ランス(9.5 IF)   作:ぐろり

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本当に大事な話

 

 

 

 それはある日の事。

 

「お」

「……あ」

 

 そこは魔王城の廊下。何の気無しに歩いていたランスとホーネットが鉢合わせる。

 それは両者がこの城で生活をしている以上、当たり前に起こる出来事なはずだったのだが。

 

「よう、ホーネット」

「……ラン、ス……」

「……ぬ?」

 

 しかし今日に限っては当たり前の事では無く、なにやらその魔人の様子がおかしい。

 こうして顔を合わせた、ただそれだけで、

 

「……っ」

 

 ごくりと喉を鳴らしたかと思えば、何もしていないのに自然とその両頬が赤く染まり始める。

 

「なんかお前、顔が赤いよーな……」

「あ、いえ、私、は……」

 

 常に冷然とした態度の魔人筆頭は何処へやら。

 何故か羞恥の表情のまま、その視線を落ち着きなく左右へと迷わせて、そして。

 

「ランス、あの……」

「何だよ」

「私、と……こ──」

 

 そこで何かを言い掛けたのだが。

 その先は口をわなわなと震えさせるだけで、言葉が出てくる事は無く。

 

「……こ?」

「──いえ、何でもありません。それでは」

「あ、おい」

 

 一方的に会話を打ち切ると、そのまますたすたと立ち去っていった。

 

「……何だあいつ?」

 

 出会い頭の奇妙な態度、ホーネットの挙動不審な様子にランスは思わず首を傾げた。

 

 とそんな出来事があったのだが、しかしこれはまだ始まりに過ぎなかった。

 何故ならその奇妙な態度、挙動不審になっていた魔人はホーネットだけでは無くて。

 

 

 

 

「お」

「……あっ」

 

 それから少し経った後の事。

 そこは同じく魔王城の廊下、再び何の気無しに歩いていたランスはシルキィと鉢合わせた。

 

「よう、シルキィちゃん」

「……ランス、さん……」

「あん?」

 

 するとこの魔人の様子もおかしい。

 こうして顔を合わせた、ただそれだけで、

 

「……う、うぅ……!」

 

 その口からか細い呻きを漏らし、その顔がみるみる内に茹で上がっていく。

 

「どしたシルキィちゃん、風邪でも引いたか?」

「あ、いや、わたし、えっと……」

 

 常にハツラツとした魔人四天王は何処へやら。

 シルキィはもじもじとした様子で何かを躊躇っていたのだが、やがて。

 

「あの、あのね……」

「おう、どした」

「ランスさんは、私に……あ、あ──」

 

 そこで彼女も何かを言い掛けたのだが。

 その先は口をぱくぱくとさせるだけで、やっぱり言葉が出てくる事は無く。

 

「……あ?」

「──な、何でも無いの。それじゃ」

「おい、ちょっと」

 

 これまた一方的に会話を打ち切り、そのまますたすたと立ち去っていった。

 

「……なんだありゃ?」

 

 出会い頭の奇妙な態度、シルキィの挙動不審な様子にランスは再びその首を傾げた。

 

 

 

 

 と、そんな出来事が立て続けに起こった。

 

 今しがたランスと顔を合わせた二人の魔人、ホーネットとシルキィ。

 二人の奇妙な態度の理由とは。何故二人はあんなにも挙動不審となってしまったのか。

 

 その謎の答え。それは数日前からホーネットの頭の中に浮かんでいた深刻な問題。

 そしてその問題をシルキィに相談した事に端を発している。

 

 故に二人の話し合いが行われた日、昨日の時点までこの話は遡る──

 

 

 

 

 

 

 それは前日、昼過ぎ頃の事。

 コンコン、と聞こえる軽いノック音。

 

「失礼します」

 

 礼儀正しく一声掛けてから、魔人シルキィはその部屋のドアを開く。

 室内には見慣れた姿。壁際に整列する使徒達、そして奥にある執務机に掛ける魔人筆頭。

 

「シルキィ、よく来てくれました」

「はい。なんたってホーネット様からの呼び出しですからね」

 

