決戦。
派閥戦争の勝者を決める最後の戦い。
金属の打ち合う音が鳴り響き、火花散らすその光景こそは決戦の名に相応しいもの。
「オラァァアアッ!!」
斬撃。
大剣ウスパーの一撃は地を揺らす程。
魔人ケイブリスの攻撃とは、その全てが必殺と呼ぶに違わない桁外れの暴力。
「でりゃあッ!!」
ランスはそれを受け止める。
湧き上がる無限の気力を衝撃波に変えて、必殺のランスアタックによって迎撃する。
「ぐぅ……!」
「この……ッ!」
衝突した剣の威力はほぼ互角。瞬間激しい激突音と眩い火花が飛び散る。
そして反発力に押されてケイブリスの右腕が、ランスは身体ごと大きく後ろに弾かれる。
「……くっ」
が、即座に体勢を整えて。
臆さず、退がらず、再び魔剣を振り被る。
「でいっ!!」
「ウラァ!!」
そして、二撃目。
再度の交錯。先程と同じく大剣ウスパーを迎え撃つのはランスアタックの刃。
「ランスー、がんばれー」
そこに届く気の抜けるような応援の声。
今も流麗なステップを踏んでいる踊り子、シャリエラ・アリエスが魅せる華麗な舞い。
「る~~るる~~♪」
彼女の踊りのおかげでランスは戦える。
圧倒的に膂力で劣るランスが唯一ケイブリスの大剣と打ち合える方法、必殺技ランスアタック。
それを繰り出すのに必要な気力を奇跡の踊りが回復してくれるおかげで、必殺技を連発する事が可能になる。魔人ケイブリスと真っ向から剣戟を交える事が可能になる。
「ランスっ、がんばれ、がんばれー」
「おう! 心配すんなシャリエラ、お前のご主人様は世界最強だ!!」
斬り結びながらも威勢よく応えるランス。
……だが、その強気な表情の裏では。
無限の気力があったとしても、ただの人間でしかない身体の構造までは変わらない。
最強の魔人の暴力と一撃打ち合うごとに途轍もない衝撃に襲われて、手首や二の腕どころか全身の骨が砕けてしまいそうになる。
「ぐッ……この程度で……!」
それでも歯を食い縛って耐える。耐えられる。
これが一度や二度目ならまだしも、すでに四度目を越えてもう五度目の決戦となれば。
前回の時の三戦を含めて魔人ケイブリスとの計五戦目となれば、どれだけの痛みやキツさであってもさすがに慣れてくるものがある。
「ランス様っ!」
そして、今はこの声だってある。
後衛から届くシィルの援護、回復の雨の癒やしが絶え間なくランスの下に届けられる。
「支援部隊! まずは前衛で戦う二人の援護を最優先にして下さい!」
そしてシィルだけじゃない。今のは同じく後衛から部隊を指揮するウルザの声だ。
ゼス軍後方支援部隊による援護、対象の攻撃や防御等の各ステータスを上昇させる付与魔法が前衛で戦う二人の戦力を底上げしてくれる。
「──ふっ!」
そして、魔法球から発射される魔法の爆撃。
後衛からの手厚い支援を受けて、前衛で戦うのはランスだけではない。
すぐ隣には刃の向きを揃える存在、戦場にあっては何よりも心強い魔人筆頭だっている。
「ケイブリス……!」
「グッ! ぐぐ、くっ、そがぁ! ホーネットッ、何処までも俺様の邪魔をしやがってェ!!」
魔力上昇効果の付与魔法、そしてXの服によって強化されたホーネットの魔法。
以前までとは違うその魔力が唸る度、ケイブリスは無視出来ないダメージに動きを止める。
カミーラ城で繰り広げられる最終決戦。
ケイブリス派の主、魔人ケイブリスとの死闘。
それは奇襲部隊の援軍が到着した事で、若干ながらもランス達の優勢で進んでいた。
そう。戦局の傾きはまだ「若干ながらも」と言った程度のものだ。
片腕を負傷した状態でランスとホーネットと千人規模の後衛を相手にしながら、それでもまだケイブリスは若干ながらも劣勢にある程度。
その程度の差で戦えている、踏み止まれているのは最強最古の魔人が誇る実力故か。
「──っ、だりゃあッ!!」
特に凄まじかったのはやはりその必殺技だ。
