「今度こそ死にやがれェッ!!」
響く怒号。
そして魔人ケイブリスによる必殺技、スクイレルザンが振り下ろされて。
「……掛かりやがったな」
と呟いて。
魔剣を構えるランスが口元をにぃっと曲げた。
──その、少し前の事。
ここで話は今より30分程前に遡る。
それは第一戦目が終了した後の事。
消えた二人に止めを刺すべく、ケイブリスがカミーラ城の隅から隅までを捜索していた頃。
一方ランスとホーネットは。
カミーラ城からワープして、遠く離れたゼス国マジノラインの上空。
電卓キューブ迷宮の出す試練をクリアして、ホーネットの専用武器を手に入れた頃──
「よっしゃ、んじゃあ行くぞホーネット。あのリス野郎にリベンジじゃ」
「えぇ、そうですね」
魔人ホーネット専用武器、Xの服への着替えも済ませた。
再戦の準備を整えた二人が顔を見合わせて頷きあった──その直後の事。
「……ですが」
と、ホーネットが一言。
実はあの後、電卓キューブを去る前に二人の間でこんな会話が繰り広げられていた。
「その前に一つ……再戦に臨む前に考えなければならない事があります」
「考える事?」
「えぇ。あの時ケイブリスが放った技……先の一戦の勝敗を分ける事となったあの技の事です」
「……あー」
言われてランスも頭に過ぎったのか、渋い顔で嫌そうに返事を返す。
あの時ケイブリスが放った技。
一戦目の戦いの勝敗を分ける事となった技。
それは勿論魔人ケイブリスの必殺技──スクイレルザンの事を指す。
「ケイブリスの攻撃はどれも強力なものでしたが、特にあの技は……高く飛び上がっての回転落下斬りの迫力は際立っていました」
「まぁな。多分ありゃあ俺様のランスアタックと同じようにヤツにとっての必殺技だろーな」
「えぇ。あの必殺技によって一気に戦局が傾いてしまった事を考えると、ここでなんの対策も打たずにもう一度戦いに臨んだところで、また同じ結果を招く事になりかねません」
「……ふむ」
それ一つで戦局を変える大技。あの時ケイブリスが放った必殺技とはそれ程に強力な代物。
となればスクイレルザンへの何ら対策無しにもう一度戦うのは得策ではない。その言葉にはランスも同意するしかなかったのだが。
「……けど対策か、対策っつってもなぁ……」
果たして対策などがあるのだろうか。
ランスは困ったようにぽりぽりと頭を掻く。
あの必殺技、スクイレルザンが厄介な技だという事はランスが一番よく理解している。
それこそ前回の時も含めた場合、ランスはもう何度もあの技を食らってきているのだから。
ただでさえ強力な上、スクイレルザンとはランスアタックと同じように必殺技である為、気力さえ溜まれば二度三度と放つ事だって出来る。
とはいえさすがにランスアタックと比べたら桁違いの気力を必要とするらしく、それ相応の溜めは必要になるようだが、いずれにせよ一撃で勝負を決する程に強力な必殺技の対策となると……。
「そうだな……キムチ鍋を食うとか?」
「……キムチ鍋?」
「……いんや、なんでもない。忘れろ」
カラウマーな味を思い出したランスはやれやれと頭を振る。
作り手不在な絶品キムチ鍋はともかくとして、スクイレルザンによって受けたダメージをその都度こまめに回復する、それは確かに地道ながらも対策の一つには違いない。
とはいえあのスクイレルザンが秘める価値をダメージという見方をした場合、そこには少し首を傾げてしまうポイントがある。
「つーか……なぁホーネット」
「なんですか?」
「あの必殺技を食らった時って……効いたか?」
「え? えぇ、勿論それなりには効きましたが……貴方には効き目が無かったのですか?」
「いやまぁ俺様もそれなりには効いたんだが……」
スクイレルザンはそれなりには効いた。
あくまで──それなり。そう答えるランスは納得いかなそうに首を傾げる。
「でもなんか変な感じがしないか? あの技って」
「それは……確かにそうですね。振り返って考えると妙な違和感のようなものは受けました」
