ホーネット派の本拠地となる魔王城。
魔物界に突入したランス達がその城に到着してから4日程が経過していた。
この数日間を城内で平和に過ごした事もあって、当初からへっちゃらだったランスは元より、シィルとかなみもこの状況にようやく慣れてきた様子。
最初は自室の外に出るにもおっかなびっくりだった二人も、今ではそれ程気を張らずにこの城の中で過ごす事が出来るようになっていた。
その理由の多くはシルキィやサテラ達のおかげ。二人の魔人が城内の魔物達に『新たに人間の使徒を増やした』と周知させた事による。
使徒という立場はこの魔物界ではとても強い。ランス達が廊下でばったり魔物と遭遇しても、上司たる魔人の機嫌を損ねないよう向こうから離れていく程のもので。
そしてランス達は知らない事だが、この城の現在の主である魔人ホーネット、彼女はすでに人間の使徒を数人有している。そんな事もあって人間の使徒が増えた事への反発も特に起こらなかった。
(……ふーむ)
ランスはこの数日間、特に何をするでも無く。
シィルを抱いたりかなみを抱いたり、時には城内の女の子モンスターをつまみ食いしたり。
そんな日々を送っていた訳なのだが、しかしそろそろ退屈が生じていて。
(うむ。まぁあれだな、毎度同じ物を食ってるとどんなに美味いもんでも味に慣れるというしな。そろそろシルキィちゃんとセックスする為にもサクっと魔人をぶっ殺すか)
と、言う事で。
「よし、そんな訳で気は熟した。いよいよ作戦行動開始だ、早速魔人退治に出かけるぞ」
「うほーい、待ってましたー!」
ランスは部屋にシィルとかなみと呼び出し、開口一番そう宣言した。
するとすぐに歓喜の声を上げたのは魔剣カオス。しかしそのように喜んだのは部屋の隅に立て掛けてあるその剣だけで、残る二人は嫌々ながらといった感じの表情だった。
「……はぁ、やっぱりそうなるのよね……うぅ、生きて帰ってこれるかなぁ……」
「情けない事を言うな、かなみ。俺様がいれば楽勝だ。シィル、とっとと支度をしろ」
「はい、ランス様。……けれど魔人退治とは言っても一体どちらに向かうのですか?」
首を傾げながらのシィルの言葉に、ランスは大層呆れた様子で嘆息する。
「何処に向かうかだと? んなのケイブリス派の魔人が居る所に決まっとるだろ、このアホ」
「えっと……ケイブリス派の魔人が居る所とはどちらなのですか?」
「どちらってそりゃあ……あれ、どちらだ?」
シィルの言葉の意図する所が分かったのか、ランスは「そういや奴らは何処に居るんだっけ?」と、しばし腕を組んで思考する。
(えっと、前回は確か……ナンダモンダツリーだか言う場所がケイブリス派の本拠地で……んでそれは何処にあるんだ? うーむ、知らん)
だが数秒も掛からずに思考を放棄する。
残念ながらランスには魔物界についての知識が全く足りなかった。およそ千年程前、この世界が魔物の世界と人間の世界に分けられて以降、魔物界は人間にとって暗黒の世界。
交流など全くと言っていい程無い為、魔物界に関してはあらゆる情報が入ってこないのが現状。
それでもランスは前回の時、魔人討伐隊を率いて魔物界に乗り込んだ経験があった為、タンザモンザツリーがケイブリス派の本拠地だという事はうろ覚えながら記憶していた。
しかしそのタンザモンザツリーへ辿り着くにはどちらに向かえばいいのか、この城からどれだけ離れているのかなど、戦いに赴く上では重要となるそれらの情報はさっぱりだった。
なのだが。
「まぁ、前に進めばどっかには着くだろう。とりあえず出発ー」
「そ、そんな適当でいいのー!?」
ランスはそれでも出発する事にした。城内でぶらぶらしているのにもそろそろ飽きたのである。
そしてそれから数時間後。
やっぱりというか何と言うべきか、ランス達は見事に道に迷っていた。
「うーむ、何か似たような景色ばっかだな……」
ランスは辺りを眺めながらぽりぽりと頭を掻く。
確かケイブリスの居場所は地図の下の方だったっけなぁと、そんな適当な方針で南に向かって進んでみた所、いつの間にか奇妙な木々が乱立する森の中に迷い込んでいた。
「ランス様、この道は前も通ったような気が……」
「……ぬ、そうか?」
