そこは魔王城の中庭。
広大な敷地の一角、武器を片手に向かい合う一人の人間と一人の魔人。
「……問題はここからだな……」
この模擬戦の挑戦者、ランス。
彼は一昨日魔人サテラに勝利した。そして昨日は魔人ハウゼルに勝利した。
「ふふっ、お手合わせよろしくね。ランスさん」
そして今日は第三戦目。
模擬戦の相手は魔人の上をいく魔人四天王、シルキィ・リトルレーズン。
「貴方がサテラやハウゼルと戦ったって話は聞いていたの。だからそろそろ私の番かな~……て思っていたらやっぱりだったわね」
「まぁな。あの二人の次となりゃシルキィちゃんしかおらん。てか君、なんか楽しそうだな」
「楽しい、か……そうね、そうかも。前々からランスさんとは一度手合わせしてみたかったのよ」
私だって一応は戦士の端くれだしね、と小さく微笑むシルキィ。
彼女とランスは同じ派閥で共に戦う仲間であり、共に近接戦闘を得意とする戦士同士。
そしてランスは英雄。これまで多くの国を、そして一度は人間世界丸ごとを救った破格の英雄。
方やシルキィも英雄。魔物に虐げられていた人類の開放に大きく貢献し、歴史の裏で『忘れられた英雄』と呼ばれる存在。
そんな彼女はランスにある種のシンパシーのようなものを感じる所があったのか、こうして力試しするのは望む所といった気分でいた。
「それじゃあランスさん、早速戦いましょうか」
「そーだな。んじゃ戦うか……と言いたい所なのだが……シルキィちゃん、それ使うの?」
「うん。リトルを使わせて貰うわ。あ、刃の部分は切れない素材に変えてあるから安心して」
ランスが「それ」と指差しながら指摘したもの、魔人シルキィがその手に持つ大きな斧槍。
それはランスが使う模擬剣とは違い、彼女が付与の能力で制作した魔法具、その攻撃特化型剣形態「リトル」の形状を変化させたもの。
「だってランスさん、魔人シルキィの実力を味わいたいんでしょう? だったらこの魔法具の武器は欠かせないじゃない?」
「いや、別に実力を味わいたいって訳じゃ……」
「それに貴方はレッドアイとも戦える人だもの。変に手加減するのも失礼だしね。本当は装甲までちゃんと着込みたかったんだけど」
「あれは駄目。あの装甲まで着ている君はガチガチ過ぎてダメージが全く入らん」
「でしょう? だから攻撃形態の魔法具ぐらいは使おうと思って。それに正直言うと私はリトルじゃないと上手く戦えないのよ。もう長年これしか使ってないから他の武器が手に馴染まなくて……」
魔人シルキィの特筆すべき点としては付与の才能で作り出した魔法具に加え、剣、槍、斧と多彩な武器を扱う才能を有する事が挙げられる。
彼女にとって模擬剣ではその全ての才を余す事無く披露する事が出来ない。状況に応じて形状を変える魔法具の武器『リトル』は、シルキィがその実力を発揮する為に欠かせないものとなる。
「……分かった。なら特別にその武器を使う事は許可してやる。その代わり君が負けたら罰ゲームで朝までセックスの刑だからな」
「……ランスさんならそんな事を言ってくるかも、とは思っていたけどね」
そこでシルキィはやれやれ、といった感じに溜息を吐いて。
「まぁいいわ、罰ゲームの件は分かった。でも、そうなると私も負けられないわね」
それまで柔和な表情だった魔人四天王、だがその言葉と共にすっと真面目な表情に変わる。
それは外見上ではほんの少しの変化、だがそれだけで全くの別人になったかのように、彼女から伝わってくる空気が一変する。
「っ……!」
それは思わずランスも一歩下がる程の圧力。
昨日までに戦ったサテラやハウゼル以上、魔人四天王による威圧、肌がビリビリするような強烈なプレッシャー。
「……さてと。それじゃ準備はいいかしら?」
「……おう。んじゃいくぞッ!!」
始めから受けに回っては到底勝ち目など無い。そう本能的に判断したのか。
