引き裂きの森を抜けた先、魔物界南東部に位置する魔界都市ミダラナツリー。
そしてその都市の近辺、ミダラナツリーの支配者の如く聳え立つ大きな城。
「ふーむ、あれがカミーラの城か」
それが魔人四天王カミーラの城。
ホーネットとの人質交換によって封印を解かれて以降、あの魔人が居るはずの城であり、こうしてケイブリス派領域となる魔物界南部まで進出してきたランスの目的地となる。
「さすがに魔王城よりは小さいようだが、それでも結構デカイな。それになんか豪華な感じだ」
「そうね。このデザインからしてもカミーラのお城って感じがするわね」
居館を中心に四方を囲む尖塔が高々と伸び、その外観たるや思わず息を飲む程。
城本来の役割である要塞としての意味合いよりもデザイン性を重視しているのか、それは城主たる魔人カミーラに相応しいような絢爛華麗な城。
「そういやカミーラもだが、ケッセルリンクも自分の城があるよな。これは全魔人共通か? 例えばサテラの城もどっかにあったりすんのか?」
「あの子のお城は無いわね。城を持つ事が出来るのは魔人四天王の特権みたいなものなのよ」
「ほう、魔人四天王の?」
「えぇ。魔物界の地に自分の城を有して、その周辺一帯を自らの支配圏として管理する事を魔王様から許された存在、それが魔人四天王だからね」
最大24体となる魔人の中でも上位の者として魔王に認められた存在、それが魔人四天王。
その立場に与えられた特権として、彼等は魔物界の各地に自らの居城を構えている。
その一つが魔物界中南部、大荒野カスケート・バウの近郊にある魔人ケッセルリンクの城。
もう一つが魔物界南西部、ベズドグ山中に建てられている魔人ケイブリスの城。
そしてもう一つがここ魔物界南東部、ミダラナツリー付近にある魔人カミーラの城。
そして。
「てかシルキィちゃん、君も魔人四天王だよな。だったら君の城もあるって事か?」
「うっ」
「……う?」
そう声を掛けた途端に聞こえた奇妙な呻き声。
気になったランスがすぐ隣に目を向けると、シルキィは露骨な程に視線を逸していた。
「……私の……お城?」
「うむ、君の城。もしかして無いのか?」
「私のお城の事……気になるの?」
「そりゃまぁ、気になるっちゃ気になるな」
「……そう」
するとその魔人四天王は全てに達観したような、あるいは遠くを見るような表情となって。
「私のお城、かぁ……そりゃあ私だって魔人四天王だからね、勿論自分のお城があったわ」
「……あっ『た』って事は……」
「……うん。まぁ、お察しの通りよ。私のお城はビューティーツリー付近にあったんだけど……」
過去形で語られる魔人シルキィの城。
その城は魔物界中央部、魔界都市ビューティーツリーの北西辺りに建てられていた。
「……あの辺りはね、派閥戦争が始まってからはずっと激戦区だったの。ビューティーツリーとその隣にあるサイサイツリーを取り合って、私達はケイブリス派と何度も戦ってきた」
魔物界を南北に分けて争う派閥戦争、すると中央部一帯は必然的に両派閥の境界線となる。
並んで存在する2つの魔界都市を巡っての攻防、その中でシルキィの城はホーネット派の前線拠点として重要な役割を果たしてきた。
しかし激戦区にある前線拠点となれば格好の的になるのは必然。そして常に劣勢を強いられてきたホーネット派、ケイブリス派の大軍の前に押される事も多々あり、そしてその時が訪れる。
「……あれは4年程前、美樹様の護衛としてサテラとハウゼルを出していた頃だったかしら。その時はもう人手も何もかもが足りていなくって……」
「……ふむ」
「そんな中でケイブリス派が侵攻してきてね。私達も必死で応戦したんだけど……最終的にはバボラの突撃を止められなくって……」
「……あー」
見上げる程の巨体を一直線に、ダッシュで突っ込んできた魔人バボラ。シルキィやホーネットが他の魔人達の対処で手一杯な中、魔物兵達だけではその猛進を止める事が出来なかった。
