ランス(9.5 IF)   作:ぐろり

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シルキィの想定外②

 

 

 

 魔人シルキィには好きな相手がいるらしい。

 

 突如降って湧いたそんなスキャンダル。それにランスは大層立腹した。

 シルキィはすでに自分の女。自分の女に手を出す輩など不届き千万。そんな奴を生かしておく事など出来ようはずがない。

 

 故にその話を聞いた次の日、早速行動を開始。

 ランスはそこらに居た適当な相手から聞き込み調査をする事にした。

 

 

 Q, シルキィの好きな人を知っていますか?

 

「シルキィさんの好きな人、ですか? うーん、私に思い当たる事は何も……申し訳ありません。……え、ランス様の事じゃないのかって? それはちょっと……微妙かなぁ? ……あいたっ!」

 

 

 Q, シルキィの好きな人を知っていますか?

 

「シルキィの好きな人? さぁな、俺そういう話には興味ねーから……けどあれじゃねーか? 美味しいご飯を作ってくれる相手とか……痛てっ、急に蹴るなよ」

 

 

 Q, シルキィの好きな人を知っていますか?

 

「シルキィ様の好きな人? さぁ、知らないなー。ぼくはただの通りすがりのハニーだし……あ、止めてー、割らないでー」

 

 

 Q, シルキィの好きな人を知っていますか?

 

「………………」

「……おい、何とか言えよ」

「……知らない」

 

 

 

 そして。 

 

 ランスはそこらに居た適当な相手に聞き込みを繰り返し、やがてその部屋に辿り着いた。

 

「……シルキィの好きな人、ですか?」

 

 そう言って小首を傾げる女性。

 それは渦中の魔人四天王と関係性が深い人物、魔人ホーネット。

 

「そうだ。どうやらシルキィちゃんには好きな相手が居るらしい。それを今調査中なのだ」

「……一応聞いておきたいのですが……それは貴方の事ではないのですか?」

「それがどうやら違うらしい。全く、俺様以外の男とイチャコラするなんて浮気もいい所だぞ」

「……そうですか。それは少し意外でした」

 

 シルキィの好きな相手。それは何度も夜を共にしていると聞くランス以外にあり得ないのでは。

 てっきりそう思っていたホーネットも虚を突かれたような表情になる。

 

「どうだホーネット、何か知らねーか? お前はあの子と昔っからの付き合いなんだろ?」

「えぇ、まぁ……、私の知る限りシルキィはここ何十年魔物界から出ていないはずなので、相手がいるのだとしたらやはり魔物界にでしょうか」

「俺もそう思ったのだが、けどそれだと相手は魔物って事にならねーか? こっちには人間なんていないはずだろ?」

「そうですね。ですから男の子モンスターか、あるいは使徒の誰か、もしくは魔人という線も無いとは言えませんが……」

「……ふーむ」

 

 お相手候補その1, 男の子モンスター。これはちょっと悪趣味に過ぎるような。

 お相手候補その2, 使徒。これは元人間という事もあり得るので無いとは言い切れないような。

 お相手候補その3, 魔人。これも無いとは言えないが、しかし生き残っている魔人の中にそれっぽい相手はいないような。

 

「……なんだかどれもピンとこねぇなぁ」

「……そういえばシルキィ本人は何と?」

「それがどれだけ問い詰めてもサッパリ、ずっとだんまりで全く教えてくれなかった」

 

 ランスがそう答えると、ホーネットは「言えないような相手……」と小声で呟く。

 この魔物界にいるはずの相手。しかし魔物、使徒、魔人のどれも決定打に欠く。そしてそれはシルキィにとって口に出すのが憚られる名前。

 そんな事を考えていると、魔人筆頭の頭には一人だけ思い当たる人物の姿があった。

 

「……いえ。けど……まさか……」

「お、なんだ、何か思い付いた事があったら言ってみろ」

「………………」

 

 するとホーネットはとても複雑そうな表情になって。

 

「……確証がある訳では無いのですが……」

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 そして夜。彼女の部屋にその男はやって来た。

 そして開口一番アンサーを告げた。

 

「魔王ガイ。それが君の好きな男だな?」

「ぅぐっ……!」

 

 するとその言葉が急所に刺さったのか、シルキィはその顔を歪めて呻きを漏らす。

 

「……さすがに早かったわね」

 

