ランス(9.5 IF)   作:ぐろり

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おまけ
移動遊園地がやってきた


 

 

 

 

 

 それはLP7年、11月の前半に起きた出来事。

 ランスが魔人達と模擬戦を行い、鬼畜アタックを習得した頃の事。

 

 

「移動遊園地に行くぞ」

 

 それはそんな一言から始まった。

 

「……移動遊園地、ですか?」

「そ。移動遊園地だ」

「……サテラ、なんの事だか分かる?」

「知らない。ランス、移動遊園地とは何だ?」

 

 朝食の席で一緒になったハウゼルとサテラ。

 二人はランスが言う『移動遊園地』なる言葉が何を指すのか分からず、共に小首を傾げる。

 

「移動遊園地ってのはその名の通り、移動する遊園地だ。さっきウルザちゃんに聞いたのだが、今それが番裏の砦付近に来ているらしくてな」

「……移動する遊園地?」

「うむ、あんまし分かってなさそうだな。まぁ詳しい事は行きゃ分かる」

 

 移動遊園地。それは大陸の各地を移動して開催されるテーマパーク。

 ランスも今から二年程前、JAPANで戦っていた頃に移動遊園地で大いに楽しんだ経験がある。

 そして今回、その移動遊園地がヘルマン国西端の境界線、番裏の砦付近に来ている。そんな話を聞いたランスは「せっかくだしあいつらを連れて遊園地に遊びに行くか」と思い至ったのだった。

 

「けどランスさん、番裏の砦付近という事は人間世界という事ですよね? 私達魔人が行くのは問題があると思うのですが……」

「だいじょーぶだいじょーぶ、君らは普通にしてりゃ魔人だなんてバレないって。てな訳でこれからさっそく移動遊園地に遊びに行くぞ」

 

 という事で。

 パパっと朝食を食べ終わり、その後すぐにランス達は移動遊園地へ出発した。

 

 

 

 そして到着。

 

「おぉ、これが移動遊園地か……」

「……凄い、とてもきらびやかな場所ですね……」

 

 入場ゲートを通過すると、広い園内には色々な乗り物や屋台が沢山。

 初めて目にしたテーマパーク、その光景にサテラとハウゼルは興味津々といった面持ちで。

 

「移動遊園地か……さすがにこういった施設は魔物界にはありませんね」

「……そうですね。これはまさしく人間文化というものなのでしょう」

 

 そしてこちらの二人、シルキィとホーネットも似たような表情。

 以上計4名のホーネット派魔人達、今回ランスが一緒に移動遊園地を楽しむメンバーである。

 

「……ところでホーネット様」

「シルキィ、何でしょう」

「本当に今更な質問なのですが……私達はこのような場所に来ていて問題ないのでしょうか?」

「……そうですね」

 

 その指摘には大いに思う所があったのか、ホーネットは深々と瞼を瞑る。

 こうして人間世界のテーマパークに遊びに来てしまった訳なのだが、しかし魔人たる自分達がこの人間世界に、それも『遊びに来た』なんて理由で訪れてよいものか。

 そしてなにより問題なのは、この遊園地に共に来る事となったお馴染みの面々。

 

「……知っての通り今は戦時中、私達にはケイブリス派と戦う使命があります。にもかかわらず派閥の頭首たる私やシルキィ、そしてサテラ、ハウゼルといった重要な戦力が同時に魔王城を離れ、その理由が事もあろうに遊びに来たなどとは……」

「……どう考えてもマズいですよね?」

「……えぇ。少なくとも前代未聞である事は確かでしょうね」

 

 戦時下において、ホーネット派魔人4人一緒での遊園地など問題が無いはずがない。

 あくまでそう前置きをした上で。

 

「……ですが……まぁ、たまには良いのではないですか?」

 

 そう呟くホーネットの顔は我関せずというか、投げやりになっているような表情で。

 

(……あぁ、ホーネット様……これはきっと考えるのを諦めてるわね……)

 

