「かきかきっと……ランス様、出来ました」
「うむ」
奴隷のペン持つ右手が止まった事にランスは満足そうに頷く。
そうして書き上がった手紙、それは遠く離れた地JAPANに居る香姫を呼び出す為のもの。
「ウルザちゃん。この手紙が香ちゃんの所まで届くにはどれくらいかかるかな」
「そうですね……ここから番裏の砦まで一日掛けて歩いた後、それからポストに投函してJAPANに届くまで……大体一週間という所ですかね」
「……つー事は往復だから、香ちゃんが来るには2週間以上掛かるって事か。……長いな」
魔物界は大陸の西側一帯であり、対してJAPANがあるのは東の果て。双方の距離はこの大陸上で最も離れていると言える。
ただ待っているだけなど退屈なランスは嫌そうに顔を顰めるが、香姫の協力がない限り先程思い付いた作戦は実行出来ない。こればかりはどうしようも無い事である。
「けれど香姫様ってお忙しいんじゃないの? こんな所まで来てくれるとは思えないけど」
「大丈夫だろ、ウルザちゃんだって来たんだし」
「私はガンジー王が許可してくれましたから……けれど香姫様はJAPANの国主ですし、確かにここに呼ぶのは考え直した方がいいかもしれませんね」
香姫は織田家の当主であり、統一されたJAPANの現国主に当たる存在。
立場としては一国の王に等しく、手紙一つで簡単に呼び出すのは難しい相手である。
「つってもJAPANは俺が統一してやったんだぞ。それにJAPANの国主が忙しいなら世界総統の俺様はもっと忙しいはずだ。だから問題無い」
「……ランス様。それ、あんまり意味が繋がっていないような……」
「忙しいというのもそうなのですが、一般的に魔物界はとても危険な場所です。そんな場所に香姫様が向かう事を周囲の者が許すかと考えると……」
「……ぬ」
ウルザからそう言われて考えてみると、確かに香姫の周りには頭が3つある妖怪や幼女趣味の武将など、過保護な者がとても多かった。
これはちょっと難しいかもしれんな、とランスも内心では思い始めていたのだが、しかしここにきて考えを変えるのも癪なので気にしない事にした。
「せっかく書いたんだしとりあえず送ってみる。まぁなんとかなるだろ」
そんな訳で、香姫に手紙を送る運びとなった。
ランスは早速かなみに使いぱしりをさせようと、口を開こうとした寸前で考え直す。
(そういやぁこの前はシルキィちゃんに配達を頼んだんだっけ。なら今回もそうするか。かなみを行かせちまうとその間セックスが出来ないしな)
最近のランスにはちょっとした悩みがある。それはランス城に居た頃と違ってこの魔王城では夜のお相手の選択肢が乏しい。そんな彼にとってはとても切実な悩み事。
早くホーネット派の女魔人達を自分のものにしたい。その思いはランスの中で強く、まずは魔人シルキィ、その為に必要なのが香姫の協力となる。
「……と、いう訳なのだ。て事でシルキィちゃん、この前みたいにこれを頼む」
その部屋に入るなり開口一番、ランスは事情を説明して手紙の配達を依頼する。
しかしその話を聞いたシルキィは困ったように眉根を寄せた。
「……ちょっとタイミングが悪かったわね。彼、ほんのついさっき出発しちゃったのよ」
「なに? では無理という事か?」
「……うーん。数日後には魔王城に戻ってくるとは思うけど……。どうしようかしら、私もそろそろ前線に向かわないといけないし……」
以前にも手紙の配達を請け負ってくれた相手、魔人メガラスはその役割上ホーネット派の拠点を飛び回っているので、城で待っていればその内に接触出来るはずではある。
しかし自分はもうすぐ城を離れる予定。自分抜きであの無口な魔人と意思疎通が出来るだろうか、何か書き置きを残した方がいいだろうか。
そんな事を考えていたシルキィの耳に、ランスの驚き声が飛び込んできた。
「なんだと!? シルキィちゃん、君は戦いに行くのか?」
「えぇ、そりゃまぁ。そろそろケイブリス派の魔物兵達も集結する頃合いだし、ホーネット様お一人に前線を任せる訳にはいかないからね」
もう何度目か分からない両派閥の戦い、その開戦の機運が少し前より高まっている。
そこでホーネット派の主は一足先に前線に向かい、すでに小競り合いも始まっている状態で。
今ホーネットが相手にしているのは、勝手に先行して暴れ回っている魔人レッドアイのみ。
故に彼女だけで抑えられているのだが、しかしこの後二体三体と敵魔人の数が増えれば、魔人筆頭としての力を持つホーネットといえども無理が生じてくる。
ホーネットが敗れる事は派閥そのものの敗北と同義なので、シルキィとしては当然そうなる前に戦線に加わるつもりだった。
「……ちなみにシルキィちゃん。それっていつぐらいまで掛かる予定?」
「いつぐらいって言われてもね、相手次第な所もあるし……長く掛かったとしたら数ヶ月とか?」
「なッ!?」
(な、な、数ヶ月だと!? 冗談じゃないぞ、もうシルキィちゃんを抱く一歩手前まで来てるんだ。ここに来てお預けなんかされてたまるか!!)
