カミーラ城の大広間、遂に始まった派閥戦争最後の戦い。
ホーネット派とケイブリス派、両派閥の頭首が激突する戦いが幕を開けてから早数分、その戦闘は類を見ない程に激しいものとなっていた。
「オラァ!!!」
猛る咆哮。高々と振り上げた大きな拳。
その手には長らく握っていなかった大剣サスパーのシルエットが。
派閥戦争が始まって以降、初めて戦いの舞台に姿を現した魔人ケイブリス。
最強最古と形容されるリスの魔人、その圧倒的な暴力が振り下ろされる。
「くっ!」
避けて、と声を掛け合う暇さえなく。
ホーネットは右に跳んで、同時にランスは左に跳んで。
「ガアァ!!」
その数瞬の後、二人が回避した場所に大剣サスパーが打ち込まれる。
ズガンッ! と地面に突き刺さり、地を揺らす振動と共に床石が激しく捲れ上がる。
「ケイブリス……!」
(ただの一撃が、なんて威力──!)
その規模といい威力といい、まるで攻城兵器もかくやという一撃。
それをただ腕の一振りで実現する規格外さに、ホーネットは心の中で驚愕する。
(ケイブリス、やはり……強い!)
こうして戦ってみて分かった。いや、改めて理解したと言った方が正しいか。
魔人ケイブリスは強い。途轍もなく強い。最強最古の魔人という名、魔物達から畏敬を込めて呼ばれるその呼び名には何一つ偽りなどは無い。
認めるのは少々癪だが、戦闘能力では恐らく自分よりも上だ。これが派閥の主同士の一対一での戦闘だったら敗れるのはきっと自分の方だろう。
(……無論、ケイブリスが強い事は知っていた。そんな事は最初から分かっていました)
そう、それはずっと前から分かっていた事。
それはホーネットが魔王城で生まれて、最初にその姿を目にしたその時からずっと。
およそ六千年程前、魔人ケイブリスも元々は弱くて小さなリスだった──らしい。
けれどもその弱かった時期の事なんて知らないホーネットにとっては、魔人ケイブリスというのは掛け値なしに強い魔人の代名詞である。
だからこそ、ホーネットはケイブリスの強さを侮った事なんて一度たりとも無い。
(……けれど)
けれど父親である魔王ガイが人間と魔物の世界を隔てた事によって、魔人は戦う機会が減った。
特にケイブリスは性根が臆病なので、ガイが存命だった頃は自身の城に籠もりっぱなしで。
故に強いという事は知っていても、その戦う姿を見た事がある訳では無い。だからこそ。
「オラオラァ!!」
迫る巨剣。
躱せないコースだと判断したホーネットは細身の剣を前に構えて防御の体勢を取る。
「……ぐっ!!」
そこに衝突する、桁外れの衝撃。
「ホーネットッ! そんな細腕で俺様の攻撃が受け止められんのかよォ!!」
「ぅ、くぅ……、ッ……!」
身体が下がる。上半身が押し込まれる。
なんとか受け止める事は出来る……が、この威力の前では反撃する事も難しい。
(これほど、とは……!)
強いという事は知っていた──だが、その想像を遥かに上回る程の強さ。
これ程の力があって、何故今まで派閥戦争の戦場に出てこなかったのか。
これ程に強いのに何故臆病になれるのか、そう不思議に思えてくる程の強さだ。
とそのように、ホーネットが初めて目の当たりにした魔人ケイブリスの強さに驚愕していた中。
一方でそれ以上に驚愕していた者がいて。
「……ぐっ」
その男の名はランス。
こちらにとっては初めてではない、これで計四度目となった魔人ケイブリスとの戦闘。
以前の時と変わらない激戦の中、ランスは魔剣を構えたまま攻め入る隙を見いだせずにいた。
(こいつ、バケモンか!?)