ランス自ら戦闘開始を宣言して、同時に地を蹴って一気に前に進み出る。
「でりゃ!!」
そして上段からの振り下ろし。前進の勢いも十分に乗せた模擬剣の一撃。
「速いっ、けど……!」
しかし相手には命中せず。シルキィは深くしゃがみ込んでその攻撃を回避する。
装甲を脱いだ分防御力は大きく下がったものの、代わりに身軽さや敏捷性は大きく上昇する。小さな体躯を活かしてランスの攻撃を軽々と躱し、立ち上がりと共にお返しの攻撃。
「はっ!」
「ぐっ、にに……!」
武器の形状は剣。低く潜り込んだ下から頭上への振り上げ。
ランスは模擬剣を合わせて防ぐものの、その圧に持ち上げられて足が地面から僅か離れる。
「ふっ!」
「うおっ!?」
瞬時に形状を変化させて今度は斧。身体を反転させて大きく真横へと振り払う一撃。
ランスも模擬剣を横に当てて受け止めるが、そのまま身体ごと弾かれてしまう程の威力。
「ぐっ、なんちゅー馬鹿力……! 腕なんて俺よりも遥かに細いくせして……!」
「魔人ってのはそういうものなの。私のパワーを見かけで判断しない方が良いわよ!」
人間のランスと魔人四天王たるシルキィでは、とにかくその馬力が違う。
彼女の細腕から繰り出される信じ難い膂力、そして武器の重量も加われば、一撃の破壊力はランスのそれを優に上回る事となる。
「ちくしょー! 見かけだけならただのエロい格好した痴女なのにー!!」
「そういう事言わないっ! ほら、お喋りしている余裕があるの!?」
「ぐぬッ! おいシルキィちゃん、きみ今の一言でちょっと怒って……のわぁっ!」
斧槍で繰り出す振り下ろしの一撃。ランスはどうにか剣を当てて防ごうとするものの、その威力の前では鍔迫り合いになる事も出来ない。
シルキィの一撃を防御する度、あるいは吹き飛ばされる度に強い衝撃が走り、その身体に防ぎようのないダメージが蓄積していく。
(くそっ! こんなん何発も受ける訳にはイカンってのに……!)
受け止める度に骨が軋む感覚。こんな攻撃を受け続けてはその内に腕がイカれてしまう。ヒーラーの居ない一対一ではそういう問題も浮上する。
故に出来る事ならば回避を、それこそあのレッドアイ戦みたいに全てを回避したい所なのだが、しかしレッドアイとシルキィでは役者が違う。
レッドアイとは違って近接戦闘に関する才能を有するシルキィの攻撃は多彩であり、特に武器の形状を変えてくるのが実に厄介。武器毎に間合いが異なる影響でどうしても回避が難しくなる。
「はッ!」
「っと! 危ねえ、ギリギリ……!」
「さすがに良い反応ね、ならこっちはどう!?」
「ぐおぉっ! くうッ、さすがにあの時とは大違いだな……!」
高速で真っ直ぐを突いてきた槍の一撃。
それを何とか剣で弾いて逸らしながら、ランスはこの魔人に一度勝ったあの時の事を思い出す。
それは前回の第二次魔人戦争でのリーザス国、ランス率いる魔人討伐隊は魔人四天王シルキィ・リトルレーズンと戦い勝利を挙げた。
だがそれは連戦に次ぐ連戦で疲弊しており、更に魔封印結界により追い詰め、装甲の展開すら満足に出来ない状態まで弱体化させての事で。
勿論ながら今のシルキィはそのような弱体化などしておらず、魔人四天王としての100%の実力を発揮している。今も持ち得る膨大な魔法具のほんの一部分しか使用していないにもかかわらず、完全にランスの事を圧倒していた。
「このっ……とりゃーーっ!!」
「甘いっ!」
「のわっ! ぐ、ぐぬぬぬ……!」
叩きつけるような渾身の斬撃。それを半歩横に動くだけでするりと躱され、お返しとなる蹴りを食らってランスがよろめく。
この模擬戦で戦った相手、ガーディアンメイクが本領となるサテラや遠距離砲撃を主体するハウゼルとは違い、シルキィは接近戦を得意とする純然たる戦士。その運動性能は先の二人の比ではなく。