 恐らくランスの強引さに負けたというか、何を言っても無駄だと悟ったのだろう。

 シルキィはそんな事を思ったが、気配りの出来る彼女はその想いを胸の中だけに留めた。

 

「よーし、んじゃあさっそく遊ぶか! さーて、まずはどれから行こっかな……」

 

 そんな二人の心中など意に介さず、ランスは遊園地へと目を向ける。

 するとその時、頭の中にはパッと4つ分の選択肢が浮かんで。

 

 ・サテラと遊ぶ。

 ・ハウゼルと遊ぶ。

 ・シルキィと遊ぶ。

 ・ホーネットと遊ぶ。

 

「……ふむ」

 

 そして選んだのは。

 

 

 

 

 

 →サテラと遊ぶ。

 

「よし、ここに入るぞ」

「……なんだかボロっちい場所だな。ランス、ここは何をする所なんだ?」

「ここはおばけ屋敷だな。ボロっちいのはそういうふうに見えるような造りってだけだ」

 

 二人がやってきたのは園内にある施設の一つ、おばけ屋敷。

 おばけや幽霊などの存在を巧みに演出し、一時の恐怖体験を楽しめるアトラクションである。

 

「……おばけ屋敷か。聞いた事はあるような気がするが、こうして体験するのは初めてだな」

 

 古びた洋館チックな建物はおどろおどろしい雰囲気を醸し出しており、今回がおばけ屋敷初体験となるサテラは自然とその身体を固くする。

 

「さーて、どんなもんかなーっと……おぉ、中に入ったら急に真っ暗だな」

「ほんとだ……前が殆ど見えないぞ」

 

 建物の中に入るや否や周囲は闇に包まれ、それっぽい雰囲気は更に強まる。

 暗闇の中で不気味に発火する青い炎や、ひゅ~どろどろ~といった感じのBGMなど、恐怖心を煽る演出効果が至る所でされていて。

 

「……う。なんか……結構本格的だな……」

 

 もしやここは本当におばけが出るんじゃないか。

 い、いやいやまさか、おばけなんてそんな馬鹿馬鹿しい話が。

 みたいな事をサテラが一瞬考えた、ちょうとそのタイミングで。

 

「──ひぃ!」

 

 ピタッ、と。

 天井から釣り糸でぶら下げられていたこんにゃくがその頬に触れた。

 

「な、なんか触った、何か触ったーー!」

「なんか? なんかって何だ」

「知らない! けどなんか、ぶにぶにしたものがサテラのほっぺたに当たったー!」

 

 それは生き物の舌の感触か。あるいは幽霊の手のひらに撫でられたのか。

 何が自分の頬を掠めたのか。答えが分からないサテラはきゃーきゃーと騒ぐ。

 

「う、うぅ……なんかいる、なんかがいる……!」

 

 そして恐怖心に押されたのか、思わずといった感じでランスの二の腕をぎゅっと掴んだ。

 

「どうしたサテラ。お前さては怖いのか? 怖いのだな?」

「べ、別にそういう訳じゃない! ただその、暗いから、ランスがはぐれないようにと……」

「下手な言い訳はよしたまえ。そーかそーか、サテラちゃんはおばけ屋敷が怖いのか」

「怖くないっ! こんな子供騙し、サテラには通用しないからな!」

 

 ふんっ、とそっぽを向くサテラ。

 だがその言葉とは裏腹に、先程までよりも明らかに距離を寄せてきていて。

 その仕草の意味は明白、心細そうなサテラの様子を目にしたランスは、

 

「……にぃ」

 

 と、いたずらっ子のような笑みを浮かべて。

 

「まったく……大体な、サテラは魔人だぞ。魔人がこんなものを怖がる訳が──」

「ぎゃーーーー!!」

 

 突然ランスが大声で叫んだ。

 

「わーーーーっ!」

 

 打てば響くというべきか、つられてサテラも今日一番の絶叫を上げる。

 驚きのあまりぴょんと跳ねたと思いきや、そのまま勢い余って後ろにこてんと倒れた。

 

「な、な、な……!」

「がははは、ひっくり返ってやーんの!」

 