シルキィとは以前交わした約束があるので、その約束さえ達成出来ればセックス可能となる。
そしてその約束を達成する為の作戦はすでに完成している。残るはいちばん重要な「アレ」を受け取る事、その為の時間だけが問題だった。
「シルキィちゃん、せめて後一週間だけ出発を待ってくれ」
「……それくらいならぎりぎり待てない事もないけど、待って何かがあるの?」
「そりゃ勿論、君が俺様のものになるのだ」
「あ、あのねぇ。……毎回毎回、貴方ってそれしか頭にないの?」
それはもう聞き飽きたような話。この城内で顔を合わせる度、毎度のように口説かれていたシルキィはいい加減に呆れてしまったのだが、しかし今日のランスは少し違った。
「甘いぞシルキィちゃん。すでに魔人を一体片付ける手はずは整ったのだ!!」
「え!? ……て、冗談でしょう?」
魔人を一体倒せという条件、それはそうしてくれたらいいなという願望のようなもので。
魔人の自分達でも苦労している事なのに、それを人間のランスが容易く出来るはずが無い。
そう思うシルキィなのだが、しかし見ているとそんな考えが揺らぎそうになる程、その男の表情は自信に溢れていた。
「いいな、後一週間は待ってろよ!! ……ついでに俺様の女になる準備をしておけよ!!」
ランスはシルキィの部屋を飛び出した。
そして大急ぎで自室まで戻ってきた。
「ウルザちゃん、作戦変更!! 手紙じゃ遅すぎて駄目!!」
「遅いとは? 何かあったのですか?」
「うむ、ちょっと予定が変わってな、数日以内に何とかせにゃならん」
「数日って……ランス、さすがにそれは無理よ。ここからJAPANまではどうやったって……」
片道一週間近く掛かる距離を往復数日で済ませるなど、かなみでなくても不可能だと分かる。
しかしそんな無茶でもやらせるのがランスという男であって。
「そこをどうにかするのがお前らの仕事じゃ!! おいシィル、お前って瞬間移動の魔法とか使えないのか?」
「そんな高度な魔法、とても私には……」
「がー! 使えない奴隷めーー!!」
ランスは苛立ちを奴隷のもこもこ頭にぶつける。
そうして暫くもみくちゃにしていると、ふいにウルザが呟いた。
「魔法……」
「ん?」
「……そういえば、あれを持ってきていました。もしかしたら何とかなるかもしれません」
◇ ◇ ◇
そしてその後。
ランス達一行は魔王城を出発、北に向かって数時間進んだ場所に到着していた。
「ねぇランス。……あれよね?」
「……あぁ、あれだろうなぁ」
「……すごい光景ですね、ランス様」
「シルキィさんの言う通り、見ればすぐに分かりますね」
四人は思い思いの言葉を口にする。そんな彼らの眼前では轟音と共に幾条もの落雷が止めどなく発生していた。
聞けばこの場所一帯は魔物界でも少し変わった場所で、日夜ずっと止むこと無く雷の雨が降りそそいでいるらしい。
ここは魔王城から北に進んだ場所にある魔物界の名所、『光原』と呼ばれる一帯。
先程再びシルキィに「魔物界で魔力の高まっている土地は無いか」と尋ねたら「だったら光原はどう?」と言われてやって来たのである。
「なんだかあんまし長居したくない場所だな。……ウルザちゃん、とっとと頼む」
「了解です。……前回よりも距離が開いていますからね、ちゃんと繋がればいいのですが……」
ウルザは背中に背負っていた機械を下ろし、あれこれ操作を開始する。
ランス達がこの光原までやって来た理由。それはウルザが持参したアイテム、遠距離用魔法電話の使用を試みる為である。
魔法電話とは遠くにいる相手との会話を可能にする道具だが、原則として国を越えるような長距離間の使用は出来ない。だがウルザが所持するそれは魔法大国ゼスの叡智によって、遠距離でも使用できるように作られた試作機である。
以前ウルザがJAPANに赴いた時、それを使って遠く離れたゼスとの通信に成功した。これはその時のものをさらに改良したものとなる。