 来ない訳にもいきませんよと、朗らかな笑みを浮かべるシルキィ。

 彼女はほんの数分前、ホーネットの使徒の一人から「主がシルキィ様にお話があるそうです」と伝えられ、急ぎこの部屋へとやって来た。

 

(お話っていうと……やっぱりあれかな? レッドアイを討伐した事に関連する話かしら)

 

 魔人レッドアイの討伐。それはこの派閥戦争に対して多大な影響を与えた事は言うまでもない。

 故に大事なのはここから。ホーネット派としての次なる一手、例えば大荒野カスケード・バウへと侵攻する具体的な作戦案など、そういった事に関する言わば作戦会議をするのだろうか。

 

(あるいはそれとも──)

 

 ──もっと別の話だろうか。

 それこそ例えば、以前に聞いたあの……大事な話のような事とか。

 

 少し前に一回、その前にも一回と、二回程そんな要件でこの魔人から呼び出しを受けている。

 もしや今回もそういった話なのでは……と、この時のシルキィにはすでにそんな予感があって。

 そしてその読みは見事に冴え渡っており、ホーネットの用事はまさにそんな話だったのだが。

 

「ではシルキィ、早速ですが大事な話があります。……ですので貴方達は外れていなさい」

 

(は、早い……!)

 

 予測していたにもかかわらずシルキィは驚く。

 今日はいつにも増して、今までとは比べものにならない程に展開が進むのが早い。

 前までのように使徒達に紅茶や菓子を用意させる事すらせず、さっさと退出させてしまう程で。

 

(……何だろう、今日の『大事な話』って……これ程に急かす必要がある話……って事? 何だか以前にも増して聞くのが怖いわね……)

 

 この様子を見る限り、過去ニ回の時よりも今日は重大なテーマなのかもしれない。

 果たしてどんな爆弾が飛び出てくるものやら……と身構えるシルキィをよそに、使徒達の退出を見届けたホーネットはすぐに椅子から立ち上がる。

 

「シルキィ、立ち話もなんですから、こちらに」

 

 その言葉に彼女も「はい」と頷き、場所を移した二人の魔人はソファに腰を下ろす。

 

「………………」

「………………」

 

 そして沈黙。

 過去ニ回の時もそうだったのだが、派閥の主たるこの魔人から『大事な話がある』と宣告されるとどうしても緊張してしまう。

 シルキィは背筋をピンと伸ばして口を閉じ、不動の姿勢で相手が話し始めるのをじっと待つ。

 

「………………」

「……さて」

 

 一方で普段通りの様子に見えるホーネットも、その胸中には少なくない緊張があった。

 何故なら今回の『大事な話』は結構生々しく、かなりプライベートに過ぎる問題。過去ニ回の時のそれを優に上回る程、他人に打ち明けるのは抵抗感のある話で。

 

「………………」

「……ふぅ」

 

 しかしそれでも尋ねない訳にはいかない。

 何故ならこれは場合によっては深刻な問題、速急に対処せねばならない問題なのだから。

 どのように伝えれば波風立てずに進められるか、そんな事をしばらく考えて、そして。

 

「……シルキィ」

「は、はい」

「これは例えばの話なのですが……あるところに一人の女性がいたとします」

 

 ふいに魔人筆頭はそんな事を言い出した。

 

「えっ? ……あ、なるほど。あるところに一人の女性が居たのですね?」

「えぇ、そうです」

 

 その発言の意図を魔人四天王はすぐに理解する。

 

(……これはあれね、例え話ってやつね)

 

 例え話。それは伝えたい事、聞きたい事などを別の表現などに置き換えて話す技法。

 正直ホーネットがそういった話術で主張を濁すのもシルキィには驚きだったのだが、その点はもうこの際だから気にしない。

 とにかくこうして例え話をしてきた以上、自分はその本意を的確に読み取る事に集中するだけ。その例えの裏にこの魔人が真に伝えたい事が隠れているはずなのだから。

 

「そして……その女性はある時、人間の男と出会ったとします」

「人間の男、ですか」

 

(人間の男……これはそのままの意味じゃなければ……きっとランスさんの事ね)

 

 ホーネットが知る人間の男などあの男以外には居ないだろう。

 だからその女性が出会った「人間の男」というのが文字通りの意味では無い場合、それが指し示すのはランスの事で間違い無いはず。

 

