それはある日の事。
「……という訳で。貴方も知っているとは思いますが、目下最大の敵はケッセルリンクです」
「へー」
「ここから先、ケイブリス派の本拠地たるタンザモンザツリーに侵攻しようとするならば、その途中に広がる大荒野カスケード・バウを越える以外に方法はありません」
「ほーん」
「そしてカスケード・バウを越えようとするなら、その際に猛威を振るうケッセルリンクを倒す以外に方法は無いでしょう。夜毎に襲撃を受けてはとても遠征などままなりませんからね」
「なるほどなー」
ホーネット派としての今後の課題と進路。
彼女が自然と話題に選んだそんな話に、ランスは何とも適当な相槌で答える。
「……ランス、ちゃんと聞いていますか?」
「聞いとる聞いとる。……けどその話はもう何回も聞いたからなぁ」
「……そうですね。確かにこの話は前にもした事がありましたね」
その頃から未だに解決していない、未だに進展していない悩みなのだと、ホーネットは嘆息したい気分をぐっと押し殺してティーカップに手を伸ばす。
時刻は昼過ぎ、そこはホーネットの部屋。
本日のランスは暇を持て余し、なんとなくの気分でこの部屋に遊びに来た。
そして今はホーネットと二人ソファに掛け、3時のおやつをご馳走になっていた。
「もぐもぐ……なぁホーネット、このクッキーはお前が焼いたのか?」
「いいえ。それは私の使徒が焼いたものです」
「そか。つーかそういやお前は料理出来ないっつってたな」
「……別に出来ないという訳では……」
そこにはプライドというものがあるのか、彼女の中で譲れない部分なのか。
する必要が無いのでしないだけです、とそんな台詞を小声で呟くホーネット。しかしてあまり触れたい部分でも無いのか、すぐに話を元に戻す。
「……とにかく。ホーネット派の今後の目標としてはカスケード・バウの攻略、それに伴うケッセルリンクの撃破が最優先となります」
「カスケード・バウか……あそこには雑魚共がうようよしてやがったからなぁ……」
「えぇ、向こうもあの地を越えられては後がありませんからね。その力の入れようから見ても最大の山場となる事でしょう」
現在のホーネット派勢力圏とケイブリス派勢力圏を隔てる大荒野、カスケード・バウ。
その地に置かれたケイブリス派の防衛戦力は途轍もない規模。もし仮にそれを一掃出来た場合、その先にある本拠地タンザモンザツリーには僅かな手勢しか残らない程となる。
「カスケード・バウさえ越えられたならばもう勝利は目前です。勿論タンザモンザツリーの制圧は残っていますが、カスケード・バウを越えるのに比べれば苦労はしないはずですからね」
本拠地を手薄にしてでもカスケード・バウの守りを厚くしている以上、どちらの派閥にとってもそこが最大の焦点となるのは明らか。
だからこそこうしてランスの意見を聞く為に現状を説明してみたりと、ホーネット達は結構前からカスケード・バウ攻略の為に色々動いているのだが、中々そう簡単にはいかないもので。
「……とはいえ、依然としてカスケード・バウは難攻不落。守備部隊の規模、夜毎に出てくるケッセルリンクに加えて、それ以外の魔人がどれだけ出てくるかの予想が本当に難しいのです」
「なるほど。確かにあのキザ野郎一匹だけならともかく、他にもいるとなると面倒だな」
「えぇ。そんな事もあってかまだ……前々から進軍準備を整えてはいるのですが、決行には二の足を踏んでいるというのが実状です」
すでに大半の魔物兵はホーネット派最前線拠点、ビューティーツリーへと集められており、いざやろうと思えば半月も掛からずにカスケード・バウへと大攻勢を仕掛ける事が出来る。
しかしその具体的な時期は未定の段階。過去数度の失敗の事実もあってか、ホーネットはまだ決断出来ずにいるらしい。
「……問題はいつカスケード・バウに攻め込むかって事か?」
「えぇ、まぁ……これ以上考えても仕方の無い事なのかもしれませんが……」
「ふーむ……」
そんな悩み事を打ち明けられたランスは、顎に手を置いて数秒考える……ふりをした後。
「……ま、気が向いたらでいんじゃねーの?」
そんな適当極まりない言葉を返した。
「……ランス。それは幾らなんでも……というか貴方は戦いを急いていたのではないのですか?」
「急く? いや別にそんな事はねーけど」
「……そうなのですか? 貴方が自発的にカスケード・バウに挑んだりしたのは遅々として進まない現状に苛立ったからだと、私はシルキィからそう聞いていたのですが」
「あー。そりゃまぁそんな事もあったけど、あれはその時に限った話だからなぁ」
それは今から二ヶ月以上前、一ヶ月間にも及ぶ長い迷宮探索から帰ってきた直後の話。
ちんたらしていて進まない現状に苛立ち、ならば俺様がどうにかしてやる! とケッセルリンクを討伐する為カスケード・バウに挑んでみたり、死の大地に挑もうとして魔人レッドアイと戦う羽目になったりと、色々と迷走していた時の話。