化け物。そう表現するのが相応しい異形のリス。
見上げるような6mの巨体。その身体は頑強な筋肉の鎧に包まれている。そして更に魔人とあってはその肉体的強度は人間のそれを遥かに上回る。
それは耐久力という意味でもそうだが、特に攻撃力という意味においても大きい。
「ガァッ!」
斜めに振り払われる右の巨剣。
迫力は申し分無し。当然そんな一撃をまともに受ける訳にはいかない。
「来るぞ! 心の友よ、避けろ!」
「んなこた分かっとるわ!」
悪態を吐きながらも真横にステップ、大剣ウスパーの斬撃を危なげなく回避する。
幸いな事にランスは前回の時、魔人ケイブリスとの戦闘を三度も経験している。
その際に得た経験値は知識として残っている。ケイブリスの戦法は身体が記憶している、こうして振るわれる巨剣にも見覚えがある。
つまり条件としてはトッポスに寄生した魔人レッドアイ戦と同じ。初見ならばいざ知らず、三度も体験したその太刀筋はもう殆ど見切っている。
だが。
「オラオラオラァッ!」
「ぐぬ……!」
ケイブリスの武器は双剣。右の一撃を躱してすぐ左から新たな一撃が叩き込まれる。
条件としてはレッドアイ戦と同じ、けれどもその中身は大きく異なる。破壊力だけで言うならトッポスと同程度だろうが、その破壊力を扱う戦闘技術がまるっきり違う。
「こいつ……気を付けろ心の友! こいつの剣はただ乱雑に振っとるだけじゃないぞ!」
「だから知ってるっつーの!!」
ケイブリスの剣LVは2. 才能としては達人の粋に達している。
その凶器をただ闇雲に振り回すだけだったレッドアイとは違って、激しく荒々しく攻め立ててくるその双剣にはしかし隙らしい隙がない。
「雑魚人間が! 邪魔だァ!!」
「っ、やば……!」
一撃を躱して、もう一撃を躱した所でランスは無理な挙動に体勢を崩してしまう。
レッドアイとは異なる計算された攻め手。まず回避するのが困難な状況に追い込んでから、そこに容赦なく本命の一撃が叩き込まれる。
「死ねやぁ!!」
袈裟斬りに振り下ろされる右の巨剣。
その二の腕の太さはランスの胴回り以上、当然その膂力だって桁違いなもの。それを受け止めようとしたならランスの力を持ってしてもそのまま潰されてしまうだろう。
魔人筆頭ならまだしも人間では。ケイブリスの攻撃を受け止められる人間なんてガード職を極めたほんの一握りの人間のみ。アタッカーであるランスには出来ない芸当だ。
「ぐっ、ぬぬ──!」
とはいえ回避するのが難しい以上、この攻撃をやり過ごさなければ死んでしまう。
ランスは即座に魔剣を構えて、全身の気力を一気に漲らせて、そして。
「でいッ!」
「ぬ、お……!」
迎え撃つ一撃。
魔剣の先から発生した衝撃波の刃がケイブリスの巨剣と交錯し、互いの刃が後方に弾かれる。
この通り、圧倒的にパワーで劣るランスにも唯一ケイブリスの剣と打ち合う方法がある。
それはランスが使える必殺技、ランスアタックの威力で以て迎え撃つ事。
全身の気力を込めて放つ必殺の一撃であれば、どうにかその巨剣と打ち合う事が可能となる。
ただそれは言い換えるならば。
ケイブリスが繰り出す普通の攻撃、普通の斬撃一つと打ち合うのにも、ランスは必殺技を放つエネルギーを必要とするという事で。
「まだだッ!」
「げっ!」
そして必殺技とは気力を必要とする為、そう簡単に連発出来るような代物ではない。
しかしケイブリスは何度でもその巨剣を振るう事が出来る訳で、当然のように更なる追撃が必殺技を撃ち終えた直後のランスに迫る……が。
「ケイブリスッ!」
「ちぃ、ホーネット……ッ!」
そこで横合いからフォローが入った。
飛び込むような速度で繰り出すホーネットの剣。それを防ぐのにケイブリスが気を取られてくれた事によって、あわやランスは九死に一生を得た。
「こ、この、バケモノめが……!」
恐怖や暴力という言葉の形がそのまま具現化したかのような、まさしくバケモノ。
ランスは荒くなった呼吸と気力を整えながら、改めてその強さに驚愕する。
とはいえ、三度も戦った事のあるランスはその強さを知っていたはずだった。初めて戦ったホーネットよりも、この世界で誰よりもその強さをよく知っていたはずだった。
そして何かと相手を下に見る傾向がある、自信過剰が故に相手を侮りがちなランスとて、ケイブリスについてだけは侮って見ていたつもりは無い。
(こ、これはちょっと強いぞ……ケイブリスってこんなに強かったか!?)