 全ては自分の失言が引き金。愚かにもあんな事を口走ってしまった以上、この男に嗅ぎ回られる事になるのは何となく分かっていた。

 とはいえものの一日足らずでバレてしまうとは。本当に隠し事は出来ないと言うか、自分の行動範囲の狭さが恨めしいというか何と言うか。

 

「その反応、どうやらビンゴみてーだな」

「……ねぇ、ちなみにそれ……ランスさんが気付いたの? それとも誰かに聞いた?」

「ホーネットに聞いた」

「やっぱり……! 何となくそうじゃないかって思ってたけど……え、でもじゃあ待って、ホーネット様は知っていたって事……?」

 

 この事をホーネットが知っていたとすると、それはかなりの大問題なのでは。なにせホーネットはあの魔王の娘さんな訳で。

 え、うそうそ待って待ってどうしよう。とシルキィは途端にあたふたし始める。

 

「しかし魔王ガイ、か」

 

 その一方で、ようやく真相に辿り着いたランスとしてもそれは予想外の名前。

 自分の女に手を出す不埒な輩は見つけ次第たたっ斬ってやる。そう考えていたのだが、しかし魔王ガイはすでにこの世にはいない人物。

 さすがに死んでいる相手には怒りをぶつけようが無いし、何より死んでいるのならば今現在そういう関係にある訳でも無し。

 そんなこんなでランスの怒りも消沈し、残ったのは純粋なる興味のみである。

 

「君はホーネットの親父の事が好きだったのか。それってつまり……不倫? インモラル?」

「違いますっ! 言っておくけどね、私がガイ様と出会ったのはホーネット様が生まれる何百年も前の話……じゃなくて!」

 

 言葉途中でシルキィはハッとしたように顔を上げる。

 下手な言い訳を重ねる前に、自分には真っ先に否認すべき事項があるではないか。

 

「あのねランスさん、違うから。私は別にガイ様の事が好きだった訳じゃないから」

「おいシルキィちゃん、ここまで来て認めないのはさすがに往生際が悪いぞ」

「違うの、そうじゃないの。私にとってガイ様はそういう……好きとかそういうアレじゃないの」

 

 そもそもこれは事実無根な話、ランスがおかしな誤解をしているだけの事。

 自分とガイの間にあるのは単なる上下関係のみ。勿論ながら不倫の事実なども無い。というかガイは子持ちながら誰かと結婚していた訳では無いのでそもそも不倫でも何でもないのだが、とにかくそんな事実は無いのである。

 

「だってガイ様は魔王なのよ? 私はただ魔人としてあの方に仕えていただけだから」

「だから魔人として仕えていて、それで好きになったって事だろ?」

「違います。……確かにガイ様はとても大切な人、そう思っている事は認めましょう。けどね、それはあの方が私にとって特別な人だからであって、そこに恋愛感情がある訳じゃないの」

「ほんとかぁ~? どーにもウソっぽいぞ」

 

 ランスは見るからに疑惑の視線を向ける。

 先程からのシルキィの反応、そして昨日の慌てっぷりを思い返す限り、恋愛感情が無いなどとは到底信じられるものでは無い。

 魔人と魔王としての上下関係だけでは無く、二人はもっと深い関係に──それこそ不倫の如き爛れた関係にあったのでは。

 

「……つーかもしや、ホーネットの母親が君だっていう可能性も……」

「あのねぇ! そんな訳が無いでしょう!?」

 

 あまりにも馬鹿馬鹿しい疑惑に、シルキィはつい大声で否定をした後。

 

「……はぁ、仕方無いわね。こう疑われ続けるのも嫌だし、ちょっとだけ昔話をしてあげるわ」

「昔話?」

「えぇ。……私がガイ様と出会った頃の話。それを聞けば貴方の疑いもきっと晴れると思うから」

 

 そうして彼女が語り始めた昔話。

 それは史上最も人間が虐げられたGL期。それが終わって新たな魔王の時代となった頃の話。

 

 

「……およそ千年前。私が生まれた頃の世界はね、今よりも遥かに暗い時代だったの」

 

 シルキィが生まれたのはGI期初頭──魔王ガイの治世となってすぐ頃の事。

 その頃に彼女は人間としてこの世に生を受けた。だがその当時は人間として生まれてしまう事こそが最大の不幸と呼べるような時代であって。

 

「その頃はね、今みたいに魔物界と人間世界に分かれてはいなかった。この世界は完全に魔物が支配していて……人間達はひっそりと身を潜めて、毎日を怯えるように過ごしていた時代だった」

 