(けど男の方にわざわざ『人間』のって付けるという事は……女性の方はきっと……)

 

 ホーネットにとって人間というのは決して身近な存在では無い。故に女性の方も人間であれば、きっと『人間の女性』と言っていたはずで。

 

(……となると女性の方は魔物か、あるいは魔人か……仮に魔人だとしたらそれはサテラか、ハウゼルか、サイゼルか、ワーグか……それとももしかして私か……それとも……)

 

 ──あるいはそれとも、ホーネット自身か。

 というかこのようにあえて遠回りな例え話をする以上、誰の話をしようとしているのか、シルキィにはもう何となく見えてしまっていた。

 そして見えたのはその中身についても。以前に受けた相談の事や、この前会ったランスのハイテンションぶりなど、それらを考慮して考えると今回の『大事な話』のテーマは恐らく……。

 

「……それで、ですね。その女性と男性は様々な事を通じて心を通わせていきます」

「心を通わせて……二人は徐々に仲良くなっていったのですね」

「えぇ。それで、つい先日の事なのですが……その女性と男性は……遂に……」

 

 そこでホーネットの言葉が詰まり、その視線がすっと横に逃げそうになったのだが。

 

「……いえ」

 

 しかしこの話は避けられない。

 ここを避けてはその先に待つあの問題を打ち明ける事が出来ない。

 ホーネットは覚悟を決めて口を開いた。

 

「……その女性と男性は遂に……初めて肌を重ねる事となったのです」

「は、肌を重ねる? って、でもランスさんと初めてって事はやっぱそれホー──」

「え、ランス? あ、いえ、これはあくまで例えばの話で……」

「……あ」

 

 その指摘にシルキィはぽかんと口を開いて。

 

「……そ、そうでしたね。も、申し訳ありません、ホーネット様」

 

 正直ほぼバレバレだったとはいえ、しかしあくまでそういう体裁で話さなければ。

 つい軽挙な反応をしてしまった事を恥じ、シルキィは頭を下げて肩身を狭くする。

 

「………………」

 

 その一方、ホーネットも複雑な──というかちょっと恥ずかしそうな表情で。

 無駄に遠回しに話してもさっぱり意味が無いと悟ったらしく、「……はぁ」と吐息を吐き出す。

 

「……シルキィ。全てを率直に話すので聞いてくれますか?」

「あ……はい。そうして貰えると助かります」

「……えぇ」

 

 何とも言えない空気の中、魔人筆頭と魔人四天王はその視線を合わせる。

 実際の所、もうすでに9割方話してしまったようなものだが、

 

「………………」

 

 それでもホーネットは再びの覚悟を固めるのに数秒を要し、

 

「………………」

 

 一方でシルキィもその言葉を耳に入れる心構えをしっかりと固めて。

 

 そして。

 

 

「──先日、私はランスと性行為をしました」

「んんっ!」

 

 何を言われるかはほぼ分かっていた。それでもその言葉が持つ破壊力たるや。

 シルキィはぐっと息を飲み込む事で、どうにか驚きの声を出してしまう事を我慢した。

 

(……そっか。ホーネット様、遂にランスさんとエッチな事をしちゃったんだ……)

 

 これが例えば半年程前であれば。ランスという男と知り合って間もない時期にホーネットからそう言われたのだとしたら、自分はきっと驚きのあまりソファからひっくり返っていたと思う。

 しかし今ではそこまでの衝撃は無い。あのランスという男を深く理解した今、ホーネットともそうなってしまうにも時間の問題なのではないかと考えた事もあった。だから今は驚きというよりも遂にその日が来たのかという感慨が湧く。

 

 ともあれ、ホーネットはランスと性交を行った。果たしてこれは良い事だと祝すべきなのか。何だか一概にそうとは言えないような気もするが、さりとて悪い事だと表現するのも憚られるような。

 というかこうなった以上ホーネットは純血を失った訳で、これは彼女の父親である先代魔王ガイの墓前に報告した方がいいのだろうか。その報告はホーネットがすべきか、それともそういう赤裸々な話は本人がするのでは無く、自分のような者が気を利かせた方がいいのだろうか──