そして彼女はランスの約40倍もの長い年月を生きている魔人。これまでの人生で培ってきた戦闘経験でも大きく上回られている。
「どうしたの? もう降参する?」
「何だとぉ!? 俺様が負けるかー!」
「そうそう、その意気よ!」
もはや戦いというよりも、シルキィ主導の実践型稽古のようになってきてしまっていて。
とにかくそんな魔人四天王、そんな強敵にランスが一対一で勝とうと言うのなら、それはもう奇跡と呼ぶべきものが必要である。
だが奇跡とは稀にしか起こらない。そして大体の場合模擬戦闘などでは起きてくれない。
奇跡が起きなかった場合、結果がどうなるかは火を見るよりも明らかな事で。
「……ぜぇ、ぜぇ……」
模擬戦開始から十分程。
「ぜぇ、はぁ……ちょ、ちょっとタンマ……」
もはやランスはバテバテの状態。
ぜぇぜぇと息切れしながら両手で膝を押さえる。
「そうね、少し休憩にしよっか」
一方のシルキィは平然とした顔。
こくりと頷いて振り上げていた剣を下ろした。
「はー、はー……シルキィちゃん、きみ、けっこう容赦無いな……」
「そう? これでも抑えてはいるんだけど……」
「……マジか。まだ本気じゃねぇってのか……」
額をだらだらと流れる汗を拭いながら、ランスは呆然とした様子で呟く。
未だ実力の底を見せてはいない魔人シルキィ。彼女が本気で戦うとなったらここにあらゆる攻撃を防ぐ完全装甲が加わり、更には装甲の巨人まで展開する事も出来る。
それが魔人四天王の真の実力。とても人間一人では届かない力量差である。
「でも大したものだわランスさん。これだけ私の動きに付いてくるなんて」
「……ぐぬぬ、なんだか上から目線……」
「そりゃあ私はこれでも魔人四天王だもの、そう簡単には負けられないわ。でも本当にお世辞抜きで、ここまで私と打ち合えるのって凄い事なのよ?」
「……て言われてもなぁ……」
時にシルキィは魔物兵の訓練に参加し、そこでこうした模擬戦を行い部下達を鍛える事もある。
そういった経験からここまで自分に食い下がるランスの実力を高く評価していたのだが、そう言われた当の本人はあまりピンと来ていない模様。
それは何故か。
答えは簡単。ランスはまだシルキィに負けたつもりなどさらさら無いから。
「……あー駄目だ、もう喉がカラカラだ。シルキィちゃん、悪いけどちょっと……」
「うん、お水汲んできてあげるね。ランスさんはそこのベンチで休んでいて」
そしてその魔人が自分から背を向けて。
花壇のそばにある蛇口の方へと向かって、すたすたと歩き出したその瞬間。
「いきなりランスアタックッ!!」
ランスはなんら遠慮なし、そして一切の手加減抜きとなる攻撃を仕掛けた。
それは多種多様な武器を扱う才があれど、そのどれもがLV1のシルキィには出来ない芸当。
剣LV2の才を持つランスだからこそ出来る芸当、必殺技ランスアタック。
「なッ!?」
完全なる背後から繰り出されたその一撃に対し、シルキィも見事な反応を見せた。
瞬時に反転し、目の前に迫る刃のような衝撃波をその手に持っていた剣で受け止める。
「うっ!」
それでもさすがに咄嗟の事、受け方が不安定なものとなってしまったのか、衝撃波の圧力に押されて体勢を崩し、その手からリトルを放してしまう。
「そこだーーー!!」
「あっ──!」
続けざまにランスの全力タックルを食らい、そのまま芝生の上に倒れた。
「……もう、ズルいわランスさん。さっき貴方の方から『タイム』って言ったんじゃないの……」
「くっくっく。シルキィちゃん、敵の言葉を信じてはイカンなぁ。実戦ではそんな文句を言った所で誰も聞いてはくれないぞ?」
「そりゃそうだけど……、あ、ちょ、ちょっとどこを……!」
押し倒される格好となっていたシルキィは突然に慌てた声を出す。
彼女の慎ましやかな胸元、ランスはそこに狙いを絞ったらしく、服の上からそこを指先で弄ってみたり、舌で舐めてみたり。
「うりゃうりゃ、ぺろぺろ」