 魔王ガイの先代、魔王ジルが行った支配。全ての人間を奴隷化して管理していた時代。

 GI期初頭はまだその時の影響が色濃く残り、魔王が変わったと言っても世界は変わらず、ヒエラルキーの最下層に位置する人類はそれまでと同じように虐げられていた。

 

「当時の私は勿論ただの人間だったんだけど……家畜のように扱われる人類の悲惨な現状にどうしても我慢出来なくて、魔物と戦う道を選んだの」

「ほー。今もだけど君は昔っから人間大好きちゃんだったんだな。つーかどっかで聞いたなそれ、本当なら君は英雄と呼ばれる程の人物だったとか」

「……よく知っているわねそんな話。まともに伝わってはいないはずなんだけど……」

 

 それは歴史の影に埋もれた人物。忘れられた英雄シルキィ・リトルレーズン。

 史上最も多くの人類を救い、世界の在り方を大きく変える功績を挙げた英雄の話。

 

「けど英雄なんて呼ばれるような事は何もしてないんだけどね。幸いにも才能に恵まれたおかげで魔物と人並み以上に戦えたってだけの事よ」

 

 シルキィには剣と槍と斧を扱う才能、そして魔法具を作製する付与の才能があった。

 ただ本人はそれだけと謙遜するが、それだけで圧倒的な戦力の魔軍と戦えるものでは無く、何よりも強い正義感と使命感を持ち合わせていた。

 

「とにかくそんな訳で、私は魔軍と戦っていたんだけど……それでも相手の数が多すぎてね。私の目が届く範囲にいる魔物をどれだけ倒しても、人類全体を取り巻く現状は何も変わらなかったの」

「まぁそりゃそうだろう。世界中が敵だらけの状態で君だけが頑張った所でなぁ」

「うん。それでこれはもう魔軍の親玉、魔王を倒すしかないなと思って、ある時私一人でガイ様のお屋敷に襲撃を仕掛けたの」

「ほう、屋敷を襲撃とは中々アグレッシブな……て、え、きみ一人で?」

「うん。私一人で」

「……シルキィちゃん、君ってけっこう強気というか……怖いもの知らずだな」

 

 少々引き攣った顔で呟くランス。彼も前回、魔軍の親玉の本拠地に乗り込んだ経験を持つが、その時は数十名の心強い仲間を率いていた。

 さすがのランスでも魔人ケイブリスと一対一で戦う気にはならないのに、当時のシルキィの狙いは魔人を越える魔王。もはや怖いもの知らずを越えて殆ど自殺と変わらないのでは。

 ランスのそんな思考が伝わったのか、シルキィもちょっと恥ずかしそうに頬を掻いた。

 

「……そうね、今考えるとあれはちょっと無謀過ぎたわね。……ただそんな無謀な所が結果的には良かったのかも。最終的に私は瀕死の状態で何とかガイ様の前まで辿り着いたんだけど……そんな無謀を仕出かした私に興味を持ったらしくてね、ガイ様から魔人になるよう勧誘されたの」

 

 無数の敵を蹴散らし、それでも多すぎる敵の数に次第に追い詰められ、されど決して引かず。

 やがて片腕も失って、息絶える間際のシルキィの耳に誰かの声が聞こえた。

 

 ──面白い娘だ。ここで死なすのは惜しい。魔人となって私の配下となれ。

 

 その言葉に、彼女は頷きも拒みもしなかった。

 むしろ逆に「魔物が人間に手を出さないようにするなら部下になってやる」と、そんな条件を加えて魔王ガイに突き返した。

 

「そして私が出した条件にガイ様は頷いた。それで私は魔人となって……その数年後、本当に魔物が人間に手を出さない世界となった。世界を2つに分けるなんて最初はまさかと思ったわ」

 

 魔王ガイはシルキィとの約束を果たし、人間と魔物が棲む領域を別々に分けた。

 その西側の世界を魔物界、東側を人間界とし、人間が魔物に虐げられる事の無い秩序ある世界を作り上げた。それが今日までの世界の礎となる。

 

「こうして世界は今の姿になった。その世界を支配するガイ様に忠誠を捧げ、私は魔人として今日まで長い年月を過ごしてきたのでした、おしまい。……ていう事なの。分かってくれた?」

「……え? いや全然分からんが。結局何が言いたかったのだ?」

 

 この世界の歴史、そして彼女が魔人となった経緯は分かった。だがそれが何だと言うのか。

 はてなと首を傾げるランスの顔を目にして、シルキィはやれやれと言った感じで首を振る。

 

