ランス(9.5 IF)   作:ぐろり

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決戦準備③

 

 

 

 大陸の西、魔物蔓延る魔物界の地。

 その地でLP1年より、以降7年間に渡って繰り広げられてきた戦争、派閥戦争。

 その何度目かとなる両派閥の衝突の足音が──最終決戦となる戦の足音が魔物界を揺らす。

 

 進撃するのはケイブリス派。

 その全軍を挙げての大侵攻、それはこれまで一度たりとも実現しなかった事。

 派閥の主の大号令に急き立てられるかの如く、その準備が猛スピードで行われて。

 

 一方それを迎え撃つホーネット派。こちらも防戦の準備が着々と進められる。

 戦場となる大荒野カスケード・バウに一番近い魔界都市、ビューティツリーに集結する防衛戦力は派閥のほぼ全軍に近い規模。百万に近い魔物兵達の上に5名にも及ぶ魔人が君臨する。

 

 そして防衛戦力には含まれない僅かな面々。それは人間世界を迂回して敵の背後を突く、この最終決戦の勝敗の鍵を握る奇襲部隊。

 派閥の主であるホーネットを含む、ランス主導のそちらの部隊の準備も抜かり無く行われて。

 

 魔人ケイブリスがあの写真を目にして、怒りのままに全軍侵攻を決意してから10日程。

 ランスがこの派閥戦争に参加してから10ヶ月程、いよいよその時が迫ろうとしていた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 コンコンと聞こえたノックの後、ランスの部屋のドアが開かれる。

 

「ランスさん、お待たせしました」

「おうウルザちゃん、どうだった?」

 

 部屋に入ってきたのはウルザ。

 どうやら彼女が来るのを待っていたらしく、室内にはランスの他にも数人の姿が──ランスが人間世界から連れてきた面々が皆揃っていた。

 

「ホーネットさん達と話してきました。こちら側の準備は全て整ったとの事ですので、やはり当初の予定通りになりました」

「ふむ。てことは明日か」

「はい。明日の早朝、私達奇襲部隊は魔王城を出発して人間世界に向かう事になります」

 

 いつも通りに、あるいはいつにも増して真剣な表情でウルザはそう告げた。

 遂に決まった最終決戦、その出発の日時は明日。移動距離や進路から逆算した日程、必要な準備に掛かる日数などを考慮して、事前に予定していた通りで問題無し。その事をウルザは改めてホーネットやシルキィと確認してきたようだ。

 

「明日か……いよいよ来たって感じね」

「そうですね……分かっていた事なのになんだか緊張してきちゃいました……」

 

 事前に予定していた通り、とあるように、明日出発というのは前から決まっていた事。

 なので今更一同の顔に驚きは無い。けれども明日がもう出発の日なのだと再認識して、間近に迫る戦いの事を考えたのか、かなみやシィルの表情には緊張が浮かんでいた。

 

「にしてもようやくヤツらとの決戦か。ここまで長らく掛かっちまったぜ」

「私達がこの魔王城にやって来てから~……およそ10ヶ月程度、でしょうか。確かにこれまでランス様としてきた冒険の中でも、こんなに時間が掛かったのは初めてかもしれませんね」

「そーだな、今回はかなり長かった。……つーか待てよ、10ヶ月って事は~……」

 

 そこでランスは「ひ~、ふ~、み~……」と両手の指を使って何事かを数え始めて。

 

「……やっぱりだ。もしかしなくても前回より時間が掛かってんじゃねーか」

 

 ランスだけが知っている前回の第二次魔人戦争。それはLP7年の10月頃からランスが総統となって活動を開始し、その後魔人ケイブリスを討伐したのが翌年の4月頃。

 つまり掛かった期間は約半年。半年足らずで魔軍を壊滅させた前回と比較すると、すでに10ヶ月を過ぎた今回は確かに時間が掛かっていた。

 

「ぬぅ、これは何故だ? 今回の方が敵が少ない分楽チンなはずなのに……。いや、けどその分今回はあんまし切羽詰まってなかったってのはあるか。考えてみりゃ前回は最初からヤバい状況だったし、その分真面目に戦っていたのかもしれんな」

「前回、ですか?」

「というか待てよ。前回はそもそもホーネットにあんな苦労しなかったってのはあるな。あーそうだそうだ、全てはホーネットだ、あいつが悪い。あいつが強敵過ぎたからこんなに時間が掛かってしまっただけで、別にケイブリス派を倒す事に手間取った訳では無いのだ、うむうむ」

「……ねぇランス。よく分からないんだけど一体それって誰になんの言い訳をしているの?」

 