あの時のランスは確かに苛立っていた。それはホーネットが指摘する理由も勿論なのだが、しかし一番肝心な理由はもっと別にある。
「あの時はなホーネット、お前とセックスする事が出来なかったのだ。だからそのイライラをぶつけて憂さ晴らしがしたかったのだ。……けど今はもうお前とセックス出来るからな」
「っ、……成る程。今はあの時のように焦ってはいないという事ですか。それは……何よりです」
何と答えていいのか分からず、ホーネットは曖昧な表情で曖昧な言葉を返す。
「まぁそういう訳だ。俺様は今とても日常が充実しているのだよ。がははは!」
その明朗快活な笑顔が何よりの証。
ランスにとってケイブリス派打倒は大事な目的。だがそれ以上に大事なのがエロ、女性とのエロが生きる上での一番の目的。
そして遂にホーネットを抱いた、更にはワーグも抱いた。そんなランスはあの時と比較してとても満足な日常を送っており、今の所は何ら焦ってなどいないのであった。
◇ ◇ ◇
そしてその後、ホーネットの部屋をお暇して、あっという間に時刻は夜更け。
先程述べた通り、ランスは今とても満足な日常を送っている。
するとこの時間帯、そろそろベッドに入る頃合いに彼がする事と言ったら一つしかない。
「がはははー、すっきりー!!」
それはお相手の部屋の寝室。
ちょうど熱き戦いが一段落付いたらしく、ランスはツヤツヤ顔でがははと笑う。
「ん、く……はぁ……、はぁ……」
そして隣には荒い呼吸を繰り返す女性。
その特徴と言えば水色の髪と小柄な身体。そして玉の汗が浮かぶいくらか濃い肌の色。
どうやらランスの本日のお相手は魔人シルキィのようだ。
「ふいー、毎度の事ながらシルキィちゃんとのエッチは盛り上がるなぁ」
「ん……」
ランスは軽く手を動かし、彼女の耳に掛かる髪をくすぐるように撫でる。するとその腕を枕にしているシルキィが小さく吐息を漏らす。
「俺と君はセックスの相性というか、エロに対する感覚がバツグンに合ってるな」
「……そうかな」
「そうだとも。初めの頃は身体のサイズが少し合わんかったが、それだってここ最近はわりとすんなり挿入出来るようになってきたしな」
「だってランスさんってば、何度無理だって言っても無理やり入れてくるんだもん……」
もはや馴染んでしまった身体、馴染んでしまった感覚にシルキィは拗ねたように呟く。
すでに半年以上、何度も身体を重ねてきた二人。故にこんな事後の語らい、身体を寄せ合ってのピロートークだって慣れたもの。
ランスは勿論、シルキィの顔にも嫌悪の色など微塵も無く、その姿はやはり互いに想い合う恋人同士のようにしか見えない。
……とはいえ、実際の所は異なる。
この二人は別に恋人同士では無いし、互いの想いの向きが重なっている訳でも無い。
無いのだが、しかしこの日、そんな二人の関係性に一石を投じるような出来事が起きた。
「そういやシルキィちゃん、知っとるか? ついこの前の事なのだが、俺様はワーグとのセックスをようやく達成したのだ」
「……え、ワーグともしちゃったの?」
そのキッカケはランスが口にしたそんな話。
自分はあの魔人ワーグを抱いたのだという、言ってみれば男の自慢話のようなもの。
「おう、したした。あいつは君と同じぐらいにちっこいから中々大変そうだったがな」
「……そう。なんか本当は受け入れちゃいけない事なはずなんだけどね、もうあんまり驚かなくなってきている自分が嫌だわ。けどワーグとって……一体どうやって? 眠くならなかったの?」
「ふふん、その答えはホーネットだ。ホーネットを抱くとワーグを抱けるようになるのだ。まさに一石二鳥ってやつだなあれは」
「……ごめん、全然意味が分からないんだけど」
何がどうなればホーネットを抱くとワーグを抱けるのか。シルキィにはさっぱり理解出来ない。
そしてなんか生々しい話になりそうなので、あえて踏み込みたいとも思わなかった。
「とにかくこれで本当に魔人は完全制覇だ。こんなにも色んな魔人を抱いた男なんてきっとこの世界で俺様だけだろうな」
「……まぁね。この世界どころか、過去を見渡してもそんな人はいないでしょうね。私だって貴方としかこういう事はしていないし」
「その通り! 魔人四天王とセックス出来る男などこの俺様だけだ。がははは、凄いだろう」
「そうねぇ、凄いか凄くないかで言えば……やっぱり凄いんでしょうねぇ」
あんまりこういう事で褒めたくはないし、共感したくもないんだけど。
とシルキィは複雑そうな、それはもう複雑そうな表情で呟く。
ところで。今繰り広げられている話の内容、それは誰これを抱いたとかそんな話で、およそピロートークには全く相応しくない内容となっている。
なのだが、しかしランスは元より、シルキィもその点に関しては気に留める気配は全く無い。