「あっ、もう、こんな所で何を……やんっ」
するとその部分には次第に変化が訪れる。
服の上からでもうっすらと分かるそれ、ツンと尖ったぽっちは彼女の身体が反応した証なので。
「……よしっ! 俺様の勝ちって事で!!」
ランスは魔人四天王シルキィ・リトルレーズンに勝った事にした。
「これにて模擬戦しゅーりょー、お疲れ様ー……と言う事でっと……」
そして横たわる敗者を抱え上げ、そのままシルキィの事を自室へとお持ち帰り。
……しようと思ったのだが。
「よっと」
「ありゃ?」
昨日までの流れのようにはいかず、シルキィは腕の中からするりと逃げ出してしまった。
「え、シルキィちゃん?」
「それだけ元気なら休憩はもう良いわね。模擬戦再開といきましょうか」
「……いやあの、俺様もう疲れたから……」
「あんな必殺技を撃つ体力が残っているんだもの、まだまだ頑張れるでしょう?」
「……というかだな、この後はセックスをするっつーのがこれまでの流れで──」
「ちゃんと剣を持って。ほら、しっかりと構えて。……それじゃ戦闘再開。いくわよ!」
「ちょっとま……どわーーっ!?」
その後。
ランスは魔人四天王によるスパルタトレーニングに延々と付き合わされて。
その日の夜。
ランスはお返しとばかりにシルキィの事をベッドの上で存分に突き回して。
そして次の日。
ランスは全身を襲う打撲痛と筋肉痛でまともに動く事が出来ず。
そして、その次の日。
そこは相変わらず魔王城の中庭。
広大な敷地の一角、武器を片手に向かい合う一人の人間と一人の魔人。
「……いよいよこいつか」
昨日までに魔人サテラ、そして魔人ハウゼル、更には魔人シルキィに勝利した。
そんなランスが挑む最終戦。こうして対峙するは勿論あの魔人。
「………………」
静かに佇むその姿。
ホーネット派最強の存在、魔人ホーネット。
「この模擬戦も遂にここまで来たぞ」
「……遂に、ですか」
「あぁそうだ。俺はサテラとハウゼルちゃんとシルキィちゃんに勝った。となりゃやっぱ大トリはお前しかいないと思ってな」
「……あの三人からの勝利は正攻法ではないと聞きましたが……とはいえ仮にも一本取られてしまった以上、負けは負け。彼女達が負けたというなら確かに私の出番でしょうね」
「だろ? ここでお前を倒して俺が最強だという事を証明してやる。ホーネット、覚悟はいいか」
強気な笑みを浮かべるランス、一方のホーネットは常の冷然とした表情で。
二人が手に持つ武器は共に剣。長さも重さも同一、全く同じ規格の模擬剣。
同じ武器を使用する以上、勝敗を分けるのは互いの実力のみ。
「……えぇ、私の準備は出来てきます。いつでも構いませんよ」
そう答える彼女には特に気負った様子も無く、本当に普段通りの佇まい。
だがその姿に迫力がある。ただ立っているだけで他を圧倒する存在、それが魔人筆頭。
「……うし」
こちらもすでに準備万端。ランスは模擬剣を握り直して相手を見据える。
「……ホーネット、いざ尋常に勝負ッ!」
そして戦闘開始。同時に二人共に前に出る。
瞬時にその間合いが狭まり、二人共に袈裟斬りで振り下ろす。
正対照となる太刀筋は途中で衝突し、直後にガキィン! と聞こえる金属音。
「ぐ、ぬ……!」
「………………」
至近距離での鍔迫り合い。歯を食いしばるランスの一方、ホーネットは実に落ち着いた表情。
魔人との力比べは厳禁。以前サテラがそう言っていた通りに押し負けたのはランス。よろめき体勢を崩した彼に魔人筆頭の追撃が迫る。
「──ふっ」
「ぬッ! ぐぐっ!! こ、れは──ッ!?」
一撃、一撃と途切れる事無く、一連の動作のように続くホーネットの流麗な剣。
ランスは一撃、一撃と必死に防ぐが、防ぐ度に火花が飛び散り、両腕に途轍もない衝撃が伝う。
(こいつ、ヤバい……! メチャクチャ振りが速いし、それなのにこの重さか……ッ!)
