に和仁は苦笑する。

「初めは慣れないかもしれないけど、細かい作戦は俺に任せて君たちは目の前の的に専念すれば大丈夫」

「敵、来るわ!」

 やってきたバーテックスは須美の声を皮切りに行動を開始した。水風船のような部位を膨張させ、濁流のような水鉄砲が放たれる。

 狙われた三人は元いた場所から跳んで回避する。

 思考を同期させた和仁は何の指示なく手元のコンソールを操作し、それぞれが跳んだ先へ迫り上がる足場を用意する。三人はそのしっかりとした金属製の足場を踏み台にもう一度飛び、合流する。

 一切の言葉なく流れるような流れに銀は感嘆の声を漏らす。

「うへー、アタシ何も言われなくても、何をすればいいのか分かっちゃったよ」

「以心伝心ってやつだね〜」

「これが思考同期による一体化の力、俺たち人類だけが持てる敵と戦うための力」

「お兄様の的確な補助があっての連携、見事です!」

 初めての戦い、日常から切り離される非日常感と連携の上手くいった一体感が三人を浮き足立たせる。

 興奮した銀が一歩先へ出る。

「ようし! この勢いで敵もやっつけるぞ! 一番槍、三ノ輪銀行っくぞー!」

「あぁ、ちょっと待って三ノ輪さん。一人で突出したら……」

 和仁の制止する声は出遅れ、銀は一人敵に突撃する。待ち構えたバーテックスはもう一度水風船のような部位を収縮させ、今度は巨大な水の玉を壁のように展開する。

 目の前に現れた水の玉を銀は手に持った斧で打ち払おうとするが文字通り水を叩いただけにしかならず少しだけ削っただけに終わり、結果銀は水の壁に頭から突っ込む。

 ゴボゴボと息を吐きながら銀は水の中から這い出ようともがく。しかしいくらもがいても水の中で水流が生まれず徒労で終わる。

 1分も水の中にいれば息が切れる。窒息死。水深が五センチあれば起きうる死因であり、水によっての最も起きやすい事故。

 それを意図的に起こす敵に銀は襲われていた。

「マズイ! 間に合ってくれ!」

 和仁の操作を受け、樹海内のいたる所に設置された装置の一つが作動する。

 射出機からフック付きのケーブルが放たれる。放たれたケーブルの先は和仁の意思を反映して異常な軌道を描きながら銀の元へ飛んでいく。

 ケーブルは水の中に突入すると銀の胴体に巻きつく。

「今だ! 思いっきり引っ張れ!」

「おーえす!」

 和仁の指示に須美と園子が掛け声で返答する。射出されて伸びたケーブルを手で掴み、思いっきり引っ張る。水の外からの力であればバーテックスによる水の操作は関係なく、銀はケーブルに引かれて水から逃れる。

 地面に転がり、銀は苦しそうにむせ返りながら水を吐き出す。

「ゲホッ、ゲホ。あー、死ぬかと思った、余計な迷惑かけちまった」

「三ノ輪さん、気張るのは分かるけど三人で君たちは勇者なんだ。互いを守りあって無事に帰るんだ」

「三ノ輪さん、大丈夫〜?」

「あぁ、最初はソーダの味がしてそれからウーロン茶に味が変わったこと以外は今のところ平気……」

「多分、乃木さんは味を聞いたんじゃないと思うけど……」

 先ほどまでむせていたのは何処へやら、ケロっとした様子で銀は冗談のような口調で先ほど呑まされた水の感想を述べ、須美がそれに呆れていた。若干味の感想が本当なのか疑う。

 それに和仁が気だるげに答えた。

「須美、三ノ輪さんが言っているのは本当のことだよ、感覚共有で味覚が伝わってきたけど、ほんとに何だろうねアレ。少なくとも食用にはならないよ」

「うお? アタシの感じてること全部兄さんに筒抜けのか?」

 和仁の発言に銀は驚く。知らぬうちに自分の感じているものが筒抜けになる事実に少なからず園子も動揺する。

「宮司システムと勇者システムの感覚同調だ。基本的にシステムは俺と君たちの感覚を繋げて通信や情報のやり取りを行なっている。だから君たちがの感覚が情報として僕にも反映されるんだよ。まぁ、一応君たち側からでも接続は切れるけど、情報共有が途切れるから切らないでくれると互いのためだと思う」

