ランス(9.5 IF)   作:ぐろり

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カスケード・バウの戦い②

 

 

 

 

 戦地となった大荒野カスケード・バウ。

 今も喚声と怒号飛び交う戦場の一画、そこで二人の魔人が対峙していた。

 

「やぁガルティア、久しぶりだね」

「あぁ、そうだな。けどパイアール、お前がこんなに早く出張ってくるとは思わなかったよ」

 

 魔人パイアールと魔人ガルティア。

 元々は同じくケイブリス派に属しており、そして今では袂を分かっている関係。

 しかしそもそも仲間意識が無く、だからこそ裏切り者だという感覚も無いのか、両者はケイブリス派に居た頃と同じような気軽さで挨拶を交わす。

 

「お前は戦いってガラじゃないし、出てくるとしたら最後の方だと思ってたんだけどな。それともさすがに今回ばかしは乗り気になったとか?」

「まさか。こんな戦争全く興味無いよ」

「だよなぁ。でも、だったらどうしてだ? またケイブリスの奴にせっつかれたか?」

 

 ガルティアがそう尋ねてみると、パイアールは煩わしそうに首を横に振って。

 

「いいや。むしろそうなりそうだったから今回はストロガノフと交渉したんだ。それでホーネット派の魔人を誰か一体潰したら、それでもう僕は切り上げて良いって事になったんだ」

「あぁなるほど、そういう事ね。まぁこっちとしても有り難い話だなそりゃ」

 

 パイアールは争い事に関心が無く、自らの研究にしか興味を持っていない魔人。

 そのスタンスは最終決戦となるこの場でも変わらないようで、とっとと研究所に帰りたいからこそ、ガルティアの首を狙って開戦当初から前線に出張ってきたらしい。

 

 そしてそれはガルティアにとっても好都合。彼も同様に手っ取り早く落とせる魔人を探していた。

 ケッセルリンクやケイブリスなど、この先出てくるであろう更なる強敵の事を考えると、初日の段階でパイアールを倒すチャンスと巡り会えたのは願ったり叶ったりであった。

 

「けど魔人を誰か一体潰せば、っつってたけど……その狙いは俺でいいのかい?」

「うん、いいんじゃない? というか僕としては別に誰だっていいんだよ。守備力の高いシルキィとかだったら面倒くさかったけど、その点ガルティアなら手頃な相手だしね」

「そうか、なりゃ良かった。いやね、これまたこっちとしても有り難い話だったからさ」

 

 暗に下に見られている事も気にせず、ガルティアは常のように気さくに笑う。

 向こうがそのように見ているように、彼にとっても魔人パイアールとは手頃な相手。自分と相性の良い相手だと想定しており、事前の作戦会議でもガルティアの優先目標はパイアールに決まっていた。

 

 そして更に有り難い事に。

 出発前、その事を知ったらしいランスからパイアール討伐の秘策まで戴いていた。

 

(……ま、秘策っつっても……)

 

 ガルティアは腰巻きの裾から一枚の紙切れを取り出しぴらっと捲る。

 それこそランスが授けてくれたメモ書きであり、そこにはパイアールとの闘いで役立つであろう秘策が短く一文。 

 

『死ぬ気で戦え。つーかお前は死んでも良し』

 

「……なんだかなぁ。まぁあいつらしいけどさ」

「何が?」

「いいや、こっちの話」

 

 ガルティアはやれやれと首を振る。

 ランスが授けてくれた秘策は言われずとも当たり前の事というか、単なる根性論。

 相変わらず男と女でまるっきり対応が異なる……というのは表面上の話であって、実際の所はどうやら魔人パイアールに対してはランスも有効な手が思い付かなかったらしい。

 一応パイアールの姉、ルートの魂が宿る肉塊を人質に取る事までは考えたのだが、その肉塊が現在何処に置かれているのかが分からなかったようだ。

 

(とはいえ秘策なんざ必要無いんだけどな。普通に戦えば良いだけの話だ)

 

 頂戴した秘策が期待外れ、無意味なものであってもガルティアの心胆は微塵も揺るがない。

 普段通り悠然と構えながら見つめる先、機械人形の大軍に守られる少年の姿。

 

(……特に、パイアールが相手だとな)

 

 魔人パイアール。元々は人間、発達した頭脳が生み出す図抜けた科学力の駆使する魔人。

 今もその周囲に並ぶPGというロボットの他、衛星兵器やメカバボラなど、数々の科学兵器を開発してホーネット派を苦しめてきた存在。

 その科学力はパイアール以外には誰一人として理解し得ない程のもので、当然ガルティアにはその仕組みなどさっぱり分からない。ないのだが。

 