そしてバボラ渾身のタックルを受けた結果、シルキィの城は見るも無残な瓦礫の山と化してしまったのだった。
「……そっか。それで魔人四天王なのに君だけは自分の城が無いのか」
「そういう事。……はぁ、ガイ様から賜った私のお城……色々な思い出の詰まった大切なお城だったんだけどね……」
「……まぁ、なんつーか……どんまい」
何と声を掛けていいか分からず、ランスはシルキィの頭を魔物兵スーツの上からほぷほぷと撫でる。
ちょっぴりセンチメンタルな気分になってしまったシルキィも、その優しさにどうやら気持ちが慰められたのか、
「……うん、ありがと。大丈夫よ、もうとっくに割り切っている事だからね」
小さく頷き思考を切り替え、その視線を正面にある豪華なお城へと戻す。
「私の城の話はいいとして……本当にカミーラと会うつもりなのよね?」
「うむ、それはもちろん」
「まぁここまで来たからにはって感じだけど。けれどここからどうやってカミーラに会うのかは考えていたりするのかしら?」
「いんや全く、今から考えるのだ。あいつに会う為にはあの城に乗り込まなきゃならん訳だが……さーてどうすっかな」
ランスがこの城を訪れたのはカミーラに会う為。そしてセックスをする為。となればあの城の中に入れて貰う必要がある訳で、見るからに堅牢そうな城門を開けて貰う必要がある。
しかしホーネット派のランス達とケイブリス派のカミーラは現在戦争状態。いやそもそも戦争状態だろうとなかろうと、会いに来たぞーと言って会ってくれるような関係性ではない。
「今は魔物兵スーツを着てっから俺様達だとはバレないだろうが……正面からこんちわーっつってあの門を開けてくれるかっつーと……」
「さすがにそれは難しいでしょうね。私が城主だったら身元の知れない魔物兵が訪ねてきても城門は開けないと思うわ」
「だよなぁ……ならシルキィちゃん、あの城の中に知り合いとかはいないのか?」
「……いない事も無いんだけどね、けれど今は敵対関係だから……。あるいはホーネット派の幹部として会談を要求しているって事にすれば、一番話が通じそうなのは七星なんだけど……」
カミーラの使徒、七星。古くからカミーラに仕える男であり、立場的には筆頭使徒に当たる。
七星は理知的な性格をしており、少なくとも話くらいは聞いてくれるだろう。そう考えたシルキィには知らぬ事だが、七星はすでに亡くなっている為この城内には居ない。ちなみにその下手人はすぐ隣に居るランスという男になる。
「……けれどやっぱり今のは無し。ホーネット派としての会談なんて言ったけど、そんな事をホーネット様に相談も無く行う訳にはいかないわ」
「ううむ……んじゃああれだ、ピザの宅配しに来たって事にするのはどうだ?」
「えぇー……それはちょっと……」
「ぬぅ。けどそれも駄目だとなると……こっそり忍び込むしかないな」
「……ま、そうなるわね」
固く閉ざされた城門、それを開けて貰う秘策は二人の頭では思い付かず。
正当な来客にはなれそうも無いので、残された手段は不法侵入一択。二人は正面突破を諦め、人手の少なそうな城の裏手へと回り込む。
「……しかしあれだな、なんか不用心な城だな。城壁の上に見張りも居ないし、こんなに近付いても見つかりそうな気配がしないぞ」
「そりゃあここは魔人四天王の城だもの。忍び込もうと考える輩なんてまず居ないし、警戒する必要がないのよ。特にこの城は前線から遠くて私達ホーネット派が侵攻する事も出来ないしね」
「ふむ、そんなもんか。……と、シルキィちゃん、ここら辺で良いんじゃないか?」
「うん、分かった。よいしょっと……」
城壁は20mを優に越え、とても手が届かない程に高く造られていたのだが、自在に形状を変える魔法具の前では城壁など意味は無し。
シルキィは魔物兵スーツの中から愛用の魔法具を取り出すと、装甲で巨腕を形作って城壁の縁をがしりと掴む。それを伝って壁を登り、二人はあっという間に城壁を突破した。