無いのだが──それでも尚、改めて目にして驚愕する程の強さ、それが最強最古の魔人。
あれ程強かったレッドアイですら、この化け物と比べれば楽な相手だと思えてくる。
(つーか俺様……前回の時こんなバケモノに本当に勝ったんだっけか!?)
もはや過去に一度勝利したという、その記憶すらも疑いたくなってしまう、それほどの強さで。
(い、いやでも待て待て! 間違いじゃないぞ、前回の俺様は確かにこいつに勝ったはずだ!)
けれどもその記憶は正しいもの。ランスだけが知るその事実は決して夢や幻などでは無い。
前回の時、ランス率いる魔人討伐隊は死闘の末に魔人ケイブリスを撃破した。
だからどれだけ強くても、化け物みたいに強くても決して倒せない相手では無いはずだ。
(あん時はどうやって勝ったんだっけか、思い出せ俺様っ! 確かあん時は、あん時は……!)
あの時と今で何が違うのだろうか。
一つは仲間の存在、というのはあるだろう。前回の時はホーネット以外にも多くの仲間が居た。
自分以外のアタッカーやガードやヒーラーなど、仲間の存在というのは大きいはずだ。
けれどもそれは最大の要因では無い。
というのもランスは前回の時、一度目はケイブリスに敗北を喫している。
そうして次に挑んだ二度目と三度目、その時にケイブリスを撃破した最大の要因を挙げるなら。
(あー思い出した、シャリエラだ! あいつさえいりゃあ……!)
それはやはり自称人形の踊り子、シャリエラ・アリエスの存在が大きい。
シャリエラはその奇跡の踊りによって、仲間の気力を完全に回復する事が出来る唯一の存在。
気力が回復すれば必殺技だって何度でも連発する事が可能となる。通常の攻撃全てがランスアタックとなれば、ランスだってケイブリスの剣と打ち合う事が可能となる。
(別に忘れていた訳じゃねぇ、んな事は最初から分かってたのに。だから今回だってちゃんとシャリエラの事は連れてきたっつーのに……!)
前回の記憶があるからこそ、ランスは多くの事を最初から分かっていた。
だからこそ決して侮らず、確実にケイブリスを倒せるだろう計画を事前に立てていた。
奇襲を仕掛けて挟撃を成立させる。そして自分とホーネット派魔人達全員、そしてゼスからの援軍、そこにシャリエラの踊りの力が加われば、前回の時の手応えからしても100%ケイブリスを倒せるだろうと踏んでいた。
そんな計画はしかし、ケイブリスがミダラナツリーに進路を変えた事によって崩れてしまった。
更にはカミーラを救う為に先行した事によって、すぐ近くのキャンプ地までは連れてきているシャリエラの力も今は借りる事が出来ない。
幸いカミーラに関しては目論見通り、こちらがケイブリスの気を引いている間に上手く逃げられたようだが、当初の計画が全て台無しになっている現状にランスは歯噛みする。
「どーしたどーしたァ! ムカつくぐれにー強気だったのは態度だけか!? アァ!?」
(──く、そっ! つーか二人しかいねぇとマジで休む暇がねぇッ!)
そんな思考の最中も休む暇なく、立て続けに振るわれるウスパーとサスバーの猛攻。
寸での所で回避したり、ランスアタックで打ち払ったりするのもすでにキツくなってきた。
その上未だ攻撃らしい攻撃はロクに与える事が出来ていない。ホーネットの魔法攻撃が何度か直撃しているものの、ランスが振るう魔剣の刃は専ら防戦一方である。
(どうする、どうする──!)