(パイアールの作り出すもんはすげーけど、ありゃ無敵結界さえあればなんともねぇからなぁ)

 

 それでもガルティアは魔人。魔人は無敵結界という超常の防壁を有しており、それはパイアールの科学力を以てしても解析できないもの。

 魔人自身の攻撃であれば通過するものの、それ以外の攻撃は全て無敵結界の前に防がれる。例えばガルティアが体内で飼っている使徒達の攻撃がパイアールには全く通じないように、パイアールが生み出した無数の化学兵器の攻撃もガルティアには全く通じない。

 もしこの戦場に衛星兵器を持ち出してきていたとしても、その衛星爆撃だって効果は無し。それが無敵結界を持つ魔人同士の戦いでのルール。

 

 そして魔人パイアールとはその能力を頭脳に、その科学力に極振りしているような魔人で。

 故に科学力を除いたパイアール本人の戦闘能力、それは例えるなら眠りの能力を除いた魔人ワーグに毛が生えた程度のものである。

 

 方や魔人ガルティア。彼は元伝説のムシ使いであってLV2の才を持つ剣技の達人でもある。

 魔人としてのレベルでも上回っており、一対一での接近戦ならパイアールの数十倍は強い。

 

(……パイアールには悪ぃけど、ちょっと負ける気はしねぇなぁ)

 

 その科学力は驚異なれど、魔人との闘いにおいては有効な手段にはなりえない。

 だからこの勝負は自分が勝つ。その考え方は間違っているという程のものでは無かったのだが。

 

 しかしこの時、ガルティアには一つだけ読み間違えている事があった。

 魔人パイアールとは頭脳に優れた魔人。つまりガルティアよりも遥かに頭が良い魔人。

 となれば今ここでガルティアが考えた事、その程度の事は当然ながらに想定済みで。

 

 

 

(……『パイアールには負けねぇだろ』……みたいな事を考えているんだろうね)

 

 その思考を冷静に分析しながら、パイアールは冷めた目で相手を見つめていた。

 そう侮られる事については何とも思わない。ただ他人事ながらに無知とは哀れなものだと、低能とは悲惨なものだと感じるだけだ。

 

(そりゃまともに戦えばガルティアはおろか、殆どの魔人に僕は負けるだろうさ。でもそれが分かっているのに、この僕がなんの対策も無く戦場に出てくる訳が無いとは考えないのかな)

 

 自分の造った科学兵器は専ら魔物兵相手に使用するものであり、無敵結界の前には無力。

 それは誰よりも製造主であるパイアール自身が一番深く理解している。

 けれどもその上で尚、こうして戦場に立つパイアールは魔人との戦闘を全く恐れてはいない。

 それは振り返れば魔人になる以前から。脆弱な存在である人間であった頃からそうだった。

 

 ──パイアール・アリ。

 それはこの世界で生まれた人類の中で、一番最初に魔人を倒した人間の名前。

 

(僕の造ったPG達は確かに魔人との戦闘には向いていない。けど、だったら相手の魔人化を解除してしまえばいいだけの話だよね)

 

 それこそがパイアールの有する秘策──魔血魂摘出装置の存在。

 彼が人間だった頃、魔人が持つ無限の寿命を得る為に魔血魂を入手しようと制作した機械であり、魔人の身体から魔血魂を取り出してしまうとっておきの秘密兵器。

 それは今もこの戦場に──連れてきたPG達の一体が隠し持っている。

 

(当時は限界まで作り込んだつもりだったけど、今見るとまぁ酷い出来だったね。今回使用するのはあの時のものより改良を加えてあるから、前よりも更に簡単に終わるはずだ)

 

 当時より進化した科学力で小型化にも成功して、手に持てるサイズとなった箱のようなメカ。

 それをガルティアの身体に取り付ける。それがこの闘いでのパイアールの勝利条件。

 

(時間にして約30秒……いや、10秒もあれば十分かな。10秒間動きを制限する事が出来れば、この装置をガルティアに取り付け起動させて、それでもう僕の勝利は確定する)

 

 魔人ガルティアを人間に戻してしまえば、自分が制作したあらゆる科学兵器が有効となる。

 それこそこちらには無敵結界もある訳で、人間に戻ったガルティアが相手になるはずがない。

 

(問題はこれをどうやってガルティアの身体に取り付けるかだけど……睡眠ガスに神経毒、催眠誘導装置に急速冷凍装置……色々持っては来たけど、まぁ片っ端から試してみるか。面倒だけどこれも実験の一環と思えば多少はマシかな)

 