それは何故か。それは自分とランスはそういった関係では無いから。
自分とランスはただ身体だけの関係であり、恋愛関係にある訳ではない。
だからこうした事後の語らい、そこで別の女性との性行為の話が聞こえてきたって問題無し。
自分と彼との間に甘酸っぱい感情は無いのだと、シルキィはそのように認識していたのだが。
「ホーネットも抱いたしワーグも抱いた。そしてサテラもハウゼルちゃんもシルキィちゃんも、みーんな俺様にメロメロだ。いやぁ全く、本当にモテモテで困るぜ、がははははー!!」
「……うん?」
そんな台詞が聞こえた途端、シルキィはあれ? と眉根を寄せて。
そしてつい指摘してしまった。すぐにそんな指摘をした事を後悔する羽目になる、何であんな事を言ってしまったの私のバカ、と頭を抱える事になるのだが、とにかくそこを突いてしまった。
「ちょっと待って。サテラとハウゼルはともかく、私がいつランスさんにメロメロになったの?」
「……え?」
するとランスは不思議そうに──心底不思議そうな表情となる。
しかしそのぽかんとした顔こそ、シルキィにとっては大いなる不思議である。
「え? ってそんな……『何を言っているのだ?』みたいな目で見られても……」
「何を言っているのだシルキィちゃん。とっくに君はこの俺にメロメロじゃないか」
「違うって、メロメロなんかじゃないから」
いくら相手がランスとはいえ、勝手に自分の想いを決めつけられては堪らない。
さも心外だと言わんばかりに、シルキィはふるふると首を横に振る。
「あのね、別にあれよ? ランスさんの事が嫌いって訳じゃないのよ? ただねぇ、メロメロって言われてもそんな気持ちは全然……」
メロメロなどという甘い気持ち。そんなものは自分の心の何処を探してもありはしない。
ただまぁ、ランスがそう勘違いする理由は分からないでもない。ここまで何度も夜を共にして、何度も身体を重ねてきているのだ。だからそう勘違いしてしまうのも方無いのかもしれないが、これだってあくまであの約束あっての事で。
自分は断じてメロメロでは無い。と少なくとも自己認識上ではそうなっている為、シルキィは先程のような否定の言葉を口にしたのだが。
「……あのな、ほんのついさっきの事を思い出せって。きみ、セックスの最中に何度も何度も『ランスさん、好きー!』って喘いでいるだろうに」
「なっ!? ちょ、ちょっと、言ってないわよそんな事!!」
ランスからのそんな反論を受けて、シルキィは仰天したように目を見開いた。
「いや、言ってるから」
「言ってない! 言ってないから!」
「いやいや、言ってる言ってる」
「言ってない! 絶対言ってない!」
いくら性行為の最中とはいえ、そんな血迷ったセリフをこの自分が口にするものか。
そう信じたいシルキィは断固として否定していたのだが、その語気の荒さとは対象的な程に、
「言ってるから。マジで」
ランスは至って平然とした様子で。
「だから言ってないって!」
「言ってるっつーの」
「言ってないって! 言ってない……言ってな……い……い、言ってる?」
「うむ、言ってる言ってる」
「……ほんとに?」
「ほんとに」
こうもランスからまじまじと、まるで分からず屋を諭すかのように言われてしまうと。
だんだんと否定の意思も弱まってきてしまうというか、自分の方が間違っているような気がしてくるというべきか。
「……え、うそ……私って……エッチしてる時にそんな事を言っちゃってるの?」
「うむ、思いっきり言ってるぞ。『ランスさん、好き好きー!』って。あんな言葉を耳元で何遍も聞かされてみろ、君がこの俺にメロメロでないと考える方が無理があるってなもんだろう」
「………………」
衝撃のあまり、シルキィは唖然とした様子で黙り込んでしまう。
果たして自分は性行為の最中に『ランスさん、好きー!』などと言っているのだろうか。
言っていないと信じたい。けどもしかしたら言っているのかもしれない。よく分からない。よく分からないけどそうなのかもしれない。いや、けど、でも、やっぱ分からない。知らない。考えたくない。
「……ちなみにランスさん、それっていつぐらいからの話? まさか貴方と初めてした時からそんな事を言っていた訳じゃないわよね?」
「そうだなぁ……わりとここ最近になってから……あーそうそう、あの時だ。ほれ、ついこの前にワーグと三人で旅をしたろ? あの頃から君はそんな事を言うようになったな」
「あの時……あの時って言うと……」
それはロナを救出してレッドアイを討伐する為にと、魔物界を縦断する行脚の旅をしていた時。
どうやらその頃から自分はそんなセリフを吐くようになったらしい。そうと知った今になって考えてみると、心当たりが無い訳でもなかった。
(……はっ! まさか……あれの影響? ワーグに見せられたあの夢が……!)