時間が経って気力が十分に溜まったのか、ケイブリスは深くしゃがみ込んでの大ジャンプ。
「ふんっ!」
そして太い尻尾を振るった反動で一回転。
勢いの乗せて振り下ろされる大剣。
三度目のスクイレルザン。
「くるぞっ!」
逃げろ──とは言わなかった。
そんなのはどうせ無理だと分かっていたからだ。
それは前衛で戦うランス達は勿論の事──離れた場所から支援する後衛でさえも。
「死ねぇぇえッッ!!!」
天から降される大剣が激しく大地を打ち付ける。
爆砕音と共に迸る莫大な規模の衝撃波。それは最強の魔人が鍛え上げた最強の一撃。
「ぐ、は──!!!」
「くッ、ぅ……!」
それはランスとホーネットを飲み込んで、
「うわぁぁぁぁっ!」
「きゃあぁぁぁ!」
そして後衛にいる者達でさえも。
千名を超える規模のゼス国三軍すらも容赦なく飲み込んでいく。
それがスクイレルザンの威力。片腕であってもなんら遜色なし。
その衝撃波は前衛を越えて後衛まで、自らと対峙する敵軍全てを蹴散らしていく。
「ぐぅ、ぅ……」
「う、あぁぁ……」
そうして最強の一撃が通過した後、各所から聞こえてくる兵士達の呻き声。
その場に居る全員が必殺の衝撃波に食い散らかされて痛手を負っていた。あらゆる者達の身体の各所に深い裂傷が刻まれていた。
「……っ、痛ったぁ……」
「マジックよ、平気か!」
「親父……うん、なんとか……」
「しかしなんという破壊力か……ただ一撃で、ゼス軍全てをこれ程までに……」
周囲に広がる凄惨たる光景にガンジー王が。
いいやその場にいる全ての者達が、最強の魔人の恐ろしさに震撼せずにはいられない。
やはり魔人ケイブリスは最強の魔人。そしてスクイレルザンとは最強の必殺技。
少人数相手にはダウン効果が有効となり、一方で大軍相手にはダメージ効果が有効となる。
その必殺技の一振りだけで、奇襲部隊の後衛は言葉そのままに半壊状態にまで陥った。
「どうだ雑魚共、効いただろうがッ!! いい加減にくたばっちまえよぉ!!」
「アホが! こんなもん痛くも痒くもないわ!」
しかしそれでも前衛は。
前で戦うランスはその動きを止めない。疲労と激痛はあれど決して退がろうとはしない。
自分がここで退がった瞬間、戦いの均衡が崩れてしまうと理解しているからだ。
「ッ、この、ナメやがって……!」
一方でそれが狙いのケイブリスは余裕のない表情で唸る。
スクイレルザンは強力な一撃なれど、特殊なダメージ効果故に相手を殺す事は出来ない。
そしてダウン効果が無力化されている以上、前衛で戦うこの二人相手には効き目が薄い。
ランスとホーネットを殺すのにはスクイレルザンじゃなくて──もっと火力を高めた一撃か。
「だったらこれならどうだァ!?」
するとケイブリスの右手に魔力が宿った。
右手に集まったそれは剣の柄へと伝わり、大剣ウスパーの刀身に真っ赤な火炎が宿る。
それがケイブリスの使う魔法。
魔法そのものを放って攻撃するのではなく、武器に纏わせて戦う魔法戦闘攻撃。
「食らえッ!!」
「ぬお……っ!」
これまでとは違う、魔力を伴う袈裟斬りの一閃が振るわれる。
とはいえそれだってランスにとっては見た事のある攻撃、身体を捻って寸前で回避する。
「づッ……!」
しかしそこで大剣の刀身に宿る魔法が襲う。
躱しきれない火炎が容赦なくその身を焼き、ランスは苦しそうに表情を歪める。
(──ここだッ!)
ランスが怯んだ──そう見たケイブリスは続く攻撃をお見舞いする。
それは「リス猛撃」と呼ばれる、必殺技に比肩する威力を誇るケイブリス渾身の一撃──だが。
「ぐッ! ふんぬぅぅぅ!!」
「なにッ! こ、こいつ……ッ!」
それでも打ち合う。
叩き付けるように魔剣を振るい、ランスアタックで迎撃する。
大剣ウスパーに炎が宿っていようとも、そんなのは無視してランスは戦う──立ち向かう。
魔人ケイブリスが繰り出す攻撃を。
人間が食らったら一発で即死ものの一撃を。
(こいつだ……!)