 

 ……などと、動揺するシルキィがあーだこーだ考えている間にも。

 

「ですが……そこで一つ、大きな問題が発生したのです」

「あ、と……問題……ですか?」

 

 ホーネットは本当に深刻な表情で。 

 ランスとの性交を行った次の日からずっと悩んでいた問題、それを遂に打ち明けた。

 

「えぇ。……実はですね、あの性行為で妊娠をしてしまった──」

「に、にににに妊娠!? ほ、ホーネット様、にに、妊娠をしてしまったのですか!?」

 

 耳に飛び込んできた言葉、そのフレーズに仰天してしまったシルキィはソファから立ち上がる。

 

 なんという事だ。まさかホーネットが初体験だけに留まらず妊娠までしてしまったとは。

 確かにそういう事をした以上、そうなってしまう可能性はある。だがそれにしても急な話、これはさすがに驚くなというのは無理な話だ。

 というかホーネットが妊娠したのなら、先代魔王ガイの墓前には初孫が出来ましたよと報告しなければならないのか。果たしてガイは喜んでくれるだろうか、あるいはお怒りになられるかも──

 

 ……などと、テンパっているシルキィが訳も分からぬ事を考えていたその時。

 

「……落ち着いて下さい、シルキィ。私は別に妊娠などしていません」

 

 ホーネットはすぐにその間違いを訂正する。

 

「……え?」

「そういう事では無く、もし私が妊娠をしてしまったとしたら……という仮定の話です」

「……あ、成る程。そういう事ですか……申し訳ありませんホーネット様、あらぬ早とちりをしてしまって……」

 

 軽率に過ぎる反応をしてしまった事を恥じ、シルキィはしゅんと俯いたままソファに座り直す。

 ホーネットが妊娠したというのはあくまで仮定、仮の話。だからこそあのような例え話をしていたのだと気付いた彼女は、その時「あれ?」と不思議に思う事があって。

 

「……けれど、妊娠? そもそも私達のような魔人って妊娠をするような存在なのですか?」

 

 そこで浮かび上がった疑問、果たして魔人という生物は妊娠するのか否か。

 シルキィはその答えを知らない。知らないけれども何となく妊娠しないものだと思っている。

 その理由は簡単、今まで妊娠をしたという魔人の話など聞いた事が無いから。実例が無い以上、あり得ないと考えるのも仕方無い事だと言える。

 

「……どうでしょうね。私達のような魔人が妊娠するのかどうか、それは私にも分かりません」

 

 そしてホーネットもその答えは知らない。それどころか答えを知る者など存在しているのか。そう感じてしまう程にそれは難しい問題。

 そもそも魔人という生物を単一種族と見なしてよいのかどうかも分からない。へびさんが元の種族となる魔人メディウサと人間が元の種族となるサテラでは身体の構造なども異なってくる。

 事によっては魔人各々によって妊娠の可否というのも変わってくるのかもしれない……など、考えてみれば疑問点は沢山浮かんでくる。

 

「……正直な所、これまで性交など自分とは縁遠い行為だと考えていたので、自分が妊娠するなどという考えを抱いた事すらありませんでした」

「私も同じです。私なんて千年間も生きているのに全然……ただ考えてみると女性の魔人という存在もこの世に少ないですからね」

「えぇ。そして子を為そうとする女性の魔人となると尚更……」

 

 そもそも魔人とは魔王によって作り出された忠実なる下僕。

 子を産む為の存在では無く、だとしたらその機能が無かったとしても不思議は無い。

 ただこの問題のなにが厄介かと言うと、別にその機能があっても不思議では無いという点で。

 

「……私達魔人が妊娠するのかどうかはこの際置いておきましょう。私が貴女に相談したいのは『仮に妊娠するのだとしたら』という話なのです」

「仮に……ですか。確かに妊娠するかどうかが分からない以上、考えておく必要はありますね」

 

 どちらが正解なのか分からない以上、どちらのケースも想定しておく必要がある。

 そして妊娠しないのならばこれまで通りとなる以上、問題となるのは妊娠する場合。

 