「だからね……私はあの人に夢を叶えて貰ったの。平和な世界なんて当時からしたら本当に夢物語だったのに、ガイ様はたかが人間の小娘との約束を守って世界を2つに分けてくれた。私はその返しきれない恩に少しでも報いる為、あの方に生涯を懸けて仕えようって決めたの」

「……んで?」

「んで? じゃなくて。つまり私の中にある気持ちはそういうものなの。忠誠心というか、純粋な尊敬というか、そういった類のものなの。……ね? これって恋愛感情じゃないでしょう?」

 

 ね? と念押しするように問い掛けるシルキィ。

 彼女にとって今の言葉は決して虚言では無く、少なくとも自己認識上では本心そのもの。

 そもそもガイは魔王、たかが魔人の自分が恋愛感情を向けるなど畏れ多い事。自分が向けている愛は言わば『敬愛』であって、それは『恋愛』とは断じて別物なのである。

 

「だってほら、これは昨日も話した事だけど……私はその~、エッチな事をしたのはランスさんが初めてだったでしょう?」

「む。確かに君は処女だったな」

「でしょう? 私は魔人になってからあの方のそばで千年近くも仕えていたのに、それで一度たりとも経験なんて無いのよ? もし私に恋愛感情があったとしたらそんな事があり得ると思う?」

「……うーむ」

 

 その言葉には十分な説得力があったのか、思わずランスも唸らされる。

 魔人シルキィはランスと出会うまで処女、約千年間にも渡ってずっと処女を貫いてきた。

 魔王ガイは2つの人格を持ち、悪の人格の際には相応に好色な性格となるのだが、そんな時でも彼女と経験した事実は一度も無い。

 更にはガイが実子たるホーネットを産ませる為、大勢の女性と繰り返し性交を行っていた際も、シルキィが名乗りを上げる事は無かった。

 

「ガイ様の事が好きなんだな? ってさっき私に聞いたわね。そう聞かれると答えはイエスになっちゃうんだけど、けどそれはランスさんが考えているような『好き』とは全くの別物なの」

「別物? 一体何がどう違うというのだ」

「ランスさんの考えている『好き』は相手を異性として見て、っていうものでしょう? けれどそうじゃない『好き』の形もあるって事よ」

 

 なんら求める事など無い。何故ならすでにとても大きなものを貰っているから。

 ならば後はこちらから捧げるだけ。彼女の内にあるのはそんな崇拝にも似た愛情で。

 

「私はガイ様と一緒のベッドで寝たりした事なんて一度も無いけど、それでもこの千年間、あの方に仕えられただけでとても満ち足りた気分だったわ。こういう気持ちはランスさんには分からないかもね」

「……むむむ」

 

 基本的にランスが言う『好き』とは性行為と密接に結びついているもの。

 しかしどうやら彼女が魔王ガイに向けている『好き』とはそういう『好き』ではないらしい。

 

「……むむむむ」

 

 だがそんな話をしているシルキィの表情が。穏やかに微笑んでいるその表情が。

 その魔王の事を思い返しているのか、先程言っていた通りの満ち足りた表情、自分の前では見せた事のない程に可愛らしく魅力的な表情で。

 

「……何かムカつく」

「え?」

「何かムカつくー! ムカつくぞー!」

 

 それを見ていたらムカムカしてきたらしく、ランスは大声で喚いた。

 

「君は俺様の女なんだぞー! なのに他の男の話をしてそういう顔されるとすげームカつくー!」

「別に私は貴方の女になったつもりは……って、そういう約束だったわね……」

「そうだそうだ、そういう約束だー! シルキィちゃんはもう俺様のなんだから、昔の男の事なんてとっとと忘れろー!」

「だから昔の男とか、そういう関係じゃないんだってば……」

 

 シルキィは何度も否定するのだが、しかしランスの苛立ちは一向に収まらない。

 その想いが如何なるものであれ、とても大きな想いを魔王ガイに向けているのは事実。

 ランスからしたらそれがもう何かムカつく。そしてそれが過去の話である為、自分の介在する余地が全く無いのが更にムカつく。

 

「へーんだっ! なーにが魔王ガイじゃ、そんなヤツより俺様の方がイイ男に決まっとる!」

「え~……それはどうかな……」

「どうかなーじゃない、そうなのだ!」

 

 相手がすでにこの世にいない以上、シルキィの中での位置付けで上回るしか勝つ方法は無い。

 ランスは親指を自らに向け、ビシッと決め顔を作ってみせる。

 