そして、ホーネットもそれに同意する。
あの必殺技を食らった時、二人は身体中を刻まれるような痛みと共に奇妙な感覚を覚えていた。
それはスクイレルザンが与えるダメージの量。その破壊力が齎す奇妙な結果。
「なんかこう……半分、だよな?」
「……ですね。半分な感じはしました」
「それもMAXからじゃなくて、現在の状態から半分ポッキリってな感じだよな?」
「えぇ、そんな感じですね。……考えれば考える程に不思議な技でしたね、あれは……」
それが『半分』という事。
スクイレルザンとは実に不思議な技で、その威力が固定化されているという特徴がある。
そのダメージ量は対象が有する生命力の半分。それはつまり、万全の状態からであれば一撃食らっただけでもう半殺しになるようなもの。
そう考えると恐ろしい技だが、しかしスクイレルザンによって削られる生命力は最大値からではなく、現在の状態から半分となる。
その為例えば二回連続で食らった場合、二度目のダメージは一度目の更に半分という事になる。
「……あの時、私は相当なダメージを受けたような気がしていたのですが、しかし半分という見方をするとそうでもないのかもしれませんね」
「うむ。あの必殺技はまぁ痛いっちゃ痛いけど、でもいけるっちゃいけるんだよなぁ」
「確かにそうですね。ダメージだけで言うならば耐えらないという程のものではありません」
共に同じ感想らしく、ランスとホーネットは顔を合わせて頷き合う。
如何なる場合でも生命力を半分削られる技。
それはつまりスクイレルザンだけであれば、永遠に半分から半分を減らしていくだけで何度喰らおうとも死にはしないという事になる。
対象を選ばず、人間のランスと比べて遥かに生命力に勝るホーネットのそれをも問答無用で半減する点は脅威には違いないのだが、しかしその技が直接に死という結果を齎す事は絶対に無い。
「ですが……あの必殺技はむしろダメージ以外の要素の方が厄介だと思います」
スクイレルザンとはそういう技。そのダメージ量で言うならあくまで生命力の半分だけ。
それがこの技の持つ特色の一つであり、この技が秘める真価とはもう一つの特色の方にある。
「……あの時の私はケイブリスの必殺技を受けた事によって、前後不覚となって立ち上がる事も出来ない状態となりました。戦いの中にあってはそちらの影響の方が遥かに脅威です」
「あー、頭ぐらぐらするヤツな。確かにあれは……ちょっぴり厄介だな」
「えぇ。昏倒、あるいは短期的な脳震盪……とでも言えばいいのでしょうか。意識が混濁してしまう事への対策は考えねばならないでしょう」
それがダウン状態。あるいは一時的な戦闘不能状態に追い込まれてしまう事。
スクイレルザンによって繰り出される特殊な衝撃波の直撃によって、頭を揺さぶられた相手は一定時間戦う事が出来なくなってしまうのだ。
「ランス。あの意識混濁はあの時に限った偶発的なものという可能性はないのでしょうか?」
「無いな。それは絶対に無い。あれはヤツの必殺技に付いてる特殊効果みてーなもんだ」
「ですよね……。あの双剣が二条の衝撃波を扇状に放つ点から鑑みても、恐らくは左右それぞれ計二体の相手を昏倒させる技なのでしょう」
その衝撃波を食らった計二体の相手を戦闘不能状態に追い込む特殊効果。
仮にランスのようにその衝撃波と打ち合ったとしても、だとしたらその武器を破壊し、もしくは武器を握る腕を破壊する事によって同じく戦闘不能状態に追い込む。ケイブリスのスクイレルザンとはそのようにデザインされている。
「……実に厄介な技ですね」
「……けっ」
ダメージ量は相手の生命力の半分。それに加えて対象二体をダウンさせる特殊効果。
それは相手に勝つ為の技というよりもむしろ、相手を弱らせて戦えない状態に追い込む為の技、つまり負けない事に主眼を置いた必殺技で。
魔人ケイブリスの必殺技、スクイレルザン。