「……シルキィ。私はあまりそういう事に詳しく無いのですが、性交を行う者が妊娠を避ける為に使用する『避妊具』というものがこの世にはあるはずですよね?」

 

 やはりそういう話は真顔では難しいのか、ホーネットの頬はちょっとだけ色づいていて。

 

「そうですね。……あの、男の人の……あれに、その、あれする感じの何かがあったはずです」

 

 そして同じようにほんのりと顔が赤いシルキィ。

 彼女は右手の人差し指を立て、そこに左手を使って何を被せるようなジェスチャーを見せる。

 

「その避妊具の事なのですが……その、ランスは……性交の際に使用していましたか?」

「……そういえば……使ってない……ですね」

「……えぇ」

 

 そして二人は恐る恐るといった感じで頷く。

 ランスは性交の際に避妊具を使用しない。だからこそ妊娠の危険性が生じてしまう。

 ……と、ここにいる二人が両者共にそう考えてしまったが故の問題で。

 

 つまりこれは方や100年間にも渡って処女。そして方や1000年間にも渡って処女。

 そんな性行為とは縁遠い人生を歩んできた二人、ウブな魔人筆頭とウブな魔人四天王が話し合ったが故に起きてしまった悲劇。

 二人はランスが男の嗜みとして使用している避妊方法『避妊魔法』の存在について不知だった。

 

「……ランスとの行為が終わった後、ふとその事がとても気になってしまったのです。ランスが行為の中で避妊具を一切使用しなかった事が……」

「……考えてみればそうですね。ランスさんとはもう何回もしましたが、あの人が避妊具なんてものを使ってした事はこれまで一度たりとも……」

「……え、何回も? シルキィは、その……そんなに、そんなにランスとしているのですか?」

「え? あ、え、っと……はい、いやでも、あの、あくまで常識の範囲内というか、その……」

 

 ──お願いですからそこに食い付かないで下さいホーネット様。

 なんて事を言えたらどんなに楽か。勿論そんな事は言えず、シルキィは心に思うだけに留める。

 

 ともあれ。避妊具を使用しないで性交を行った場合、妊娠する可能性は当然ながらあり得る。

 ただ先程述べたように実際はランスも避妊を行っている為、その心配は杞憂に終わるのだが、そうとは知らない両魔人は実に真剣な表情で。

 

「け、けど確かに……そうなると私がすでに妊娠している可能性だってあるという事ですよね」

「……そうなりますね。回数が多いならその分やはり妊娠の確率は増すものでしょうし……」

「妊娠……そんな事、こうしてホーネット様に指摘されるまで考えた事もありませんでした……」

 

 もし今、自分が妊娠してしまったらどうなるか。

 これまで考えもしなかった話、そんな仮定に思考を巡らせてみると。

 

(いけない、これは想像以上に大問題かも……! 今は戦争中なのに……!)

 

 シルキィはゾッとするような寒気を感じた。

 未だ派閥戦争の最中にあるのに、ここで重要な戦力である自分が妊娠してしまったとしたら。

 当然ながら大幅な戦力ダウンは避けられない。せっかくレッドアイを倒して派閥全体の気勢が盛り上がっている時だというのに、そこに水を差してしまう形となる。

 

(……というか、私の体型が変わっちゃうとリトルが着られなくなっちゃうかも……!)

 

 そして妊娠したらお腹も大きく膨らむ。お腹が大きく膨らんでしまったら、全身にピッチリと着込むあの装甲だって装備出来なくなるかもしれない。

 とはいえさすがに身重の身体となったら戦っている場合では無いのだが、真面目一筋の彼女には安静にするという考えが浮かばないらしい。

 

「……どうしましょう。これは私達にとって本当に大変な問題ですね……」

「……えぇ」

 

 シルキィが深刻そうな声でそう呟くと、ホーネットも同じような声色で呟きを返す。

 

「事によってはすでに手遅れかもしれませんが……いえ、だとしたら尚更、これは一刻も早く対処せねばならない問題です」

「確かに事は急を要しますね。ここで私達が妊娠するような事があれば、この戦争も──」

「えぇ、ここで私達が妊娠したとしたら出産もここで行うという事になりますが、今の魔王城に出産に立ち会った経験のある者は多くありません。早急に出産に詳しい者達を集めてその為の環境を整備する必要があるでしょう」