 尻もちを付いて放心中のサテラ、そこにランスの容赦無いがはは笑いが届く。

 

「……ら、らんす、お前ぇ……っ!」

 

 してやられた事に気付いたのか、サテラはその目を怒りに吊り上げる。

 そしてすぐ立ち上がろうとしたのだが、その足は生まれたてのうしの如くぷるぷる震えていて。

 

「……あ、あれ? う、いしょ……あれれ?」

「どした?」

「……ら、ランス、どうしよう、立てない……」

 

 身体が思い通りに動いてくれないのか、ランスを見上げながらサテラは泣きそうな声で呟く。

 

「まさか腰を抜かしたのか? サテラ、お前それでも魔人かよ……」

「う、うううるさいっ! 元はと言えばランスのせいじゃないか!」

 

 お前がぎゃーとか騒ぐからいけないんだっ! 

 と必死の抗議をするが、相変わらずサテラは地べたにぺたんと座ったまま。

 天下の魔人の姿としては何とも情けない格好に、呆れ顔のランスもやれやれと腰を下ろす。

 

「しゃーないな。ほれ、特別におぶってやろう」

「……む」

 

 目の前に下りてきた背中。ランスの大きな背中。

 それに一瞬躊躇したサテラも、やがておずおずとその肩に両手を回す。

 

「……ふん、特別じゃなくて普通の事だ。なんたってサテラはランスの主なんだからな」

「主ねぇ。主だったら使徒におんぶされるのはカッコ悪いと思うぞ?」

「う……うるさいっ」

 

 口に出す言葉こそそっけないながらも、サテラはその背中にぎゅっと抱きつく。

 するとその胸の鼓動が。先程までの恐怖体験とは少し異なるドキドキに変わって。

 

「よっこいせ。……えーと、出口はどっちだ?」

「あっちじゃないか? ほら、なんかぼんやりとした光が見える」

「……なんか怪しくないか? あれって近付いたら驚かしてくるやつじゃねーだろうな」

 

 その後ランスはサテラを背負ったまま、共にわーきゃー騒ぎながらおばけ屋敷を探索した。

 

 

 

 

 

 →ハウゼルと遊ぶ。

 

「よし、次はここだ」

「大きなカップが沢山ありますね……ランスさん、これはどういったものなのですか?」

「これはコーヒーカップだな。このカップの中に入ってぐるぐる回るのだ」

 

 二人がやってきたのは園内にある施設の一つ、コーヒーカップ。

 回転するカップに乗り込み、その回転の勢いを楽しむアトラクションである。

 

「さて、んじゃ一緒に乗るか」

「はい。……ここに入れば良いのですよね?」

「そうだ。ほれ、カップの中に椅子があるだろう」

「あ、ありますね。……それにしても、こんなに大きなカップの中に入るというのは不思議な感じがしますね。何だか自分が小さくなったみたいです」

 

 二人は一番近くにあったカップに乗り込む。

 席に腰を下ろしてドアを閉じると、ハウゼルが気になったのは目の前にある丸いハンドル。

 

「ランスさん、この円盤はなんでしょうか?」

「その円盤でこのカップの操作が出来る。それを回すとカップ自体も一緒に回る仕組みなのだ。ハウゼルちゃんはコーヒーカップに乗るの初めてだろ? 今回は君の好きに回していいぞ」

「分かりました。これを回せば良いのですね?」

 

 初めてとなるコーヒーカップに内心ちょっとドキドキ気分、ハウゼルは円盤をしっかりと握って。

 その時ちょうどぴるぴるぴる……と、乗り物が動き出す合図のベルが鳴り響いた。

 

「よしスタートだ! さぁ回せハウゼルちゃん!」

「はい!」

 

 スタートと共に勢い良くハンドルを回す。

 するとその回転に合わせるように、二人が乗るカップも勢い良く回り始める。

 

「おぉーっ、こりゃ凄いスピードだ、さすが魔人パワー……」

 

 その速度はあっという間に最大速度へ。

 感心するランスの目に映るもの、遊園地の景色がびゅんびゅんと高速回転していく。

 