魔人ホーネットの実力。それは前回の時も含めて初めて自分に向けられる事となったもの。
模擬戦だと言う事も忘れて命を懸けている気分になりながら、ランスは心の中で驚愕する。
魔人としてのレベルが200を超えるホーネットが振るう剣。それはリーザスの紅い死神以上に速く、ヘルマンの人斬り鬼以上に重く、JAPANの軍神以上の鋭さで以てランスに襲い掛かる。
「ぐッ! 速、ちょ、ま──!」
傍から見たら閃光のようにしか見えない剣撃、ランスは殆ど感覚だけで腕を振って防御を行う。
その苛烈な攻めを前に、こちらから攻撃を挟む余裕など微塵も無し。ただ相手の太刀筋に剣を合わせる事だけに全神経を注ぎ、満足に呼吸をする余裕すらも無く。
「……勝負ですからね。待つ訳にもいきません」
一方ホーネットは相変わらずの様子、普段通りの振る舞いを崩さずして激しく攻め立ててくる。
魔人ホーネット。その剣はLV2の高みにあり、もはやランスとも才能に違いは無い。
となると他に勝敗を分ける要素と言えば単純なレベル差となりそうだが、レベルというのは生物毎にパラメータの上昇幅が異なる。故に魔人と人間であれば、仮に同レベルであっても身体能力などでは人間の方が劣る事となる。
にもかかわらずホーネットのレベルは210。一方のランスは現状100にも及ばず、そんな人間が魔人筆頭と一対一で戦って勝てる道理など無く。
そして。模擬戦開始から五分程。
あるいは五分近くも耐えられた事が奇跡と呼べるのかもしれないが。
「……し、しぬ……た、たいむ……」
何ら見せ場など作る事も出来ず。
もうランスはヘトヘトの状態、芝生の上にどてーんとひっくり返った。
「お前さ……ちょっとは手加減しろよ……こっちは人間だぞ……」
「これでも十分手加減しているのですが……」
一方のホーネットは涼しい顔、戦闘中断の合図を受けて丁寧にも模擬剣を鞘に収める。
その言葉通り彼女はまだ手を抜いている。その剣戟という意味でもそうなのだが、なによりこの戦いでは魔法を使用していない。
魔人ホーネットの本質は高い剣の才と高い魔法の才を兼ね備えた魔法剣士であり、斬り合いの最中に魔法が飛んでくる事となれば段違いに驚異となるのは言うに及ばず。
「さすがに最強だと証明してやると言うだけの事はありますね、貴方の剣術は見事なものです。ただ時折足捌きが雑になる所と、振りが力任せになる事がある点が少し気になります」
「……んなレクチャーは聞いとらん……」
そんな驚異的に強い存在、魔人ホーネット。
彼女は汗も流さぬ顔で倒れたランスの様子を眺めていたのだが。
「ぐぅ、身体が痛い……何だか怨念のようなものを感じるぞ。おいホーネット、お前なにか俺様に恨みでもあんのか?」
「恨み……?」
ランスからそんな事を言われた瞬間、虚を衝かれたような表情に変わる。
「恨み、ですか……。いえ、別にそんな事は……しかし全く無いかと言われると……」
そして何やら思う事があったのか、殊の外真剣な表情となって悩み始める。
そんなホーネットの様子を好機と見たのか、
「……そーっと……」
ランスは芝生の上から音もなく起き上がり、ゆっくりと近づいていく。だが、
「……あ」
そこでホーネットはすぐに思考を中断し、再度ランスの方にその視線を向けた。
「……何だよ」
「……いえ。ランスが『タイム』と言ったら何かを仕掛けてくるので気を付けてください……と、昨日シルキィから聞いたものですから」
「……ちっ」
すでにその情報も相手方で共有済み。休憩中に攻撃するような手も通用しそうに無い。
「……ぐぬぬ。こうなると……」
「ランス、まだこの模擬戦を続けますか?」
「ぬ……当たり前だ。まだ勝負はついてねーぞ」
口先ではそう強がるものの、だがランスの頭はすでに厳しい現実を受け止めていた。
戦い事に関してはシビアに考えるその思考が、目の前に居る相手が自分と隔絶した実力を持つ相手だという事を認めてしまっていた。
(さすがに……さすがにこいつに勝つ方法は……ちょっと無いかもしれねーな……)
魔人ホーネット。魔物界を二分する派閥の一つ、ホーネット派の主である魔人筆頭。
その強さはたかが人間一人の力では到底届かないような領域にある。
(……いや)
そんな相手に勝つつもりのランスに残されている手段。
それはもう出し惜しみせず、持ち得る全ての力を尽くしてぶつかる事のみ。
「──決めた。こっからは本気でやる」