このままでは埒が明かない。
どうにか隙を見つけて攻勢に転じなければ。受けているだけでは……いずれ。
とそのように、焦れながらも反撃のタイミングを伺っていたランスの一方。
(……ハッ)
ケイブリスは態度とは裏腹に頭の中は激さず、冷静に相手の戦力を分析していた。
(……なぁんだ。偉そうに大口叩くからどんなもんかと思えば、所詮人間なんざこんなもんか)
そうして分かった。このランスという男は大した相手ではない。
やはりこれは人間だ。雑魚プチプチとはどこまでいっても所詮雑魚プチプチだ。
ただ一応、あえて言うなら気になる点があるにはあって……その一つがこれだろう。
「オラァ!!」
「おっと!」
力強く大振りに、けれども鋭く振るった大剣サスパーの一撃。
真横に薙ぐような広範囲の一閃を、その男は刃が届くギリギリで立ち止まる事で回避する。
(しっかしまぁさすが雑魚プチプチだけあって、小賢しく避けるのだけは上手いじゃねーか)
この通り、このランスという男はこちらの攻撃を躱すのが上手い。見切りの技術が冴えている。
というよりも……この男は妙に勘が良い。その躱し方は機敏というよりも事前に予測した攻撃を予測通りに躱すような、まるでこちらの戦い方を熟知しているかのような印象を受ける。
(けれどもそんな事はあり得ねぇ。俺様の戦いを見た事があるヤツなんてこの魔物界にですらそうは居ねぇはずだからな。たかが100年ぽっちも生きられない人間如きが知っているはずがねぇ)
だとしたらこれはやはり、このランスという男の技量という事なのだろう。
成る程最強の人間だと自称するだけの事はある。その躱しの技術はウザったい事この上ない。
しかし。
(それでもこいつは問題ねぇな。こいつ自体は全然大した事ねぇ)
弱いとは言わない。
その躱しの技術や、必殺技で以てこちらの一撃と打ち合ってみせる点なども含めて、人間としては破格の戦闘能力を有している事は認める。
しかし、あくまでそれだけだ。
あくまで人間の中で飛び抜けているだけ。魔人の領域にはまるで届いていない。
仮に一対一で一万回戦ったとしたら、間違いなくその一万回全てにおいて自分が勝つ。
このランスという人間に関してなら、極度に臆病な性格のケイブリスであってもそう断言出来る。
(こんな雑魚、俺様にとっちゃあ眼中にもねぇ相手なんだが……)
それでももう一つ気になる点としては、この男が魔剣カオスを振るっている事。
魔剣は魔人の身体を容易く斬り裂く。それどころか魔王の身体ですらも貫く程の代物。故に魔人に対する攻撃力となると、それはホーネットとも遜色が無い程に高くなる。
だからこそ無視は出来ない。この男が単なる剣士なら完全に無視してしまえるのだが、ランスが魔剣使いである以上一応は注意しないといけない。それが煩わしい。
(でもまぁ、それだけだ。ちょっと鬱陶しいだけでこいつ自体はいつでも潰せる)
体感で言うなら自分の全力を10として、その内1か2の力を割くだけで十分だと言える相手。
なので今意識を割くべきはこの男ではなく、それよりも遥かに危険なもう一人の方だろう。
(そうだ、問題は、こっちだ……!)
「──ケイブリスッ!」
「ふんっ!」
問題の相手──ホーネット派の主、魔人ホーネットが剣を振るって攻め立ててくる。
その細身の剣を左の巨剣で受け止めながら、ケイブリスは内心密かに恐怖を覚える。
(クソが……このアマ、おもちゃみてーに細い剣を振るってるのに、それなのに……!)
こうして剣を交えてみて分かった。自分とホーネットの剣の才能は互角だ。
6千年掛けて磨いた自分の剣と、千年も生きていないホーネットの剣が互角というのは非常に腹立たしい話なのだが、こればっかしは文句を言っても仕方がない。
とにかく才能の部分では同等であって、故に剣術の技量で勝負するとしたら中々決着は付かないだろうが……けれども互いの膂力は異なる。
「うらぁッ!」
「く、ぅ……!」
刃を切り結んだまま、ケイブリスは強引に左手を押し込む。
負けじとホーネットもその手に力を込めたが……すぐに力負けして、押し込まれた身体がバランスを崩してたたらを踏む。
ホーネットはその外見からも明らかなように、魔人の中では華奢な部類に入る。
一方で自分はパワーこそが、自己強化を繰り返して鍛え上げたこの肉体こそが最大の武器。
だから剣の才能が互角だとしても、いや互角だからこそ自分の方に分がある。確実な差がある膂力で以て押し切れば、いずれはホーネットを倒す事が出来るはずだ。
……とはならないのがこの戦い。
単なる膂力の差だけでは勝つ事は難しい、それが魔人筆頭という存在で。
ホーネットが体勢を崩したのを機と見て一歩踏み込んだケイブリスは、直後眩い光を見た。
(っ、ヤバいッ!)