「そうですね……うん?」

「それに今の戦争続きの魔物界が子育てに適した場所かと言えばそれも疑問符が付きます。場合によっては生まれてきた我が子を人間世界に避難させる事も考える必要が──」

「あ、あの、ホーネット様?」

 

 聞こえてきた言葉に違和感を覚えて、シルキィは思わず待ったを掛ける。

 何やら見ている問題が大きく違うような。妊娠の段階で停止している自分の思考を通り越し、ホーネットは随分と先へ進んでいるような。

 

「……あ」

 

 シルキィのそんな思考が伝わったのか、ホーネットはハッとしたように数度瞬きをして。

 

「……少し、話が飛躍しすぎましたね。今言った事は忘れてください」

 

 そして恥じ入るかのようにすっと瞼を閉じる。

 今こうして聞いたばかりのシルキィとは違い、ホーネットは数日前からこの問題に悩んでいた。

 その影響で頭の中はすでに妊娠を越えて出産、そして遂には育児の段階に到達していたらしい。

 

「……とにかく。まず一番に考えなければいけないのはやはり妊娠についてでしょう」

「ですね。もし私達がすでに妊娠していたら……例えばお腹が膨らんできたりとか、そういう妊娠をした合図みたいなものはいつ頃になったら分かるものなのでしょうか?」

「どうでしょう……確か子供というのは妊娠してから一年程で生まれてくるはずです。だとすると……半年程度でしょうか」

「半年……でもじゃあ、それなら私は明日にでもお腹が膨らんでもおかしくないって事……?」

「……え、シルキィ、貴女はそんなに前からランスと性交を……?」

「え、あ、そこ食い付きます?」

 

 もはや心に思うだけには留まらず、ついつい言葉に出してしまったシルキィ。

 ともあれそんな彼女も、そして目の前に居る相手も同様に性事情には疎い。妊娠や出産についての正確な知識がまるで足りず、考えれば考えるだけ話は迷走してしまう。

 

「……駄目ですね。ホーネット様、これはもう私達だけではなく、もっとこういった話に詳しい人を呼んだ方が良いかもしれません」

「こういった話に詳しい方となると……例えばシィルさんとかでしょうか?」

「そうですね、シィルさんならおそらくこの私よりは遥かに詳しいはずです。それに──」

 

 ──それに何より、こういった話は当事者たるあの男も呼んで話し合うべき問題では。

 

 ……と、シルキィがそんな事を考えた、その時。

 

 

「──っ、まさか!?」

 

 突如その頭の中を走った恐ろしい疑念。

 その桁違いの恐怖に襲われ、魔人四天王たる彼女が思わず大声で叫んでしまった。 

 

「……シルキィ、どうしました?」

「……ホーネット様……」

 

 突然の大声に瞠目した様子の魔人筆頭。

 その金の瞳をじっと凝視しながら、彼女は頭に浮かんだ恐ろしい疑念を口にした。

 

「……ホーネット様。ランスさんは……エッチの時に避妊具を使用しませんよね?」

「えぇ、先程から言っている通りです。だからこそこのような問題が……」

「けれど、それは当然……ランスさん自身も分かっている事ですよね?」

「え、えぇ、それはそうでしょう……て、あ──」

 

 そこでホーネットも同じ考えに行き着いたのか、

 

「──ま、まさか……!」

 

 ハッとしたように口元を押さえ、その表情を驚愕に凍りつかせる。

 

 ランスは性交の際に避妊具を使用しない。

 それはランス自身の判断でそうと決めている。

 その2つの事実を踏まえて考えた時、そこにはとても恐ろしい仮定が浮かび上がる。

 

「……という事は、ランスはもしかして……」

「私達との子供を……作りたがっている……!?」

 

 二人が考えた世にも恐ろしい話。

 ランスは自分達との子供を欲しいが為に、避妊具無しのセックスに及んでいるのではないか。

 

「………………」

「………………」

 

 その恐ろしい疑念に取り憑かれてしまった二人は数秒程しん、と黙り込んで。

 