「はえー、勇者って結構ハイテクなんだな」

「当たり前よ、大赦とお兄様が数年かけて作り上げた機構、私たち勇者のための力なんだから」

「須美さんは本当にお兄さんが大好きなんだね〜」

「もう! お兄様は尊敬しているけど、今言うことではないわ!」

 園子にからかわれ、須美は顔を赤くして怒る。

「園子、須美をからかうのもそこまでだ、奴さん来るぞ!」

 銀の声に二人も前を向く。件のバーテックスは再度、水風船のような部位を膨張させ、最初の時のように水鉄砲を放とうとする。

 和仁がシステムを操作し、足場がいくつもせり上がる。いくつかを壁がわりに、残ったものを足場として利用し三人が距離を詰めていく。

 須美が弓を構え、溜めて、放つ。神樹の力を受けた弓と矢は光となって一直線を描いて敵に当たる。当たった場所から大きく揺らぎ、バーテックスは姿勢を大きく崩す。

 前衛である銀と園子はその隙を逃さず、一気に距離を詰め、上からバーテックスを襲撃する。

 その時、バーテックスは水風船のような部位を大きく、今までにないくらいに膨張させる。

 異変に素早く気づいた園子が自身の槍の槍先を傘のように開き、自身と銀をバーテックスから隠すように構える。それに間髪挟まず水風船が大きく脈打ち、先ほどまで一本しか撃っていなかった水鉄砲を数十本、狙いも適当に無闇矢鱈に放つ。

「須美、11時の方向二十メートル、二人を受け止めて!」

 構えていた園子とそれにしがみついていた銀は水に押されて後ろに大きく吹き飛ばされる。和仁の指示を受けた須美が走り、飛んできた二人を受け止めようとする。しかし流石に二人分の体重に水の勢いが加わってしまっては受け止めきれない。

 三人仲良く地面を転がっていく。少し転がってから何とか立ち上がる。

 和仁は手元を操作し、周囲に設置されていた発射装置から攻撃用のミサイルを放つ。飛んできたミサイルを回避することもできず、バーテックスは爆炎とともに後ろに押されていく。

 何とか立ち上がった銀が先ほどまで痛んでいた体の節々をさすりながら立ち上がる。

「いてて……、急にあんなふうにやたらに撃ってくるなんて本当にゲームっぽくなってきたな」

 続いて立ち上がった須美が自分が負うはずである傷がないことに気がつき、もしかしてと思い和仁に問いかける。

「お兄様……、体は大丈夫ですか?」

 須美の問いかけに銀と園子首を傾げる。どうしてここにいない人の心配をしているのか、ここで戦っていないのならば安全なのではないのか。そうした疑問を二人は持つ。

 須美の質問に少し声を強張らせた和仁が答える。

「……大丈夫、擦り傷くらいなら治るのに秒もかからない。俺の心配よりも敵を倒すことに集中して」

「お兄様……」

 心配そうに須美は遠く、神樹の根元の方へ心配そうな視線を送る。

 そのやり取りと須美の視線を見て銀は怪訝そうにしていた。

「アタシらの怪我がすぐ治るのと兄さんが何か関係あるのか?」

「あー、もしかして……」

 感のいい園子が少ない手がかりから正解を導き出す。

「私たちが怪我すると代わりにお兄さんが怪我を負うのかな?」

 少ない手がかりから正解を導き出した園子に和仁は感心する。園子の推測を肯定する。

「そうだよ、君たちの痛みは俺が背負う。君たち勇者がより長く、最良の状態で戦えるように支援するのが宮司の役目、俺のことは気にせずに戦ってくれればいい」

「なら、アタシらは出来るだけ怪我せずに敵を倒せばいいんだな」

 銀の言葉に和仁は疑問符を浮かべる。

「ん? 俺のことは気にしなくていいと言ったはずだよ? 君たちは目の前の敵を倒すことだけに集中してほしい」

 和仁の我が身を振り返らない発言に銀が首を振って否定する。

「いやいや、兄さんが言ったんじゃないっすか、『互いを守れ』って。それにはもちろん兄さんだってふくまれてるでしょ? だったらアタシらは兄さんが余計な怪我しないように自分を守ればいいってことだろ。大丈夫、アタシらは勇者なんだ、だったら兄さんだって守ってやるよ」