とっさに踏み止まって、直撃を受けたら危険な顔面を左腕でカバーする。
「はっ!」
鋭く息を吐くホーネット。彼女の真骨頂は剣術ではなくこちら。
戦いながらも呪文の詠唱を完成させて、眩く発光するのはその周囲に浮かぶ白の魔法球。
「──ぐうっ!」
そうして発射された極太の光、白色破壊光線。
至近距離からのレーザーを回避する事は出来ず、受け止めたケイブリスの太い二の腕を、剛毛で覆われた左腕を容赦無く焼いていく。
「ぐっ、オオォォオオオオ!」
身体を焼かれる痛みに呻きながら、ケイブリスはその破壊力に震撼する。
(やっぱり、こいつの魔法は危ねぇ……ッ!)
自分とホーネットを比較して、自分の方が確実に負けていると言える部分。それがこの魔法だ。
自分の魔法レベルは1。一方のホーネットは破壊光線を容易く扱う所から見て2はあるはずだ。
自分は剣術の方が得意なので戦闘の際は殆ど魔法を使わないのだが、もし魔法での撃ち合いでホーネットと勝負したなら間違いなくこちらが敗れる事になるだろう。
魔人ホーネット。剣の才能では互角。魔法の才能では相手が上。
加えてケイブリスには知らぬ事だが彼女は神魔法の才能まで有している。つまり才能の数で言うなら完全にケイブリスを上回っている相手。
そして。
(それだけじゃねぇ、多分こいつは……!)
そして。
これはあくまで予想であって、ケイブリスがその具体的な数値を知っているという訳では無い。
ただそれでも、ケイブリスは最強最古の魔人。六千年にも及ぶ長い時間を生き抜いてきた分洞察力なども鍛えられており、故にこそ肌で感じる印象から察せられるものがある。
魔人ホーネット。彼女の魔人としてのレベルの才能限界──それは320。
その並々ならぬ数字はケイブリスの才能限界である255を大きく上回っている。
それはつまり、ホーネットという魔人はやがては自分よりも強くなる相手だと言う事で。
才能で、そしてレベルの限界値で、間違い無く自分を上回っていると言える相手。
それがケイブリスにとってのホーネット。憎き敵派閥の主であって……そして。
(こいつだッ! 今はこいつだけが怖えぇ! こいつだけが俺様の障害になる!!)
そして、今目の前に迫る恐怖の対象。
ケイブリスにとっての宿敵とは、ホーネット派というのは結局の所この魔人ただ一人だけ。
魔人サテラや魔人ハウゼルも、魔人シルキィですらも恐怖を感じる所まではいかない。ただこのホーネットだけが、潜在的なポテンシャルで自分を上回っているこの女だけが恐ろしい。
(そうだ、怖いのはもうこいつだけなんだ!! だから、だから──!!)
「ホーネットォ! テメェさえぶっ殺せば、俺様はぁぁァァア!!」
「っ!」
猛りながらの強引な突進。
その勢いを弱らせるかのようにファイアーレーザーが飛んできたが、それも無視。
生半可な魔法などは鍛え上げた肉体で無理やりに受け止め、一気に距離を詰める。
「オラァ!!」
「くっ! ケイ、ブリス……ッ!」
接近戦なら分があるのはこちらの方だ。
ケイブリスは左の巨剣を振り下ろして、あえてホーネットの剣に受け止めさせる。
そして双剣の利を生かして続く右の巨剣を一閃、隙が生じた魔人筆頭の胴体へと──
「でりゃッ!」
「あぁくそ、鬱陶しい!」
右の巨剣を振るう寸前、ケイブリスはその軌道を攻撃から守備に切り替える。
直後地を這うような衝撃波、ランスアタックが飛んできて巨剣の刃に衝突した。
(クソ野郎が、雑魚のくせに要所要所邪魔だけはしてきやがって……ッ!)