思わず周囲をきょろきょろと見渡す。だが視界に入るのは毒々しい色の花や光を放つ蕾など、人間世界では目にしない植物だらけ、目を引くものが多すぎて逆に目印になりにくい。
すでに頭上は木々や葉に埋もれてしまっている為、巨大な魔王城の姿も見えず。何とかして空の見える場所に出ないと下手したら遭難もあり得る状況となっていた。
「おいかなみよ。こんな時の為にお前がいるんじゃないのか」
「わ、分かってるんだけど……この辺の地形ってどうにも覚えにくいっていうか……」
かなみは忍者であり、偵察任務などを行う為に知らぬ土地でも迷わない訓練を積んでいる。だがそんな彼女が居てもこの有様で。
これは彼女がへっぽこだからという理由もあるのだが、そもそもここらに棲息する魔界植物とは獲物を襲う為に好き勝手動き回るので、あまり目印にしてはいけないという事を知らないからであった。
「つーかお前、そんなんでよく手紙の配達が出来たな」
「あの時はフレイアさんが居たんだもん。……うぅ、あの人どうやってこんな場所の道程を覚えてたんだろ……」
「……役立たずめ」
「うわーん!」
結局ランス達はそのまま迷い続けた後、仕方無いのでそこら辺にいたハニーに道を尋ねた。
戦闘になるかとも思ったが、幸いにしてそのハニーは自分達が魔人の使徒である事をすでに聞いていたらしく、争い事にはならずに魔王城までの道案内をしてくれた。
「親切な魔物で良かったですね、ランス様」
「……まぁな。しかしこれではいかん、かなみよ、次までにはせめて道案内ぐらいは出来るようなんとかせい」
「うぅ……分かってるわよぉ……」
そんなこんなでランス達は城に帰ってきた。
夕食後、部屋のソファでまったりしていたランスはふと一日を振り返ってみる事にした。
「よし、ではシィル君。本日の活動について報告したまえ」
「え、報告ですか? ええーと、今日はみんなで城の外に出て迷子になりました」
「………………」
そう言われると全くもってその通りなのだが、しかしどうにもムカついたランスはそのもこもこ頭をぽこりと叩く。
「いたっ! うぅ、痛いです、ランス様……」
「うるさい。ではかなみ、敵の魔人の居場所について報告しろ」
「え。知らないわよそんな事」
「なにぃ? そういうのを調べとくのもお前の仕事だろう」
気が利かない奴だなぁと、ランスは正面に座るかなみをじとりと睨む。
しかしその忍者も怯む事無く、無茶言わないでよねと言わんばかりに首を振る。
本日から魔人退治に動き出したランス達。しかし今日は大した戦果無し。そして大した報告も無し。
やはり魔物界の事について知らなすぎるのがネックなのか、このままのノリで動くのはさすがに徒労過ぎる気がしてきたので、ランスは今後の行動を少し見直そうかと考えてみたのだが。
(……考えるのは俺様の仕事じゃないな)
しかし考えるのは止める事にした。
「シィルよ、今後俺達がどう動くべきか、答えろ」
「えっと……危ない事は止めてお城に帰る。とか」
「………………」
イラっときたランスはもう一発ぽこり。毎度の事ながらとても良い音が鳴った。
「痛いです、くすん……」
「だーー!! まったくお前らは役に立たん。これでは全然話が進まんでは無いか!!」
「そんな事を言われても……」
涙目で頭を押さえるシィル、そして困ったように視線を横に逃がすかなみ。
そんな二人をそばに置いて、どうにも勝手が違うとランスは違和感を覚える。そもそも世界総統たる自分はこのようにあれこれ指示を出したりはしないもので。
(うむ、そういうのは全部部下がするもんだ。んでもって……)
自分が知りたい情報を聞けば、途端にぱっと答えが返ってくるような。
取りたい作戦の概要を大まかに伝えれば、すぐにそれを形にしてくれるような。
自分はただ椅子に座っているだけで、面倒な事は全部済ませておいてくれるような。
とそこまで考えて、このどうにもしっくりこない状況の違和感にランスはようやく気付いた。
(あそっか。ここには俺様の軍師達が居ないのか。通りで動きにくいと思ったぜ)
ランスの思い至った軍師達。それは前回の戦争で彼の指揮下にあった三人の女性軍師。
リーザス王国のアールコート・マリウス。