それはあの旅での3日目の事。ワーグの力によっておかしな夢を見せられたあの一件。
あの夢の中で自分はランスに猛烈に告白され、結果プロポーズを受諾してしまった。そして結婚式を挙げたり、最終的には沢山の子供に囲まれて暮らしていたりと、とにかくもう恐ろしい夢で。
まさかあの夢を見た事で自分の深層心理に何か変化があったというのか。そのせいで行為の最中に血迷った言葉を口走るようになってしまったのか。
「……あの、あのね。仮にその~……ね、仮に私がそんな事を言っているとしましょう」
「だから仮にじゃなくて、マジで言ってるっつの」
「けどもね。その~……エッチな事をしている時の私は頭がおかしくなっているというかね? あれはもう私じゃないというか……そうっ! 別人だと思ってくれていいから」
「別人だぁ?」
「そうなの、別人なの」
魔人シルキィはこの世に二人存在している。具体的に言うと昼の顔と夜の顔。
痴情に耽る自分の姿を未だに認めたくないのか、シルキィはそんな珍説を唱えだす。
「いーいランスさん? おかしくなっている時の私の言葉を信じちゃ駄目よ。エッチをしてる最中の私は今の私とは関係無い人だから」
「ぬ~? なんだかその言い分はずるっこいような気がするぞ」
「ずるっこくなんて無いです。だって私は本当にランスさんにメロメロなんかじゃないし」
そう言ってシルキィはついっとそっぽを向く。
だがこうも真っ向から否定されてしまうと、ランスとしてはあまり面白くない。
「シルキィちゃん。それは違うぞ。君は自分の本当の気持ちを自覚していないだけなのだ。そういう事は結構よくある話だからな」
「本当の気持ちって、そんな……」
「だってシルキィちゃん、君って確か千年近く生きてるんだろ?」
「えぇ、そうね……この歳になると年齢とかロクに数えなくなっちゃうんだけど、私が魔人になってからだいたい千年くらいだったはず」
シルキィが曖昧に自らの年齢を数えれば、ランスが「千年かぁ……長ぇなぁ」としみじみ呟く。
「そんで君は俺様に抱かれるまで処女だった。つまり千年間一度もセックスしてない訳だ」
「ま、まぁ……それはそうね」
「んで君の事だからどーせその間好きになった男とかもいないんだろ? そんなんだから恋愛センサーが退化してしまって、俺様の事が大好きだという自分の気持ちに気付けなくなってしまうのだ」
「そんな事は……無いと思うけど……」
それは全くの的外れな意見とは言い難く、次第にシルキィの語気が弱まっていく。
本当の気持ちを自覚していないのかどうか。それはともかくとして、自分がそういった話に疎いのは事実。ランスが言う恋愛センサーなるものが退化している可能性は否定できない。少なくとも発達はしていないだろう。
そのように思ってしまった事、そんな戸惑いが大いに影響してなのか。
シルキィはこの時、致命的なまでに口を滑らせてしまった。
「それに……別に私だって好きな人が居ないって訳じゃ……」
「……なんだと?」
そのフレーズにランスは目敏く反応。
聞こえてきた言葉に耳を疑い、すぐに身体を起こして隣に居る女性の顔を覗き込んだ。
「シルキィちゃん、君まさか好きな男がいるのか」
「え、なに、どうしたの急に」
「どうしたもこうしたも無い。好きな男がいるのかいないのか、早く答えなさい」
「え、と、そ、れは……」
じーっと睨んでくるその目付きに耐えかね、シルキィはそーっと視線を横に逃がす。
自分が好きな男、心に想っている男。そう聞かれると一人思い浮かぶ姿がない事もないのだが、しかしその名前はキケンというか、色々な意味で口に出すのは憚られる名前で。
「……いや、別にそんな……私の好きな相手の事なんて大した話じゃないでしょう? ね?」
「大した話じゃねーなら隠す必要はねーだろう! つーかその言い方だと居るんだな!? 一体誰だ! 答えろ!」
これはなんとしても聞き出す必要がある話。