中々切り崩せない。ホーネットとランスの巧みなフォローの前にケイブリスは舌打ちする。
現状9の力をホーネット相手に、そして残る1の力をランスに割くような感じで戦っている。
故にこそ戦いが拮抗している。いや、というよりも戦いが拮抗してしまっている。
仮に10の力でホーネットに当たれば、時間は掛かるだろうが倒す事は出来ると思う。思いたい。
けれどもその場合ランスがフリーになる。魔剣を扱うこの男を自由にさせるのは怖い。
逆に10の力をランスに当てれば、多分一分も掛からずに叩き潰せるとは思う。
けれどもその場合ホーネットがフリーになって……ただでさえ怖い魔人筆頭を一秒でも自由にさせるなんて怖すぎる、論外だ。
(こうなると……やっぱり、
この拮抗した状況を打破する術。
それは実の所、すでにケイブリスの頭の中に一つだけ思い浮かんでいる。
(けど、もし
けれども今、臆病で慎重な心がその思考にブレーキを掛けてしまっている。
もし仮にその秘策を使ったとして、それでもこの二人を倒す事が出来なかったら。
そうなったらもう打つ手が無い。その事実を直視してしまう事が怖い。
(あぁ駄目だ、怖えぇ、怖すぎる! 一体どうすりゃいい!?)
敵が怖い。戦う事が怖い。
そもそもケイブリスは絶対に勝てる戦いしかしない魔人。だからこうしている今、勝てるか分からない戦いをしている事自体が恐ろしい。
(怖えぇよ、死にたくねぇ! つーかなんでこの俺様が戦う事になってんだよ!?)
自分の命を奪う可能性のあるもの。その全ての存在が恐ろしい。
いっその事戦闘なんて止めて、この場から逃げ出してしまおうか。
それだって選択肢の一つなのでは。と、そんな弱腰極まる選択肢を思い掛けて。
(──いいや、違うッ!)
途端にそれを否定する。
(怖い? 一体なにが怖いってんだ?)
自らの思考を。自らの思考で上書きする。
(俺様が負けるはずがねぇだろ? だって俺様は最強最古の魔人ケイブリス様なんだぞ?)
つい先程まで怖い怖いと臆病になっていたかと思えば、次の瞬間には一転して増長している。
傍目からはとても奇妙に思えるが、戦闘中でさえもころころとその思考を変化させる、それがケイブリスという魔人なのである。
(そうだ、俺様は最強の魔人だ! だったらこんな雑魚共に負けるわけがねぇだろ?)
とにかくこうして、臆病な思考のターンが終わったらしいケイブリスは──決断した。
(ホーネットだろうが関係ねぇ。俺様に勝てるヤツなんざいるはずねぇんだ……やってやるッ!)
するとケイブリスは深く身を沈めて、
「だりゃッ!」
力を溜めて一気にジャンプ。
大広間の天井近くまで一息に飛び上がる。
「っ、なにを……」
その不意を打つような行動に、ホーネットが一瞬面食らう中、
「ふんっ!」
ケイブリスは空中で尻尾を大きく振るって。
「あ」
その巨体がぐるりと一回転する姿を。
記憶の中に見覚えの残るその動きを目にした時。
(……あ、いけね。
ランスは頭の片隅で、まるで他人事のようにそんな事を考えて。
「くっ!」
直後ホーネットは真後ろに飛んだ。
それを知らなかったが故、彼女はそこで回避する事を選択して。
「チィ!」
一方のランスは身体に宿る気力を振り絞りながら魔剣を振りかぶる。
それを知っているが故、彼は下がらずにランスアタックでの迎撃を試みて。
「──死にやがれェッ!!」
怒号と共に、二振りの大剣による渾身の一撃が勢いそのままに落ちてくる。
振り下ろされた双剣ウスパーとサスパーの斬撃。
そして発生した津波のような衝撃波が2つ、ランスとホーネットを飲み込んでいく。
それは六千年に及ぶ雌伏の時の中で磨いた成果。
この魔人を最強の魔人たらしめるもの。
魔人ケイブリスが誇る必殺技──スクイレルザンが炸裂した。