 銀の言葉に和仁は目を見開いて、それから何度か瞬きを繰り返した。

 二人目だと和仁は思った。家族でも何でもない他人であるはずの三ノ輪銀は今日会っただけの自分をも守ると言う。

 誰かのために贄としている自分が守られると言われることに和仁はなんだかむず痒さを覚える。

 でもそれは決して不愉快ではない。心地の良い感情だった。

「ミノさん、イケメン〜」

「ははは……、照れるからやめろよー。てかミノさんってアタシのことか?」

 銀の発言に園子が囃し立て、銀が照れて頭をかきながらつけられたあだ名を気に入る。

 轟音を立てて光の矢が敵めがけ飛んでいく。体制を立て直したバーテックスの出鼻を挫くように須美が矢を放っていた。命中した矢は光を破裂させるかのように爆発してバーテックスをよろめかせる。

 攻撃への対抗なのかバーテックスは先ほどと同じように濁流の水鉄砲はやたらめったらに周囲に撃つ。

 それを見て銀とその子は自分たちがまだ戦いの最中であったことを思い出す。忘れていたわけではないが必要以上に緊張せずにいられている。緊張し過ぎて動作が鈍くなるよりはよっぽどいいと和仁は思う。

「ようし、後は誰も怪我しないように敵さんをちゃっちゃとやっつけるだけだな!」

「三ノ輪さん、油断しているとスキを突かれるわよ」

「まあまあ〜、須美さんもそんなにカリカリしないで気楽に行こうよ〜」

 気張る銀、慎重な須美、そしてペースを崩さない園子。上手いこと三人の個性が噛み合ってきていると和仁は初陣である三人の勇者たちを見る。

 周囲に未だ水鉄砲を打ち続けているバーテックスを見て銀が困った声を出す。

「しっかし、あの敵さんどうしたもんかな。あんなにずっと撃ってきてたんじゃ近づけやしない」

「……あ、ぴっかーんっと閃いた!」

 園子が自身の槍を見て何かを思いつき、教室で答えるように手を挙げる。

「園子さんどうぞ?」

 教師で役に当たるであろう和仁が応答を促す。自身の槍を二人に見えるように掲げて見せた。

「これと四人で力を合わせればいいんよ〜」

「……え?」

 園子の答えに三人の疑問符が重なる。

 園子の指示通り、須美と銀は園子の槍を持つ。ちょうど運動会の綱引きのような感じになる。ただし違うのは槍を引き寄せるために持っているのではなく、槍を前に押し出すために持っていることである。

「……って、すっごい脳筋だった!」

「これを持ったまま前に進むって……」

 思っていた以上に頭脳ではなく筋肉に頼った作戦に思わず銀がツッコミを入れ、須美が困ったように呟く。

 作戦はごく単純。傘のように広がった園子の槍を文字通り傘にしてバーテックスの放つ水鉄砲を防ぎつつ、勇者の膂力で前に進む。人間離れした力を発揮できる勇者だからこそできるやり方であり、これを発想した園子に和仁はまたも感心した。

 普通、濁流じみた水鉄砲に立ち向かおうとは考えないだろう。普通ならいかに避けて進むかでやり方を模索する。逆転の発想であり、勇者である園子だからこそ思いつける方法であった。

「それじゃあ、行くよ〜!」

 園子の掛け声と共に団子になった三人は前進する。近づいてくる三人を認識したバーテックスは三人めがけて水鉄砲を放つ。しかし放たれた水鉄砲は園子の想定通り、広がった槍の穂先に当たって拡散する。トラックから真正面からぶつかった様な衝撃が三人を襲う。

「踏ん張れー!」

「前進―!」

 襲いかかる重圧に負けず、三人は進んでいく。途中、和仁の操作するケーブルがバーテックスを引っ掛け、水鉄砲の方向を逸らす。掛かっていた衝撃がなくなり、それを好機と見て三人は一気に前に出て距離を縮める。

「今だ須美! 三ノ輪さんを上に飛ばせ!」

 和仁の指示とイメージを受け取り、須美は素早く動く。バレーボールで素早く後ろにいた銀に向き直るとバレーボールのレシーブの姿勢に入る。武器を消した銀は飛び出し、構えた須美の両手に足を乗せる。そのまま須美は両手を勢いよく上げ、銀はその手を蹴って飛んだ。

