ランス(9.5 IF)   作:ぐろり

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もう一つの可能性

 

 

 

 

 大陸の西側一帯。そこは魔物が跋扈する魔物界。

 そんな魔物界の南側、そこは現在ケイブリス派が支配している領域となる。

 そしてケイブリス派領域の南東部一帯、その森林地帯は『引き裂きの森』と呼ばれている。

 

「……しかし引き裂きの森か。なんか物騒な名前の場所だな」

 

 そう呟いたのは全長2m程の姿。

 全身が緑色で覆われたそれはこの魔物界でよく見かける姿、魔物兵スーツを着込んだ魔物兵。

 彼は四方を覆う森の景色に目を向けながら、すぐ隣に居た別の魔物兵に向けて声を掛ける。

 

「ここはあれか。無闇に通ったら身体が引き裂かれるぞーとか、そんな話があったりするのか?」

「……聞いた事はあるわね。ただ引き裂かれるとは言っても物理的にでは無く、誰かとの関係性の事だっていう説も聞いた事があるわ。どっちも単なる言い伝えだと思うけどね」

 

 隣に居た魔物兵の中身はどうやら女性なのか、女言葉でこの森の逸話を説明する。

 ここは魔物界南東部にある引き裂きの森。すぐ東にある人間の世界と隣接しており、迷い込んだ者はたちまち凶暴な魔物に襲われて命を落とす、そんな危険な森なのだが。

 

「……にしても魔物がいないな」

「えぇ、戦力の大半がカスケード・バウの方に回されているのもそうでしょうけど……やっぱりこちら側に兵を置く理由は無いって事ね」

 

 引き裂きの森はケイブリス派の領域。とはいえ、支配領域の北側方面にホーネット派という敵を置く以上、ここ魔物界南東部は戦線を大きく外れた地であり、ケイブリス派にとっては重要度の低い場所。

 故に元々ここに棲息していた魔物達はケイブリス派に招集され、現在は絶対防衛線を敷くカスケード・バウへ移動させられている。そんな理由で今では魔物の数が激減し森はとても静かになっていた。

 

「がははは、ここまでは全て予想通りだな」

「……まぁそうね。けれどね、何度も言っているけど問題はここから先なんだってば……」

 

 ご機嫌に笑う魔物兵の一方、そんな気分にはなれずに項垂れるもう一体の魔物兵。

 ここはケイブリス派の領域。しかしケイブリス派にとってここに兵を置く理由は無い。

 という事は、今ここに居るこの二体の魔物兵はケイブリス派の魔物兵では無いという事で。

 

「……ねぇランスさん。やっぱり止めない? こんな無意味な事……」

「無意味では無いぞ、シルキィちゃん。ここに来た理由ならさっき話しただろうに」

「だからそんなの絶対に無理だって……」

 

 つまりその魔物兵スーツの中身は魔物では無く、それは誰あろうランスとシルキィ。

 少し前に電卓キューブ迷宮に飛ばされた二人、強い運命で結ばれている二人である。

 

「帰りたい……」

 

 実に弱々しい声色で、何とも切なげな言葉を漏らすシルキィ。

 二人がこうして引き裂きの森を進む理由、その切っ掛けは彼女が呟いた一言からだった。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 遡る事数時間前。

 電卓キューブ迷宮内での出来事。

 

「……それにしても、電卓キューブ迷宮か……本当に不思議な場所ね。まさか魔物界にこんな場所があるなんて思いもしなかったわ」

 

 一見すると何の変哲も無い一言だが、後から考えれば今のが余計な一言だった。

 それは迷宮が出す試練をクリアして、宝箱からシルキィ専用の武器を手に入れた直後の事。

 彼女が迷宮を振り返っての感想を呟くと、ランスが「……ぬ?」と眉を顰めた。

 

「いや待てシルキィちゃん、電卓キューブ迷宮って魔物界にあるのか?」

「え、違うの?」

「うむ。なんか違ったような……俺の記憶が正しければゼスの近くだったような気がするぞ」

「ゼスって……じゃあここは人間世界って事?」

 