その姿を。
何度も立ち向かってくるランスの姿を見て、ケイブリスが感じたのは──
(間違いねぇ……こいつだッ!! 本当の敵はホーネットじゃなくてこの男だッ!!)
敵は魔人筆頭じゃない。
宿敵たるホーネット派の主、魔人ホーネットじゃなくてこの男こそが真の敵だ。
いいや勿論ホーネットは脅威だ。
脅威ではあるのだが……しかしそれはあくまで想定内の脅威だ。
ホーネットが強いなんて事は、魔人筆頭が手強いなんて事は最初から分かりきっていた。
だがこの男は違う。
ランスはただの人間でしかない。魔剣を扱えるだけの雑魚プチプチとしか見ていなかった。
そんなランスの強さが、鬼神の如き奮戦ぶりを見せるこいつの強さだけは完全に想定外だった。
そして何より、この場における中心がこいつだ。
戦いの流れの中心にいる者。立ち向かってくる『敵』という集団、その中心にいるのはホーネット派の主たるホーネットじゃなくてこの男だ。
ランスが先頭に立って果敢に剣を振るうから、その姿に勇気付けられた仲間だって後に続く。
それは同じ人間である後衛達は勿論……すぐ隣で戦う魔人のホーネットでさえも。
「この……たかが人間のくせしてェェ!!!」
自らの宿願を阻む障害、六千年越しの目標をたかが人間如きに邪魔されている。
それが我慢ならないケイブリスは吠える。ランス目掛けて立て続けに大剣を振るう。
「オラオラァ!!」
斬撃。
受け止められる。
また斬撃──を阻むかのようにホーネットの魔法が襲い掛かる。
防ぎはしない。痛みを無視してまた斬撃。
また受け止められる。
「オラオラオラオラァァァァ!!!」
怒濤のように繰り返す斬撃。
それでも何度だって受け止められる。
ホーネットとも協力し合い、絶え間なく回復の雨をその身に受けながら何度でも。
「ぜぇ、ぜぇ……!」
「……ランス、流石に一度退がった方が……」
「平気だこんなもん! 俺様がこの程度の雑魚に負けるかッ!!」
とっくに息は上がっているものの、しかしその言葉や態度は。
ランスの表情は、その瞳はどこまでも力強くて。
「こ、こいつ……!」
(こいつは……!)
こいつは……何だ!?
どうしてここまで戦える!? どうしてこれ程までに立ち向かえる!?
いや、理屈は分かる。
それはランス個人の戦闘能力に加えて、味方の手厚い支援があるおかげだ。
この男の必殺技だろう、魔剣の刃から衝撃波を放つ一撃ならこちらの攻撃を受け止められる。それを連発する事によって打ち合いを演じている。
必殺技を放つのには気力を消費する為、そう簡単に連発など出来ないはずだが……しかしいずれかの方法によってそれを可能としている。だから人間のくせに魔人と肩を並べて前衛で戦えている。
その理屈は分かるが……しかし。
(けどよ……それでもこいつは人間だろう!? 人間なのにどうしてここまで戦えるんだよ!?)
それでも人間。どこまでいっても人間は人間。
パラメータの絶対値は変わらない。どこまでいっても魔人には敵わないのに。
魔人と打ち合う手段があっても、それで打ち合えるかは全く別の話なのに……それなのに。
(なんで人間のくせにこいつは……この俺様が、魔人ケイブリス様が怖くねぇってのか!?)
どうして人間が魔人に立ち向かえるのか。
味方がいるからか。魔剣があるからか。……それだけで本当に魔人と戦えるのか?
だってその身体はもうボロボロのはずだ。
スクイレルザンを二度も食らったんだ。どれだけ回復したってもう瀕死になっているはずだ。
それなのに──それでも、戦う。
瀕死のはずの人間のくせして、最強の魔人という圧倒的強者に真っ向から立ち向かう。
(そんなの……俺様だって、無理なのに……っ!)