「まっさかぁ! 流石にそれは無いですよね!」

「え、えぇ。さすがにそれは間違っているように思います。なにせあのランスですから」

「ですよね! あのランスさんですもんね! 子供を欲しがるようなタイプじゃないですし、むしろ子供なんてどうでもいいからこそ避妊に無頓着なのかもしれませんね!」

 

 二人は殊更に明るい声を出して、その恐ろしい疑念を頭から吹き飛ばそうとする。

 実の所、子供なんてどうでもいいからこそ避妊をしないのならそれはそれでかなりの大問題となるのだが、今の二人にからすればその方がまだマシと思えてきてしまう。

 何故ならランスがそんな無責任男ではない場合、それだと本当にランスが自身の子供を望んでいるという事になってしまう訳で。

 

(……でも、でも本当にあのランスさんが、自らの意志で避妊をしないで……)

 

 そんな事を考えるシルキィ。

 その顔が自然と朱に染まっていく。

 

(……この私に、自分との子供を作って欲しいと願っているのだとしたら……)

 

 そんな事を考えるホーネット。

 その手で自然と下腹部の辺りを押さえてしまう。

 

(私は、どうすれば……!)

 

 もしランスが子供を望んでいるのなら、自分はその思いにどう応えればいいのだろうか。

 二人共にそんな事を考えてしまう。すると次第に頭の中にはそんな光景が、小さな赤子を愛おしそうに抱える自分とランスの姿さえも浮かんできて。

 

「………………」

「………………」

 

 もはや真っ赤になってしまった魔人四天王。

 そして同じく真っ赤になってしまった魔人筆頭。

 

「………………」

「………………」

 

 その後両者は何一つ口を開く事が出来ず。

 ソファで向かい合って座ったまま、深々と俯いた状態でしばらく石像のように固まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 と、それが昨日の出来事で。

 

 そんな一件があっての今日の出来事。

 二人の魔人がランスの前で見せた奇妙な態度、その理由はつまりそんな話が原因であった。

 

 そして。

 その影響は次の日にも続いて。

 

 

 

「お」

「……あ」

 

 翌日、ランスと出会ってしまったホーネット。

 するとやっぱり昨日までと同じく、その顔は見る見る内に赤くなってしまう。

 

「……ラン、ス……」

「なぁホーネットよ、お前昨日から様子が変じゃねーか?」

「わ、私は……別に……」

 

 今こうして目の前に居る相手。この人の本心では自分の事を孕ませたいと思っているのかも。

 そんな事を考えてしまったが最後、平然としている事など出来なくて。

 

「ランス、あの……」

「おう、何だよ」

「私、と……私と、こど……」

 

 ──私と子供を作るのが貴方の望みなのですか?

 昨日も尋ねようとしたそのセリフ、それはやっぱり声にはならず。

 

「──っ、何でもありません。それでは」

「おい、またかよ」

 

 そのまま急に反転して、すすすすーっと立ち去ってしまう。

 

 

 

 そしてこちらの魔人の様子も同じ。

 

「お、シルキィちゃん」

「あっ……」

 

 シルキィもランスの顔を目にした途端、その顔を茹でダコのように赤くさせて。

 

「ね、ねぇねぇ」

「あん?」

「ランスさんはさ、私に、あ、あ、あか……」

 

 ──ランスさんは私に赤ちゃんを産んで欲しいの?

 昨日も口にしようとしたそのセリフ、だがそんな事を聞くのはあまりに恥ずかしすぎて。

 

「──な、なんでもないっ!」

「あ、おーい!」

 

 そのまま両手で顔を隠して、すてててーっと逃げ出してしまう。

 

「なんだぁ一体? シルキィちゃんといい、ホーネットといい……どうしたんだあいつら」

 

 事の当事者なはずなのに全くの部外者。

 二人の話し合いなど全く知らないランスはひたすらその首を傾げるだけで。

 

 

 魔人筆頭と魔人四天王の奇妙な態度、その挙動不審な様子はその後もしばらく続いて。

 ある時シィルから避妊魔法の存在を聞き、ランスとはどれだけセックスをしても妊娠する事は無いのだと知るまで、二人の魔人は悶々とした日々を過ごす事となった。

 

 

 

 

 

 

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