「……本気?」
その宣言をランスが口にした途端、ホーネットの眉がぴくんと動く。
「ランス、今までは本気では無かったと?」
「あぁそうだ。こっからが俺様の本気だ。……おい、何だその目は。疑ってんのか?」
「疑っている訳ではありませんが……しかし手を抜いていたようにはとても……」
「いーや、さっきまでの俺様は本気じゃない。つーか言わせて貰うとこんなオモチャでは本気を出す事など出来んのだ」
するとランスはその手に持っていた武器、オモチャのような模擬剣を放り捨てる。
それは彼の手には決して馴染まないもの。なぜならランスという男は訓練や特訓をしない。自主的に自らの身体を鍛えたり、このような模擬戦などは基本的には行わない。
ランスの強さは全て実戦で磨かれたもの、生命を賭けた殺し合いの中で鍛え上げてきたもの。
「つー訳で俺様はコイツを使う」
「……え、儂を使うん?」
故に実戦同様となるその武器を──魔剣カオスを腰から引き抜いた。
「えーの? 儂ってガチの魔剣だし、模擬戦とはいえ当たり所が悪いとバッサリイッちゃうよ?」
「良いんだよそれで。だからホーネット、お前もその剣じゃなくてちゃんとした武器を使え」
「しかし……」
持参していた愛剣の鞘に恐る恐る手を掛けながら、ホーネットは困惑した表情を浮かべる。
互いに真剣同士での戦い。それは模擬戦であっても極めて実戦に近く、カオスが言うように下手すれば大怪我を負う可能だってある。そして勿論、場合によっては死ぬ可能性も。
「……ランス、私は結構です。使うというならば貴方だけがその魔剣を使って下さい」
「いいからつべこべ言わずにお前も使え。じゃねーと俺様の本気が出せねーんだよ」
互いが互いを殺し得る武器を使って戦う場合、自ずとその歩幅や間合い、戦法や体捌きの妙なども模擬戦とは大きく異なってくる。
そして、常に真剣勝負の中を生きてきたランスが得意とするのはそちら側の戦いである。
「………………」
「どうしたホーネット。ガチで戦って俺様に負けるのが怖いのか?」
そんな台詞を吐いてくるランスの顔、その刺すような目付きは見るからに本気の眼差しで。
その表情から伝わってくる強い意思を目にして、迷っていたホーネットも覚悟を決めた。
「……分かりました。本当に構わないのですね。怪我をしても知りませんよ」
「お前こそ。もしここで死ぬ事になっても文句言うんじゃねーぞ」
そして二人は再び向かい合う。
自然と先程よりも距離を取って、深い間合いで両者が対峙する。
「………………」
「………………」
その冷えた空気は達人同士の試合そのもの。
相手の僅かな動作も見逃さんと、互いにじっと睨みあったまま、一秒、二秒と時間が過ぎて。
──そして。
「──ッ!」
どちらが先を制したか、あるいは同じか。
二人は共に地を蹴る。瞬時に間合いが詰まる。
振り上げた剣を再度袈裟斬りに、正対称となる太刀筋で共に振り下ろす──
「ぽいっとな」
「あれー!?」
──寸前、ランスはその手に持っていた魔剣カオスをパッと手放した。
「ッ!?」
その奇策を驚愕の表情で迎えたのはホーネット。
自分は鍔迫り合いを作るつもりでその剣を、手加減抜きの一撃を繰り出してしまっている。
それなのに相手は剣を捨てた。このまま剣を振りきってしまうとランスの身体を斬る事になる。いやそれ所か、この勢いのままでは身体を真っ二つにしてしまう可能性すらも。
「くっ!」
刹那の間にそんな事を考え、ホーネットは必死でその腕を引き戻した。
しかし本気で振り下ろしていた分、瞬時に止めるのにはかなりの無理をする必要がある。
その分どうしても体勢は不格好なものとなり、必然そこには大きな隙が生まれてしまう。
「そこだーーー!!」
そしてその隙を見逃すランスでは無かった。
手ぶらとなった両手を大きく広げて、その隙だらけの身体をぎゅっと抱き締めて、そして。
「──ん! ……んぅ……」
そのままのノリでホーネットの唇を奪っていた。
「むっ……ん、んん……んむ……」
そこからの一手は実に迅速、すぐに舌がうねうねと動いて唾液が絡み合う。
そんな攻撃を前にしてはさすがの魔人筆頭といえどもされるがまま。自然と瞼を閉じてその感触を味わう事だけに身を委ねてしまう。
「……はっ」
どれだけ時間が経ったのか、くちゅり、と音を立てて互いの顔が離れる。
するとそれは照れているのか、あるいは悔しがっているのか。とにかくホーネットは何とも言い難い表情で目の前にいる男をぐっと睨んだ。