 勇者の膂力と脚力が合わさり、銀は弾丸の様に飛び上がっていった。傘に隠れていたこともあり、バーテックスはそれへの対処に出遅れた。

 そしてその時点でバーテックスの詰みであった。

 急上昇し、バーテックスの真上をとった銀は消していた武器を再度出現させる。そして自然落下に武器の重さが加わり、勢いを加えながら銀はバーテックスに襲いかかる。

 須美が後衛であり、園子が中衛であるならば、銀は前衛である。前衛の仕事とは敵を抑え、そしてと止めを刺すことである。そして彼女はその通りの役割を果たす。

 落下の勢いと加速を利用してすれ違う様に銀は何度も両手に持った二丁の斧で斬りつける。繰り返された斬撃とそれに追随する衝撃により、バーテックスはその身を半壊させた。

 それを見て和仁は頃合いと見た。

「鎮花の儀、開始」

 和仁の身を触媒に樹海に満ちていた神樹の力が増していく。それは水に満たされた容器に水を足すことに似ていた。水は神樹の力、溢れた水は花弁となって樹海の中で花降る。

 寂寞の中、大橋に設置された鈴が鳴り出し、次第にその音を増していく。清廉な鈴の音が寂とした樹海の中を満たし、昂ぶるものを鎮めていく。

 樹海の力から生まれた花が降る中で神の怒りを鎮める。

 故に『鎮花の儀』

 神樹は複数の地の神の集合体。よって含まれる様々な属性は花の色となって顕れる。

 清廉な鈴の音と降りそそぐ多彩な花に満たされた樹海は言葉に詰まるほど美しかった。

 勇者三人は敵と戦っていたことも忘れ、ただただ目に見える景色に目を奪われていた。

 美しい世界の異物であったバーテックスは降りそそぐ花にかき消される様に姿を消した。それに気がついた須美はポツリと呟く。

「……勝ったの?」

 それまでの激しい戦いが嘘の様に決着は静かなものであった。余りにも何も残らなかったこそ須美も思わず疑問に持つほどであった。

 それに景色に見とれ、我に帰った銀と園子が肯定する。

「アタシら勝ったんだ!」

「敵をやっつけたんよ〜」

 成功した喜びで二人はハイタッチをし、須美のおずおずという様子でハイタッチに答える。

 光が溢れ、気がつけば三人は樹海の中でない普通の四国の中にいた。

 周囲を見渡し、園子はよく知った建築物を見つける。

「あっ! 大橋だ!」

 見知ったものを見つけた安心感に思わず声を弾ませ、指を指しながらその場で弾む様に跳ねる。同じように振り返った銀と須美も大橋を見つけ、安堵に胸を下ろす。

 日常的に見てきた大橋を見つけて三人は非日常が終わり、日常へ帰ってきたのだと視覚から理解する。

 小さく鈴が鳴った。

 それは樹海化が始まった時と同じもので三人は思わず身構える。

 一瞬の間を挟む。しかし光も、地響きも、時の止まることもない。

 血の匂いが香る。

 瞬きをして、気がつけば須美は視界が塞がれていた。

 正しくは塞がれたのではない、視界の全てが和仁の胴でいっぱいになっていた。鍛え上げられ、傷の塞がった血まみれの上半身をむき出しにして和仁は須美を抱きしめていた。

 須美の存在を感じながら安堵の声を漏らす。

「……あぁ、良かった。本当に、本当によかった」

 心底安心した和仁を見て、須美は血に濡れることも構わずに抱きしめ返した。

「はい、お兄様。私は無事にここにいます」

 初めてのお役目、三人と一人誰も欠けることなく無事に終わった。

 非日常が終わり、兄妹は互いの無事を確かめ、戦友二人はそっと微笑んで見守っていた。

 




鎮花の儀って小説版だと存在しないんですよね。
作者的な理由づけをして実装しました。
話させやすい二人も登場し物語は加速していきます。

小説の書き方の研究の側面があるので読みにくい、読みやすいの意見を大募集。
もちろん感想、誤字報告も大歓迎です。それではまた次回。
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