「本当ですね、確かに凄いスピード……」

 

 そしてランスと同じように、ハウゼルもその速度を楽し……もうとしていたのだが。

 

「……あっ」

 

 突然何かに気付いたように声を上げた。

 

「……ら、ランスさん、これは……これはちょっと、わたし、駄目かもしれません……」

「駄目って……まさかもうくらくらするのか?」

「……はい、くらくらというか……なんか、頭の中が揺れて……」

 

 顔を顰めたまま額に手を当てるハウゼル。

 どうやらカップの勢いにやられたのか、その顔色からは既に血の気が引いていた。

 

「なら回転を緩めりゃいい。ハウゼルちゃん、もっとゆっくり円盤を回せ」

「そうですね、ゆっくり……」

 

 ランスに言われた通り、ハウゼルはハンドルを回す勢いを弱める。

 するとカップの勢いも弱まり、目に入る景色もなんとか見れるものに変わっていく。

 

「そうそう、そんな感じで……ふむ、これぐらいの速さなら良いんじゃないか?」

「……いえ、まだちょっとキツいです……もう少しゆっくり……」

 

 ハウゼルはハンドルを回す勢いを更に弱める。

 するとカップの勢いも更に弱まり、目に入る景色も普通に見ていられるものに変わる。

 

「ふむ、この速さならさすがに大丈夫だろ」

「……いえ、これでもまだ速いような……」

「え、これでも駄目か? てかハウゼルちゃん、きみ戦っている時はこんな回転なんぞ目じゃないぐらいそりゃもう激しく飛び回っているではないか」

「はい……自分で飛んでいる分には気にならないんですけど……けれどこういうのはなんか……」

 

 自分の意思で飛び回る感触と、誰かに回される感触は全くの別物らしく。

 ハウゼルは弱々しく呟きながらも、ハンドルを回す勢いを更に更に弱めて。

 

「これくらいなら……なんとか……」

「……ぬぅ。なんだかもう回ってるような気がしないのだが……」

 

 ゆるゆるゆる~っと、とてもゆっくり目で二人の乗るカップが回る。

 ランスからしたらもはやコーヒーカップの醍醐味ゼロなのだが、そんな緩やかな速度の中でもハウゼルはくったりしていた。

 

「……うぅ、くらくらします……」

「大丈夫か? ほれ、なーでなで」

「……ありがとうございます、ランスさん……」

 

 殆ど回転を感じさせないカップの中、ランスはハウゼルの背中を優しく擦る。

 

「けれどもハウゼルちゃん……君はこの程度の回転でもアカンのか」

「……はい、どうやらそうみたいです」

 

 こういうアトラクションに慣れていないからか、あるいは単に三半規管が弱すぎるのか。

 ハンドルに身体を預けてうずくまるハウゼル、コーヒーカップにすら敗北を喫した悲しき魔人の姿をランスも切ない眼差しで見つめる。

 

「……そういやぁ、前に一緒に飲んだお酒も君はダメダメだったな」

「……そうですね、あれも駄目でしたね、私」

「なんつーか……むしろ君は一体何にだったら強いんだろうな」

「……な、何でしょうかね……」

 

 自分が勝てるものがあるのか分からない。

 そんな哀しいセリフを呟くハウゼルはカップから下りた後も青白い顔色のままで。

 その後彼女の気分が回復するまで、ランスは昼食休憩を取る事にした。

 

 

 

 

 

 →シルキィと遊ぶ。

 

「……わぁ、結構高くまで登るのね……なんかドキドキしてきちゃった……!」

 

 カタカタと無機質な音を響かせながら、コースターは上へ上へと登っていって。

 そして頂上へと辿り着き、そこから一気に落下。

 

「……きゃーーーっ!!」

 

 コースターは線路上を高速で駆け抜け、途中でぐるりと縦方向に一回転。

 

「わぁーーー!!」

 

 縦横無尽に振り回される中、シルキィは悲鳴を上げながらもとても楽しそうな表情で。

 程なくしてコースターの勢いが弱まり、出発地点まで戻ってきた。

 