「けれどランスさん、カミーラに会えたとしてもそこからどうするつもりなの?」
「そりゃどうにかするのだ。どうにかしてあいつとセックスする」
「どうにかして……じゃなくって、その中身を詳しく教えて欲しいんだけどね。あのカミーラとセックスをするなんて絶対に無理よ。分かっていると思うけど私達とカミーラは今敵対関係なんだし、出会った瞬間に攻撃されたっておかしくないのよ?」
「大丈夫だって、何とかなるはずだ」
「……だと良いけどね」
実に楽観的な考えのランスをよそに、そうは考えられないシルキィは呆れたように呟く。
相手はケイブリス派の魔人四天王。レッドアイみたく話が通じない相手とまでは言わないが、危険な相手である事に変わりは無い。
会えば戦闘になるかもしれない、戦闘になったらランスだけでは危ない、同じ魔人四天王である自分が応戦する必要があるだろう。
シルキィがあーだこーだ言いながらもランスに付き合う理由は概ねそんな所、彼女は実に面倒見の良い魔人であった。
「さてと、何処からか城内に……お、あそこから入れそうだな」
調理場に併設されていたらしき裏口を通って、二人は城内へと侵入。
ひっそりと息を潜めながら、目指すはこの城の城主、魔人カミーラの部屋。
「カミーラの部屋は最上階だな。階段を探すぞ」
「あれ? ランスさん、どうしてカミーラの部屋が最上階にあるって分かるの?」
「そりゃ分かるだろ。城の中で一番エラい奴は一番上に居る、そうと決まっているからな」
「そうなの? そうとは限らな……くも、ないのかな……確かにそうかも。言われてみれば魔王城もそんな感じだったわね」
城内に住む住人達に見つからないよう、抜き足差し足で長い廊下を移動。
このカミーラ城はさすがに魔王城には及ばずながらも、相応に大きい立派な城なのだが、城内から聞こえてくる物音と言えば自らの足音ぐらいで。
「にしてもこうまで簡単に忍び込めた事といい……魔物の気配が殆どしないわね。さすがに城内にはある程度魔物が居ると思っていたんだけど……」
「確かに随分と静かな城だな。俺様の城は言うに及ばず、魔王城ですらもっと活気があるぞ。もしかしてカミーラしか住んでねーんじゃねーか?」
「カミーラだけって事は無いでしょうけど……あまり多くの者が居ない事は確かみたいね」
二人が気になったこの城の静けさ、それは約3年前の出来事に端を発している。
この城の城主カミーラは美しいもの、美しい少年や青年を好み、その一方で美しい女性や醜いものを毛嫌いする性格。そんな事もあってか元々この城に住む事を許された魔物はとても少なく、カミーラの審美眼に叶った美少年、美青年達が下級使徒としてこの城の雑務に就いていた。
そしてLP4年、カミーラは魔軍を率いて人間世界のゼス国へ侵攻を行った。
その際には多くの下級使徒達を同行させていたのだが、結果は敗北。自らの血を分けた七星、アベルト、ラインコックという3名の上級使徒達の他、下級使徒達も多く失う事となり、カミーラ自身もゼスの永久地下牢に封印される事となった。
そしてカミーラが封印されている間、カミーラ城はゼス侵攻に同行しなかった少数の下級使徒達だけで維持されてきた。
それから3年後の今、城主が戻ってきてもまだ新たな下級使徒を増やしていないらしく、そんな理由で今のカミーラ城はその規模からすると信じられない位に住人が少なくなっていた。
「まぁなんにせよラッキーだ。とっととカミーラの部屋を見つけるぞ。んで頃合いを見計らって……そうだな……入浴中を狙うか、それとも寝込みを襲うってのもアリか……?」
この城のそんな経緯は知らないランスでも、今が潜入に適した状態である事は察せられる。
今なら気付かれずにカミーラの下まで辿り着くのも容易なはず。そして目的である彼女とのセックスだって手の打ちようはある。
上手い事言って口説くか、それとも侵入者らしく襲うか。そんな中でもし仮に戦闘になったとしても隣にシルキィがいれば問題無し。そうなったらいっそホーネット派として正々堂々戦いカミーラを倒す、そしてご褒美タイムと洒落込むのもアリだなぐふふ……。