ゼス王国のウルザ・プラナアイス。
ヘルマン共和国のクリーム・ガノブレード。以上3名の軍師達の事である。
前回ランスは世界総統として人類を率いて戦い、最終的に魔人ケイブリスを打ち破った。
しかし彼が十二分に活躍する事が出来たのは自身の力だけでは無く、膨大な情報を精査してランスの求めに応え、ランスの無茶な行動を作戦として成立させ、事務処理等の雑務を的確に済ませてきた軍師達の力があったからこそでもある。
(よし。そうと分かれば早速全員呼びだそう、そうしよう)
という事で、ランスはあの軍師達三人を手紙で呼び出す事にした。
この魔王城に呼び出すのはさすがに無茶振りが過ぎるので、番裏の砦に来るよう指定する。
そうして書き上がった手紙をかなみに配達するよう命じた所、彼女は全力で首を横に振った。
「無理ー!! もう真っ暗だし、フレイアさんも居ないし、迷子になるー!!」
自分の能力を見事に把握している彼女の、それはもう悲痛な叫びであった。
無理やり行かせようかとも思ったが、しかし彼女の能力を考慮すると強制する事も出来ない。
使徒だと言い張れば問題無いとは言え、まだその事を知らない魔物が居る可能性だってある。そんな魔物に出会った場合かなみ一人では危ない。
そして当然ながら自分が付き添うという選択肢は無い。とても面倒くさいからである。
(けれどかなみが駄目だとすると……うーむ、なんかいい方法は無いもんか)
さてどうしようか、そこらにいる適当な魔物にでも命じてみるか。
とそんな事を考えながら城内をぶらぶらしていると、偶然にも魔人シルキィの姿を発見した。
「あら、ランスさん」
「シルキィちゃん、ちょうど良い所に。実はこの手紙を人間世界にいる部下に届けたいのだが、なにかいい方法はねーかな」
これだこれ、とランスは手に持つ3枚の手紙をぴらぴら揺する。
「手紙か……この魔王城から人間の世界に届けるのは確かに大変だものね」
「うむ。だがこの手紙はホーネット派の勝利の為には欠かせないものなのだ。何とかならんか」
「……そんなに大事な手紙なの?」
「うむ。これはマジで重要な手紙なのだ」
「……うーん」
ホーネット派の勝利の為。
そう言われると無下には扱えず、シルキィは思い悩むように顎に手を当てる。
(……確か、少し前に帰ってきてたっけ……)
思い浮かんだのは異形の姿、ホーネットに所属しているホルスの魔人。
連絡や輸送など、長い距離を高速で移動するような任務に関しては、ホーネット派の中でもその魔人の独壇場である。
「……直接届けるのは無理だと思うけど、人間世界の郵便ポストに入れれば大丈夫よね? ……彼に頼んでみるかな」
「彼!? 彼ってまさか君の恋人か!?」
驚愕に目を見開いたランスの早合点に、まさかそこに食いつくのかとシルキィは思わず吹き出してしまった。
「違うわよ。そうじゃ無くって、私達の心強い仲間。そうだ、何ならランスさんも挨拶してく?」
「いや違うならいいや。彼ってことは男だろう、野郎に興味は無いからな。……それよりシルキィちゃん、今晩はどうだ、俺様の部屋に来ないか? ぐふふふ……!」
にやにや顔でシルキィの事を口説くランス。
だがこれは何も今日に限った話では無く、魔王城に到着してからもう毎日のように迫っていた。
魔人を倒したら自分の女になるとは約束したものの、その前に口説かないとは言ってない。それより早く事が進むならそれに越した事は無いのである。
「またそれ? ほんと相変わらずね、貴方は」
初日こそ戸惑い、次の日にはあまりの節操の無さに呆れていたシルキィも、ランスという男はこういう人間なのかと今ではもう慣れてきていた。
「ならランスさん、頑張ってケイブリス派の魔人を倒してちょうだい。楽しみにしてるから」
「……あ。それ切手貼ってねーや。シルキィちゃん、切手代貸してくれ」
「……私に言われても」
切手はシィルに出させた。
それから一週間程が経過したある日。再びメガラスの部屋に手紙が投げ込まれていた。
それはヘルマンにいるフレイアからの連絡、番裏の砦に客人が訪れた事を知らせる内容だった。
時はLP7年3月。
ランスが過去に戻ってきてからそろそろ一ヶ月が経とうとしていた。