「ふーっ、結構なスピードだったな」

「ね! ね! こんなに速いなんてびっくりしちゃった! あはははっ!」

 

 二人が楽しんでいたのは園内にある施設の一つ、ジェットコースター。

 いわゆる絶叫マシンであり、遊園地の目玉とも言えるアトラクションである。

 

「どうだ、楽しかったか……って、その様子じゃ聞くまでもないな」

「うん! 凄く楽しかったっ! ジェットコースターってすごく楽しい乗り物なのね!」

「そかそか、そりゃ良かった。けどさすがシルキィちゃん、ジェットコースターも問題無しか」

 

 おばけ屋敷で腰を抜かすサテラや、コーヒーカップで目を回すハウゼルと比べて、魔人四天王たる彼女はやはり胆力が違うのか。

 シルキィは初めて乗ったジェットコースターを怖がるどころか大興奮。まるで外見相応の子供のようにその赤色の目をきらきら輝かせていた。

 

「んじゃ次は何処行くかな……シルキィちゃん、何か乗りたいもんあるか?」

「そうねぇ……あ、それじゃあこのメリーゴーランドっていうのは?」

「メリーゴーランドか……あれは俺様のような男が乗るのはちょっとな……なんならもう一回ジェットコースターに乗るか?」

「あ、良いわねそれ! もう一回乗りたい!」 

 

 施設案内の書かれたパンフレットを眺めながら、二人が次の目的地を選んでいたその時。

 

「……っておい、それ……」

 

 ランスはある事に気付き、その魔人の胸元をぴっと指差す。

 

「シルキィちゃん、きみポロリしとるぞ」

「ポロリ?」

「ほら、胸のそれ、取れてる取れてる」

「え? あ……ほんとだ……」

 

 シルキィも自分の胸元に視線を向ける。

 するとその慎ましやかな胸に貼り付いていた彼女の私服、布一枚の胸当てがぺろっと剥がれ、隠されるべきその乳首が見事にポロリしていた。

 

「ジェットコースターに乗ってる時に取れちゃったのね……って、あれ? ん……あれ?」

 

 シルキィは胸当てを定位置に戻そうと格闘するものの、しかしすぐにぺろっと剥がれてしまう。

 どうやらジェットコースターに振り回された際の重力、あるいは風圧などによって布自体がヘタってしまったらしく、もはや下着としての役割すら果たさないただの布切れと化していた。

 

「どした?」

「……うーん、駄目だわ。なんかくっつかなくなっちゃったみたい」

 

 どうしよ、困ったわね……と、シルキィはあまり困ってなさそうな声色で呟く。

 

「こんな格好で園内を歩くなんて見苦しいわよね、何か着るものはないかしら」

「服なら屋台に売ってると思うぞ。見に行くか?」

「そうね、そうしましょう」

 

 という事で二人はシルキィの服探しへ。

 そこかしこにある屋台を次々に見て回った所、目的のお店はすぐに見つかった。

 

「お、ここに服が売っとるぞ」

「本当だ。……そうね、どれにしようかな……」

 

 そこは移動遊園地をモチーフにしたデザインの服屋、というかおみやげ屋らしく、さすがに下着こそ無いもののTシャツやパーカーなど、とりあえず胸元が隠せそうな服が色々売られていて。

 

「……ふむ。シルキィちゃん、これなんか良いんじゃないか?」

「えっ」

 

 そんな中からランスが選んだ服。

 それは上下セットの装い、肩からスカートの先までふりふりヒラヒラが沢山付けられている服。

 それはシルキィがまず着る事の無い衣装、とても可愛いデザインのお姫様ドレス。

 

「……ちょっと待ってランスさん、よりにもよってどうしてそれなの?」

「だってシルキィちゃんってちっこいし、こういうの似合いそうじゃないか」

「似合わないから! そんな可愛いらしい格好、私には絶対似合わないからっ!」

「似合うって。よしこれに決定。店員さーん、これくださーい」

「あぁっ! ちょっと勝手にー!」

 