「……ランス、貴方はなんという事を……」
「何だよ、キスの一つぐらい今更な事だろ?」
「っ、そこでは無く……貴方は自分がどれだけ危険な事をしたか……私が剣を止めなかったらどうするつもりだったのですか」
「がははは、それは負け惜しみかな? お前が剣を止める事までを読みきってこその戦いというものだろう、ホーネット君?」
口元をにぃと曲げるランス。それは見事に作戦がハマった事を受けての会心の笑み。
ランスが狙っていたのはとにかくこの魔人から隙を作る事。しかし単純な実力勝負では彼女から隙を作り出す事はちょっと難しい。
故に攻撃の途中で剣を捨てる。そんな捨て身の作戦により、まんまと隙を見せたホーネットからディープキスを奪う事に成功したのだった。
「とにかくこれは一本取ったって事でいいよな?」
「……そう、ですね。貴方が武器を手放す事、それを私が読んでさえいればこれは防げた事。その読みが届かなかったのは私の落ち度である以上、貴方に一本取られたと認めるしかありません」
実の所ただ一回口付けをしただけなのだが、こうして当の本人も負けを認めた事なので。
「よしっ!! 俺様の勝ちって事で!!!」
ランスは魔人ホーネットに勝った事にした。
「やったー!! 遂にホーネット派魔人全員を倒したぞー!! 俺様さいきょー!!!」
そして高々とガッツポーズ。
こうしてランスは魔人サテラを、魔人ハウゼルを、魔人シルキィを、魔人ホーネットを倒した。
彼の輝かしい功績にまた一つ、いや四つ分の戦績が加わったのだった。
「……ですがランス、ホーネット派魔人全員を倒したと言い張るのならば、まだガルティアとメガラスが残っているのではありませんか?」
「いやそいつらはいい。俺様の中でそいつらはホーネット派に入ってないから」
「……当人達が聞いたら悲しみますよ」
途中で鞍替えしたガルティアはまだしも、ホーネット派結成当時から参加してくれていたメガラスに対しその言い種はあんまりでは。
ホーネットは大いにそう思うのだが、しかしランスはそんな事お構いなしで。
「とにかくこれで俺はホーネット派に勝利した。これが何を意味すると思う?」
「……貴方が凄い人物だという事ですか?」
「それもあるけどな。大事なのは四体の魔人を倒したって事だ。つまり魔人四体分となる大量の経験値、俺はそれを手に入れたって事になる」
「……そうなのですか?」
「そうなのだ。つー訳で……レベル神ウィリス、かもーん!」
経験値というのはあんな勝ち方で、単にキス一つしただけで手に入るものなのか。
そんな疑問にホーネットは眉を顰めていたのだが、しかしそんな勝ち方であっても勝ちは勝ち。強敵たる魔人から一本取った事実に違いは無し。
魔人サテラと魔人ハウゼル、そして魔人四天王シルキィ、更には魔人筆頭たるホーネット。
彼女達に勝利した分の経験値は確かに加算されていたらしく。呼び出しに応じて姿を現したレベル神、すでにサービスは最終段階の一糸纏わぬウィリスが職務を終えて帰った頃には、ランスのレベルは80代の半ばまで上昇していた。
「よしっ、これで俺様はちょーレベルが上がった。ホーネット、これが何を意味すると思う?」
「それは……強くなったという事では?」
「惜しい。確かに強くなったのもそうなのだが……肝心なのはこっちだ」
「……こっち?」
そしてこれ程にレベルが上昇すればきっと、いや間違いなくアレが出来るはず。
ランスは魔剣カオスを構えて、柄を握る手にぎゅっと力を込める。
「見てろよぉ~ホーネット、さっきまでとは違う、俺様の真の実力を!」
そこにある標的を──何もない芝生を見据えたまま、その精神を極限まで集中させる。
そうして全身に溜め込んだ気力、それはランスが得意とする必殺技、ランスアタックを放つ時以上となる膨大な量のエネルギー。
「──っ!」
そして踏み込みと共に振り下ろす。
それは必殺技を超える必殺技、ランスにとっての最強の一撃。
「──鬼畜ッ、アタァァックッ!!」
直後発生した鋭い衝撃波。それは視界一杯に広がる程に莫大な規模。
爆撃のような音を響かせて大地を削っていくその様は、斬撃と言うよりももっと別の恐ろしい何かのようにも見えて。
「これは……」
呆然と呟くホーネット、その目の先にはクレーターのような大穴が一つ。
それがランスアタックを超えるランスの必殺技、その名も鬼畜アタック。