それは最強の力を持ちながらも、その性根はとても臆病なケイブリスという魔人の内面をよく表している必殺技だと言えた。
「ダメージはともかくとして、意識混濁については対策を打たねば戦いようがありません」
「……確かにな」
再戦に当たって、二人が危険視するのは一戦目の戦いの二の舞を演じてしまう事。
ダウン状態の特殊効果の対象は二名。そしてこちらに居るのも二名。となればこのままだとケイブリスがスクイレルザンを放った瞬間にゲームオーバーという話になりかねない。
「けどどうすりゃいいんだかな……ありゃ避けようと思って避けられるもんでもねーし……」
「そうですね。あの距離からあれ程に莫大な衝撃波を放たれては回避するのは難しいでしょう」
「それにあれは魔法バリアとかを張っても防ぐ事は出来ねーし……」
「そうなのですか?」
「ん? あぁうむ、まぁ勘だがな。あくまで勘だけどあれは魔法バリアでも無理だ。ダメージの方は防げるけど特殊効果の方までは防げん」
前回の時からの体験談なのだ、とは言えないランスは軽く視線を外す。
けれどもそれは紛れもない事実。その規模故に回避する事も出来ない、そしてバリアでも防げない特殊効果に関して、前回の時にランスが講じた対処法といえばただ一つだけ。
「こうなるとやっぱし生贄作戦しかねーか……」
「生贄……身代わりを立てるという事ですか?」
「うむ」
「……まぁ、そうですね。確かに対策としては考えられますが……」
それが生贄作戦。ダウン状態に陥るのはもう仕方無しとして身代わりを立てて戦う方法。
幸いな事にと言うべきか、一発のスクイレルザンで意識混濁に陥る対象は計二体のみ。放たれた衝撃波を中央で受けた相手しかダウン状態にはならない仕組みとなっているらしい。
となればそれを食らった者は──基本的にガード職の者となるのだが、とにかくダウンした者は下がらせて、抜けた穴は他の者がカバーしてと、皆で協力し合えば戦いを維持する事が可能となる。
「しかしそうなると……こちらの増援の到着を待って戦うという事ですか?」
「うむ、そういう事だ。さっきシィルをキャンプ地に引き返させた訳だし、もう暫くしたらウルザちゃん達を連れてくるはずだ。そうなりゃこっちはゼス軍兵士達含めて1000人以上の大軍勢、それなら幾らでも身代わりを立てる事が出来るって訳だ」
今回ゼス国から借りてきた三軍、それは前回の魔人討伐隊の総数を遥かに超える規模。
さすがに人類全体の粋を集めた精鋭部隊という訳では無いので戦力としては劣るものの、しかしスクイレルザンに対する身代わりとして考えるなら戦力は気にしなくても良い。
そう考えた場合、今回の生贄作戦はより効果的に機能するとも言えるのだが。
「しかし……」
「なんだ?」
「ゼス国から連れてきた人員というのは……見た所全てが後衛職なのでは?」
「……あ」
しかし問題は、その戦力の全てが魔法使いだけに限定されているという点で。
「となるとゼス国からの援軍が到着した所で、前で戦うのは依然として私と貴方だけですから、身代わりなど立てようがないのでは?」
「………………」
前衛職と後衛職では戦う場所が違う。戦場においてその身を置く位置が異なる。
1000名を超える援軍はその全員が自分達の後方で戦う事となるので、あの衝撃波を代わりに受けて貰おうにもそもそも配置的に無理がある。
「がー!! そういやそーだ!! てか今回前衛でキツい目に合うのは俺達だけじゃねーか!!」
「……まさか気付いていなかったのですか?」
「くそー! これだから魔法使いってのは!! あいつら揃いも揃って役立たねーー!!」
「役立たない事はないでしょう。あれ程の人数が揃って放つ魔法ならケイブリスにもダメージを与えられるはずです。……けれど、まぁ、あの必殺技への対策という面では確かに頼れそうにないですね」
頭をがしがしと掻きむしるランスの一方、ホーネットは小さく首を振る。
ゼス国から借りた援軍も身代わりとしては使えそうにないとなると……残る手段は。