 まさかのチョイス、まさかのお姫様ドレスに悲鳴を上げるシルキィ。

 けれども彼女は魔物界で暮らす魔人、つまり人間世界の通貨を全く所持していない。

 故に園内ではランスの言う事が絶対、ランスが着ろと購入したものを着るしか無いのである。

 

 その結果。

 

「……う、うぅ~……!」

 

 実に恥ずかしそうに身をよじり、真っ赤な顔で唸るシルキィ。

 その身体には新調した一式、やむなく着る羽目になったふりふりヒラヒラのお姫様ドレスが。

 

「おぉ。やっぱり似合ってるじゃないか。うむ、可愛い可愛い」

「こんなの似合ってないぃ~……、可愛くなんてないからぁ~……!」

 

 絶叫マシンをものともしない胆力があっても、可愛い格好だけは耐えられない。

 そんなシルキィはランスの身体に隠れるかのようにその身をぴたりと密着させていて。

 

「よーし、次のアトラクションに行くぞ」

「ちょ、ちょっと待ってぇ~……!」

 

 その後他の場所へ移動する度、シルキィはずっとランスにくっついたままであった。

 

 

 

 

 

 →ホーネットと遊ぶ。

 

「よし、最後はここだ」

「随分と大きい乗り物ですね。これは何ですか?」

「これは観覧車だな。あのゴンドラに乗ってぐるりと一周するのだ」

 

 二人がやってきたのは園内にある施設の一つ、観覧車。

 ゆっくりと回るゴンドラに乗って、高所からの眺めを楽しむアトラクションである。

 

「成る程。これは景色を楽しむものなのですね」

「そ。そろそろ夕暮れだしな、きっとヘルマンの良い景色が見られるだろう」

「そうですね。では乗りましょうか」

 

 二人は同じゴンドラへ乗り込む。

 するとゆっくりゆっくり観覧車が回転して、ゆっくりゆっくりゴンドラが上昇していく。

 

「おぉ、動いた動いた」

「ランス、立っているのは危険ですよ。観覧車が動いている間は席に座るようにとアナウンスがあったでしょう」

「へーへー、全く真面目なヤツめ……」

 

 手狭な作りのゴンドラ内、二人は向かい合わせになって席に座る。

 その間もゆっくりゆっくり、どんどんゴンドラは上昇していく。 

 

「外から見ていても思いましたが……これは園内にある他の乗り物とは少し趣が違うというか、随分と緩やかに動く乗り物なのですね」

「そーだな。観覧車はゆっくり動くのだ。もしかして退屈か?」

 

 ランスがそう尋ねると、ホーネットは首を左右に振って。

 

「……いえ。こういうゆったりとした時間は……嫌いではありません」

「そか」

「……えぇ」

 

 そして彼女は窓の外、ヘルマンの銀世界の景色へとその視線を向ける。

 ちょうど日が落ちてきた頃合い、白一色の景色に朱色の光が差し込む様はとても幻想的で。

 

「……綺麗、ですね。こういった光景は人間世界でしか見られません」

「確かにな。魔物界はどこも暗いし、空なんかもずっと不気味な色をしとるからな」

「そうですね、一説によると魔王の力による影響なのだそうですが……だとするとこの景色は魔人筆頭の私には縁遠いもの、本当なら見る事の無かった景色なのでしょうね」

 

 魔王が住まう地は魔王の影響により、周辺環境が禍々しく変化していく。

 故にこの美しい光景は魔王の居ない地、人間世界でしか見る事の出来ないもの。

 魔物界で生まれて魔物界で育ち、魔王に仕える魔人筆頭となったホーネットにとって、初めて見たそれは目を細めてしまう程に美しい光景で。

 

「……不思議な気分です。今もまだ派閥戦争は続いているというのに、私は本来居るべき魔王城を離れて人間世界に赴き、今こうして景色などにうつつを抜かして……」

「ホーネット。お前が真面目なヤツだって事は分かっとるがな、ほんの一日ぐらい遊園地で遊んだってバチは当たらねーって。そんなふうに気に病む事じゃないだろう」

「……いえ。気に病むどころかむしろ……不思議と心は穏やかなのです。もっとこの景色を眺めていたい……と、そう思ってしまいます」

 