……などと、ランスの頭の中にあったそんな期待は早々に裏切られる事となる。
それは二人が階段を発見して、上の階へと向かおうとしたタイミングだった。
「そこの魔物兵」
横合いから聞こえたそんな声。
ちゃんと周囲には気を配っていたはずなのに、気付けばそれは当然のようにそこにいた。
「……っ」
耳に届いたその声に、魔物兵スーツの中に居るランスとシルキィは共に息を飲んで硬直する。
聞こえた声は女性のもの。澄み渡るようによく通り、しかし突き放すような冷たさを感じる声。二人共に聞き覚えのある声で。
「何故貴様が私の城にいる?」
「………………」
ぎぎぎと音がなるかのような、ぎこちない動作で魔物兵二人は横を向く。
そこに居たのは美しい女性。目を引くのは銀白色の長髪と背中に生えた黒い翼。そしてその美貌と他を圧倒するような威圧感。
それはまさしくランスが探していた相手、この城の主である魔人四天王カミーラだった。
「………………」
「何故貴様が私の城にいる……と、そう聞いたはずだが。聞こえなかったのか?」
カミーラはその冷たい目付きを侵入者に、先程から沈黙しっぱなしの魔物兵の片方に向ける。
「もう一度聞く。何故貴様が私の城にいる? ……聞こえないのか? ランス」
「ぐっ」
その中身までしっかりお見通し。
思わず呻きを漏らしてしまったランスの背筋に冷たいものが走る。
「……それと」
今度は隣の魔物兵に視線を向けると、カミーラはふっと愉快そうに笑った。
「しばらく見ない内に……随分と情けない装甲を着るようになったのだな」
「……やっぱりバレてるか。言っておくけどね、こんなの着たくて着ている訳じゃないから。……ランスさん、これもう脱いで良いわよね?」
「……だな」
怠惰ゆえに多少その力を落としたとて、長い年月の中で培った観察眼は衰え知らずで。
もはや正体は隠せない。そう悟ったシルキィとランスは魔物兵スーツを脱いだ。
「……カミーラ」
「……あ~、おほん。……ようカミーラっ! ゼス以来だが元気にしとったか?」
そうして元の姿へと戻って、改めて二人はケイブリス派の魔人四天王カミーラと対峙する。
シルキィは睨むようにその名を呼んで、一方のランスは相変わらずの調子で。
そんな二人の挨拶を前に、カミーラは冷めた瞳のまま先程からの言葉を繰り返す。
「……ランス。何故貴様がここに居るのかと、私はそう聞いているのだが」
「ふっ、俺様がここにいる理由か、そんなの一つしかねーだろう」
「……貴様の事だ。私を殺しに来た……などとは言わぬのだろうな」
「当ったり前だ。別に戦いに来たって訳じゃない。俺様と離れ離れになったお前が寂しがってるんじゃないかと思ってな、こうしてはるばる会いに来てやったという訳だ。がはははっ!」
「……相変わらず、ふざけた事を言う」
相手は敵派閥の魔人四天王。前のように封印されていない以上とても危険な相手なのだが、それでも何度かは肌に触れた相手。
そんな事もあってかランスは態度を変えず、そのあまりにも気安くて不遜な物言いにカミーラの冷たい視線が鋭さを増した。
「……だが戦う気が無いというのはどうだろうな。貴様はともかく、隣にいる者はその気のようにも見えるが。……なぁシルキィ?」
「……どうかな。それはお前次第だ、カミーラ」
「ククッ……お前は分かりやすい奴だな。その顔と口調を見れば一目瞭然だ」
「………………」
何かあれば即座にランスを庇う為にと気が立っているのか、口数少ないシルキィは静かな戦意を向けていて、それを見たカミーラも冷笑で返す。
共に強大な力を持つ魔人四天王同士、会話を交えつつも油断は無し。その気になれば一息で斬り掛かれるような距離の中で睨み合っていると、それを遮るかのようにランスが一歩前に出た。