 二人が気になったのは今自分達が居る場所、ここ電卓キューブ迷宮の具体的な所在地。

 魔王城の食堂から超常的な力によって瞬間移動させられ、一体何処に飛ばされたのか。

 長年魔物界で暮らしているシルキィは当たり前のように魔物界だと考えていたのだが、ランスは過去の経験からそれを否定していた。

 

「ここは確かゼスの……あ~、何処だっけな?」

「私に聞かれても……私は電卓キューブ迷宮なんて聞いた事すら無かったし……」

「ぬぅ、俺様もここに来る時はいっつもいきなり内部に飛ばされてたからな……」

 

 気が付いたら電卓キューブ迷宮内に居て、気が付いたら電卓キューブ迷宮を去っている。

 そんな不思議な過去を振り返りながら、ランスはきょろきょろと周囲を見渡す。

 

「どっか外が見えそうな所はねーかな。そうすりゃここが何処だか分かると思うのだが」

「外かぁ……でもさすがに外が見えそうな雰囲気じゃないわね。というかここは迷宮なんだから私達は地下に居るんじゃないの?」

「いや、地下では無かったような……なんかこう……外側から見える場所だったような……」

 

 ランスが初めてこの電卓キューブ迷宮に訪れたのはLP4年、ゼス国で戦っていた頃。

 もはや記憶もあやふやになっているのだが、その時にこの迷宮を外部から目にした機会があったような無かったような。

 

「ううむ……なんか無性に気になってきた……」

 

 ここ電卓キューブ迷宮の所在地。頭の奥からもうちょっとで出てきそうなのに出てこない。

 そんな状態がもどかしくなってきたのか、突然ランスは上の方を見上げて。

 

「……おーい! どっか外が見えるような所に俺様達を連れてってくれー!」

「え? ランスさん、それ誰に頼んでいるの?」

「知らん」

「知らんって貴方……」

 

 すぐ隣から聞こえた突然の大声、突然の奇行にシルキィが動揺していたその時。

 ランスのそんなお願いは何処ぞの誰かの下まで無事に届いたらしく。

 

「いくら何でもそんな……って、きゃ!」

「うおっ!」

 

 パッと視界が切り替わって。

 ふと気付いた時にはすでに、ランスとシルキィは外が見えるような場所にいた。

 

「え、なにこれ。こんな簡単に瞬間移動しちゃっていいの? ちょっと怖くなってきたんだけど」

「まぁまぁシルキィちゃん、あまり深く考えるな。ここは電卓キューブ迷宮だからな」

「ねぇランスさん、薄々気付いていたんだけど貴方それで全部押し通そうとしてない?」

「押し通すとかではない、ありのままを受け入れろって事だ。それよりもここは……」

 

 肌に触れる風や見晴らす限りの遠い景色など、ここが間違い無く外だという事は分かる。

 ただその景色が見えるのは随分と高い視点から。空を見上げれば雲は普段より近くにあって、そして足元には固く無機質な金属が地面の代わりに広がっている。

 

「……ここってまさか……空に浮いているのか?」

「……そうね。見た所そんな感じね……」

 

 電卓キューブ迷宮。それは空中に浮かんでいる巨大な立方体の迷宮。

 歩いて訪れる手段は無く、故にこそ運命の相手が判明したらいつの間にか到着している場所。

 どうやら今ランス達が居るのは電卓キューブ迷宮という立方体の上部分。ランスが外の見える場所に行きたいと誰かしらに頼んだ結果、このような場所に移動させられたようだ。

 

「地下ならともかく、まさか迷宮が空中にあるとは思わなかったわ。世界は広いわね……」

「でもここからなら現在地が分かりそうだ。ふむ、どれどれっと……」

 

 ランスはすたすたと歩を進めて立方体の端、足場の途絶えるぎりぎりまで近付いていく。

 角は90度で真下に折れ、ここで足を滑らせようものなら地表まで真っ逆さま。勿論手すりなども無い為中々にスリルを誘う場所である。

 