 それに、とホーネットは呟いて。

 

「………………」

「……ん?」

「……いえ。観覧車とは悪くないものだと、そう思いまして」

 

 窓の外には息を飲む程に美しい景色。

 そこから少し視線を外してみれば、すぐそばには彼がいて。

 

 ホーネット派の主として、ホーネットはこれまで自身の感情よりも使命を最優先にしてきた。

 けれども観覧車のゴンドラの中、今一時だけはそういったものを気にしないでいられるのか、その顔は先の言葉通り本当に穏やかな表情で。

 

「……こんな時間が、ずっと──」

 

 そして自然と呟いた言葉。心の奥底に隠しているはずの想い。

 それを零した事に気付いているのかどうか、ホーネットはじっと窓の外を眩しそうに眺める。

 

「……む」

 

 その横顔を見ていると。

 もう見慣れたはずの相手なのだが、それでもランスは初めて見た時と同じ感想を抱いてしまう。

 

「……ぬぅ、やっぱキレイだな」

「……えぇ、とても綺麗です」

「いや、そっちじゃなくて……よっと」

 

 するとランスは椅子から立ち上がる。

 そして座る位置を変えると、すぐ隣にあるその肩に手を回す。

 

「これはちょっとした余談なのだがな、この観覧車っつーアトラクションは特にカップルで乗る事が多いのだ。その理由が分かるか?」

「……察するに、一時的に外部と遮断された二人だけの空間となるから、でしょうか」

「まぁそんな所だ。だからこう……」

 

 ランスはホーネットの顎をそっと押さえ、自らの方へと振り向かせる。

 

「……何ですか?」

「なぁホーネット、じゃあカップルが観覧車の中でする事と言ったら何か分かるか?」

「……さぁ」

「お、分からんか。なら俺様が教えてやろう」

 

 そしてランスが近付いてくる。

 ホーネットは避けようとしなかった。

 

 

 

 

 

 そして。

 

「いやー、楽しんだ楽しんだ」

 

 時刻は夜。完全に日も落ちた頃合い。

 各自思い思いに遊園地を楽しんで、そろそろ帰りの時間である。

 

「……遊園地か。まぁなんだ、結構その……楽しかったな」

「そうね。良い気分転換になったというか……凄くリフレッシュ出来た気分」

「えぇ、そうですね。……ところでシルキィ、その格好はどうしたの?」

「うっ、……ハウゼル、お願いだからその事には触れないで」

 

 サテラ、シルキィ、ハウゼルが初めて楽しんだ遊園地への感想を述べる中。

 

「……けど、なんか妙だな」

「……ランス?」

 

 ランスがぽつりと呟いたそのセリフに、ホーネットが反応した。

 

「どうしました? なにが妙なのですか?」

「いやな、なんだか今回の移動遊園地は……楽しい事ばっかりじゃないか?」

「……それはどういう……楽しい事ばかりだと何か問題でもあるのですか?」

「問題があるっつー訳じゃねーんだが……」

 

 今日は一日とても楽しかった。

 そりゃもう大層楽しかったのだが、しかしここは移動遊園地。

 ランスは過去の体験から何か感じるのか、その顔は楽しい一日の終わりには似合わない仏頂面で。

 

「この移動遊園地っつー場所はな。必ず1つ2つはおかしな選択肢が混じってるものなのだ」

「……選択肢、ですか?」

「いや、選択肢っつーか、なんかこう……『あれ? 俺様なんでコイツと一緒に遊んでんだろ?』みたいな気分にさせる相手っつーか、そいつを選んでしまうチョイスっつーか……」

「…………?」

 

 ランスの言葉はさっぱり要領を得ず、ホーネットは内心その首を傾げる。

 するとその時、近くに居たシルキィ達が何かに気付いて声を上げた。

 

「……ねぇ、あれってメガラスじゃない?」

「あ、本当だ。メガラスが飛んで来てる。緊急の連絡かなにかかな?」

 