 前回だとか今回だとか。その辺の事情を知らないシィルやかなみは不思議そうに首を傾げる。

 唯一ウルザだけはその事情を知っているのだが、前にランスとこれは秘密だと約束した為、そこに口を挟む事は無かった。

 

「とにかく、だ。とにかくここまで長かったが、それでもこの派閥戦争にもやっとこさ終わりが見えたって訳だ」

「ですね、ランス様。魔物界の派閥争いに参加するなんて最初はどうなるかと思いましたが……」

「そういえば、最初は三人だけで魔物界に乗り込んだんだっけ。なんだかもう懐かしいな。今考えてもとんでもない真似だったわね」

 

 彼等の旅の始まりはLP7年の2月1日から。

 諸事情によりランスが過去に戻ってきた。そして同じ轍を踏まぬように先んじてケイブリスを退治してしまおう、そして前回の時に抱き損ねたホーネットをものにしよう。そう考えたのが始まり。

 そこでランスはシィルとかなみを連れてヘルマン国の番裏の砦へと出発。そこでサテラとシルキィと接触し、ホーネット派と協力して戦う事となった。

 

「魔物界もそうだけど、最初はこの城の中だって怖くてロクに出歩けなかったのに、今じゃ普通に暮らしてるんだもん。慣れって凄いわね」

「ですねぇ、こっちに来た当初は色々と怖くて大変でした……そう言えば、ウルザさんがこちらに来たのは私達が来てすぐでしたよね?」

「えぇ、そうです。魔人退治に必要だからとの事でランスさんから声が掛かりました。……簡単に魔人退治なんて言ってしまえる事も、それを実現してしまうのもランスさんの凄い所ですね。それからの活躍は本当に見事だったと思います」

 

 魔王城へと到着して、派閥の主である魔人ホーネットとの再びの顔合わせを済ませて。

 その後軍師として必要なウルザを呼び出して、ランスが魔人を討伐する準備が整った。

 

 最初に標的としたのは魔人ガルティア。

 前回の知識を総動員して考えた所、この魔人はとてもお手頃な相手だった。

 香姫から特製のお団子を配達して貰い、ガルティアを見事にホーネット派へと寝返らせた。

 

 次の相手となったのは魔人バボラ。

 これは唯一ランスが何ら手を出さなかった戦い。だからランスは今でもその詳細は知らない。

 バボラはシルキィとホーネットの奮戦によって、ペンゲラツリーの地で討伐された。

 

 その後、ホーネット派にとって最大の窮地が訪れる事となる。

 死の大地を踏破しての奇襲を受けて、派閥の主たるホーネットが捕らえられてしまった。

 けれどもそこでランスが魔人カミーラとの人質交換を思い付き、あわや敗北の危機を逃れた。

 

 その次に戦ったのは魔人メディウサ。

 戦場となったのはシャングリラの地。ランスがホーネットと二人だけで向かった場所。

 魔人筆頭と共に力を合わせてメディウサを倒し、この先美女が犠牲になるのを食い止めた。

 

 その次の戦いは侵攻してきた魔人ワーグ。

 見知らぬ相手のワーグが女性だという事を知り、ランスはシルキィと共に前線に向かった。

 レベル不足や禁欲など色々あったが、最終的に心を解されたワーグは戦いからリタイアした。

 

 そしてその次は記憶にも新しい魔人レッドアイ。

 ホーネットと引き分けるような強敵だったが、様々な策を弄して誘き出す事に成功。

 最終的にはほぼタイマンの形となった戦いをランスが制して、レッドアイを見事に討伐した。

 

 以上が足掛け7年に渡る派閥戦争にて、ランスが参戦してから起こった主な出来事。

 ランス個人の活躍としては計四体の魔人討伐と派閥の主の救出。それは当初劣勢だったホーネット派を優勢の状況まで盛り返す、ウルザが言う通りに実に目覚ましい活躍の数々である。

 

「確かに何体もよく魔人を倒したわね。けれど正直言って私には殆ど実感が無いんだけどね」

「あ、それ実は私もです。私もレッドアイと一度戦っただけですから……」

「ま、お前らは殆どおまけというか、ぶっちゃけ居ても居なくても大差無い存在だからな。肝心なのはこのランス様ただ一人なのだ、がはははっ!」

「あ、あはは……、けどランス様、それでもさすがに次の戦いは私達も全員参加なんですよね?」

「うむ、その通りだ。だよなウルザちゃん?」

「そうですね、次はもう決戦ですから、私達は奇襲部隊に参加する事になります」

 

 そして残る戦いは一つ。

 ケイブリス派本拠地タンザモンザツリーの制圧。そして魔人ケイブリスの討伐を残すのみ。

 