「おぉ、想像していたよりもかなり高ぇな」

「ちょっとランスさん、そんな端っこまで近づくのは危ないわよ」

「大丈夫だっての。……お、あそこに小さく見えるのは……ありゃマジノラインか?」

 

 少しだけ身を乗り出して真下を眺める。

 すると眼下に見えたのは巨大な建造物、ゼス国西の境界線となる魔法要塞マジノライン。

 どうやらここ電卓キューブ迷宮はマジノライン付近の空中に浮かんでいるようだ。

 

「あーそうそう、思い出した。そういやマジノラインに来た時に見かけたような気がしたのだ」

「へぇ、あれがマジノラインかぁ……貴方の言う通り、ここは本当に人間世界なのね」

「そーいう事だな。けどここがマジノラインの上空だっつー事は……」

 

 ランスは言いながら左の方向に──西の方角にその顔を向ける。

 二人は今マジノライン付近の空中に浮かぶ巨大な立方体、その上に立っている。

 するとそこから西の方角に視線を向けた場合、必然的にそれが見えてくる事になる。

 

「……すぐこっちは魔物界って事だよな」

「そうね。ゼス国は確か人間世界の南に位置しているのよね? だったらここから見える景色は……魔物界の中でもケイブリス派の支配圏になるわ」

 

 二人が見つめる先に広がる世界。

 それは魔物界の南側、ケイブリス派の領域。

 

「………………」

「………………」

 

 自然と両者共に沈黙し、暫しその景色を眺める。

 魔物界の南側一帯。現在ケイブリス派が勢力圏としているエリアであり、ホーネット派に属するシルキィにとっては長らく足を踏み入れていない地。

 

「……うーむ」

 

 しかしランスにとっては違う。

 彼は前回の第二次魔人戦争の末期、魔人ケイブリスを討伐する為に『20海里作戦』を決行し、船を使用して魔物界南部に進んだ経験がある。

 それは人類の命運を懸けた決死の作戦、選りすぐりの精鋭で挑んだ決死の逆侵攻。そんな手に打って出た経験があるからこそ思い付いたのか。

 

「……なぁ。ちと思ったのだが……こっちから行けばいいんじゃねーか?」

 

 ランスは唐突にそんなセリフを呟いた。

 

「こっちからって……何が?」

「だからヤツらの本拠地にだ。別に魔王城から進まんでもこっちからだって進めるだろ?」

 

 それは魔王城から南進する侵攻ルートでは無く、ゼス国から西進する第二の侵攻ルート。

 ケイブリス派の本拠地が魔物界南部にある以上、ランスが提案するそんなルートでも辿り着く事は確かに可能である。

 

「ほれ、カスケード・バウとかケッセルリンクとか、他にも死の大地とかがあってあっちからは攻めるのが難しいって何度も言ってたろ? だったらそんな面倒な場所は通らずにゼスからマジノラインを越えて攻め込めばいいじゃねーか」

「……え、けどそんな、人間世界を通るなんて……それだとゼスに迷惑が掛かっちゃうわ」

「その点なら安心しろ。ゼスは俺様の命令なら何でも聞く。こっちにはウルザちゃんも居るしな」

「そ、れは……でも……」

 

 ランスの語る作戦案。それを聞いたシルキィは頭の中で何度か反芻して。

 

「……そっか。ランスさん達が協力してくれるならそういう方法もあるんだ……」

 

 やがて感心したようにそう呟いた。

 魔物界を南北に分ける派閥戦争を7年以上続けてきたシルキィにとって、人間世界から西に進む進路は思いもよらなかった侵攻ルート。

 それは勿論ながら簡単な作戦では無く、多くの人間の協力が不可欠。だから仮にこれまでであれば思い付いたとしても実現は不可能だった。

 しかしランスの協力が、人間世界に絶大に顔が利くこの男の協力があれば問題の殆どが解決、西進ルートは決して実現不可能な作戦ではなくなる。

 