「……こうなっては、再戦の前にシルキィ達と合流した方がいいかもしれませんね」
「……それって、ここからカスケード・バウに向かうって事か?」
「えぇ。そもそも当初の計画ではそのような予定だった訳ですし」
「けどなぁ……」
残る手段はカスケード・バウに移動する事か。
カスケード・バウにはホーネット派の防衛部隊が今も戦っているはずで、そちらには前衛として働ける者が幾らでも存在している……が。
けれどもそれは。カスケード・バウに戦力があるのは何もホーネット派だけではない。
「でもそれだと雑魚が増えるぞ、雑魚が。カスケード・バウにうようよいる向こうの魔物兵共も相手にせにゃならん事になっちまうじゃねーか。せっかく今はヤツが一人きり、ぶっ殺すには絶好のチャンスだってのに」
「それはそうですが……しかしこちらの前衛が私と貴方の二人しか居ない以上、あの必殺技の対策を取るのは無理があるのでは……」
「ぐぬぬ……」
二人の頭を悩ませる難問、魔人ケイブリス必殺のスクイレルザン。
それは6千年にも及ぶ研鑽の成果。最強の魔人が鍛え上げた最強の必殺技。
「ぐにに~……、ダメージは耐えられるんだ、あの頭ぐらぐらさえどうにかなりゃあ……」
計2名の相手を強制的にダウン状態に追い込む、あの特殊効果さえなんとかなれば。
そう思いはすれど、しかしそれでもどうにもならないのが現実というものか。
「うーむ、うう~~む……、どうにかしてあれさえ防ぐ事が出来れば……」
しかし……現実とは。
「あの頭ぐらぐら状態さえ……って、ぬ?」
とかくこの男にとって現実とは。
受け入れるものではなく、ねじ伏せて前に進む事を言うのであって。
「──はッ!?」
だからこそ、ランスは思い付いてしまった。
よりにもよってこれを思い付いてしまうのがランスという男だった。
「……そうだ、あれがあるじゃねーか」
その声は少し震えていた。
それは奇跡の閃きに対する感動故か。それとも悪魔的な発想に対する身震い故か。
「ランス?」
「……ホーネット」
そして……ホーネットの顔を見る。
あの強烈無比なスクイレルザンに対して唯一対抗可能であろう、魔人筆頭の顔を。
「……なぁ、お前はあの時、ケイブリスが放った必殺技の衝撃波を食らって戦えなくなった。……頭の中がぐらぐらになったんだよな?」
「え、えぇ……そうですね。視界が上下左右に大きく揺れて意識を保つ事が精一杯でした」
「けれどお前は死んではいない。でも頭の中がぐらぐら状態になった……」
一音一音確かめるかのように、ランスはゆっくりとその言葉の意味を反芻する。
「あの頭ぐらぐら状態は……普通にしてたらそうはならないはずだよな?」
「えぇ、それは勿論。あのような経験をしたのは私の人生において初めての事でした」
「そうだな。あれは普通とは違う状態……」
そこでランスは一度頷いて。
そして、言った。
「つまりそれは……状態異常、だよな?」
「……えっと、まぁ、そうかもしれませんね」
ダウン状態。あるいは一時的な戦闘不能状態。
それは通常の状態とは異なる状態である以上、確かに状態異常と表現する事が可能で。
「状態異常なら……防ぐ方法があったよな?」
「状態異常を防ぐ方法? ……って、え──」
そこでホーネットもようやく気付いたのか。
「──ま、まさか……!」
ハッとしたように口元を押さえる。
そして瞳をこれ以上無いぐらいに見開いた驚愕の表情で凍りつく。
「あぁそうだ! そのまさかだ!! 状態異常を防ぐ禁呪!! あれがあっただろう!!!」
それは禁じられた魔法──禁呪。
その中でも神魔法に分類される禁呪の一つ──状態回復の禁呪。
魔人ワーグの眠気にも通用する禁じられた魔法。それこそランスの閃いたとっておきの秘策。
「あの禁呪は全ての状態異常を一定時間無効化してくれるもんだったはずだ! ならあれを使えば頭ぐらぐら状態だって防げるはずだ!!」
「……し、しかし……!」