それはケイブリスにだって、最強の魔人にだって出来やしない事。
臆病なケイブリスは強き相手を前にしたら、頭を垂れて媚びへつらう事しか出来ない。
(それなのに、こいつは……どうして!!)
弱いのに、それでも強い相手に立ち向かう。
自分には絶対に出来なかった事が……どうしてこの男には出来るのか。出来てしまうのか。
「っ、なんだよ……なんなんだよテメェは!!」
「あぁ!?」
「テメェは雑魚のはずだろう!! それなのにどうして俺様と戦えるんだよ!!」
その言葉は。
ケイブリスの言葉は、戦いの最中なのにどこか痛切な叫びのようにも聞こえて。
「はぁ? バカかてめーは!? 俺様をてめーみたいな雑魚と一緒にすんな!!」
それに対する答えは一つ。
ランスにとっては至極当たり前な事。
「俺様は──主人公なんだよ!!」
主人公。
時折ランスが口にする言葉。その言葉に確たる裏付けなどは何一つ存在しない。
それはそうだろう。だってこの世界は誰かが書いた物語などではないのだから。
けれど裏付けなんてものが無くとも。
それでもこの世界の主役は自分なのだと信じて疑わない、そんな強い信念の表れ。
それこそが主人公という言葉の意味。ランスが自らをそのように言い張る理由。
裏付けなんてないけど、それでも自分は勝つ。
自分だったら全てが上手くいく。まるで物語の主人公かのように。
それは絶対に勝てる戦いしかしない、ちょっとでも危険があったら臆して思い留まる。
それで勝機まで逃してきた思考とは真逆とも言える考え方で。
強き存在となっても尚、弱かった時の性根のままでいるリスと。
弱き存在なれど、それでも強い信念を持って戦える人間の違いで。
「……ぐ、がアアアアアア!!!!」
その大きな違いを認識して、けれどもそこでケイブリスも意地を見せた。
振り上げた拳が握るもの。それは右の大剣ウスパーではなく左の大剣サスパー。
「なっ、こいつ、左腕を……!」
「ランス! 魔人というのは回復能力も人間とは異なります、どれ程にダメージを与えていても油断してはいけません!」
魔人に備わる自己回復能力。
回復魔法とは別種の治癒力を発揮して、一度破壊された左腕を強引に治して無理やりに振るう。
「ふざけんなよ雑魚共がぁ!! 主人公だかなんだか知らねーが、俺様はケイブリス様だ!! 最強の魔人に勝てるはずねーだろうが!!」
怒り、大音声を轟かせ、大剣ウスパーとサスパーが走る。
「くぅッ!」
「ぐ、これしき……!」
荒れ狂うような猛攻がランスとホーネットを押し込んでいく。
双剣での戦法を復活させた事で、戦いの均衡はまた僅かにだがケイブリスの方に傾き始めたか。
それ程にこの魔人の強さは凄まじかった。
魔人筆頭すらも及ばない、最強の魔人の名に何一つ違わぬものだった。
とはいえそれは──どこまでいっても個の力。
魔人ケイブリスはこの戦場にただ一人。派閥の主であるにもかかわらず一人きりで。
一方のランス達は。
ケイブリスとは違うからこそ、ランスの下には今も大勢の仲間が居て。
だからこそ、この戦いは。
その時──戦いの均衡が一気に崩れた。
「オラァ!! もう一発食らわせてやるッ!!」
そしてまた。
気力を溜め終わったケイブリスは限界まで大きく飛び上がった。
「くそっ、またあれか……!」
もはや分かりきったその挙動。
しかし防ぎようのないスクイレルザンの予備動作にランスは歯噛みする。
ここに来てまた半分のダメージに襲われる。
先程の一撃で半壊した後衛はまだ立て直せていないのに、そこに重ねるようにもう一撃が。
「チィ……来るぞ! 耐えろよホーネット!」
「えぇ、分かっています!」
言葉を交わす前衛の二人は禁呪によってダウン効果を無効化している。
そして半減のダメージ効果で死ぬ事は無い以上、ここは歯を食い縛ってでも耐えるのみ。
撃ち終わり直後のカウンターも意識しながら、ランスとホーネットは共にぐっと息を飲みこむ。
「食らえッッ!!!」
そして尻尾を大きく振るって。
回転の勢いを乗せて双剣を振るう──その時。
「──ガッ!?」
──ガツン、と。
何かがケイブリスの鼻先を強く打った。
その衝撃に体勢を崩して、スクイレルザンを打てぬまま地面に着地した。
「い、今のはなんだ!?」
それが何なのか。
ケイブリスでさえもすぐには分からなかった。
それは最強の魔人であっても捉えられない程の攻撃で──だからこそすぐにもう一撃が。
「──ぐぅ!」
今度は真横から脳天を撃ち抜かれた。
ダメージはそこそこといった程度だが……しかしこれは、この攻撃は!?