「ちょい待ちシルキィちゃん、んな喧嘩腰になるなって。んでカミーラも、さっきも言ったが別にお前と戦う為に来た訳じゃねーんだっつの」
「……そうか。まぁ、どうでもいい事だがな」
「ところで、ちょいと気になったのだが……俺達が忍び込んだ事にどうやって気付いたのだ? 侵入に失敗したつもりは無かったのだが」
「この城には侵入者を知らせる結界が張り巡らされている。先程それに反応があったと配下から知らせがあった。その強さからして片方は魔人だという事から仕方無く私が動いたまでだ」
「……あー、なーるほど……」
侵入者を知らせる結界、つまりはトラップ。
城壁の上に見張りがいなかったのは無警戒なのではなく、むしろ対策済みだから。
「……おいシルキィちゃん、こういう時って普通『ランスさん、気を付けて、この城には結界があるかもしれないわ!』ってな感じで君が注意してくれないとイカンのではないか?」
「……私ね、魔法は全然駄目なのって前に言わなかったっけ? 魔王城にも設置されてない結界の事なんて知るはずないじゃないの」
ランスがじとりと目を向ければ、シルキィも負けじとその目を向け返してくる。
共に結界の存在などには頭が回らず、そんな二人は互いに責任を押し付け合う。
「気になる事と言えば私にもある。ホーネット派のお前達がどのようにしてここまで来た。カスケード・バウをどうやって越えた、今あそこには大勢の守備部隊が居るはずだ」
「ふふん、気になるか? まぁあんな雑魚共、俺様の手に掛かればちょちょいのちょいで……」
「……あぁそうか。ランス、そう言えば貴様がいたのだったな……という事はカスケード・バウを越えてきたのでは無く、人間世界の方から迂回してきたという事か」
するとシルキィはぎくりと身を固くして。
その仕草の意味を理解していたのか、カミーラは端正な口元を僅かに曲げた。
「……成る程、確かにこれは盲点だ。人間共が侵攻してくるなど普通は考えないからな。このルートは現状全くの未警戒……それどころかケイブリスはホーネット派が人間と手を組んだ事すら知らないはずだ。となるとシルキィ、お前がここにいるのはホーネット派としての侵攻の下見といった所か?」
「……どうかしらね」
顔や言葉にこそ出さなかったものの、シルキィは心中で「あーあー……」と呟いていた。
懸念していた通り、自分達の姿を見られた事でケイブリス派にそれを知られてしまった。ゼス国から西に進む西進ルート、それは警戒されていないからこそ生きるルート、つまりこうしてカミーラに知られてしまった以上もはや使う事は出来ない。
実際に実行可能だったかはとにかく、城に持ち帰ってホーネットと相談するだけの価値はあったのにと、内心少し気落ちするシルキィの一方。
「……そうか、しかしそうなると……」
ランス達が自分の城を訪れてきた、それも現状ケイブリスが警戒していないルートを通って。
更にそれが
「なぁカミーラ。前にも言った事だがケイブリス派なんぞ辞めて俺様に協力せんか? 確かお前はケイブリスに狙われていたはずだし、そう悪い話ではないだろう」
「……協力だと? ランス、貴様は私をホーネット派に勧誘しに来たのか?」
「それも込みって事だ。この際言うがどうせケイブリス派は負ける。これは断言してやる。最終的には俺様が絶対に勝つのだから、負けると決まってる方に付くなんぞバカらしいと思わんか?」
ランスはカミーラを退治しに来た訳ではない。ならば敵対する理由も無く、敵対していないのならばいっそ協力関係になった方がお得である。
美人を敵側に置いておくのも忍びないし、勿論ホーネット派としても益がある。そして何より仲間になれれば、この先セックスのチャンスだって今より大幅に広がるはず。
そんな打算からの勧誘の言葉に、この時カミーラの表情が変わった。バカらしいとまで言い切るその言葉に少し関心が湧いていた。
「……絶対に勝つ、か。ケイブリスの力をろくに知りもせぬくせして強気なものだな」
「いや知ってる。知ってるからこそ言えるのだ。俺様が絶対に勝つってな」