 暗闇の空を指差すシルキィとサテラ。

 その指の先には高速で近付いてくる存在、共に戦う仲間である魔人メガラスの姿が。

 

「──来やがったかっ!?」

 

 するとランスは露骨な程の反応を見せる。

 そんな彼をよそに、やがて一行の前にメガラスが下り立った。

 

「………………」

「メガラス、どうしました? 魔王城に何かあったのですか?」

「………………」

「……え、報告に? あぁ、そうですね……えぇ、分かりました。問題が無いのなら構いません」

 

 相変わらず無言の魔人メガラス。ホーネットがその沈黙から読み取った内容によると、どうやらメガラスはカスケード・バウの偵察任務を完了し、その報告にと魔王城に戻ってきたらしい。

 しかし城内にホーネット他魔人達が居ないのを不審に思い、事情を知る者から話を聞き、こうして移動遊園地までやってきたとの事だ。

 

 しかしどうだろう。メガラスの報告は「カスケード・バウの様子は一週間前と変わらず」というもので、緊急性のある報告にはとても思えない。

 わざわざこちらへ来ずとも、城で一行の帰りを待っていれば良かったのではないだろうか。

 

 それなのにメガラスは手間を掛け、こうして移動遊園地までホーネット達を探しにきている。

 ランスからしたらその行動も大いに不審というか、何らかの力を感じずにはいられないもので。

 

「手間を掛けさせましたね。では魔王城に戻りましょうか……メガラス?」

「………………」

 

 そして、案の定と言うか何と言うか。

 その魔人は初めて訪れる事となったテーマパークに興味を抱いたらしく。

 

「………………」

 

 メガラスは表情の読めない目でただ一点をじっと見つめる。

 その視線の先にあるもの、それはネオンライト輝くメリーゴーランド。

 

「……メガラス、もしかしてそれに乗りたいの?」

「………………」

 

 シルキィから声を掛けられても、メガラスは相変わらずの沈黙のまま。

 そして何故か、本当に何故か分からないのだが、突然ランスの方に振り向いた。

 

「………………」

「……おい、どうして俺様の事を見るのだ」

「………………」

 

 ひたすら無言を貫いたまま、メガラスはただただじっとランスの事を見つめてくる。

 

「………………」

「………………」

 

 何故自分なのか。ランスにはどれだけ考えてみてもさっぱり分からない。

 あるいはそれはやはり運命力というか、なにか不思議な力によって強制されているのか。

 それが証拠にランスの脳内にも、通常ならばあり得ないはずの選択肢が浮かんできて。

 

 ──そして。

 

 

 →メガラスと遊ぶ。

 

「……一緒に乗るか?」

「………………」

 

 何故か呟いてしまったそのお誘い文句に、魔人メガラスはこくりと頷いた。

 

 

 

 

 

 そして回る。メリーゴーランドが回る。

 

「……あぁ、分からん……」

「………………」

「……本当に分からん。何故俺様はこいつと一緒にメリーゴーランドに乗っているのだ……」

 

 上下に動く木馬に跨るランスともう一人、すぐ隣の木馬には魔人メガラスの姿。

 先程シルキィに言った通り、そもそもメリーゴーランドとは大の男はあまり乗らない乗り物。

 それが何故か男二人で、何故かこの魔人と。ランスにはもう分からない事だらけである。

 

「……なんだか不思議な光景だな」

「そうですね。ランスさんとあのメガラスが一緒にメリーゴーランドを……」

「あの二人……意外と仲良しだったのかしら」

「……どうでしょう。ランスは複雑な顔をしているようにも見えますが……」

 

 サテラ、ハウゼル、シルキィ、そしてホーネットに見守られる中。

 ランスとメガラスはしばしメリーゴーランドを楽しんで。

 

「………………」

「おい」

「………………」

「おい。こんな時ぐらいなんか喋れよ」

「……楽しい」

「そ、そうか。それは良かった…………のか?」

 

 ランスはメガラスとちょっとだけ仲良くなった。

 

 

 

 

 

 


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