 戦闘用のPGの他、相手の動きを拘束する為の機械を運んできたPG達もずらりと控えている。

 それらを駆使して戦えば、魔人ガルティア程度なら簡単に片付くだろう。

 そもそもが自分は人間だった時でさえ、この科学力を駆使して魔人を倒してみせたのだから。

 

 と、魔人最高の頭脳を持つ少年はそのように考えていたのだが。

 しかしこの時、そんなパイアールも一つだけ読み間違えている事があった。

 

 

 

「さてと。んじゃ早速やろーか」

 

 そうしてガルティアは手に持つ蛮刀、ハワイアンソードを軽く構える。

 

「構わないよ。まぁやると言っても戦うのは僕じゃなくてPG達だけどね」

 

 対するパイアールは構える事も無く、代わりにその周囲に居たPG達が武器を構える。

 

「……ふーん」

 

 その様子を見ていて何を思ったのか。

 そこでガルティアは蛮刀を一度下ろし、反対の手でその軍勢全体を軽く指差す。

 

「なぁパイアール。お前の周りにあるそのPG……ロボットっつったっけか? それって見た目は人っぽいけど生きている訳じゃないんだよな?」

「うん、そうだよ。生きているものより人工知能の方が遥かに扱い易いからね」

「だよな。だったらまぁいいか」

 

 パイアールが読み違えていた事。 

 それは自らが隠し持っている魔血魂摘出装置と同じように、相手にも秘策があるという事。

 

「うし。んじゃあ久しぶりにやるかね……っと!」

 

 言いながらガルティアは脇腹に手を当てて。

 大きく息を吸い込むかのように、その身体をぐっと仰け反らせる。 

 

 すると生じる──ほんの僅かなそよ風。

 

「……ん?」

 

 その風がパイアールの頬をすっと撫でた。

 と思った矢先、そよ風程度だったそれは一気にボリュームを上げて、瞬く間に突風となる。

 

「……な、なんだ、この風は……!?」

 

 パイアールがそう呟いた時にはもはや、目を開けているのも困難な程の暴風と化していて。

 その風が吸い込まれていく先、それは目の先に居る魔人の腹部にある空洞の中。

 

 それがガルティアのとっておき──異次元ストマックホールに繋がる腹部の穴の大開放。

 命有るものも無きものも、あらゆるものを無差別に飲み込む大食らいの大穴。

 

「く、くうっ!」

 

 荒れ狂う風の奔流。危険を感じたパイアールはすぐさま自らの前面に魔法バリアを展開する。

 パイアールの魔法は魔人の中で特別優れている訳ではないが、この魔法バリアだけは別。無敵結界だけでは衝撃まで吸収する事が出来ず、それに思考を邪魔されてしまうのを嫌う彼は魔法バリアを重視しており、その強度は全魔人中最大となる。

 そのお陰もあって、パイアールがその大穴に吸い込まれてしまう事は無かったのだが。

 

「──あ!?」

 

 しかし……それ以外は。

 

「あっ! あぁっ!! あーーーッ!!」

 

 絶望の如き悲鳴を上げるパイアール。その周囲に並ぶ大軍勢たるPG達は。

 魔物兵よりも遥かに強い機械人形といえど、その吸引力の前では堪える事が出来なかったのか、その大軍勢の全てが瞬く間にその腹の中へと吸い込まれていってしまう。

 

 それはPG達が持っていた睡眠ガスも、神経毒も、催眠誘導装置も急速冷凍装置も。

 そして、虎の子となる魔血魂摘出装置でさえも。

 

 

「……ふぅ、ごっそさん」

 

 やがて暴風が止んで、暴食を終えたガルティアは腹に空いた大穴を満足そうに撫で回す。

 こうしてありとあらゆるものを飲み込んで、全ては異次元ストマックホール送り。

 魔人ガルティアの秘策、前回のランス達も散々苦労したそれによって、数秒前まで無数に並んでいたPG達を綺麗サッパリ片付けてしまった。

 

「よし、これでやりやすくなったな。んじゃあパイアール、改めて──」

 

 改めて戦闘開始といこうぜー、なんてセリフを気楽に呟こうとした瞬間。

 

「っ、ガルティアッ!!」

 

 自分の研究にしか興味を持たない冷めた魔人。

 そんな普段の姿をかなぐり捨てたようなパイアールの怒りが飛んできた。

 いやそれは怒りなどと生ぬるいものではなく、まさしく激怒と呼ぶもので。

 