「……ほう?」
絶対に勝つ。その言葉の裏側に見える確信、確かな自信がある故の断言。
ケイブリスとは四千年以上も昔からの関係となるカミーラ、そんな彼女でさえも知らない、魔人ケイブリスが秘める本当の実力。
それを知っているのはこの世界でただ一人、過去に一度それに勝利してきたランスだけで。
「……ランス。貴様は本気であのケイブリスと戦うつもりか。そして勝つつもりなのか」
「当たり前だろ、俺様はどんな時でも本気だ。だからカミーラ、お前も協力しろ」
「………………」
その男の揺るぎない表情、それを見てカミーラもふとある事を考える。
色々あって覇気が落ちた今の彼女にとってもはや派閥戦争など興味無い。いやそもそも興味など無かったと言うべきか、どちらの派閥が勝とうが正直な所どうだっていい。
しかしこの男は自分に多くの屈辱を与えた男。そんな男の言葉に頷くなど、そしてあのいけすかないホーネットに協力するなど、とてもではないがプライドが許さない。
(……しかし)
なのだが、それでも今のカミーラはもうひとつ別の厄介な問題を抱えていた。
そのどちらも気に食わないのは確かなのだが、ギリギリの線で今は
協力などしてやるつもりはないが、しかし自らの目的の為に利用するのならば。
「そうだな……分かった。……良いぞ、ランス。貴様に協力してやっても」
「えっ!?」
「お、マジか!」
とある思惑の下、カミーラが告げた受諾の言葉。
それにシルキィは目を大きく見開いて驚き、ランスはその顔に喜色を浮かべた。
「がははは、何でも言ってみるもんだなぁ! そんじゃカミーラ、お前も魔王城に──」
「いや、私はここを動かぬ。そして戦いなどと面倒な事もせぬ。……だがお前達が人間界方面からミダラナツリーを通過しての侵攻を行うのならば、その際は見て見ぬ振りをしてやろう」
「それって……私達にミダラナツリーを素通りさせてくれるって事?」
「あぁそうだ。そうなればお前達にとって残るは本拠地タンザモンザツリーのみ。あそこに元居た兵達は大半がカスケード・バウの方へと移動させられているから、タンザモンザツリーまで辿り着きさえすれば制圧など容易だろう」
「それは……」
それは間違っていない、シルキィはそう感じた。
ケイブリスにとって重要なのはカスケード・バウの守備であって、東側の守備はミダラナツリーに残る兵とカミーラに一任しているはず。
ホーネット派が人間世界を迂回して侵攻してくるなどとは普通思わないし、加えてカミーラと結託しているなどとは到底思わないだろう。
だからこの作戦が実現したらこれ以上無い奇襲となる。そう考えるとカミーラの協力には大きな価値があるのだが、しかし不可解なのはその態度、自分達に協力をすると言うその真意。
「……確かにそうなったら私達にとっては有り難い話かもね。けれど……ねぇカミーラ、それって何の対価も無しって話じゃないわよね?」
「察しが良いな、シルキィ。その通り、協力するに当たって一つだけ条件がある」
「条件?」
「あぁ。……なに、簡単な事だ」
そこで一度言葉を区切ったカミーラは、その思惑を隠すかのように軽く目線を外して。
「この派閥戦争をあと3ヶ月……いや、あと2ヶ月以内に終わらせろ。それが協力してやる条件だ」
「あん? 派閥戦争を終わらせろって事は……あと2ヶ月でケイブリスの野郎を倒せって事か?」
「そうなるな。なに、先程言った手を使えば決して不可能では無いはずだ」
「それはそうかもしれないけど……でも、2ヶ月って……」
カミーラが突き付けた条件、それはあと二ヶ月というタイムリミット。
確かに本拠地への奇襲が成功すれば早期決着も不可能な話ではない。その全ての準備期間を含めても2ヶ月あれば事足りるだろう。
けれども依然としてその真意は読めない。あと二ヶ月で派閥戦争が終わる事、それは所属するケイブリス派を裏切って、嫌っていたホーネット派に協力する見返りとして価値のあるものなのか。