「……決戦かぁ。ランスにこんな事聞いても意味無いかもしれないけど……勝てるのよね?」

「アホ、んなもん当たり前だろ。この俺様があんな雑魚リス風情に負けるかっての」

「まぁそう言うと思ってたけど。でも私が聞いた話じゃ魔人ケイブリスってのはメチャクチャに強い魔人らしいわよ?」

「俺様はそれ以上に強いから問題無い。それにこっちにはリス退治の秘策もあるしな」

「秘策?」

「うむ。ほれ、そこに」

 

 その顎でくいっと、ランスが指し示した場所。

 かなみ達が座るソファの背後、そこにはいつの間にか出現していたその秘策が。

 

「じゃん。私がその秘策なのです。えへん」

「わっ! い、いたのシャリエラちゃん?」

「はい、シャリエラいたのです」

 

 どうやらそこに居たらしい。その秘策の名はシャリエラ・アリエス。

 ランスがシャングリラから連れ帰ってきた少女、踊りの得意な自称人形の少女である。

 

「そういえば……シャリエラちゃんには特別な能力があるとかないとか……秘策というのはその事なのですか、ランス様?」

「そのとーり。こいつの踊りこそがケイブリス打倒の鍵だ。いよいよお前の真の力を披露する時が来たって訳だ、なぁシャリエラよ」

「はい、御主人様。シャリエラ踊るの得意。この踊りで皆さんの役に立ってみせます」

 

 人形らしく無表情を貫きながらも、シャリエラはふふんと得意げな様子で。

 踊り子LV2となるシャリエラの踊り。対象を絶好調にするその踊りが戦況を一変させてしまう程の劇的な効果がある事は、前回の時に他ならない魔人ケイブリスとの戦いによって実証済み。

 前回の戦いでは土壇場でシャリエラの力を借りたものだが、しかし今回は初っ端からその力をフルに使ってケイブリスを確実に始末する。それがランスの用意したとっておきの秘策となる。

 

「あそーだ。かなみ、今回はお前にも大事な役目があるぞ」

「私に役目? それってどんなの?」

「気になるか? けどまぁそれはのちのちのお楽しみって事で」

「え、ちょっと何で、今教えてよ。そんなふうに言われたら気になっちゃうじゃない」

 

 そして秘策とはシャリエラだけではなく、かなみという存在もまた別の秘策の一部であって。

 しかしその後どれだけ問い詰めても、ランスがそれを教えてくれる事は無かった。

 

 

 

 

 そしてその後。

 ランス達は出発を明日に控えて、それぞれ思い思いの一日を過ごした。

 

 この10ヶ月間近くを暮らしてきた魔王城。

 見知った者達と共に食事を楽しみ、多くの魔物が浸かる風呂に当たり前のように浸かって。

 

 そして夜はランスが楽しむ時間。

 今日も今日とて食べたい相手を食べたいように、思いのままにたっぷりと楽しんで。

 

 

 

 

 そして、翌日。

 

 

「ランス、こちらは終わりましたよ」

「だとよ。おいシィル、とっとと荷物を積み込め」

「分かりました。……んしょ、いしょっと……」

 

 出発の朝。

 ホーネットがいち早く全ての支度を終える。

 ランスも頷き、全ての支度を任されているシィルがせっせとその手を早める。

 

 城門前に停められている二台のうし車。もう間も無くその荷造りが完了する。

 後はそれに乗って魔王城を出発。ゼス国の首都ラグナロックアークへ向かう予定となる。

 

「ホーネット様、いよいよ出発ですか」

 

 とそこに声が掛かった。

 振り返ればそこには魔人シルキィ、そして魔人サテラと魔人ハウゼルの姿も。

 どうやら彼女達は派閥の主の出立を前に、最後の見送りに来たようだ。

 

「えぇ、私達はもう出なければ。聞く所によるとゼス国まではこのうし車を使用しても結構時間が掛かるそうですからね。シルキィ、貴方達は……」

「私達もそろそろ出ます。ケイブリス派の様子は今もメガラスが監視してくれていますが、もう動き出すのも間近といった感じらしいですからね」

 

 超高速で空中を移動出来る魔人メガラス。彼が上空から目を光らせている事により、ホーネット派が敵に先手を取られる事はまず無い。

 その働きによって今回もケイブリス派の動きが逐一伝えられていた。メガラスによればその予兆はもう目に見えて分かる程らしく、あと数日で戦端が開かれるだろうとの事である。

 

「戦力を二つに分ける以上、問題はこちらとそちらの連携が密となるか、でしょう。と言っても私達は常に移動する事となるので、おそらく苦労するのは貴女達の方でしょうが……」