「ちょっと信じられないんだけど!? 人が作ったものをそんな雑に片付けるかな普通!?」

「いや、でも闘いの邪魔だったし……」

「邪魔!? 邪魔ってなに!? ていうかあれ一体作るのにどれだけの手間と時間が掛かっているか分からないのかな!?」

 

 大量のPG達を見ると勘違いしてしまうかもしれないが、PGとは一体作るのにも結構なコストが掛かり、決して大量量産が可能な代物では無い。

 それをこんな簡単に、こうもあっけなく。製作者のパイアールとしては比喩抜きに悲鳴を上げてしまう大惨事である。

 

「大体PGが生きてるかどうとかって聞いてきたのはなに!? 生物でない相手なら吸い込んでいいよなーとでも思っているの!?」

「い、いや、俺はそんなつもりじゃ……」

 

 その剣幕に押されて狼狽えるガルティア。

 ガルティアとしてはロボットという無生物は食料にはならないと思ったので、それなら気兼ねなく吸い込めるなーと考えただけなのだが、それはやっぱりパイアールの神経を逆撫でする考え方で。

 

「あー下らない! 来て損したよホントに!」

 

 どの道、PG達と魔血魂摘出装置を失ってしまった以上勝機は欠片もない。

 

「僕もう帰るから!! じゃあね!!」

「あ、おーい……」

 

 怒りも収まらない様子で、鼻息荒くしながらパイアールは去っていってしまった。

 

「………………」

 

 こうして二人の戦いはパイアール側の戦意喪失により終了となった。

 一応ガルティアはパイアールからPGの大軍と魔血魂摘出装置を奪った訳で、敵を討伐したとは言えずとも戦果を上げたとは言える結果。

 しかしそんなガルティアの顔に達成感は無く、大きな戸惑いと少しの後ろめたさが。

 

「……なんか、悪ぃ事しちまったかな……」

 

 ふとガルティアは思う。もしかしたらパイアールにとってのPGとは、自分にとっての食事のようなものだったのかもしれない。

 だとしたら確かに自分の所業は酷い。戦場で会った以上は情け容赦無しと言えども、それでももう少し敬意を払って相手すべきだった。

 そう考えるとなんだか罪悪感が湧いてきて。

 

「……今度会ったら飯でも奢るか」

 

 ぽりぽりと頭を掻きながら、ガルティアはぽつりと独り言を呟いた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 正午頃に開戦したカスケード・バウの闘いも、それから数時間が経過した。

 

 そんな中で魔人レイがやる気を失って。

 魔人パイアールが用意していた秘策を失って。

 

 そうした魔人達のいざこざがあった中、それでも両派閥の闘いは続いていく。

 双方共に怒涛の如く前進する魔物兵達、その数は合計200万に及ぶ規模。未だ10万同士の第一陣の衝突が佳境に及んだ程度で、開戦から数時間ではまだまだ趨勢に変化は感じられない。

 

 そうして時刻は進んでいって。

 やがて戦場は日没を迎えて──

 

 ──そして、夜。

 

 

 

「……そろそろかな」

 

 魔人シルキィは空を見上げる。

 その色は暗い濃紺色をしており、先程呟いた言葉通りもうそろそろそれが近い。

 ケイブリス派に残る最大の強敵、魔人四天王ケッセルリンクが出陣する時間が。

 

「どうやらケイブリスはまだ出てこないようだし、となれば先にこっちを止めないとね。……この場所であってるといいけど」

 

 今シルキィは東の戦場の更に東側、つまり戦場からは少し外れた地点に居る。

 彼女がこの場所だと読んだ理由は至極簡単。もしケッセルリンクが自身の城を出てホーネット派の本陣を一直線に目指す場合、この地点を通る事になるからという、それだけの理由。

 

 指揮系統の中心地となる本陣に奇襲を受ける事だけは避けなければならない。

 となるとこの地点でケッセルリンクの侵攻を食い止めておきたい。故にシルキィはここに居る。

 

 そして何時訪れるか分からないケッセルリンクの奇襲に備える以上、これよりシルキィはしばらくこの場を離れられない事となる。

 もし仮に今このタイミングで、戦場に魔人ケイブリスが出てきたら。そうなったら手の空いている魔人と魔物兵達で対処してもらう事になる。かなりキツいだろうがどうにか頑張って貰うしかない。

 

「けどシルキィさん、魔人ケッセルリンクがこの場所を迂回して本陣に向かっちゃうっていう可能性は……ないんですか?」

「無いとは言えないけど、でも多分大丈夫。ここで待ってればその内に来るわ。ケッセルリンクはそういう所は合わせてくれる魔人だから」

 