ランスはシルキィの事を無理やり起こすと、その両肩を掴んで前後にがくがくと揺さぶる。
「わぁ! ちょ、ちょっと何を……!」
「隠してねーで答えろー! 一体何処のどいつとイチャコラしてやがったのだー!!」
「い、イチャコラって……! 大体私が誰を想っていようがランスさんには関係無いでしょ!?」
自分とランスは決して恋人同士では無い。
だから自分が誰に対して想いを向けていようが、ここでどうこう言われる筋合いは無いはず。
シルキィはそう考えていたのだが、しかしその男はそんなふうには考えてはいないらしく。
「関係大アリじゃー! 俺様の目から隠れてコソコソと恋愛なんて絶対に許さんぞー!!」
すでに怒り心頭、ランスはがーっと吠え上がる。
だってシルキィはとっくに自分の女。軽くつまみ食いしただけの行きずりの女ならともかく、すでに半年以上も夜を共にしている相手。
そんな相手に自分以外の男の影がある。それはとても看過出来ない問題、ランスにとってこれは由々しき事態なのである。
「俺の女に手ぇ出しやがった野郎は何処にいる! まさかこの城の中に居る相手か!?」
「て、手なんて出されてないから! それに何処に居るかっていうと……なんていうか……」
「シルキィちゃん、あんまり隠すと君の為にならんし、相手の男の為にもならんぞ。とっとと観念して名前を吐けー!」
「う、うぅ……!」
まるで妻の浮気を問い詰める夫のような事を言い出すランス。
その剣幕に押されるシルキィだったが、それでもこの名は軽々と口に出してはいけない名前で。
「だからそれは~……あーもうっ、失敗した! 変な事を言うんじゃなかった!」
この話の流れに乗ってしまった事。口を滑らせてしまった事を大いに後悔して叫んだ後。
「私はもう眠ります。おやすみランスさん」
ぽすんとベッドに横たわる。そして毛布を頭からすっぽりと被って雑音を遮断。
どうやらこれ以上の問答を打ち切って逃げ出す事にしたらしい。
「あ! おいこら、まだ話は終わってないぞ!」
ここで逃がしてなるものかと、ランスはその毛布を思いっきり引っ張る。
だが相手は魔人四天王、その握力は実に強烈。ランスの力では中々引き剥がす事は出来ず、二人の間でしばし毛布の引っ張り合いが続く。
「ん~……!」
「ぐににに~……シルキィちゃん、出てこーい!」
「んん~~……えいっ」
「うおっ! なんだいきなり!」
そんなせめぎ合いを面倒に感じたのか、毛布の中でシルキィは人差し指をくいっと動かす。
するとそれが合図となり、ベッドの脇に置かれていた魔法具が動き出す。驚くランスを尻目に、その魔法具はシルキィの身体にしゅるしゅると纏わり付いていく。
「あ、その中に隠れるのはズルいぞー! おいっ、このっ!」
瞬く間に出現した頑強な重装甲。その内部で厳重に守られる魔人シルキィ。
ランスはげしげしと蹴りを入れてみるものの、当然その程度の攻撃ではびくともしない。
「おいこらー! 聞いてんのかー!」
「………………」
「出てこいって言ってんだろー!」
「………………」
「……くそ、ほんとに寝やがったな……!」
その重さに耐えかね、ベッドがミシミシと音を立てるのにも構わず。
装甲の外側で喚くランスを完全に無視して、シルキィはそのまま安らかな眠りに就いた。
「ぐぬぬぬぅ……シルキィちゃんの好きな男……何処のどいつだ一体……!」
眉間には深い皺、ランスは憤懣やる方なしといった表情で歯ぎしりする。
どうやらシルキィには好きな相手が居るらしい。それが自分じゃない事だってムカつくのに、そんな相手の存在など到底許されるものでは無い。
つまりはそんな思考。シルキィの想定以上にその男はわがままで、何より子供だった。
「見てろよぉ、ぜーったいにその男を見つけてやるからなぁ~……! そんで適当な理由を付けてぶっ殺そう、よしそうしよう」
そして次の日、ランスによる魔人シルキィの想い人捜索が始まった。