「これはいけるぞホーネットッ!! あの禁呪を使えばケイブリスの必殺技なんぞ怖くねぇ!」
ダウン状態を防ぐには状態異常を防げばいい。
そんな会心の閃きに歓喜するランスの一方、
「待って下さい! あれは、あの禁呪は……!!」
ホーネットは愕然とした様子で声を荒げる。
その表情の理由は禁呪が有する難点、使用の対価として生じる副作用の問題。
特にあの状態回復の禁呪の副作用は──
「……あ、あれは、あれは……! あれは、わ、わ、私が……!」
「ホーネット、作戦を考えたぞ。まずはリス野郎があの必殺技を撃ってくるように誘う。んでヤツが高く飛び上がったらこっちも反撃の準備をする」
「待って……話を、聞いて……!」
「そして奴が衝撃波を放ってきたら、それは気合で耐える! あれのダメージで死ぬ事は無いし、頭ぐらぐらになるのだって禁呪で防げるとなりゃあ耐える事が出来るはずだ!」
「ランス、お願い、話を……!」
「そしてヤツの攻撃に合わせてこっちも最強の一撃をぶつけるッ!! 攻撃中なら回避は不可能、俺とお前の必殺の一撃を100%ヤツに命中させる事が出来るって訳だ! どうだ、カンペキな作戦だろう!!」
ランスが鼻息荒く捲し立てる通り、確かにそれは有効な作戦だと言えた。
ケイブリスにとってスクイレルザンとは必勝必殺の技。そこに確たる自信があればある程、それを放つ時にはもう勝利を確信しているはずで。
そこに隙がある。その確信が油断に繋がる。そこを突いて最強の一撃をお返しする。その作戦案には欠点など見当たらなかったのだが。
「……そ、そんな……だって……」
弱々しく呟いて、ホーネットは子供のようにイヤイヤと首を横に振る。
その表情はもう泣きそうな顔をしていた。だってあの禁呪には副作用があって……。
「あの禁呪を使ったら……私、は……」
「うむ。お前はエッチな気分になっちまうな」
「………………」
……それは、術者たるホーネットがエッチな気分になってしまう、という副作用。
そしてその副作用を解消するのには……。
「大丈夫だ。あれは性欲を解消してやればすぐ元に戻るはずだ。前もそうだったからな」
「……性欲を、解消……」
「うむ。要はセックスすりゃあいいんだ」
「……っ」
その副作用の解決策は……性交をする事。
溢れるエッチな気分はエッチをして解消する。それは至極当たり前の事。
「……そ、そんな、だって……!」
「どうした」
「だって、だって私達は……つい先程まであのケイブリスと戦っていたのですよ!?」
「そうだな」
「そして……この後またすぐにケイブリスとの再戦に臨もうというのですよね!?」
「そうだな」
「それなのに……! その合間に、ここで身体を重ねるというのですか……!?」
「その通りだ。それこそがケイブリスをぶっ殺す唯一の秘策なのだ」
スクイレルザンに打ち勝つ秘策とは。
魔人ケイブリスを倒す為の秘策とは──セックスをする事。
「セックスこそが勝利の鍵だ。やはりエロは世界を救うって事なのだな」
「……そ、そんな……!」
あっけらかんとして答えるランスをよそに、ホーネットは信じたくないとばかりに首を振る。
今は決戦と決戦の合間。そんな中でエッチな気分になってエッチな事をするだなんて。
そんなものが秘策だなんて認めたくなかった。なんかもう戦いを冒涜しているような気がする。
「……い、嫌です。そんなの……嫌です」
「何がイヤなのだ。あの馬鹿リスにぎゃふんと言わせる絶好のチャンスではないか」
「それはそうですが……だってっ、私はもうあんな禁呪は金輪際使わないつもりで──」
「ホーネットっ!」
言葉の途中、それを遮るようにランスはホーネットの両肩をガシッと掴む。
「っ!」
その力強さはまるで……未だ決心が付かない気持ちを後押ししてくれるかのようで。
……もとい、崖から突き落とすかのようで。
「思い出せホーネットっ! あの禁呪の書は何処にあったんだ!?」
「何処って……あれは、お父様の部屋に……」