「カスケード・バウにはアホみたいな数の雑魚共がいたからな。あんな所を通るよりかはこっちから進んだ方が絶対に楽チンだろう」

「……確かにそうね。カスケード・バウにあれ程の規模の戦力を割いている分、他への備えは手薄になっているはず。それにまさかこのタイミングで人間世界の方から侵攻してくるなんてさすがのケイブリスでも想定していないでしょうし……」

「なるへそ。警戒していないなら更に無防備でもおかしく無いってか。なら尚更アリだな」

 

 ケイブリス派にとって警戒するべきは北側。つまり驚異となるのはホーネット派のみ。

 そして東側は人間の領域、ケイブリスにとっては眼中に無い相手。いずれこちらから侵攻して滅ぼす対象というだけの認識に留まる。

 そんな眼中にない相手が兵を挙げて逆に侵攻してくるなど想定外の事。現状ケイブリス派にとって東側に戦力を置く理由は無く、無防備だろうとの主張には筋が通っていた。

 

「これはイケるぞシルキィちゃん。あのリス野郎がパニクる姿が目に浮かぶぜ、くくくっ」

「そうね……勿論ホーネット様に相談する必要はあるけど、確かに悪くない手かも……」

 

 とここまでの話を踏まえて、思考が同意の方向へと大きく傾いていたシルキィだったが。

 

「……あ、けどそっか。やっぱりその作戦はちょっと難しいかも……」

 

 依然として眼下に広がるケイブリス派領域を眺めていると、ふとある事を思い出した。

 

「難しいって、どうしてだ?」

「ほら、あそこをよく見てランスさん。あそこに大きな世界樹が見えるでしょ?」

 

 言いながらシルキィは遠くを指差す。

 その指の先には言葉通りのもの──魔界都市の一番の特徴、巨大な半球状の植物の姿が。

 

「あぁ、たしかに見えるな。あれがケイブリス派の本拠地って事か」

「いいえ、あれは違うわ。あれじゃなくて……ここからだとかなり遠いけど……よーく見るとその奥にもう一つ世界樹があるのが見えない?」

「……あー。確かに、ぼんやりとだがもう一つあるように見えるな。て事はそっちが……」

「そう。ケイブリス派の本拠地、魔界都市タンザモンザツリーは奥にあるそっち。手前にあるのは『ミダラナツリー』っていう別の都市なの」

 

 今現在、ケイブリス派が自軍の支配拠点としている魔界都市は2つ。

 その一つがタンザモンザツリー。魔物界南端部、派閥の主の居城があるベズドグ山にも程近い、ケイブリス派にとっての本拠地となる都市。

 そしてもう一つがミダラナツリー。魔物界南東部、人間の領域と程近い場所にある拠点。

 

「ミダラナツリーはケイブリス派にとって後詰のような都市、だから多くは無いだろうけど多少の兵が置かれているはずよ。こっちのルートからタンザモンザツリーに侵攻するならミダラナツリーを避けては通れないから、あそこに居る魔物兵達をどうにかする必要があるわ」

「んなもんどうにかすりゃいいじゃねーか。言ったって後詰だろ? あのカスケード・バウみたいな馬鹿げた数がいる訳じゃあるまい」

「それはそうだろうけど。でもね、ミダラナツリーには魔物兵以外にも難点があるの」

 

 ケイブリス派にとってはあくまで控え、予備部隊を置いているだけの都市。

 位置的にもホーネット派が侵攻を行えるような拠点では無い為、ケイブリス派のみならずホーネット派にとってもあまり重視されていない都市、ミダラナツリーにはちょっとした特色がある。

 

「ミダラナツリーにはね、カミーラがいるのよ」

「カミーラって……あの魔人カミーラか?」

「そう。魔人四天王カミーラ、その居城があるのが魔界都市ミダラナツリーなの」

 