「見ろ! 顔だって俺の方が絶対にイケメンだ!」

「顔かぁ……難しいわね……ガイ様ってお顔の半分が魔物みたいな感じになってたから、イケメンかって言われるとどう答えていいものやら……」

「なら性格、性格だって俺様の方が良いはずだ! そうだろう!」

「性格かぁ……これまた難しいわね。ガイ様って普段は真面目なんだけど、時々別人のように……それこそランスさんみたいに奔放な性格になるから、あれを良い性格かって聞かれると……」

 

 うーん、どうだろ……、と首を傾げながらシルキィが語る魔王ガイの人物像。

 それは気になるポイントが多く、聞いていたランスも次第に微妙な表情へと変わっていく。

 

「……顔の半分が魔物みたいで、普段は真面目だが時々俺様のような性格になる? なんか話を聞いている限りだと全然イイ男だとは思えんのだが。きみ本当にそんなヤツの事が好きなのか?」

「……確かにね。さっきの言い方だとちょっとアレな人に聞こえちゃうわね」

 

 困ったように呟くシルキィには知らぬ事だが、魔王ガイには二重人格という特色がある。

 顔の半分が異形化しているのも、普段は真面目なのに時々奔放な性格へ変わってしまうのも、全てその二重人格の影響。

 つまりちゃんと理由あっての事なのだが、しかしガイはその事を秘密にしていた為、周囲の者からするとどうしてもそんな人物像となってしまう。

 

「でも顔とか性格とかは抜きにしても、ガイ様は本当に立派なお方なんだからね?」

「けっ、どれ程立派だろうが知った事ではないわ。とにかく君はもう俺様の女なのだから、過去の魔王の事など忘れて俺様の事を好きになれ。つーかメロメロだという事をいい加減に認めろ」

「またその話? 昨日も言ったけど別にメロメロなんかじゃないから……」

「いーやメロメロだ! 昨日も言ったけどそれは君が自覚していないだけなのだ!」

「だから違うってば……」

 

 ランスからどれだけ強く指摘されても何のその。シルキィは困ったように額を押さえる。

 

(全くランスさんったら……本当に分からず屋なんだから……)

 

 自分がランスに向ける感情。それが恋愛感情なのだとどうしても認めさせたいらしい。

 確かに何らかの感情はある、……気がする、一応だがそれは認める。

 もうすでにこの派閥で8ヶ月以上、共に仲間として一緒に過ごしてきたのだ、何かしらの感情が生まれているのは当然だろう。

 それは多分、自分が魔王ガイに向けていた感情、つまり敬愛とも違う感情なのだが、それでも恋愛感情では無い。無いと言ったら無いのである。

 

(大体どうしてこんな私にそんな……私がメロメロだろうとメロメロじゃなかろうと、どっちでも大差なんてないでしょうに)

 

 そもそもの話として、何故ランスはそこまでこの自分、魔人シルキィにこだわるのか。

 こんな自分に恋愛感情を向けられたとて、それが一体何だというのか。そんなもの殊更に有難がって欲しがるものではないだろうに。

 これまで何度も何度も性交を求めてくる事もそうなのだが、率直に言ってちょっと女性の趣味が悪いのではないだろうか。

 

(……て、そういう訳でもないか。ランスさんは私以外にも手を出しているし、他は皆綺麗で魅力的な人ばっかだもんね。……ていうかそうよ。ランスさんの事を想う子は他にいるのに……)

 

 ランスが人間世界から連れてきた子達や、魔人の中でもサテラやワーグなど、彼に恋愛感情を向けていると思わしき女性は多く居る。

 そんな中で自分が同じ想いを向けようものなら、色々と面倒というか、気が引けるというか、厄介な事になるのが目に見えているだろうに。

 

 などと、益体もない事を考えてしまうシルキィなのだが、とにかくランスはそこにこだわる。

 それが男の性なのだろうか、どうしてもこの口から「貴方が好きです」と言わせたいらしい。

 

 だとしたら。

 もうその通りにしてあげるのが一番手っ取り早いのではないだろうか。

 

 

「……そうね。どうせ減るものでもないしね」

「あん?」

「ランスさん。私は──」

 

 

 ──貴方の事が好きです。

 と、嘘でもいいからそう言って、この話を終わらせようと思ったのだが。

 

 

「──あ。……れ?」

「……どした?」

「……んと」

 

(……あれ?)