「そうだっ! あれはお前の親父がお前の為に残してくれたものだ!! だからお前の親父は遠くない内にこうなる事が分かってたんだ!!」
「え……?」
お前の親父は──魔王ガイは、遠くない内にこうなる事が分かっていた。
その言葉が、ホーネットの心に刺さる。
「いつかホーネットがケイブリスと戦う事になる。そうなったらきっと苦戦するだろうと考えたお前の親父は、ケイブリス対策として使えるあの禁呪をお前の為に残したんだっ!」
「……そ、そうなのですか?」
「そうなのだ! だからここでお前があの禁呪を使うのはもう運命なんだ!」
「……そうなのですか? お父様……」
ランスが適当に考えた話に押されて、ホーネットは思わず記憶の中に眠る父親に話しかける。
「お父様……」
ガイは何も答えてくれない。
ただ、それでも。ほんの少しだけ……笑ってくれたような気がした。
「………………」
「……ホーネット、覚悟を決めろ」
「……本当に、それしか方法がないのですか?」
「あぁ。ケイブリスに勝つ為にはこれしかない」
「………………」
全ては魔人ケイブリスに勝つ為。
派閥の存在意義を、自らの使命を果たす為。
そして──
「……安心しろ、ホーネット」
「………………」
「お前一人だけに辛い思いはさせない。お前のエッチな気分が元に戻るまで、この俺が何処までも何発でも付き合ってやる」
「……ランス」
何処までも付き合ってくれるらしい人。
生まれて始めて恋をした相手──ランスと共に戦って勝利をこの手に掴む為。
「……あまり悠長にしている時間はありませんよ」
「分かっとる。あんまし時間掛けてると援軍の方が先に到着しちまうからな。超特急でズコバコして速攻で副作用を終わらせてやるから心配すんな」
「…………えぇ」
遂に覚悟を決めたのか。
ホーネットは決意の表情で頷いて……そして。
──そして、彼女は禁呪を行使した。
自分自身とランスに対して、あらゆる状態異常を防ぐ守りの防壁を展開した。
その直後、ホーネットの身体の奥から火山の噴火のように湧き上がってきたエッチな気分。
派閥戦争だとか、ケイブリスとの決戦だとかそんなのはどうでもよくなってしまう程の淫欲。
それはランスが見事に退治した。
ホーネットの性の衝動が収まるまで、何度も何度も存分に身体を重ね合った。
そうしてとてもスッキリしたランスは、その心地よい余韻を残したままに。
一方思考が元通りになったホーネットは、熱を帯びた身体を静める時間もないままに。
二人は電卓キューブ迷宮を出て、元のカミーラ城へと戻ってきた。
そしてすぐにケイブリスとの再戦が始まって……戦いは狙い通りの展開となって。
──そして。
「今度こそ死にやがれェッ!!」
響く怒号。
そして魔人ケイブリスによる必殺技、スクイレルザンが振り下ろされる。
だがケイブリスには気付けなかった。
今こうして戦っている相手、ランスとホーネットには禁呪の守りがある事に。
この二人がほんの十分前まで、それはもう濃密に身体を交わらせていたなどとは到底気付けず。
「……掛かりやがったな」
──その瞬間、魔剣を構える男の口元がにぃっと弓形に曲がって。
「オラァァアアッ!!」
そして双剣が振り下ろされる。
回転と落下の勢いを乗せた打ち下ろしの一撃を大地に強く打ち付けて。
そして発生した衝撃波が2つ。スクイレルザンがランスとホーネットを襲う──だが。
「──ここだぁッ!!」
ランスは全身に漲る全ての気力を解き放つかのように魔剣を振り被って。
「──はッ!!」
そしてホーネットは周囲に展開した6つの魔法球全てを眩く発光させて。
そして、スクイレルザンが直撃した。
しかし必勝必殺の技、最強の魔人が繰り出す衝撃波を真っ向から受けても二人は倒れず。
そして。
「──ぎゃああああああああッ!!」
上がったのはケイブリスの悲鳴。
最強最古を誇る魔人が、ぐちゃぐちゃになった左腕を押さえて転げ回っていた。