 それが魔人カミーラ。ホーネットとの人質交換によってケイブリス派に戻った魔人四天王。

 カスケード・バウで行われた人質交換以後、戦場に出てきていないカミーラの動向は不明だが、恐らくは自身の居城に戻っているのだろうとシルキィは予想していた。

 

「……へー。あそこにはカミーラが居るのか」

「えぇ。魔物兵だけならともかく、魔人四天王が相手となれば簡単にはいかないわ」

「……カミーラ、カミーラねぇ……」

「かと言ってミダラナツリーの攻略に手間取っていたら本拠地からの増援が来るはず。そう考えるとこっちのルートも決して一筋縄ではいかないわ……って、ランスさん……話聞いてる?」

「……カミーラかぁ、そっかそっかぁ……」

 

 シルキィが話途中で声を掛けるものの、その男は自らの思考に没頭していた。

 あくまで敵派閥の幹部として考えているシルキィとは異なり、ランスはランスなりの視点でその魔人の事を考えていて。

 

 魔人四天王カミーラ。冷たい美貌を持つドラゴンの魔人。

 ゼス国での騒動の中で自分が退治した相手、そして何度かセックスをした相手。

 最後に抱いたのはあの人質交換の時。それきりそろそろご無沙汰と言えばご無沙汰になる。

 

「ならちょっくら会いに行ってみるか」

「え?」

「おーい! 俺様達を下に下ろしてくれー!」

 

 そしてランスは突然そんな事を言い出して。シルキィがハッと気付いた時にはすでに遅し。

 二人はいつの間にか電卓キューブ迷宮の下方、マジノライン要塞の一画に下り立っていた。

 

「え?」

「うし。んじゃしゅっぱーつ」

「え、待って待ってランスさん。しゅっぱーつ、じゃなくって。一体何処に行くつもりなの?」

「だからそのミダラナツリーっつう魔界都市に」

「え、何しに行くの?」

「だからカミーラに会いに」

「……え、何の為にカミーラに会うの?」

「セックス」

「……え?」

 

 こうして二人は魔物界南部へと──引き裂きの森へと進む事になったのだった。

 

 

 

 

 

 そして。それからしばらくして。

 

「……はぁ。もう信じられない……」

 

 どうしてこんな事になってしまったのか。

 何もかもが分からない、受け入れられないシルキィはただただその頭を抱えるばかり。

 

「信じられないって、何がだ?」

「この状況が、に決まってるでしょう。ねぇランスさん、ここが何処だか分かってる?」

「知らん。けど魔物界のどっかだろ?」

「ここは引き裂きの森。そして引き裂きの森はケイブリス派の領域。私達は今ケイブリス派の領域にたった二人で居るのよ? こんなのどう考えてもあり得ないでしょう?」

 

 魔物界南東部に広がる引き裂きの森、そしてそれを含むケイブリス派の領域。

 ホーネット派として長らく侵攻出来なかったエリア。そこに何故かランスと二人で来ている。シルキィとしてはとても受け入れられない、いっそ大声で「あり得ないー!」とか叫びたい気分である。

 

「んな大袈裟な。ケイブリス派の領域なんざ珍しくもねーだろう。この前にもワーグと一緒にケイブリス派領域に乗り込んだ事があったじゃねーか」

「あの時はロナちゃんを助けるって目的があったじゃないの。けど今回の目的は何?」

「だからカミーラに会う為だって」

「それよそれ! カミーラに会う為って何!?」

 

 そこが一番納得いかない点なのか、シルキィは思わず語気を強める。

 

「百歩譲って倒しにいく、ならまだ分かるの。けれど会いに行こうってどういう事なの? あれはケイブリス派に所属する魔人四天王なのよ? すっごく危険な相手なのよ?」

 

 魔人四天王カミーラ。千年の時を生きるシルキィよりも遥かに長寿、魔人らしく他の生物を下等な存在としか見ていない思考の持ち主。

 ホーネット派にとっては言うまでも無く危険な相手であり、間違っても今のランスのように、ちょっと知人の家に遊びに行くようなノリで会いに行ってはならない相手なのだが。

 