ただこの魔法電話を使用するには魔力の高い土地である必要がある。そんな理由でこの光原までやって来たという訳だった。
そして準備が整ったのか、ウルザが通話のスイッチをオンにした。
『ザザザッ…… ピー…………』
「……何も聞こえんぞ」
「ノイズが聞こえるという事は繋がってはいるはずです。……もしもし、ゼス王国所属、ウルザ・プラナアイスです。香姫様、3G殿、聞こえますか?」
受話器に向けて呼び掛けを何度も行い、それからしばらく経って。
『……し、もしもーし。ううむ、よく聞こえんのう……』
「む、その声は妖怪ジジイか?」
『ぬお、そ、その声はランス殿? い、一体何事……』
「おいジジイ、つべこべ言わずそこに香ちゃんを呼んでこい、大至急だ!!」
ランスの有無を言わさぬ口調に押され、3Gは部下に香姫を呼ぶよう命じる。
そして数分の後、連絡を受けて来た織田香が電話の前の畳に座り、そして受話器を手に取った。
『……もしもし、ランス兄様?』
「おお、香ちゃん! 久しぶりだな!」
『……兄様っ! お久しぶりです!』
受話器越しとは言え、兄と慕うランスとの久しぶりの会話に香の声色が弾む。
『けど一体どうされたのですか? ランス兄様?』
「香ちゃん、緊急の用事だ。今すぐ番裏の砦に来てくれ。具体的には3日か4日以内」
『え、えぇ!? そんなにすぐにですか? それは……さすがに……』
驚くあまりに上擦った声を上げてしまった香は、隣に居る3Gの顔色をちらりと伺う。するとその妖怪は3つの首全てを横に振っていた。
そして香自身も内心難しい事だと理解していた。彼女は国主として日々忙しく過ごしており、ランスの役に立ちたい気持ちはあれど、しかし立場上出来ない事も多くある。
『兄様。せめて……せめて一ヶ月ぐらい待ってくれませんか?』
「それじゃあ全然間に合わん。俺様は今すぐにでも君の団子が、あの団子が欲しいのだ」
『……えっ?』
電話の向こうから聞こえたその言葉に、思わず香はドキっと高鳴る胸を押さえる。
『ランス兄様、けれど私のお団子は……』
「分かってる。だが、君の団子で無くては駄目なのだ。どうしても今すぐに君の団子が欲しい」
『兄様……! 私のお団子を、兄様がそんなにも欲しがってくれるなんて……!』
織田香。彼女は織田家の姫であるが、掃除や料理など家事一般も人並み以上にはこなせる。
しかし、何故かは分からないのだがが団子だけは作れない。いや、作ると団子とは別の何かになってしまうと言った方が正しいかもしれない。
自分の団子だけは絶対人に差し出してはいけない、そう亡き兄からも言われていた。それを敬愛するもう一人の兄がこんなにも熱望してくれるとは。
香は興奮を隠せない様子で、耳に当てていた受話器を強く握り締める。
『分かりました、兄様! そちらに行くのは難しいですが、お団子だけでも届けさせます!』
「いや、でもそれ……途中で腐らないか?」
『大丈夫です、腐りません! 私のお団子は腐った事ありませんから!!』
「……そ、そうか」
それはそれで妙な話なのではとも思ったが、しかしランスは聞き流す事にした。
「じゃあまぁ仕方無い、超特急で番裏の砦まで届けてくれ。いいな、超特急だぞ」
『超特急で番裏の砦、ですねっ!! 任せて下さい、ランス兄様!!』
その後。ランスの言葉に意気盛んとなった香は、丹精込めて会心の出来となる団子を作り上げた。
それはすぐさまてばさき隊によってポルトガルまで運ばれ、そしてポルトガルで最高級早うし車に載せ替えられ、番裏の砦まで運ばれる事となる。
その到着を待っている間、ウルザは番裏の砦から魔王城までの道程で使ううし車を用意し、魔物達がそれを襲わないようシルキィに通達してもらった。
今後もこのルートは自分達が利用する事が考えられるので、連絡と移動の為にうし車くらい使えるようにしておいた方が良いと判断したからである。
その結果、なんとかシルキィの出立前に、香姫特製団子がランスの手元に届けられた。