「カミーラ……どういうつもり? どうしてそんな条件を付ける必要があるの?」
「……別に、大した理由など無い。ただ今の状況に飽いただけだ」
「飽いた?」
「あぁ、今の魔物界は騒がしくて敵わん。私は派閥戦争の勝者などどちらでもいい。とにかく早く戦争を終わらせて元の静かな魔物界に……その為なら少しだけ手を貸してやる」
「そんな理由で? けど貴女が──むぐっ」
「シルキィちゃん、そこまで」
シルキィが更なる追求をしようとした時、その口をランスが片手で押さえて黙らせる。
そしてもう片手の人差し指をビシッと、カミーラに向けて勢い良く突き付けた。
「良いだろう、乗ったぞカミーラ! 俺様も派閥戦争なんぞもうとっくに飽きていた所だ、あと2ヶ月でパパっとケリを付けてやる!」
「……ちょ、ちょっとランスさん、そういう事はホーネット様に相談してからじゃないと……!」
「相談なんぞ必要なーし! だってこっちから侵攻すりゃ本拠地まで一本道だろ? ならもう残すは本拠地制圧、んで最終決戦のみじゃねーか。んなもん2ヶ月も掛からんっての!」
とっととケイブリスをぶっ殺したるわ! とランスはそれはもう豪快に笑って。
「俺はあと2ヶ月で派閥戦争を終らせる。だからお前はその協力をする。そういう約束をするって事でいいんだな?」
「あぁそうだ。約束しよう」
この日初めてカミーラの方も、ランスに向けて口の端を僅かに曲げた。
◇ ◇ ◇
こうしてランスとシルキィは魔人四天王カミーラと密約を交わした。
それにより進展の見えなかったカスケード・バウ攻略、あるいは死の大地攻略。これまで難関と思われてきた敵本拠地への侵攻について、ここにきて別方向からの明確な光が差し込んだ。
挑むは西進ルート、期限は2ヶ月以内。
派閥の主であるホーネットにも内緒で、最終決戦への道程が勝手に決定した。
そしてその後すぐに二人はカミーラ城をお暇し、そんなこんなで魔王城への帰り道。
「……なんか、話が終わったらパパっと追い出されちまったな」
「それは間違いなくランスさんが悪いわね。なら協力の証にセックスでもしようぜがははー、……なんて言い出さなきゃ、もしかしたら一泊ぐらいは停めてくれたかもしれないのに」
「ぬぅ。やはりセックスは難しかったか。でも結果的にはここにまで来た甲斐があったじゃないか。なぁシルキィちゃん」
「……まぁね。カミーラから一時的な協力を取り付られた事は大きいかもしれないわね」
最大の目的こそ叶わなかったが、派閥戦争を勝利する為の大きな足掛かりを掴めた。
その事に上機嫌のランスの一方、隣を歩くシルキィはずっと難しい顔をしていて。
「……けどねぇ。協力とは言っても、カミーラの言葉をどれだけ信用して良いものやら……」
「あいつが俺達を騙しているかもってか? 大丈夫だって。あいつはそんな事でウソを吐くようなヤツじゃないだろ」
「……ま、それはそうかもね。カミーラは誰よりもプライドが高いような魔人だし」
自尊心の強いあの魔人の事、虚言でもって自分達を罠に陥れようとはしないだろう。そこまでして自分達の命を奪いたいのなら、先程自らの手でそうしているはずだ。
それはシルキィも同意する所だったのだが、それでも気になるのは協力への対価について。
「……それにしても、あと2ヶ月以内に……っていうのはどういう理由なのかしら」
「そりゃ本人が言ってた通り、戦争続きの魔物界に飽きたって事じゃねーの?」
「……けど、そんな理由であのカミーラがホーネット派に協力なんてするかな……」
うーん、と唸るシルキィだったが、結局その謎が解ける事は無かった。
それはある意味とても馬鹿馬鹿しくて、しかし当人にとってはとても煩わしい切実な問題。
カミーラの懸念、それは来年の2月の後半頃。
本日の日付、ランスがカミーラの城を訪れた今日はLP7年の11月の中頃の事で。
つまりその3ヶ月後、カミーラにとって避けられない祝宴、自身の誕生日が迫ってきていた。