「うむ。それは分かっとる。けどシルキィちゃん、カミーラは危険だがイイ女なのだ」

「……だからセックスしたいって? 一応聞くけど本気でそんな事出来ると思ってるの?」

「確かにあいつの封印を解いちまった以上、もっかいセックスするのは難しくなった。だがそれでもやってみなきゃ分からんだろう」

 

 たとえ危険だろうが、相手が魔人四天王だろうがなんのその。

 セックスの為ならばどんな難敵にも挑む、それがランスという男である。

 

「あいつと最後にセックスしてからもう結構な時間が経ってるからな。意外とあいつも俺様に会いたがっているかもしれんぞ。ランスに会いたいわー、寂しいわー、ってな感じで」

「ないない。あのカミーラに限って絶対無い」

「いいやある。それどころか思いを募らせて俺様にメロメロになってたりするかも。いやぁ全く、モテる男はツラいぜ、がはははは!」

「絶対に無い。断言してもいいわ」

 

 シルキィは実に厳しい表情のまま、その戯言に対して大きく首を左右に振る。

 

「なんだシルキィちゃん、やけに突っかかるな。……あ、もしかしてヤキモチ焼いてんのか?」

 

 するとランスはニヤリと笑って、その小さな肩を自分の方へと抱き寄せる。

 

「なんだなんだ、そういう事か。きみも随分と可愛らしくなったじゃねーか」

「そういう事じゃありませんっ! 私はランスさんの事を心配して……」

「大丈夫だって、ちゃんと君の事も可愛がってやっから。何ならカミーラと一緒にすっか? 魔人四天王二人との3Pか、なんか豪華な感じがしていいな、がははは!」

「……く、くぅぅ~~!」

「って、おいちょっと! いだっ! 痛いって!」

 

 遂に我慢ならなくなったのか。

 シルキィは両手でグーを作って、その男の胸元目掛けてぽかすかと殴りかかる。

 

「分かった分かった! 3Pは止める、セックスは別々にしてやっから!」

「そうじゃない! そうじゃなーい!!」

 

 こっちはずっとその身を案じているのに、何故この男はそういう思考しか出来ないのか。

 常日頃から優しい彼女にしては珍しく、その高ぶった感情を露わにして。

 

「い、痛でで……昨日のセックスの時といい、最近の君はちょっと凶暴になってきてないか?」

「……そうかもね。色々な意味で貴方に遠慮しなくなってきたのかも」

 

 そうしてじゃれ合う事しばらくの後。

 ある程度ストレスを発散したらしく、元の様子に戻ったシルキィが話を仕切り直す。

 

「……それにねランスさん、問題はカミーラの事だけじゃないわ。さっきの話だけど、魔王城からじゃなくゼス国から西に進むルートでも侵攻は可能かもって言っていたでしょう?」

「言ったな。これはその下見も兼ねているのだ」

「だったら尚の事、すぐに引き返した方がいいわ。あれはケイブリス派にとって支配圏の東側が警戒に値しないからこそ実行可能な作戦でしょ? けれどここで私達がケイブリス派の者に見つかったらきっとその意図を勘ぐられるわ。そしたらこっちのルートも警戒されてしまうはずよ」

「……なるほど。それは確かにその通りだな」

 

 今ランス達がこの引き裂きの森を我が物顔で進んでいる事からも明らかなように、現状のケイブリス派はこちらのルートを全く警戒していない。

 だからこそ西進ルートも一考の価値ありとされたのだが、それは現状に限った話。もしここで二人が敵に補足され、魔人四天王シルキィがこんな場所に来ていると知られたら、警戒心の強いケイブリスならまず対策を講じるはず。そうなったら最後、もう西進ルートは使い物にならなくなってしまう。

 

「ね? 私達がこんな所に居るなんて知られる訳にはいかないの。だからミダラナツリーに行くのなんて止めて引き返しましょう? ね?」

「まぁ待て待て。要は俺達の事がバレなきゃ良いんだろ? どっかに雑魚は居ねーかなーっと」

 