何処から誰に攻撃されたかも分からない、この一撃はまさか──
「まさか……!」
それは目視さえも難しい。
しかし耳を澄ませば確かに聞こえる。
キィィィィン、と聞こえる風切り音。
──よりも疾く、それは飛ぶ。
「──オラァ!」
「…………ッッ!!」
三度目の衝突。
今度はケイブリスもその動きに大剣ウスパーを合わせる事に成功した。
巨剣との交錯によりその動きが止まって、その姿がようやく明るみになった。
「………………」
沈黙で応じるその姿は。
空を飛ぶのに羽もなく、全身が薄紫色の金属で覆われたような特徴的な姿は。
「まさか……メガラス!?」
「やっぱりテメェかぁ……メガラスッ!!」
ホーネットもケイブリスも、共に驚愕の声を上げてその名を呼ぶ。
「………………」
それは沈黙のホルス、魔人メガラス。
ホーネット派魔人の一人、守備部隊の一員として戦っていたはずのメガラスがそこに居た。
「けど、どうしてメガラスがここに……」
「……へっ、なーるほどな」
不思議がるホーネットの一方、ランスはすぐにその意味と答えが分かった。
ここでこういう機転を効かせられる者、それは彼女しかいないだろう。
「がはははは! さてはウルザちゃんだな!? さっすが俺様の軍師は頼りになるぜ!!」
「……良かった。間に合ってくれましたね」
そう、それはウルザが打った一手。
勝率を1%でも高めるのが軍師の仕事。最後の切り札の到着にウルザは胸を撫で下ろす。
今から約一時間、大層慌てた様子のシィルがキャンプ地に戻ってきた。
そして事の詳細を聞いたウルザは、決戦の支度をしながらも遠距離用魔法電話を使用して、カスケード・バウの守備部隊と連絡を取った。
そして現状と更なる作戦を伝えた。
今カミーラ城にケイブリスが居る。となれば決戦の場をカスケード・バウと想定していた当初の予定と異なり守備部隊の戦力が余るはず。なので増援として一人こちらに寄こして欲しいと。
とはいえ増援といってもカスケード・バウ──カミーラ城間には相当な距離的隔たりがある為、今まさにランス達がケイブリスと戦闘中なのに守備部隊からの増援なんて間に合うはずがない。
しかし──魔人メガラスならば。
誰にも邪魔される事のない大空を飛び、しかも全魔人中最速のスピードで移動可能なメガラスであれば増援として間に合うのでは。
ウルザはそう考えた。そしてその期待に応えるかのように、メガラスはカスケード・バウの空を超特急で越えてこの決戦の地にやって来たのだ。
「くそッ、ここに来てメガラスが……!!」
更なる敵の登場。
それにケイブリスが一瞬狼狽えた様子を見せて。
「…………ッッ!!」
その瞬間にメガラスの姿がブレた。
と思ったらもう見えなくなっている。後に残るのは耳を打つような風切り音だけ。
「──チィ! このッ、ハエのようにちょこまかと飛び回りやがって……ヅゥッ!!」
視認してからでは遅い。ケイブリスは双剣を出鱈目に振るって攻撃する。
が、当たらない。飛び交う刃の間隙を縫って速度の乗せたメガラスの拳が打ち付ける。
それがメガラスの戦い方。攻撃手段は魔人最速を誇るそのスピードを見せつける事ただ一つ。
「ぐッ! くっそッ、生意気な……ガッ!」
右脇腹を打たれた、と思ったら左頬に衝撃。
痛みを感じる間も無く右膝に衝撃。ケイブリスでさえも見切れない驚異的な速度。
その疾さこそが魔物界最速の魔人メガラスが誇る必殺技──ハイ・スピードの超加速。
「……はっや」
その疾さは。その強さは。
まるで暴風吹き荒れるようなその奮戦ぶりは、思わずランスも見入ってしまう程のもので。
「……なぁホーネット。あいつってこんなに強かったのか?」
「えぇ、メガラスの実力は相当なものですよ。その飛翔能力もそうですが、なによりもメガラスは4000年以上もの時を生きている最古参の魔人の一人ですからね」
「ほへー……」
魔人メガラス。普段から無口な彼は自らの事情などと殊更に語ろうとはしない。
ただそれでもホーネット派の面々に対する仲間意識は強い。それは志を共にしているから。
「…………ッッ!」
メガラスはただ平穏を、シベリアの巨大戦艦内でひっそりと暮らすホルス達の平和を願う魔人。
魔王アベルの時代から、四千年もの遥か昔からメガラスが願うのは仲間達の平和ただ一つ。
……だからこそ。
「──ケイブリスッ!!」
「クッソがぁ……メガラスゥ!!」
平和を破壊するこの魔人は、女王の為にも許す訳にはいかない──!