 ちなみにそんなシルキィの隣には今、一人の人間がぽつんと立っている。

 その名は見当かなみ。ランス達人間の中で唯一奇襲部隊に参加しなかった人物である。

 

「ねぇかなみさん。今更だけどわざわざここまで付き合う必要は無いのよ? いくらランスさんの命令だからって……」

「でも、一応これが秘策という事ですし……」

「秘策ねぇ。私もそれは聞いているけど、正直言って無茶な話だとしか思えないんだけど」

「……正直言って私も同感です……はい」

 

 かなみがここに居る理由。それは彼女の存在こそが秘策となるから。

 魔人ケッセルリンクの弱点。それが可哀想な女性だという事は前回の時にリサーチ済み。

 だったらかなみだ。かなみを盾にして戦えばきっと楽に勝てるだろう。それがランスの考えた対ケッセルリンク相手の秘策となる。

 

「うぅ……いくら秘策だからってこんな扱い……ランスのばかぁ……」

「……貴女も大変ね。けれど安心して、さすがに貴女を盾にして戦ったりはしないから」

 

 そんな理由で一人お留守番となったかなみ。その扱いは確かに可哀想な女性と呼べるものだが、とはいえただの人間であるかなみを魔人四天王同士の闘いに参加させる訳にもいかない。

 秘策はそのまま秘しておく事にして、この戦場でのかなみの仕事は専ら伝令役となる。

 

「けれどシルキィさん、その……闘いの方は大丈夫なんですか? 聞いた話だと魔人ケッセルリンクってとっても強い相手だって……」

「……そうね。特にこの時間のケッセルリンクが相手となると私に勝ち目は──」

 

 そう言い掛けた途中、シルキィはハッとしたように空を見上げる。

 その景色は先程と何ら変わらなかったが、それでも熟練の戦士には感じ取れる気配があった。

 

「──来た!」

「えっ?」

「かなみさん、ここはもういいから貴女はすぐに本陣に戻って。それで予定通り私は戦闘に入る事になったから、しばらくこっちには誰も近づけさせないよう伝えて!」

「は、はいっ! 了解です! シルキィさん、その……頑張って下さい!」

 

 鋭さを増したシルキィの声に押されて、かなみはすぐさまその場を離れていく。

 するとそれを待っていたかのように、その周辺一帯が急激に暗度を増していって。

 瞬く間に闇が広がり、先程は僅かにしか感じなかったその気配が一気に濃密なものへと変わる。

 

「──やはり私の相手は君か。シルキィ」

 

 そうして闇の中からその姿が現れた。

 紳士然とした貴族のような男、ケイブリス派に属する魔人四天王──ケッセルリンク。

 

「……えぇ。お互い派閥のNO,2同士、貴方を止めるのは私の仕事だからね」

 

 その姿を油断無く見据えたまま、シルキィはいつも通りの口調で答える。

 闘いの場で使う事にしている堅い口調に直そうかとも思ったのだが、けれど止めた。

 この魔人との戦いにおいては変に取り繕う必要も無いし、何よりこの戦いではそういう余計な事に気を割く余裕など無かった。

 

「予期してはいたが、それでも出来れば違う相手が良かったよ。君とは相性が悪いからね」

「……よく言ってくれるわね、そういう事。相性が悪いなんてどっちがの話よ、全く……」

 

 シルキィは溜息を吐きたい気分を抑える。

 戦士である自分にとって、魔人ケッセルリンクとは非常に相性の悪い相手。

 とはいえ相手がこの魔人となれば、きっと誰もが相性悪く感じるものだろうが。

 

 特にこの時間の──この魔物界で『無敵』とも称される夜のケッセルリンクであれば。

 

「時間も惜しいし、早速だが始めよう」

 

 その言葉が合図となって、そこに居たケッセルリンクの輪郭がぼやけていく。

 かと思ったのも一瞬、ぼやけた輪郭はすぐに闇の中へと溶け混んでいく。

 

「……そうね。いつでもいいわよ」

 

 先程まで目の前にあった強い気配。それが周囲一帯へと薄く広がっていくのを感じ取りながら、シルキィは魔法具を操作する。

 この相手を前に無駄に大きな装甲を展開する必要は無い。防御力と機動力を兼ねた2m程の大きさの装甲を、使い慣れた大きさの装甲に身を包む。

 

「……ふぅ」

 

 そうして精神を集中しながら、ふと頭を過ぎるのは先程かなみに言い掛けた自分の言葉。

 

 この時間のケッセルリンクが相手じゃ自分に勝ち目は、無い。

 戦う前からそれは分かっている。それでも。

 

「──負けるつもりも、無いッ!!」

 

 

 

 

 

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