魔人筆頭でも眼を見張る程、人間一人の力でなし得るものとは到底信じ難いような一撃だった。
「ふいー、出来た出来たー。やっぱここまでレベルが上がりゃあ出来るよな。わざわざ模擬戦なんぞをした甲斐があるってなもんだ」
やりきったような表情のランス。
その身体には必殺技を撃った後特有の虚脱感があったが、それを上回るような達成感も。
数日前の朝の事、自身の身体に巡る充実した感覚から、ランスはふと「これはそろそろ鬼畜アタックが撃てそうだな」と思い至った。
そこで今回こうして魔人達との模擬戦を行い、たっぷりと経験値を稼がせてもらう事で、見事ランスは鬼畜アタックの習得に成功したのだった。
「さてと。んじゃお次は……」
そして鬼畜アタックの習得に成功した以上、もはや模擬戦を続ける理由など無し。
ランスはホーネットのそばにそそっと近づき、おもむろにその肩を抱き寄せる。
「ホーネットよ、俺様の部屋に行くぞ。まぁお前の部屋でも構わんが」
「……何故?」
「そりゃ勿論セックスする為だとも。この模擬戦の敗者は勝者と朝までセックスする、そういう流れに決まっているのだ」
「……そのような流れ、私は知りません」
静かにそう答えるホーネットだったが、その肩に回された手を払い除ける事は無く。
そうして二人は同じ方向に歩き出したのだが、
「……つーかさぁ」
突然ランスはニヤニヤとした顔で。
「ホーネットぉ~、さっきな、俺様と熱~いキッスをしただろう?」
「……それが、何か?」
「あれさぁ~、お前の反応速度がありゃあ、避けようと思えば避けられたんじゃねーのぉ?」
本当にニヤニヤとした顔で、そんな意地悪な事を言ってくるランスに向けて。
「……ですから、そのような事は知りません」
ホーネットはそう答えるのが精一杯だった。
おまけ。
エクストラバトル、第一戦目。
「……ふぅ」
挑戦者は人間の男、ランス。
「模擬戦だったな。んじゃさっそくやろーか」
対峙するは暴食のムシ使い、魔人ガルティア。
「あんたはあのレッドアイに勝った男だからな。こうして戦えるのは本当に楽しみだよ」
剣を握る手をぶらりと下げたまま、しかし隙の無い構えでガルティアは嬉しそうに笑う。
「先に言っておくけどこの試合は俺様が勝つ。それはもう決定している事だ」
「どうかな。勝敗ってのはやってみないと分からないものだと思うぜ?」
「いいや分かる。何故なら俺様には備蓄しているあの団子全てを廃棄する権限があるからだ」
「えっ」
「いいかガルティア。万が一、いや億が一にでも貴様が俺に勝つような事があった場合、もう二度とあの団子は食えなくなると思え。では戦闘開始ー!」
「な、ちょ、それズルくねぇ!?」
ガルティアの悲鳴になどランスは聞く耳持たず。
お互い剣LV2となる戦士二人、その後両者は10分間程にわたる激戦を繰り広げて、そして。
「──参った! 参ったよ、俺の負けだ」
「よし」
最終的にはランスの企み通り、自らの食欲に屈したその魔人は敗北を認めた。
こうしてランスは魔人ガルティアに勝利した。
エクストラバトル、第ニ戦目。
「……ふぅ」
挑戦者は人間の男、ランス。
「………………」
対峙するは沈黙のホルス、魔人メガラス。
「………………」
「………………」
双方共にその口を開く事は無く。
「………………」
「………………」
不気味な程の静けさの中、二人はただじっと睨み合って。
──そして。
「──さいしょはグー! じゃんけんポイ!!」
「……ッ!」
ランスが出した手はグー。
メガラスが出した手はチョキ。
「いやったー!! 俺様の勝ちーー!!」
「………………」
喜ぶランスの一方、メガラスはちょっと悔しそうにその顔を伏せる。
こうしてランスは魔人メガラスに勝利した。
そしてエクストラバトル、最終戦。
「なぁホーネット、ちょっとワーグと戦いたいからこの前の眠くならない禁呪をもう一回──」
「嫌です」
最終戦は行われなかった。
今回の話に関して、特にホーネットの戦闘描写に関して「あれ?」思った方もいるかもしれませんので一応記載しておきます。
この話はあらすじにもある通り、『ランス10ver,1.04までの設定、及びハニホンXの設定』を参考にしており、その後明らかとなった設定は参考範囲外となります。
ここら辺の話は活動報告にも上げましたので、より詳しく気になる方はそちらに目を通して貰えれば幸いです。