 シルキィのお願いを右から左に聞き流し、ランスは周囲をきょろきょろと探る。

 彼が探していたのは雑魚敵、つまり魔物兵。だが先の通りこの場所にはケイブリス派の兵が置かれていない為、魔物兵を見つけるのも一苦労で。

 

「……お、ようやく見つけたぜ」

 

 30分後、運良く一体の魔物兵を発見する。

 それはミダラナツリーにある予備部隊の一員、魔人レッドアイが倒れた事によって自派閥が劣勢となった事を肌で感じ、臆病風に吹かれて派閥を脱走してきた魔物兵の一体。

 

「そこの雑魚、スト-ップ!」

「何だお前ら? って人間だと? ……え、っていうか……魔人、シルキィ? ……うそ」

「死ねーー!」

「ぎゃーー!!」

 

 目の前に居た小さな背丈の魔人四天王。それを目にして硬直してしまったが最後。

 その隙を逃さずランスは魔剣を一突き、胸部を抉られた魔物兵はあっさり倒れた。

 

「よし。んでこいつのこれを……」

 

 そしてランスは死体を漁る追い剥ぎの如く、事切れた魔物兵からそれを脱がせる。

 

「はいこれ。魔物兵スーツ」

「……これを着ろって事?」

「そ。これさえ着ればシルキィちゃんの姿がバレる心配は無いだろう」

「……そうね」

 

 シルキィは嫌々ながらといった感じで頷き、魔物兵スーツをその身体に着込む。

 

「……うわ。ねぇランスさん、なんかこれ……中が血でベットリなんだけど」

「文句を言わずに着なさい。姿を隠したいって言ったのは君の方だろう」

「私はそれ以前にカミーラの城には行きたくないって言ってるんだけど、そっちは無視なの?」

「別に無視はしとらんぞ、ただ却下してるだけだ。さーて、俺様の分も欲しいなっと……」

 

 その後運良く出会ったもう一体からも魔物兵スーツを掻っ払い、それをランスが装着。

 こうして魔物兵スーツを着込んで引き裂きの森を進むランスとシルキィ、冒頭にあった通りの姿が完成し、話は冒頭に繋がるという訳である。

 

 

 

「……はぁ。なんかもう城の食堂に居た頃が懐かしく感じるわ。……そう言えば、城に居る皆にとっては私達が突然居なくなった事になるのか。今頃心配しているかもしれないわね」

「そういやそーだな。けどこっちから連絡を取る方法が無い以上、放っとくしかねーだろ」

「……なんだか今からもう気が重いわ。これと言った用事も無いのにカミーラの城に行ってきましたー……なんて、帰ってからホーネット様にどうやって説明したらいいのよ……」

「そりゃその通り言えばいいだろ。つーかさっきも言ったが用事はセックスする為だっての」

「ならそれランスさんが説明してよね。私はそれをホーネット様の前で口にする自信が無いから」

 

 二人共に魔物兵の姿。それでもランスは意気揚々と、一方のシルキィは足取り重く。

 

「あのカミーラに会いに行くなんて……絶対大事になる、ぜーったい大変な事になるわ」

「大丈夫だって。シルキィちゃん、この俺様を……いや、君にとっての運命の男を信じるのだ」

「うっ、……ね、ねぇ、それ意識しちゃうからあんまし言わないで欲しいんだけど……」

 

 ランスという運命の大波に翻弄されるがまま、溺れるシルキィは抗う事も出来ず。

 その右手に運命の証である英雄の槍をしっかりと持ちながら、その後数時間掛けて引き裂きの森を進んでいくと──

 

「……お、ようやく見えてきたな。あれが……」

「えぇ、あれがミダラナツリー。カミーラの城はすぐ近くにあったはずだから……ほら、あそこ」

 

 二人の視界の先、そこにはケイブリス派の拠点となる魔界都市ミダラナツリー。

 そしてその近辺には目的地、魔人四天王カミーラの居城が聳え立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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