 

 そこで固まる。

 これ以上口が動いてくれない。どうしても次の言葉が喉から出てこない。

 

(……なんでだろ。なんか、これを言っちゃうのは……駄目なような……)

 

 その言葉を口にしたが最後、自分の内にある何かが決定的なものとなってしまう。

 どうしてか分からないがそんな気がする。もう後戻り出来なくなってしまうような気がする。

 それが怖いからなのか、自分の心が勝手に栓を締めているような感じがする。

 

(……って、怖い? 私が?)

 

 その感情に気付いてシルキィは愕然とする。

 戦士として数多の戦を経験してきた、そんな自分が今更何を怖がるのか。

 

 それは果たして──自分の内にある何かを真っ向から直視する事なのか。

 あるいはそれとも──自分の内にあった何かが塗り替えられてしまう事なのか。

 

「………………」

「おい、シルキィちゃん。何を言いかけたのだ」

「え、あ、その、えっと……」

 

 自らの心と折り合いが付かず、狼狽するように口をパクパクさせていたシルキィだったが。

 その時突如、彼女の脳内に起死回生の如き閃き、素晴らしい一手がピーンと思い付いた。

 

(……あ、そうだ、それなら……)

 

 すると先程までの表情とは一変。

 打って変わってシルキィはにんまりと、まるでいたずらを思い付いた少女のように笑って。

 

「……うん、そうね」

 

 すぐにランスの方に近付いていく。

 そしてその身体に両腕を回して、正面からぎゅっと抱き付いた。

 

「お、どした?」

「……ランスさん」

 

 その胸元に額を寄せたまま、心の限りに率直な想いを込めて言葉を口にする。

 ランスが聞きたかったのであろうその言葉を。

 

「……好きよ。私はランスさんの事が大好き」

 

 不思議な事に、さっきまでとは違って今度はあっさりその言葉が口から出た。

 

「おぉっ!」

 

 遂に性交の最中ではなく、この魔人が普通にしている時に聞けたその言葉。

 誰から聞いてもやはり嬉しいその言葉に、ランスは喜色満面の笑みとなる。

 

「そーかそーか、ようやく認めたか! うむうむ、素直なのは良い事だぞ、シルキィちゃん」

「……ふふっ」

 

 するとシルキィは上を向いて、ランスと顔を合わせる。

 そしてにぱーっと、それはもう満点の笑みを浮かべた。

 

「私ねー、基本的に人間の事はみーんな好きなの。知ってた?」

「……ぬ?」

 

 その言葉の意味を反芻して考える事三秒程。

 

「……がー! そういう事を言ってんじゃねー!」

 

 ランスはすぐに気付いた。

 自分とこの魔人の『好き』は意味合いが違う。

 その『好き』はその他大勢の一つと同じ。その好きが表す愛情は『博愛』や『仁愛』であって、決して『恋愛』のそれとは異なるという事を。

 

「考えてみればランスさんは平和の為に戦ってくれている人だもんね。そんな人の事を私が嫌いな訳ないでしょ? うんうん、大好き大好き!」

「んな事を言ってんじゃねーっつってんだろー!」

「あははっ! 私は貴方の事が大好きだからさ、これからも平和の為に一緒に戦いましょうね?」

「うがー! 話を聞け-!」

 

 またしても煙に巻かれてしまい、ランスは苛立ちと怒りの余りにがーっと吠え上がる。

 そんな叫びと共に、室内にはシルキィの楽しそうな笑い声が響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と。ここでこの話が終わっていたなら。

 

 それなら良かった。この時点でのシルキィならきっとそう言っただろう。

 それならランスから好きな人を問い詰められて、しかし土壇場で逆転の一手を思い付いた、言わばランスの事を手玉に取ってやった話。それだけの他愛もない話なのだが。

 

 しかし彼女にとっては不幸な事に、この話はここで終わりでは無い。

 あるいは幸運な事にと呼ぶべきかもしれないが、とにかくこの話にはまだ続きがあった。

 

 

 

 それから数時間後、就寝の時間。

 その日の真夜中、魔人シルキィは夢を見た。

 

 それは本当に不思議な夢。

 明晰夢の如く、何故だかすぐにこれは夢だと分かってしまうもので。

 そしてその夢の中にはとても印象的な生き物が──『黄色いトリ』が出てきて。

 

 

 

 そして朝。

 目覚めた彼女は寝ぼけ眼のままぽつりと呟いた。

 

「……電卓キューブ? 運命の相手……?」

 

 

 

 

 


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