「任せて下さい。昨日試してみましたが、とりあえずはあれで問題無いと思います。ウルザさんが良いものを貸してくれて助かりました」

 

 これよりホーネット達は出発し、奇襲部隊と防衛部隊は離れた場所で戦う事となる。

 作戦の大目標が敵を挟撃する事である以上、両部隊が息を合わせる事が肝要。特に奇襲部隊はここを発った後はケイブリス派の動向がまるで分からなくなってしまう為、ウルザが提供してくれた遠距離用魔法電話によって連絡を取り合う事となっていた。

 

「あの電話機もそうですが、いざとなればメガラスがすっ飛んでいくと言っていましたから、連絡に関しては問題無いと思います。ですから後はお互い健闘するのみかと」

「……そうですね」

 

 シルキィの言葉にホーネットは静かに頷く。

 そしてこれまで共に戦ってきた仲間達、それぞれに一度ずつその目を合わせて。

 

「……サテラ、ハウゼル、シルキィ。そちらの事はくれぐれも頼みます」

「はい!」

 

 派閥の主からの命に、三人の魔人達がそれぞれ力強く声を重ねた。

 

「ホーネット様! 防衛部隊の事はサテラ達に任せて下さい! そちらが奇襲を仕掛けるまで必ずやケイブリス派の侵攻を止めてみせます!」

「向こうよりこちらの方が魔人は多いですからね、そう簡単にやられたりはしません。私も微力ながら全身全霊を賭けて戦います」

「えぇ。ですのでこちらの事は心配せず、ホーネット様は目の前の戦いの事だけを考えていて下さい」

「……勿論です。貴女達防衛部隊の事に関しては何も心配などしていません」

 

 ホーネット派結成当時から自分に付き従って来てくれた、共に苦難を乗り越えてきた関係。

 そんな仲間からの心強い言葉を受けて、ホーネットがその表情を僅かに緩める。

 

「おいホーネット、シィルの支度が終わったってよ。……っておぉ、お前ら居たのか」

「あ、うん、貴方達の見送りにね」

 

 するとその様子に気付いたのか、少し離れた別のうし車の下に居たランスが近付いてくる。

 

「ホーネット様は勿論だけど、ランスさん達も頑張ってね。この戦いは貴方達奇襲部隊の活躍に掛かっているようなものなんだから」

「ふっ、任せとけシルキィちゃん。奇襲は俺様の超得意技だからな、あの馬鹿リスに目にもの見せてくれるわ、がははははっ!」

「えぇ、期待してる」

 

 奇襲部隊の先頭に立つランスの強気な言葉に、シルキィが柔らかく微笑む一方、その隣のサテラは何処か不満そうに頬を膨らませていた。

 

「……むぅ。ランスはそっちでサテラはこっち……サテラはランスの主なのに……」

「サテラ、貴女まだその事を言っているの? 奇襲部隊より防衛部隊の方が戦力を厚くする必要があったんだから仕方無いでしょう?」

「それは分かってる。……いいかランス、しっかり戦ってこい。……死ぬんじゃないぞ」

「あたりめーだ。俺様が死ぬかっての。ハウゼルちゃんも頑張れよ」

「はい。次にランスさん達と会う時はホーネット派が勝利した時ですね」

「だな。……あ、そーだそーだ忘れてた」

 

 ランスはポンと手を鳴らして、ポケットの中からゴソゴソと何かを取り出す。

 

「はいこれ、俺様の考えた秘策のメモ。シルキィちゃんに渡しとくな」

「あぁ……そう言えばこの前、向こうの魔人を倒す秘策があるとかって言ってたわね……」

「そ。なんせそっちは俺様抜きだからな、きっと苦戦するだろうと思って用意してあげたのだ。それさえありゃ雑魚魔人共との戦いなど楽勝だ。必要な道具は俺の部屋にあるから好きに使っていいぞ」

 

 それはランスの頭の中に残っていた情報、言わばケイブリス派魔人打倒マニュアル。

 しっかりと折り畳まれたメモ書きを手渡されたシルキィは、それを大事そうに受け取って。

 

「……そっか、なら有効に使わせて貰うわね。ありがと、ランスさん」

「うむ。俺様の勝利の為、誠心誠意働くように。……んじゃホーネット、そろそろいくか」

「えぇ、そうですね」

 

 そして遂に出発の時間が訪れる。

 ホーネット派の主たる魔人ホーネット、そしてランスとその一行がうし車に乗り込む。

 

「よーし、では出発だっ!!」

 

 目指すは人間世界、魔法大国ゼス。

 ランスの号令と共にうし達が動き出し、魔王城の姿があっという間に遠ざかっていった。

 

 

 


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