その想いが拳を握らせ、魔人メガラスの驚異的な速度を後押しする。
「ホーネット、なんにせよこれはチャンスだ! 一気に畳み掛けるぞ!」
「えぇ! メガラス、攻撃を合わせてください! 私達三人ならば押し切れるはずです!」
そしてランスとホーネットも動き出す。
これで前衛の攻め手の数は3つ。双剣をそれぞれ二人が受けても尚一人が攻撃出来る計算。
「ふっ!」
「…………ッッ!!」
「でりゃッ!!」
ホーネットの剣が。
メガラスの拳が。
ランスの魔剣が鋭く迫る。
「ぐぬッ! ググ、くそがぁ……! 何度も何度も増援とか、汚ぇぞテメェらぁ!」
「んなの知るかってーの! 俺様はお前と違って人望に溢れ返ってるからな、何もしなくても仲間が勝手に増えちまって困るぜ! がはははは!」
その言葉の通り、この状況は意図せずともランスが作り出したもの。
ランスがここに連れてきたウルザ、彼女の咄嗟の判断によりメガラスが援軍として駆け付けた。
そして勿論それだけじゃない。この戦場にはそれを遥かに超える大勢の力が。
「ランス!! 魔法攻撃、準備出来たわよ!」
「前衛、一時下がって下さい!」
「おう!」
応えてランス達はケイブリスから距離を取った。
その直後に届く数多の魔法。ようやく立て直した後衛からの支援攻撃。
「グッ! がが、ガ……ガアアアアアア!!」
無数のエンジェルカッターが。
一帯を覆う氷雪吹雪が。数多のライトニングレーザーが。
そして、白色破壊光線が。
雷神雷光が。破邪覇王光がケイブリスの身体に突き刺さる。
「ガハッ! こ、この、プチプチ共が、ふざけやがっ……づッ! ぐぐ……ぐあッ!」
そして支援攻撃が止んだと思えば、またすぐにランス達が突っ込んでくる。
満足に呼吸を整える暇すら無い。無尽に繰り出されるランスとホーネットとメガラスの攻撃。
(……あれ?)
これでは……いくら最強の魔人と言えども。
(あれ……? これ、マズイんじゃないか?)
ふと、ケイブリスはそんな事を考えた。
だってつい先程までの状態でほぼ互角だった。
戦いの均衡はちょい劣勢から、ちょい優勢を行ったり来たりしていたんだ。
なのに向こうにはメガラスの野郎が加わった。
魔人四天王に比肩する実力を持つメガラスが来たとなると……これはちょっとマズくないか?
……え? マズい?
てことは俺様……負けてしまう、のかも?
え? 負けるって……どういう事だっけ?
そんなもん決まってる。
負けるってのはつまり、つまり、つまり……。
(……し、ぬ?)
──死。
ケイブリスを待ち受けるのは死。
ここで終わりという結果ただ一つ。
(……え?)
唯一勝機があるとすれば──
それは自らの原型を。一番最初に抱いたあの気持ちを思い出す事だろうか。
だが。
(俺様が……負ける? ……俺様が、死ぬ!?)
結局それは、いつまで経ってもケイブリスには見えてこなかった。
死の恐怖に囚われているその頭では、なにかを思い出す事なんて出来るはずがない。
それは昔から。今も……ずっと。